「なんなのこれ……」

ハルナンは途方に暮れていた。
アヤチョの服を見繕ったので早速プレゼントしてあげようと思って来たのだが
そのアヤチョのいる作戦室の扉が、グニャングニャンに曲げられていたのだ。
こんなことをできる人物は限られている。

「マイミ様がやったんだろうなぁ……どうしましょ、これじゃ中に入れない。」

マイミがこの扉を無理に開けようとした理由も気になるが
ひとまずハルナンはどうすれば室内に入れるかを考えた。
自分の剣の腕前では扉や壁を切り裂くことは出来ないし、素手でこじ開けることはなおさら不可能だ。
内側からなんとかしてもらおうにも、中にいるのは重体のアヤチョと、非力そうなユカニャ王だけのはず。
となればこの場で扉を開けてもらうことは期待できない。

「マイミ様を探して開けてもらうのが一番の早いのかなぁ。
 でも一体どこに………………ハッ!!」

この時、ハルナンは敵の気配を感じ取った。
戦闘能力では他に劣る彼女ではあるが、直感は割と冴えている。
来たる外敵に向けて剣を構えるスピードはなかなかのものだった。

「そこにいるのは誰ですか!……」

このように言ってはいるが、ハルナンにはこれから来る敵の正体がなんとなく分かっていた。
しかし、それを認めたくなかったのだ。
アンジュの番長らを刺客として送り込み、
その次は食卓の騎士であるマイミとクマイチャンを解き放った。
もちろん天気組やKASTといった頼れる仲間たちだって辺りをウロウロしていたはず。
それなのに、ヤツはここまでやってきている。
実力だけではない、それ以外のあらゆる力が彼女に味方していることを
ハルナンは決して認めたくはなかった。

「私だよ、ハルナン。」
「!!!……」

そこにいたのは案の定、フク・アパトゥーマだった。
Q期の力を借り、敵だったはずの番長らを味方につけ、
そして食卓の騎士モモコに助けられることによってここまでたどり着いたのだ。
数々の死線を抜けてきたというのに、フクの目はとても穏やかだった。
それがまたハルナンをイラつかせる。

「ハルナン、降伏して。」
「……」
「これ以上みんなが血を流すのを見たくないの。だから終わりにしよう。」
「そしたら王はフクさんになりますよね。」
「えっ?そ、そうなのかな、よく分からない。」

此の期に及んでカマトトぶるフクに、ハルナンはハラワタが煮えくり返る思いだった。
もしもここで敗北を認めたら帝国剣士内でのハルナンの求心力は急激に失われていく。
ひょっとしたら天気組からだってハルナンを見捨てる者が現れるかもしれない。
ならば票数はフクがハルナンを上回る。
次期モーニング帝国帝王は晴れてフクに決定だ。
……それだけはあってはならない。

「王になるのは私です。」
「ハルナン……」
「降伏なんてしませんよ。ここでフクさんを斬れば王になれるんですから!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクに切りかかる時、ハルナンはちょっと前の出来事を思い出していた。
小さな村で暴れる悪漢を退治するという任務の後で、
同じ天気組団のアユミン・トルベント・トランワライと語り合った時の話。

「ねぇアユミン、どうしてモーニング帝国は一番強い人が帝王になるのかな?」
「えっ……なんでって、そりゃ一番強いからでしょ」

その時のアユミンのキョトンとした顔はとてもよく覚えている。
おそらくはこれまで母国の制度に疑問を抱かず生きてきたのだろう。

「それがおかしいと思うの、私は。」
「何が??今日のハルナンの方がおかしいよ。どうしたの?」
「だって考えてみて。帝王は戦場には赴かないのよ。」
「まぁ、王様だしね。」
「でもその王様はもともと帝国最強の剣士なんだよね?
 そんな人を王座に縛り付けてしまったら、軍の持つ力が弱まるのは必至よ。
 ガキ元帝王にしても、サユ帝王にしてもそう。
 帝王が新しく決まる度にわたしたち帝国剣士達は弱体化してきたじゃない。」
「うーん、それは分かるけどさ」
「分かるけど、なに?」
「別にその最強の人が居なくなっても、残った帝国剣士だけでなんとかやってるじゃん。
 平和な時代なんだし、仕事といえば犯罪者の取り締まりか、攻めてきた小国を制圧するくらいでしょ。」
「そうね、この国が平和で素晴らしいのは認める。」
「ハルナンがアンジュや果実の国の王と仲良くなったおかげだよね。」
「うふふ、ありがとアユミン……でもね、私は不安でならないの?」
「え、何が?」
「この平和はずっと続くのかなってね……そう思う時がたまにあるの。
 なんか予感がするんだ。近いうちに恐ろしいことが起きるんじゃないかなって」
「怖い……戦争とか?」
「いやいや、ただ思っただけ。なんでもないの。
 でも私たち帝国剣士は、国民を守るためにあらゆる手段を尽くさないといけないと思う。
 例えば帝国剣士最強候補であるフクさんを帝王なんかにせず、
 ずっと現役で戦ってもらうとか……」
「!?……ハルナン、なにを言ってるの……」
「例えばの話だってば。その方が軍事力を保てると思っただけ。」
「……じゃ、じゃあさ、その時に王座に座っているのは誰になるの?」
「わたし……だったりしたら面白くない?」
「笑えない。」
「ふふっ、そっか。笑えないか。」
「だって、ギャグにしちゃリアリティーがありすぎるんだもん。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナン・シスター・ドラムホールドは、波打つ刃のフランベルジュを右手に持ちながら
正面にいるフクのほうへと走っていった。
彼女がここですべき使命は全部で3つ。
1つは"フク・ダッシュ"を封じること。
1つは"フク・バックステップ"を封じること。
1つは"フク・ロック"を封じること。
要するにフクを強者たらしめる得意技をつぶすことが、勝利に繋がると考えたのである。
現にフク・アパトゥーマはアーリー・ザマシランの超パワーで拘束されることによって
上記の技を出すことができずに無力化されていた。
そこからもハルナンの考えが正しいことがわかるだろう。
そして、「ウェーブヘアー」と名付けられた彼女のフランベルジュならばそれを実行に移すことができる。

(脚をッ!削ぎ落すッ!)

