「ヤバイことになってきた~!!」

訓練場を覗き見ていた連絡担当サユキは焦りを隠せなかった。
流星ガールクマイチャンの落下音が凄かったので何だろうと向かってみれば
そこではモモコがフクに加担していたのだから、驚くなというのが無理な話。
この特ダネを司令担当に伝えるのが役目なので、サユキは急いで作戦室に戻ろうとする。

「モモコ様はクマイチャン様が食い止めるにしても、番長の対策はどうするんだろう。
 やっぱりそろそろ私も戦うべき?ユカニャ王が推薦してくれないかなー。」

サユキ・サルベは自分の実力に自信を持っていた。
純粋な破壊力なら弓矢使いのトモに劣るが、総合力なら負けていないと信じている。
とは言っても立場上、戦闘命令がない限りは連絡係に徹するしかない。
さっさと戻って、ハルナンにありのままを伝えることが最優先事項なのだから。

「ねー、止めてくれない?」

突如、何者かの声が聞こえるのをサユキは感じた。
しかし辺りを見ても誰の姿も見当たらない。
普通の人間ならば空耳かと思ってスルーするところだろうが
サユキはこの声を無視することは出来なかった。
何もないように見えるが、目を凝らすとそこには確かにいる。
サユキはビシッと指差しながら、声の主の名前を叫んでいく。

「リナプー!そこか!」
「!?」

いきなり名を呼ばれたのでリナプーは驚いてしまった。
リナプーは自らを見えにくくする透明化術を得意とするが
かつて共闘したことのあったサユキにはトリックのタネを知られていたのだ。

「こうやって会話するのは久しぶりだね。リナプー。」
「!?」
「数年前のプログラムみたいにまた協力出来ることを期待していたけれども、」
「!?」
「まさか私たちを裏切るなんてね。敵として出会うなんて思いもしなかったよ。」
「!?」
「でもリナプーは私には勝てない!何故なら私には透明化は通用しないから!」
「!?」
「そして私は長年の修行とジュースのおかげで重力を消せるようになったんだ。」
「!?」
「だからこの勝負は私が……って、いくらなんでも驚きすぎじゃない?」
「だって猿が喋ってるんだもん……」
「殺す。」

サユキは愛用するヌンチャク「シュガースポット」を取り出して、リナプーへと殴りかかった。
猿呼ばわりされた怒りと、これまで戦いを抑制されたことによるイラつきがこめられているため
繰り出される打撃はなかなか強力なものになっていた。
しかしその一撃はリナプーには届かない。
「何か透明なもの」がサユキの脚に噛み付くことで攻撃を妨害したのだ。それも2匹。

「痛ぁっ!?なにこれ、犬!?」

サユキを噛んだのはリナプーの武器であり、愛犬でもある「ププ」と「クラン」だ。
この2匹はリナプーと同様の透明化が施されており、しかも飼い主によく懐いている。
リナプーの頼みであれば相手がクマイチャンだろうと立ち向かう忠犬なのである。

「別に敵対心向けてもいいけどさ、司令に連絡だけは辞めてね。
 タケとか、みんなも、今すっごく必死になってるの。
 だからお猿さん、邪魔するようだったらここで寝てもらうよ。」

リナプー・コワオールドとサユキ・サルベ。
犬猿の戦いが今始まる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クマイチャンの落下音に興味を惹かれたのはサユキだけでは無かった。
捜索隊を引き連れたハル、マーチャン、アーリー達も近くまで来ていたのである。
爆音の件についてハルがアーリーに問いかける。

「なんだったんだろう?あの音。」
「さぁ?流れ星とかですかね。」
「ははは、そんな訳ないじゃん。面白いな。」

近くで一大事が起きているとも知らず、二人は呑気なものだった。
ところがただ一人、マーチャンだけは身体を小刻みに震えさせている。
大自然に囲まれて育ったという経歴を持つため、脅威に敏感なのかもしれない。

「どうしたマーチャン?怖いのか?」
「怖い……けどそれよりも、なんか身体がジンジンする……」
「ひょっとして病気!?」
「違うの!早く誰かと戦いたくてモヤモヤしてるの!」
「だって、サヤシさん居ないんだから仕方ないだろ……
 あのジッチャン達が役立たずだから見つからないんだ。」
「もういい!ドゥーと一緒じゃサヤシすん絶対見つからないよ!
 もうマーが一人で探してくるんだから!バイバイ!」
「お、おい!」

痺れを切らしたマーチャンは通路に向かって走って行ってしまった。
ハルとしては強く引き止めるべきなのだろうが、
サヤシの捜索が最優先なので放ってとくことにした。
そしてそれが結果的に功を奏する。

「ったく、マーチャンは……」
「ハルさん、ハルさん。」
「なに?ちょっと今たいへんなんだけど。」
「あれ、サヤシさんじゃないですか?」
「えええ~~!?うわ、フクさんまで!!」

マーチャンとは異なる通路を、サヤシ・カレサス、そしてフク・アパトゥーマが走って通過する。
この二人はまさにハルナンを追いかけている真っ最中だったのだ。
思わぬ収穫を得たので、ハルはニヤリとする。

「やったぞ。フクさんとサヤシさんを倒せば手柄はハルとアーリーちゃんの二人占めだ。」
「え?マーチャンさんは呼ばなくていいんですか? それに手柄は一般兵の人も……」
「マーチャンは単独行動してるからいいんだよ。
 ジッチャン達だってあの二人には手も足も出ないさ。戦力にならない。
 だから、手柄を貰うのはハルとアーリーちゃんの二人だけってこと!」
「はぁ~~なるほど。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「はぁ、私はとっても不幸者。」

周囲が慌しい中、オダ・プロジドリは独りでポツポツと歩いていた。
彼女がハルナンに任された役割は"処刑"。
つまり裏切り者を切り捨てる役目なのだが、その情報が耳に入らないので暇をしているのだ。
アンジュの番長が反旗を翻したので活躍どころはそろそろ来るはずだったが、
その報せよりも早く、思いがけぬ人物が登場する。

「オダちゃん!」
「マーチャンさん?そんなに息を切らしてどうしたんですか……」

ゼェゼェと肩で息するマーチャンを見て、裏切り者速報を届けてくれたのかもとオダは期待した。
だがマーチャンはいつも予想を越えてくれる。
今回もまた、オダの思惑通りには動いてくれないかった。

「もうサヤシすんじゃなくていい、オダちゃん、戦おうよ!」
「はっ!?」

マーチャンの口から飛び出たのは決闘のお誘いだ。
戦闘に飢えるあまり、もはや見境がつかなくなってるのだろう。
また、クマイチャン出現による得体の知れぬ不安感を晴らしたいという意味もあるのかもしれない。
とは言え、オダの立場上そう簡単に果たし状を受け取るわけにはいかない。

「待ってください、仲間同士で戦うのは命令違反ですよ。
 それじゃまるで裏切り者……んん?」

ここでオダ・プロジドリはハッとした。
もしもマーチャンがここで攻撃を仕掛けるのであれば、それは立派な裏切り行為だ。
そしてオダ・プロジドリの仕事は裏切り者を処刑すること。
何の問題も無いではないか。

「……いいですよ。やりましょう。」
「本当!?やったー!だからオダちゃん大好き。」
「私もこの右手の疼きを止めるのに苦労していたとこだったんですよ……」

戦闘に飢えているのはマーチャンだけではなく、オダも同じ。
元よりマーチャンとはどちらが強いか決着をつけたいと考えていたので、好都合だ。

「さぁ、やりましょうマーチャンさん。ルール無しの真剣勝負ですよ。」
「知ってる!!」

バトルが開幕するなり、マーチャンはすぐさまオダに体当たりを仕掛けた。
狙いはオダを背後の扉の向こうに連れていくこと。
自分がどこに運ばれたのか把握したオダは瞬間的に後悔する。
マーチャンは衝動的ではなく、計画的に勝負を仕掛けてきたことに気づいてしまったのだ。

「ここは!まさか……」
「オダちゃん言ったよね。ルールは無いよ。
 ここにあるすべての武器がマーの武器なんだよ。凄いでしょ。」

二人が入った部屋は、ガールズライブのような煌びやかな施設とは対照的だった。
その部屋の名は「モーニングラボ」。
帝国剣士ならびに兵士らが扱う武器や重火器を開発・テストする研究室なのだ。
開発最高責任者としての肩書きを持つマーチャン・エコーチームにとって、ここは庭のようなもの。

「マーチャンさん……少し大人気なくないですか……」
「だってマーチャンまだ子供だもん。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



タケ、カナナン、メイの3人はフクを追うために城内を走り回っていた。
先ほどはバテバテだったタケも、もう体力をほぼ回復させている。
もともとフクからそんなに攻撃を受けたというわけではないので
疲労さえ無くなれば元気に戦うことが出来るのだ。

(よし、調子戻ってきたな。これならちゃんと戦えそう。
 天気組団や果実の国にはそこまでヤバそうな奴は居なかった。
 例えカリンが来たとしても問題ない。私はやれる。)

今のタケには迷いはなかった。
旧友フクを「倒す戦い」よりは、「護る戦い」の方が遥かにモチベーションが上がっているのである。
それに今の自分には頭の良いカナナンや、臨機応変に対応可能なメイがついている。
リナプーこそ居ないが、このメンツならばどんな敵でも対応可能と信じていた。
だが、その思いはすぐに断ち切られることになる。
はじめに異変を感じ始めたのはメイだった。

