昨日の戦いで大きく負傷したのは帝国剣士だけではない。
アンジュの番長や、果実の国のKASTたちだってあれだけ戦ったのだから安静が必要だ。
そのためモーニング帝国はその全員が身体を休めるのに十分なベッドと医療班を用意することにした。
また、昨日まで敵だった相手と極力顔を合わせぬよう、一国につき一つの部屋が充てられたのだが
アンジュ王国の面々に限ってはその配慮が嫌がらせのように感じられた。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

地獄かよ、とタケは思った。
アヤチョ王とマロ・テスクの2人が終始無言で険悪なムードを作り上げているため
他の四番長らにとっては声を掛けづらかったのだ。
もっともリナプーは構わず睡眠をとっているので、
実際に気を病んでいるのはカナナンとタケとメイの3人ではあるが。

「あっそうだ、王に良い縁談があるんですよ。」

空気を変えようとやっとの思いで切り出したのはメイだった。
とは言っても昨日のことを忘れるなんて無理なため、アヤチョとマロの視線が痛くはあるが
筋肉痛で張ったお腹をさすりながら、なんとか声を振り絞っていく。

「なかなかのイケメンですし!男気もあるし!しかもスタイルも舞台映えしてて」
「やだ。」
「ですよね~……」

即答だった。
やはりアヤチョに恋愛話は縁遠かったのかとメイは後悔したが、実際はそうではない。

「アヤはね、心に決めた人がいるの。結婚はその人とする!」

この好きな人がいる宣言に、タケとカナナンは嫌な予感しかしなかった。
心当たりがありすぎて、その人物の顔しか頭に浮かんでこない。

「あの、王の好きな人ってまさか……」
「えーー?アヤチョがガチ恋してるの?へぇ~え。」

ここでマロがにやけた顔をしながら話に割り込んでくる。
今までの鬱憤を晴らすために、アヤチョをからかおうと思っているのだ。

「なにカノンちゃん。アヤが恋しちゃダメなの?」
「いや別にー?」
「じゃあなに!」
「いやね、おめでたい話なんだから号外新聞の一部や二部でも書きたいんどけどさ
 今の私はペンも握れないんだよね。ざーんねん。
 ううん、今だけじゃなくこのさきずっと執筆は無理かも。」

マロはわざとらしく、グニャグニャに折れ曲がった腕を見せつける。
このような嫌味は決して褒められたものではないが
彼女の中でもまだ、執筆能力を奪われたことに対する心の整理がついていないために
愚痴の一つや二つでもこぼさなくてはやってられないのだろう。

「……」
「どした?アヤチョ?なんか言葉はないの?」

マロはアヤチョが怒ったり、喚いたりすることを期待していた。
そうなれば普段の番長たちの空気感を取り戻せるし、
後腐れなくやっていけると思ったのだ。
ところが、アヤチョの反応はマロの思っていないものだった。

「カノンちゃんごめん……」
「は?」
「ごめん!みんなごめん!だから、だからアヤの前から消えたりしないで!!」
「ちょ、ちょっとアヤチョどうしたの!おかしくなった!?なんか変だよ!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アヤチョは自身が見たビジョンの話をみなにすることにした。
具体的にはフクの周りに未来の帝国剣士が集結していたことと、
自分の周りには誰もいなくてとても辛かったことの二点だ。
またも空気がズシリと重くなったので、カナナンもタケもかける言葉が見つからないようだが
唯一マロ・テスクだけは躊躇なく突っ込んでいっていた。

「馬鹿ね、アヤチョ。」
「なに!」
「アヤチョの周りに誰もいなくて当然でしょ。だって私たち番長は常に前進してるんだもん。」
「えっ……」

アヤチョがキョトンとするのも構わず、マロは講釈を続ける

「フクちゃんの周りに帝国剣士が大勢いるってのは、王を敵から守るためなんじゃない?
 その分、私ら番長は楽よ。だって王を護る必要が無いんだもん。ねぇカナナン?」
「は、はい、刺客の一人や二人、いや100人くらいはアヤチョさんだけで倒せちゃいます。」
「そ。だから番長はどんどん前に行ける。攻めの姿勢を最後まで貫ける。
 アヤチョに構ってる暇なんかないの。分かった?」
「そっかぁ……」

正直言ってマロの言うことは勢い任せのデタラメではあるが
不思議とアヤチョの心は穏やかになりつつあった。
ずっとずっと不安に思っていたことが解消されて、嬉しかったのだ。
そしてお次はマロが嬉しい思いをする番となる。

「うわ!なんだこれ!」
「身体が重い……!!」

バン!と部屋の扉が開くなり、アヤチョを含む番長全員の身体はズシリと重くなる。
これは空気やムードが重いとかの話ではない。本当に重量が増加するくらいのプレッシャーを一気に感じているのだ。
こんなプレッシャーを放つような人間は、この城内には一人しかいない。

「カノン!私のために戦ってくれたんだって!?ごめんよ~!」
「あなたは……あなたは……!」

扉をくぐって現れたのは、マロ・テスクが最も憧れている存在だった。
先ほどはアヤチョをガチ恋どうのこうのと、からかっていたが
何を隠そう(隠す意味はないが)マロの方が誰よりもガチ恋していたのだ。

「この身体の重さ……とっても懐かしいですぅ……」

マロはジュースを飲み干した時の自分を愚かだと思った。
あの時自分は、身体が重さを感じないことに対して喜んでいたが
そんな身体でどうして憧れの存在の重圧を感じることが出来ようか。
効果の持続がなくて、本当に良かったと思っている。

「あ!ごめん!つい焦って殺気を出しっ放しにしてた!!」
「いいんですよ。クマイチャン様の重圧、大好きですから。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



所変わって、KASTらが療養する病室。
そこでは今回の戦いの反省会が行われていた。

「うーん、分かってはいたけど、みんな散々な戦績ね。」

ユカニャ王は紙をペラリとめくりながら戦士たちへと視線を送る。
当人たちも不甲斐ない結果に終わったことは承知しているようで、後ろめたいような表情をしていた。

「トモとカリンちゃんの二人掛かりでカノンさんと引き分け……さすがにこれにはガッカリだね。」
「うん……ユカニャの言う通り。返す言葉もない。」
「トモに同感です……」

カリンはともかく、普段は横柄なトモ・フェアリークォーツがしおらしくなるのはめずらしい。
帝国剣士の一人も倒しきれなかったという事実が相当堪えているのだろう。

「サユキは番長のリナプーに競り負けたかぁ……
 まぁ、連絡担当の仕事は頑張ってくれたからよしとするかな。」
「よしとしちゃダメ。昨日の私はなんにも出来てなかった。」
「そう?」
「うん、明日からマラソンの距離増やす。」

サユキも、よりによってリナプーに負けたというのがショックなようだった。
しかもあのハルも大活躍をしたと聞いている。
元73班の中で唯一結果を残せなかったのは、とても悔しい。

「お、アーリーは結構頑張ったのね。ハルさんとタッグを組んでエリポンさんとサヤシさんを止めてる。」
「えへへへ。」
「うん、アーリーには及第点の評価をあげます。」
「やったー!」

彼女らの中で最も活躍したのがアーリーだというのもトモとサユキのプライドを傷つけた。
お互いのどちらかがKAST最強であると考えていたのだ
実力がやや劣るアーリーに出しぬかれるとは夢にも思っていなかっのだ。

「いや、こういう考え方自体がもうダメなのかもね……」

トモの呟きに対して他の四人が集中する。
らしくないことを言い出したので、不思議に思ったのだ。

「ねぇユカニャ、いやユカニャ王……新しい戦闘スタイルについて提案があるんだけど。」
「……なに?」
「ジュースはもう捨てない? そして、このカリンを中心に据えた陣形を組むのが一番良い気がするんだ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「えぇーーーーっ!?」

カリンのセンター起用発言に最も驚いたのは他でもないカリン自身だった。
KASTとしては足止めなどのサポート役に徹してたので、今回の推薦が信じられないのである。

「どうして?いつものように私が敵を止めて、みんなが攻撃するやり方が良いんじゃ……」
「それじゃあカノンの奴に勝てなかったでしょ。」
「それは……」
「相打ちに持ち込めたのも、カリンが肉弾戦にシフトしたからだ。」
「……」

トモの言葉に、カリンはうつむいてしまった。
自分が表立って戦うことを恐れているのかもしれない。

「カリン、お前の本当の戦闘スタイルはどういうのなの?どんな武器を使うの?本当のカリンは何者なの?」
「私は私だよぉ……なんでそんな怖いこと聞くの?」
「私たちKASTが帝国剣士と番長に食らいつくためだよ!強くならなきゃならないでしょ!」
「ひぅぅ……」

カリンが精神的に限界だと感じたのか、ユカニャ王が間に入っていく。
王も王で言いたいことがあったのだ。

「強くなりたいならジュースを捨てちゃだめだよ?
 効能に不満があるなら改良するから……」
「王、ジュースの効果は確かに凄いけどさ、それは私たちをダメにする薬だよ。」
「えーーー!?なんてことを……」

