サユがオダの脚に包帯を巻いている一方で、
Q期と天気組らは模擬刀の準備を行っていた。
1ヶ月前は真剣で斬り合った彼女達ではあるが
平和な時代であるために、どちらかと言えば訓練用のこの剣の方がよく手に馴染んでいる。
切れぬ剣ではあるが、力を示して相手を制圧するにはこれで事足りる。
特に、Q期の側にはそれをするのに十分すぎる程の技能が備わっていた。

「結局私たちの中で必殺技を習得できたのはフクちゃんとサヤシの2人だけだったね。
 でも、フクちゃんの技が決まれば戦況は大きく変わると信じてるよ。」
「うん。頑張る。 サヤシの技も使えたら良かったんだけど……」
「ウチの必殺技は真剣用じゃけぇ、今日は使えん。」
「なんでそんな技をイメージしたと?模擬刀を使うって決まっとったやん。」
「それは分かっちゃる、じゃけど、いくら頭を使っても居合術しか思いつかなくて……」
「ま、必殺技を覚えられなかったエリが言えることじゃないっちゃけどね。
 使えんなら使えんなりに工夫して戦おう。
 カノンちゃんも言うとったけどフクの技次第で勝ち目は大きく変わりよる。
 いかに必殺技を繰り出すチャンスを作りあげるか……それを意識して動くしかない。」

サヤシもカノンもエリポンの言葉に強く頷いた。
彼女らがフクの必殺技に対して絶対の信頼を寄せていることがよく分かる。
そして、それは天気組らも同じ。

「ハル、身体はもう大丈夫?」
「バッチリだよハルナン。もうアヤチョにやられた傷は痛くない。」
「文字通り死ぬ気で覚えた必殺技だもんね。」
「ああ、ここで決めなきゃ男が廃るってもんだ。」
「ドゥーは女の子だよ。」
「マーチャンちょっと黙ってよう。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



これから始まる戦いの配置につくために
Q期団は訓練場の西側へ、そして天気組団は東側へと移動した。
緊張感の漂っている彼女らの表情を見るに、開戦がすぐそこまで迫っていることがよく分かる。
立ち合い人という重要な立場であるはずのマーサー王も相当興奮しているようだった。

「なぁ二人とも、彼女らはまずどう動くと思う?」

王の問いかけに先に答えたのはマノエリナだ。
自分がQ期団あるいは天気組団の一員になったと想像し、最善策を予測する。

「リーダーを守るための陣形を組むでしょうね。
 "次期帝王候補"であるそれぞれの団長が今回の鍵となることは間違いありません。
 守り切れなかった時の士気の低下は想像に難くないでしょうから、両団必死に守りぬくはずです。」
「なるほどマノエリナはそう思うか、ではマイミは?」
「Q期団は確かにそうでしょう。」
「ん?……では天気組団はどうすると?」
「それと全く逆のことをすると思いますよ。ハルナンはそういう奴です。」

マーサー王らがそうこう言っているうちに、帝国剣士らは動き出した。
そしてその初動はマイミが予言した通りになっている。

「へぇ……天気組団ってなかなか元気者なんですね。」

リーダーを守るべきというセオリーに反して、天気組団はハルナン自ら前に走りだしていた。
団員のアユミン・トルベント・トランワライとハル・チェ・ドゥーも同じくハルナンに続いていっている。
ガレキの上をそこそこのスピードで移動しているのは、そういう特訓をしたということで納得できるが、
戦闘に特化したタイプではないハルナンが真っ先に前に出たことにQ期団の面々は驚愕していた。

「なに?……何か策があるっていうの?……」

Q期らは基本通りに防御をガチガチに固めていた。
防御の要であるカノンがフクの前に立ちはだかり、その横からエリポンとサヤシが叩くという陣を組んでいる。
そう簡単には崩されないと自負してはいるが、敵の考えが分からないため多少の不安は拭えない。

「一番分からんのはマーチャンやけん。なんでマーチャンだけ動かんと?……」

勢いよく飛び出したハルナン、アユミン、ハルに対して、マーチャン・エコーチームは初期配置に留まっていた。
つまらなさそうな顔をしながら、Q期たちをただただじっと見つめている。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



