「マリア!リカコちゃん!絶対に逃がさないで!」 タケとノナカを吹っ飛ばしたシミハムは今度こそ姿を消そうとしたが、 ハルナンの指示で突撃してきたマリアとリカコに阻まれた。 マリアは両手剣の大振りで、リカコは強烈な蹴りでシミハムに攻撃を仕掛ける。 しかし敵はベリーズ。その程度の攻撃を避けるなんて朝飯前だ。 サユキの必殺技のせいで身体が軋むが、新人2人の強打を回避するくらい容易い。 体勢を低くすると同時に足払いでマリアとリカコを転ばせて、 そのうえ更に2人の顔面に掌底を叩きつける。 「「!!」」 新人とは言え帝国剣士・番長に選ばれた者なので、この程度で気を失ったりはしないが、 激痛のあまり、しばらくは動けなくなってしまう。 そんな時に入れ替わりで剣を打ちつけてきたのがハルナンだ。 先ほどもそうだが、今回ばかりは彼女も接近戦を選ばざるを得ない。 シミハムの首に斬りつけようと、フランベルジュを振るっていく。 (いや、ダメだ!) 攻撃が当たるギリギリのところで、シミハムは上半身を後方へ引いた。 ハルナンの斬撃は空振りに終わり、隙だらけになったところでシミハムに腹を思いっきり蹴られてしまう。 綺麗に鳩尾に入ったためハルナンは苦悶の表情でうずくまる。 「ううっ!……」 これでシミハムの行動を邪魔する者はいなくなった。 サユキとノナカは戦線離脱しているし、ハルナンとマリアとリカコは簡単にあしらわれてしまった。 タケが猛ダッシュで向かっているが、シミハムが2階に姿を消すほうが速いだろう。 そう思ったその時、残る連合軍のトモ・ローズクォーツがハルナンに声をかけた。 「らしくないね総大将さん。化け物に真正面からぶつかるなんてさ」 「!?」 「こういう時こそ大胆な作戦を思いつくのがアンタなんじゃなかったの?こういう風にさ!」 そう言うとトモは二階席を指さした。 なんとその一角にはボウの矢が何本も突き刺さっていたのだ。 連合軍がシミハムと応対している隙に幾多もの矢を放っていたのだろう。 しかしその行動が意味するところをハルナンもシミハムも理解することが出来なかった。 そこでトモはこちらに走ってくるタケにお願いをする。 「ねぇねぇちょっとちょっと、あそこに刺さった私の矢に鉄球をブン投げてくれない?」 「はっ?……よく分かんないけど、分かったぜ!」 タケはダッシュの勢いのまま全力投球で鉄球を投げつけた。 剛速球が矢羽に当たったかと思えば、そのパワーが矢尻の突き刺さった床内部に伝播し、 周囲の座席ごと木っ端みじんに吹き飛ばしてしまう。 更地のようになった一角を見て、シミハムもハルナンもタケも驚愕する。 「いったい何を!?」「あわわわ、壊しちゃったの鉄球のせい!?」 周りが慌てている中、トモだけは落ち着きながら他のエリアにも矢を放ち続けた。 「いっそのことさぁ、武道館をぶっ壊しちゃえばいいんじゃない? そしたらもう逃げ場なんて無くなるでしょ。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ トモの過激な発言に一同は驚きを隠せなかった。 武道館と言えば誰もが立つことを夢見る神聖な場所。 あらゆる者が憧れる武道館を破壊するだなんて想像をしたこともない。 (あの目は……本気だ……) 覚悟の決まったトモの面構えを見て、冗談やハッタリではないことをハルナンは理解した。 そもそもKAST達は特に武道館に対する憧れが強い戦士たちだ。 そのリーダー格のトモが半端な気持ちでこんなことを言うはずがないのは明白である。 「姿さえ見えればこっちのモノだよ。ベリーズだって倒してみせる。 だって、私の矢はミヤビを貫いたんだから!」 「!」 表情こそ変わらないが、トモの発言はシミハムの胸を大きく揺さぶった。 なるべく考えないようにしていたが、トモがここにいるということは、即ちミヤビを打ち破ったということ。 至極当たり前の事実がシミハムから冷静さを奪い取る。 そして更に追い打ちをかけるようにタケとハルナンも続いていく。 「こっちもクマイチャンを倒したんだ!なぁリカコ!」 「私だってモモコを倒しました。そこのマリアが証人です!」 お前たちだけの力じゃないだろうと、シミハムは言えるものなら言ってやりたかった。 どんな戦いが繰り広げられたのかは分からないが、 倒れたキュートや他の仲間と共に戦ってやっと掴んだ勝利であるに違いない。 だと言うのに、ベリーズを容易く撃破したかのように言い放つのはもはや侮辱だ。 もう容赦ならない。 まずは今のペースを作りあげたトモ・フェアリークォーツから打ちのめしてやろうとシミハムは考えた。 その時、トモは全員に聞こえるように大声を出す。 「さぁさぁ!武道館をぶっ壊してソイツの逃げ道を無くしてやろうよ! こんな風にさっ!!」 トモは上空目掛けて一本の矢をぶっ放した。 突然のことだったのでシミハムも、他の連合軍の皆もその矢を目で追ってしまう。 これがトモの狙い。 武道館の天井にはサユキの思いに応えるために先ほど放った矢が何本も突き刺さったままであり、 その刺さった矢に今しがた撃った矢が衝突し、火花が散って眩い光を放った。 そう、トモはミヤビを倒した時のように正午(noon)の太陽を作りあげたのだ。 その様を直視した戦士たちの目が一瞬眩んでしまう。 「なんちゃって。今のは嘘。」 「!?」 次の瞬間、トモは一時的に目の見えぬシミハムを担いで武道館の中央へと駆けだした。 シミハムはベリーズ最軽量。持ち上げて走るくらいは容易い。 意図がまるで分からないがシミハムは必死で抵抗した。 超至近距離ゆえに棍で叩くことは出来ぬため、トモの背中を拳で何度も叩きつける。 小柄だろうがシミハムはベリーズだ。その一撃一撃が骨を砕き、トモに血反吐を吐かせた。 だがそれでもトモは止まらない。目的の場所までは死んでも走り切ると決めているのである。 そして武道館中央に到着するや否や、ラグビーのトライをするかのように床にシミハムを叩きつける。 「!」 ドォンと言った大袈裟な音が鳴ったが、パワー型ではないトモの威力はたかが知れていた。 センターステージまで来させられたので二階席からはかなり遠くなってしまったが、 目の前にいるトモを叩きのめすには己の存在を消すまでも無いとシミハムは考えた。 すぐに倒してやろうと棍を構えたところで、血だらけのトモが声を出す。 「あ~言い忘れてた。」 「?」 「必殺技、"noonと運(ぬんとうん)"……これでよし、っと」 「!」 トモが放った矢は火花を散らせるだけではない。 衝撃を与えて、天井に突きささっていた矢を丸ごと下に落とすことが真の目的だったのだ。 今にも落ちそうになっていた大量の矢は、シミハムをトライしたタイミングで一斉に落下していった。 落下位置は武道館の中央部。 シミハムとトモに向かって、雨のように降り注がれていく。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ただ落ちてくるだけの矢には殺気は込められていない。 故にシミハムは事前に感知することが出来ず、空から降る矢を無防備にも浴びてしまった。 シミハムの身体は小さいため大量には受けずに済んだが、確実にダメージは蓄積している。 ミヤビほどの達人がトモにやられたという事実を受け入れらずにいたシミハムだったが、 なるほどこの攻撃法ならば出し抜けるな、と謎が解けた気分になっていた。 これ以上好きにさせるものかと、身体に鞭打って起き上がろうとしたところで、 シミハムは反撃すべき相手を見て驚いてしまった。 「……!」 なんと、トモはシミハム以上の数の矢を受けて気を失っていたのだ。 天井から降る矢の行先はトモにもコントロール出来ない。 完全に運であるため、多量の矢をその身に受けて倒れてしまったのである。 その様を見て、シミハムはマヌケだとは決して思わなかった。 むしろこのような結果さえも覚悟してなお、シミハムを道連れにしようとしたトモに畏怖を感じる。 「やばいぞハルナン!トモを助けないと!」 タケは急いでセンターに向かおうとするが、ハルナンがそれを制する。 「いいえ!ここは武道館の破壊を優先すべきです!」 「はっ!?正気か?」 「トモが死ぬ気でシミハムの動きを止めたんですよ……その期待に応えないでどうするんですか!」 「!……そうだな!わかった!」 気づけば武道館の客席のあちらこちらにトモの矢が突き刺さっていた。 東西南北、既にトモは武道館を破壊するための仕込みを済ませていたのだ。 後はタケが剛速球を何度も何度もブチこめば良いだけ。 「マリア!あなたも手伝いなさい!マリアのパワーなら力になれるはずよ!」 「はい!!」 マリアは両手剣「翔」を力強く握って、ハンマーを振るうかのように刺さった矢に叩きつけた。 その破壊力は矢尻の刺さった床の内部に伝わり、一帯をあっという間に粉砕させていく。 自分にも劣らないマリアのパワーを見たタケはひどく感心する。 「やるなぁ!これならこの辺の座席はさっさと吹っ飛ばせそうだ! ただ、逆方向の席は遠すぎてすぐには壊せないかもな……」 「番長のタケさん!マリアにその鉄球を投げてください!」 「え?」 「マリアはバッターなんです!」 「そうか!」 野球を好む2人だからこそ、すぐに通じ合った。 タケはマリア目掛けて容赦なく剛速球を放り込んでいく。 並の戦士ならばビビるだろうが、マリアはホームラン王だ。 美しく、且つ、力強いスイングでタケのボールを反対側のスタンドへと打ち返す。 力と力がぶつかり合った結果、ホームランボールの持つパワーは何十倍にも膨れ上がった。 大砲と化した鉄球は刺さった矢に衝突し、半径20メートルを一瞬にして更地にする。 