ユカニャはひどくショックを受けているようだが
サユキとアーリーにも思いたる節がうくつかあった。

「なんか分かる気がする。 ジュースを飲むとやることの幅が減るんだよね。」
「うん、ウチもオリになって敵を囲むことしかできひん。」

ジュースを飲むことで、彼女らは一芸に秀でることが出来るが
それは裏を返せば、一芸以外のことが出来なくなってしまうということ。

「サユキとアーリーの言う通り。 本当に強い奴は臨機応変に何だって出来るもんだよ。
 だから私たちはジュースなしで戦えるようにならないといけない。
 帝国剣士や番長に肩を並べるためにはね。」
「……」

常人と比べて勇気の不足しているユカニャ王は、反論を恐れるあまり言葉を返すことが出来なかった。
出来ることならば思いのたけをブチ撒けたいところではあるのだが……

(分かってない!みんな分かってないよ!ただの人間がファクトリーに勝てるわけないでしょ!!
 バイ菌を退治するのは天然100%ジュースしかないってのに、なんで分かってくれないの!?)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「フクちゃん、起きて」

誰かの声に起こされたフクは、寝ぼけまなこで辺りを見回す。
寝起き直後ゆえに状況判断能力が著しく鈍ってはいるが
周囲のベッドに帝国剣士らが腰かけていることから、病室だということはすぐに理解できた。
問題はフクを起こしたその人物にある。

「サ、サユ王様!?」
「はーい。」

フクの前に立っていたのはサユ王その人だった。
よく見れば周りの帝国剣士らの表情もピリッとしている。あのマーチャンさえもだ。
これから始まることの重大さをみなが理解しているのだろう。

「フクちゃん、今何時か分かってる?」
「あぁ!!!……投票時刻はもう……」
「うん、過ぎてる。」
「では結果は……」

勝手に最悪の事態を想定して泣きそうな顔になるフクを見て気の毒に思ったのか
サユ王は側にいたクールトーンに説明をさせることにした。

「えっと、票はフクさんとハルナンさんのどちらにも一票も入りませんでした。
 誰も投票場に来れる身体じゃなかったんです。
 なので、次期モーニング帝国帝王はまだ決まっていません。」

それを聞いたフクは安堵のあまり涙を流してしまった。
結局泣くフクを横目に、ハルナンが挙手をした。
他のみんなと同様に今後どうなるのかを気にしているのだろう。

「それでサユ王……この場合、次期帝王は誰になるんでしょうか?」

その場の誰もがゴクリと唾を飲んだ。
サユもそれが分かっていたのか、勿体ぶらずに方針を告げる。

「次期帝王を決めるやり方は、あなた達9人で決めなさい。」
「「「「えっ!?」」」」
「私もね、いろいろ考えるのが疲れちゃった。
 9人全員が納得できる決め方ならなんでもいいよ。任せる。
 その代わり、一人でも納得できないようならずっとずっとずっとずっとやり直しだからね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



9人全員が納得する決め方。それを定めるのはかなりの難題だった。
どれだけ公正に見える手段であろうと、不満は必ず出るに決まっている。
例えば多数決。一般的には平等であると言われてはいるが
オダ・プロジドリが天気組団の一員だと判明した今、それを採用することは出来ない。
結果は絶対に5対4でハルナンの勝利となるに決まっているし、
そうなれば仮にフクが敗北を認めたとしても、エリポン、サヤシ、カノンが黙っていないからだ。
では多数決ではなく、団長同士の決闘で決めるのはどうか。
……残念ながらこの案も採用はされないだろう。
ハルナンはフクには勝てないと確信しているアユミン、マーチャン、ハルが食い気味に反対するはずだ。
どんな決め方だろうとフク側、ハルナン側のどちらかに有利性が存在する。
それが目立って見えている限りは決して意見は通らないのである。

(そうか……サユ王様の伝えたいことは……)

ハルナンはサユの言葉の本質に気づいた。
この状況で自分の意見を通すためには2つのことが重要であり、
その両方が帝王として人の上に立つのに欠かせないファクターであることが分かったのだ。
一つは「人をまとめあげること」
自分が有利な条件を提示すれば相手側が納得しないし、
かといって相手が有利になるよう仕向けたとしても、その時は味方からの反発を受けてしまう。
そのバランスを保って両者の理解を得られるような最適案を考え抜くのが王の務めなのだ。
もう一つは「不利な条件を受け入れること」
正直言って、今回のルールでは100%有利な条件が採用されることはあり得ない。
となれば大なり小なり自分にとって不利な条件で戦わなくてはならなくなる。
それを許容し、かつ成果を出すような者こそ王に相応しいのである。

(まとめること、そして受け入れることか……私の器じゃどっちも満たせそうにないな……
 だからフクさん!ここであなたに協力してもらう!
 あなたの持つ器の大きさを、ここで利用させてもらう!!)

ハルナンは痛みに耐えながら、その場に立ち上がった。
そしてフクに対してこう言い放ったのだ。

「フクさん、ここは決闘で決めましょう!
 私たちは戦士です……全員が納得できるような白黒の付け方なんて、それしかないでしょう?」

いきなり"決闘"を持ち出したハルナンに、その場の誰もが驚いた。
これにはもちろんアユミンら天気組団の反発が来ると思われたが、
次の言葉でハルナンはそれすらも阻止する。

「決闘とは言っても私とフクさんとのタイマンでは無いですよ……"チーム戦"です。
 フクさん、エリポンさん、サヤシさん、カノンさんのQ期団4名と
 私ハルナン、アユミン、マーチャン、ハルの天気組団オリジナルメンバー4名で戦いましょう。
 より強い組織を作り上げた者こそが帝王に相応しい……というのはどうでしょうか?」

一騎打ちではなくチーム戦。しかも戦うのはQ期団と天気組団。
そう聞いたアユミンたちは反論することが出来なくなってしまった。
ここで不利だと騒げば自分たち天気組団の方が劣ると認める形になってしまうし
そもそもガチンコ勝負でQ期団に勝てないとは微塵も思っていないのだ。
ならばハルナンに反対する理由など一つもない。
そしてそう考えるのはQ期団たちも同じだった。

「そっちがそのつもりならええっちゃけど。」
「今度こそ本当に容赦はせんけぇ……」

自分の意見が通りつつあることに対してハルナンはニヤリとする。
だがこれではまだ足りない。100%勝利できるという確証がない。
王になるには「不利な条件を受け入れること」が大事だとは分かってはいるが
その不利は可能な限り小さく抑えたい。
だからこそハルナンはフクに更なる提案を持ち掛ける。

「フクさん……私とフクさんの二人でチーム戦のルールを決めませんか?
 お互いが納得できるような、気持ちの良い勝負ができるルールを制定しましょう!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンの提案は勢い任せにもほどがあったし、
Q期の慎重派、カノン・トイ・レマーネもその案をひどく怪しんでいた。
ここで承諾しなかったとしても、決して逃げたことにはならないのだが……

「いいよ、ハルナンの言う通りにしよう。」

フクはあまりにも簡単に意見を聞き入れてしまった。
いや、というよりは「不利な条件を受け入れる」心構えが出来ていたと表現するのが正しいのかもしれない。
ハルナンは表情こそにこやかだが、フクに王の素質があることを痛感して、内心穏やかではなかった。

(ほんと落ち込むわ……こうも差を見せ付けられると、ね。
 でも、これをチャンスと思わないとやってけない。
 隠すのよ!こちらの有利な条件を、甘い言葉の中に!!)

ハルナンはフクにぺこりとお辞儀をし、ルールの提案を開始する。

「まず日程ですが、ちょうど1ヶ月後というのはいかがでしょうか?
 今すぐ……というのは負傷の度合いから言って難しいでしょうし、
 かといって全員の完治を待つとなると、次期帝王の決定を先延ばしにする形になってしまいます。」
「先延ばしは……良くないね。」
「では1ヶ月でも?」
「うん、いいよ。そうしよう。」
「分かりました。お次は決闘の場所を決めましょうか……私は訓練場こそ相応しいとは思いますが。」
「えっ!?あそこはクマイチャン様の被害で瓦礫だらけになってるんじゃ……」
「はい、だからこそ我々への"戒め"になるんです。」
「???」
「今回私たちは味方同士だというのに争ってしまいました。
 しかも食卓の騎士を筆頭に、他国の戦士まで巻き込んで……」

ハルは「全員ハルナンが呼んだんじゃないか」とツッコミたくなったが
ここは黙っておくことにした。

「そのような醜い争いを今後しないと誓うために、今回の決闘を最後の戦いにするために
 投票場でもあった訓練場で決着をつけるのが最適だと思ったのです。」
「すごいね……そこまで考えてたんだ。」
「多少戦いにくいかもしれませんが、瓦礫はそのままにしておきましょう。これも戒めです。」
「天井の穴も?あれもクマイチャン様が開けたんだけど……」
「はい!その方がお天道様にも決着を見ていただけますしね!」
「なるほど~そうしよう!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



制定はまだまだ続く。

「肝心の決着の付け方ですが……勝利条件をどう定めれば全員納得しますかね?
 ポイント制の導入とかは、辞めた方が良いですよね?」
「うん、ダメだね。どちらかが戦えなくなるまで戦い抜くべきだと思う。
 決闘って、そういうものだから。」
「フクさんがそう言うならそうしましょう!
 ただ、そこに一つだけルールを追加してもいいですか?」
「なに?」
「武器は訓練用の模擬刀にしましょう。極力、血は流したくないですし、それに……」
「それに?」
「ほら、フクさんの剣……折れてしまったじゃないですか。」
「あ……」