ハルナンのフランベジュは「斬る剣」ではなく「削る剣」。
相手の肉を慈悲なく削り取ることによって、耐え難い苦痛を与えることを目的に造られている。
※製作者はマーチャン
これで太ももやふくらはぎをガリガリと削ぎ落されたらダッシュやバックステップはおろか、
歩くことすらままならなくなるだろう。
そのためにハルナンはフクにぶつかる寸前、姿勢を前傾へとシフトしていく。
走る勢いそのままに足の肉を持っていこうという考えなのだろう。
だが、こう来るであろうことはフクも十分承知していた。

「"フク・バックステップ"!」

きめ細やかな白肌に刃が入れられるよりも早く、フクは後退する。
考えてみればフクはタケの攻撃でさえも難なく回避していた。
となれば狙いのハッキリしているハルナンの攻撃から逃れることなど朝飯前。
しかもフクにはその先までもが見えている。

「隙だらけだよハルナン……"フク・ダッシュ"!!」

奇襲に失敗したハルナンは、帝国剣士団長とは思えぬほどに無警戒だった。
これではまるで攻めてくださいとでも言っているようなもの。
だからこそフクは容赦のない全力の体当たりをぶつけることにした。
二人の体重差からしてハルナンがその場に踏みとどまることなど当然できるはずもなく
大袈裟なほどに吹き飛ばされてしまう。
向かう先はフクとハルナンの延長線上にある「ねじれた鉄扉」。
結果、ハルナンの細身は硬い扉に激しい勢いで衝突し、ゴオンといった派手な音を鳴らしていく。

「くぁっ!……ぐぅぅぅ……あああああああぁああ!!」

フクに体当たりされたせいか、鉄扉にぶつかったせいか、それものその両方が辛いのか
ハルナンは必要以上に大きな叫び声をあげていた。
たった一瞬すれ違っただけでこれだけの醜態を見せるハルナンはやはり団長レベルとは言い難い。
そして、それは同時に帝王としての器でないということも示している。
フクは心を鬼にして、ハルナンに引導を渡す決意する。

「ハルナンもう終わりにしよう……私が終わらせてあげるから。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



多くの帝国剣士らが訓練をサボっていた時期でも、フクとハルナンらは休まずに修練に励んでいた。
一騎打ちの模擬戦を数多くこなしてきたということもあって、フクはハルナンの実力を大体把握している。
どう仕掛ければどう動くのか、どれだけ痛めつければ気を失うのか、手に取るように分かるのだ。
そんなフクが、勝利が近いことを確信している。

(ハルナンじゃ私の突進に耐えられないことは分かっていたよ。
 その細身で鉄板に叩きつけられちゃ、もう自由には動き回れないよね。
 後は私の"サイリウム"で決めさせてもらう!)

フクは桃色に輝く装飾剣「サイリウム」を強く握りしめ、地を這うハルナンへと向かっていった。
動けぬところに確実に振り下ろせば勝利は確定。そのはずだった。
ところがここでハルナンは立ち上がる。
生まれたの小鹿のように頼りなさげではあるが、己の足で確かに自立していたのだ。
この時点で想定を越えられたわけだが、フクは特に狼狽したりはしなかった。

(そうか、ハルナンにも譲れないものがあるんだね……)

どんな人間でも窮地に立てば実力を越えた能力を発揮可能であることを、
フクはこれまでの戦いを経て学んでいたのだ。
となればここでハルナンが根性を見せて立ち上がろうと全く不思議ではない。
大事なのは、心の柱をへし折るだけの追い打ちを今から掛けることだ。

(凄いよその思い。感動する。でも私の思いだって全然負けてないんだよ!
 何回起き上がっても、何十回何百回立ち上がっても倒してあげるんだから!
 "フク・ダッシュ"!!!)

つま先に、足首に、すねに、ふくらはぎに、そして太ももに力を入れて
それを一瞬のうちに開放することで爆発的な加速力を発生させる。
これがフク・アパトゥーマの"フク・ダッシュ"
もはや本日何発目の発動かは覚えていないが、相手が耐える限りは何発も放つつもりだ。
真正面にいるハルナンめがけて超高速で突っ走って行く。

「そう来ると思いましたよ、フクさん」
「!?」

この時、フクの想定を大きく上回る出来事が起こった。
ダッシュで特攻した先にはすでにハルナンは居なかったのだ。
トリックのタネはなんでもなかった。フクとの衝突より先に回避行動に移っただけである。
実は思ったより普通に動けたハルナンが、思ったより早くスタートを切っただけのこと。
帝国剣士や一般兵らの間ではフクの"ダッシュ"ばかりが凄いと持て囃されているが、
実際のところハルナンの"スタート"もなかなかのもの。
瞬発力などではなく、頭の回転の速さで"スタート"を切れたからこそ、最悪の事態を回避できたのだ。

「しかも、その先はとても危険ですよ。」

ハルナンを打ちのめすことを第一に考えていたフクは、今回ばかりはその先が見えていなかった。
本来の目的地のちょっと先には「ねじれた鉄扉」が存在する。
超のつくほどの加速がついたフクのダッシュが急に止まれるはずもなく
そのまま全身でぶつかってしまう。
体重の違いか、衝突時の扉はハルナンの時よりも大きな音を響かせていた。

「あぁっ!!……」

フクはハルナンのことをよく知っているようだったが、
裏を返せばハルナンだってフクのことをよく知っている。
どのように振る舞えばコロッと騙されるかくらいは簡単に分かるのだ。
そして、慎重派のハルナンはフクを鉄扉に衝突させた程度ではよしとしなかった。
敵の攻撃を安全に避けたというのに、激痛に苦しむ演技をし始めたのだ。

「痛い痛い痛い痛い!!ああああああああ!!!いやああああああああ!!!」
「!?……ハルナン、何を……」

フクには狼狽えていた。
ハルナンの行動が意味不明すぎて、どうすれば良いのか処理しきれなくなってしまったのだ。
だが、じきにこの謎行動の真意に気づかされることになる。
背筋どころか全身が凍り付いてしまうくらいの絶望と引き換えに。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンは丁寧に条件を整えていた。
自分とフクの計2回も鉄扉に衝突するよう仕組んだのも、
大袈裟なほどに大きな声で周囲に苦しみを訴えたのも、
全てはあの人に知らせるため。
そして、SOSのメッセージは今まさに到達する。

「ハルナン!!!そこにいるの!!!」

扉の向こうから急に声が聞こえてきたのでフクは驚いてしまう。
そして同時に嫌な予感を感じていた。
その声の主が何やら凶悪な存在に思えてならなかったのだ。

「ハルナン!今行くからね!すぐ!すぐにこの扉をブチ破ってやるからね!!!」

興奮したような声が鳴り止むよりも早く、
ガン!ガン!ガン!と言った3つの音とともに扉の一部が盛り上がっていく。
フクには分かる。この硬い扉は素手で殴って凹むようには出来ていない。
このように形状を変化させるには鉄の塊をぶつける他に手段は無いだろう。
そう、まさにタケが武器とする鉄球のようなものが必要不可欠なのだ。

(じゃあ扉を壊そうとしているのはタケちゃん!?
 いや、タケちゃんはあんな声じゃ無い。
 なんだっけ、この声、どこかで聞いたことあるような……)

フクが考えるスピードよりも、扉がぶっ壊れるスピードの方が早かった。
鉄製の頑丈な扉ではあるが、考えてみればこうなるのも当然だ。
これまでマイミの怪力で捻じ曲げられたり、
フクダッシュで吹き飛ばされたハルナンがぶつかったり、
それより体重の重いフクが衝突してたりしていたのだ。
そこに何発も鉄球をぶつけられたら、流石に破損するに決まっている。
しかも球を投げた張本人は、食卓の騎士に最も近い存在と言われる怪物。
感情が爆発した時の投球は、タケ・ガキダナーの豪速球をも凌ぐと言われている。

「ハルナン!!怪我してるの!?誰にやられたの!!……こいつがやったの?」

その怪物に睨まれたフクの全身は凍りついてしまった。
ここで彼女は直感した。
今回の戦いでの最大の強敵はハルナンなどではなく
今しがた目の前に現れたこの相手だということを、理解する。

「あなたは……アヤチョ・スティーヌ・シューティンカラー……
 アンジュ王国のアヤチョ王……」
「あなたは……だれ?ハルナンを虐める子は死刑だよ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョの身なりはボロボロで酷いものだった。
肌を包む衣があちこち破けているのもそうだし、
何よりもマロ戦での負傷がとても痛々しい。
アザや腫れだらけの姿からは、扉をぶち壊したようには到底見えなかった。

(でも、凄い威圧感……!)