「すげえええええ!特大ホームランじゃん!」 「えへへ。褒められちゃいマリア。もっともっと投げてください!」 「でも予備の鉄球はもう無いんだけど、どーすりゃいいの?」 「あっ」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ タケとマリアの活躍を見たリカコは、自分もすぐに手伝わねばと強く感じた。 ところが総大将ハルナンの指示はそれとは異なるものだった。 「武道館の破壊はあの2人に任せましょう。リカコちゃんは私についてきて。」 「は、はい!何をするんですか(?_?) 」 「シミハムを直接叩くのよ。」 「(*o*)!?」 トモを助けるより破壊活動が優先とは言ったが、それは強力な攻撃手段を持つタケとマリアに限った話だ。 シミハムは満身創痍ながらも必ず立ち上がって2人を阻止するはず。 それを更に阻止してやるのがハルナンとリカコの役目なのである。 ハルナンのフランベルジュとリカコの水鉄砲では武道館は壊せないが、 シミハムの行動を邪魔することなら出来るのだ。 「リカコちゃん!シミハムの周囲に石鹸水をぶちまけちゃって!」 走って武道館のセンターに辿り着いたハルナンはすぐにリカコに指示を出した。 床を石鹸で滑りやすくすればシミハムは素早く動くことが出来なくなる。 セコいように思えるかもしれないが、タケとマリアが武道館を壊す時間を少しでも稼げれば御の字なのだ。 だが、シミハムだって指をくわえて見ているはずがない。 身体に突き刺さった矢を抜き取り、激痛に耐えながらリカコに飛び掛かった。 石鹸でぬかるむ床は確かに走りにくいが、 鍛え抜かれた身体バランスのおかげで、シミハムは一度も転倒せずにリカコの位置まで辿り着くことが出来た。 後はリカコの細身に三節棍による一撃をブチ込んでノックアウトさせてやれば良い。 「私は!簡単にはやられないから!(;〇;)」 「!?」 リカコは咄嗟に身体を捻ってシミハムの棍を回避した。 字面だけ見れば簡単なように思えるが、避けられること自体がシミハムには衝撃的だった。 武道館から落下したり、サユキやトモの必殺を受けたりした影響によって攻撃のキレが鈍ったのは否めないが、 それでもちょっとやそっと反射神経が優れた程度では避けられない鋭さの打撃を放ったはず。 それをリカコは、ダンスを踊るかのように軽やかに交わしたのである。 「……」 リカコという戦士の認識を改めねばならない、とシミハムは感じた。 前にクマイチャンも同様の勘違いをしていたが、石鹸を扱う特殊戦士ゆえに身体能力は並以下と思っていた。 実際は身体能力が非常に高く、身のこなしも美しい。 幼さゆえにまだ線が細いが、手脚は十分に長い。これから筋力がしっかりとつけば屈強な戦士になり得るだろう。 リカコにダンス技術を大真面目に叩きこめばどれほど恐ろしい存在になるのだろうか。 想像もつかない。が、是非とも想像をしてみたい。 だが、その時は今ではない。 シミハムは放った棍をすぐに引き寄せてリカコにぶつけていった。 先ほどの回避で神経をすり減らしたリカコに2回目を避ける余裕はなく、後頭部への強打を受けて失神する。 「あっ……」 既に多量の石鹸水を撒かれてしまったが、リカコが倒れた今、これ以上滑りやすくされることはない。 後は目の前に立ちはだかったハルナンを秒殺するだけだ。 (はぁ……一騎打ちか……トモが言ったように、こういうのは私らしくないんだけどなぁ……) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ハルナンはシミハムがどれだけ傷ついているのかを把握していた。 天井からの落下、サユキの必殺技「トリプレット」、トモの必殺技「noonと運(ぬんとうん)」。 これらをまともに受けたのだから、ベリーズと言えどもシミハムの身体はもうボロボロのはずだ。 (ここで決定打でも与えられたらカッコつくんだけど……) 生憎、ハルナンには高火力の技は備わっていなかった。 この状況をひっくり返すような超パワーがあれば、そもそも今みたいな生き方はしていない。 (無いものねだりをしてもしょうがないよね。トドメはあの2人に任せよう。 そして、私は私に出来ることをしなくちゃ。) 武道館を絶賛破壊中のタケとマリアの攻撃力ならシミハムを倒しきることが出来るに違いない。 ならばハルナンの役割は「つなぎ」だ。 シミハムはこれまでの戦いで確実に疲弊している。 もしもここでシミハムを逃がしてしまえば、休まれて体力を回復されてしまう。 更に自分の存在を消すことが出来るので、残るタケとマリアを一方的に攻撃し、撃破することだろう。 それだけはあってはならない。 逃がさず、この武道館のセンターに縛り付けること。 それがハルナンの使命だ。 (私にはそれが出来る!) 意気込むハルナンだが、相対するシミハムは秒殺する気マンマンだ。 三節棍を伸ばしても絶妙に届かない位置取りをされているため、シミハムは前進する。 辺りにはリカコの石鹸水がバラまかれているが、その上での移動も少しずつ慣れてきた。 数歩ダッシュしてハルナンの脳天を叩けばそれで終いだ。 「あっ、注意した方が良いですよ。今の床はちょっとだけ滑りやすいので」 「!?」 気づけばシミハムは転倒し、頭から地面に衝突していた。 ダンス技術に関してはマスター級のシミハムの足さばきであればシャボンの上でも滑らずに動けるはず。 なのに何故転んだのか。不思議に思ったがその謎はすぐに解けた。 顔面が床に近づくことで、ハルナンの手首から流れる血液がシャボン液の上に乗っていることに気づけたのだ。 液体が変われば踏み込む時の力の入れ方も変わる。故にシミハムのボディバランスをもってしても転んでしまったのである。 「私のフランベルジュで手首を斬ったんですよ。どれほどの切れ味なのか……すぐに教えてあげますね。」 ハルナンはわざと転んですぐ下にいるシミハムに覆いかぶさった。 そして自分を斬った時のように、愛刀フランベルジュ「ウェーブヘアー」でシミハムの手首を裂いたのだ。 この攻撃自体のダメージは大した事ないが、手首からは大袈裟に出血している。 はやく止血しないと失血死は必至。 だが、波打つ刃のフランベルジュは肉を引き裂くため、応急処置も困難だ。 「……!」 「結構効いてるみたいですね……じゃあ……これを私の必殺技にしちゃいましょうか……」 ハルナンは新人剣士がキッカに修行をつけてもらった日のことを思い出した。 あの時はマリアがしつこくキッカに喰らいついて、休む暇を与えず、最終的に新人剣士が勝利していた。 今のハルナンとシミハムはそれと同じだ。 手首からの出血というタイムリミットを強制的に課すことで、休む暇を与えない。 絶対に体力を回復させてやらないという強い意思がこの技には込められている。 「必殺技の名前は、"いやせません"なんてどうですかね……」 「……」 「どうせ私はここでくたばるので……もう1つだけ喋らせてください。」 「?」 「自分の存在を無にするオーラは凄いけど……流れ落ちた血液までは消せるんですかね?……流石に消せないんじゃないかなぁ……」 「!!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 流れ落ちた血液は単なる物体であり、それはもう"シミハム"とは呼べない。 そのため自分自身を消そうとした場合、血液は消えずに残ってしまう。 「血液が残ったら、自分を消しても居場所はバレちゃいますよねぇ」 「……!」 シミハムはハルナンの腹部をブン殴り、意識を奪うことで黙らせた。 自身の能力の欠点を指摘されて頭に血が登ったのか、らしくない振る舞いだ。 とは言え全く消せないワケではなかった。 「自分」と「血液」の両方を消そうと念じれば、結果的にどちらも消すことが出来る。 ただ、それだと消耗が大きすぎるのだ。 連戦続きで苦しんでいる今、そんなことはしていられない。 「……」 本音を言えばゆっくり休んで体勢を立て直したいところだ。 だがそうは出来ない理由が2点ある。 1つは手首の出血。このまま血が流れ続ければ、遠くない未来にシミハムは倒れてしまう。 もう1つはタケとマリアによる武道館の破壊活動。隠れ場所が順調に潰されて行っている。 このような状況であれば速攻で2人を倒すしかない。 「おっ、リカコとハルナンがやられたみたいだ。」 「はい……!」 武道館センターステージの動きにタケとマリアは気づいた。 かなりの数の座席を壊してきたが、まだ完全には更地にし切れていない。 ここで隠れられたら厄介だったが、予想に反しシミハムは一直線にこちらに向かってきていた。 意図は掴めないが真っ向勝負を挑むのであれば好都合。 「よし……マリア、さっき決めた通りに動いてくれ。」 「タケさん!分かりました!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムが迫ってくるというのに、タケとマリアは二手に分かれる道を選んでいた。 マリアが向かった先は逆側のスタンドだ。 二階席をグルリと周り、先ほどホームランボールを打ち込んだ地点に辿りつこうとしているのである。 2対1という好条件を捨ててでもこうすべきだとタケは判断したのだ。 「よっしゃこい!タイマンでぶっ倒してやる!」 このままタケと戦うか、それともマリアを追うか、シミハムは一瞬迷った。 だが迷う時間がもったいないとすぐに気づく。 ハルナンのせいで己には血液のタイムリミットが設けられてしまっている。 ならばすぐにタケを倒して、その後にマリアを追うのが最適解だ。 シミハムは自分ではなく三節棍の存在を無にして、タケに叩きつけた。 