フクの愛用する装飾剣「サイリウム」。
昨晩アヤチョ王に破壊されたばかりであるし、
あの壊れ方からいって1ヶ月そこいらで修復できるとは到底思えない。

「フクさんだけが持ち慣れない仮の剣を使うなんてフェアじゃないですよね。
 ですので、ここは全員一律で模擬刀と訓練着を使うのが良いと思ったんです!」
「ありがとう……そうしてもらえると助かる。」

話の流れに対してサヤシは少し思うところがあったが
自分たちの大将が良いと言うのだから、意見を引っ込めた。

「他に決めるべきは……うん、立会い人ですね。」
「立会い人?」
「次期帝王を決める戦いなんです。見届けるに相応しい人物をお呼びするべきでしょう。」
「なるほど……でも、サユ王以外に誰かいたっけ? あ、オダちゃんにも見て欲しいけども。」
「マーサー王です。」
「え?」
「マーサー王をお呼びするんです。」

フクにはハルナンの提案が信じられなかった。
確かにマーサー王国はモーニング帝国の最重要同盟国ではあるが……

「そんな、そこまでする必要って……」
「必要あります。 今回の勝者は王になるんですよ。つまりはマーサー王と肩を並べることになりますよね。
 ならば、次期帝王をいち早くお伝えできる場に招待しなくては失礼にあたります。」
「そ、そうか……」

コトが大きくなってきたので、フクのみならず他の帝国剣士らも冷や汗をかきだした。
そして、さすがのサユもこの件に関しては口を挟まずにはいられなかったようだ。

「ちょっと待って、マーサー王を招待する手はずは誰が整えるの?
 私は嫌よ?面倒くさいし……」
「私が全責任を持ちます!ですので、許可をください。」
「それと分かってる?マーサー王は一人じゃ外出できないの。
 いつ何が起きても良いように、マノちゃんって子が付き添うことになってるんだけど……」
「承知しています。マノエリナさんという方にも見届けていただくつもりでした。」
「そう?じゃあ何も言うことはないわ。」
「それと……食卓の騎士のキュート戦士団長であるマイミ様にも立会い人になっていただきたいのですが……」
「マイミも!?……理由は?」
「今回、私はマイミ様とクマイチャン様を私欲のために騙してしまいました……
 その罪滅ぼしとして、心を改めた私の戦いを見て欲しいんです。」
「はぁ……勝手に交渉しなさい。二人にはちゃんと謝っておくのよ。」
「はい!」

フクはやや置いてけぼりではあったが、
これでサユ王、オダ、マーサー王、マノエリナ、マイミの5名に立会い人になってもらうことが決定した。
他にも細々とした決め事はあるが、基本的な流れはみなが理解したことになる。
これで全員が納得すればおしまいだ。
フクがQ期団に、ハルナンが天気組団に確認を取る。

「みんな、これでいいよね?」
「納得出来ない人はいないよね?」

引っかかることが無いと言えば嘘にはなるが
お互いのリーダーが納得し合っているので、特に不満などが出ることはなかった。
ただ、一人を除いては……

「私、納得できません!!」

病室中に響き渡る大声に、一同驚いた。
特にハルナンはしまったと言うような顔をしながら汗をかいている。
何故なら意義を申し立てたその人は、天気組団の一人、オダ・プロジドリだったからだ。

「オダちゃん……?」
「ハルナンさん、約束が違いますよ!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「何言ってるんだよオダァ!」

いつものように怒鳴りつけるアユミンだったが、内心ではオダの意図するところを分かっていた。
オダの言う約束とは、以前、作戦室で教えてくれたものに違いない。
もしもそれが実行されるとなれば大変なことになる。

「ハルナンさん、約束してくれましたよね?
 "ハルナンさんが選挙に勝ったらすぐにでも帝王を斬らせてくれる"って……」
「うん……」
「このままだと選挙をやらなくなるじゃないですか。私との約束、どうなるんですか?」

そんな約束をしたとは思いもしていなかったQ期たちは、揃いも揃って背筋を凍らせた。
オダが味方を斬りたいと考えていたことがそもそも驚きだし、
「選挙に勝ったら」という条件付きとは言え、帝王になった自分を危険に晒す約束をしたハルナンも恐ろしい。
それだけ今回の戦いに賭けていたということなのだろうか。

「オダちゃんダメ!!そんなのマーが許さないから!!」

ここでマーチャン・エコーチームが声を荒げたのも意外だった。
ハルナンのことを尊敬しているようには見えなかったが、やはり天気組団の一員といったところだろうか。
そんなマーチャンの成長に感涙しつつ、フクが話に割って入る。

「オダちゃん、そんな約束は私からも認められないよ。」
「!!!……フクさんは関係ないじゃないですか。」
「ううん、関係ある。 これ以上血が流れるのを黙って見逃すことはできない。」
「私は帝王を斬ることを目標にして、ハルナンさんに協力してきたんですよ!
 それなのに、全て終わったら約束を反故にするって……あんまりじゃないですか!
 斬らせてください!帝王が私の上に立つに値する人間なのか、確かめないと気が済みません!」

このように激昂する様はいつもの冷静なオダらしくなかった。
しかしここはなんとかして宥めないといけない。
実力から言って、ハルナンがオダに斬られたとしたら痛いでは済みそうもないからだ。

「だからそこをなんとか抑えて!きっとハルナンも他の褒賞を用意してくれるはずだから!」
「そんなの無価値ですよ!私が最も願うのは……」
「なんだっていうの!?」
「サユ帝王を斬る、それだけです。」
「…………ん?」

この場にいる殆どが頭の処理が追いつかず、ぽかんとしてしまった。
サユ王も「私?」と言った表情をしている。
その中でもオダの世界観についていけているのは、
頭を抱えているハルナンと、相変わらず食ってかかるマーチャンの2人のみだった。

「だーかーらー!ミチョシゲさんは斬らせないって!」
「マーチャンさんには口を挟む権利はありませんよ。
 とにかく、私はサユ王の実力を測らないといけないんです。
 私は私より強い人にしか従う気はありませんので。」
「オダちゃんひょっとして馬鹿?ミチョシゲそんの方が百万倍強いってみんな思ってるよ。」
「やってみなきゃ分からないじゃないですか!!」

オダの言う帝王とは、ハルナンではなくサユを示した言葉だった。
確かに選挙が終わった時点では、ハルナンはまだ王ではない。
その後の正式な手続きをすべて踏み終えるまではサユが王なのだ。
ひとまずハルナンが斬られる訳ではないと知った一同は安心したが
それでもまだ一件落着とは言い難い。

「身の程を知れよオダァ!王がお前なんか相手する訳ないだろ!」
「アユミンさんひどい!……私だってそれくらいわかってますよ……
 でも、ハルナンさんが約束してくれたんですもん……
 それを聞いて嬉しかったのに……ウッ……ウッ……」
「おいオダ……泣いてるのか?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンは仕方ないといった表情で、サユの方へと顔を向ける。
無礼であることは承知しながらも打診することに決めたのだ。

「サユ王様、おヒマな時にでもオダと手合わせを……」
「イヤよ、どうせ真剣でやれってんでしょ?痛いのはイヤ。」
「ですよね……」

サユにあっさりと断られてしまったため、話はいよいよまとまらなくなってしまった。
次期帝王の決め方を定めるには全員の納得が必要なのだが
サユとの決闘が約束されない限りはオダが反対し続ける。
しかも、サユは決闘する気はさらさらない。
これでは決め事は一生締結されない。
先ほど定めたチーム戦のルールが承認されないことは、ハルナンにとって非常に都合が悪かった。

(仕方ない、この手は使いたくなかったけど……)

ハルナンは身体の痛みに耐えつつ、サユの元へと接近していく。
そして、他の誰にも聞こえないような声でサユに耳打ちするのだった。

「覗き部屋のこと、研修生たちにバラしてもいいですか?」

それを聞いた途端、サユの四肢はビリビリと痺れだす。
急に頭がクラクラするし、吐き気も催したような気がしてくる。
なぜハルナンがそのことを知っているのかは定かではないが
それはさておき、サユは次の言葉しか喋ることが出来なかった。

「いいよ、オダと戦ってあげる。」

サユがそう言うなり一同は驚き、ハルナンは安堵の表情を浮かべ、オダの顔はパアッと明るくなる。
そしてその勢いのままオダは早口で質問をするのだった。

「本当ですか!?い、いつですか?今ですか?剣を取ってきますね。」
「ちょ、落ち着いて!」

最大の懸念事項が吹っ飛んで気分の良くなったハルナンは
この件までもチーム戦へと絡めていく。

「オダちゃん!どうせなら怪我を治した健康体で王に臨みたいでしょ?
 だからこうしましょう。サユ王様とオダちゃんの戦いはエキビションマッチとして、
 Q期組さん対天気組が始まる前にやってもらいましょう。
 サユ王様、オダちゃん、それでいいですね?」
「……はぁい」
「はい!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



承諾はしてくれたものの、依頼が急すぎたことを反省しているのか
ハルナンは小声でサユ王に謝りだした。

「本当にすみませんでした……当日はサクッと済ませてもらえば結構ですので……」
「そんな気軽なものじゃないのよ、どこまでマリコを抑えられるか……」
「マリコ?どちら様ですか?」
「あぁ、いや、こっちの話。」

