Q期の面々が決着をつけていく中、フクはまだタケと戦っていた。
消耗の激しいタケを疲労させるために、戦いを長引かせる方針にシフトしたのだ。
フクは常にタケから離れることを意識したポジション取りをしている。
こうすることで投球の軌道をギリギリまで見極めてから回避することが出来るし、
タケがボールを回収するために走る距離も増えるため、更に疲れさせることも可能だ。
ただし、フクには遠距離攻撃の手段が無いことは忘れてはならない。
この状況でタケが投球を止めたりしたら、せっかく疲労させた体を休ませてしまうことになるので
フク・ダッシュによって定期的にプレッシャーをかけることは欠かさなかった。
これらを完璧にこなしてしまうフク・アパトゥーマの実行力に、カナナンは感心する。

「タケちゃんをあそこまで追い詰めるなんて流石やな。
 変な言い方になるけど、タケちゃんがいつも自慢するのも分かる気がするわ。なぁメイメイ。」
「うん、タケちゃんってあの"合同若手育成プログラム"の話をよくしてたもんね。
 一緒の班だったメンバーの凄さを何回聞かされたか・・・・・・
 あ、そういえばリナプーもプログラムに参加してたんだっけ?誰と一緒の班だったの?」
「え?私参加してたっけ?」
「そうだよ!アンジュからはタケちゃんとリナプーが選ばれたんでしょ!」
「う~ん・・・・・・なんかうっすら覚えている気がする。お猿さんと、泣き虫の子が2人いたような・・・」
「お猿さんってなんやねん、ほんまに覚えとらんのか」
「だって興味なかったし・・・・・・」

そうこう話しているうちにタケがまたしても派手に転倒する。
フクを倒したい思いで頭がいっぱいなのだが、疲労困憊な体がそれを許してくれないのだ。
これを勝機と感じたフクがダッシュで一気に攻めようとするが、
その前にカナナンが立ちはだかる。

「・・・・・・なに?今度はあなたが相手をするの?」
「待ったってください、少しカケヒキをしましょうよ。」
「?」
「私たち番長3人が黙ってみていたのはタケちゃんが一人でやるって言って聞かなかったからです。
 もしここでタケちゃんにトドメを刺すようなら、もう遠慮する必要はなくなります。
 当然、その時は3人がかかりで行かせてもらいますけど、その覚悟は出来てますか?
 もう少し適当に引き伸ばして、お仲間が助けに来るのを待ったほうが得策じゃあないですか?」

カナナンには時間を稼ぎたい事情があった。
今のカナナンにとっては、フクとタケに永遠に戦い続けてもらうことこそが理想だったのだ。
少なくとも裏番長マロ・テスクから合図が来るまではこの状況をキープしておきたかった。
しかし、フクはそれを良しとはしない。

「これ以上長引いたらね、その仲間の命が危ういの。だから私はすぐに駆けつけなきゃならないんだ。
 タケちゃんを倒したら3人がかかり?好都合じゃないの・・・・・・一網打尽できるからね!」

そう言うとフクはカナナンを跳ね除ける勢いでダッシュした。
まずはタケとの勝負に決着をつけるために。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



騒がしい訓練場とは違って、医務室はとても静かだった。
ベッドでは、激しい戦いを終えて負傷したカノン、トモ、カリンらが敵味方関係なく横たわっている。
かろうじて意識のあるトモが、自分達を運んでくれた"連絡担当"サユキ・サルベに礼を言う。

「ありがとうサユキ、でも帝国剣士まで運ぶ必要はなかったんじゃない?」
「いやいや、廊下に血だらけで倒れてたらみんなビックリしちゃうでしょ。」
「そりゃそうなんだけどさ、その、重くなかった?その人・・・・・・」
「・・・・・・うん、ぶっちゃけ何回も諦めそうになったね。」

トモとサユキは寝ているカノンの方をチラチラと見ながら小声で話す。
ジュースを飲んだサユキは重力を消すとは言え、カノンの体重を軽くすることは出来なかったのだ。

「ところでさサユキ」
「ん?」
「カリンについて教えてくれない?出来ればKYAST結成前の話が聞きたいの。
 私、カリンがあんなに強かったなんて知らなかったんだ・・・・・・
 サユキだったら昔のカリンのことも知ってるんでしょ?ねぇ、教えてよ!」

トモがカリンに興味を示すのが意外だったので、サユキは目を丸くして驚く。
もちろんここで教えない理由などない。かつてのプログラムを例にあげて説明を始める。

「そりゃ昔のカリンは強かったね。正統派のエリート戦士って感じだったよ。
 果実の国からは私とカリンがあの合同若手育成プログラムに参加したんだけどさ
 カリンのいた班は4人ともみんな強いって評判だったんだ。そこには帝国剣士のフクや、番長のタケも居たし。」
「タケ・・・・・・あのチビ、そんなに強かったんだ。」
「おかげで私たちの班はいくら頑張っても2位止まり。悔しかったなー。」
「へぇ、サユキの班も強かったんだ。やるじゃん。」
「思い出すだけで最悪のチームだったけどね。やる気ない子1人と、泣き虫2人だよ?私が頑張るしかないじゃない。」

サユキはハァと溜息をつくと、何かを思い出したかのように立ち上がる。

「さて、そろそろ仕事しないと!司令部に連絡しなきゃね。じゃ!」
「ちょっと!結局カリンのこと聞けてない!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



城の前には男性兵たちが大挙してやってきていた。
それらを率いていたのはハル、マーチャン、アーリーの3名だ。
どこかに消えたサヤシを見つけるべく、捜索範囲を寮から城内へと変更したのである。
しかしこれだけの人員を裂いてもサヤシは見つからなかった。
この時のサヤシはエリポンを助けに城外広場に行っていたため、見つかるはずが無いのだ。
時間と労働力の両方をかけても成果が出ないので、ハルはますますイライラしてくる。

「あーもう!こんなに上手くいかないのはプログラム以来だよ!」
「プログラム?なんですかそれ」

聞き慣れぬ単語について質問を投げ書けたのはアーリーだった。
ムシャクシャしているハルも、相手が女の子なので優しく返す。

「何年か前にあった、近隣国の若手戦士を集めた合同プログラムのことだよ。
 今で言うKASTのメンバーも何人か参加してたけど、アーリーちゃん知らない?」
「あーその頃はまだ戦士をやってませんでしたー。サユキとカリンちゃんが参加したんでしたっけ。」
「そうそう、カリンはフクさんやタケ、それともう一人とで"ゴールデンチャイルズ"っていう班を組んでたんだよ。
 直訳すると"金の子たち"だぜ?最初はどれだけ自画自賛してんだよって思ったけどさ、
 悔しいけど全員が全員強いんだよ。ハルたちの"73班"は1回も勝てなかった。」
「へー。ハルさんは"73班"ってチームにいたんですね。」
「最悪のチームだよ。チーム構成はアーリーちゃんとこのサユキ・サルべ、やる気ない奴、泣き虫班長。
 こんなメンバーじゃ"ゴールデンチャイルズ"達に勝てる訳無いっての、本当にイライラしたよ。
 ま、ハルが超頑張ったから2位の訓練成績を収めることが出来たけどさ。」

自慢風に言ってみせるハルを見て、近くにいたマーチャンは吹き出してしまう。
マーチャンも当時はまだ戦士になってはいなかったが、ハルが話を盛っていることには気づいたのだ。

「ふふふっ、フク濡らさんたちに勝てなかったのはドゥーが弱かったからじゃない?」
「・・・・・・は?」

馬鹿にされてカチンときたハルは竹刀を取り出して、マーチャンへと突きつける。

「おいマーチャン。ハルは女の子には手を出さないって決めてるけどさ、帝国剣士は別なんだぜ。
 対等とみなした相手は男だろうと女だろうと容赦しない。それがハルのポリシーだ。」
「え?対等?マーが?ドゥーと?」
「馬鹿にしてるのか!!」

ハルは怒りに任せて竹刀を振ったが、剣はマーチャンには届かなかった。
二人の争いを止めるために、アーリーがハルの腕を掴んでいたのだ。

「喧嘩はダメですよー!サヤシさんを探すまでは仲間割れしちゃいけません!」
(なんだよアーリーちゃんのこの力!!・・・・・・腕が全く動かない・・・・・・)

アーリーの巨体からなる怪力を前にして、ハルは何も出来なかった。
すぐに竹刀を引っ込めては、恥ずかしそうにポツリとつぶやく。

「分かったよ、アーリーちゃんの言うとおりだ。さっさとサヤシさんを探そう。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「こんちにはー、連絡に来ましたー。」

連絡担当サユキは現場で起きていることを伝えるために、会議室の扉を開く。
トモとカリンがカノンと相打ちに終わったこと、
タケとフクはまだ交戦中であり、他の番長が待機している理由は分からないこと、
ハル、マーチャン、アーリーが大勢連れて慌ただしくしていること、
アユミンが泣きながら城に帰ってきたこと等を報告する。
それを聞いた司令担当、ハルナンとマロの表情は渋かった。

「目に見えた成果はカノンさんを倒せたくらいですかね……」
「それもトモとカリンの2人を犠牲にしてでしょ?効率悪すぎ。」
「ハル達が大勢でいる理由はなんとなく想像つきます。サヤシさんをみつけられなかったんでしょうね。」
「そのサヤシがエリポンの加勢に行った可能性は?」
「十分にあります。ていうかきっとそうなんでしょう。
 じゃなきゃアユミンがエリポンさん相手に敗走するのは考えにくいです。」
「なるほどね、じゃあ警備を外向きに集中した方がいいかもね。」

最新状況に対して建設的な意見を出すマロだったが、ハルナンは不信感を抱かずにはいられなかった。
特に気になった点について突っ込んでいく。

「番長たちは何故一人ずつ戦ってるんでしょう?四人でかかればフクさんくらいすぐでしょうに。」

痛いところを突かれたのでマロはギクリとする。
マロにはカナナン、メイ、リナプーの三人を温存しておきたい理由があったのだ。
正直に白状する訳にも行かないのでマロは適当にはぐらかす。

「タケちゃんがフクとの一騎打ちにこだわってるのよねー。本当に手を焼くわ。」
「そんなタケさんをコントロールするのがマロさんの裏番長としての役割では?」
「……たまには部下のやりたい通りにさせるのも上司の務めと思ったの。
 でもタケが負けた後は残りの三人でフクを袋にするだろうから安心して。」
「まぁ、どっちみち我々の勝利が揺らぐことは無いんで良いんですけどね。
 今まで黙ってたんですが、昨日付けでスッペシャルな助っ人を味方につけることに成功したんですよ。
 きっとマロさんもお喜びになると思いますが。」
「助っ人?……誰のこと?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



エリポンに託されたサヤシは、意気揚々と城内へと入っていった。
ハルの率いた一般兵が表にたくさんいたので裏口からの入場となるが、
今のサヤシは例えどんな敵が現れたとしても負ける気がしなかった。

(あのアユミンもこの刀一本で追っ払うことが出来た・・・・・・
 ウチの実力がありゃあ、どんな敵からもフクちゃんを護れる!)