ハルナンがアヤチョと仲が良いことはフクも知っていた。
また、アヤチョ自身の武力の高さも耳に入れていた。
だが、ハルナンのためともなれば壊れた身体を酷使してまで戦おうとする執念までは
さすがのフクも知らなかったのだ。
先ほどアヤチョは死刑と言ったが、その言葉はただの脅しなどではないのだろう。
愛と狂気に満ちたその目が物語っている。

「ダメよアヤチョ、殺すのだけはやめて」
「ハルナン!」

さっきまで苦しんでいたハルナンが、平気な顔をしながらアヤチョにお願いをする。
ハルナンの驚異的な回復力にまったく疑問を抱くこともなく、
アヤチョはニコニコしながら返答する。

「うん、分かった!アヤとハルナンの約束だもんね。
 痛めつけて、懲らしめるくらいにしておくね。
 ほら、そこで寝てるあの子達みたいな感じ!見て見て!」

そう言いながらアヤチョが指差す先を見たフクは、心臓が破裂しそうなくらいに驚いた。
そこではフクの味方になったタケ、カナナン、メイの3名が血だらけで倒れていたのだ。
彼女らがどうして作戦室の中にいたのかは分からないが
アヤチョ1人の手でやったと思うと戦慄してくる。

「あの3人……アヤチョ王が傷つけたんですか」
「え?そうだよ!」
「どうしてそんなことを!」
「どうしてって?だってあの子たち裏切ったんだもん。」
「貴方の国の戦士じゃないんですか!仲間……そう!仲間なのに!」
「え~?仲間じゃないよ~」
「!?」
「アヤの仲間はこの世にハルナンただ1人。それ以外は全て敵。」
「そんな……!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「許せない……」
「ん?」
「こんなことが許されていいわけありません!」

フクの年齢はアヤチョ王よりもやや下ではあるが
この時の激怒した姿は、まるで生徒らに指導をする監督生のような迫力があった。
(隣に鞭を構えたお姉様がいれば完璧だ。)
本来守らなくてはならないはずのタケ達を痛めつけたことが
普段滅多に怒らないフク・アパトゥーマの琴線に触れたのである。
もっとも、アヤチョの考えがすべて理解できないという訳ではない。
狂信的とはいえハルナンを愛することは良きことだし、
大切な存在のためなら何だってしてやろうと思うことはフクにだってある。
フクにとってのエリポン、サヤシ、カノンがアヤチョにとってのハルナンなのだろう。
だが、フクは自国民を憎むべき敵とみなしたことは一度たりともない。
形式上ハルナン達とは敵対してしまっているが、そこに悪意や殺意がある訳ではないのは明らかだ。
どちらかと言えば「守りたい」という思いが強いからこそ戦っている。
一方、アヤチョは自分の口からも言った通り、国民への愛情はこれっぽっちも無いようだ。
一国民ならばそういう考えを持つ人もいるかもしれないが
アヤチョはアンジュ王国の王なのだ。
王がそんな考えでは国が持たない。
大勢が不幸になる。

「アヤチョ王……あなたは私の越えるべき壁なんですね。」
「え?ん?何言ってるの?」
「あなたを正すこと、それが私が王になるための第一歩です!」

モーニング帝国の帝王になりたい。
フクがそう強く願うのは、これがはじめてのことだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



次の瞬間、フクの身体は動き始めていた。
王として国民を愛することこそが何よりも大事であることを示すために
愛国心の象徴である装飾剣「サイリウム」で斬りかかる。

(私が国を思うときはいつでもこの剣を振ってきていた。
 愛する組織のために一心不乱に振り続けるこの思い、少しでも分かってほしい!)

フクは先手必勝とばかりに"ダッシュ"を仕掛けた。
いま彼女にできるのはダッシュしかない。だがそのダッシュに絶対的な信頼を抱いている。
目の前に立ちふさがるアヤチョ王がいくら「食卓の騎士に最も近い存在」と言われていようが
今現在のその姿は風が吹けば倒れるくらいに満身創痍に見えている。
全力ダッシュからのサイリウムの振りをぶつければ打ち破れるはずに違いない。

「フクさん、私もいること忘れてませんか?」
「!」

フクがアヤチョに到達するよりも早く、ハルナンは"スタート"を切っていた。
先ほど壁にぶつかった際の苦しむさまや、日ごろフクに見せていた極端な貧弱さは演技であったために
ハルナンにはまだ戦う余裕が残されていたのだ。
とは言っても激痛を感じたことや、骨に異常をきたしていることは事実であるために
一人でフクを迎撃するなんて大層なことは決して考えてはいなかった。

(私がすべきはフクさんを減速させること。ただそれだけ。)

アヤチョを守るように、フクの前に立ちはだかったハルナンは
また先刻と同じように相手の足を削り取るため、フランベルジュ「ウェーブヘアー」を低く構えている。
このまま足を破壊できれば上出来だし、例えここでバックステップをされてもフクを減速させること自体は成功する。
要はアヤチョへのMAXパワーの突進を防止することがハルナンの役目なのだ。
欲を言えばはじめに定めたようにダッシュ・バックステップ・ロックの3つを封じてからアヤチョに引き継ぎたかったが
いざ戦況がこうして進んでしまっているのだから仕方はない。
それにいざとなれば自らタックルでもぶつけてフクのスピードを低下させる覚悟だって持ち合わせている。
隙さえ作れば後はアヤチョがなんとかしてくれる……ハルナンはそう信じていたのだ。
だがハルナンは分かっていなかった。
アヤチョがどれだけ規格外の存在であるのか、
そして、どれだけハルナンを愛しているのかを、だ。

「ハルナン危ないよっっっ!!!!!!」

気づけばアヤチョはフクとハルナンの間に入っていた。
それはつまりフクのダッシュよりも、ハルナンのスタートよりも、速く動いたということ。
信じられるだろうか?いや、仮に信じられないとしても信じてほしい。
このアヤチョはハルナンを危機から守るためであれば、自分を守るよりも速く反射神経が働くのだ。
そしてその時は全身の痛みすらも忘れてしまう。
自国の裏番長との闘いで骨折したことも忘却して、折れた右腕をフクの胸へと強く叩きつける。
高速のダッシュに対して、それよりも速いカウンターを見事に決めた形になるので
その威力は甚大だった。

「あぁっ!!」

二人の体重差なんてなんのその。
フクは鎖の千切れたサンドバックのように遠方へと飛ばされてしまう。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョが己の身を挺してハルナンを救ったのは、今回で二度目だ。
マロの放った凶弾を身代わりで受けた事件は記憶に新しいだろう。
テンションの上がり下がりによって強さが変動するアヤチョにとって
ハルナンの苦しみこそが最もテンションの下がる出来事であり、
何よりも回避したいと考えているのである。
つまり、彼女の頭の中が100%すべてハルナンである限りは
どんな攻撃からであろうと守る覚悟ができている。