とは言え、遠くにいるマーチャンを気にしている場合ではない。
今しがた迫ってきているハルナン、アユミン、ハルに早急に対応することの方がよっぽど大事。
脚の故障が治りきっていないフクはダッシュやバックステップで敵から逃げることが出来ないので、
エリポン、サヤシ、カノンの3人がリーダーを守るための盾となる必要がある。
そして、その中でも特に防御の要と言えるのがカノン・トイ・レマーネだ。

「何か仕掛けてくるよ、でもやることは変わらないからね。」
「「うん!」」

カノンが何か呟くだけでエリポンとサヤシの顔つきが変わったことにハルナンは気づいていた。
体格に恵まれているだけでなく考え方まで慎重なカノンが指示を出すのであれば、Q期の守りは鉄壁なのだろう。
となれば考えなしにぶつかるだけでは突破出来ないに違いない。

(だったら、予測できないくらいトリッキーな技を決めてあげる。)

アユミンより少し先を走っていたハルナンとハルは、もう少しで敵の元へと到着するといったところで足を止める。
そして互いに向き合って、相手の両方の肩に手を置いたのだった。
これはまさにヤグラ。超のつくほど簡易的ではあるが、長身の2人からなるだけあってなかなかの高度が保たれている。
そして、走る勢いそのままにヤグラを駆け上がっていくのはアユミンだ。
最高点に達すると同時に、互いの肩に伸びた二人の腕を蹴り上げることによってアユミンは飛翔する。

「私は黄金の鷲になる!」

アユミンの故郷で盛んな「チア」と呼ばれる舞踏をイメージして編み出されたこの連携技は
ただ大きくジャンプして相手を驚かせるだけでは決してなかった。
空中には移動を妨げるガレキなど存在しないために、走るよりも速く前進することが出来るのだ。
そして鳥のように飛ぶアユミンの高さは、壁となっていたカノンらの身長を遥かに超えていた。
そこから導き出される天気組団の狙いは、ズバリ敵将への直接攻撃。
邪魔な壁をすべて乗り越えて、フクを叩こうとしているのである。
だが、帝国剣士一の慎重派とも言えるカノンがこの程度の奇策についていけないはずがなかった。

「エリちゃん、分かってるよね?」
「もちろん!あっちがイーグルならこっちはアルバトロスやけんね!」
(ホークスじゃないんけぇ……)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



エリポンはその場で垂直に飛び上がった。
ただの一跳びでアユミンのヤグラ込みの高度にまで到達し、模擬刀を思いっきり叩きつける。

「近道はさせんよ!」
「ぎゃあ!」

下方向への力を加えられたアユミンはいとも簡単に床へと落とされてしまう。
自軍の将に危害を与えんとする敵は決して容赦しないというエリポンの覚悟がうかがえる。
今回このようにして飛翔と攻撃と同時に行ったのは、バレーボールをモチーフにしたエリポンの魔法によるもの。
彼女の強靭な脚力と背筋力が助走なしのジャンピングスマッシュを可能にしたのだ。
これには大物であるサユ王やマーサー王ですら舌を巻く。

「あら、エリポンったらあんなことも出来たのね。」
「あの跳躍力ならば我らがクマイチャンにもダメージを与えられるだろうか?……いや、まだ全然低いか。」

派手な特攻に対する派手な迎撃。否が応にも注目は空中での攻防に集まっていた。
傑物揃いの立ち合い人たちだってその範疇からは外れていない。
人間の目はどうしても目立ったイベントに行きがちなのだ。
それを理解しているハルナンは、今回のヤグラ特攻を二段構えの策としていた。

(ハル!鍵は貴方なのよ!)

誰もが空中での出来事に視線を移している隙に、ハル・チェ・ドゥーはエリポンの跳ぶ下をくぐっていた。
実はアユミンは完全なるオトリ。打ち上げロケットのように見せかけて、切り離し燃料タンク程度の役割しか担っていない。
真の特攻は目立たぬ場所を走り抜けるハルによるものだったのだ。

(エリポンさん側の守りはガラ空きだぜ!そこからフクさんを直接叩いてやる!!
 もう非力な剣士なんて言わせない……ハルには必殺技があるんだ!!)