サユの言葉は少し不思議だったが
それはさておき、ひとまずこれで全員の納得を得ることが出来た。
日程は一ヶ月後、場所は訓練場、ルールは模擬刀を用いたチーム戦。
立会い人はサユ王とマーサー王、そしてマイミ、マノエリナ、オダ。
チーム戦の前にはサユ王とオダのスペシャルマッチ有り。
この場にいる全員が全員、これらのルールを受け入れることが出来た。
ここまで決まれば、後は各チームに別れて作戦会議でもしたいところだが……

「フクさんの怪我が一番ひどいですよね。
 どうしましょう。私たち天気組が別室に移りましょうか?」
「ううん、ちょっと用事があって、今から席を外すから大丈夫。
 Q期のみんな。一緒に付き合ってくれる?」

そう言うとフク・アパトゥーマは歩行器を利用して、エリポン達を連れながら部屋を出てしまった。
オダ以外の天気組の面々も、一つのベッドに集まって決闘当日のことを話し始める。
全員が全員、次期帝王を決めるために一丸となって動く様子を目の当たりにして、
クールトーンはなんだかワクワクしてくる。

「どうしたのクールトーンちゃん。鼻息荒いようだけど、興奮してるの?」
「はい!帝国剣士さん達の決闘が見られるのが、今から楽しみで……」
「あ、クールトーンちゃんに見る権利はないけど分かってる?」
「!?」

サユの発言に、クールトーンはショックを受けた。
確かに立会い人の名前にクールトーンの名は無かったが
いつものようにサユ王にくっついていれば観戦出来ると思い込んでいたのだ。

「そもそもクールトーンちゃんはもう書記でもなんでもないしね。」
「えええええええ!く、クビですか!?」
「クビっていうか、うーん、ちょっと合宿に行ってもらいたいの。」
「合宿?」
「そう。テラっていう施設で行われるから、向かってもらえる?
 私も用事を済ませたらすぐ行くから、先に3人となんとかやっといて。」
「3人?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



目的の部屋へと向かう道中、フクはQ期団の面々と多くの会話を交わすことが出来た。
昨日の戦いや、選挙不成立と知ったときの感想についても話したが
最もホットなトピックはやはり1か月後にせまったQ期団vs天気組団のチーム戦のことだった。
その話題について、まずカノンから突っ込みが入る。

「ねぇフクちゃん……その脚、1か月後までに治るの?」

ハルナンに抉られたフクの脚は、歩行器が無ければ移動もままならないほどに重症だ。
いくら本番まで多少の猶予があろうと完治が難しいことはフク自身も理解していた。

「う~ん、良くて歩ける程度だろうね……」
「しかも訓練場はクマイチャン様の被害でガレキの山になっちょる……
 フクちゃんの"ダッシュ"と"バックステップ"は完全に封じられたと思ってええじゃろ……」
「ははは、サヤシの言う通りだね」
「じゃあどうしてあんなルールを飲んだと!?」

深刻な事態だというのに呑気なことを言うフクに対して、エリポンは声を荒げた。
先ほどの場で反対意見を言わなかった自分がここでフクを責める資格は無いと知りつつも
ついカッとなってしまったのだ。
だがフクはそんなエリポンに対して怒ったりはしない。
軽くぺこりと頭を下げて、自分の思いを伝えていく。

「エリポン、みんな……不利な勝負につき合わせちゃってごめんね。
 でもね、モーニング帝国の王となって世界と向き合う人物になるためには
 少なくともハルナンは絶対納得せないといけないと思ったんだ。」
「それはどうして?……」
「だって言うじゃない?、"たった一人を納得させられないで世界中口説けるの"ってね。」

フクの発言に、一同はクスッとする。
その言葉はTheory of Super Ultra Nice Kingdom(訳:超超素敵な王国論)という名の著書から引用されたもの。
略称TSUNKに書かれているのはどれもがヘンテコな言葉ではあるが、謎の説得力をはらんでいる。
ゆえにモーニング帝国のみならず、マーサー王国やアンジュ王国、果実の国にまでも熱狂的なファンが存在するという。

「だったらフク、なおさらエリ達を不安にさせたらいかんよ。」
「"たった一人を不安にさせたままで世界中幸せに出来るの"ってことだね?ごめん注意する。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクらQ期団は途中で捕まえた案内人を頼りに、とある部屋まで辿り着いた。
目当ての主は確かにその中にいる。それが扉越しでも感じ取ることが出来る。

「凄く寒い……血が凍っちゃいそう。」
「確かに以前サヤシが言ってた通り。この冷気は凄いっちゃね。」

部屋の中から発せられる冷たいプレッシャーにも負けず、フクはドアを開いた。
そこはベッドも何もないただの空き部屋。
通常と異なる点は、食卓の騎士が中にいることのみ。

「あら、貴方は昨日の……」

突然の来客に応えたのは食卓の騎士のモモコだった。
側には土下座のポーズのまま額を床につけている長髪の女性がいる。
彼女はおそらくは食卓の騎士であり、キュート戦士団長であるマイミなのだろうが
なんだか触れてはいけない気がして、Q期団は黙っていた。
それよりもフクは用事を済ませることを優先する。

「あのっ、モモコ様、この度は本当に有難う御座いました!」

フクの目的はモモコに対してお礼の言葉を伝えることだった。
モモコが助けに来てくれなければクマイチャンの脅威から逃れることは出来なかったので
命の恩人とも言える存在と思っているのである。
しかし、当のモモコの反応は冷たかった。

「感謝されるような覚えはないよ。私はこの馬鹿とあの馬鹿を止めにきただけだし。」

この馬鹿とはマイミ、あの馬鹿はクマイチャンのことだろう。
クマイチャンはどういうことかこの場で折檻を受けてはいないようだが……

「いえ、感謝します。おかげで今の私がありますし、帝王になる道も途切れませんでした!」
「ふぅん……貴方、帝王になるの。」
「はい!まだ候補ですが……」
「全然足りてないね、サユと比べると一目瞭然。」
「!」

モモコの口から放たれる冷たい言葉に、フクは身を裂かれる思いをした。
サユとの差について自覚してはいたが、憧れの存在に言われるとなるとショックも倍増だ。
そんなことを言うモモコにエリポンらは憤ったが
不甲斐ないことに、脚が凍りついたかのように一歩も動くことが出来なかった。

「王ってさ、椅子に座って踏ん反りかえるだけじゃダメなの。
 時には自ら敵陣に乗り込んで、辛さに堪え忍ぶくらいの気概が欲しいわね。
 例えばサユなら自分の必殺技を使ってクマイチャンの脚を止めてたと思うよ。
 貴方にはある?必殺技。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「それじゃ、私たちはもう帰るから」

長髪の首元を掴むと、桃子はそのままズルズルと引っ張って行ってしまった。
昨日の怪我も癒えていないのに……といった心配は不要だろう。
歴戦の戦士なだけあって、体力も回復力も若手とは段違いなのだ。

「モモコ様……行っちゃった……」

先ほどのモモコの発言が効いたのか、フクは俯きながらプルプルと震えている。
それを見たエリポンらQ期の面々は、お互いに顔を見合わせた。
彼女らは知っていたのだ。
この震えが馬鹿にされたことに対するショックによるものでは無く、
憧れの存在にアドバイスを貰えたことの喜びに起因していることを。

「フクちゃん、やることが決まったんだね。」
「うん、私たち、必殺技を覚えなきゃ!」

必殺技。かつての大戦や大事件に居合わせた戦士は誰もがそれを扱えていた。
クマイチャンのロングライトニングポール、モモコのツグナガ拳法、マロの爆弾ツブログなどがそれに該当する。
(アヤチョの聖戦歌劇など、当時の戦いを経験しなくても習得可能なケースも無くはない。)
必殺技は文字通り、相手を必ず殺すくらいに強大な技。
己の特色を最大限に生かした者のみが放つことのできる奥義なのだ。

「ハルナン達に対抗するには、エリたち全員が必殺技を使えるようにならなきゃ……ってこと?」
「理想は全員だけど、誰か一人でも使えたら大きなアドバンテージになると思う。」
「でも、そんな大技をどうやって覚えりゃええんじゃ?」

サヤシの質問はもっともだった。
自分たちはこれまで何回も訓練してきたが、必殺技を覚える兆しさえも掴んできていない。
となればよりハードな訓練が必要になってくるのだろうが
そんな体力も時間も彼女らには残されていなかった。
だが、フクは激しい訓練は不要だと説く。

「大事なのはどういう技なのかイメージすることだよ。」
「「「イメージ?」」」
「昔、食卓の騎士様たちのインタビュー記事を読んだことがあるんだけど、
 必殺技は日頃の訓練や実践の延長戦上にあるものらしいんだよ。
 己の実力が極まった時、且つ、必殺技が本当に必要になった時に使えるようになるんだって。
 だから私たちは考え続けなけりゃならない。
 どういう時に必殺技が必要になるのか。具体的に、ハッキリと!」