サヤシには、味方を守るためなら相手を斬り殺す覚悟があった。
さすがに事情を知らぬ一般兵を殺害するのは気が引けるのでみねうち程度に済ませるが
確固たる意思で潰しにかかる天気組・番長・KASTの命を奪うことに躊躇は全くない。
サヤシの高速移動&高速抜刀ならば瞬時に相手の首をかっ切ることが可能だ。
首を斬り落とされて無事に済む人間なんていやしない。サヤシはそう確信していた。
そんな中、天高い位置からサヤシを呼ぶ声が聞こえてくる。

「君がサヤシちゃん?謀反を計画するなんて悪い子だね!」

高いところからの低い声に、サヤシは聞き覚えがなかった。
だが、一声聞くだけでサヤシの全身はまるで鉛に変化したかのように重くなる。
それだけの重圧を感じてしまったのだ。
これほどまでの恐怖心を植えつけられた経験はサヤシには殆どなく、
せいぜい現役時代のサユならびにプラチナ剣士と呼ばれる先輩方の戦闘を見た時くらいだ。
ということはこの声の主はプラチナ剣士と同等の存在ということ。
サヤシは恐る恐る後方を振り向くが、そこに顔は無い。
もしやと思い空高くを見上げることで、やっとその御顔を見ることが出来た。
本来ありえない高度にある顔を目撃することで、サヤシは思ったままのことを呟いてしまう。

「で、でっかい・・・・・・」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



美人顔だとか、眉毛が凛々しいだとか、怒った風な表情をしているだとか、感想はいろいろあったが
それらを全て抑え込むくらい、相手の身長は大きかった。
サヤシの身長が低めだからそう思っている訳ではない。とにかくでかいのだ。
彼女からしたら歴代帝国剣士では高身長の部類のサユ王だって子供みたいに見えるだろう。
しかも手に持つ刀がまた規格外のサイズをしている。
アユミンの大太刀も大きかったが、この巨人の握る刀はざっと3mはあった。
そんな長い刀が本当に有るのか、有ったとして実戦で使えるかは疑問だが、現にこうして存在しているのだ。
間合いが命である居合術の達人サヤシがそう見積もったのだから間違いはない。
そして、その刀はもちろん飾りなどではなかった。

「こらしめてあげる!てやぁっ!!」

巨人は相当の重量なはずの長刀を片手で軽々と持ち、狭い廊下でブンと振り回した。
振りの速度こそ並だが、この刀は障害物をすべて無きものにする破壊力を持っている。
長さゆえにしょっちゅう壁にぶつかるのだが、それすらもスパスパと斬ってしまうのだ。
長い得物を扱う戦士は狭い路地を苦手とする、といった常識を覆すのだから驚かされる。
これほどまでの突破力を持った異形の怪物に敵意を剥き出しにされたのだから、サヤシは恐怖せざるを得なかった。
床に倒れこむことでなんとか斬撃から逃れることが出来たが
一撃貰えば真っ二つ確定という状況下に、サヤシは情けなくも涙してしまった。

(な、なんなんじゃあいったい……)

サヤシは首さえ落とせばどんな相手でも殺すことが出来ると思っていたが
この化け物の首は遥か上空にある。サヤシが背伸びをしたって届きはしない。
では身体を斬れば良いか?それもダメだ。
攻撃を与えるより先に、長い刀による激しい破壊活動の餌食になってしまう。
つまりサヤシには万に一つも勝ち目など無かったのだ。
ここでサヤシはフクの言葉を思い出す。
モーニング帝国の最重要同盟国であるマーサー王国には、プラチナ剣士に匹敵した戦士がゴロゴロいることを。

「この人が……クマイチャン?」

そう確信したサヤシは猛ダッシュでクマイチャンから逃げていった。
当然のようにクマイチャンも追いかけてくるが、サヤシは気にせず走りまくる。
サヤシが目指すのはフクのいるであろう訓練場だ。
マーサー王国の食卓の騎士に詳しいフクならば対処法を知っていると思ったのだ。
元々はフクを護ろうと城にやってきたサヤシは
愚かしくもフクに害をなす化け物を連れてくることになってしまった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「クマイチャン様が…?」

ハルナンの言葉を聞いたマロは信じられないといった顔をしていた。
同席しているユカ王とサユキも驚きのあまり言葉を無くしている。
食卓の騎士を味方につけるということは、それだけ凄いことなのだ。
一仕事終えた風な口ぶりでハルナンが詳細を話す。

「食卓の騎士の中でも単純で扱いやすい……失礼、協力的なお二人を説得することに成功したんですよ。
 Q期が国家転覆を企てているので助けてほしい、とお願いしたら快く引き受けてくれました。
 さすがの正義感だなぁと思いましたよ。
 これで我が軍の勝利はもはや約束されたようなものですね。
 マロさんも嬉しいでしょう?憧れのクマイチャンさんと共に戦えるんですよ!」

抜け目のないハルナンはマロの尊敬する人物をちゃんと覚えていた。
正直言ってマロは放っておくと何をするか分からない程の危険人物なので
餌を与えて飼いならす方が得策だと考えたのだ。
プルプル震えて涙を流すマロを見て、ハルナンは確かな手応えを感じる。

「し、信じられない……」
「信じられないですか?でもこれが現実なんですよ!
 さぁマロさん、モーニングとアンジュと果実の国と、そして食卓の騎士と協力して
 我々の悲願を叶えようじゃないですか!」
「信じられないのはお前の頭だよ!この外道がっ!!」

気づけばマロは両手に二丁の拳銃を構え、ハルナンの顔と胸にそれぞれ突きつけていた。
あまりの早技に、そして意外だったマロの反応に、ハルナンの思考はフリーズしてしまう。

「え?……マロさん……?」
「食卓の騎士様はなぁ!お前みたいな三下がコントロールしていいお方達じゃねぇんだよ!!
 とってもピュアなクマイチャン様を騙すなんて万死に、いや、一億万死に値する。
 お前を王にするのはもう止めだ。司令部は解散!!」

そう言うとマロは両手の銃を壁に向け、二発同時にバキュンと発砲する。
この二撃は単なる威嚇射撃だが、飾りではなくちゃんと弾がこもっていることを教えてくれる。
この間、ハルナンは帝国剣士団長だというのに何も反応できなかった。
そしてそれはハルナンだけではない。ユカ王やサユキも同様だ。
以前も書いたが、マロはアンジュ王国に二人存在する「最も食卓の騎士とプラチナ剣士に近い存在」として周囲から恐れられている。
クマイチャン程ではないが、彼女の放つ殺気はこの場にいる全員を止める程の凄みがあったのだ。
やはりかつての大事件を経験しだけはあるのだろう。
そんなマロへの打開策をはかろうと、ハルナンが震えながら声を発する。

「本気で言ってるんですかマロさん!あなたは私たち全員を敵に回すことになるんですよ?」
「そうね。」
「それに、あなた程の重役が帝国剣士団長である私を撃って良いと思ってるんですか?
 これはもう国際問題ですよ?分かりますよね?同盟国解消、そして戦争が勃発します!」
「私がお前を撃てばの話でしょ?」
「は?……何を……」
「分からないの?私がお前を裏切るということは、つまりどういうことなのか。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナンを吹き飛ばして道を作ったフクは、まばゆく光る装飾剣「サイリウム」を構えてタケに斬りかかった。
相手が旧知の中だろうと関係ない、むしろ、よく知った間柄だからこそ本気で剣を振り下ろす。
そして対するタケも負けてはいなかった。
不本意ではあるがカナナンが時間を稼いでくれたおかげで一投分の体力は回復している。
懐から第3の隠し球を取り出すと、勢いよく振りかぶる。

「行くよ!タケちゃん!」
「来い!フクちゃん!」

お互いがお互いを超えるために、渾身の一撃を繰り出さんとする。
このままあと数秒経てば、勝負の決着がついていたことだろう。
だが、それはまだお預けとなってしまった。
メイがフクに体当たりを、リナプーがタケにゲンコツを喰らわせることで真剣勝負が妨害されたのだ。

「やめてーーーー!」「やめろ!」
「「!?」」

傍観していた2人が急にやってきたので、フクとタケは対応しきれず攻撃を止めてしまう。
メイの行動はまだ理解できるが、ここで不可解なのはリナプーだ。
何故仲間であるタケの攻撃を止めたのか、フクにもタケにも分からなかった。

「おい何すんだよリナプー!お前、どっちの味方なんだよ!」
「どっちもだよ。」
「そうそうお前はどっちも……えぇ!?」

フクとタケ両方の味方などと意味の分からないことを言うのでタケは大混乱だ。
フクも同じように頭にクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。
リナプーと味方になった記憶など無いのだから無理もないだろう。
そんな2人の疑問を解消するべく、転倒していたカナナンがタチアガーり、説明を始める。

「驚かせてすいません。たった今、マロさんから戦闘を止めるという合図が有ったのです。」
「「合図?」」
「2人は勝負に集中していて聞こえなかったかもしれませんが
 遠くから、そう、司令部がある辺りから銃声が聞こえたんですよ。
 私たちの上司マロ・テスクからは、状況がどうあれ銃声が聞こえたら、即、Q期に加担しろと命令されています。
 フク・アパトゥーマ剣士団長さん、我々アンジュの番長はあなたを全力でサポートします。」

突然の協力宣言にフクとタケはポカンとしてしまった。
そして緊張の糸が切れたのか、フクはその場にドサッと倒れ込んでしまう。
タケほどではないが、彼女も相当に疲労していたのだ。
そして大粒の涙を流しながら、アンジュの番長たちに礼を言う。

「ありがとう……これで、みんなを助けられる……!」

さっきまでは敵だったカナナンもメイも、フクの心からの謝礼を微笑ましく見守っている。
ところが唯一タケだけはまだ腑に落ちない顔をしていた。
実はタケだけは今回の件についてマロから何も聞いていなかったのだ。

「ちょっとちょっとリナプー、わたし何も知らないんだけど。」
「すぐ顔に出るから教えてもらえなかったんでしょ。」
「……っ!!!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンに絶望を与えるために、マロは番長たちが裏切ることを表明する。

「私が裏切るということは、私の部下である4番長が全員裏切るということ。
 そして、フク・アパトゥーマを王にするために全力でサポートするわ。
 予言してあげる。お前を討つのは他でもない、フク次期モーニング帝国帝王よ。」

ハルナンは自身の計画が音を立てて崩れていくのを感じた。
マロを含めた番長5人が一気に向こう側に着くのは痛手どころの騒ぎではない。
無駄だとは分かっていても、マロを引き止めるためにあれこれと言葉を並べていく。