従来のハルならば、例えフクと対峙したとしても決定打を与えることは出来なかっただろう。
フクとアヤチョの戦いに乱入した際に、簡単にあしらわれてしまったことからもそれが分かる。
だが今のハルには、そのアヤチョから伝授した必殺技が備わっていた。
一度殺して死ななければ二度殺す。
死にもの狂いの特訓で習得した技が決まれば相手がフク・アパトゥーマだろうと撃破可能だ。

「近道はさせんってエリポンが言うとるじゃろが」
「!?」

跳ぶエリポンの側を通ればそこにはフクしかいないはずだった。
ところが、ハルの目の前にはサヤシ・カレサスが立ちはだかっている。
空中戦でアユミンと叩き落したエリポンと同じように、
地上ではハルをぶちのめそうと待ち構えていたのだ。

「なんでだ……なんでハルの動きに気づけたんだ……」
「カノンちゃんの防衛策が優れてるからに決まっちょる。ハルナンの奇策よりもな!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



少し離れたところからハル達を見ていたハルナンは、自身がフクにずっと見られていたことに気づきだす。
要するに、フクとサヤシは一度も空を見ることなくハルナンとハルの方に目をやり続けていたのだ。
エリポンがミスをすれば自身に危害が及ぶというのに、どれほど厚く信頼してたというのだろうか。

(そうか、カノンさんの防衛策はつまり・・・)

ハルのゲリラ特攻が簡単にサヤシに見抜かれた理由について、ハルナンはなんとなくだが分かり始めていた。
Q期のメンバーの一人一人が、ターゲットとして定められた相手を監視することによって
例え奇怪な行動を取られたとしても即時対応できるように構えていたのである。
視線の方向から察するに、フクはハルナン、エリポンはアユミン、サヤシはハルをマークしているように見える。
これらは全て一ヶ月前の選挙戦にてマッチアップした組み合わせの通りだ。
極限状態に取りうる行動を身をもって体験したからこそ、監視も上手くいくだろうと考えての割振りなのだろう。
そして、これらの策を考えたカノン本人だって監視役の一角を担っている。

(うぅ……カノンさん、しっかりとマーチャンを見てるじゃない……)

カノンは全体に目をやりつつも、初期配置から一歩も動いていないマーチャンにも気を配っていた。
何を考えているのかまったく分からない相手なだけに、一瞬たりとも警戒を外すことは出来ないと考えているのだ。
これはとてもやりにくい。
改めてカノンを筆頭としたQ期の鉄壁ぶりを痛感したハルナンは、既に特攻したアユミンとハルに指示を出す。

「二人とも退いて!」

地に落ちて肘を痛めたアユミンも、サヤシを前にビビっていたハルも
撤退命令を聞くや否やすぐさまその場から離れていった。
陣形を守ることを重視するため深追いをしないQ期から逃れるのは意外にも簡単であり、
すぐに安全圏へと退避することが出来た。
だが、ここからいったいどう攻めれば良いのだろうか。

「ハルナン気づいてるんでしょ?私たちの壁を突破することなんて出来ないって。」
「はい、カノンさん。近道を通るのは難しそうです。」
「ん……正攻法なら崩せるとでも?」
「そうですね!ガチンコでいってみましょうか!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナン、アユミン、ハルといった戦力でQ期に対してガチンコ勝負だなんてにわかには信じられなかった。
元々の地力が違うというのもあるが、
そもそも彼女らは今の状況下で己の真価を発揮することが出来ないのだ。
雨の剣士ハルナンは肉をえぐる剣で血の雨を降らせて、意気消沈させる戦いを得意とするが
今の模擬刀ではえぐるどころか刺さりもしない。
雪の剣士アユミンは地面を均して氷面のように滑りやすくすることが出来るが、
瓦礫の山を真っ平らにすることなんて出来やしない。
雷の剣士ハルは一般兵らを従えて自在に操るカリスマ性を備えるが、
Q期団vs天気組団という条件ではそれは役立たない。
ついでに言えばマーチャンだって燃える木刀から発せられる煙によって相手を苦しめるが、
手に持つのは鉄製の模擬刀なので、火をつけることも出来ない。
つまり、特殊戦法頼りな天気組にとってガチンコ勝負は不利も不利なのである。
何故このようなルールをハルナンが推し進めたのか、フク達には分からないが
とにかく相手が白兵戦を望むのであれば好都合だ。

「フクちゃん、マークを変えよう。私はハルナンの相手をする。」
「うん、じゃあマーチャンを見ておくね。」
「エリポンとサヤシはさっき言った通り!相手がどう出ようが、やる事は変わらないよ!」

エリポン、サヤシ、カノンの3人でがフクを必死に守ろうとすることは想像に難くない。
となればわざわざその姿勢を崩す必要もないとハルナンは考える。
真の目的には、なんら影響しないのだから。