イメージをすることが大事。そう考えると気が楽になってくる。
これから数日はベッドの上で過ごすのだろうが
想像だけなら身体を動かさ無くても十分に可能だ。

「まずは怪我を癒しながらイメージすることだけに専念しよう。
 そして、決戦の日が近くなったら、そのイメージを身体を使って形にしてみようか!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクがモモコに必殺技に関するアドバイスを受け取っていたころ、
天気組団のアユミン、マーチャン、ハルの3人は番長らのいる病室に訪ねていた。
こちらの目的も、同様に必殺技について教わることだった。

「君は!!!!!」

最愛の人であるハルの登場に舞い上がったアヤチョは、
大怪我であるのもお構いなしにベッドから立ち上がっていく。
そして、ハルの登場に驚いたのはアヤチョだけではなかった。

「あーーー!この人ですよ!メイがアヤチョ王とお見合いさせようとした人はこの人です!」
「え!そうなの!」
「そうです!二人が主演の舞台を想像したら素敵だと思って……」
「メイは良い子だね……脚本はお願いするね。」

勝手に盛り上がるアヤチョとメイを前に、アユミンは呆然としてしまった。
アヤチョ王もハルも女なのに結婚だなんて、この人たちは何を言っているんだと思っている。
そんなアユミンとは対照的にハルは理解と対応が早いらしく
この流れを逆手にとるように、アヤチョに対して壁ドンを決めだした。

「ボクも愛してるよアヤチョ、だから頼みを聞いてくれないか?」
「ひゃああーーーなになに!?」

目の前の光景をもう見てられないと思ったのか、カナナンとタケはうつむいてしまった。
メイはパチパチと拍手しているし、リナプーは必死で笑いを堪えている。
そんな周りの反応も気にせずハルは言葉を続けていく。

「ボク達に必殺技を教えてくれよ。1か月でね。
 フクさん達に勝ってハルナンを国王にするにはそれが必要なんだ。」

さっきまでは浮かれていたアヤチョだったが、頼みを聞いてからの表情は真剣そのものだった。
そして目の前のハル、アユミン、マーチャンの顔を見ては、思ったままのことを言い放つ。

「全員に教えるのは無理だね。見込みがあるのは君だけ……そういえば名前はなんて言うの?」
「ボク?……ハル・チェ・ドゥーだよ。」
「ドゥーって言うんだ。アヤが頑張って教えても、必殺技を覚えられるのはドゥーだけだよ。」

その言葉にアユミンはショックを受けた。
自分は今まで必死に頑張ってきたのに、バッサリと切り捨てられたのがとても悲しいのだ。
そんなアユミンにフォローを入れるわけではないが、黙っていたマロが口を開いた。

「またアヤチョ、好みで選んでるんじゃないの?」
「違うよ!ドゥーの戦いを一瞬だけ見たけどアヤの雷神の構えに似てるの。
 あのスピードだったら未完成の技を扱えるかなって思って……」
「ふーん、そういうことにしとくわ」
「カノンちゃん、さっき(クマイチャンがいたとき)と比べてテンション低すぎじゃない!?
 そんなこと言うんだったらカノンちゃんが他の子に必殺技を教えてあげたらいいでしょ!」
「その子たちハルナンの部下なんでしょ?モチベーション上がるわけないじゃない」

結局自分は必殺技を覚えられないのだと知ったアユミンは気が重くなってくる。
同じ状況であるマーチャンもそう感じたと思ったのか、声をかける。

「マーチャン残念だね。私たち選外だってさ。」
「いいよ別に。あのひとに教わる気なかったもん。」
「え、じゃあ誰に教わるの?」
「アユミンには教えない。」
「えー!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



天気組団の面々が番長らの病室にいる一方で、
団長であるハルナンは今まさに帰還せんとする食卓の騎士を訪ねていた。
身体の痛みを無理矢理にでも抑えながら、ハルナンは声を掛ける。

「皆様!どうか私の話を聞いてもらえませんか!」

そう言った瞬間から、ハルナンの身体に異常が起こる。
まるで天高くから伸びる巨大な手で押し付けられたかのように身体が重いし、
全身を流れる血液がすべて凍りついたと思うくらいに寒気がするし、
突如発生した暴風雨に叩きつけられたと錯覚する程に息が苦しくなってくる。
これらの現象は食卓の騎士の3人が発したプレッシャーによるもの。
自分たちを利用したハルナンに怒っているのだ。

(やっぱり相手にしてもらえないか……でも!)

ハルナンは超攻撃的な視線を受け入れながら、自らその場に倒れこむ。
そして額を地へと強く擦り付け、伝説の英雄たちに懇願するのだった。

「お願いします……私の罪を、償わせてください……」

すぐに土下座だなんて安いプライドの持ち主だな、とモモコは思った。
ところが他の二人はそうは思っていなかったようで
マイミはそこまでするハルナンに興味を持ち始めていた。

「償い、と言ったが具体的に何をするつもりだ?」

ハルナンはこれをチャンスだと思った。
これから起こりうることを想像すれば非常に苦痛だし、今から吐き気もしてくるが
やり遂げなくてはならないという強い意志を持って返答する。

「これから一ヶ月間、マイミ様のお側に置いてください。
 雑務でもなんでもお申し付けください。すべて対応致します。
 決して逃げたりはしません。一ヶ月間、誠心誠意を持ってマイミ様に尽くします。
 それが私の償いです。」

ハルナンの言葉に一同は驚いた。
仮にもフクと並んで帝国No.2ともあろう者が自ら奴隷同然の扱いを買って出るなんて尋常ではない。
そもそもそんなことが簡単に許されないことをモモコは理解していた。

「あなたねぇ、もう良い大人なんだから立場ってものを……」
「許可なら、得ています。」
「ん?」
「サユ王には皆様にちゃんと謝っておけと言われています。
 そして、これが私の精一杯の謝罪です。
 皆様さえ良ければ、私は全力でマイミ様に尽くすつもりです。」

全力という言葉にマイミは弱かった。
正直ハルナンが何を企んでいるのかは分からないが
謝りたい、という思いにはこちらも全力で応えたいと考えている。

「良いだろう。そこまで言うなら付いて来い。
 ただし殺気は緩めないぞ。一秒たりとも油断はしないつもりだ。」
「願ったり叶ったりです!その嵐なようなオーラを常に私に向けてください!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



各々が自分に合った鍛錬法を見つけた日から数えて、ちょうど一ヶ月。
モーニング帝国城には3名の客人が招き入れられていた。
いや、客人と言うよりは来賓と呼ぶのがより適切かもしれない。
何しろ彼女らが廊下を歩くだけで、みなが勧んでこうべを垂れるのだから。

「マノエリナ、今日も付き合わせてしまって申し訳ないとゆいたい。
 私が外出する時はいつもいつも迷惑をかける。」
「別に。予定も何もない干物女なんで気にしないでくださーい。
 それにマーサー王、もしも何か有った時に止めるのが私の役目なんですからね。」
「あはははは。あの事件以降、何か有ったことなんて無かったじゃないか。」
「油断大敵って言うじゃないですか!マイミさんはまったく……」

その3人はマーサー王国の重鎮も重鎮。
食卓の騎士に2名存在する戦士団長の一人であるマイミ。
国王直属の親衛隊長であるマノエリナ。
そしてマーサー王国を束ねる若き女王、マーサー王その人であった。
彼女らがモーニング帝国まで訪ねてきた理由は、わざわざ説明するまでもないだろう。

「王、ここが決闘の場ですよ!」

マイミが訓練場の扉をバン!と開けると、
そこには辺り一面ガレキだらけの光景が広がっていた。

「ははは……ここがクマイチャンが暴れたという訓練場か……これはひどい。」
「弁償しなきゃですね。クマイチャンさんのお給料から出しておきましょう。」

マーサー王の言葉は誇張などではなく、訓練場は本当にひどい有様だった。
床はガタガタになっていて、腰の位置まで突き出る木材も珍しくはないし
本来は屋根があるはずの天井を見上げれば、お天道様が顔を出している。
要するに、この施設は訓練場としての体をなしていないし
ましてや決闘なんて出来るような場所には到底見えないのだ。

「そこをあえて決着の場に選んだということは……彼女らの覚悟、並ではないのだな。」

マーサー王は視線を前へと移した。
そこには深く頭を下げる9名の剣士と、
おじぎ15度くらいしか頭を下げていない美女が待ち構えている。

「マーサー王、ご機嫌麗しゅう~」
「サユ王!こうして出会えたのは久しぶりだなとゆいたい。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーサー王を前にした帝国剣士達は、全身が痺れるような思いだった。
その理由は王が煌びやかな装飾を身につけてるからでも、立派なマントをまとってるからでもない。
その存在感の大きさに押し潰されそうになっているのだ。
食卓の騎士であるマイミの台風のような圧も相当だが、
マーサー王は人当たりの良さそうな外見の内に、とんでもない化け物を仕舞い込んでいそうな迫力があるため
帝国剣士らは恐ろしく感じていたのである。
そんなマーサー王やマイミと共に現れたマノエリナなる人物も油断ならない。
放つプレッシャーが具現化して他者に襲い掛かる……と言ったレベルまでは達していないが
アヤチョやマロと対峙した時と同じくらいの緊張感は常に感じさせていた。
そんな傑物3名が、これからの戦いを見届けるために所定の位置についていく。