「ねぇ、なんか蒸し暑くない?」
「そやな……なんかジメジメしてるような」

季節はもう秋だというのに梅雨の時期のような湿度の高さだ。
さっきからこれが続いているのならまだ分かるが
急にムワッとしてきたのでおかしく感じるのも無理はない。
そして番長の中では唯一タケだけがこの異常の正体を知っていた。

「嘘……だろ……そんな馬鹿な……」

元気を取り戻しつつあったタケがいきなり腰を抜かしだすので、二人は驚いた。

「どうしたのタケちゃん!?」
「終わりだ。私たちはもうここで終わりなんだ……」
「弱気なこと言うなんてタケちゃんらしくもない!
 クマイチャン様のこと恐れとるんか?それならモモコ様がちゃんと……」
「違う!クマイチャン様よりもっとヤバいんだ!!
 残念だけど、もうフクちゃんを護れない……」

タケがそう言うと同時に、向こうの通路から強烈な暴風雨か襲いかかってくる。
雨粒が身を打つ痛みは非常にリアルなものだったが、これは現実ではない。
クマイチャンが全身を鉛に変えたように、モモコが冷気で体中の血を凍らせたように
この大雨も何者かによるプレッシャーが生んだイメージだったのだ。
まるで向こうから台風そのものが迫り来るような重圧に、カナナンとメイも恐怖する。

「タケちゃん!そこに居るのはひょっとして……」

言い終えるよりも早く、カナナンは何者かに鳩尾を殴られてしまった。
あまりの早業にタケもメイも全く追いつけない。
そして身構える前に、カナナン同様に2人も腹に強打を受けることになる。
まさに神速とも言えるその存在は、タケとメイが崩れ落ちるのを見届けながら口を開く。

「ついさっきハルナンから聞いたぞ、お前らも反乱軍に加担したんだってな!
 足腰立たなくなるまで性根を鍛え直してやるから覚悟しろ!!」

タケの身体の震えは最高潮になる。
過去にこの闘士から何度も何度もボコボコにされた記憶が蘇ってきたのだ。
この人にはもう勝てないと、遺伝子レベルで刷り込まれている。

「特にタケ!お前がついておきながら何をやってるんだ!」
「マイミ……姉ちゃん……」

その名はマイミ。
食卓の騎士に2人存在する騎士団長の1人だ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ガチャン、ガチャンといった金属音を鳴らしながら闘士は接近してくる。
両手にはナックルダスター、両脚には金属製の義足。
そして鋼よりも硬く鍛えられた肉体美こそがキュート戦士団団長、マイミの武器なのだ。
脂肪を極限まで削ぎ落としたその肉体は他の誰もが追いつけないほどの瞬発力を産む。
一回の戦闘で特大ステーキ1枚分のカロリーを消費するほど燃費が悪いのが玉に瑕だが
それを差し引いてもマイミは強すぎた。
これだけの戦士を雇うことから、ハルナンの万に一つも王座を逃したくないという思いが伺える。

「やばいよタケちゃん……メイたち、ここで死んじゃうの?」
「それはない。私たちは全員生き残るよ。」
「ほんと!?」
「ただ、死んだ方がマシかもしれないけどな……」

タケの言うように、マイミは番長らの命を奪うつもりはさらさらなかった。
常に死を意識して強くなったクマイチャンと違って、彼女は味方と共に生きることで強くなることを信条としている。
苦しいサーキットトレーニングをみんなで乗り越えることを生きがいにもしているため、
出来ることならば番長らにもそれを強いて成長してもらいたいと思って来たのだ。
ただし、それはあまりにもスパルタすぎていた。
同じ食卓の騎士であるキュート戦士団の部下でさえもマイミとの訓練時には嘔吐するほどなので
それよりは明らかに弱い番長たちがどうなるのかは想像に難くない。

「私語を謹め!まだブートキャンプは始まったばっかりだぞ!」

マイミは倒れていたタケの胸倉を掴み、強制的に起き上がらせた。
理由はもちろん苦しんでもらうため。
立派に生きて欲しいという愛情をこめて、タケの腹へとラッシュを決める。

「100発!」

マイミは1秒間に10発という超高速の左ジャブをタケのポニョポニョのお腹に叩きつける。
途中で吹き飛ばされないように胸倉を掴み続けるあたりはさすが名トレーナーだ。
一撃一撃の威力を抑えているためタケの腹が突き破られることは無いのだが
10秒間も地獄の苦しみが続くのを思えば、一撃で殺してもらった方がずっと楽かもしれない。
全てのラッシュが完了した時、タケは胃の中の全てを完全に吐き出してしまう。
マイミの身体にもいくらか嘔吐物が付着してしまったが、彼女はそれを全く気にしない。
むしろ吐くほど頑張ってくれたことを嬉しく感じているのである。
これならば番長らの更生も近い。そう心から信じていた。

「よし!タケは休憩ーっ!!次はどいつだ!?」
「「うわあああああ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



メイとカナナンは必死で逃げようとしたが、マイミの俊足の前では無意味だった。
手足に金属を装着しているというのに、あっという間に追いついてしまう。
そしてマイミがメイを目掛けて手を伸ばしたことから、次のターゲットも明らかだった。

(私ぃ!?やだやだやだ!!)

メイは頭をフル回転させて、誰に演技すればこの状況を回避できるか必死に考えた。
はじめに浮かんだのはマイミと同じ食卓の騎士のクマイチャンだったが、すぐに却下する。
クマイチャンの強さはあの巨体と長刀があってこそなので、メイが演じても何にもならないのである。
ではモモコはどうかとも思ったが、そもそも演じるのに十分なほど観察していない。
フクになってフクダッシュ……したところで俊足には勝てないだろう。
タケに変身……しても無意味だ。張本人が吐かされたばかりなのだから。
カナナン……頭の良さまでは真似できない。
リナプー……影の薄さはトレース出来ても透明化術は使えない。犬もいないし。
三舎弟の誰か……まだ早い。(メタ的にも)
マロ……むしろ弱くなりそう。あのスタイルで強いのはマロ本人だけだ。
アヤチョ王……行けるかも!?と思ったが、周りにはテンションを上げる美術仏像グッズが存在しない。

(うわあああ!誰を演じてもダメじゃない!)

気づけばメイはマイミに胸倉を掴まれていた。
このままタケのように100連ラッシュを受けるしかないのだろう。
気が重すぎるが受け入れるしか道はない。

(こうなったら仕方ない、覚悟を決めるか。)

メイは決心した。
とは言ってもただ諦めるという訳ではない。
全て受けきる覚悟を決めたのだ。

「ちょーっとだけ待ってもらえませんか!」
「なんだ?長くは待たないぞ。」
「ヘアメイクの時間だけください!」

メイはノーメイクだった。
演技の幅が狭まるのを嫌うため、いつでもフラットでいられるように常日頃からすっぴんで生活しているのである。
しかし、やらねばならない時だけは話は別。
ここぞという時にはマロ・テスクから教わった化粧をして気合を入れるのだ。
そのメイクの名は「ヤンキータイプ」。
スケバン風の塗りに加えて、髪型をオールバックにした今のメイは迫力満点。
まさに番長という肩書きに恥じぬ見た目へと変貌した。

「こっから本気で行かせてもらうんで、世露死苦ぅ!」
「お前、さては不良だな!更生しがいのある奴め!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



今から数年前のとある日。
旧スマイル王国(現アンジュ王国)の裏番長カノン(現マロ)は他の番長らを呼び寄せていた。

「今日はあなた達にメイクを教えてあげる。お年頃の女の子はみんなするものよ。」
「アヤはメイクしたことないよ!」
「アヤチョは黙ってて!向こうでユーカとでも遊んでなさいよ!」
「ユーカちゃんはもういないよ……」
「あっ!……ま、まぁそれは置いといて、今から教えるメイクは特殊なメイクなの。
 かつて食卓の騎士が束になってようやく倒せたくらいの、超超強い剣士が得意としていたのよ。」
「あははは、食卓の騎士より強い人間がいるわけないじゃん!」
「ほんまやで、カノンさんたまにアホやわぁ」
「いたの!!」
「クマイチャン様よりー?」
「んー、クマイチャン様よりちょびっとだけ強かったかな。」
「カノンさん、この前クマイチャン様が世界で一番強いって言ってたのに。」
「うるさい!とにかく教えるわよ!
 まずタケちゃんにはスポーツタイプを教えてあげる。」
「スポーツ!?私にピッタリ!」
「カナナンにはガリ勉タイプかな。」
「なんですかそれー!」
「リナプーは道端タイプね。きっと使いこなせるはず。」
「み、道?……」
「それとメイメイは、消去法でヤンキータイプ!」
「消去法!?女優タイプとか歌手タイプとかないんですか!!」
「無いわ、我慢しなさい。」
「まぁいいですよ、私はプライベートでメイクなんて一生しませんもんね。
 私がする化粧は舞台化粧だけです!!」
「まぁいいから覚えるだけ覚えときなさい。いつか役に立つ日が来るんだから。」

時は戻って現代。
メイがヤンキータイプになったのを見て、タケとカナナンは当時のことを思い出していた。
そして、自分たちの化粧が汗で流れ落ちていたことにも気づきだす。

「あれ、フクちゃんと戦ったときはちゃんとしてたのに……」
「化粧直しせなあかんな。メイが時間を稼いでる今のうちに!」

今のメイは10秒間のラッシュをちょうど受け終えたところだった。
苦しさのあまり血反吐を吐いているし、膝もガクガクと笑っているが
マイミを睨む目だけはキッとしていた。