「アユミン、ハル、ここは全力でいきましょう。
 すべては最終的な勝利のために。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



敵将を討てばかなり有利になるこの状況において、
ハルナン自らガチンコ勝負に来てくれたのはQ期にとって大きなチャンスだった。
出来ればフクも含めた四人がかりで仕留めてしまいたいところだが
アユミンとハルは片手間で相手出来るほど弱くない。
それに、何をするか読めないハルナンの凶刃がフクに当たるのは何があっても避けたいため
ここはカノン一人で応対することにした。
とは言ってもカノン・トイ・レマーネは果実の国のトモとカリンの二人を終盤まで圧倒した実力者だ。
戦闘特化型ではないハルナンには簡単に負けないと自負している。

「来なよハルナン。私が立ってる限りはフクちゃんに触れさせないよ。」
「はい、では胸を借りるつもりで……えい!」

そう言うとハルナンはカノンの顔面目掛けて模擬刀を突き出した。
顔への攻撃がとても有効なのはサユとオダが戦ったときのことを思い返してみても明らかだ。
カノンはサユほど自身の顔に執着しているわけではないが
それでも人体急所が集中している部位であるために、避けるにこしたことはない。

(なにそれ?狙いが見え見えだよ!)

肉体の打たれ強さだけではなく、そもそも攻撃を貰わないための回避法を常に考えているカノンは
少し膝を曲げて体勢を低くするだけで、顔への刃を空振らせることに成功した。
カリンの飛ばした血液のような液体ならともかく、
はっきりと形の見える固体としての攻撃ならまず避けられるのである。
これには相対したいるハルナンも思わず感心する。

「流石の回避ですね、カノンさん。」
「こんな時まで太鼓持ち!?油断はしないからね!」

カノンは体勢を元に戻すのと同時に、強く握った拳をハルナンの鳩尾にぶつけていった。
重量級のパンチはハルナンの細身にはとても効いたらしく
たった一撃で吐き気を起こさせてしまう。

「くぁっ……」
「これくらい避けられないようじゃ話にならないよ?……王になりたいんでしょ?」
「……なりますよ、だから今は耐えるんです。」
「なに?どういうこと?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カノンがハルナンに善戦している一方で、サヤシはやや苦戦していた。
ハルによる斬撃の乱れ打ちに対して、防戦一方になっていたのだ。
本来ならば剣の達人であるサヤシがハルに押されるなんて有ってはならない話だが、
当のサヤシは今回のルールを聞いた時からこうなることを予測していた。

(くっ……ウチの良さを完全に殺されちょる。)

武器は模擬刀。
この一点が最も大きく響くのは真剣による剣術を得意とするサヤシであり、
逆に大して影響を受けないのは普段から「切れない剣」である竹刀を愛用するハルだった。
真剣勝負の実戦では二人の差は途方も無いほどに広がるが、
訓練用の模擬刀ルールであれば、拮抗とまでは行かなくてもハルはそこそこ食らいつけるのだ。
そう言えば、とサヤシは思い出した。
ハルは研修生の中でも優れた逸材として鳴り物入りで帝国剣士に加入してきたのだが
いざ実戦に投入してみると呆気なくやられて泣いて帰ってきたことがあった。
その時は「何故こんな弱い奴が帝国剣士に?」とも思ったが、
つまりは模擬刀によるレッスン主体の研修生の中では天下無双だったという訳だ。
ならば今こうしてサヤシに匹敵した剣技を見せているのも納得できる。
そして、今回ハルが強い理由はそれだけではなかった。

「死線……どれだけくぐってきた?」

ハルによる乱打を剣で受け止めながら、サヤシは呟いた。
基本的には緊張したり、ビビったりしているハルの方から
時たま並々ならぬ殺気が発せられることに気づいたのだ。

「死線?それならめっちゃくぐってきましたよ。この一ヶ月で50回はくだらないんじゃないんですか!」

ハルは止められた剣を引き、そこから更に鋭い一閃を飛ばしていく。
ただの速攻ではなく、殺意まで込められた一撃は並の剣士では防ぎきれないことだろう。
だがサヤシだって一ヶ月前の選挙戦で死を目の前にしたことがある。
ハルの死線がどういったものかは知らないが、覚悟はサヤシも負けていない。