「いくらマロさんでも食卓の騎士相手に勝てるとは思ってないでしょう?
 クマイチャン様と対峙したらどうするつもりなんですか?無駄だと分かって銃を向けるんですか?」
「説得する。」
「説得って……」
「お前とは付き合いの長さが違うんだよ。
 考えてみな。昨日今日出会ったばかりの馬の骨と、昔馴染みの私。
 どっちの言葉を信じるのが自然だと思う?」
「くっ……!」
「じゃ、さっそく説得に行ってくるわ。」

席を立つマロを黙って見逃すわけには行かなかった。
ハルナンは己の剣を構えてマロに突き付けようとするが、
当のマロはまったく恐れていないようだった。

「斬るの?」
「クマイチャン様のところに向かう気ならそうせざるを得ません。」
「はぁ、お前程の重役がアンジュ王国裏番長である私を斬って良いと思ってるの?
 これはもう国際問題よ?分かるよね?同盟国解消、そして戦争が勃発するんだけど。」
「……!!」

ハルナンは、苦虫を噛みながら剣を引っ込める。
とても歯がゆいが、自身がマロを斬るのは不可能だと悟ったのだ。
だからと言ってユカニャ王やサユキに止めてもらうことも期待出来ない。
二人ともマロの凄みに怯えきってしまっているからだ。

「ハルナンさんすいませ~ん!私は戦闘できない身体なんで……」
「あ、私も連絡の仕事しなきゃ……」

そそくさと逃げようとするサユキだったが、向かう先にマロが銃弾を撃ち込むことで阻止される。

「連絡担当はもう止めな。撃たれたくなかったらね。」
「ひぃぃ……」

もはやハルナン、ユカニャ王、サユキの3人にマロを止める術は無かった。
さすがは食卓の騎士とプラチナ剣士に最も近い存在。
彼女を止めるには、同等の実力者でも連れて来なくてはならないだろう。
だからこそ、ここにきてハルナンが笑顔になる。

「本当に良かった。親友がいてくれて。」
「は?何を言って…………うぐっ!!」

ハルナンの方を向くとほぼ同時に、マロの胸に激痛が走った。
「摩訶般若波羅密多心経」
この痛みは斬撃によるものだということはすぐ理解できた。
「観自在菩薩行深般若波羅密多時照見五」
しかしいくらよそ見をしていたとは言え、マロの凄みに負けず斬りかかる人物がいるなんて考えにくい。
「蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不」
これほどの芸当が出来る達人はマロの知る限りではごく僅かしか存在しなかった。
「異色色即是空空即是色受想行識亦復如」
マロは自分を斬った主の方を向き、その名前を大声で叫ぶ。

「アヤチョ!!お前よくも!!」
「ハルナンを悲しませる奴は許さない。カノンちゃん死刑ね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ここではアンジュ国の国王兼、表番長であるアヤチョ王について説明する。
本名アヤチョ・スティーヌ・シューティンカラーは他の番長と違って戦士の出ではなく、王となるべくして生まれ、王となるべく育ってきた。
親である先代の王はリトルプリンセス(通称りるプリ)を教養ある人物に育てたかったらしく
美術、宗教学、宇宙学、テストの花道、陸上競技、ダンス、犬の世話など様々なことを学ばせたのだが
逆にそれに大ハマりしてしまい、いまやアヤチョは国一番の奇人へと成長してしまった。
だがそういったバックボーンが有ったため、アヤチョは全国民に趣味の楽しさを教えてあげたいと考えるようになった。
勉強することの楽しさ、運動することの楽しさ、文化に触れることの楽しさ、帰宅してペットと触れ合う楽しさ
これらを国民全員が分かち合うことの出来るように、アヤチョは王になると同時に番長制度を導入したのだった。
難しい政治は知り合いのカノンに適当に任せて、4番長の育成に躍起になっていたのである。
その結果、アンジュ王国は類を見ない趣味王国としてせいちょうしたのだが
その形はアヤチョの思い描くものとは少し違っていた。
せっかく趣味について番長たちと話そうとしても、忙しいのだからと断られるようになったのだ。
ならば相手の都合の良い時間に読んでもらおうと本を執筆したりもしたが
タケは未だに3ページしか読んでいないという。
これではつまらなさすぎるのでアヤチョは次期番長候補として有望な新人に3舎弟というポストを与えて
自分とたくさんお話をさせようともしたのだが
新しい若い子はどうも自分とは感性が合わないようで、すぐに話してくれなくなってしまった。
アヤチョはただ趣味の話がしたいだけなのに、皆が自分から離れていく。
そう悲しく思っていたところに現れたのがモーニング帝国のハルナンだったのだ。
彼女はなんでも聞いてくれる。相槌を打ってくれる。褒めてくれる。喜んでくれる。
そして自分のことを大切に思ってくれている。
そんなハルナンの頼みをアヤチョがどうして断ることが出来ようか?
ハルナンのためなら、全番長を相手にしても構わない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョは仏像が着ているような衣を纏い、マロの前に立ちはだかった。
攻撃から身を守るにはあまりにも頼りない衣装ではあるが、彼女はこれで大真面目。
アヤチョの特殊技能の一つとして、テンションが上がれば上がるほど強くなるというものがあり
自分を仏のように神々しい存在だと思い込むことで、潜在能力を最大限まで引き出すことが可能なのだ。
また、基礎体力も申し分ない。
アヤチョには何十回も滝に打たれることで鍛えた耐久力と、
何百体も木彫りの仏像を彫り続けることで鍛えた腕力と、
何千時間も各地の神社を歩き回ることで鍛えた脚力が備わっている。
ゆえにアヤチョは戦闘経験こそ少ないものの
マロと並んで「食卓の騎士とプラチナ剣士に最も近い存在」とまで呼ばれるようになったのである。
また、修行によって悟りを開いた彼女にはこんなことだって出来る。

「ハッ!!」

アヤチョはいきなり大声を出したかと思えば、急に無表情になってしまった。
そうなった彼女からは先ほどまでの強大なオーラを感じ取ることができない。
今のアヤチョは押せば倒れるようなただの少女と化してしまった。
だからこそマロは冷や汗を流す。
邪念を全て取っぱらった状態のアヤチョは次に何をするのか全く読めないのだ。
殺気むき出しの屈強な戦士より、殺気すらも殺すアヤチョの方が恐ろしいことをマロは知っていた。

(この状態のアヤチョを見るのは宇宙と交信とか言ってた時以来ね……
 くそっ!やりにくいったらありゃしない!!)

マロはアヤチョが敵に回ることなんて今更気に留めてもいなかった。
ハルナンを裏切るケースを想定した日から、アヤチョと衝突するであろうことは予想していたのだ。
(もっともこんなに早く戦うことになるとは思っていなかったが。)
マロは自分が王であるアヤチョに劣るとは微塵も考えていない。
むしろ何も考えないで戦うアヤチョより、考えて考えて戦い抜く自分の方が上だとも認識している。
久々に全力を出し切ることの出来る戦いに、マロが退く理由はひとつも無かった。

「行くよ。アヤチョを倒せるのは同格の私しか居ないんだから。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マロは両手に握られた二丁の小型銃「ベビーカノンをアヤチョに向けて
相手が自国の王であるにも関わらず躊躇なく発砲した。
接近戦は分が悪いため、近づかれる前に決着をつけなくてはならないのだ。
その銃は破裂音だけは一丁前に大きいものの、サイズ自体はマロの掌に収まるくらいに小さい。
ゆえにそこから放たれる銃弾も米粒ほどしかなかった。
まるでおもちゃの拳銃。屈強な肉体を持つ戦士なら避けるのも億劫になるかもしれない。
それでもアヤチョは身体で受け止めるなんて愚かな真似はしなかった。
ヒラヒラとした衣装を強くはためかせ、そうして起こした風圧で弾の軌道を変えたのだ。
カノンの弾丸は極小サイズゆえに剣で弾くことは困難だが、こうすればいとも簡単に無力化出来る。

「知ってるよ。カノンちゃんの攻略法。」

アヤチョはマロと付き合いが長いため、嫌でもマロに詳しくなっていた。
その熟知の度合いはフクとタケのレベルを遥かに凌駕している。
常に背中を預けた関係性だからこそ、一挙手一投足を理解しているのである。
だがそれはマロだって同じこと。
宇宙と交信中のアヤチョは非常に読みにくいが、おおよその行動は理解出来る。
アヤチョの動きを支配するために、マロは次の行動へと移る。

「こうしたらアヤチョはどう動くのかな?」

アヤチョが風圧を起こしてガードする一瞬の隙をついて、マロは銃口をハルナンへと向ける。
突然ターゲットとなったハルナンは一瞬ドキリしたが、特に取り乱しはしなかった。
立場上、マロが帝国剣士団長であるハルナンを撃つことはありえないので
アヤチョの精神を揺さぶるためのブラフであるとすぐ分かったのだ。
ここでワーキャー騒いだらアヤチョを邪魔することになるため、ハルナンは凛とした表情を崩さなかった。
ところが予想は外れ、マロは容赦無く銃弾を発射する。
これには流石のハルナンも驚愕したが、意地でもその場を動こうとはしなかった。
以前アヤチョから聞いた話ではマロの銃弾には毒がたっぷりと塗られており、
傷口から侵入した毒が血管を巡り、全身を麻痺させる効果を持つらしいが
今更避けるのも難しいため、後はアヤチョに任せようと覚悟したのだ。
だが、ここでハルナンは己がアヤチョを真に理解していなかったことを痛感する。
なんとアヤチョはマロが銃口を向けた時点で走り込んでいて、ハルナンの前に立ちはだかることで毒から守ったのだ。
薄い衣は攻撃を防ぐことなど出来ず、アヤチョは腹に二発の弾丸をぶち込まれてしまう。

「アヤチョさん!……いや、アヤチョ!なんで!」
「知ってたよ……カノンちゃんは撃つってね……
 でもアヤ、もっと知ってるんだ。 これくらいがちょうど良いハンデだって……」
「え?……でもアヤチョとマロさんは同格じゃ……」
「同格?それは違うよ。絶対に違う。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョは毒に苦しみながらも、マロを怒りの表情で睨みつける。
その顔はまさに鬼神そのものであり、二十歳そこいらの女子がして良い顔では決して無かった。
実はアヤチョがこうなるのもマロの計算のうち。
最愛の親友であるハルナンを狙うことによって、アヤチョを怒り狂わせる作戦だったのだ。
激怒しつつも冷静でいられる人間なんて存在しないので、
ここから先のアヤチョの行動は分かりやすくなるとマロは踏んだのである。
ところが、奇人変人アヤチョ王を解明するのはそんなに易くはなかった。
アヤチョは衣のスカート部分をビリビリと破くと、長い手ぬぐい状にして両手で持ち始めた。
鬼のような顔と相まって、今のアヤチョの姿はとある神像を彷彿とさせる。

「風神の構え……!」

鬼気迫るその表情は、まるでアヤチョが本物の神様になったかのような錯覚をマロに起こさせた。
今のアヤチョのスカート丈はとんでもなく短くなってしまったが、彼女はそんなことを気にしない。
逆襲の超ミニスカートは裏切り者を打ちのめすことしか考えていないのだから。