「自分まだ全然余裕なんスけどぉ!!」
「私の連打を耐えただと?……面白い奴だ!もうニ百発!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



メイの飛躍的な耐久力向上はマロから教わったメイクによるものだが、
体内に取り入れるジュースでもあるまいし、化粧自体に身体能力を強化させる効果は無かった。
では何かと言うと、メイクの真価は自己暗示にあったのだ。
スポーツ風、ガリ勉風、ヤンキー風のメイクを自らの手で行うことによって
自分の中のそういった面を平常時以上に脳が引き出しているのである。
ただ、リナプーの道端タイプに関しては他のメイクとは意味合いが異なってくるため、
これについてはいずれ説明することにする。

「押忍!もっと気合い入れたいんでぇ!これも着けていいっすかぁ!!」
「なんだそれは、ガラスで出来た仮面か?……
 これ以上やる気満々になるなんて素晴らしいじゃないか!着けてみろ!」
「押忍!でもそしたら顔はやばいよ、ボディーにしな!ボディーに!!」
「お、おう、割れたら危ないからな。」

メイは尊敬する70年代~80年代女優のセリフを真似してみたが、マイミには伝わらないようだった。
それはさておき、メイミが持ち出したのは「キタジマヤヤ」と名付けられたガラスの仮面だ。
普段武器を持たないメイにとって、これが唯一の武器と呼べるかもしれない。
仮面自体には効果は何もないが、これを顔につけることでメイは自分を大女優だと思い込むことが出来る。
そう、メイクと似た効力を持っているのだ。
いつも他人の演技をするときもガラスの仮面を着けているのだが、
今回はそこに更にヤンキータイプが加わっているので、思い込みと思い込みの相乗効果が発生する。
ただでさえメイはアヤチョについていって一緒に滝に打たれるほど根性が有るというのに。
ここまでしたら彼女の忍耐力は留まることを知らない。
ヤンキーを通り越して伝説の総長クラスの演技になるだろう。

「よーし仮面をかぶったな!じゃあ改めて200発!」
「マイミさん、もう100とか200とかまどろっこしいのは辞めにしましゃうや。」
(なんだ?……また雰囲気が変わったな……)
「これは女と女の勝負っすよ。ぶっ倒れるまで思う存分やってくださいよ。
 死ぬ気で持ちこたえてみせますんで、
そこんとこ世露死苦。」

この時マイミに電撃が走る。
はじめは国を脅かす小悪党に見えたが、ここまでの男気、いや女気を魅せてくれるなんて思いもしなかった。
これほどの根性の持ち主は食卓の騎士にも珍しい。
だからこそマイミはその思いに応えることにした。

「よく言ったぞ!ならば無限のラッシュを見せてやる!!
 女と女、どっちが先に音を上げるかの勝負だ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マイミはさっき以上の高速連打をメイの腹筋にぶつけていく。
100発もらっても200発もらっても終わることのないラッシュパンチはさぞかし苦痛だろう。
実際、メイの表情はヤンキータイプになったにもかかわらず、どんどん曇っていっていた。
だがいくら苦しくても音を上げるわけにはいかない。
その理由は、タケとカナナンがまだここに留まっているからに他ならなかった。
いくらでも逃げられる隙はあったのだが、二人はメイの行動に心動かされたのだ。

「タケちゃん、身体休めながらでええから少し教えたって。」

カナナンは左手に大きなソロバンを掲げながらタケに問いかける。
このソロバンこそがカナナンの武器。その名も「ゴダン」と言う。
見た目の通り、この武器の攻撃力は全くの皆無であるが、
これを弾きながら考え事をする時のカナナンは百人力だとタケは思っていた。

「カナナン本気なんだな……分かった、なんでも聞いてよ。」
「じゃあ早速。マイミ様の攻撃法がパンチだけなのはどないして?
 あんなに立派な金属の脚をつけとるんやから、キックしたらええのに。」
「それはな、マイミ姉ちゃんの蹴りが強すぎて義足の方が持たないんだよ。
 うっかり壊して困ってるのをよく見たことある。」
「耐久性より軽さ重視ってことか?」
「いや、なんか鉄だとモモコ様を相手にする時に困るって言ってた。」
「ふぅん、なるほど……じゃあ次の質問いくで。
 タケちゃんが本気でマイミ様を殺すとしたら、どこを狙う?」
「殺せるわけない。」
「それは感情論?」
「いや本当に。あの肉体はマジで鋼だよ。私の鉄球を100回ぶつけてもピンピンしてると思う。」
「そうか、なら最後の質問や。タケちゃんの野球の師匠は誰やったっけ?」
「知ってるだろ。マイミ姉ちゃんだよ。野球の世界でもバケモノだぜ。」
「なるほど。じゃあタケちゃんと違って野球のルールには詳しいってこと?」
「なんだよ私と違ってって……まぁ、詳しいと思うよ。
 細かいのは把握してないっぽいけど、まったく知らなかったらあんなに上手いわけない。」
「そうかそうか、よし分かった。」
「分かった……って?」
「マイミ様を倒す方法、分かったで。作戦Uや!」

ソロバンの球をパチンと弾くと、カナナンはマイミを指差していく。
そこでは限界を迎えたメイがちょうど膝から崩れ落ちるところだった。
こうなったメイに対して追い打ちをかけることなどマイミは決してしたりしない。
次に鍛えるべきは他のメンバーだと思っているのだ。

「逃げずに待っていたのは立派だな。さすがあの不良の友達だ。
 次はソロバン少女、お前の番か!?」

カナナンにラッシュを仕掛けようと近寄るマイミだったが
その前に、先ほど打ちのめされたばかりのタケが立ちはだかる。
作戦名を聞いただけでタケはカナナンの意図を理解していたのだ。

「マイミ姉ちゃん!私と野球で勝負だ!」
「!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



タケが鉄球「ブイナイン」を握って振りかぶれば。そこはもうピッチャーマウンドだ。
マイミもバットが無いなんて野暮なことは言わない。
拳に装着したナックルダスターでホームランを決めてやろうと考えているのだ。
普通の人間なら鉄球をパンチで打つなんて無理な話だが、食卓の騎士であるマイミになら問題なく出来る。
なんなら頭や肩でも軽々と場外まで飛ばすことだって可能だろう。
それも全部承知の上で、タケが第1投を放っていく。

「おりゃぁっ!!」

久々の野球に胸を躍らせたマイミだったが、タケの投球を見てガッカリしてしまった。
その結果はなんと大暴投。球はあさっての方向に飛んで行ってしまったのである。
もしも審判が居ればボールの判定をするはずなので、マイミは深追いをしなかった。
そして、怒りの表情でタケへと詰め寄ってくる。

「なんだその気の抜けた投球は!従姉妹として、そんな風に教えたことは一度もないぞ!!
 あの不良の後だから何かやってくれると思ったが、とんだ期待外れだな。
 お仕置きに無限ラッシュを喰らわせてやる!!」
「気の抜けた?それは当然でしょ。遊びなんだから。」
「な、な、なんだと!真剣勝負に全力で挑まなかったというのか!」
「真剣勝負なんかじゃない。私がやったのはただのキャッチボールだよ。」
「……なに?」

この瞬間、マイミはあることに気づいた。
さっきまでタケの近くにいたはずのカナナンが消えているのだ。
こと戦闘においてマイミが敵を見逃すことはありえないのだが
バッターがピッチャーに集中しないのは失礼にあたるため、
マイミは周囲に対して一時的に注意を払っていなかったのだ。
ではカナナンはどこか?
タケのキャチボールの相手がカナナンだとしたら、その居場所は……

「後ろか!」

マイミが振り向いたその時、カナナンはタケから受け取った鉄球を投げようとしていたところだった。
さっきまで慌ただしかったマイミも、その様を見て少しホッとする。
いかにもか弱そうなカナナンの投球なんて全然怖くないし、
そもそもマイミの身体は鉄球を何発も受けようがビクともしないのだ。
第一、勉強ばかりやってそうなカナナンがボールを真っ直ぐ投げられるかどうかも怪しいものである。
そういったマイミの一つ一つの決めつけが、番長らに有利に働いていく。

(おや?このソロバン少女、投球フォームはなかなかどうして綺麗じゃないか。)

マイミが頭の中で思う通り、カナナンは完璧に近いフォームでボールを投げていた。
そしてそれに見惚れるあまり、自分にボールが迫ってきてもマイミは動けなかった。
近くまで来ても、すぐそこまで来ても
そして、ぶつかる寸前でボールの軌道が真下方向へと変化しても動くことが出来なかった。
気づいた時にはもう遅い。
マイミの身体の中で最も脆い、「義足」が鉄球との衝突で壊されてしまったのである。

「な、なんだと!こんな事が……!」

片足とは言え、脚を破壊されたのだからマイミはその場で転倒してしまう。
全てはカナナンの計画通り。
マイミが野球に真摯に向き合ってくれたからこそ、この成果があるのだ。
マイミは人を見た目で判断したことを恥じながら、カナナンに問いかける。

「待ってくれ、そのフォームはどこで習得したんだ!?」
「尊敬するプロからみっちり教えてもらいました。後は地道な反復練習の賜物です!」
「そうか……どうやら私はお前達を見誤っていたようだな……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナンは感激していた。
自分の考えた作戦で、伝説とも言うべき食卓の騎士を倒せたことがとても嬉しいのだ。
しかも相手はキュート戦士団長のマイミ。これはもういくら自慢してもし尽くせない。
だがこれも自分だけの成果ではないことをカナナンはよく分かっていた。
メイが苦しみに耐えながら時間を稼いでくれたこと。
タケがマイミを倒すための情報を教えてくれたこと。
どれ一つ欠けても勝つことは出来なかっただろう。
なので、カナナンは感謝の気持ちを伝えることにした。