「ところでマイミ、マノエリナ」
「「はい!」」
「帝国剣士たちは我々を前に萎縮しているようだが、それでも二本の足でしっかり立っている。
 まだサユが現役だった頃の彼女らと比べると、かなり成長したように見えるとゆいたい。
 成る程たしかにサユを継いで帝王の座を勝ち取ってもおかしくない人物ばかりだ。
 そこでだ、二人は勝負の行き先をどのように見る?」

マーサー王には先祖の血が流れているせいか、少しばかり好戦的な性格をしていた。
とは言え戦争をするつもりは一切ない。ちょっとしたゲームを好む程度の"好戦的"だ。
そんな王の興味に、マノエリナはちょっとだけ付き合うことにした。

「下馬評通りならフク・アパトゥーマ率いるQ期団が勝利するでしょうね。
 個々の戦闘能力が高いし、それにフクはあのアヤチョ王も打ち破ったとか……
 今回の相手にアヤチョ王以上の実力者はいなさそうですし、確定と言ってもいいと思いますよ。」

マノエリナの予想を聞いたマーサー王は、そうかそうかと頷く。
確かに順当にいけばその通りになるだろう。
ところが、マイミはそうは思っていないようだった。

「マノちゃん、お前はハルナンを知らないな。」
「ハルナン?あぁ、最近マイミさんの周りにいたあの子ですか。
 いかにも貧弱そうだなぁと思いましたが、それが何か?」
「確かに身体は貧相だ。だがその小さな胸の奥に宿る執念は並ではないぞ。
 なんせこの一ヶ月間、私のトレーニングや防衛任務にすべて付いてきたのだからな。」
「「!?」」
「この勝負、どうなるのか全く先が読めないぞ。
 下馬評を覆すことだって十分にありえる!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「メインイベントも良いけど、今はエキシビジョンマッチに注目してほしいな~」

マーサー王たちにそう言い放ったのは、いつの間にか訓練場の中央辺りまで移動していたサユだった。
いつもの豪華なものとは異なった、動きやすい訓練着を着用しており
その両手には鏡のように美しく磨かれたレイピアとマンゴーシュが握られていた。
対戦相手であるオダ・プロジドリを負かすために、一時的に剣士に戻ったのである。
この極めて希少な光景に帝国剣士一同は湧き上がったが、
ここで、余計なことが頭をよぎってしまった。

「ねぇみんな……ちょっと思ったんだけど……」
「カノンちゃんも思ったと?……ぶっちゃけサユ王って……オーラ薄いよね。」

エリポンは決してサユに聞こえないくらいの小さな声でカノンに返した。
本来ならば一国の王に対してオーラが薄いなどとは到底言えないはずなのだが
フクもサヤシもそれに対して非難することなく、コクリと頷いてしまった。

「サユ王だってあの時代を戦い抜けた伝説の戦士のはず。
 でも、マーサー王様やマイミ様と比べると……」

帝国剣士らは食卓の騎士の放つプレッシャーの凄さを知ってしまっている。
時には身体を重くしたり、時には血を凍らせたり、時には嵐を起こしたりと
凄腕の戦士から滲み出るオーラは天変地異のようなビジョンを見せてくれていた。
ところが、サユにはそれが無いのだ。
もちろんサユにだって威圧感はある。だがそれは良いとこアヤチョやマロ、マノエリナ程度。
食卓の騎士には遠く及ばない。
では戦士を退いたブランクでそうなったのかとも思ったが
そもそも戦士では無いマーサー王があれだけ尊いオーラを纏ってるのだから、言い訳にもならない。
これまで尊敬していたサユ王が大したこと無いのかも……と思い始めた帝国剣士たちの心境は複雑だった。

「ひょっとしてオダちゃんにも負けたりして」
「エリポン!そんなバカなこと言っちゃダメ!」

言葉ではそう言うフクだったが、心から固く信じることは出来なかった。
決闘前にこんなに心を乱しては良く無いと思い
首をブンブン振ってから、改めて中心へと目をやった。

「あれ、そう言えばオダちゃんはどこにいるんだろう……」

もうエキシビジョンマッチが始まる時間だというのに、中央にはサユ王しかいなかった。
マーサー王に礼する時は確かにいたのに、いったいどこに消えたのだろうか?

「ちょっとオダー? あなたが戦いたいってい言い出したんだからさぁ……」

サユは呆れたような顔をして、剣を持つ腕をダラリと下げた。
せっかくこの日のために用意をしてきたのに、遅刻で無効試合だなんて締まらない。

「あと1分で約束の時間じゃない……本当にどこに行ったのあの子。」

決闘の場にサユだけ立っている、といった時間がしばらく続いた。
開始時間まで残り10秒といったところでもそれは変わらない。
残り3秒
残り2秒
残り1秒
…
約束の時が来た、まさにその時。
サユ王の右ももから間欠泉のように血が吹き出していく。

「……え?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「オダか……!!」

サユは何もないところから攻撃されたのではない。
非常に見え難くなっていたオダに、開始時刻きっかりに斬られたのである。
ではこんな開けた場所のどこにオダは隠れていたというのか?
その答えに、サユは辿り着いていた。

「太陽の光に隠れてたってこと?その剣を使って。」
「ご名答です。」

右ももを抑えながら苦痛の顔をするサユにオダは追撃を仕掛けなかった。
攻めと退きのタイミングを見極めることで、確実に王を仕留めるつもりなのだろう。
このようなヒットアンドアウェイを可能にするのがオダのブロードソード「レフ」だ。

「その鏡のような剣で光を屈折させることで、外から見え難くさせてる……ってところかしら。」

この訓練場の天井は、クマイチャンの必殺技によって大きな穴が開けられている。
つまり、オダの好む太陽光が直に注がれているのだ。
しかもあらゆる瓦礫が滅茶苦茶に散らばっていることから、
通常の人間では把握できないレベルで乱反射している。
これら全ての光を把握し、しかも自在に操ることのできる者は
光の当たり方を極めたプロであるオダ以外には数名しか存在しないだろう。

「オダ、あなたは正統派と聞いていたんだけど?」

溢れる血を無理矢理に抑え込んだ結果、手が真っ赤に染まったサユは
なんとかペースを掴もうとしてオダに質問する。
だが覚悟を決めてきたオダはその程度では流されなかった。

「黙っていてすいませんでした。 だって私は天気組団の……」

天気組団は全員が一つずつの天気に対応した戦い方を得意としている。
雨の剣士ハルナンは敵の肉を削ぐことで血の雨を降らせる。
雪の剣士アユミンは地面を慣らして敵を滑りやすくする。
曇の剣士マーチャンは火煙を起こして一酸化炭素中毒を狙う。
雷の剣士ハルは雷速の如き猛攻を得意とし、感情という名の電気信号も操る。
そしてオダは……

「晴の剣士、ですから。」

そう言うとオダはまた光の中にすうっと消えていった。
また見え難い位置からサユを攻撃するつもりなのだろう。
このような戦い方をするオダに対して、ハルはつい声を荒げてしまう。

「オダちゃんズルいぞ!光に隠れるのはともかく、不意打ちで王に切り掛かるなんて……」

確かにハルの言う通り、オダの初撃は卑怯ととられても仕方のないものだった。
決闘前から姿を見せずにいきなり喰らわす攻撃は、口が裂けても正々堂々とは言えない。
ところが、普段はオダに対してキツく当たるアユミン・トルベント・トランワライは
今回の戦法に理解を示していた。

「やめなよハル。」
「アユミン!お前は何も思わないのかよ!」
「オダは自分が卑怯だってことを全部理解している。そういうヤツだよ。
 凄いのは恥だと理解した上で実行しちゃうところなんだ。
 私は負けたくない一心でエリポンさんとサヤシさんから逃げたことがあるけど
 あれはとても恥ずかしかった……本当に辛かった。」
「アユミン……」
「なのにオダはすました顔をしながらあんな事を平気でしてる。本当にムカつくヤツだよ……」

アユミンの言葉に、隣で座っていたマーチャンも続けていく。

「オダベチカは卑怯じゃないよ。」
((オダベチカってなんだ……?))
「だってミチョシゲさんすっごく強いもん。だからオダベチカが何をやっても卑怯じゃないよ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



オダが光に隠れたということは、またすぐにでも仕掛けてくるはず。
ところが狙われる側のサユはその場から動かなかった。
何か策でもあるのかと一同は思ったが、苦悶の表情がそれを物語ってはいない。
サユ王は動けないんだ、と皆が理解した。

「嘘じゃろ?……たった一撃もらっただけなのに……」

サユがこれまでに受けたのは右ももに受けた初撃のみ。
だというのに彼女はそこから動けなくなるほどに苦しんでいる。
いくらブランクが有るとは言っても、完全な棒立ちになるのはあまりに酷い。
仕掛け人のオダもコトがうまく運び過ぎているので少し不審に思ったが、
サユ王が歯を強く食いしばりながら耐えているのを見て、好機は本物であることを悟りだす。

(よく分からないけどこれは二度とないチャンス。
 ここで攻めきれなければ絶対に後悔する!)

オダは急ぎながらも、且つ物音を立てぬようゆっくりとサユに接近していく。
光の強く当たる部分を縫うように突き進み、
少し手を伸ばせば敵を切れるところにまで到達した。

(勝てる!私は王に勝てるんだ!)