今はもうサユキもリカコもいない。タケはノーガードで脳天に受けてしまう。 「ぐっ……!」 激痛。しかし耐えられないほどでは無かった。 シミハムも大きく疲弊しているため棍に上手く力を込められていない。 故に打撃が一撃必殺級の威力では無くなってきているのだ。 (どうやって攻撃したのか全っ然分からない!けど!これくらいなら押し切れる!) タケは右手に持つ鉄球を力強く握りだした。 それを見たシミハムは投球を始める気だと判断し、回避の準備を始めようとしたが、 対するタケの行動はピッチングではなく、ボールを持ったままでの飛び掛かりだった。 「!」 鉄球を鈍器のように振り下ろすのはなかなかの脅威。 今のボロボロの状態のシミハムであれば、当たるだけでかなりの痛手だろう。 だが、剛速球と比べたらそのスピードはかなり落ちる。 そのためシミハムは楽にかわして、お返しにタケの腹に蹴りまで入れることが出来た。 「うっ!」 しかし何故タケは鉄球を投げなかったのか? その答えにシミハムはすぐに気づくことが出来た。 タケは常に複数個の鉄球ストックしているが、これまでの連戦でそれらを使い切ってしまったのだ。 手元に残るはたった一球のみ。 だから簡単には投げられなかったのである。 となれば、その一球までも取り上げてしまえばタケを完全に無力化できるとシミハムは考えた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムは一定の距離を保って戦うことを意識した。 タケの打撃は届かず、且つ、シミハムの棍は届く位置をキープすることにより、一方的に攻め込んでいる。 タケは懐に入り込もうと何度もタックルをしたが、その度にシミハムに阻まれてしまった。 今、この場はシミハムが完全に制している。 タケが鉄球を投げない限りはリーチの差を埋めることは出来ないだろう。 (くっそ~、でも、今この球を投げるワケには……) 残るは一球。簡単には放り投げられない。 シミハムは投球を最大限に警戒しているため、投げられれば即座に避けるつもりだ。 そうなればタケの球数はゼロ。武器を失うためすぐにKOだろう。 だからと言って投げなければ、タケはいつまでもシミハムにいたぶられるだけだ。 左肩、右脛、腹、いたるところに強烈な打撃が叩きこまれていく。 いくらシミハムが弱っているとは言え、そして、いくらタケが強靭な肉体を持つとは言え、 これだけやられれば本当にまいってしまう。 「あーもう!分かったよ!投げてやるよっ!!」 タケがいきなり癇癪を起こしたのでシミハムは驚いたが、すぐにニヤリとした。 ここで上手く回避すればタケを完全に無力化できるのだから笑いもするだろう。 だがタケはちょっとやそっとでは避けられない球を放るつもりのようだ。 「必殺技を見せてやるっ!!!」 タケは地面を強く蹴りあげ、シミハムの頭上へと跳びあがった。 この必殺技は空から鉄球を全力投球する技。 クマイチャンほどの巨人の頭上はとれないが、シミハムなら高さの確保は十分だ。 剛速球に重力の加速度が加わることで、球速は人知を超える。 超高スピードで放たれた鉄球は空気の層を無理矢理ブチ破り、バリバリといった雷鳴にも似た音を轟かせる。 「必殺技"バリバリ"を喰らえ!!」 球種自体はシンプルなストレート。ただし速度と重量はレギュレーション違反だ。 まともに受ければベリーズであろうと無事では済まないだろう。 実際、この必殺技をクマイチャンに放てたものならもっと楽に撃破できたに違いない。 だが、この場にいるのはベリーズの団長シミハムなのだ。 しかもこれまでタケの投球には最大限の警戒をしてきている。 だからこそタケが投球フォームを見せた段階で回避行動をとれていたのである。 「うわっ!避けられたっ!!」 鉄球はシミハムに避けられ、激しい勢いで武道館の床に衝突していった。 その際にガレキが吹っ飛んだが、シミハムは棍を振ることによる風圧でそれさえもガードする。 そしてそのまま三節棍を鉄球にぶつけて、遥か遠くへと飛ばしてしまう。 「お、おい!最後の鉄球なのに~~~~っ!」 残念無念。 タケは必殺技が不発に終わったどころか、武器さえも失うことになったのだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 無抵抗のタケを打ちのめしてやろうとした、その時。 シミハムは後方から刺すような殺気が発せられるのを感じた。 その出所は遥か後方。逆側スタンド。 なんとマリアが鉄球を右手で掴み、投げようとしていたのだ。 「!」 その鉄球は先ほどマリアがカッ飛ばしたホームランボールだ。 タケとマリアが二手に分かれた理由はただ一つ。 この鉄球の回収に他ならない。 「タケさんの鉄球で!シミハム!あなたを刺します!」 "刺す"とは野球用語で、ボールをランナーに当ててアウトにするということ。 もっとも、そんな用語が分からなくてもやりたいことは十分に伝わっていた。 要するに、マリアは鉄球を投げてシミハムに当ててやろうとしているのだ。 だが、それを実現可能かどうかは怪しいとシミハムは考える。 マリアの現在地は逆側のスタンド。 両手剣を軽々振るう剛腕から、球を届かせる肩があるのは信じてもいいだろう。 ここで問題視しているのは「コントロール」だ。 マリアはつい最近までイップスのようなスランプに陥っていたと聞いている。 武道館内での戦いっぷりを見る限り、ナイフを綺麗に投げていたので、ある程度は克服したのだろうが これだけ距離が離れている中で、ピンポイントにシミハムに当てることが出来るだろうか? そもそもシミハムだって動くのだ。 動く的に見事に当てるなんて不可能ではないか? そういった疑いの目を全て吹っ飛ばすかのような勢いで、マリアは剛速球をブン投げる。 「もう!!!あんな悔しい思いはしたくないっっっ!!!」 マリアはモモコがサユをさらった日のことを思い出していた。 あの時マリアがナイフを真っすぐ飛ばしていれば阻止できたいたかもしれなかったが、 不覚にも大きく反れたためにサユを奪われてしまった。 もうあんな思いはゴメンだ。 だからマリアはキッカとの苦しい特訓に耐えてきた。 マイ・セロリサラサ・オゼキングとの戦いで、実戦でも制球が乱れないことを確かめた。 そう。今はもう始球式なんかではないのだ。 9回裏満塁のギリギリの場面。 全ての思いを込めたマリアのボールは、キャッチャーがどんなに遠かろうと、 まっすぐ、まっすぐに突き走っていく。 「!」 この差し迫った状況でまったく乱れない投球をするマリアに、シミハムは正直驚かされた。 若いのにこれほどの胆力を見せつけてくれるなんて、感心までもしてしまう。 だが、所詮はまっすぐ飛ぶだけだ。 シミハムがちょっと横にズレるだけで鉄球は当たらない。 マリアの全身全霊は虚しくも無駄に終わるのだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「いいや!良い球だぜ!」 シミハムが鉄球を避けた先にはタケ・ガキダナーが待ち受けていた。 マリアが投球するのを分かっていたかのようにそこに構えて、そして捕球する。 「!!」 ここでシミハムは全てを理解した。 マリアはシミハムを撃ちぬくために投げたのではない。 鉄球を失ったタケに新たな鉄球を与えるために、パスをしていたのだ。 超ロングレンジのキャッチボール。それを2人は難なくやり遂げたというワケだ。 「よぉっし!これでもう一発投げれるぜっ!!」 ボールを捕るや否やタケは跳びあがった。 次にタケが取る行動は言うまでもない。必殺技「バリバリ」だ。 先ほどはシミハムに避けられてしまったが、今は状況が違う。 不測の事態の連続で焦っているし、タケの投球への警戒も切らしていた。 僅かでも戸惑いを覚える者に回避されるほど、タケの球はノロくはない。 「これで終わりだ!!"バリバリ"!!!」 シミハムの頭上をとったタケは、腕が千切れるほどの勢いで剛速球を繰り出した。 バリバリといった轟音と共に鉄球は下へ下へと突き進んでいく。 この調子ならすぐにシミハムに衝突し、KOすることが出来るだろう。 しかし、不意を打たれたとは言えベリーズ戦士団の団長だ。 身に危険が迫れば、勝手に身体が動く。 「なっ!?」 シミハムは三節棍を振り、上から落ちる鉄球を叩き飛ばしてやろうとしていた。 奇しくもその姿は剛速球に挑むバッターに似ている。 狙いはピッチャー返し。 強大なエネルギーを持った鉄球を打ち抜いて、全部タケに跳ね返そうとしているのだ。 もしもそうなってしまえば、今度こそタケはお終いだ。 「タケさんの鉄球は負けません!だって!その球にはマリアの思いも詰まっているんだから! 進め~!ファイターズ!ひと~すじに~!!」 連合軍というファイターズ(闘士達)に向けてマリアは応援歌を叫んだ。 そう、タケが放った球にはみんなの思いがギッシリと込められているのだ。 そんな投球が簡単に打たれるほど軽いワケが無い。 「そうだ!これでゲームセットなんだよっっっっ!!!!」 鉄球はシミハムの棍に衝突しても決して負けなかった。 木製バットを折るかのように、三節棍を真っ二つに折ってやったのだ。 そしてそのままシミハムの胴体へと突き刺さっていく。 「!!!!」 瞬間、シミハムは口から多量の血を吐いた。 タケの必殺技「バリバリ」をまともに受けたのだから、内臓が破裂したに違いない。 そんなシミハムが投球の勢いに打ち勝つことが出来るはずもなく、 ドォンといった大音量を響かせながら背中を床で強打してしまう。 その様子を見たタケとマリアは勝利を確信した。 「やった……やった!勝った!シミハムに勝ったんだ!!」 