「カノンちゃん、本気でアヤと同格だと思ってるのかな?」

アヤチョは切り取ったスカートをブンと振り回す。
そうして起きた風圧は人間の起こすことの出来るレベルを超越しており、
マロの体重を持ってしても吹き飛ばされそうになってしまう。
しかもその突風は一度では終わらない。
アヤチョが一歩進む度にスカートは振られ、その度に強風が巻き起こる。
ここでマロはようやく気付いた。この環境下では小型銃が全く役に立たないことを。

(くっ……弾が届かない!)
「これはね、風神雷神像をモチーフにしたアヤの新技だよ。
 カノンちゃんの戦い方はいやらしいからね、カノンちゃんを倒す構えを作ったんだ。
 ところでさ、アヤとカノンちゃんちゃんが同格っていうのはさ、文章力や大砲も含めた話でしょ?
 一対一の対決ならカノンちゃんはアヤの足元にも及ばない。」

少しずつプレッシャーをかけてくるアヤチョを前にして、マロは滝のような汗をかいてしまう。
このままではジリジリ迫られて、追いつかれて、負けてしまうだろう。
だが、マロにはまだ希望があった。
先ほど撃ちこんだ麻酔弾が効いて来る頃だと思ったのだ。

「残念ねアヤチョ。もうすぐおねんねの時間じゃないの?
 そんなに激しく動いたら、毒が回るスピードも……」
「それなら大丈夫。」
「え!?」
「言ったでしょ。カノンちゃんの攻略法は知ってるって。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ハルナン、アヤを斬って!」
「!」

いきなり自分を斬れと言い出すアヤチョは、傍からはおかしくなったように見えるかもしれないが
ハルナンにはその意図するところがすぐに分かった。
要するにアヤチョは毒を抜いて欲しかったのだ。
毒ヘビに噛まれた探検家がナイフで切ることで指から血を流すように
剣で血液ごと麻痺毒を排出するのがマロ対策に繋がるのである。
もちろんハルナンの本心としてはそんなことをしたくはない。
彼女の扱うフランベルジュ「ウェーブヘアー」は通常の剣と違って刃が波打ったような形状をしている。
そのフォルムは一見美しくも見えるのだが、その本性はあまりにもえげつなかった。
ギザギザの刀身は相手の肉を斬るのではなく削ぎ落とすことに特化しているため、治療時に縫合することが困難なのである。
こんな剣で親友のアヤチョを斬るくらいなら自分を斬るほうが楽かもしれないが
毒に苦しませるよりは幾分マシだと判断して、心を鬼にして斬りかかる。

「分かったよアヤチョ!」

ハルナンは銃弾を受けたアヤチョの腹と、胸、そして首を一回ずつ傷つけた。
毒が脳に到達しないように、その経路から血液を噴出させたのだ。
実際これで毒を抜くことが出来たのかは分からないが、強烈な激痛は確実に気付けにはなっている。
血まみれになりながらも、アヤチョは依然変わらない闘志でマロを睨みつける。

「もう終わりだよカノンちゃん。すぐに殺してあげる。」
「……」

銃撃と毒殺の両方を無効化された今、自分に勝ち目がないことはマロ自身がもっとも自覚していた。
例え逃げたとしても、アヤチョの執念を持ってすれば必ず追いつかれてしまうだろう。
ならば殺されぬためには降伏すれば良いのか?
そんなことは許されない。
ここでアヤチョとハルナンに屈服したら、クマイチャンを騙し続けることになる。
かつて自分を救ってくれたヒーローを愛する気持ちだけは、どんなことがあっても守りたかった。

「……私の愛を軽く見るな。」

マロにはとっておきの策がある。
しかしそれには重大な副作用が伴うかもしれない。
ユカニャ王は危険など無いと言っていたが、信用できるか怪しいものだ。
だが、同格のアヤチョがここまでリスキーな行動を取り続けた以上、
もはやノーリスクで勝とうなんて甘い考えは捨てるべきなのだ。
マロはユカニャに(わざと)返却し忘れた五色の液体を取り出し、全ての同時に開封する。
そして、一気にジュースを飲み干したのだ。

「私はもう根性のない豚じゃない!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ジュースを飲んだマロの身体は焼けるほど熱く火照り出す。
その異常なまでの即効性に少し怖くなったが、それも最初のうちだけ。
己の変化をすぐ実感出来たため、恐怖なんてどこかに吹っ飛んでしまう。

(身体が軽い!)

一番分かりやすいのはレモンジュースの効果だ。
身体が軽くなるジュースのおかげで、今のマロはまるで重力が無くなったような気分になっている。
普段から体重を気にするマロにとってこんなに嬉しいことはない。
更に戦闘で受けたダメージによる足取りの重さも消えていた。
アヤチョの起こす突風に衣装が引っ張られる感覚だって存在しない。
だからマロはこんな環境下でもダッシュでアヤチョまで接近することが出来る。
天使の羽が生えたようなマロにとって風神など全く怖くないのだ。

「なっ……カノンちゃんどうして!?」

接近戦が絶対的に苦手なマロが何も恐れずやってきたのがアヤチョには不思議でならなかった。
もちろんマロには考えがある。
リンゴジュースで頭の冴えたマロにとって、アヤチョを追い詰める策を考えることなど容易いのだ。

(ユカニャの言った通り、リンゴジュース飲むと確かに集中力が増すわ。
 風のせいで銃は撃てない。でもリンゴ、レモン、グレープ、メロンの効能を聞く限りでは
 接近戦でも十分戦える!アヤチョだって全然怖くない!!」

ダッシュで近づくや否や、マロは握り拳による左ストレートを繰り出す。
武闘派ではないマロの攻撃など片手で受け止められと思ったアヤチョは
破れたスカートから左手を離して、マロパンチに対するガードを試みるが
マロは高速高威力の突きでガードごと殴り飛ばしてしまった。
一撃でオジャンになった自分の左手を見てアヤチョは驚愕するが、それ以上に驚かされた
のはマロの腕だ。
殴りかかった側であるはずのマロの拳が、肉から骨が突き出るほどにボロボロになっていたのである。
マロがここまでの覚悟を持って攻撃できることを知らなかったこと、
そしてあのマロの行動に対して迂闊にも油断したことをアヤチョは深く悔いることとなる。
そんなアヤチョとは対照的に、マロの表情はどんどん笑顔になってくる。

(楽しい!腕は凄く痛いけどまだまだやれそうな気がする!
 アヤチョを倒せるなら、身体がダメになるのも全然怖くない。
 身体は軽いし、集中力は続くし、それに眼がよく見える。
 今の私は、世界で最強かもしれない。)

マロとアヤチョの戦いをヤキモキしながら見ていたのは本来のジュースの持ち主であるユカニャ王とサユキだ。
マロが五種のジュースを取り出した時からずっと青ざめている。
普段から困った顔をしているユカニャがより一層困り顔になりながら
近くにいたハルナンに嘆願する。

「戦いを止めてください!さもないと大変なことが起きます!
 あのまま戦いを続けたら、一生戦闘できない身体になっちゃうかもしれないんですよ!」

確かに、とハルナンは思った。
今のアヤチョの身体はひどくボロボロだ。
これ以上グレープジュースによるタガの外れた攻撃を受け続けたら、もう長くはないだろう。
一生戦闘できないどころか命を失うことだってありえるかもしれない。
しかしハルナンには二人の戦いを眺めることしか出来なかった。

「止められることなら止めたいですよ。
 でも、悔しいけど、あの二人の間に割って入る実力が私には無いんです……
 帝国剣士団長に相応しい強さをもっていないんですから……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



これ以上、風神の構えを取り続けても無駄であることをアヤチョは理解した。
今のマロは何故か捨て身のインファイターと化している。
それならば電撃のように素早く攻撃できる、もう一つの構えが良い。

「雷神の構え!」

破ったスカートを捨てて、代わりに腰に差していた七支刀、その名も「神の宿る剣」を右手に持つ。
これは一番初めにマロの胸を斬った時に使用した剣だ。
この剣の形状は通常のものとは異なり、主となる刀身から更に6つの刃が枝のように突き出ている。
しかし制作された年代があまりに古い剣ため、切れ味はもはや無いに等しい。
こんな博物館に展示されるような剣で鋭い斬撃を放つなんてアヤチョにしか出来ない芸当だ。

(アヤの攻撃は雷みたいに速いよ!受け止められないでしょ!!)

雷神となったアヤチョは確かに速い。
接近戦でアヤチョの斬撃を捌ききることの出来る人間は世界に何人もいないだろう。
ところがマロはその高速剣が繰り出される前に、アヤチョの腕を掴むことで防いでしまう。
これはまるで以前ハルがマーチャンに向けた木刀をアーリーが止めた時のよう。
マロにメロンジュースの効果が出ている証拠だ。

「くっ……放してよ!」

自慢の構えまでも通用しないことに焦ったアヤチョは慌ててマロの手を振りほどき、一旦距離を取ろうとする。
しかしここで逃げることをマロは許さない。
アヤチョが逃げる先を事前に予測し、そちらに予め回り込むことで退路を断ったのだ。
完璧に次の動きを読むマロがアヤチョには信じられなかった。
それに、マロの顔が自分にやたらと近すぎるのがよく分からない。
まさに、思惑ある笑顔接近。物欲しそうな笑顔接近。
マロとこんな距離感で接したことが無いので、正直言って気持ち悪くもある。
何故マロがこうも近いのか、少し離れた場所でジュース開発者のユカニャがハルナンに解説する。

「メロンジュースを飲むと、とんな些細な動きも見えるほど視力が向上します。
 だから今のマロさんにはアヤチョ王が動き出す前の予備動作まで感知できちゃうんですよね。
 でもその代わり、視野はひどく狭くなっちゃうんです。せいぜい目の前の人間1人分くらいでしょうか。
 マロさんがベッタリくっついているのはそのせいです。」
「えっ、それって副作用なのでは……」
「ジュースの効果が切れたら元どおりになるので問題ありません。
 それにハルナンさん、飲むだけで強くなる魔法の薬なんて存在しませんよ。
 何かを犠牲にすることで、結果的に強くなることなら出来ますが。」
「……ということは、他のジュースも?」
「はい、視野を狭くすることでその範囲だけよく見えるメロンジュースと同じように、
 リンゴジュースは雑念を考える頭を潰すことで集中させています。
 レモンジュースは重さを感じる器官を殺すことで身体を軽く感じさせています。
 なので本当に軽くなる訳ではないのです。」

レモンに関しては本来の使用者であるサユキも補足して説明する。

「どんなものも重さを感じないで持てるから便利なんだけどさ
 力が強くなったりはしないから本当に重いものは持ち上げられないよ。
 帝国剣士のカノンさんとか担ぐの難しかったし。」
「なるほど……」