「ウチはサヤシ・カレサス。帝国最速の剣士……これくらい簡単に防げるんじゃ。」

苦戦しているとは書いたが、
サヤシはこれまで全ての攻撃を刀身で受け切っている。
フクを守るために、完全な防御体勢にシフトしているのだ。
今回もこうして刀をしっかりと止めていた。

(問題ない。殺気こそ有っても捌けないほどじゃない。
 じゃけど、何かがおかしく感じられよる……)

これだけ焦らせば、精神が不安定気味なハルはじきに崩れると思っていたが
その顔はいつの彼女と比べてずっとクールだった。
まるで今の状況を想定していたように見える。

「これも防がれるか……やっぱサヤシさん凄いな。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カノンとサヤシの感じる違和感を、エリポンも同様に感じていた。
天気組の中では比較的正統派なアユミンの攻撃をいなすために
数多のスポーツから使えそうな技術……もとい魔法を使おうとしたのだが、
足場の悪さゆえに上手く動けないことも多々あった。
その時のエリポンは当然隙だらけなので、アユミンとしても攻めの好機なはずなのだが、
敵はあえて攻めの手を緩め、エリポンが体勢を整える時間を与えたのだ。
はじめはエリポンを舐めきっているのかもと思ったが、
それ以外の剣のキレや立ち回りは全力に見えるため、本気であることは間違いないらしい。

(なんなん?……気味が悪い)

ギリギリのところで生かされているような感覚。
それは決して心地の良いものではなかった。
アユミンが何を考えているのかは分からないが、
エリポンはフクを守るために全力で己の身体能力と魔法を活かす以外に道はない。
なのでチャンスさえあればすかさず胸、腹、肩へと模擬刀をぶつけていく。

(此の期に及んでその表情……ほんっとイラつく。
 ひょっとしてイラつかせるのが狙い?)

クリーンヒットを貰ったとしても、アユミンは冷静さを欠かなかった。
普段はオーバーリアクションなアユミンだからこそ
絶対何か策を隠していることが逆にバレバレになっている。
肝心な策の内容までは分からないが。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



護られながら一歩退いたところで全体を見ているフクも、この異常さに気づいていた。
形勢自体はQ期側の優勢。
天気組への攻撃はいくらかヒットしているし、
このままガチンコ勝負を続けても負ける見込みは殆どない。
そしてそれには天気組も気づいているはず。
なのに彼女らは依然として通用しない攻撃を続けているし、
仮に効いたとしても攻め切らずにいた。
全くもってその意図が掴めない。

(なんだと言うの?まるで決闘を無理矢理にでも長引かせたいように見える。
 あるいは、Q期の実力を測っている?……あ!)

後者の考えが浮かんだ時、フクはあることに気づいた。
Q期がどのような攻撃をするのか、どのような防御をするのか
それをこの場でしっかりと確認することによって
圧倒的優位に運ぶことの出来る手段が天気組には存在することを思い出したのだ。
フクは慌ててQ期達に退くように命ずる。

「みんな!ちょっと待……」
「あーもうダメだ!キツい!退却するよ!!」

フクが言い終わるより早く、ハルの方から対戦相手であるサヤシのもとを離れていった。
体中にできた青アザを見るに、サヤシから手痛い攻撃を何回か喰らったことが想像できる。
そして戦線離脱したのはハルだけでなく、
ハルナンとアユミンも一瞬アイコンタクトを交わしては、自陣へと逃げていく。
急な変わり身にエリポン、サヤシ、カノンの3人は不思議に思ったが
フクだけは青ざめた顔をしていた。

「どうしよう……遅すぎたんだ……」

フクの落胆の理由、そして天気組の撤退の真相はすぐに分かる。
ハルナン達は自らの誇りや負傷と引き換えに、あるものを完成させたのだ。
言うならばそれは、この状況下を完全に支配するバトルマシーン。

「マーチャン!出番よ!」
「はぁ、マーチャン疲れちゃったよ……でももう全部覚えた。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャン・エコーチーム。
天気組の曇の剣士であり、技術開発部の最高責任者としての肩書きも持つ。
だが、彼女の真の恐ろしさは火煙を扱う戦法でも、次々と最新武器を作り出す技能でもなかった。