「タケさん!凄い!凄いです!本当に本当に本当に凄いです!!!」 2人は両手を挙げて歓喜した。 ベリーズという化け物の親玉を自分たちの手で倒したのだから、それはもう嬉しいだろう。 しかし、喜ぶには少しだけ早かったようだ。 キャプテンはこの程度では屈さない。 「え?……ま、マジかよ……」 「どうして!?あんなに強い必殺技を受けたのに、どうして立ってられるの!?」 シミハムは今回の戦いにて、 サユキ・サルベの必殺技「トリプレット」を受けた。 トモ・フェアリークォーツの必殺技「noonと運(ぬんとうん)」を受けた。 ハルナン・シスター・ドラムホールドの必殺技「いやせません」を受けた。 タケ・ガキダナーの必殺技「バリバリ」を受けた。 どれも強力な技だが、 ベリーズの戦士団長、シミハムを倒すには足りなかったようだ。 「……」 「ほ、本当の化け物かよ!いったいどうすれば倒せるって言うんだよっ!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 連合軍の猛攻を受け続けたシミハムはもはや満身創痍だ。 少しでも気を抜けば意識が飛んでしまいそうになる。 だが、ここで倒れるワケにはいかない。 使命を完全に果たすには、負けを認めて楽になってはならないのだ。 戦うだけの力がまだ残っている限り、強大な壁として立ちはだかる必要がある。 「……負け……られ……ない……」 シミハムは潰れた声帯を無理矢理にでも震わせて、血を吐きながらも、思いを声に乗せて発した。 蚊の鳴くようなか細い声ではあるが、それだけでタケはかなりのプレッシャーを感じていた。 ある種、クマイチャンと対峙した時以上の重圧だ。 シミハムはもう全身ボロボロだと言うのに、 手に持つ武器だって普段の半分以下の長さの棒きれだと言うのに、 勝利のイメージが全く浮かばなくなってしまう。 (ちくしょう……どうすりゃいいってんだよ……) これからどんな攻撃を仕掛けようと立ち上がるであろうシミハムを前に、タケは諦めかけていた。 そんな中、残る最後の仲間であるマリア・ハムス・アルトイネの大声が聞こえてくる。 「タケさーーーーん!!すぐに!今すぐに!鉄球を探して渡しますね! きっとどこかに転がっています!マリア必死で見つけます!!」 「お、おい!マリア!お前まだ勝つ気でいるのか?……」 「当たり前です!じゃないと、サユ様を助けられないんですからっ!!!」 タケはハンマーで殴られたかのような衝撃を受けた。 新人中の新人がまだやる気だと言うのに、自分はいったい何をしているのだろうか。 己は何者か アンジュ王国の番長、タケ・ガキダナーだ。 番長は常に攻めて攻めて攻めるのみ。前進しか許されない! 「そうだなマリア!最後まで挑み続けなきゃな!!」 タケの手には鉄球は無い。 だが、それがどうしたと言うのだ。 武器が無ければ、己の拳で殴り飛ばせばいいじゃないか。 「シミハム!今度こそ決着をつけようぜ!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ タケが大きい一歩を踏み出した時、異変が起こった。 なんと武道館中がガタガタと震えだしたのだ。 タケの足踏みがそうさせたのではない。 武道館ももう、戦士たちのように限界が近かったのである。 例えば、武道館の外では天変地異のようなオーラが常時、迸っていた。 例えば、二階へと続く階段や、中に入るための扉を幾度も破壊されていた。 例えば、天井にポッカリと穴をあけられていた。 例えば、トモ、タケ、マリアの3人によって二階席の殆どを更地にさせられていた。 例えば、タケの必殺技「バリバリ」によって二度も武道館内部に強い衝撃を与えられていた。 武道館は雄大ではあるが、これだけの攻撃を受ければ流石にもたなかったのだ。 基礎こそしっかりしているため完全崩壊とはいかなかったが、 武道館の最大のシンボルとも言える物体を支えられなくなり、天井の穴から転げ落ちてしまう。 「な、なんだありゃ!でっかい金色のタマネギ!?」 「!?」 タケが指さしたもの、それは武道館の屋根上にあったはずの擬宝珠だった。 通称タマネギと呼ばれている巨大な物体が武道館のセンターステージに落ちてきているのだ。 これにはシミハムも、タケも、マリアも目を丸くした。 直径5メートルもあるタマネギが落ちてきたのだから、驚かないワケがないだろう。 誰もが恐れて動きを止めてしまうはずだ。 ところが、タケだけは違った感情を抱いていた。 そしてすぐそこまで迫ってきているタマネギに向かって、自らジャンプし、嬉々として近づいていったのである。 「あった!武器!武器だよ!これ!!」 タケの行動はシミハムの理解を遥かに超えていた。 自分からぶつかりにいくだなんて自殺行為。 ところがタケは両手を伸ばして、黄金のタマネギに両の掌で触れていったのだ。 そう、タケはこのタマネギを鉄球の代わりにしようとしているのである。 「うおおおおおおおお!!!!これで最後だ!!!!3球目の!!!!"バリバリ"!!!!!!!」 無論、タケの両腕には激痛が走る。もしかすると明日からはまともに動かせなくなるかもしれない。 だがそんなことは関係ない。 "明日のことよりも今日が大事"。 勝利の女神が目の前を通るのであれば、それを掴むためになんだってしてみせる。 「おりゃああああああああああああああ!!タマネギ!!!落ちろぉおおおおお!!!!」 武道館のシンボル、それも巨大な物体を人間一人の力で動かそうだなんておこがましいにも程がある。 実際、今回タケが触れたことによる影響はほぼゼロだったと言っていいだろう。 しかし、この行動によってシミハムはその場に縛り付けられてしまっていた。 そう、タケ・ガキダナーの行動に見惚れてしまったのだ。 (凄い……それが、君の出した答えなんだね……) ベリーズは強い。 特にベリーズの戦士団長、キャプテンは若手の必殺技なんかには決して屈さない。 だが、相手が武道館そのものであればどうだろうか。 連合軍の根性と、武道館の力強さ。 それが組み合わさったのであれば、敵がどんな傑物であろうと打ち勝つことが出来る。 (これには、流石に、勝てないな……) 三度目の正直。 タケの必殺技「バリバリ」は敵の総大将シミハムを押し潰す。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムに勝利したものの、タケにはもう喜ぶ気力も残っていなかった。 必殺技を放つために高く跳躍していたが、受け身も取れずに落下して気を失ってしまう。 ベリーズの脅威は去ったのでこのまま眠りにつくのも悪くないかもしれない。 だが、武道館の崩壊はまだ続いているのだ。 天井の瓦礫が今まさにタケのところへと落ちていく。 「タケさん!!!起きてください!!!!」 このままではタケの命が危ないと感じたマリアは必死で走った。 しかし距離が遠すぎるために到底間に合うようには思えない。 このまま瓦礫に潰されてしまうのかといったその時、何者かが現れた。 「みんなよく頑張ったね、後は任せて。」 「サ、サ、サユ様!?」 タケのピンチに登場したのはモーニング帝国の前帝王のサユだった。 手に持ったレイピアで高速の突き技を繰り出し、振ってきた瓦礫を一つ残らず吹き飛ばしてしまう。 タケが無事で済んだのは良かったが、マリアはいよいよパニックになった。 ベリーズに捕まっていたはずのサユが自由に動けていることの理由が分からないのだから無理もない。 「え?え?え?……」 混乱しているマリアに更に追い打ちをかけるかのように、もう一人の人物が登場する。 それはマーサー王だった。こちらも囚われの身……のはず。 下敷きになっているシミハムを救うために巨大な黄金のタマネギを片手で持ち上げて、 どこか遠くに投げ捨てた。 「ふぅ、これで一安心だとゆいたい。」 「相変わらず、化け物みたいなパワー……」 「ふふふ、中に化け物を飼っているのだから仕方あるまい。」 常人離れした力を見せつけたマーサー王を前にして、マリアはいよいよ言葉を失ってしまった。 あらゆることが起きすぎて、脳がオーバーヒートしている。 サユはそんなマリアの背後に回り込み、首筋に鋭いチョップを当てて強制的に気を失わせた。 「ごめんね。ちょっと休んでて。」 「あっ、サユ様っ………………」 マリアが失神したタイミングで大勢の人間が武道館の内部に入り込んできた。 彼らはマーサー王国所属の医療班だ。 武道館を舞台に激しい戦いを繰り広げた戦士たちを、次々と外に運んでいく。 「さーて、みんなが起きたらちゃんと説明しないとですね。」 「そうだな。さて、若い戦士たちは我々を許してくれるかどうか……」 「怒られちゃうかも」 「ううむ、気が重いな……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムを撃破してから5,6時間は経ったころ、 気を失っていたタケ・ガキダナーが目を覚ました。 「あれ……ここはどこだ?……」 見覚えの無い大型テントの中にいたのだからタケは寝起き早々驚いた。 よく見れば周りには連合軍の仲間も横たわっている。 他にも医者と思わしき人物が何人もいることから、戦士たちを治療しているのだと分かる。 自分の身体にも包帯が巻かれているので、寝ているうちに診られたのだろう。 「タケちゃん!起きたのね!」 「カリン!」 声をかけてきたのはKASTのカリンだ。 寝起きに耳元で大声を出されたのでタケは頭が痛くなったが、 ベリーズとの死闘の後なので叱る体力は残されていなかった。 