身近な具体例を挙げられたのでハルナンは納得する。
となるとカリンの飲んだグレープジュースについても解りかけてきた。

「グレープジュースはストッパーを外すことが出来るとおっしゃってましたね。
 それはジュースが、危機を感じる機能を一時的に止めることで実現しているということですか?」
「はい、その通りです。まぁ他人への危機は通常通り感じられますけどね。」
「なるほど、グレープが一番危険なジュースという意味かやっと分かりました。
 戦士から危機感を奪うのは恐ろしすぎますね……」
「あ、それが……さっきはグレープが一番危険と言いましたが……」
「?」
「本当に危険なのはピーチジュースなんです。まさかマロさんが飲むとは思ってなかったので黙ってました……」
「ピーチの効果は!?」
「ピーチジュースは飲むと勇気が湧きます。その代わり、恐怖心を失います。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



果実の国にはかつて、ピーチジュースを飲みながら戦う者がいた。
彼女は戦士にしてはとても気が弱く、オドオドしていて、常に戦いを恐れていたが
ジュースをひとたび飲めば勇敢なリーダーへと変貌し、仲間たちを率いて前線に赴いたと言う。
その頼もしさはまるで桃から生まれた戦士が鬼を退治するおとぎ話のよう。
しかしその末路はおとぎ話通りとは言い難く、
無鉄砲に敵陣深くへと入り込みすぎた結果、袋叩きにされてひどく負傷したとのこと。
果実の国の発達した医療技術を持ってしても戦士の傷を癒すことは難しく、一生戦闘の出来ない身体となってしまった。
ピーチジュースは勇気を与えてくれるため一見便利そうに思えるが、
恐怖心を持ち続けることこそが生きるために最も大切なことであることを彼女が教えてくれたのだ。
だというのに今現在、マロ・テスクが同じ過ちを犯そうとしている。
彼女には毛ほどの恐怖心も残っていない。ゆえに破滅はすぐ先に見えている。
記者の宝とも言える右手で殴ろうとしていることからもそれが分かるだろう。

「おりゃあ!!」
「ぐっ……!」

マロは手の甲がグシャグシャになる勢いでアヤチョの右肩を殴った。
薄手の上からそれだけの衝撃をぶつけられたのでアヤチョの肩はもうバキバキだ。
あまりの激痛で七支刀を持ってられなくなり、床に転がしてしまう。
これではもう攻撃のしようがない。逃げようとしても回り込まれる。
もう後がないと考えたその時、アヤチョは無意識に脚を出していた。
彼女の脚はマロと比較してずっと長いので、リーチの面で有利だと直感的に感じたのかもしれない。
とは言えマロはメロンで発達した眼のおかげで蹴りの軌道は簡単に予測できる。
長期に渡る戦いで重くなったはずの脚も、レモンの効能で軽々上がる。
そしてグレープで外したストッパーは、超強力&超高速の踏み付けを実現する。
思いっきり足を踏まれたアヤチョは激痛に耐え切れず悲痛な叫びをあげてしまう。
ところが、ダメージを被ったのはアヤチョだけではなかった。
骨が壊れても良いくらいの勢いで踏み込んだので、マロは足のみでなく膝、腰までも負傷してしまったのだ。
そうなったら痛いだけでは済まない。もう立てなくなる。
マロは気持ちは前に有るというのに、その場に転倒してしまう。

「なんで?……立てない……」

マロはリンゴのおかげでアヤチョを倒すことだけに集中できたのだが、
それに専念するあまり自分のことを省みる発想が全く無くなっていた。
少しでも恐怖心が有れば骨折を恐れたのかもしれないが、その感情はピーチが根こそぎ奪っている。
よってマロはタチアガールことが出来ず、この体勢のままアヤチョの追撃を受けることになる。

「なんだかよく分からないけど流石にもう終わりだよ……アヤの必殺技で決める。」
「まだ終わってない!こっちにだって必殺技があるんだから!!」

アヤチョは激痛の走る右手で手刀を作り、下方のマロへと振り下ろす。
それに対してマロは懐から小型の爆弾を取り出しては、アヤチョへと投げつける。
これが両者の必殺技、「聖戦歌劇」と「爆弾ツブログ」。
どちらも本調子とは言い難いが、今の相手を倒すには十分の威力を備えている。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(え?二人とも何を・・・・・・)

ハルナンは必殺技という響きに馴染みがなかった。
平和な時代を過ごしてきたゆえに、それを目の当たりにする機会に恵まれなかったのだ。
だとすればここでアヤチョとマロの激突を見れたのは幸運かもしれない。
絶対的に相手を仕留める自信があるからこそ「必殺技」と呼んでいる。
そうして繰り出される攻撃が強くないわけがない。
しかもマロの投げた「爆弾ツブログ」は文字通り「必」ず「殺」す爆弾だ。
かつては人を殺すほどの威力は無かったらしいが、数年に及ぶ改良により破壊力が増している。
虫の息のアヤチョを仕留める程度の仕事は問題なく完遂するだろう。
だがマロの爆弾には重大な構造的欠陥があった。
持ち運びに便利だったり、奇をてらいやすいという理由で小型にしているのだが
そのせいで重量がとても軽かったのだ。
つまりマロの爆弾は小型銃同様、風に弱い。
そして、アヤチョの必殺技「聖戦歌劇」は風を巻き起こす。
いや風だけではない、落雷のような衝撃まで発生させることが出来る。
アヤチョの構えは二つあったが、「雷神の構え」を「TRUTH」と定義すれば、「風神の構え」は「REVERSE」となる。
そしてそれらの要素をシャッフル&ミックスしたのが「MARBLE」と位置づけられる「聖戦歌劇」だ。
聖女と乙女の両方の面を持つアヤチョは雷神の如き速度で手刀を振り下ろしては、
途中で手の向きを変えて、掌を大気へと衝突させる。そうすることで風神の如き爆発的な突風を起こすとが出来るのだ。
「聖戦歌劇」は一瞬のうちに爆弾を吹き飛ばし、そのままの勢いでマロの胸に落雷する。
本来はこれを七支刀で行うのが有るべき姿であるのだが、その必要はなかった。
全身をジュースに蝕まれているマロの意識を打ち切るには、ただの掌底だけで十分だったのだ。
限界を迎えたマロは、さっきまで騒々しかったのが嘘のように静かになってしまう。

「・・・・・・気絶した?」

マロの性格からして気絶した振りをしている可能性も十分ありえるが
それについてはユカニャ王がきっぱりと否定してくれる。

「それはありません。ジュースの効果が効いているので、自分の身を守る考えは浮かばないはずです。
 そもそもマロさんはもう戦闘できる身体じゃ・・・・・・」
「そういうもんなんだ・・・・・・わかったよ、じゃあ。」

そう言うとアヤチョはマロにトドメを刺すためにもう一度右腕を上げる。
人体急所の集中している顔面に「聖戦歌劇」をぶつけることで息の根を止めようと考えたのだ。
そんなアヤチョを、見るに見かねたハルナンが必死に制止する。

「やめてアヤチョ!それ以上やったらマロさん死んじゃう!」
「うん、殺すつもりだよ。」
「そんなことする必要ありませんって!」
「なんで?ハルナンを裏切ったんだよ?このまま生かしておくとまた邪魔をするよ?
 ハルナンは王様になるのと、カノンちゃんを生かすのとどっちが大事なの?」
「アヤチョさんが・・・・・・いや、アヤチョが人殺しにならない方が大事です。」
「!!!」
「だからもう止めて。お願い。」

冷徹だったアヤチョの表情が、みるみるうちに柔和なものになってくる。
自分を気遣うハルナンの気持ちが心から嬉しかったのだ。

「分かった。ハルナンがそう言うならもう殺さない。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



なんとか死は免れたマロだが、それでも重症には変わりない。
昔から理系女子で医学薬学に心得のあるユカニャ王がマロの状態を確認し、
サユキ・サルベに医務室へ運ばせるよう命令する。

「なるべく揺らさないように運んでね。サユキなら出来るでしょ。
「もちろん。」

時間の勝負なのでサユキは急いで医者のところに向かった。
彼女の走行技術ならマロに負担を与えず走ることが可能だ。
この分ならこれ以上悪化させずに治療に入ることが出来るだろう。
となると、心配なのはアヤチョの身体だ。

「アヤチョもひどい傷……お医者さんに診てもらったほうが……」
「大丈夫だよハルナン。瞑想したら治るよ。」
「え!?」

そう言うとアヤチョは座禅を組んで、目を閉じ始める。
アヤチョのことだから本当に治ってしまいそうな気はするが、流石にそれはない。
ハルナンは無理矢理にでも医者に連れてこうと腕を引っ張る。

「ほらアヤチョ、早く外に……あ!」

ここでハルナンはアヤチョの衣が服としての体をなさぬ程に裂けていることに気づく。
スカート部分の生地はもう無いに等しいし、取っ組み合いの末に胸元もひどく開いている。
このまま廊下に出て男性兵にでも見られたら大問題だ。
真っ先にすべきは衣装をコーデすることだとハルナンは理解する。

「大変!今すぐ代わりの服を持ってくるね。」
「えーこれでいいのに。」
「ダメよ!いろいろと見えちゃってるんだから!」
「でも薄い生地の方が仏像さんっぽくてテンション上がるよ。
 アヤ、テンション低くなったら戦えないし……」
「じゃあアヤチョの好みの服を選んであげる。どういうのが理想なの?」
「理想は全裸かな!絵画に描かれる女神様みたい!」
「ダメーーーー!」

服に無頓着すぎるアヤチョに、とうとうハルナンの堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。
年頃の女子が服を着ることの意義を熱弁し、アヤチョを説得する。
さすがのアヤチョも勢いに押されたようで、条件付きで承諾することにした。

「分かった、服を着るよ。でもその代わり、これからはアヤって呼んでほしいな。」
「アヤ……ちゃん、じゃダメ?」
「うん!それでもいいよ!」
「じゃあとびっきり似合う服を持ってくるから、アヤちゃん待っててね!」

ハルナンは早速、モーニング城の一設備であるクローゼットへと向かった。
そこは「ガールズライブ」と呼ばれており、カスタム可能な工作室まで備わっている。
多数の衣装や武具が備わっているため、アヤちゃんにピッタリなコーデも十分可能だろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マロがアヤチョに敗北するとも知らず、アンジュの番長たちはフクに協力する準備を進めていた。
疲れて立ってられないフク、タケ、リナプーを休ませると同時に、カナナンが番長らの特徴について説明する。

「連携をとるには私たち番長のことを教えないといけませんね。
 詳しく説明する暇は無いんで、手短にはなりますが……」
「うん、お願い。」
「はい、まず運動番長タケちゃんについては説明するまでも無いですね。
 鉄球を武器にすることで近距離遠距離どちらも対応可能な、戦闘の要です。」
「うん、頼りにしてる。」