「ありがとな、タケちゃん。」
「おう!で、次の作戦は?」
「ん?」
「焦らすなよ、時間はそんなに無いんだぜ。」

ここでカナナンは変だなと感じた。
たった今マイミを倒したばかりだと言うのに、何を言っているのだろうか。

「作戦ってなんのこと?マイミ様ならもう……あっ!」

ここでカナナンは見てはいけないものを見てしまった。
出来ることなら見間違いであって欲しかったがそうにもいかない。
マイミが片足で立ち上がり、ケンケンで接近してくる姿は紛れも無く現実だった。

「さぁお前達!これからラウンド2が始まるぞ!
 次は何をするんだ?フットサルなんか面白いかもな!!」

あまりの光景にカナナンは呆然としてしまった。
だが考えてみれば当たり前のことだった。
伝説の存在があの程度でリタイアする訳が無かったのだ。

「お、おいカナナン、ひょっとして策は無いんじゃ……」
「無いわ!こんなん逃げるしかあらへんやろ
!」

カナナンは白目で気絶するメイを担いでは、ソロバンを靴の裏にセットする。
そして地面を蹴ることで、あたかもローラースケートのように滑りだしたのだ。
そのスピードはソロバンだからと馬鹿にできるようなものではなく
タケの全力疾走に並走する程度は速かった。

「待てお前ら!もっと筋肉と語り合おうじゃないか!」

どうやらカナナン達はすっかりマイミに好かれてしまったようだ。
台風のような殺気を放たれるよりはマシかもしれないが、これはこれで逆に怖い。
しかもケンケンのテンポも段々と早くなっていっているような気もする。

「おいカナナン!このままじゃ追いつかれちゃう!」
「やばいな、とりあえずそこの部屋に逃げ込むんや!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



とある部屋に飛び込むや否や、カナナンは扉を施錠する。

「間一髪助かった……さすがにもうこれで安心やろ。
 いくらマイミ様とは言っても、扉を破るほどの破壊力は持ってへんはずや。
 何発も殴られたメイがまだ生きてるのがその証拠。」

そう言いながらカナナンはメイの頭をなでていく。
苦痛のあまり気を失ったメイだったが確かに息をしている。
マイミはスピードこそ脅威ではあるが、攻撃力自体は並だとカナナンは踏んだのだ。
しかし、タケはその意見に反発する。

「あれがマイミ姉ちゃんの本気なわけないだろ……本気の時は、もっと、こう。」

タケが説明しようとしたその時、扉からバリバリバリといった異音が聞こえ始める。
その音の正体がマイミによるものだということはすぐに気づくことが出来た。
だが、二人ともせいぜい怪力でドアノブを壊した程度を想像していたのだが
現実はもっと酷かった。

「ひぇぇ……ド、ドアが……」

なんとマイミは全力で扉を開けようとするあまり、ドアそのものを捻じ曲げてしまったのだ。
しっかりした構造の扉がグニャリと歪み出したのでカナナンとタケは恐怖した。
これがマイミのフルパワーなのである。
補足しておくが、タケやメイを殴るときは決して手を抜いていた訳ではない。
その際は相手の腹筋を鍛えるために力を微調整していたのだ。
流石は世が平和になった時に「いっそ就職をするとなったならインストラクター?」と思っただけはある。

「ど、ど、ど、どないしよタケちゃん!」
「待てカナナン!なんか音が止まってないか?」

タケの言うとおり、バリバリといった扉の捻じ切れる音はいつの間にかしなくなっていた。
おそらくはマイミ自身も扉を壊したことにショックを受けて、どこかに謝りに行ったのだろう。
マーサー王国の扉はマーサー王およびマイミ対策で頑丈に出来ているので、少し気の毒な話ではある。
なんにせよ、怪物から逃走することに成功した二人はホッとした。

「よかった~ウチら助かったんやな。」
「あぁ、マイミ姉ちゃんさえ居なけりゃもう怖いものは無いぜ!」

一息つく二人だったが、その安息の時間も僅かなものだった。
もともとこの部屋にいた人物に話しかけられることで事態は急変する。

「タケちゃん、カナナン何やってるの? そこで倒れているのはメイメイ?」

声の主は、アンジュ王国の王、アヤチョだった。
同じく部屋にいたユカニャ王とともに目をパチクリさせている。
そう、タケとカナナンが逃げ込んだ部屋は作戦室だったのである。
マロの言葉を思い出したのか、アヤチョは鬼神の表情で二人を睨みつける。

「ハルナンを裏切ったんだってね!許さない!許さない!許さない!」
「「うわああああああああああ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ー モーニングラボ。
そこにはマーチャン・エコーチームの統括する技術開発部制作の最新武器がズラリと並んでいた。
ところが責任者であるマーチャンの武器は意外とローテク。
なんと彼女は木刀を使うのだ。
それを取り出したマーチャンを見て、オダは頭を抱えだす。

「分かってはいましたが本当にやるんですね……ここ、密室なんですけど。」
「うふふっ、だってマーチャンは曇りの剣士だもん。」

そう言うとマーチャンは木刀「カツオブシ」にマッチで火を点け始めた。
木製の剣はとてもよく燃えて、よく煙を焚いてくれる。
これこそがマーチャンが天気組の中で「曇りの剣士」と呼ばれる所以。
彼女は黒雲のごとき火煙で相手をいたぶることを得意としていたのだ。
特に今回のような密室ではマーチャンの攻撃は「熱い」「煙たい」では済まされない。
煙の充満が一定量を越えると、相手に一酸化中毒を引き起こすことも可能だ。
こんな武器が他に存在するだろうか?
だからこそマーチャンは剣士でいながら、切れない剣を好んで使用しているのである。

「あとねー、今日は試してみたい武器がいっぱいあるんだ。
 なんかミチョシゲさんにお願いされてね、マーチャン頑張って作ったんだよ。」

マーチャンは木刀を最も好んで使用する。
だが、使うのが木刀だけとは誰も言っていない。
試作品である「スケート靴」「忍刀」「両手剣と投げナイフのセット」をこの場でテストしようと考えているのだ。

「なんですかそれは……」
「知らない。いつか使うんじゃない?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



火煙と、多種多様な武器。
それだけがマーチャンの強みではないことをオダ・プロジドリは知っていた。
取り返しのつかなくなる前にマーチャンを倒すために
オダは「レフ」と名づけられた幅広のブロードソードでマーチャンに斬りかかる。

「たぁ!」

研修生時代、トップクラスの成績を収めていただけあってオダの突き出しは見事なものだった。
基本に忠実なのはもちろんのこと、更にワンポイントのアレンジを加えている。
この一工夫によってオダの攻撃は「回避不可能の一撃」へと昇華されるのだ。
オダの狙いはマーチャンの首。
ブロードソードではギロチンのように切断することは難しいが
首を深く傷つけることによって戦意を喪失させることはできるだろう。
オダの「回避不可能の一撃」ならばそれは容易い作業だ。
ところが、マーチャンがそうはさせなかった。

「オダちゃんの攻撃、丸見えだよ。」
「あ!……」

マーチャンはスケート靴の片方を拾い上げると、素早くブロードソードにぶつけていく。
このスケート靴の裏側のエッジ部分は刀剣の刃のように鋭く、
斬撃を防ぐことが出来るようになっているのだ。
アテが外れて青ざめているオダを見ながら、マーチャンが問いかける。

「オダちゃん、オダちゃんの剣を作ったの誰だっけ?」
「マーチャンさんです・・・・・・」
「そう、マーチャン。だからその剣の弱点も全部知ってる。
 ちょっと部屋を暗くしたら、その剣はもうただの剣だよね。」
「・・・・・・」

確かに今のモーニングラボは薄暗かった。
これはマーチャンがオダの特殊技能対策として、あらかじめ照明を絞っていたためである。
現在のこの部屋の明かりはマーチャンの木刀で燃える火のみと言っても差し支えないレベルだ。
この程度の光では、オダ・プロジドリは輝かない。

「それとね、オダちゃんの攻撃、覚えたよ」
「くっ・・・・・・」

オダが危惧していたマーチャンの最大の特徴。
それは異常なまでの学習能力だった。
どんな攻撃だろうと、一回経験すればマーチャンは次からは対応出来てしまう。
そのためオダは真剣による攻撃を覚えさせる前に倒したかったのだが、それが叶わなかった。
毎回異なる攻撃法を繰り出さなければ、マーチャン・エコーチームを倒せない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 




(参ったわ、これじゃあ私はただの一流剣士・・・・・・)

得意技を封じられたオダは困り果ててしまった。
こうなってくると持ち前のセンスとテクニックで対応するしか無くなってくる。
だがオダ・プロジドリはここで敗北して、ハルナンとの約束を破るわけにはいかなかった。
"ハルナンが選挙に勝った暁には、すぐにでも帝王を斬らせてくれる"
この約束はオダにとってそれほどに魅力的なのだ。

(だから決してしくじるわけにはいかない。どんな手を使おうとも!)