カリンもカリンで久々の再開なので勢いあまって抱き着きたいところではあるのだが、 必殺技を多用した反動で全身が痙攣し、身動きがとれなくなっている。 カリンだけが特別ではない。この場で治療を受けているほとんどの戦士が重傷なのだ。 若手だけではない。キュートのナカサキ、アイリ、オカール、マイマイも辛そうな顔をしている。 特にモーニング帝国剣士のサヤシとカノン、番長のメイは負傷の度合いがひどく、 別のテントで集中的に治療を受けているとのことだ。 今回の戦いはそれだけ厳しいものだったということだろう。 ただし、1名だけはほぼ全快で走り回っていた。 「聞いたぞ~!シミハムを倒して王とサユを助けたんだってな!」 「げっ、マイちゃん……じゃなかった、マイミ様……」 数時間前まで戦車と死闘を繰り広げていたはずなのだが、 マイミは持ち前の生命力で元気を取り戻していた。 今の体調でマイミの相手をするのはしんどいなとタケは感じる。 「ん?……あれ?……確かにシミハムは皆で倒しましたけど、マーサー王とサユ様は助けてなんか……」 「何を言ってるんだ。だったらどうして2人がそこにいると言うんだ。」 「えっ!?」 タケだけでなく、ほぼ全ての戦士たちが驚いた。 自分たちが療養しているテントに、今回の目的であるマーサー王とサユが2人とも入ってきたのだから無理もないだろう。 更に、モーニング帝国の現帝王のフク・アパトゥーマと、果実の国の王ユカニャ・アザート・コマテンテまで入ってきている。 「なんだなんだ?……いったい何が起きてるんだ?……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ マーサー王、サユ、フク王、ユカニャ王。そうそうたる顔ぶれが揃ったものだ。 しばらく気まずい時間が流れたが、サユが口火を切りだした。 これからの話は謝罪から始まるため、ただ一人、王ではないサユから話すのが適切だと考えたのだろう。 「ごめんなさい。私とマーサー王がベリーズにさらわれたというのは嘘だったの。」 「「「!?」」」 突然の告白に一同は驚愕した。 若手たちはもちろん、キュート戦士団団長のマイミまで信じられないといった顔をしている。 それもそうだろう。今回のツアーの最大の目的が崩れたのだから驚くなという方が無理な話だ。 しかし何故そのような嘘をついたのだろうか?目的がまったくもって分からない。 「ベリーズと……いや、ベリーズ様たちと戦わせて、私たちを強くするためですか?」 騒然とする中、冷静に返事をしたのはオダ・プロジドリだった。 ミヤビに斬られて痛む胸を抑えながら、サユの目をじっと見ている。 「そうよ。オダ、よく分かったわね。」 「はい。過去にサユ様が使われた手口だったので。」 「う……」 サユとオダのやり取りにより、今回の騒動は大規模な「強化トレーニング」だということが判明した。 ベリーズという強大な存在を敵に回すことによる効果はこの場にいる誰もが理解しており、 モーニング帝国剣士、番長、KASTらは二段階も三段階も強くなっている。 しかし、命をかけてまで行うべきトレーニングであったかは疑問だ。 頭に包帯を巻いたカナナン・サイタチープが訴える。 「確かにみんな強くなりました。ベリーズ様たちと死ぬ気でやりあった結果ですね。 でも、その結果、同期のメイは今も生死を彷徨っています。 理由を聞かせてください。こんな無茶をしてまでするべきことだったんですか?」 カナナンの発言にエリポン・ノーリーダーが続いた。腹の傷口が開くのもお構いなしに大声で叫ぶ。 「サヤシとカノンちゃんも本気で死ぬかもしれん!万が一があったらエリは同期を2人も失うっちゃん! ねぇフク!こんな酷い状況になるまで黙って見とったん!?」 「……」 フク・アパトゥーマが言葉に困った時、テントの入口が勢いよく開かれた。 登場したのはベリーズ戦士団の面々だ。 シミハム、モモコ、チナミ、ミヤビ、クマイチャン、リシャコ。全員が重傷だと言うのに一切の治療を受けないまま立っていた。 恐怖の存在だったはずのベリーズが現れたので連合軍らは戸惑ったが、 そんな雰囲気も全く気にせずチナミが叫んでいく。 「君たちの仲間は絶対に死なせないよ!!最も信頼できる名医がつきっきりで見てるの! 嘘をついた私たちの言うことなんて信じられないかもしれないけど、本当、本当なんだ。 あの子に任せれば絶対に大丈夫。 もしものことがあれば、私たちベリーズが責任を取る。全員の首を差し出す覚悟だよ。」 涙を流しながら嘆願するチナミに、エリポンとカナナンは圧倒されてしまった。 そんな2人の肩をマイミがポンと叩く。 「長い付き合いだから分かるがあの目は本気だ。 名医の腕が確かなのも知っているし、どうか信じてもらえないだろうか? ベリーズが首をかけるというのならば、そこに私の首を足したっていい。」 「「……」」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ エリポンとカナナンはコクリと頷いた。 2人も誰かを責めたいわけではないのだ。仲間が助かるのであればそれで良い。 その様子を見てホッとしたマイミは自分の心持ちを話しだす。 「いや、しかし驚いたな。ベリーズが裏切ってなどいなかったとは全く気付いていなかった。 流石の演技力だ。我々キュート全員騙されてしまったよ。」 「「「「……」」」」 「ん?ナカサキ、アイリ、オカール、マイマイ、その顔はなんだ?」 「いや、その、なんつーかさ……アンタ以外知ってたんだよ。」 「は?」 「オカールの言う通り。知らないのは団長だけだったってこと。」 「え???」 マイミがパニックになったところでマーサー王が前に出た。 騒動の責任の大部分はマーサー王国にある。 ここでしっかりと説明責任を果たさなければ、筋が通らないというものだ。 「今回の件について順を追って説明をさせてほしい。 まずは、あえてこのような表現を使うが、"共犯者"が誰なのかを明確にしたい。 マーサー王国からは私マーサーと、ベリーズ全員、そしてマイミ以外のキュート4人だ。 モーニング帝国は……フク王、説明をお願いできるか?」 「はい。モーニング帝国ではサユ様と私フク、そしてハルナンが全てを知っていました。」 「「「「「えっ!?」」」」 周囲の視線がハルナンへと注がれる。 ハルナンと言えば今回の戦いでモモコやシミハムと死闘を繰り広げたはず。 だというのに、共犯者だったなんて理解ができない。 みなが疑問を持った状態のまま、ユカニャが言葉を続けていった。 「果実の国の共犯者は私一人だけです。KASTの子たちは何も知りません。 アンジュ王国は、アヤチョ王とマロさんが該当しますよね。」 アヤチョ王とマロ、そう聞いてタケが反応した。 「あ~確かにマロはそういうの知ってそうだもんな~…… そう言えば他の国は王様が来てるのになんでアヤチョ王は来てないんだろ?」 「あ、特に理由はないようですよ。多分面倒だったんじゃないですかね。」 「あんにゃろ……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「what's!? ハルナンさんは全部知ってたんですか!?」 「そうよ。ノナカ。」 「umm...いったい何故ですか?……」 「アンジュ王国も今回の作戦に引き入れるためよ。 アヤチョ王と交渉するなら王より私の方がスムーズだからね。」 「ナカサキ!アイリ!オカール!マイマイ!どうして私に黙ってたんだ!」 「どうしても何も……団長は顔に出ちゃうじゃないですか……」 「団長は人を騙せる人間じゃないでしょ。だから逆に騙されてもらうことにしたの。」 「アイリ……マイマイ……確かにそうだが……仲間外れは哀しいんだぞ……」 説明により以下の人物が共犯者であることが明かされた。 ・マーサー王国:マーサー王、ベリーズ全員、ナカサキ、アイリ、オカール、マイマイ ・モーニング帝国:サユ、フク王、ハルナン ・アンジュ王国:アヤチョ王、マロ ・果実の国:ユカニャ王 ここでKASTのトモは一つの疑問を抱く。 数本の矢に貫かれた後なので、寝たままの姿勢で質問を投げかけた。 「人数足りなくないですか?あのカントリーとかいう子たちもソッチの仲間のはずじゃ?」 リサ、マナカ、チサキ、マイの4名のことをトモは指している。 問いかけに答えたのは彼女らの面倒を見ているモモコだ。 全身ボロボロだというのに涼しい顔をして言葉を返していく。 「言うならばあの子たちも騙された側なのよ。 ベリーズとキュートがズブズブだってことは、私の判断で教えなかったの。 あの子たちの正体はマーサー王国所属の新人戦士。ただし、未公表のね。 素質と将来性はピカイチの逸材よ。あなた達と本気で戦わせることで強くなってほしかったってワケ。」 「はぁ……なるほど」 トモが納得したところで、同郷のユカニャ王が喋りだした。 「さて、話を次の段階に進めましょうか。 共犯者の名前があがりましたが……その中でも首謀者は私、ユカニャ・アザート・コマテンテなんです。」 「「「「!?」」」」 ユカニャがそんなことを言うものだから一同はまたも驚いた。 特にKASTの4名が受けた衝撃は尋常ではなかった。 「皆さんご存知の通り、数年前と比べると現代の世は平和です。 マーサー王国も、モーニング帝国も、アンジュ王国も、そして果実の国だって、 今現在の戦力があれば十分に国を護れることでしょう。」 ユカニャの言う通り、国の存亡が脅かされるような危機はしばらく起きていなかった。 これら4か国が親しいため、攻め入るような巨悪など登場しようが無いのである。 「ですが、事態は大きく変わりました。"ファクトリー"が現れたのです。」 「ファクトリー?」 "ファクトリー"。ここにいる大多数の者には耳馴染みの無い言葉だった。 「知りませんよね。だから私が教えてあげます。 ファクトリーは"ばい菌"です。放っておけば国そのものを潰しかねない悪の権化なんですよ。 誇張なんかではありません。ヤツらは厄介で忌々しいことに、それを成すだけの力を持っています。 1匹残らず滅菌消毒してこの世から消し去ってやらない限りは、私たちに明日は無いと思ってください。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ユカニャが何のことを言っているのか、連合軍は全く理解できていなかった。 その言いっぷりが真実であるならば、ファクトリーは怪物か何かなのだろうか。 「ピンと来ていないようだから、実際に会わせた方が良さそうだね。」 ミヤビはそう言うと、8人の少女たちをテントの中に招き入れた。 おそらく彼女らが"ファクトリー"なのだろうが、どう見ても普通の人間だ。 ユカニャが言うような"ばい菌"、"悪の権化"のイメージは全くない。 そんな中、連合軍の中に驚く者が現れだした。 「アヤノ!?……タグに、レナコまで!」 「ラーメン大好きなタイサさん……!?」 真っ先に反応したのはオダとトモだ。 よく知っている人物がファクトリーの中にいたので衝撃を受けている。 そして、マリアにも見覚えのある人物がいたようだった。 「ロッカーと、お友達の女の子!」 マリアは打倒キッカの練習に付き合ってくれた2人を覚えていた。 感動の再開なのでハグでもしたいところだが、 当の2人は暗く、浮かない表情をしている。 そしてそれは"ロッカー"と"ガール"のみでなく、8人全員の表情が曇っていた。 そんな8人の前にユカニャが立ち、連合軍にこう告げる。 「百聞は一見にしかず。ファクトリーは戦闘によってその醜い姿を現します。 見ててください。私が自ら戦うことで醜悪な化け物を引き出してあげますよ!!」 ユカニャが妖しい桃色のジュースを飲もうとしたその時、オダ・プロジドリが大きな声を出した。 「待ってください!」 「……なに?」 「理由はよく分かりませんが、戦うというのなら私にやらせてください。」 「えっ?」 「この私にアヤノと戦わせてくださいっ!!」 先ほどのミヤビ戦で身体はボロボロだと言うのに、オダは剣を握って立ち上がった。 本来であれば有無を言わさずドクターストップをかけるところではあるが、 オダの真剣な眼差しを前にして、ユカニャはノーとは言えなかった。 「オダ……今のオダが私と戦ったら死ぬよ。」 「馬鹿を言わないで。私が誰だか分かっているの?」 「……モーニング帝国剣士」 「そう。私はモーニング帝国剣士。じゃあアヤノは何者なの?」 「私は……」 「ううん、答えなくていい。戦えばその先に答えが見えてくるんでしょ? やり合おうよ、真剣勝負。さぁ、早く武器を持って。」 アヤノと呼ばれた少女は怖くてしょうがなかった。 オダにやられることが怖いのではない。オダを傷つけてしまうことが怖いのだ。 だが、同時にハートが燃え上がっている感覚も覚えている。 戦士として戦えるなんていつ以来のことだろうか。 「私に、いや、私たちに武器は無いよ!」 「えっ!?」 「強いて言うなら……"拳(こぶし)"、それが私たちの武器!」 「!!!」 アヤノは瞬時にオダとの距離を詰め、高速のパンチを繰り出した。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 戦闘開始の合図もなしにアヤノが先制攻撃を仕掛けてきたが、 オダは咄嗟にブロードソードの面でパンチを防いでいた。 これはオダが自分からけしかけた勝負だ。不意打ちで一発KOという恥を晒す気はさらさらない。 (それにしてもなんて鋭いパンチ……ボクシングのような格闘技を修得しているの?) アヤノの戦闘スタイルは、かつてチームを組んでいた時とは大きく変わっていた。 だがボクシングが得意と分かれば対策を練ることが出来る。 立ち技の打撃に注意すれば優位に立てるはずだ。 ……そう思った矢先にアヤノが姿勢をグッと低くして飛び掛かってきた。 「足元がガラ空きだよっ!!」 「!」 アヤノはオダの下半身にタックルして転ばせて、己の長い脚をオダの脚に器用に絡めてきた。 これはボクシングに無いはずの足関節技だ。 無慈悲に極めにかかってくるアヤノの攻めに対して、オダは苦悶の表情を浮かべていた。 「う……うぐぐ……」 今のオダに出来る行動は、剣でアヤノを斬ることのみ。 自由に出来る両腕を思いっきり振って、アヤノに斬撃を当てていった。 苦し紛れの攻撃なので刃はパンチで簡単に防がれてしまうが、 剣と拳がぶつかり合った瞬間だけ、足の絞めが若干だけ緩みだした。 その隙にオダはアヤノのホールドから抜け出していく。 「んっ……!」 「あっ、逃がしたか……」 「ハァッ……ハァッ……ボクシングなのに……関節技?」 「ボクシング?違うよ、私が得意とするのは"コマンドサンボ"。」 軍隊式格闘術コマンドサンボ。 それがアヤノが得意とするスタイルの名称だ。 打撃技のみでなく、関節技や投げ技を駆使することで、相手の肉体を破壊する格闘技である。 8人の少女たちはそれぞれ異なる格闘技を極めている。 武器を持たず、拳(こぶし)のみで戦うために日夜鍛えているのだ。 「コマンドサンボ?……どんな格闘技か知らないけど、私の剣技に勝てるって言うの!?」 オダは一瞬のうちに斬撃を4連続で繰り出した。 先ほどミヤビにやられたばかりなので、己の身体に負担をかける高速剣技はさぞかし辛いことだろう。 だが、目の前のアヤノに勝つためには鞭打ってでも攻め続けるしか無いのだ。 しかしその4連撃までもアヤノのパンチのラッシュで防がれてしまう。 「遊びで格闘技をかじってるワケじゃないんだよ…… 武器を持った相手にも対抗できるからこそ、軍隊式格闘術なんだ!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ここでオダは力のこもった一撃を繰り出したが、 それさえもアヤノの拳(こぶし)で弾かれてしまった。 思えばアヤノの手脚は数年前と比べて非常に長くなっている。 つまりはリーチが段違いなのだ。 全ての攻撃が有効打になる前にアヤノの拳で封じられてしまう。 「もう終わらせよう。ミヤビ様と戦って傷ついたオダは私の敵じゃないよ。」 アヤノは長い脚で蹴りを入れて、オダをまたも転ばせた。 ベリーズとの死闘で全力を使い果たしたオダには、もう踏んばる力も残されていないのだろう。 そうやって無様に転んだオダの両ももを、アヤノは自らの右ひざ、左ひざで力強く踏んづける。 「1点!そして2点!」 「!?」 アヤノが謎の点数を数えるのを見てレナコとタグが騒ぎ出した。 「たいへん!あのままだとまずいよ!」 「アヤノ、必殺技でオダを仕留めるつもりだね……ほら、すぐに3点目だよ。」 アヤノはお次は右手でオダの左肩を抑えつけた。 右もも、左もも、左肩に体重をかけられているため、オダは殆ど身動きが取れなくなっていた。 ここでオダはやっと、アヤノの数えている数だけの箇所を封じられていることに気づく。 (両脚と、左腕がまったく動かない……) 「3点!そして次は……!」 次の一手でアヤノの必殺技が完成する。 この必殺技が決まると同時にオダは一切の抵抗が出来なくなるのだ。 アヤノが歓喜したその時、オダの右手から斬撃が飛んでくる。 その一撃は片手だというのに、これまでのどの太刀筋よりも鋭いものだった。 アヤノはその刃に反応し切れず、平坦な胸でモロに受けてしまう。 「えっ?……」 「ふぅ、やっと決まったようね……私の必殺技。」 周囲が驚く中、オダの必殺技を身をもって受けたことのあるミヤビは冷静な目で見ていた。 「みんな気づいてた?彼女の斬撃は一撃ごとにキレを増していたんだよ。 最高潮に乗った最後の一撃は、ベリーズやキュートでも防ぐことは出来ないかもしれない……」 オダ・プロジドリがアヤノに放った斬撃は計7回。 ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シと音階が上がるかのようにオダは自身のギアを上げてきていた。 序盤の攻撃を防がれたとしても、更に強くなりゆく攻撃が通らないとは限らない。 ノればノるほど強くなる必殺技「さくらのしらべ」でオダはアヤノに逆転してみせたのだ。 後輩の見事な勝利にアユミンが大喜びする。 「やったああああああ!ねぇハル!マーチャン!見てた!?オダが勝ったよ!」 「アユミンうっせぇなぁ……こっちは怪我人だってのに……」 「ねぇ、あのアヤノって人なんだか変だよ。なんか、真っ黒のよく分からないオーラが出てるみたい」 「「え?」」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ オダ・プロジドリは違和感を覚えていた。 目の前のアヤノは確かに強い。一手遅ければオダの方が負けていた可能性もある。 だがいくら強いとは言っても帝国剣士や番長、KASTらと同レベルだ。 (ベリーズ様やキュート様が大騒ぎする程とは思えないのよね……) オダがそう感じていたその時、アヤノの身体に異変が起きた。 禍々しいオーラが威圧するかのように発せられたかと思えば、 細身なはずのアヤノの筋肉量が一気に膨れ上がったのだ。 更に、信じられないことにオダが斬った傷口がみるみる塞がっていっている。 筋力増強くらいならナカサキにも行うことが出来るが、 傷まで塞ぐなんて、人間の範疇を超えているとしか言いようが無い。 「え?……」 「あ゛あ゛!ああああああああ!」 