フクに褒められたのでタケは赤面してしまう。
フクを敵対視してはいたが、それは戦闘面でライバルとみなしていたからであって
性格はむしろ好きな方だったのだ。

「次に文化番長メイメイですが、彼女は類稀なる演技力でどんな人物でも演じることが出来ます。」
「演技力……?」

急に戦いとは関係ない特徴を説明されたのでフクはキョトンとしてしまう。
一応カナナンが説明を補足するが、それもよく分からないものだった。

「そのためにはある程度観察する必要がありますが。フクさんのコピーやったらもう十分と思いますよ。
 なぁメイメイ?」
「うん出来るよ!……"なんだか暑くなって来ちゃった……ハァ、鎧脱いじゃおうかな……"」
「私、そういうのじゃないもん……」

フクが不満顔なのも気にせず、カナナンは次のメンバーの説明をする。

「帰宅番長リナプーは国内一のブリーダーでありトリマーなんです。
 愛犬と一緒に戦うのが特徴なんですよ。ちょっと今は見えませんけどね。」
「まぁ素敵!私も犬を飼っているの。」
「戦いが終わったら毛並み整えてあげてもいいよ。」
「本当!?それと私はカニやイモリも飼ってて……」
「それは他あたって欲しいなぁ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



さっきまで敵だったというのに、フクは番長らと仲よさげに話している。
単純に話してて楽しいという理由もあるが
それ以上に、もう孤独じゃないという安心感がそう思わせたのだろう。
この新たな仲間たちとならば、どんな敵にも勝てそうな気がしてくる。

「カナナンさん、あなたはどんな戦士なの?」
「私ですか?私カナナンは勉強番長で……」

カナナンが自己紹介を始めようとしたその時、訓練場の扉が大きな音とともに開かれる。
そこから現れたのはフクと同じQ期の、サヤシ・カレサスだった。
大切な仲間の生存にフクは感激して、舞い上がってしまう。

「サヤシ!良かった、無事だったんだね!」

嬉しさのあまりフクはまたも涙する。どうやらサヤシも泣いているようだ。
もっとも、サヤシのそれは喜びからくるものでは無かったが。

「フクちゃん……助けて。」

いつもと違って弱気そうなサヤシの声にフクはドキリとした。
サヤシがそんなになってしまうほどの強敵とはいったい何者なのだろうか?
だが、今のフクの心持ちは「負ける気しない 今夜の勝負」だ。(日中だけど。)
そしてそれはアンジュの番長たちだって同じ。
ここにはモーニングとアンジュ両国の、そんじょそこらの女じゃない精鋭が6人も揃っているので
苦戦する方が逆に難しいだろう。

「安心してサヤシ、ここにいる全員が味方だよ。」

サヤシを勇気付けようとするフクだったが
次の瞬間、サヤシの感じる恐怖心をみなで共有することになる。

(!?……なにこれ、身体がとても重い!)

フクと番長らの身体は突如、鉛になったかのようにズッシリと重くなる。
こうなったらもう立ち上がることすら困難だ。全員が全員、床に膝をついてしまう。
もちろん人体が鉛になることなど有り得ないのだが
すぐそこまで迫ってきている"奴"が放つプレッシャーが彼女らにそう錯覚させたのだ。

「なんだよこの重圧……カナナン分かるか?」
「こんなん知らんわ……でも一つだけ分かる。
 アヤチョ王の本気を見た時ですらこんなプレッシャーを感じることは無かった。
 ということは、もっと上……」

まるで天空から巨大な手で押さえつけられたような感覚に6人は耐えきれなくなる。
可能であればここから今すぐ逃げ出したいところだが、それは不可能だろう。
この安心感と対をなす恐怖感の正体に、みな薄々と気づいていたのだから。

「サヤシ、あなた、誰に追われていたというの!?」
「クマ、クマ……クマイ……」

サヤシが名前を言うよりも速く、訓練場の扉がぶった切られる。
その扉のサイズは、出入りするにはあまりにも小さすぎたのだろう。
そんなに巨大な人間は世界に一人しか存在しない。
フクはゴクリと唾を飲み、その名前を口にする。

「クマイチャン様?……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



訓練場に降臨したのはマーサー王国の食卓の騎士が一人、クマイチャンだ。
これだけ大きいのだから間違いようがない。
彼女がここにいる理由については全くわからないが、
少なくともクマイチャンのターゲットがサヤシだけでは無いということはすぐに分かることになる。

「ぬあああああ!!」

クマイチャンは一瞬にしてフクのいるところまで到達し、自慢の長刀を地へと振り下ろす。
でかい図体なので動きは鈍いかもと期待したが、そんなことはまるでなかった。
身体の大きさに比例して脚も規格外に長いため、ただの一歩が非常に大きいのだ。
そして斬撃による破壊力も化け物級。
全長3mに及ぶ長刀の総重量は人間が扱う剣の比ではなく、たった一撃で床をぶち抜いてしまう。
フクらが咄嗟に危険察知して回避していなければ、今頃は床と同じようにグシャグシャにされていたのかもしれない。
こんな恐ろしい化け物からは、さっきのサヤシのように逃げ続けるのが大正解なのだが
フクとタケは先の戦いで疲労しているため、それも難しそうだ。
クマイチャンの放つ重圧で身体が鉛同然に重くなったのもここで効いてきている。
では対話でなんとかするべきか?
平和的解決を望むのが得策なのだろうか?
おそらくはそれも無理だ。
何故かは知らないがクマイチャンは殺し屋のような眼で自分たちを睨みつけている。
そんな相手に何を言えば許してもらえるのか、フクには思いつかなかった。
憧れの食卓の騎士にやっと会えたというのに、その食卓の騎士にこれから殺されると思うと涙も出てくる。
フクに出来るのは死を受け入れる覚悟をすることくらいだ。
ところが、アンジュの面々は別の覚悟をしていたようだった。

「リナプーとメイメイは配置に!タケちゃんは身体を休める!」
「!?」

カナナンがクマイチャンに立ちはだかるのを見て、フクとサヤシは驚愕する。
見るからに勝てそうもない敵を相手にして、いったい何を考えているんだろうかと思ったが
カナナン以外の番長もやる気十分なのを見て、更に驚かされる。

「メイメイ、役に入る準備はええか!?」
「当然。私はプリマドンナよ?」
「リナプーは全力で脱力するんやで!」
「まったく無茶苦茶なことを……ま、やるけど。」

もはやアンジュの行動は信じられないどころの話ではない。
周辺国に生きる者であれば誰もが食卓の騎士の噂を耳に入れているはず。
そんな相手には自分たちが束になっても
敵わないことくらい、馬鹿でも分かるのだ。
頭がクラクラしてくるフクに対して、隣で座るタケも声をかける。

「フクちゃん、ラッキーだったね。」
「え!?」

この最恐最悪な状況でラッキーとか言い出すタケを見て、フクの混乱はますます加速する。
窮地に陥るあまりとうとうおかしくなったのかとも思ったが
タケにはそう言うだけの確固たる理由があった。

「マロさんのせいでさ、食卓の騎士の中でもクマイチャン様だけには詳しいんだよ。
 他の化け物と敵対するよりは対策しやすいと思わない?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



タケの言葉を聞いて、フクはハッとした。
番長らがクマイチャンの話をたくさん聞いてきたことで策を練れるというのならば
食卓の騎士に関する調査をライフワークにしてきた自分ならばより良い案を出すことが可能だと気付いたのだ。
よくよく見てみればカナナンの脚は震えている。タケだってそうだ。怖くないわけがない。
この状況で生き残るためには戦うしかないと理解し、震える身体に鞭を打っているのだろう。
そんな彼女らに安心感を与えるためにも、フクは自らの力を貸すことに決める。

「クマイチャン様は目が悪いよ。それと、攻撃のモーションが大きい。」

フクのアドバイスが聞こえてきたので、カナナンは少し笑みを浮かべる。
それくらいの情報は知っていたし、これからまさにそこを突こうとしていたのだが
フクが協力的な姿勢を見せてくれたことがまず嬉しいのだ。
これで勝率はほんの少しアップする。

「フクさんおおきに。じゃあメイメイ、早速覚えたての技を見せたって!」
「分かったわ……"フク・ダッシュ"!」

メイは太ももにグッと力を溜めて、それを前進するための推進力へとすべて変換する。
爆発的なダッシュの行き先はクマイチャンの長い左脚だ。
身体ごと衝突することで、クマイチャンの体勢を少しグラつかせることに成功する。
食卓の騎士の相手に捨て身で飛び込む度胸は立派だが、それ以前にフクは別のことで驚かされていた。

「あれは私の!どうして!?」

メイのダッシュはフクの得意とする走行術フク・ダッシュそのものだった。
フクとメイの体型の違いからか威力までは真似できていないようだが
構えや発動のタイミング自体はオリジナルにかなり似せている。
まるでフクが乗り移ったかのようだ。

「メイは舞台女優だからね。フクちゃん、あいつに見せすぎちゃったな。」

メイ・オールウェイズコーダーはアンジュ王国の文化番長であり、舞台女優と舞台作家を兼ねている。
彼女の演技に対する執着心は異常であり、役作りのためならばどんなことでもするという気概がある。
そして何千もの役を演じる過程で得た能力が「観察と思考」だ。
演じたいと思う対象を集中的に観察し、そしてそれになりきる自分を繰り返しイメージすることによって
台本など無くとも役にはいりきることが出来るのである。
思い返してみれば一番初めにメイがフクとタケの戦いにチャチャを入れな時は簡単にいなされたが、
マロの合図で戦いを止めた時、メイは覚えたてのフク・ダッシュでフクを転倒させていた。
この短期間にメイが観察と思考を繰り返した証拠だろう。
しかしフクをコピーしたとは言ってもそれでクマイチャンに勝てる訳ではない。
メイの体躯はフクダッシュによる体当たりの衝撃に耐えられるようには出来ておらず、
クマイチャン以上にフラついてしまっている。
そんなメイにクマイチャンが上から手で押さえつけようとしているのだから事態は深刻だ。
だが心配は無用。
カナナンの一声でクマイチャンは転倒するのだから。

「はい、ここで倒れる!」
「!?」

カナナンの言葉を聞くだけで本当に倒れてしまったので、クマイチャンは驚いた。
痛みがある訳ではない。ダメージの蓄積もほとんどない。
ただ、倒されたのだ。
まるで魔法のような攻撃を経験して、この戦いが簡単には済まないことをクマイチャンは理解する。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クマイチャンが大転倒したおかげで、さっきまで遠かった顔が手の届くところにまで来ている。
今こそ刀で首を跳ね飛ばすチャンスであるとサヤシは頭で理解しているのだが
恐怖のせいかどうしても身体が動かなかった。
逃走中に何度も命を奪われかけたために戦意を喪失してしまったのだろう。
そんなサヤシの頭をカナナンがポンと叩く。

「ええんやで。」
「!」
「ぶっちゃけ私も怖くて一歩も動けへん。でもな、その代わり指示出しだけはキッチリやるつもりや。
 貴方は戦わなくてもいい。ただ、フクさんを護ることだけは気合入れてな。」
「ウチが……護る……」