オダは行儀悪くも棚をガン!と蹴飛ばし、そこに乗っていた武器を床へと落とした。
ここに並ぶ数々の剣はちょっとやそっとの衝撃を受けたくらいで壊れるようには出来ていないのだが
そこはやはり開発者のサガか、マーチャンはそちらに注意を向けずにはいられなかった。

「あ!オダちゃんなにするの!」

スケート靴にかけられた力が弱まったことを確認したオダは、
マーチャンが落下物に目を配っているうちに瞬時に背後へと回り込む。
そしてブロードソードをマーチャンの背中へと思いっきり振り落としたのだ。

(くらえ!)

「武器の乗った棚を蹴られた経験」は無いためにマーチャンは簡単に背後を許してしまったが
「背後に回りこまれて模擬刀を背中に当てられた経験」なら訓練中にあった。
少しでも過去の経験に該当していればマーチャンは記憶を辿って思い出すことが可能だ。
模擬刀と真剣の違いゆえに100%一致とはいかないが、斬撃の矛先を背中から脇腹へとズラすことが出来た。
それでも痛いことには変わりないが。

「痛い!!・・・・・・オダちゃんめ・・・・・・」

背後にいるオダを追っ払うためにマーチャンは左手の木刀をシュッと後ろに振る。
それによって火の粉が飛散し、オダの服の胸部が焼かれていく。
秘密の処刑係という立場上、硬い鎧を堂々と着れなかったのが仇になったのだ。
このまま炎を受け続けるのはまずいと、オダは慌てて後方へと下がる。

(後ろからの攻撃まで避けるなんて!・・・・・・一応当てはしたけど効果は薄いよなぁ。
 しかも、今の攻撃も絶対覚えられちゃってるし・・・・・・)

マーチャンは今回、「背後に回り込まれて真剣で脇腹を斬られた経験」を覚えた。
平和な時代ゆえに真剣で戦う機会の少なかったマーチャンにとって、
オダとの真剣勝負は、己を成長させるにはとても都合が良かったのだ。
しかもマーチャンが覚えるのは決して受動的なものだけではない。能動的なものもどんどん覚えている。
今回の例で言えば「スケート靴を持って攻撃を受け止める経験」などのことだ。
貪欲なマーチャンはもっともっと経験を詰みたいと考えている。

「右手に忍刀、左手に木刀、これでマーはどんな経験が出来るのかな?
 オダちゃん・・・・・・簡単に負けたら許さないよ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



忍刀と木刀を握ったマーチャンを前にして、オダは次の攻め方を考える。
マーチャンの新武器である忍刀については詳しくないが
刀にしてはやや短めの刀身を見るに、近距離専門の武器なのだろうと推測できる。
軽量化によって一撃の振りを軽くしているのかもしれない。
となれば遠く離れることが対策に繋がるかと思ったが、そういう訳にもいかなかった。
マーチャンはいざとなれば火のついた木刀を勢いよく振ることによって
火炎を遠距離の的に当てることが出来るからだ。
つまり今のマーチャンは遠近両方をカバーしていることになる。
これではかなり攻めにくい。

(木刀が燃え尽きるまで待つってのはダメだよね……
 その頃には部屋中に煙が充満してたいへんなことになっちゃう。
 じゃあどうやって攻めればいい?早く決断しないと!)

急がなければ一酸化炭素中毒でオダは御陀仏。
かと言って焦って中途半端な攻撃をすれば、覚えられてしまい取り返しのつかないことになる。
このジレンマにオダは相当悩まされていた。
マーチャン自身はパワーもスピードも体力も並程度だと言うのに
どんな屈強な戦士よりも切り崩しにくいと感じているのだ。
だがオダもオダでこれまでの蓄積がある。
窮地に岐路を見出すことくらい、何度も経験してきたのだ。

(常に新しく、かつ威力の高い攻撃……これしかない!!)

オダはダッシュでマーチャンの方へと接近していった。
とは言っても目的はマーチャンそのものではない。
マーチャン制作の新武器、「両手剣」を拾い上げることこそが狙いだったのだ。
本来この「両手剣」は「投げナイフ」とのセットを想定して作られているのだが
二つ同時に扱えるわけがないのでオダは両手剣のみを選択する。

「あ、ドロボー!」
「放火魔に言われたくないですよっ!」

オダは両手剣を持つと同時に、マーチャンのお腹へと思いっきり振り上げた。
かつてサユ王の同期が使っていたグレートソードほどの重量はないが
この両手剣もなかなかの重さを誇るため、オダの腕にかかる負担は相当のものだった。
だがこの攻撃が絶対的に有効だと知っているからこそ、力もみなぎってくるものだ。
マーチャンは覚えた攻撃への対応力はピカイチだが
逆に初見の攻撃にはめっぽう弱かった。
作ったばっかりの新武器で斬られた経験なんて当然ないため、モロに受けてしまう。

「!!!」
「どうですか!自分の作品の切れ味はっ!」

オダはマーチャンの腹の深くまで刃が入ることを期待していた。
いくら不安定な体勢から切り上げたとは言ってもダメージは相当なはずなのだ。
実際マーチャンの瞳孔が開ききっていることからも、ひどく痛がっていることがよく分かる。
ところが、おかしなことが一点あった。
それは斬られたはずのマーチャンが腹から出血していないということ。
オダはまたマーチャンが何か仕掛けたのかと思ったが、そうではなかった。
問題はオダの扱う両手剣にあったのだ。

「なにこれ……刃が鈍すぎて切れたもんじゃない!
 これじゃあまるで金属の棍棒……!」

オダの言う通り、その両手剣は剣と呼ぶには鋭さが足りなかった。
これでは相手を殴ることは出来ても、斬ることは出来ない。
そのためにオダの思ってたような結果を出せなかったのだ。
そして、イメージと違うのは両手剣だけではない。
マーチャンの右手に握られていたものが、忍刀ではなく長めの紐に変わっていたことにもオダは気づきだす。

「マーチャンさん……刀はいったい何処に!?」
「どこだと思う?」

こんな質問をしてはいたが、オダは忍刀の所在に気づいていた。
ただ、認めたくなかったのだ。
音もなく自分の左肩に突き刺さり、激痛を起こさせていることなど、気のせいであって欲しかったのである。

「どういうこと……」
「ふふふふふ、マーチャンを殴ったバチが当たったんだよ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ここでマーチャンの作った三組の武器について解説しなくてはならない。
一組目はスケート靴。
剣と呼んでよいのか怪しいが、ブレード部分は非常に鋭利になっていて、殺傷能力は申し分ない。
だがその特殊さゆえに、素人が履いたところですぐに転倒してしまうのがオチである。
幼少からスケートを訓練した者でなければ使いこなせないだろう。
二組目は忍刀。
小さく軽いその刃は、投てき武器としても使える優れものだ。投げたら付属の紐で回収すれば良い。
だがこの刀の真価は、あまりの軽さによって実現された「無音切り」にある。
どんな音も聞き分けられる才能を持った者でなければ使いこなせないだろう。
三組目は両手剣と投げナイフのセット。
重量感たっぷりの両手剣と、どこまでも飛んでいく投げナイフによって、遠近の両方をカバーしている。
しかし普通の人間は両手剣を持つだけで精一杯なので、両方を同時に扱うことなど出来やしない。
投打ともに優れた二刀流の怪物でなければ使いこなせないだろう。

「ま、マーチャンは全部使えるんだけどね。」

自称する通り、マーチャンは持ち前の学習能力で全ての武器をそれなりに扱うことが出来ていた。
本来の想定される持ち主と比べたらさすがに劣るが
どれもだいたい80点くらいのレベルで使いこなすことが出来るのである。
実際、今回もオダに気づかれずに忍刀を肩に突き刺していた。
これは忍刀の特色である「無音切り」を上手く引き出した証拠だろう。

「オダちゃん痛くない?可哀想!いま抜いてあげるね!」
「ちょっ!」

マーチャンは忍刀に付属の紐を容赦なく引っ張った。
もちろん親切心からの行動なわけがない。
刀を引き抜くことで、激痛と出血の両方をプレゼントしてやりたかったのだ。
ブシュウと湧き出る己の血液に、オダは青ざめる。

(まずい!クラクラしてきた……)

オダが眩暈を起こした理由は2つある。
一つは出血多量によるもの。
そしてもう一つは、部屋に溜まってきた煙によるものだ。
血液は身体中に酸素を送り込むのだが、この部屋にはその酸素が絶対的に足りていない。
そして僅かな酸素を運ぶ血液も、今のオダには足りていない。
まさに絶体絶命。
すぐに決着をつけなくては命が危ういだろう。

(すぐにマーチャンさんを倒さなきゃ……
 もっと意外で、もっと強力な攻撃……なにがあったっけ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャンは右手で紐をシュンシュンと回しながら、オダから距離を取っていく。
少しでも近づこうものなら紐の先に括り付けられた忍刀をぶつけるつもりなのだろう。
今のオダにとって、時間を稼がれているこの状況は非常にまずい。
なんせ立っているだけで気を失いそうなのだから。

「オダちゃん、これでもうマーには近づけないよ。」
「……」
「でも終わりじゃない。」
「……?」
「オダちゃんならきっとなんとか出来るよ!
 だってオダちゃんの強さ、よく知ってるもん。
 ねぇ、早く見せてよ!ここから逆転するところをマーに見せてよ!
 そしたらマーチャンもね、もっと強くなれるんだから!!」