オダは、自分が帝国一の剣士になったのかもしれないと思った。
まさに有頂天だった。
凶刃が目の前にまで突き出されるまでは。

「キャッ!?」

たった一瞬。まばたき一つくらいの隙を突いて
サユのレイピアはオダの眼球を貫こうと飛び出していた。
見えているわけのない相手からの攻撃に反応できるはずもなく
オダはその場に突っ立ったまま、回避行動をとれなかった。
しかし何か様子がおかしい。
あんなに勢いよく放たれた刃が、オダの目に当たる直前で停止していたのである。
脅しにしては鋭すぎた斬撃に、オダは何が何なのか分からなくなってしまう。
そして、その斬撃を放ったはずのサユを見て、オダは更に混乱していく。

「あなたは大人しくしてなさいよ……」
「!?」

混乱の原因は、右手のレイピアではない方の剣。
つまりは左手に握られたマンゴーシュの行き先にあった。

「え?そんな、サユ王……いったい何をしてるんですか」
「大人しくしてなさいって言ってるでしょ!!」
「ヒィッ!」

なんとサユは、左手のマンゴーシュで自身の右腕を刺していたのだ。
これでオダの目を貫く寸前で刃が止まった理由は分かった。
自身を痛めつけることでオダへの攻撃を強制的に止めたというワケである。
だが、こんな異常行動をとる理由まではまったくもって分からない。
オダだけでなく、他の帝国剣士らもパニックに陥ってしまう。

「なんだなんだ、サユは帝国剣士たちに秘密を打ち明けていないのか。」

辺りをキョロキョロ見回しながら呟いたのはマイミだった。
マイミに並んで、マーサー王とマノエリナも冷静な顔をしている。

「そりゃそうだとゆいたい。 
 身体の中に化け物を飼っていることを知られたくない気持ちは、痛いほどよく分かる。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サユの秘密。
それは多重人格者であることだった。
彼女の器の中には「マリコ」という人格が同居していて、
数年前からはそのマリコとも対話できるようになっていたのだ。
しかしこのマリコ、非常に幼稚な性格をしており
気に入らないものを捻り潰すまで暴れることも珍しくはない。
美しく戦うことを信条とするサユとはまったくの大違い。
共通点といえば自分を好きなことだけ。
そのためサユはマリコを外に出さぬよう常に尽力していたのだ。
今もこうしてサユとマリコとで自問自答をしている。

(マリコ!大人しくしなさいってば!)
『やなの!やなの!あいつ生意気だから〆てやるの!』
(あなたが出たら本当に殺しちゃうでしょ……)
『それの何がダメなの?あいつはマリコの脚を斬ったの。万死なの。』
(帝国剣士は私の可愛い後輩たちなのよ。それを傷つけるなら例え自分でも許さない!)
『うるさいの。さっさと肉体よこせなの。』
(そっちがその気ならこっちにだって手が有るわ。)
『なんなの?』
(あなたがオダの命を奪ったら、私は自害する。)
『え?……』
(マリコ、あなたの活動時間はそう長くはないはずよ。
 肉体が私に返ってきたらすぐに心臓に刃を入れてやるわ。)
『なんでなの!?そんなことしたらマリコもサユも消えちゃうの!
 頭がおかしくなっちゃったの!?』
(嫌なら大人しく眠ってなさい。少なくともあの子たちの決闘が終わるまではね。)
『むぅ……最近表に出てないから暴れ足りないの。』
(それなら安心して。きっと大暴れできる日は近いはずよ。)
『そうなの?』
(もうすぐで帝王のお仕事はおしまい。そしたらエリチンやレイニャ達と毎日遊びましょう。
 だからちょっとの間だけ我慢して。)

ふぅ、と息を吐いてサユは腕に刺さったマンゴーシュを抜いていった。
かなりの損傷だというのに、今の彼女はもう苦悶していない。
とても晴れやかな表情をしている。

「失礼。それじゃ続きを始めましょう。」

凶悪な感じがすべて抜け切ったはずのサユだったが
オダはそんな彼女を見て、さっき以上に恐怖を感じてしまう。
そしてそれはオダだけではなく、他の帝国剣士たちも同様だった。

「サユ王の身体から……光が出てる……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サユから発せられる光は、後光と言ったレベルを遥かに凌駕していた。
明らかにサユの身体そのものが発光しているのだ。
人体がこうもまばゆく輝くことなんて本来ありえないため、
それがサユの放つプレッシャーが具現化したものだということは、すぐに分かった。

「凄いっちゃん……食卓の騎士に全然負けとらん……」

普段サユは、力の半分をマリコを抑え込むために費やしている。
つまり、マリコを説得して引っ込めた時だけは全力を発揮できるようになるのだ。
その時やっと、王は歴戦の戦士として相応しいオーラを纏っていく。

「オダ、どうせなら万全な私と戦いたかったでしょ?」
「……!」

より強い者を倒したいという思いは確かにオダも持っていたが
ここまでクッキリと視認できる形で威圧されたら敵わない。
しかもサユが見せるビジョンはよりにもよって「光」。
太陽光と複雑に入り混ざって、どれが本物の光なのか分かりにくくなっていた。

(でも!私には分かる!)

オダはブロードソードをぎゅっと握り直し、改めてサユに斬りかかった。
そして長年の経験を元にサユの光と太陽光を区別し、
本物の光だけをブロードソード「レフ」で反射させた。
とは言っても此の期に及んで光の下に隠れようとは思っていない。
狙いは「モーニングラボ」でマーチャンを撃破した時にやってみせた「回避不可能の一撃」だ。
あの時は真っ暗な室内で、炎の灯りをマーチャンの目に反射させることで目を潰したが
今回は本当の太陽光をサユの目に送り込もうとしているのだ。
いくらサユが光を纏う戦士だとしても、日光を目で受けて平気でいられる訳がない。
眩しさで苦しむうちに攻撃を仕掛ければ、サユは回避できずに斬られるはずだ。

(王が格上なのは認めるけど、この勝負だけは私が勝つ!)

この状況でも冷静さを保っていられたオダは、見事にサユの方へと光を飛ばすことが出来た。
残りは目の潰れたサユをゆっくり斬るだけで終わりのはずだった。
しかし、全力を取り戻したサユにはそれすらも通用しなかった。
右手のレイピアをピッと上げて、オダの放った光をどこかにはね返しててしまう。

「えっ!?」

あっさりと容易く対処したサユをみて、オダは信じられないといった顔をする。
サユのとった行動が超のつくほどの高等技術であることを彼女は知っていたのだ。
留まる光を反射するならともかく、飛んできた光を返したのだからその腕前は人間離れしている。

「残念だけど、鏡と光の扱いに関しては年期が違うのよね。」

ショックで一瞬止まったオダに対して反撃するため、サユは一歩踏み込んだ。
そして鏡のように綺麗なレイピアをオダの左ももに突き刺し、こう言ってのける。

「これが私の必殺技。 ヘビーロード"派生・レイ(一筋)"。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



レイピアは一筋の光のように鋭く、オダの脚の中へと侵入していった。
ところが剣の切っ先は長く刺さることはなく、
すぐにサユの側へと引き戻されてしまう。
つまりは細い針がたった一瞬突き刺さっただけのこと。
健康診断で注射を受けるのと同程度の痛みしかない必殺技に、オダはまたも困惑する。

(これが必殺技って……サユ王、いったい何を考えてるの?)

訓練場を一撃で壊滅状態にしたクマイチャンの必殺に比べると、サユのヘビーロード"派生・レイ(一筋)"はあまりにも弱すぎる。
だがオダはもうサユの実力が劣ってるなどとは思わなかった。
必ず何かある。そう信じて一旦退くことに決めたのだ。
元気をとり戻したとはいえ、サユの脚からはまだ血が流れ続けている。
あの状態で瓦礫の山を移動するのは困難であるはずなので、
逃げ回りながら戦う作戦へのシフトを考えていた。
しかし、サユの必殺技はそれをさせなかった。

「えっ!?脚が重い……」

少し段の高いところに上がろうとしたオダだったが
急に脚が重くなったために中断せざるを得なくなってしまった。
原因は疑うまでもない。さっき喰らったサユの必殺技に決まっている。
そう思ってサユの側を振り向こうとした時には、既にふくらはぎを3回刺されていた。

「!?」
「重いでしょ?もっと重くしてあげる。
 ヘビーロード"派生・アフターオール(結局)"。」

このまま喰らい続けるのはまずいと考えたオダは必死で逃走しようとする。
すると意外にも彼女の脚は高くまで上がることが出来ていた。
これならばサユと距離を取ることも出来るかもと思ったが、
3、4歩ほど歩いたところで転倒してしまう。
結局、脚の重さには勝てなかったのだ。

「!?……なんで、なんで動けない……」
「オダ、あなたのことだからきっと毎日のように瓦礫の上を走る訓練をしてたんでしょ。」
「なんでそれを……!」
「疲れてるのよ、その脚。 針の感触から全部わかる。
 そんな脚ならね、ちょっといじめてやるだけで十分潰せるの。」
「!!」

サユの細いレイピアには二つの役割がある。
一つは相手の脚の状態を把握するための触診としての役割。
そしてもう一つは筋細胞を潰すための攻撃手段としての役割だ。
すぐに相手を殺せるような即効性は持ち合わせてはいないが
じわじわと相手をなぶるような、えげつない戦法を得意としている。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「脚がダメなら!」