サヤシを励ましたカナナンはすぐに次の指示に入る。
今が勝負の書き入れ時なので一秒も無駄には出来ないのだ。
4番長の中でアタッカーの役割を担うタケを欠いた現状でも、攻撃のしようはいくらでもある。
勉強番長カナナンは脳をフル回転させて、メイを動かしていく。

「フクさん!5時の方向10歩のところに"ブイナイン"有り!フク・バックステップは出来るか?」
「え?私?」
「フクちゃん、カナナンはメイに言ったんだよ。」
「あ……なるほど、私になりきってるのか。」

メイはカナナンの指示通りに素早くバックステップし、
タケが投げっぱなしにしていた鉄球「ブイナイン」を拾い上げた。
演技の自由度をあげる目的で普段武器を持たないメイだが、これなら敵に決定打を与えることが出来る。
もちろんフクの演技じゃボールは投げられないので、役をタケへと切り替える。

「うおおおおおお!アイラブベースボール!野球以外愛せないぜ!!」

誇張的表現にタケはイラっとしたが、これで勝機が見えてくる。
うまく頭にでもぶつけたらたいへん有利になるだろう。
しかしそれはクマイチャンも十分承知。
デッドボールを喰らうのは御免被るため、まずは上半身を起こそうとする。
ところが、カナナンの指示がそうはさせなかった。

「クマイチャン様は起き上がれない!」
「は!?」

馬鹿げたようなことではあるが、クマイチャンは本当に起き上がることが出来なかった。
頭が何故か重くなってるし、両腕もそれぞれ引っ張られているような感覚がある。
金縛りのようなものなので、フルパワーを出すことでなんとか動けたものの。
その時には既にメイによる速球が投げられていた。
タケのように豪速球とはいかないが、額に命中するには十分なスピードだった。

「あでっ!」

このように見事にペースを掴んでいるカナナンとメイを見て、フクは感心する。
それと同時に、番長に対して一つの疑問を浮かべていた。

(リナプーって人、さっきから見えないけどどこに行ったんだろう?)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クマイチャンのイライラは相当なものだった。
おでこに受けた鉄球はまだ我慢できるのだが、
たまに身体が言うことを聞かなくなるのが鬱陶しすぎる。
まるで透明人間に転ばされたり、押さえつけられたりしているかのよう。

(まぁそんなワケ……ん?)

透明人間というワードに気づいたクマイチャンは、昔を思い出して背筋を凍らせる。
数年前の大事件で、クマイチャンは「己の姿を極力見えにくくする戦士」と戦ったことがあった。
クマイチャンはフク達から化け物のように思われているが、クマイチャンからしてみたらその戦士こそが本当の化け物。
そして今現在、自身を悩ませている存在が同じ手法を取っていることは十分に有り得る。

(だったら簡単だ。こうすりゃいい。)

クマイチャンはドンと床を叩き、訓練場内を強く揺らす。
そのインパクトは人間の起こしたものとは思えぬほど凄まじく、メイを簡単に転ばせることに成功する。
そしてメイ以外にももう3つ。あちこちから倒れる音が聞こえてきた。

「人間の倒れる音が1つ。あとの2つはなんだろう?小さいな。
 まぁいいや、居ると分かっただけでも十分。」

カナナンの焦りの表情が、クマイチャンの推理が正解であることを裏付けている。
透明人間の正体は4番長の一人、帰宅番長リナプー・コワオールドだったのだ。
彼女は、クマイチャンが化け物と考える戦士の透明化術をマロ・テスクから教わっていた。
もともと影の薄いリナプーにその術はピッタリ。すぐに使いこなすことが出来たという。
しかもダッシュやバックステップで素早く動くメイに対して、リナプーの動きは非常にスロー。
よって、目の悪いクマイチャンには必要以上に見え難かったのだ。
しかしそれもここまで。クマイチャンに同様の足止めは通用しないだろう。
透明人間の存在に気づいた今、クマイチャンはちょっとやそっと邪魔されようと怯みはしない。
メイがまた高速移動で錯乱しようとも、無視して前進する。
クマイチャンの一番の目的はフクを倒すことだったので
鉄球を投げつけられようとも、小さな何かに噛みつかれようとも、動きを止めず接近するのだった。
そしてフクを射程に捉えるなり、自慢の長刀を振るっていく。

「終わりだよ!」
「!!……」

どんなものでもぶち壊す長刀が襲いかかるのを見て、フクはまたも死を覚悟する。
だがそんなことはサヤシが許さなかった。
フクを護る任務を請け負った彼女は、持てる力の全てを居合刀に乗せて長刀へとぶつけたのだ。
破壊力こそクマイチャンに劣るが、それは抜刀の速さ、そして勢いがカバーしてくれる。
ただの一撃防ぐだけで全身がビリビリと痺れるが、なんにせよフクを護ることは出来た。

「サヤシ!」
「良かった……ウチも少しは戦えそう。」

サヤシの行動で状況が好転するのをフク、そしてカナナンは感じた。
ただ戦力が一つ増えただけではない。
メンタルをやられていたサヤシが立ち上がることによって、全体の士気が上がったのだ。
しかもフクとタケの疲労もやや収まってきている。
この状況ならば戦況を次の段階へと進めることが出来るだろう。
それを確実にするために、フクはクマイチャンのもう一つの弱点をカナナンに伝える。

「今のクマイチャン様は、必殺技を使えないはず!」
「そやな、条件が整ってない。てことは決定力に欠ける訳か。」
「そう。サヤシがすべての攻撃を防げば、私たちが負けることは無いよ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョやマロと同様に、クマイチャンも必殺技を持っていた。
ハルナンは知らなかったようだが、食卓の騎士に詳しいフクや番長らにとっては常識だった。
そしてクマイチャンの必殺技、その名も「ロングライトニングポール」にはとある制約がある事も知っている。
それは、馬に騎乗していない使えないということ。
馬の走行時に空気と肌が衝突することで電気のようなピリリとした感覚を受けるのだが
それによって感性が研ぎ澄まされ、相手を斬るべき道筋が柱のように見えるのがこの技の全貌だ。
つまり足をベタ付けしているクマイチャンには必殺技を放つことが出来ない、というのがフクの見解である。
その通りならば確かにクマイチャンはサヤシのガードを打ち破ることは難しかっただろう。
ただし、それは数年前の話。
今のクマイチャンが昔と比べて成長していないはずがなかった。

「そっか、必殺技を使って良かったんだ。」

クマイチャンのその一言が、フクの肝を冷やした。
普通の相手ならば苦し紛れのハッタリであることを疑ったかもしれないが、
相手は食卓の騎士のクマイチャンだ。嘘をつくメリットがない。
では馬なしでどうやって技を実現するのか?
その答えも、すぐに示してくれた。
「ロングライトニングポール、"派生・シューティングスター"!!」

"派生"。その単語はフクも番長らも聞いたことが無かった。
しかし、ただならぬ異質さは確かに感じられる。
クマイチャンは技の名を言いあげるやいなや、大きくジャンプをして
自身の元々の身長も相まってあっという間に訓練場の天井にまで届いてしまった。
もう十分高くにいるが、クマイチャンは満足しない。
長刀の一振りで天井を木っ端微塵にし、更に上へと上昇する。
それだけでも既に恐ろしいが、これから起こりうることを想像すると吐き気がしてくる。
カナナンの役割は指示出しであるが、こんな指示しか出せなかった。

「みんな……ここから逃げて。」

カナナンに言われるまでもなく一同は蜘蛛の子を散らす勢いで逃走していくが
次のクマイチャンの攻撃の方が速かった。
何故なら彼女は流星ガールだから。

「うおおおおおおお!!」

跳べるところまで跳び切ったクマイチャンは地上へと激しい勢いで落下していく。
その時のクマイチャンがピリリと感じる感覚は、騎乗時のものと同等。
つまり、今のクマイチャンには斬るべき場所を指し示す柱のイメージが見えるのだ。
クマイチャンの狙いは誰か一人ではない。全員だ。
さっきまで立っていた床に、流星の如きインパクトで斬りかかることで
訓練場中の床をグシャグシャにしてしまう。

「うわぁ!!」
「嘘でしょ……こんなことって……」

辺り一面が壊滅した様を見て、フクらは呆然とすることしか出来なかった。
こんな瓦礫だらけの床ではもう走ることは出来ない。
それに、どこに逃げたとしても流星から逃れることなど出来やしないのだ。

「格が……違いすぎる……」

本日何度目かは分からないが、フクはまたも涙を流してしまう。
一度でも伝説の存在であるクマイチャンに勝てると思ったことがそもそもの誤りだったのだ。
格の違いを痛感し、このまま一人一人殺されることしかあり得ないことを誰もが理解する。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クマイチャンは一つ、また一つ瓦礫を踏みつけながら前へと進む。
長い脚からなる彼女の歩幅なら、フクのところに辿り着くのはあっという間だった。
そしてそれは同時にフクの死が近いことを意味する。
もはやフクも今更抵抗したところで無駄だということは承知しているのだが
ただ一つだけ、結末を変えたかった。

「クマイチャン様、一つだけ良いですか?」
「……なに?」

ここで問答無用で斬るのは簡単だが、それはクマイチャンの騎士道に反する。
殺戮が目的ではないので、辞世の句くらいは読ませてやりたいと考えているのだ。

「えっと、私の命と引き換えにそこにいる皆を見逃して欲しいんです。」
「……!」
「きっとハルナンに言われて遥々ここまでいらっしゃったんですよね?
 ハルナンの目的を叶えるには私の死だけで十分なはずです。
 だからサヤシと、アンジュの番長たちは助けてあげてください。」
「分かった。約束するよ。」
「良かった……」

フクは心から安心する。
未練がないといえば嘘にはなるが、最悪の事態からは抜け出すことが出来た。
もっとずっと長生きしたかったがこれも仕方のないこと。
戦士として生き、戦士として死ぬことが出来るなんて喜ばしいじゃないか。

(願わくば私のヒーローに再開したかったなぁ、生まれ変わったら会えるのかなぁ)

フクが大人しくなったので、クマイチャンは長剣を天高く掲げだす。
このまま一気に振り下ろし、一瞬で命を奪ってやろうと考えているのだ。
痛み無く殺してあげるのがせめてもの情けになるのだろう。
ところがここで事態は急変する。
クマイチャンの剣が突然重くなって、持っていることが出来なくなり、地面へと落としてしまったのだ。

「うわぁっ!!重い!!」

クマイチャンの長刀は元から重かったが、今の重さは通常時の倍はある。
その原因は刀身に十数個もこびりついている謎の石だった。
音も無く、衝撃もなく、いつのまにか剣にくっついていたのである。