「そういえばカノンちゃんがこんなことを言ってたっけ
 "私の愛を軽くみるな"……まさにその通りだよね。」

アヤチョは蹴り飛ばしたフクに向けて、己の思いをつぶやいた。
雷神の構えから放たれる蹴りは高速・高威力であるため、
余程のことがない限りはもう立ち上がることが出来ないはずなのだ。
しかし、アヤチョは一つの違和感を覚えていた。
蹴った時の感触が、どうやらいつもと異なっていたのだ。

(柔らかい?……なんか、すごく柔らかかった……)

普段はアンジュの番長らを蹴っ飛ばしているアヤチョにとって
敵の胸に、相当なクッション性があったのは初めての体験だった。
その秘密の正体は言うまでもなく、フクの胸の脂肪の厚さによるもの。
おかげでフクは激痛を感じながらもなんとか気を失わずに済んでいた。

「はぁ…はぁ…なんとか、耐えたかな……」

"耐えた"とは言ってもかなり息苦しいし、打った背中もひどく痛い。
だがフクは立ち上がることが出来た。
ここでギブアップしてしまえばすべてが終わることを理解しているからこそ、立てるのだ。
それを残念に思ったハルナンが、アヤチョに声をかける。

「へぇ……あの蹴りを受けても立てるんですね。」
「ハルナン、あいつ結構しぶといね。」
「でも大丈夫だよアヤチョ、いやアヤちゃん。立てなくさせる策はあるから。」
「え!やっぱりハルナンは凄い。どんな作戦!?」
「なんてことないよ、ただ私が足を削りにいくだけ。」

ハルナンは完璧に理解していた。
自分がどんな危険な行動をとろうと、アヤチョが必ず盾になってくれることを。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョとハルナンが次に取った行動は「並走」だった。
立つのがやっとなフクを仕留めるために、二人掛かりでやって来たのである。
どちらかが先に来てくれればフクも対処のしようがあるが、この二人の走行速度はまったくの同じ。
この完全なる並走を実現できているのはハルナンによる力が大きかった。
アヤチョを普通に走らせて、そこから少しの狂いもなくついていく技術をハルナンは持っている。
「人に合わせる」能力において、彼女の右に出るものはいないのだ。

(アヤチョ王とハルナン……どっちを気にしたらいいの!?)

2人が迫ってくるまでのわずかな時間ではあるが、フクは必死で考え抜いた。
一見したら血だらけ且つ素手のアヤチョよりは、フランベルジュを握るハルナンの方が脅威に見えるが
ご存知の通りアヤチョ王は何をしでかすのかまったく読めたものではない。
となればアヤチョの方をまず先に仕留めるのが得策だ。
フクは2人が近づいてきたタイミングで、アヤチョに装飾剣を振るう。

「はぁ!!」

斬撃を放つと同時にハルナンの刃が太ももをえぐる感触があったが、フクは気にしない。
激痛ではあるが今はアヤチョに集中すべきなのだ。
サイリウムによる一撃を叩き込みさえすれば、残りの敵はハルナンただ一人になるのだから。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



結論から言って、アヤチョを切ることを選んだのは失敗だった。
盾も鎧も持ち合わせていないので、一見して斬撃から身を守れないようには見えるが
彼女には「折れた右腕」といった武具がちゃんと備わっていた。
もはや感覚の通っていない腕を鞭のようにしならせ、
雷神の速さで装飾剣の腹へと強く叩きつける。
こうすれば己への攻撃は全て遮断することが出来るのである。
こんな芸当、常人には当然不可能な動きではあるが、
自身を神と同化させている(と思い込んでいる)アヤチョには可能なのだ。

(素手で防がれた!?……じゃあ次は!)

このままアヤチョの攻撃を受けてはまずいと思ったフクは、バックステップで後退する。
つい先ほどハルナンに傷つけられた太ももが強烈な悲鳴をあげてはいるが、
少し退くくらいならばなんとか出来ていた。
そして後方に着地するや否や、痛む脚も気にせずハルナンの方へとダッシュし始める。
アヤチョには攻撃が簡単には通らないことは十分わかったので、標的をハルナンへと変えたのだ。
コンマ数秒のうちに切り替えられるバックステップとダッシュに対応できる人間なんてそうそういない。
これでひとまずはハルナンを撃退できるとフクは考えたのだろう。
だが、その判断はアヤチョの愛を軽く見すぎているとしか言えなかった。
どんな状況だろうとアヤチョの反射神経はハルナンを守ることを第一としている。
ほんの僅かな隙間しかないが、アヤチョはフクとハルナンの間へと入り込んでいく。

「危ない!!」
「ま、また!?」

アヤチョの表情は必死、フクの表情は驚愕。
そしてハルナンの顔には微かな笑みが浮かんでいた。
彼女はアヤチョと並走すれば絶対に自分が傷つくことはないと知っていたのである。
たとえフクがハルナンに攻撃を仕掛けたとしても、
とても信頼できるアヤチョが必ずや身を挺して守ってくれる。
よってハルナンはノーダメージで一方的にフクを切り付け続けることが可能なのだ。

(ありがとうアヤちゃん。でも苦しいでしょう?……すぐに終わらせてあげるからね。
 私の刃をもっと深くまでフクさんに入れれば……それでおしまい。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョに阻まれたことを理解したとき、フクは敗北を覚悟した。
どういう事情があるのか知らないが、アヤチョは完全にハルナンのことを守りきろうとしている。
ハルナンへのあらゆる攻撃はいとも容易くシャットアウトされて、
このままさっき胸を打たれた時のように、反撃を貰うのだろうと思ったのだ。
しかし、その反撃が今回は無かった。
アヤチョは腕を鞭のように振るうこともなく、ただただハルナンの盾になろうとしていたのである。

(ひょっとして、反撃をする余裕がない?……)

フクの回答は正解だった。
至近距離からハルナンにダッシュを仕掛けたために、
さすがの超反応を持つアヤチョでも間に入るのがやっとで、反撃などしていられなかったのである。
アヤチョに衝突するまで残りコンマ5秒。ここでフクに欲が生まれる。

(だったら……私の攻撃は通る!!)