誰よりもオダに期待しているのは、他でもないマーチャンだった。
八方塞がりの状況を突破する姿をしっかり見届けることで
その経験を持ち前の超学習能力で習得するのが狙いなのである。
つまるところ、ここでパタリと死なれてもらったら困るのだ。
そうは言いつつ、忍刀を振る速度は全く緩めないマーチャンを見て、オダは苦笑いする。

「まったく仕方ないですね。分かりましたよ。
 一流剣士の逆転劇、とくと目に焼き付けてください。」

オダに気力が戻ったのは、マーチャンに勇気付けられたというだけの理由ではなかった。
モーニングラボが、オダお得意の「必中の一撃」を放てる環境に変化したことが大きい。
では以前と今とでこの部屋の何が変わったのか。
答えは、明るさだ。
薄暗かった部屋の明かりはマーチャンの木刀に灯った炎のみであるが
時間が経つにつれて、火力が強くなっていったのである。
これだけ燃え広がれば、「必中の一撃」を放つには十分だ。
オダはブロードソード「レフ」の、鏡のように磨かれた刀身をマーチャンの側へと向ける。
こうすることで、炎の明かりをマーチャンの目へと反射させていく。

「うわっ!!」

わざわざ自分の炎をちゃんと見てはいなかったマーチャンにとって
薄暗い世界に舞い込む微弱な光は、目を焼くほどに眩しかった。
これこそがオダの「必中の一撃」の正体。
目をつぶる一瞬の隙に仕掛けることで、回避させずに斬ることが出来るのだ。
オダ・プロジドリは光を使役することにかけては帝国剣士随一だろう。

(でも、これだけじゃマーチャンさんには通用しない。)

マーチャンは過去にオダの「必中の一撃」を受けた経験があった。
目が見えないために回避行動をとることは難しいのだろうが
これまでの例を見る限り、なんらかの対応をしてくるのは確実だろう。
だからこそオダは決して気を緩めなかった。
常に新鮮な体験をマーチャンに味あわせるために、更にもう一工夫を加える。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



目を潰されたその瞬間、マーチャンは反射的に両手をグルグルと回していた。
この激しい回転によって、忍刀と火炎はあちらこちらに飛び回る。
入り込む余地の無いほど、メチャクチャにブン回すことが「必中の一撃」対策だったのだ。
視力の低下は一時的なものなので、少しの間だけ凌げば反撃へと転じることが出来る。
そうなったらマーチャンはもう無敵だ。
なんせ「火炎の光を反射される経験」も覚えたのだから。

(オダちゃん来なよ!もう時間ないんでしょ!?)

マーチャンは暗い世界の中でオダの攻撃を待ち構えた。
少しでも何かに当たる感覚があればそこに対して集中砲火することを考えているのだ。
そしてオダはマーチャンの期待通りにすぐ仕掛けてきてくれた。
長引くほどに不利になるので、当然と言えば当然だろう。
ところが、その攻撃はマーチャンが想定するものよりずっと「重い」一撃だった。

(ぎゃ!なんだこれ!)

何か硬くて大きいものが、忍刀や炎を跳ね除けながらマーチャンの胸へと飛んできた。
この重量感の正体はなんと両手剣。
オダは目の見えないマーチャンに対して、これを思いっきり投げつけたのである。
「真っ暗闇の中で両手剣を投げつけられた経験」なんてこれまでに無かったので
マーチャンは全く避けることが出来なかった。

「うぁ……あ……」

弱っているオダが投げたとは言え、やはり鉄の塊をぶつけられるのは非常に痛い。
これまでのダメージの蓄積も相まって、マーチャンの胸部の骨はポッキリと折れてしまった。
泣きたくなるほど辛いが、だからこそしっかりしなくてはならない。
やっと目も慣れてきたのだから、反撃はここから始まるのだ。
勝利を収めるためにマーチャンはカッと目を開く。

「あれ……オダちゃん……」

目の前すぐそばにオダが立っていたため、マーチャンは驚いた。
二刀流を投げたばかりなので遠くにいると思っていたが
実際はこんなにも近くにいたのだ。
これこそがオダの更なる一工夫。
両手剣がヒットしたとしてもそこでモタモタしたら、次にそこにいるのは新たに学習したマーチャンだ。
そうなったらさっき以上に攻撃を当てにくくなるだろう。
だからオダは両手剣を飛ばすと同時に、自分もマーチャンの方へと走っていったのだ。
両手剣が跳ね除けてくれたおかげで、今なら宙を舞う忍刀も火炎も存在しない。
ならばオダの一撃は通る。

「私の勝ちです!」

周到に練られた一閃を、マーチャンは回避することは出来なかった。
オダの肩以上の血を胸から吹き出し、ガクリと倒れこむ。
思えば経験のない攻撃についてはほとんど直撃を受けていた。
まだ息はあるとは言え、もう戦うことは出来ないだろう。

「はぁ……はぁ……オダちゃん、やっぱり強いね……」
「次、戦ったら分かりません……それに。」
「?」
「マーチャンさん、きっと木刀だけで戦った方が強いですよ。」
「えーーー!?……それ早く言ってよぉ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



名目上はオダ・プロジドリの勝利だろう。
処刑担当として見事に裏切り者のマーチャンを倒したことになる。

(勝ちはしたけど、もう戦えそうにないな……)

まだ身体が動くうちに、オダは出来る限りの対処をしなくてはならない。
まずは消火だ。転がる木刀を踏んづけることで火の出どころを断った。
次は部屋からの脱出。煙で朦朧とする意識の中、マーチャンを担いで外へと出て行った。

「オダちゃん、マーが重くてごめんね。」
「それ、カノンさんに聞かれたら怒られますよ……」

廊下の新鮮な空気を吸ったオダはいくらか楽になったが、それでもまだ身体の調子は戻らない。
だからオダはそこらにいる兵士に助けを求めることにした。
若い女性なので、おそらくは研修生なのだろう。

「すいません、そこの人、助けてくれませんか?」
「わぁ!大丈夫ですか!!とてもびっくりしました。」

帝国剣士であるオダとマーチャンが血まみれでHelp me!と言ってきたので、研修生は驚嘆する。
研修生だった時期がギリギリ被っていないのでオダはその子を知らないようだが、
研修生は有名人である2人のことをよく知っていた。
こうしてはいられないと思った研修生は背中にしょっていた両手剣と投げナイフを床に捨てて、
オダとマーチャンの2人を担ぎだした。

「ありがとうございます……細いように見えて意外と力持ちなんですね。」
「褒められて、とっても嬉しいです。大大大好きなサユ王様のためにいつも鍛えてるんです。」

そう言いながら研修生は2人を医療室にへと運んでいく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャンとオダを助けてあげた研修生が大大大好きなサユ王は今、
同じ研修生であるクールトーンをギュ~ッと抱きしめていた。
目の前で繰り広げられる食卓の騎士の大激突から守るという名目で、だ。

「喰らえモモ!!」
「まったくクマイチャンは……私には通用しないってまだ分からないの?」

頭上高くから斬撃が降りかかってくるが、モモコは全く恐れずそこから離れない。
むしろ自身の小指を上へと突き出し、襲い来る長刀へと当てるのだった。
普通に考えれば小指は潰され、そのまま腕ごと切断されてしまうのだろうが、そうはならなかった。
斬撃は小指にぶつかる直前に軌道を逸らされ、床へと落下していく。
さっきからこれが何度も続いているのでクマイチャンもウンザリだ。

「また!?もう、しつこいなぁ!」

クマイチャンはモモコとは10年以上の長い付き合いにはなるが
その戦闘スタイルについては完全に把握しきれていなかった。
直線的で単純なクマイチャンに対し、モモコの戦い方は曲がりくねっていてゴチャゴチャしている。
戦士として恵まれた身体を持っているとは決して言えないが、知恵と暗器によってそれを補っているのである。
だがそんなモモコも人間だ。
完全無欠のロボットではないのでミスを犯すこともあるだろう。
暗器では防ぎきることの出来ない攻撃だって存在するだろう。
クマイチャンには流星のように強力な必殺技があった。それならば通用するかもしれない。

「これならどうだ!私の必殺!!」
「クマイチャン、辞めておいた方がいいと思うよ。」
「今さら命乞いなんてさせるか!たぁっ!!」

そう言うとクマイチャンは地面を蹴って空へと舞い上がった。
先ほど自分で開けた天井の穴を通過し、あっという間に最高点へと達する。
これでクマイチャンの必殺技、「ロングライトニングポール"派生・シューティングスター"」の準備は整った。
隕石の如き勢いと速度で落下するのだから、ここから放たれる斬撃の威力はとてつもないものになる。
フク達と戦った時は床に攻撃をぶつけたが、モモコには何の遠慮もいらない。
そのまま直撃してやろうと流星ガールは降下していった。
ところがモモコはこの技に対する策も用意していたのだ。

「ツグナガ憲法……"派生・謝の構え"」

落下直前、クマイチャンは刀を振ってモモコへと叩きつけようとした。
ただ落ちるだけでも威力は十分すぎるのだが、
そこに更に剣の振りを加えることで殺傷能力を増加させているのである。
これを喰らえばどんな相手でもひとたまりもない。
当たらなくても周囲への被害は甚大なものになる……クマイチャンはそう思っていた。
ところがその時、クマイチャンの耳に不吉な声が入ってくる。

「許してニャン」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「!?」

剣を振り降ろそうとする先にモモコはいなかった。
地上へと落下する流星を撃ち落すために跳びあがっていたのだ。
長刀を握るクマイチャンの手に向けて、ビンタを当てていく。