「これは、まさか!」

次の瞬間、訓練場の室温が一気に下がったのをフクやサヤシ、そして番長らは感じる。
いくら秋とは言っても、いくら屋根が壊れたと言っても、この凍えるような寒さは異常だ。
それもそのはず。この冷気は錯覚なのだ。
クマイチャンの殺気が一同の身体を鉛のように変えたように、
新たにここに現れた人物は、全てを凍てつかせる程の存在感を放っていたのである。
とても嫌な空気ではあるが、フクは嫌いではなかった。
フクの目からはまた涙がこぼれ落ちてくるのだが
その涙はもう悲しみの涙ではなかった。
待ち望んでいた人物に会えたことによる、喜びの涙なのだ。

「来てくれたんですね……私のヒーロー……!!」
「うちのクマイチャンが迷惑かけちゃって……すぐ反省させるね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



その戦士はクマイチャンと比べるとあまりにチンチクリンだった。
脚はコンパクトだし、スタイルも良くないし、髪型も変な形のツインテールだし。
だというのに番長らもサヤシも、このチンチクリンからはクマイチャン以上の圧を感じていた。
その存在について僅かながら知っているタケが、隣のサヤシに話しかける。

「あれは、いや、あの方は食卓の騎士のモモコ様だよ、きっと。」
「食卓の騎士!?それにしてはあまり強そうには……」
「それは見た目の話。このオーラを感じてないワケじゃないだろ?」
「うん……全身の血が凍ってしまいそうじゃ……」
「従姉妹の姉ちゃんが言ってた。モモコ様は食卓の騎士で最も恐ろしいって。
 そんな人が助けに来てくれたんだ。フクちゃん助かるよ!」
(従姉妹?タケちゃんの従姉妹もフクちゃんみたいに食卓の騎士の調査をしとるんじゃろか。)

タケの言う通り、新たにこの場に現れたのは食卓の騎士が一人、モモコだ。
食卓の騎士はベリーズ戦士団とキュート戦士団の二つに分かれているのだが、
モモコはかつてベリーズの副団長を務めていたほどの猛者だと言う。
そんなモモコがクマイチャンを見上げながら口を開いていく。

「クマイチャン、あなた大人気ってものをねぇ……」
「モモ!モモは騙されてるよ!」
「はぁ!?」

食い気味にクマイチャンが反論してきたのでモモコは意表を突かれてしまう。

「そのフクって子はモーニング帝国を陥れようと計画してるんだよ!
 だからウチらは最重要同盟国として退治しなきゃならないんだ!そうでしょ?」
「クマイチャン、それ誰から聞いたの?」
「えっ、それは……」
「まさかだけど、団長や副団長の指示もなく勝手に動いてるんじゃないでしょうね……
 私たちのような存在が好き勝手に暴れたら国の一つや二つ簡単に滅んじゃうことを理解しているの?」
「うぅ……」

化け物のようなクマイチャンがモモコ相手に小さくなるのを見て、一同は目を丸くする。
やはり思った通りにモモコは只者では無かったのだ。

「まぁいいわクマイチャン、独断専行については私も人のこと言えないしね。
 で、クマイチャンはどうするの?」
「え?」
「これ以上モーニング帝国で暴れるなら私はクマイチャンを殺すしかないって言ってるの。
 最重要同盟国として、モーニングに害をなす巨人を退治するってこと。」

モモコの発言にクマイチャンは激昂した。
そっちがその気なら、クマイチャンにだって覚悟はあるのだ。

「まだ騙されてることに分からないのか!いくらモモでもウチは斬るよ!?
 もう副団長と団員の関係じゃない。二人は対等なんだ。
 自分だけ死なないとでも思ってるんじゃないの!?」

モモコは溜め息をつきながら、戦闘の準備を開始する。
やはりこうでもしないと事態解決は不可能だと理解したのだ。
そんなモモコに対して、フクが声をかける。

「モモコ様!微力ながら私もお手伝いを……」
「ん、邪魔かな。」
「えっ……」
「ファンレターありがと。嬉しかったよ。でも助太刀はいらない。
 人を庇いながら戦って勝てるほどクマイチャンは弱くないから、あなた達今すぐ出てってくれる?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクが食卓の騎士の中で特にモモコを慕っていたことを知るだけに、
サヤシとタケにはモモコの物言いがとても冷たいように思えた。
ところが当のフクは気にするようなそぶりを全く見せておらず
モモコの仰せの通りに、一目散に出口へと向かっていくのだった。

「分かりました、頑張ってください!」
「あ!フクちゃん待って~」

アッサリと退いたフクにあっけにとられる一同だったが、すぐに後を追いかける。
確かにフクは出来ることならモモコと共に戦いたかっただろう。
それが無理だとしても、憧れの戦士の戦いっぷりを拝見したかったに違いない。
でも、それでモモコが迷惑を被るのは本意ではないのだ。
フクは自分の書いた手紙をモモコが読んでくれるだけで十分に嬉しいと思っている。
ファンとは、そういうものなのかもしれない。

「さて、二人きりになったことだし始めようか。」
「うん。日頃のモモへの恨み、ここで晴らさしてもらうよ。」
「恨み?何かしたっけ。」
「私から大切なものを奪った!!モモに勝って、取り返すんだ!!」
「あぁそういうこと。だって私の方が上手く使えるじゃない。」

まさに二人は一触即発。
待った無しの殺し合いがすぐに始まることを両者とも理解していた。
ところが、此の期に及んでも邪魔者は現れる。
壁に仕込まれていた隠し扉を開けて、モーニング帝国の王であるサユがやってきたのだ。
嫌がるクールトーンを無理やり抱えながら。

「おひさ~。」
「「サユ!」」

よりによって王が登場したのでモモコもクマイチャンもひどく驚いた。
思えば王国の城内で食卓の騎士が暴れるのは大問題なので、止めに来たのかもしれない。

「どうしたの?喧嘩は辞めろって?」
「とんでもない!続けて続けて。」
「「!?」」
「ベリーズ同士の決闘を止めるなんて勿体無い。じっくり見させてもらうわよ。ねぇクールトーンちゃん。」
「ひぇぇ……は、はい……」

はじめはおかしなことを言うと思ったが、モモコはすぐに意図を理解した。
要するに、サユの眼は未来を見ているのだ。

「そういうことね。別に見学くらい構わないけど、クマイチャンはどう?」
「いいよ!ただ、巻き添えを喰らっても知らないからね!」
「見くびられちゃった。邪魔になるほど衰えてないのにねー。」
(この人たち……怖い……)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「それじゃさっそく……」

クマイチャンはモモコの「謎の石」が十数個くっついた長刀を片手で持ち上げる。
先ほどは不意を打たれたので支えきれなかったが、重くなったことを知っていればなんてことはないのだ。
そしてせっかく持ち上げた刀を勢いよく床へと叩きつけた。
現在の床は瓦礫の山。そこに衝撃が加わったものだから瓦礫の破片は全方位へと飛散する。
攻撃の対象がモモコのみではないことにクールトーンは恐怖した。

「……!!」
「怖がらなくていいよ、これくらい余裕で捌けるから。」

クールトーンを左腕で強く抱きしめたまま、サユは右手のレイピアで全ての破片を叩き落す。
全くの無傷で済んだのでクールトーンは驚いたが、サユは当然と言ったような顔をしていた。
サユはプラチナ剣士時代から(自称)可愛い顔が傷つかぬように回避術を極めていたので
現役を退いた今でもこれくらいのことは容易く出来てしまうのだ。
そうでもなければこんな特等席で戦いを見ようなどとは思わなかっただろう。

「クールトーンちゃん、戦いから目を逸らしちゃダメ。ほらモモコを見て。」
「あっ!?」

サユやクマイチャンと同格であるモモコも当然のように無傷だった訳だが、おかしな点が一つあった。
それはまったく武器を持っていないということ。
破片から身を守る道具が見当たらないと言うのに、全弾防ぎきってしまったのである。

「なんですかあれは!?ひょっとして魔法とけ……」
「何言ってるの、この世に魔法は存在しないのよ?」
「えっ、でもエリポンさん……」
「クールトーンちゃんに課題を与えるわ。今から戦いが終わるまでにモモコの攻撃を一つは見破りなさい。
 それが出来なかったら、クールトーンちゃんはクビよ。」
「ええええ~!?そんな、難しいです!」
「出来るわ。いつものようにモモコの行動を一つ一つメモするのよ。
 それが出来た時、あなたはただの書記係じゃなくなるはず。
 全ての脅威からは私が守ってあげる。だから、ちゃんとその眼で見なさい。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



今からほんのちょっと前。
まっさきに訓練場から出たフクは、そこで思わぬ人物に遭遇していた。

「あれは……ハルナン?」

遠くてやや見えにくいが、その人物は確かにハルナン・シスター・ドラムホールド。
今回の事件の首謀者だ。
親友アヤチョの服を見繕って、ちょうど指令本部である作戦室に戻るところだったのである。
本来ならばフクはサヤシや番長らと合流するのを待つべきだったのかもしれないが
思わず身体がハルナンを追いかけてしまった。
彼女もマロ・テスク同様に食卓の騎士に熱い思いを寄せる信奉者であったため
クマイチャンを騙したことが許せなかったのだ。
ここで逃せばいつハルナンを討てる分からないため、勝手に身体が動いてしまったという訳なのである。
だが単騎で敵地に乗り込ませるようなことは運命が許さなかった。
フクの次に訓練場から出てきたサヤシはかろうじて走るフクに気づけたので
フクを護るためについていくことが出来たのだ。
しかし他のアンジュの番長らが出てくるのは残念なことに遅かった。
訓練場の床はご存知の通りクマイチャンがグシャグシャにして、非常に歩きにくくなっていたので
脱出時間にタイムラグが生じてしまったのである。
先に出たはずのフクとサヤシが消えていため、タケ達は混乱する。

「え!居ない。」
「ここに留まっててクマイチャン様の餌食になるのはたまらんからな、きっともう何処かに逃げたんやろ。」
「そっか!じゃあ私たちもはやく逃げようぜ!」

せっかく合流したというのに、番長らはもうフクと離れることになってしまった。
特にタケは出来ることならばフクに襲い来る火の粉を直接払ってやりたいと思っていたことだろう。
でも、近くにいなくたってそれは出来る。
城内にまだ多く存在するフクの敵を懲らしめるのが自分たち番長の役目だと理解しているのだ。
だが何かおかしい。
アンジュの4番長はその名の通り4人で構成されているのであるが
この場にはカナナン、タケ、メイの3人しか居なかったのだ。

「リナプーはどうした?」
「おーい、リナプーおるかー?」

返事が返ってこないことから、得意の透明化で消えている訳ではないことは分かった。
それではまだ訓練場に取り残されているのだろうか?
もしそうだとしたら一大事だ。

「どうする?戻る?」
「メイ、お前あそこに戻れるってのか?」
「ごめん無理……プレッシャーで吐いちゃうかも。」
「リナプーは馬鹿じゃないし、きっと一人で上手くやってるんだろ。
 ひょっとしたらフクちゃんのところにいたりしてな。」



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