フクはアヤチョの方へと肩を突き出した。
この姿勢で突っ込めば、フク・ダッシュはショルダータックルに変化する。
今更止めることの出来ないタックルは、アヤチョの胸へと鋭く突き刺さっていく。

「!!!」

興奮状態にあるアヤチョは痛みをほとんど感じていなかったが
その身体は確実にダメージを受けている。
このアヤチョ、自分に対する攻撃は完全に防ぎきってしまうというのに、
ハルナンを庇う時は途端にガードが疎かになるのだから不思議なものだ。
こうしてアヤチョに一撃与えただけでも表彰モノの成果ではあるのだが、
フクはこの程度の褒賞では決して満足していなかった。

「まだ!もっと先へ!!」

血がブシュウと吹き出る脚に力を込めて、フクは更なる前進をする。
それはつまり、タックルをぶつけたばかりのアヤチョをもっと前に押し出すということ。
この後に起こりうることを想像したアヤチョは泣きそうな顔でフクに嘆願する。

「やめてやめてやめてやめてやめて!!ほんとやめて!!」
「やめません!!」

アヤチョは押し切られ、そのまま自身の後ろにいる人物ごと倒れていく。
そう、アヤチョは自らの身体で親友ハルナンを押し倒してしまったのだ。
絶対的に安全だと思い込んでいたハルナンはこの事態にまったく対応することが出来ず、
後頭部から床へと落っこちる。

「!!!……アヤ……ちゃん……」
「ハルナン!ハルナン!うわああああああああああああああああ!!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ああああああああああ!!あああああああああ!!!!」

アヤチョは叫びに叫んでいた。
自分の責任でハルナンを傷つけたことが、半身を失うよりも辛いのだ。
己の不甲斐なさをどこにぶつければ良いのかも分からず
戦闘中だというのに、ただただ大声を出している。

「ハルナン目を覚ましてよ!目を、目を、お願いお願いお願い!!!ぎゃあああああ!!」

完全に取り乱しているアヤチョに対して、フク・アパトゥーマは冷静だった。
激痛の走る足に負担をかけないように、地を這いながらゆっくりとアヤチョから離れていく。
今のアヤチョは隙だらけに見えるが、
そうとも限らないことをフクはこれまでの戦いで学習している。
むしろ激昂することで今まで以上に攻撃が激しくなることだってありえるのだ。
現在の足の状態ではダッシュやバックステップで猛攻を掻い潜ることは非常に難しいため、
今は距離を置くことにする。

(とは思ったけど……アヤチョ王の様子、なんだかおかしい。)

ハルナンの敵討ちのために怒り狂うと思われていたアヤチョだったが、
その予想に反して現在の姿はとても弱々しかった。
激しいのは泣き喚く声のみ。それ以外はどんどん萎れていっている。
その原因は、アヤチョのエネルギー源のほぼすべてがハルナンとの友情に起因していたからに他ならない。
アヤチョは自らの手でハルナンを傷つけたことで、友情が完全に消え去ってしまったと思っているのだ。
こんなことをしでかしたからには、どれだけ謝っても許してはもらえないだろうと、勝手に決め付けている。
この世でただ一人の友達を失ったアヤチョの胸の内は、もう空っぽ。
何もかもが虚しくなった結果、戦う気まで失せてしまったのである。

「ハルナン……ハルナン……涙が止まらないよ……」

そんなアヤチョを見て、フクは勝てるかもしれないと思い始めてきた。
壊れかけの足で床を踏みしめては、
廃人寸前のアヤチョの元へと近づいていく。

「アヤチョ王……覚悟してください。」
「?……あれ、あれ……身体が動かないや」

装飾剣「サイリウム」を握ったフクが接近してくるというのに、アヤチョは何も出来なかった。
彼女の精神はもはや己の身体すらも動かすことが出来ないほどにまいっているのだ。
アヤチョの胸が空っぽである限り、フクの脅威を免れることなど出来やしない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



もはや無抵抗状態にあるアヤチョを斬るために足を進めるフクだったが
突然の乱入者によって、それを妨害されてしまう。

「ちょっと待ったぁ~~~!!」

その声の主はハルナン属する天気組団の一人、ハル・チェ・ドゥーだった。
エリポンやサヤシらと戦っていた通路から走りに走って、やっとここまで辿り着いたのである。
床に転がるハルナンを見てすぐに事態を把握したのか
走る勢いのまま、フクへと飛び蹴りをぶちかます。

「あっ!!」

通常であればハルの軽い蹴りなんてへっちゃらなのだが
いかんせんハルナンにえぐられた脚が痛むので、その場に転げてしまう。
だが転倒したとは言っても、戦況が覆るほどのダメージを負ったわけではない。
これまでフクはアヤチョほどの大物と対峙し続けたのだから
この程度の攻撃はなんでもないのだ。

「ハル……ちょっと静かにしてもらえる?」
「え?え?……わっ!」

フクは左手でハルの足首を掴んでは、自分の側に強く引き寄せる。
そうして相手が体勢を崩したところに、装飾剣「サイリウム」をぶつけるのだ。
剣の切っ先ではなく、平たい腹の部分を叩きつけているため死にはしないが
フクの腕力からなる打撃はハルの肋骨を折るには十分すぎるほど強かった。

「いっっ!!……くそっ、苦しい……!」
「大人しくしてて。今、すべてが終わるところなんだから。」

部下を味方につけないハルの実力はこのレベル。
手負いとはいえ、フクの相手にはならないのだ。
これで、なんでもない戦いが終わった。
早くすべてを終わらせるために、フクは再度アヤチョの側を向く。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「え……?」

うなだれているアヤチョの側を見たフクは当惑した。
いや、正確には「うなだれていたはず」のアヤチョを見て、
実際とのギャップに驚かされたと表現するのが正しいかもしれない。
なんと、アヤチョは立ち上がっていたのだ。

「助けてくれた君は誰?……かっこいい。」

萎びていたアヤチョの精神と肉体は、新鮮なエネルギー源に出会うことによって
これまでないくらいにキラキラと輝いていた。
その力の源はもはやハルナンではない……ハル・チェ・ドゥーに移り変わっていたのだ。
研修生や一般兵らをすぐに惚れさせるハルの能力がアヤチョにも働き、
これまでハルナンに対する友愛しか知らなかった王に対して、
恋愛感情という新たな素晴らしき感情を教植えつけたのである。

「なにこれドキドキする!……君のためなら、なんだって出来る!!」

コロッと簡単に惚れたのは、ハルの顔がイケメンだという以外にもう一つの理由がある。
なんとアヤチョは人生20年の中で、己の命を救われた経験が一度として無かったのだ。
つまり、ハルはフクという脅威から助けてくれたナイトということになる。
名前も知らないミステリーなナイトのことが、アヤチョは好きで好きでたまらなかった。

「なんでも言って!君の言葉がアヤの力になるんだよ!」
「???……じゃあ」
「じゃあ?」
「フクさんをやっつけて。」
「うん!」

アヤチョ王を動かす主導権(イニシアチブ)は完全にハルのものとなった。
愛する人の気持ちに応えるため、アヤチョはフクの喉元へと手を伸ばす。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハル・チェ・ドゥーは天気組団の「雷の剣士」。
彼女の下した命令は、脳を伝わる電気信号と形を変えて人のココロを動かすことが出来る。
クラゲ使いに使役される電気クラゲのように、アヤチョ王はハルのために喜んで行動する。

「アヤの必殺技は凄いよ!あいつをやっつけちゃうから!」

奇しくもアヤチョはハル同様に「雷」をイメージした戦い方を得意としていた。
異なる点は、それに加えて「風」までも使えるといったところだろうか。
雷神と風神の力をマーブルして、アヤチョは必殺技を繰り出していく。

「"聖戦歌劇"!!!」

雷の如きスピードで放たれた手刀は、ぶつかる直前で向きを変える。
掌の広い面によって巻き起こる暴風は、非常に禍々しいものだった。
この直撃を受けるのはまずいと思ったフクは、愛国の象徴である"サイリウム"で防ごうとする。
だが残念なことに、フクの愛国よりもアヤチョの恋愛の方がより強大だった。

「そんなんじゃ防げないよ!!」

アヤチョの必殺技は装飾剣「サイリウム」の刀身を粉々に砕き
その上さらに、強風でフクを背後の壁まで吹き飛ばしてしまった。
国を思う時には常にそばにあったサイリウムが破壊されたのはとてもショックだが、
悔やんでいる暇は無いと、すぐに立ち上がろうとする。

(ダッシュなら!……あと一発ダッシュを当てれば!)