アヤノは苦しみ、もがきながらオダのブロードソードに左手を伸ばした。 そして刃を鷲掴みにし、一瞬にしてへし折ってしまう。 「!?」 一切の血を流すことなく刀身を握りつぶすなんて考えられない。 何が起きたのか分からないが、目の前のアヤノはさっきまでのアヤノとは別人だ。 いや、別人どころか他の生命体に置き換わったと言っても良いだろう。 達人のベリーズとはまた違った、得体の知れない強さにオダは心から恐怖した。 アヤノが泣き叫びながらオダの顔面をぶん殴ろうとした時点で、死を覚悟する。 「そこまでだ!」 瞬間、ミヤビとクマイチャン、そしてシミハムがアヤノを蹴り飛ばした。 ベリーズ3人からなる蹴りの衝撃には耐えられなかったのか、アヤノは血を吐いて失神してしまう。 九死に一生を得たオダは気が抜けて、しばらく立ち上がれなくなる。 「アヤノ?……いったいこれはどういう……」 オダだけでなく、この場のほぼ全員がアヤノに起きた異変を理解できずにいた。 その疑問にユカニャが答えていく。 「皆さん見ましたか?今のがファクトリーなんですよ。 ファクトリー(工房)はその名の通り、少女の身体を作り変えてしまうのです。」 「作り変える?……アヤノが自分の身体を作り変えたんですか?……」 「アヤノちゃんが?いいえ、アヤノちゃんは普通の女の子。そんな力はありません。」 「え?……」 「皆さん、抹消すべき敵を見誤らないでください。 諸悪の根源はアヤノちゃん達の体内に潜んだ未知の病原菌、"ファクトリー"です。 8人の少女を苦しめる"ばい菌"こそがこの世から消し去るべき対象なんですよ!」 そう言うとユカニャは倒れたアヤノの元に駆け寄った。 そして、涙を流しながらグッタリとしているアヤノを優しく抱きしめる。 「アヤノちゃん、助けられなくてごめんね……絶対に、絶対にファクトリーを滅菌してみせるからね。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ アヤノの肉体の変化を目撃し、ユカニャの説明を聞いた一同は唖然としていた。 人体そのものを作り変える病原菌があるだなんて信じられないが、 実際にその目で見たのだから受け止めるしかなかった。 「ベリーズ様とユカニャ様には感謝の言葉も見つかりません。」 8人の少女のうちの1人が前に出て話し始めた。 彼女のコードネームは「ドグラ」。本名をアヤパンと言う。 「この呪われた身体は、意思とは関係なく暴走してしまいます。 なので、私たちに居場所など有るはずもなく、自然と人里離れたところで暮らすようになりました。 そんな私たちを保護してくださったのがベリーズ様なんです。」 ファクトリーを患った8人は引き寄せられるように集まったらしいが、 爆弾を抱えている者同士が上手くいくはずもなく、日に日に疲弊していったという。 ベリーズは彼女らを救うために医学の権威であるユカニャに声をかけたのである。 「残念ながら"ファクトリー"を駆除する方法はまだ見つかっていません。 そこで、何かヒントを得られないかとマーサー王とサユさんをお呼びしたのです。 彼女たちに近い境遇なので、何かお話を聞かせてもらえればと……」 ユカニャが"近い境遇"という言葉を使ったが、番長やKASTらには何の事なのか分からなかった。 「帝国剣士の子はほとんど知ってるんだけど、私サユの中にはもう1人の私(マリコ)がいるの。 いつ暴走するか分からないって意味じゃその子たちと同じ。 まぁ、病気とは違うからあまりお役には立てないかもね~……」 「私の身体はもう暴走しないから、なおさら参考にならないかもしれないとゆいたい。 だが、当時の余波で超人的なパワーは未だに残っている。 力を制御するコツなら教えられるかもしれないな。」 ここまで聞いて、連合軍は2点を理解した。 1つは「ファクトリーが暴走すると食卓の騎士クラスでないと止められないこと」 もう1つは「ファクトリーはすぐに治るような病気では無いということ」だ。 それを踏まえてユカニャは今一度お願いをする。 「皆さんを騙すような真似をして、本当に申し訳無いと思っています。 でも、暴走した彼女たちを止めるには、各国の戦士がベリーズ様、キュート様のように強くなる以外に道が無いんです! ファクトリーの特効薬が見つかるまで……どうか彼女たちを抑えてあげてください……」 ベリーズを敵に回すという無茶苦茶なツアーではあったが、一同はその真意をやっと知ることが出来た。 ファクトリーを患う8人の少女たちを放置すれば一般市民にまでも襲い掛かるかもしれない。 それを阻止するために、死ぬ気で強くなる必要があったのだ。 意図をほぼ掴みかけたところで、アンジュ王国の新人番長ムロタンが喋りだした。 「あれ?ベリーズ様やキュート様だけで十分抑えられるんですよね? なんで私たちまで強くなる必要があるんですか?いや、強くなるのは全然いいんですけど」 ムロタンの発言で周囲は静まり返ってしまった。 特にユカニャは信じられないといった顔をしている。 タケが慌ててムロタンの頭をポカリと殴った。 「バカ!何バカなこと言ってるんだよ!このバカ!」 「ちょ、ちょっとタケさんバカって言い過ぎですよ!だってそうじゃないですか~!」 「ムロタン……お前、本気で知らないのか?」 「へ?何をですか?」 「……"25歳定年説"をだよ。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ この世界では、異常に強い少女の存在が十数年前から確認されてきていた。 見た目は可憐だと言うのに、彼女らは大の大人の何倍も強かった。 厳しい訓練を受ければ受けるだけ肉体は強靭になるし、 実戦での閃きや勘の良さだって通常の兵士とは比べ物にはならない。 まるで挨拶をするかのように簡単に敵を薙ぎ倒すことから、 そのような特別強い少女らのことをハロメン(意:挨拶をする者たち)と呼ぶ者も増えているらしい。 強国は例外なくハロメンを国防の最前線に置いていた。 それがマーサー王国の食卓の騎士(ベリーズ戦士団とキュート戦士団)や、 モーニング帝国の帝国剣士、アンジュ王国の番長、果実の国のKASTなのだ。 しかし全ての少女が必ずハロメンになれるワケではない。 特別な才能を見出された者が、地獄のような鍛錬に耐え抜くことでようやく成れるのである。 近年では才能を持った少女を効率的に集めるために研修生制度を取り入れている国も多いとのことだ。 ハロメンになれれば一生安泰のように思うかもしれないが、彼女らには唯一の弱点があった。 それが"25歳定年説"だ。 まだ正式に確立されたというワケではないのだが、彼女らは25歳前後で力を失う傾向にある。 それより高い年齢でも十分強いケースも存在するため、そのセオリーが絶対とは言えない。 しかし、データが集まれば集まるほど25歳という数字の信憑性がより高くなっていっているのだ。 25歳を超えれば殆どのハロメンは普通の女性になる。 あれだけ鍛えた圧倒的な筋力量も、剣の腕前も、並の女性程度になってしまうのである。 そしてその"25歳定年説"は、化け物のように強いベリーズやキュートにも容赦なく襲い掛かるに違いない。 年齢の高いシミハムやマイミから弱体化していくことが予測される。 あるいは個人差が思わぬ方向に働き、年少のリシャコやマイマイから影響を受けるかもしれない。 どちらにせよ、ベリーズもキュートももう良い大人だ。 近い将来には今ほどの戦闘力を維持することが出来なくなるだろう。 「そっか……じゃあ、ファクトリーを治す薬がいつまでも出来なかったら……」 ムロタンはやっと気づいた。 ベリーズとキュートの強さは永遠ではない。 そして、ファクトリーを患った少女たちは10代半ば。まだまだ若いのだ。 今現在はファクトリーを抑えることが出来たとしても、いつかは逆転する。 帝国剣士、番長、KASTがこのまま強くならなかった場合、 ファクトリーを止める者がこの世に存在しなくなるため、世界が滅ぼされる可能性も考えられる。 「もちろん、そんな事は許されません。 私ユカニャは医師としてあの子たちを治す方法を早急に見つけ出してみせます。 ただ、それが叶わなかった時のためにも若い皆さんには強くなってほしいんです。 ムロタンちゃん、分かりましたか?」 「はい……分かりました……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ユカニャによる説明がひとしきり終わったところで、各陣営らによる話し合いの場が設けられた。 "ファクトリーを抑えるために強くなる"ということの意味は全員が理解できたのだが、 組織としてどう振る舞うのかを改めて考える必要があると判断したのだ。 「テントの外に出ていますね。私たちがいたら話し合いも、し難いでしょうし……」 コードネーム:ドグラはそう言って、倒れたアヤノを含む少女たちを外に連れて行った。 自分たちを憐れむ目に晒され続けるのが嫌だったという理由もあるが、 それ以前に、自分たちも今後の振る舞いを話さなければならないと考えたのだ。 「さて……みんな、どう思った?」 「どうって?アヤパン」 曖昧過ぎる質問にコードネーム:リュックが返した。 それに対して、コードネーム:マジメが叱るように怒鳴りつける。 「また本名で呼んでる!コードネームで呼び合うって決めたでしょ!」 「はぁ……ぶっちゃけさ、それって意味あるの?」 「えっ」 「私たちのためにシミハム様が名づけてくださったのは有難いけどさ、もう私たちがファクトリーだってバレてんじゃん。 だったらもう本名で呼び合おうよ。