「えいっ!」
「!!!」

モモコのビンタ自体はただのビンタだ。
ただし、それを当てられるクマイチャン自体が超高速で落下していたために
クマイチャンの手とモモコの掌が衝突するインパクトは凄まじかった。
味方していたはずの勢いやらスピードが、すべて自分に牙を向いたので
クマイチャンは耐え切れずに吹っ飛ばされてしまう。

「あ゛あ゛あ゛あああああああ!!!」

モモコの必殺技「ツグナガ拳法、"派生・謝の構え"」は相手の必殺技を無効化する。
むしろそれを利用して相手に反撃までするのだから驚きだ。
技を産むまでの過程を嘲笑うかのような技であるため、
使用者であるモモコも胸が痛いのか、事前に「許してニャン」と謝罪することからその名は来ている。

「クマイチャン様、すごく痛そう……」

ビンタをぶつけられたクマイチャンの右手はグシャグシャに潰れていた。
その様を見るだけでよほどの衝撃だったことが理解できるだろう。
あまりの痛々しさにクールトーンは目を覆いたくなってしまう。

「それにしても凄いですね、クマイチャン様の必殺技を素手で止めるなんて……」
「いや、モモコのことだから手に何か仕掛けているわ」
「仕掛け?……あ!だからモモコ様は無傷なんですね。」
「それも違う。モモコが負傷していないと考えるなら大間違いよ。」
「???」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クールトーンにはサユ王の言うことが理解できなかった。
クマイチャンが床の上でのた打ち回っているのに対して、
モモコは平然な顔をして立っているために、負傷しているだなんて信じられない。

「普通に考えて、あの落下を直接受けて無事で済む訳が無いでしょう?
 きっと今頃モモコの腕の骨はバラバラになっているはずよ。」
「で、でも全然平気そうな……」
「そう、それがモモコの凄いところ。
 あの子はクマイチャンや他の食卓の騎士のような超人的身体能力をもたない代わりに
 人間離れした精神力とプロ根性を持ち合わせているの。
 きっと全身の骨を粉々にされたとしても、表情を崩すことはないはずよ。」

そんな人間が実在するなんて思いもしなかったので、クールトーンは驚いた。
きっと自分だったらちょっと怪我しただけで痛がってしまうだろう。
ただ、そんなモモコを凄いと思うと同時に、一つの疑問を浮かべていた。

「凄いと思います……でも……」
「でも?」
「表情を崩さないのって戦闘の役に立つんですか?……それってただの我慢じゃ……」

クールトーンの問いかけはもっともだった。
クマイチャンの超パワーや巨躯、マイミの超スピードやスタミナが戦闘に直結するのは理解できるが
モモコの強みが「表情を崩さない」と言われてもいまいちピンと来ない。
だが、サユは己の回答に自信を持っていた。

「効くの。相手が単純バカ……もとい、直情タイプの戦士なら特にね。」
「それって、クマイチャン様みたいなタイプのことですか?」
「そう、かつてモモコは私の同期と戦ったこともあったんだけど、その同期もクマイチャンに似ててね。
 無表情のモモコが何を考えているのか、次に何をしてくるのかほとんど読むことが出来なかったそうよ。
 ポーカーフェース。それがモモコの最も恐ろしいところなの。」
「は、はぁ……その同期さんより強いってことは、モモコ様はサユ王様より強かったってことですか?……」
「それはない。」
「え、でも」
「ありえない。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



右手の激痛に苦しまされながらも、クマイチャンは立ち上がることが出来た。
剣だって左手さえ残っていれば持つことが可能だ。
モモコの放った謎の石が刀身に付着しているおかげでかなり重いが、
持ち前の超パワーならば剣を振るうのに問題はない。
むしろ、目の前の相手がまったくの無傷に見えることの方が問題だった。

(やっぱりモモコは強いな……血のにじむ努力をしてきたのに、まったく歯が立たない。)

このまま戦えば十中八九敗北するであろうことはクマイチャンも自覚していた。
モモコの謎の行動によって剣速は遅くされるし、
床の破片をブチまけても一つも当たらないし、
一方的に自分の右手だけを破壊されるし……と、散々な目に遭っている。
騎士としての位で言えばモモコとクマイチャンは同格であるが
実力差はかつての副団長と一団員だった頃と変わらないのかもしれない。
だが、いくら相手が格上だからと言って諦めるわけにはいかなかった。
その思いは食卓の騎士としての誇りから来るものではない。
ハルナンからの依頼に応えたいという理由でもない。
格下であるフクやサヤシ、そして番長らが自分に立ち向かったことに感銘を受けたからこそ
ここで負けてられないと考えたのだ。

「行くよ……」
「ん、どした?」
「必殺技行くよ!たぁっ!!」

クマイチャンは先ほどと同じように天高くへと跳び上がった。
本日3回目の「ロングライトニングポール"派生・シューティングスター"」を行うのは誰の目にも明らかだった。
しかしその技はついさっきモモコに打ち破られたばかりだ。
まったく同じ攻撃をするとしたら、同様に打ち破られてしまうだろう。

「はぁ……またクマイチャンに謝らないといけないのね。
 どうか許して……ください!」

ベリーズの団長がこの場に居れば「そこ言わんのかい!」と思いたくなるような謝罪をしながら
モモコも「ツグナガ拳法"派生・謝の構え"」で流星ガールを迎撃しようとする。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クマイチャンの飛翔が完了するまでに時間はそうかからなかった。
上昇時には敵対していた重力が、ここからは心強い味方へと変わっていく。
高さとは力。
圧倒的なまでの高度が生む破壊力は膨大であることを知らしめるため、流星は地に落ちる。

「ぬあああああああ!!」

常人ならば失神するかもしれない落下速度だってクマイチャンはへっちゃらだ。
幸いなことに高さには慣れているのである。
彼女に高所恐怖症は似合わない。
電気にも似たピリリとした空気摩擦を全身で浴びながら、
落下点にいるモモコへとジリリと迫っていく。

(行くぞモモコ!もうさっきまでとは違うんだ!)

地に落下する寸前、やはりモモコはクマイチャン目掛けて跳び上がってきた。
ビンタでクマイチャンの左手を潰したように、今度は右手を破壊しようとしているのだ。
いくらクマイチャンが化け物のような存在だとしても、両手を潰されたら剣を握ることは出来ない。
そうなればモモコの勝利は絶対的なものになるだろう。

(だったらそこを利用してやる!)

右手を狙うモモコのハイタッチを、クマイチャンは拒絶した。
衝突する直前に剣を上方向へとグイッと上げることによって
モモコの掌が叩き込まれる打点を少しズラしたのだ。
結果、モモコの手がぶつかった部位は「肘」。
右手を壊そうという思惑を打ち破っただけでなく、超高速落下の勢いのついた肘打ちまでお見舞いしたのである。
いつものように単調な攻撃が来ると思ったところで変化を見せてきたので、モモコは驚いた。
表情こそ変化はないものの、腕を壊され、床に撃ち落とされてしまう。

「くうっ……!!」

肘打ち、そして床への落下。
これはクマイチャンが今回の戦いで見せた初めてのクリーンヒットだった。
いくら超人的な肉体を持たないとはいっても、モモコも食卓の騎士であるため
この程度では命を落としたりなどはしない。
だが、そんなモモコも無敵ではないことが分かったたけでもクマイチャンにとっては大収穫だ。
痛む肘も気にならないほどに気分が高揚してくる。

「どうだ!」
「どうだって……ちょっと当たったくらいではしゃがないでよ!」
「あ、モモ動揺してる?」
「してない!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クマイチャンは手応えを感じていた。
顔からモモコの状態を察することは非常に難しいが
肘打ちで骨を粉砕した感覚なら確かにあったのだ。
しかもよくよく観察してみたらモモコの腕は両方とも上がっていない。だらんとしている。
シューティングスターを1発防ぐにつき1本の腕を犠牲にした結果、こうなったのだろう。
クマイチャンは自身の肘にも相応のダメージを受けたためまともに剣を握ることも困難であるが
今が好機なのは間違いないため、すぐさま追撃を加える。

「もらった!」

負傷した片手による攻撃ながらも、その振りは好調なものだった。
流星の勢いには遠く及ばないが、ひと1人を殺めるには十分すぎるほどの勢いだ。
両腕を壊した結果ノーガードなモモコにこれを叩きつければ、その瞬間真っ二つにすることが出来るだろう。
己がそうなることを想像した者は誰もが震え上がり恐怖の表情を浮かべるはず。
ところが、モモコは此の期に及んでもその顔を崩さなかった。
この程度、窮地のうちには入らないのである。

「あれ?……体が動かない……」

刃がモモコの胸に突き刺さる直前、クマイチャンは自身に起きた異変に気づき始めた。
なんとクマイチャンの身体と、さっきまで振られていた刀がピタリと止まってしまったのだ。
不思議な現象ではあるが、その原因はハッキリしている。
モモコが何かした以外に考えられない。

「……なにした?」
「馬鹿正直に話すと思う?」
「……」
「それにしてもさすがクマイチャンね。そこいらの子とは鍛え方が違う。
 ここまでにもう6個も暗器を使わされちゃった。」
「!?」

モモコの武器は暗器7つ道具。
状況によって個数や種類が変動することもあるが、基本的には7つを使用している。
そのうち既に6つも使ったの言うのだから、クマイチャンは驚かされた。
いつ、どのタイミングで何をされたのかほとんど把握出来ていないのだ。