次にアテにしたのは絶対的な自信を誇る自らのダッシュ力だった。
立つのも辛いくらいにひどく損傷してはいるが、
最後の力を振り絞れば一矢報いることくらいは出来るかもしれない。
しかしそれも結局は無理な話だった。
踏ん張ろうとした足の太ももから、噴水のように血が噴き出したのだ。

「!!!……これは!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



太鼓持ちなんて表向き
本当はするどい毒舌よ。
ニコニコ笑顔であなたを
滅多切りしちゃうわ。

ハルナン・シスター・ドラムホールドはこのような考えを常に胸に秘めていた。
自分の目的を果たすためなら、いくらでも本心を隠してみせる。
最後の一勝を確実に収めるためなら、親友だって欺いてみせる。
そう、ハルナンはフクの足を潰すこの瞬間のために、死んだふりをしていたのだ。
波打つ刃のフランベルジュはフクのももを深くまで傷つけている。
太い血管が傷つけられたというのが、"血の雨"が降り注いでいることからもよく分かるだろう。
この"血の雨"こそがハルナンが"雨の剣士"と呼ばれる最大の理由。
ハルナンは同じ天気組団の"雪の剣士"アユミンや"曇の剣士"マーチャンに実力面で劣るが、
この技を使うことによって部位破壊と戦意喪失を同時に引き起こすことが出来るため
国内外にわずかながら存在する反対勢力からは恐れられていたのだ。

「これでもう"ダッシュ"と"バックステップ"は使えませんね……」
「ハ……ルナン……」

ハルナンは自分がなすべき使命を忘れてはいなかった。
"フク・ダッシュ"と"フク・バックステップ"、そして"フク・ロック"の3つの得意技を潰すことで
アヤチョが敗北する可能性を少しでも減らすこと。それが彼女の使命だ。
そしてもう既にそのうちの2つを達成してしまっている。

「あとは"ロック"だけ……その手首、ちょうだいします。」

フク・アパトゥーマは絶体絶命だった。
脚の痛みが強烈すぎてもう少しも立てる気がしないし、
例えここでハルナンの斬撃を避けたとしても、すぐそこにいるアヤチョ王に勝てる気はもっとしない。
壊れた身体で、折れた剣で、いったいどう戦えというのだろうか。
国を、そして仲間を愛する自分のやり方では王にはなれなかったと思うと、悲しくなってくる。
…
…
…
いや、悲しむのはまだ早かった。
彼女にはまだ仲間が残されていたのだ。
ハルナンが死んだふりをしたように、味方陣営にも死んだふりをした人物が二人残されている。
フクと同じくらいに血まみれでまったく頼りなくはあるが、とても心強い味方がいるのだ。

「今やで!」
「おう!」

作戦室から2つの鉄球が飛んでくる。
そのうちの剛速球の方はフクを斬ろうとするハルナンへと、
そしてやや速度の遅い方は、何故か床でうずくまっているハル・チェ・ドゥーへと向かっていた。
突然の出来事にフクも、ハルナンも、ハルも混乱する。
そしてこの場にいる誰よりも戸惑っていたのがアヤチョ王だった。

「え!?え!?え!?ど、ど、どうしよう!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクに味方したのは"運動番長"タケ・ガキダナーと"勉強番長"カナナン・サイタチープの2名だった。
自国の王であるアヤチョ王に殴る蹴るの暴行を受けてからしばらくは大人しくしていたが
今こそタチアガール時だと信じ、鉄球を投げたのだ。
ハルナンとハルを目がけて投球したのは決してアヤチョを恐れていたからではない。
こうすることこそがアヤチョを倒す唯一の方法であるとカナナンが考えたのだ。

「ハルナン!愛しの君!いま助けるからねっっっ!!」

アヤチョには「愛する者を絶対にかばう」超反射神経が備わっている。
いくら鉄球の速度が速かろうと、雷神のスピードで動けるアヤチョには無意味のはずだった。
ところが、今のアヤチョはピクリとも動いていない。
自身の身体の変化に、アヤチョは自分で自分が怖くなってくる。

(なんで!?なんで動かないの!!アヤの身体が変になっちゃった!!)

アヤチョの身体は決しておかしくなったわけではない。
反射神経だって依然変わらず正常だ。
ただし、守るべき対象が1名から2名に増えたことによって、脳が混乱しているのである。
遠くにいる親友ハルナンを剛速球から守るべきか、
近くにいる最愛の人ハルを低速球から守るべきか、
これまで複数の人間を同時に愛したことがないために、どうすればよいのか判断することが出来ない。
その結果、アヤチョはちょびっとだけ優先度の高いハルを守ることを選択してしまった。
となれば選ばれなかった側ハルナンに向かう球は止まらない。
勢いをまったく落とさぬまま、平らな胸へと衝突していく。

「はうっっっ!!!」

激しい回転のかかった鉄球はゴリゴリと言った音を鳴らしながらハルナンの骨を粉砕する。
もともと死んだふりをする程に追い詰められていたハルナンに、この攻撃に耐える気力があるはずもなく
フクを斬るより先に床にぶっ倒れてしまう。

「ハルナン!!」

友人がやられるのを見たアヤチョは心臓がえぐられる思いだったが
ここでさっきのように戦意喪失しても仕方がない。
ハルナンの犠牲を無駄にせぬためにも、最愛の人ハルの援護に全力を注ごうとする。
しかし、カナナンの投球はそれすらも許さなかった。

「ウチの弾道計算は完璧です……鉄球はそこで落下する。」

アヤチョが球を弾こうとする直前、低速球の軌道は変化した。
そのボールはなんとフォークボールだったのだ。
球が落ちる先にあるのはハルの脇腹……つまりは折れた肋骨部分にあたる。
フクがサイリウムを叩きつけていた個所に、さらなる追い打ちをかけていく。

「ぎゃああああ!」

スピードは遅くても、鉄球が骨折部にぶつかる痛みは気が遠くなるくらいに強烈だった。
白目をむいて苦しむ最愛の人の姿を目の当たりにして、
アヤチョは吐き気がするほどに気が滅入ってしまう。

「やだ……なんでこうなるの……やめてよ、やめてよ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンを自らの手で押し潰した時のアヤチョの意気消沈っぷりを見るに、
今回もハルナンとハルの二人を同時に倒せば、つまりは愛を注ぐ対象を一度に消すことが出来れば
また戦意喪失するのではないかとカナナンは考えていたのだ。
そして実際にその考えは正しかった。
アヤチョはすべての希望が潰えたような表情をして、膝をついている。
こうなればもう戦うことは出来ないだろう。
結果、今回の戦いはフク・アパトゥーマ陣営の大勝利。
これで次期モーニング帝国帝王が決まるはずだった。
……ハルの唸り声が聞こえるまでは。