今更化け物になったところでもう驚かれないでしょ」 少女たちの中にいるファクトリーは肉体を全て自分のモノにしてやろうと虎視眈々と狙っている。 そんな体内のTEKIを騙すために、本名とは異なるコードネームで呼び合うことで惑わしていたのだ。 ウィルスに意識や感情があるかどうかは定かではないが、 異なる名前を使う肉体は、本来自分が奪うべき肉体ではないと誤認したかのように大人しくなったという。 「化け物になったらみんな困るでしょ!」 「そんな時はさっきのアヤノみたいにぶっ倒せばいいじゃん。てか、今までもそうしてきたし。」 2人がヒートアップしてきたところでコードネーム:ドグラが割って入ってきた。 彼女は少女たちのリーダー格。方向性を示すのも仕事のうちだ。 「私ももうコードネームは使わなくて良いと思う。」 「え!?」「ほら~」 「勘違いしないで。この身をファクトリーに奪われていいから言ってるんじゃないの。 私はもう、暴走なんてゴメンだからね…… むしろ身体を奪われないよう、気を強く持つために、積極的に本名を使っていこうよ。 タイムリミットが来る前に行けるところまで行ってみよう。 勢い付けた今の僕らならやれるはずさ!」 そういう事なら、と少女たちは頷いた。 直前まで睨みつけていたコードネーム:ロッカーも一転笑顔になる。 「よーし!それじゃあ今から皆でコードネームを捨てようぜ!こういう時は年齢順な!」 拳を前に突き出して宣言するコードネーム:ロッカーに、皆も続いていく。 「俺はもうロッカーじゃない!これからはフジーだ!」 「私はもうドグラじゃない!これからはアヤパンだ!」 「私はもうマジメじゃない!これからはノムだ!」 「わたしはもうクールじゃない!これからはレナコだ!」 「私はもうリュックじゃない!これからはタグだ!」 「私はもうウララじゃない!これからはサクラッコだ!」 「私はもうガールじゃない!これからはレイだ!」 そしてもう1名、倒れていたはずの少女が目を覚まし、拳を天高くあげていった。 「私はもう……タイサじゃない……これからは、アヤノだ!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ それから小一時間がたった頃、 話し合いが終わった戦士たちはそれぞれの国に帰る準備を始めていた。 この場にいる者たちの方針はおおむね固まったのだが、 国としてどう動くかは、やはり国内で議論せねばならないということだろう。 特にアンジュ王国に関してはアヤチョ王もマロも国に残っているので、番長だけでは決められなかった。 「ねぇ、アヤノ」 「オダ!」 オダ・プロジドリが話しかけてきたのでアヤノは緊張してしまった。 一歩間違えばオダを殺すところだったので、どう話せばよいのか分からなくなる。 「あの……オダ、さっきはごめん……」 「いいのよ、私から志願したことだし。それに……」 「それに?」 「アヤノの今を知ることが出来たのが嬉しい。ううん、アヤノだけじゃない。タグも。レナコも。」 「オダ……」 「モーニング帝国としての結論はまだ出てないけど、少なくとも王と帝国剣士はファクトリーのみんなを護るつもりだよ。 いや、ファクトリーじゃないか、ファクトリーを患ったみんな……うーん、ちょっと言いにくいわね。」 「拳士。」 「えっ?」 「私たちのことは拳士(こぶし)って呼んで!これもベリーズ様につけてもらったの!」 「うん。分かった!拳士のみんなを護れるように、働きかけてみるからね!」 「ありがとう!」 その光景を少し離れたところで、アヤパンとレイが見ていた。 いつもと違って無邪気にはしゃぐアヤノを見て、なんだか新鮮な気持ちになってくる。 「ふふ、アヤノもあんな風に笑う時があるんですね。」 「そうね……私たちには生意気な態度ばかりなのに。」 「いつか私たちの中のファクトリーを消すことが出来たら、みんなで笑い合えるのかな……」 「レイちゃん。」 「ん?」 「さっきは流されちゃったけどさ、レイちゃんはどう思った?」 「どう……って?」 「ユカニャ様のお話を聞いたでしょ?本当にファクトリーの治療を出来ると思う?」 「えっ……どういうことですか?……」 「ユカニャ様ほどの権威が四苦八苦しても未だに方法が見つからないんだよ。治療法なんてはなから存在しないんじゃないかな。」 「は!?」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 希望に満ち溢れた展開だというのに、突き落とすようなことを言うアヤパンの真意がレイには掴めなかった。 「いや、正確には1つだけ治療法が存在するか。ユカニャ様もベリーズ様も優しいから、あの方々の口からは絶対に出ないと思うけどね。」 「え?え?……それはいったい?……」 「死ぬことだよ。」 「!?」 「私たち拳士(こぶし)が死んだら、肉体も朽ち果てる。そうすればファクトリーは肉体を奪えない。 暴走して罪の無い人たちに迷惑をかけるくらいなら、拳士みんなで、ね。」 レイは混乱しきってしまう。頭がクラクラするし、大汗だって流れてくる。 付き合いが長いため、目の前のアヤパンが冗談ではなく本気で言っていることが理解できる。それだけに辛いのだ。 「アヤパン!あなただって希望を抱いているはずです!その証拠にまだ死のうとしてないじゃないですか!! それは、治療法の可能性を信じているからでしょ?……」 「ううん、違うよ。私はまだ生きなきゃならないんだ。」 「生きなきゃ?……」 「ねぇレイちゃん。私たちが元々いたナイスガールは今どうなっていると思う?」 「どうって……アヤパンと私の2人が突然失踪したから、困っているんじゃないですか?」 「違うよ。2人じゃなく、3人なんだよ。」 「!?」 「風のうわさで聞いたけど、ナイスガールの組織は3人の失踪者を出して壊滅寸前なんだってさ。」 「壊滅!?そんなはずがありません!強くて、頼もしい、彼女がいれば構成員が多少抜けたところで……あっ!……」 「もう1人の失踪者の正体に気づいたようだね。じゃあどうして突然いなくなったと思う? これはもう勘なんだけど、理由は私たちと同じなんじゃないかな……」 「そんな……そんなことが……」 「だから、まだ生きなきゃならないの。全部解決するまでは、ね。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 2,3日が経ち、王や戦士、医師たちが帰国した中で、 ベリーズとキュートの面々だけが武道館に残っていた。 戦闘の影響で崩壊しかけた武道館の壁を撫でながら、チナミが話す。 「それにしても派手にやったもんだねぇ……修繕チームを手配しないとなぁ…… ねぇ団長、若い子たちの破壊活動を上手いこと止められなかったの?」 シミハムはブンブンと首を横に振った。 あの時は必死だったので、武道館を護る余裕はまるで無かったのだ。 それはベリーズもキュートもよく分かっている。 まだ発展上ではあるが、帝国剣士も番長もKASTもベリーズを苦しめるほど成長したのは明確だ。 そんな中、マイミが元気なく肩を落としていた。 「彼女たちが強くなったのは喜ばしいし、ファクトリーの事情もよく分かったのだが、 やっぱり……私に内緒だったのは寂しかったな……」 あまりにも落ち込みすぎたため、普段は暴風雨のようなオーラが梅雨時のようにジメジメしている。 ナカサキ、アイリ、オカール、マイマイが「またか……」と言った表情をしていることから、 ここ数日はこの調子だと言うのが伺える。 「おいおい団長。隠し事が苦手なことは自分でも分かってるんだろ?」 「いやオカール、私は演技は得意な方だと思ってるんだが……」 「見世物の演技とは違うっての。アンタは嘘ついたままベリーズと本気で殴り合えたか?」 「それは……」 怒りの込められた握り拳は出せなかったかもしれない、とマイミは感じた。 感情に左右される自分を恥じてまた落ち込みそうになったが、 そんなマイミとの直接勝負を経験したチナミがそうはさせなかった。 「私さ、マイミと本気でやれて嬉しかったんだよ。」 「チナミ……!」 「私だけじゃない、ベリーズもキュートも、久々に真剣勝負が出来て嬉しかったはずだよ!そうだよね?」 チナミの問いかけに全員が頷いた。 食卓の騎士はあまりにも強くなりすぎたために、満足に戦える相手がいなくなって久しかった。 訓練では味わうことのできない実戦での殴り合いが楽しくないと言えば嘘になる。 これまで静かにしていたリシャコも割って入ってきた。 「キュートとやり合えるの結構楽しみにしてたし、実際楽しかったよ。ただ……」 「ただ?」 「若い子と戦うのも、思ってたよりは楽しめた、かな。」 正直言って、ここにいる大半が若手の成長については半信半疑だった。 ベリーズとキュートでバチバチやり合って、それで終いになる可能性も十分あり得ると踏んでいた。 だが、結果は大きく違ったのだ。 最後まで死ぬ気で、殺す気で斬り合った結果、満足できる程に連合軍は強くなったのである。 楽しそうに話すみんなを見て目の輝きを取り戻すマイミに対し、モモコがデコピンをコツンと当てる。 「ぶっちゃけるとね、若手がもっともっと強くなる仕掛けを考えているワケよ。 もちろん、私やシミハム、マイミが定年になる前に……ね。 あの子たちと1対1で戦える日を思うと、ワクワクしてこない?」 「そんな未来が待っているのか……なるほど、ならばもう落ち込んでなんかいられないな!」 食卓の騎士が未来に希望を見出したところで、この物語は完結する。 そして、新たな物語が始まる。 第二部:berryz-side 完
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