「そして今から最後の1個を使うね。特別だよ?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



モモコはこれまで不思議なことを何回も起こしてきた。
鉄に貼り付く石を投げて剣を重くしたり、
自分に飛んでくる床の破片を棒立ちのまま回避したり、
斬撃の軌道を小指一本で逸らしたり、
クマイチャンの動きを完全に止めたり、と様々だ。
思えば流星ガールの位置まで到達した跳躍力もおかしいし、
それを受け止めても(骨折したとはいえ)腕が千切れず残る耐久力も異常だ。
おそらくそれらの全てがモモコの暗器'14によるものなのだと推測できる。
だが、上に挙げたものの中には直接相手にダメージを与えるようなものは無かった。
実際、モモコが用意した暗器のうち攻撃的な性質を持つものは一個しか用意されていないし、
今回はまだ使用していない。

「これ、準備が必要なのよね。スキが大きすぎるから。」
「!!……まさかアレを!」
「そう、クマイチャンの動きを封じた今、やっと"モモアタック"が使える。」

今のモモコに腕は使えない。
ただし、尻ならフリーだ。
以前に簡単な組み手で"モモアタック"を受けたことがあるため、クマイチャンは知っていた。
どういう攻撃かも、どれくらい危険かも。
これを喰らえばひとたまりもないことを理解しているため、クマイチャンは慌てて全身を動かそうとする。
今、自身を止めている暗器は透明のリナプーや犬らが抑えつけていた時と感じが似ていた。
つまりはフルパワーを出せば動けないこともないのだ。
早々にこの呪縛から逃れてモモアタックを回避しなければ敗北は必至。ならば必死にもなる。
しかし、体を動かそうと力を入れるほどに、節々に激痛が走り出す。
なんと肌の露出した面のいたる箇所に、無数の切り傷が発生していたのだ。
まるで何か細いものに食い込んで、千切れてしまったかのよう。

(これは……糸?)

見えない攻撃の正体に気付きかけたクマイチャンだったがもう遅い。
その一瞬の躊躇いをついて、モモコは跳躍していた。
狙いはクマイチャンの腹。武器は己の尻。
暗器によってコーティングされたお尻で無慈悲なまでのヒップアタックを叩き込む。

「モモアターーーック!!」
「あぐっ!!…………」

お尻なのに何故か鋭利で尖がったような感触。
それを受けたクマイチャンは激痛に耐え切れず、意識を飛ばしてしまう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「凄い……本当に倒しちゃった……」

クマイチャンがズシンと倒れゆく様を見て、クールトーンは思わず言葉を漏らす。
こんな大きい人間が敗北する光景なんて見たことないのだから無理もないだろう。
そんな良い経験をした少女を、サユ王は微笑ましく見守っている。
食卓の騎士同士の戦いは研修生には刺激が強すぎるため、
もしかしたら漏らしたり、嘔吐したりすることもありえると思っていた。
それらが自分にかかったとしても、サユは王としての寛大な心で受け入れようともしていた。
だが、クールトーンはそんな粗相などせず立派に最後まで見届けたのだ。
(ある意味では少し残念だが)これはとても喜ばしいことだと王は考える。

「さてと、決着がついてすぐのところ悪いんだけど」

サユ王はクールトーンを床に降ろしては、勝者モモコへと近づいていく。
大事な話をするためだ。

「なぁに?サユ王様。」
「弁償。」
「んー?」
「訓練場の床と扉と天井の修理代、請求しておくから」
「……えっと、なんで私に?どっちかと言えばクマイチャンじゃない?」
「いろいろ手を出して小金持ってるんでしょ?知ってるんだから。」
「え、え、それ誰に聞いたの?」
「あなたのところの団長(キャプテン)から。手紙で。」
「はぁ……やっぱりバレてたのね。侮れないわー。」
「だから、修理代。」
「それとこれとは別でしょ。クマイチャンに払わせなさいよ。」
「訓練場は早く修理しないといけないの。来月あたり使う予定があるのよ。
 だからすぐ入金できるモモコに払ってもらう方が助かるんだけど。」
「そっちの都合じゃないの!」
「あーあ。じゃあ今回の単独行動をシミハムに報告しようかなー。モーニング帝国帝王として。」
「ええー!?許してニャン許してニャン。」

サユ王とモモコが対等に話しているのもクールトーンにとっては不思議だった。
改めて元プラチナ剣士であるサユ王の凄さを思い知らされる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「そ、そんなことよりあの子のテストの結果はどうなったの?」

モモコは苦し紛れにクールトーンを指差した。
攻撃法を一つでも見破れなければクビ。その約束を覚えていたのだ。
ここで最もドキリとしたのはもちろんクールトーン本人。
速記したうちの一枚を取り出しては、おそるおそるサユに提出する。

「自信があるのは一つだけです……どうですか?」

サユとモモコはクールトーンのちぎった一枚に注目した。
そこには読みやすい綺麗な文字で「モモコ様がクマイチャン様の剣に磁石のようなものを投げつけた。」と書いていた。
実はこれは大正解。
モモコは超強力な磁力を発する電磁石を複数くっつけることで
クマイチャンの長刀の重量を重くしていたのである。
クマイチャンの馬鹿力だからなんとか持つことが出来たが
並みの剣士ならば5, 6個も付与されたら剣を振れなくなるだろう。
剣士でなくても鉄製の武具を扱う者であれば容易に無力化することも可能だ。

「おめでとうーよく私の暗器を見破ったねーパチパチー」
「えへへ、ありがとうございます。」

クビを免れた安堵感でクールトーンはホッとするが
課題を与えたサユ王はあまり面白くない顔をしていた。
というのも、モモコの戦法において磁石の使用は基本中の基本であったため
出来ればそれ以外の暗器についても解明して欲しかったのである。

(まだ研修生だし、まずはこんなもんか……)

サユの憂いとはうらはらに、モモコはクールトーンを必要以上に褒め称えた。
実はモモコは(サユ王とは違った意味で)子供好き。
子供に読み書きを教える資格までこっそりと取得したとの噂だ。
年端もいかない少女が頑張るのを見ると応援したくなってくる。

「この短時間によくこんなに書いたわね。見せてもらえる?」
「えっ、全部ですか?」
「うんうん。私の戦いをどんな風に見てくれたのか気になって。見せて見せて。」
「ちょっと恥ずかしいですけど……はい。」

そう言いながらクールトーンは数十枚単位のメモを手渡した。
はじめはにこやかなにそれらを眺めていたモモコだったが、
読んでくうちにその表情は真剣なものになってくる。

「あなた……気づいていたの?」
「えっ?」
「サユ。相変わらず油断出来ない人ね。ほんとに。
 今までこんな子を隠してきてなんて……」
「えっ?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クールトーンが書いたメモには以下のように記されていた。

・モモコ様が強く地面を踏みつけるとブーツの上部から風が吹き出すようだけど、何かは分からない。
・モモコ様の小指の周りに半透明で見えにくい何かがついているようだけど、何かは分からない。
・モモコ様がジャンプする時は脚が急に伸びて少し背が高くなるようだけど、何かは分からない。
・モモコ様の掌に銀色の防具が付いていて、それがクマイチャン様の腕を壊したようだけど、何かは分からない。
・クマイチャン様を縛った糸は手じゃなくて足で操作しているように見えたけど、何かは分からない。
・モモコ様のお尻が急に尖ったように見えたけど、何かは分からない。

どれも「何かは分からない」で締められてはいるが、クールトーンは暗器の全てを認識していた。
知識不足ゆえに詳細まで突き止めたのは電磁石のみとなったが、眼で見た全てを速記する才能は、ありのままを紙に写していたのだ。
モモコはいつどのタイミングで仕掛けたのか分からないように戦ったつもりだというのに
全てが見透かされていたことに恐怖を覚える。
もっともクールトーンがこれだけ見えていたところで、モモコと一騎打ちで勝利できる確率はゼロパーセントだろう。
万に一つも勝ち星はあり得ない。
最悪全ての暗器を捨てたとしてもモモコは決して弱くはないからだ。
だが、もしもクールトーンがクマイチャンに肩入れしていたらどうなっていただろうか?
クマイチャンでなくてもいい、他の食卓の騎士クラスの戦士に情報を教えてしまえば
途端にモモコの強みは消え去ってしまう。
故に、モモコは手に取ったメモを容赦なく破り捨てた。

「あぁ!なにするんですか!」
「あーごめんごめん、手が滑っちゃった。」
「せっかく書いたのに……」

クールトーンはともかく、サユ王はモモコの発言を鵜呑みにしたりはしない。
珍しく焦りを見せるモモコを面白がりながらも、クールトーンの成長を実感する。

「へぇ、折れた手で破り捨てなきゃならないほど大事なことが書いてたんだ。」
「別に?……そもそも怪我なんてしてないしね」
「ふふ、ところでモモコ。うちの書記係は凄いでしょう。
 いろいろ経験させてきたけど、やっと食卓の騎士の戦いを見れる程度に成長したの。」
「はぁ……私とクマイチャンをダシにしたってこと?」
「ダシだなんてとんでもない。プレミアライブをアリーナ席で見せてくれてありがとね。」
「……ちょっと羨ましい。」
「え?何が?」
「私もいま何人か育ててるんだけどね、ワガママな子ばっかりで……
 すぐにルールを破るから罰としてセロリ食べさせたりとか工夫してるんだけど
 なかなかうまくいかないのよね。帝国の教育メソッドを教わりたいもんだわ。」
「へぇ、そっちも結構大変なんだ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
  
05に進む topに戻る
inserted by FC2 system