「うぅ……うぅ~……」

苦痛の中にはいるが、かろうじて意識を残している。
そしてその蚊のように小さなうなり声は、位置的に近いアヤチョの耳の中に、確実に入っていた。
それだけてアヤチョは息を吹き返す。
大切な存在にこんなひどいことをした、部下への怒りを添えて。

「タケェェェェェ!!カナナァァァァン!!」

アヤチョは鬼と化した。
全身ボロボロであるのもなんのその。
粛清対象である二人に罰を与えるため、あっという間に作戦室へと突入する。

「タケェ!よくもハルナンを!こうしてやる!こうしてやる!」

アヤチョは雷の如き迫力でタケの脛を蹴り上げた。
そして相手が転倒してからは、無防備なお腹を踏んづける。
踏んづける。踏んづける。何度も何度も踏んづける。
タケが口から血を吐いてもなお、粛清を続ける。

「ゲホッ!……うぅああ……」
「悪いヤツめ!悪いヤツめ!こうしてやる!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



タケがやられているのを横目に、カナナンはフラフラの身体でフクの方へと向かおうとする。
仲間を見捨てているわけでは無い。
対アヤチョ王の必勝法を伝授することが何よりも大事だと判断しての行動なのだ。
しかし、そんなカナナンの目論見をアヤチョが見逃すはずかなかった。

「逃がさないよカナナン!!!!」

ギロリとカナナンを睨みつけ、さっきまでタケを折檻していた足で床を踏み向ける。
お遍路参りを何回も繰り返すことで鍛えたその脚力であれば、あっという間にカナナンに追いつくだろう。
ところが、ここで新手の邪魔が入る。
まるで透明の大型犬にしがみつかれたかのように、アヤチョの右脚がズシリと重くなっていく。
この大型犬の正体を、アヤチョ王は知ってた。

「リィィィィィィナプゥゥゥゥゥ!!!!」

アヤチョは力いっぱいに右脚を持ち上げると、近くにあった壁に勢いよく叩きつける。
タケを懲らしめた時と同様に、何度も何度も何度も叩きつける。
やがて血が滲み、透明だったリナプーの姿が露わになっても攻撃は止まらない。
いくらやりすぎようともアヤチョ王の怒りは止むことが無いのだ。

「なんてひどいことを……許せ無い……!」

少し離れたところで見ていたフクは這ったままの姿勢で鉄球を拾い上げた。
この鉄球は先ほどタケがハルナンに放った豪速球だったもの。
これをアヤチョにぶつけてやろうと、振り被る。

「待ってください!フクさん!」
「!?」

フクの投球を制止したのは、カナナンだった。
まだ距離が遠いため、声を張り上げながら訴えている。

「投げる場所を、よく考えてください!」
「投げる……場所?……」
「貴方なら分かるはずです!この戦いに終止符を打つ、唯一の場所が!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナンにはフクがここで取るべき行動が分かっていた。
だがそれをストレートに伝えてしまえばアヤチョに気づかれ、防がれてしまう。
ゆえに湾曲的な言い回ししか出来なかったのだ。
もっとフクに接近して小声で伝えれば良いのかもしれないが、それもダメだった。
何故ならアヤチョはもうカナナンの背後に迫ってきていたのだから。

「カナナン、怒るよ。」

カナナンは頭を掴まれては、そのまま床へと叩きつけられる。
その様子を見たフクは思わずアヤチョに鉄球を投げつけようとするが、
カナナンが必死でヒントを与えてくれたのを思い出し、グッと堪える。

(私が投げるべき場所……それはどこなの!?)

フクは頭をフル回転させて、これまでの出来事を回想していく。
…
…
…
アヤチョの超反射神経、
アヤチョに防がれた攻撃、
ハルナンをかばう時だけ下がる回避力、
ハルナンを失う時の弱体化、
ハルが登場した時の回復力、
必殺技「聖戦歌劇」、
砕け散ったサイリウム、
飛んできた二つの鉄球、
動けないアヤチョ、
ハルをかばったアヤチョ
気を失うハルナン
小さな呻き声をあげるハル
…
……
………

「そうか……あそこに投げれば勝てるんだ……」

フクは理解した。
脚が壊れているため、もう立てはしないが
上半身の力だけで投球しようと上体を起こす。
だがここでノンビリはしていられない。
アヤチョもフクが投げるであろう場所に気づいてしまったのだ。

「!!!!!……やめて!それだけは、それだけはやめて!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクの視線の先にいるのは、ハル・チェ・ドゥーだった。
そう、ハルに球を投げることこそがアヤチョ打倒の唯一策だとカナナンは考えていたのである。
鉄球がヒットすれば、ハルナンとハルという"愛すべき相手"を失ったアヤチョは意気消沈するだろうし、
仮にアヤチョがハルをかばうことが出来たとしても、それで肉体にダメージを与えることが出来る。
どちらに転んでもコトは有利に運ぶし、そうしない手はないとフクも思っていた。
……球を投げる寸前までは。

(待って、もしここで投げたら、私は……)

フクはハッとした。
今から自分は、無抵抗の仲間を傷つけようとしていることに気づいたのだ。
それはまさにアヤチョがこれまでやってきたことと同じ。
正さなくてはならない存在と同じ過ちを犯そうとしている。
明確な意思を持ってこちらに攻撃してきた時のハルならともかく、
今のハルはか細い声で呻いているだけの無力な状態。
どうしてここで投げることが出来ようか。
ここで同志を傷付けて、どの口で立派な王になると言えるのか。
そう考えたフクは握っていた球を床へと落とす。
握るべきものは、他にあるのだから。

「え?え?……なに?なにがどうしたの?」

ここで困惑したのは、ハルを守ろうと飛び出したアヤチョだ。
絶対的な正解である投球を放棄することが彼女には理解不能だったのだ。
だからこそアヤチョはパニックを起こし、
フクが近くまで接近していることにも気付けなかった。

「アヤチョ王。」
「ぎゃあ!なに!?」
「握手を、しましょう。」
「え?え?え?」

混乱しているところにいきなり両手を掴まれたので、
アヤチョは何が何だか全くもって分からなくなってくる。
そしてフクはそんなアヤチョをなだめるように、言葉を続けていく。

「我がモーニング帝国では握手が最上級の愛情表現です。アンジュ王国もそうですよね?」
「そうだよ!国民はアヤと握手すると凄い喜ぶ!だからなに!?」
「良かった、分かっているじゃないですか。」
「はぁ!?」
「これからもハルナンやハルと同じくらい、国民に愛を与えてください。
 私もそうします。モーニング帝国帝王として。」
「!?」

ハルナンがこの戦いで果たしたいと考えていた使命を覚えているだろうか。
それはフクの得意とする3つの技を削ぎ落すこと。
フク・ダッシュは削れた。
フク・バックステップも削れた。
だが、この"フク・ロック"だけはあとちょっとのところで削りきることが出来なかった。
だからこそ、この局面で2人だけの個別握手会が開催されている。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



"フク・ロック"は相手の手を掴むことで動きを制限する束縛術。
ここから逃れるにはフク以上のパワーで振りほどくしかないのだが
これまでの戦いによってアヤチョの腕の骨は折れに折れているため、どうすることも出来なかった。
ムチのようにしならせて叩こうにも、打点自体をホールドされているのでそれも叶わない。
この鬱陶しさにイラつくアヤチョだったが、まだ攻撃手段はいくらでも残されていた。

(手がダメでも足があるよ!頭突きもいいよね!
 気を失うくらい強烈なのをお見舞いしてあげる!!)