オダは転倒したままの姿勢で、その辺に散らばる木片を拾い上げた。
サユに一度も針を入れられていない上半身の力で投げれば通用すると考えたのだ。
だがオダは剣士としての技能こそ優れているものの、パワーそのものは帝国剣士の中でも中位程度。
半端な力で投げつけた破片はサユのマンゴーシュによって簡単に弾かれてしまう。

「私はその気になれば銃弾も防げるのよ?もっと考えて戦いなさい。」
「くっ……」

うまく機能しない脚部を無理やり動かそうとするオダだったが、
それよりも速くサユは接近し、右脚と左脚のそれぞれにレイピアを数回突き刺していく。
赤い斑点が高速でポツポツと発生していく様はとても痛々しい。

「あっ……!!」
「今のはヘビロード"派生・スティール(今尚)"と"派生・トゥーレイト(今更)"。
 何かしようと考えて動き出そうとしたんだろうけど、ごめんね、きっと無駄になるよ。
 足取りの重さは今尚続いているし、今更すべてが手遅れ。」

オダの脚は生まれたての小鹿のようにプルプル小刻みに震えている。
こんな状態では例え立ち上がれたとしても、もう歩きまわることは出来ないだろう。
唯一の勝機と言えばサユが近くにいる今のうちに斬撃を当てることくらいだったが
それを見越していた王はすでにオダから距離をとっていた。
すました顔ですたすた歩くサユ王を見て、マノエリナは小さな声で呟いた。

「本当にペテンですよね、あの人。 派生がどうのこうの言ってるけど全部同じじゃないですか。
 マイミさんの動体視力で見ても違いなんか無いでしょう?」
「そうだなマノちゃん。全部脚を斬るだけの同じ技だ。」
「わざわざ名前を変えることで相手を惑わせる……っていう効果は認められますけどね。
 特にオダ・プロジドリのような頭で考えるタイプには必要以上に効いちゃうのかも……
 あ、じゃあマイミさんには通用しないのかな。」
「あははは、私の脚は鋼鉄製だからな。確かに通用しないだろう。」
「や、そういう意味じゃなくてですね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サユとの差を見せつけられたオダの心は完全に折れかけていた。
いま思えばサユに宣戦布告した時のことがとても恥ずかしくなってくる。
可能であればこのまま消滅してしまいたいくらいだ。
ハルのような性格をしていれば黒歴史に気づかず平気な顔を出来るのかもしれないが、
それなりに周りの空気の読めるオダはそうもいかなかったのだ。
そうなった時のオダは大抵、開き直っている。
「自分は空気の読めない子ですよ~」と言った態度を示すことで、羞恥心を軽減させてきたのである。
今回もサユ王に勝てなかったのは悔しいが、
「いやぁ、やっぱりまだまだでした。」とでも言えばなんとかプライドを傷つけずに場を収められるかもしれない。
だが、今のオダにはそう振舞うことは許されていなかった。

(先輩方の前座なのよね、これ。)

エキシビジョンが始まれば、お次は次期帝王を決める決闘が始まる。
絶対に勝利を手にするために努力してきた先輩たちを前にして、
「勝てそうもないので降参します。」なんてどの口が言えるだろうか。
最後の最後まで死闘をつくさねば、次へとバトンを渡すことなど出来やしない。

「サユ王、お気をつけて。」
「ん?」
「私の気持ち、まだ切れてませんから。」

オダはマーチャンとの戦いを思い出していた。
苦しい状況下で歯を喰いしばらねばならないのはあの時と一緒だ。
常に斬新な攻撃法を編み出さねばならないのもあの時と一緒だ。
そう、シチュエーションは大して変わらないのである。
あの時自分はどうやって勝ったのか、オダはそれを思い出しながら最後の一撃をぶちまける。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



オダがマーチャンに勝つ時の決め手になったのは、
棍棒のように重く巨大な両手剣を投げつけた行為だった。
それが今回も有効だと考えたオダは、自身のブロードソードを這ったままブン投げる。
確かに瓦礫を放るよりは効き目が有りそうではあるが、
それがサユに通用するかどうかは疑問だ。
ハルとアユミンもつい言葉に出してしまう。

「ヤキが回ったか!?……あんなの簡単に弾かれるだろ……」
「しかもこれで自分の武器を失い形になる。オダは終わりだよ。マーチャンもそう思うでしょ?」
「うん、ミチョシゲさんには通用しない。」
「だよね。」
「でも……アイツには効く。」

この時サユは、オダの期待ハズレな行動に少しガッカリしていた。
最後まで諦めなかったのは評価できるが、いかんせん行動が幼稚すぎる。
さっき「銃弾も防げる」と言ったばかりだというのに、その銃弾よりもずっと遅い攻撃じゃ意味がないのだ。
もうこれ以上の成果は見込めないと思ったサユは、飛ぶ剣をさっさと撃ち落として、決着をつけようとする。

(あれ?……この軌道は。)

ここでサユは初めて気づいた。
剣はただ闇雲に投げられたのではなく、サユの顔に向けられていたことを。
確かに人間は顔面への攻撃を恐れるし、場合によってはパニックを起こす場合も考えられる。
オダはそれを狙ったのかもしれない、とサユは考えた。
もっとも、冷静なサユにはそんな攻撃は通用しない。
自分の顔面に迫る攻撃だろうと、顔色ひとつ変えず跳ね除ける自信がある。
だが、サユではない存在はそうもいかないようだった。

「やなのっ!!!」

サユ王は耳をつんざくような大声をあげながら、レイピアを飛んできたブロードソードに叩きつけた。
いや、これはサユではない。マリコだ。
他の何よりも大切な自分の顔が傷つくのを恐れて、前面に出てきてしまったのである。
そんな状態で出てきた訳なのだから、当然マリコは怒っている。

「お前……絶対に許さないの!!」

マリコは一心不乱にオダの元へと向かい、倒れ込んでいるオダに右手の剣を振り下ろした。
その憎しみと殺意がたっぷりと籠められた剣で斬られたら今度こそオダの命は失われてしまうだろう。
だからこそ、サユは必死で抵抗する。
暴走するマリコの刃を止めようと、左手の剣を右手の甲にぶっ刺したのだ。
もちろん激痛。だがこのまま後輩を失うよりはずっとマシ。
サユ王は苦しみの中でそう思っていた。

「いやぁ、やっぱりまだまだでした。」
「……?」

自分の命が危険に晒されていたのを知ってか知らずか、
ほとんど寝たままの姿勢でオダがそんなことを言うのだから、サユは不思議に思う。
しかもその言葉は、オダが自信のプライドを守るために用意された「開き直り用」の言葉だ。
もっとも、今回に限っては開き直りとしては使われていない。

「私の実力じゃサユ王には絶対に勝てないと思いました。
 ですので、王を傷つけるために王を利用させてもらいましたけど、いかがでした?
 よく分からないけど、王の中にはもう一人の王がいるんですよね?」

敗北確定の状況にもかかわらずニヤニヤと笑うオダを見て、サユはゾッとした。
そして、同時に嬉しくもあった。
最後まで戦い抜くだけではなく、ちゃんと敵を倒すために頭をフル回転……即ちブレインストーミングしたのが嬉しかったのだ。

「立派ねオダ。だから私も敬意を持って応えるわ。
 最強の技と最後の技、両方同時に味あわせてあげる。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サユは秒間に十数回もの速さでオダの両脚を滅多刺しにした。
ここまで来るともう痛みや重さを感じるレベルを超越しており、
まるで脚そのものが無くなってしまったと錯覚するくらいに力が入らなくなる。
擬似的な下半身消失の影響はギリギリのところで起き上がらせていた上半身にも及び、
全身が床に吸い寄せられたかのようにうつ伏せてしまう。
即ちオダは地に依存せざるを得ない身体になったのだ。
これまで何回か抵抗してきたが、今度こそ本当に限界。

「ヘビーロード"派生・ディペンデンス(依存)"。
 そしてヘビーロード"派生・リミット(限界)"。
 これを受けて立ち上がった人間は1人も存在しないわ。
 よく頑張ってくれたけれど、これで決着ね。」

サユは喋る気力すら失ったオダを、そっと抱きかかえた。
このままお姫様抱っこの形で立ち会いの席に連れて行こうとしているのだ。
こうなると、オダの脚から吹き出る血液がサユ王の身体にベッタリと貼り付いてしまうので
フクやハルナン達が代わりにオダを運ぼうと慌てて立ち上がった。
ところが、サユ王はそれを良しとはしなかったようだ。

「何してるの?オダは私が運ぶのよ。あなた達は次の準備をしていなさい。」
「で、でも王にそんなことをさせる訳には……」
「フクちゃん!」
「う、うす!」

急に怒鳴られたので、フクは今までしたことの無いような返事をしてしまった。
それだけサユの怒号の迫力が凄まじかったのだ。

「オダは次の決闘を汚さないために最後まで諦めずに考え抜いたのよ。
 なのにここであなた達に負担がかかったら全て台無しになるじゃない!
 オダは私が運んで、私が応急処置をするの!ちゃんとメモっとけよハルナン!」
「はい!」

メモなんて持ち合わせていないのにハルナンはハイと言ってしまった。
そう言わざるを得なかった。

「分かったら宜しい。すぐに次期帝王を決めるチーム戦の準備を始めなさい。」



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