アヤチョは自身の額に、グググッと怨念を込めていく。
来たるべき未来、すなわちハルナンが帝王となる未来を実現するにはフクが邪魔なのだ。
そのフクをぶっ倒す意思をより強固にするために、アヤチョは幸せな未来を空想する。
ところが、その人並み外れた空想力がアダとなった。
先ほどのフクの言葉にあった「モーニング帝国帝王として」という言葉が心に引っかかった結果、
異なる未来を思い描いてしまったのだ。

(これは……なに!?)

アヤチョの瞳には少し未来のビジョンが映っていた。
目の前にいるフクの身なりは綺麗に着飾られていて、まるで王様になったかのように見える。
そしてそのフク王の後ろには12人の少女たちが集結している。
顔も知らない者も何人かいるが、これは未来の帝国剣士たちに違いない。
帝国剣士たちの誰もが例外なくフクを慕うように、剣を握っている。
ハルナンも、ハルも、アヤチョではなくフクを護るためにそこに立っているのだ。

(やだ!なんで!?二人ともアヤよりもそいつの方が大事なの!?
 どうしてそいつの周りにみんながいるの?どうして人が集まるの?
 じゃあ、アヤの周りには…………!!)

アヤチョは自分の後ろを見てしまった。
彼女の瞳に映る未来には、誰もいない。
フクの側についているハルナンとハルはもちろんのこと……

(カノンちゃんは!?カナナンは!?タケは!?リナプーは!?メイは!?
 ムロタンは!?マホちゃんは!?リカコは!?みんなどこにいったの!?
 アヤは、どうして、一人なの……)

自ら空想した未来があまりに絶望的だったためか、アヤチョは気を失ってしまう。
突然こんなことになったのでフクは面食らったが、握った手を放したりはしない。
もうアヤチョが倒すべき敵ではないことを心で理解したのだ。
アヤチョの身体はあの強さからは想像もできないほどに細くて、しかも衰弱しきっていた。
そんなアヤチョにこれ以上の衝撃を与えぬように、フクは腕をそっと引き寄せて、抱きしめる。

「もう無理しなくてもいいんですよ、ゆっくり休んでください。
 アンジュの戦士たちも、ハルナンも、ハルも、みんな休ませます。
 私も……すぐに休みます……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



すべてが終わったと確信していたフクだったが、ここで気の抜けない出来事が起こる。
なんと果実の国の王であるユカニャ・アザート・コマテンテが作戦室の中から出てきたのだ。
"ハルナン派"であるユカニャ王の登場に、フクはピリッとする。

「あなたはユカニャ王……私を倒すつもりですか」
「そ、そんなの無理です!戦う勇気なんてこれっぽっちも残ってませんよ!
 そもそも私は次期帝王はフクさんでも良いと思ってましたし……」
「え?」
「私の願いは果実の国の平和なんです。今回ハルナンさんについたのもそのためですね。
 モーニング帝国のような強い国に守ってもらえなければ、果実の国は簡単に攻め込まれちゃうんですよ。
 もしもフクさんが我が国を脅威から守ると約束してもらえるのであれば……ぜひ応援したいのですが……」

いかにもな困り顔で気弱そうに言うものだから、フクは少し面食らう。
同じ"ハルナン派"且つ"一国の王"であるアヤチョとは似ても似つかぬ性格であるため、少しおかしくもあった。
思い返してみればモーニング帝国の歴代帝王も、誰一人として似たような性格の者は存在しない。
直接仕えた面々だけでもタカーシャイ、ガキ、サユと三者三様だ。
王がそれぞれ違うからこそ、国の在り方も違ってくるのだということをフクは理解する。

「もちろんです。私が帝王になったら果実の国だけでなく、アンジュ王国もまとめて守りますよ。」
「本当ですかぁ!安心しました……では三国で力を合わせる時代が来るのですね。」

ユカニャ王の表情から敵対すべき存在でないことを悟ったフクは、心から安堵した。
そして緊張の糸が完全に切れたのか、急激にまぶたが重くなってくる。
今度こそ本当に戦わなくていいという安心感からか、安らかな顔で眠りについていく。
それを確認したユカニャ王は、フクを起こさない程度の小声でボソボソとつぶやきだす。

「本当に安心しましたよ。これで我々は"ファクトリー"の脅威に対抗できるんですね。
 この世の真なる悪。悪意なき悪。最も憎むべき悪。"ファクトリー"は三国の総力をあげて潰さなきゃなりませんからね。
 私は結果的に良かったと思いますが、ハルナンさんはどう思ってます?」

ユカニャ王は床に倒れるハルナンに対して声をかけるが、
当のハルナンは鉄球で打たれて気を失っているため、返事が返ることはない。

「ありゃ、死んだふりじゃなくて本当に寝ちゃってるんですね。じゃあ夢の中で聞いてください。
 私が見る限り、モーニング帝国次期帝王はフク・アパトゥーマさんですよ。
 でも、ハルナンさんはここで終わるような人じゃないですよね?……どう巻き返すのか、楽しみにしています。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



今回の戦いによって、モーニング帝国剣士9名全員が負傷することとなってしまった。
誰もが例外なく歩くのも困難なほどの大怪我であり、
その日のみならず次の日までも医療室のベッドから起き上がることは出来なかった。

だが、覚えているだろうか。
今回の帝王を決める選挙のルールは「期日前投票禁止」かつ「代理投票禁止」だ。
つまりは自らの足で投票に向かわねば、権利を行使することが出来ない。

「クールトーンちゃん、締め切りまであと何分?」
「……3分です。」
「もうダメかもね。」

激戦の日の翌日、すなわち投票期日。
サユ王はクマイチャンのせいで瓦礫の山となった訓練場に座り込みながら、
投票権を持つ帝国剣士が来るのを待ち構えていた。

「あっ、あっ、時間が……」
「どうなった?」
「過ぎちゃいました……投票の受付は締め切りです。」
「はぁ……やりすぎなのよ、あの子たち。」

Q期組団も、天気組団も、誰も姿を現すことはなかった。
おそらく彼女たちには医療室から訓練場までの道のりがひどく長く感じるのだろう。
しかしこれでは次期帝王を決めようがない。

「あの、この場合は誰が王になるんですか?優勢だったフクさんですか?」
「それはダメ。ルールはルールよ。」
「そんな……じゃあ王位は……」
「私が続投でーす。」
「えええっ」
「……って訳にもいかないのよ。なんとかしなきゃね。
 とりあえずみんなのいる病室にいきましょ。」
「は、はい!」



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