「超学習能力……それがあの子を帝国剣士にした決め手なの。」

サユ王がマーサー王らに説明した通り、マーチャンは異常なまでの学習能力を備えている。
一度食らった技であれば完全に覚えて対処法まで編み出してしまうため、
マーチャンを倒すには毎回違った攻撃手段を用いなくてはならない。
そして、そんなマーチャンが決闘の前半は戦いを見ることだけに徹していたのだ。
自分が直接受けるのと比べるとさすがに学習の精度は落ちるが、
それでも十分なほどにエリポン、サヤシ、カノンの動きを頭に入れている。
ガレキの上というマーチャンも経験の無い情報をインプット出来たという成果と比べれば、
それまでの過程で負ったハルナン、アユミン、ハルの怪我なんて安いものだ。

「マーチャン!飛べ!」

そう言うとハルはハルナンと向かい合って、肩を掴んでいった。
アユミンを鷲のように飛ばした時みたいに、ヤグラを作ったのだ。
その動きも学習していたマーチャンは、アユミンと遜色ないスピードで駆け上がっていく。

「あれを止めるのはエリしかおらん!」

本来アユミンのマークに付いているはずのエリポンが、
フクの前に立ちはだかって、天高くへと飛び上がった。
ヤグラによる高さからの攻撃に対処できるのは自身のジャンプ力しか無いとの判断だ。
フクに危害が有ってはまずいと思って慌ててジャンプした。
ところが、マーチャンの様子がおかしい。
なんとヤグラに上がるだけ上がって、そこに留まっていたのだ。
これにはエリポンも驚かされる。

「なっ!……」
「うふふふっ!引っかかってる。」

最高点に達したエリポンが今から落下せんとするタイミングで、マーチャンはようやく飛翔する。
誰もいない空を、水鳥みたいに飛び立っていく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャンがシュパッと着地したところのすぐ先には、フク・アパトゥーマが立っていた。
これまで天気組団が苦労しても突破出来なかった壁を簡単に飛び越えてしまったのだ。
これでマーチャンの剣先はフクの喉元に届くようになった。
もちろんフク自身も強いためそう簡単にはやられないだろうが、
マーチャンだってその他大勢として数えて良いような戦士では決してなかった。

「フク濡らさん、ごめんね。」

謝罪をしているとは思えぬ程の笑顔でマーチャンは模擬刀を振るう。
一見してただの剣のように見えるその振りには、マーチャンがこれまで積んできたノウハウが詰まっている。
ガレキの上の戦いではどこを狙えば避けにくいのかというデータを収集し、分析した上での攻撃なのだ。
それを意識的ではなく無自覚にやってしまうのがマーチャンの恐ろしいところなのである。
だがその恐ろしさについては敵であるQ期もよく理解していた。

「危ない!」

マーチャンの刃を、フクの陰にいたサヤシが受け止める。
ハルのマークについていたはずのサヤシだったが、
エリポンがミスをするといち早く気づき、勝手にマークの対象を変更したのである。
せっかく作ってくれたカノンの策を無視する行為ではあるが、おかげでフクを守ることが出来た。

「サヤシすん!……うふふふっ、来てくれたんだ。」

マーチャンは一ヶ月前から対決を望んでいたサヤシが来てくれたことに喜んでいた。
そして、目の前の敵を越えるために力強く剣を押し出していく。
だがサヤシだって負けるためにここに来たわけではない。
ちゃんとマーチャン対策を理解した上でフクを守りに来たのだ。

「マーチャン、遊ぶのはまた今度じゃ。」
「えっ?」

サヤシは足元のガレキを蹴り上げ、鍔迫り合いをしている自分とマーちゃんへの顔へと飛ばしていく。
小さな破片が互いの目元へと容赦なく突っ込んでいくため、マーチャンは目を閉じざるを得なかった。

「げぇ!なんだこれ!」
「いくら学習能力が凄くても見えなきゃ覚えられんじゃろ……いくぞ!」

目にゴミが入って苦しむマーチャンに対し、サヤシはいつものように平気に振舞っていた。
しじみのように小さな彼女の目にはゴミなど入る余地がなかったのだ。
剣を一旦自分の側へと引いては、マーチャンへの斬撃を繰り出していく。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サヤシが剣を振る直前、マーチャンは一歩だけ後退した。
目をやられたのも関係なく一定の距離をサヤシからとっていく。
この距離はサヤシの剣の射程とピッタリ一致。まるで機具を用いて測ったかのような正確さだ。
ゆえに、斬撃は当たるべき対象には届かず空を切る。

「……!!」

サヤシの攻撃を完全に避けたこともそうだが、
それを眼を使わずやってのけたことに立会い人マイミは驚いた。

「学習能力とか言うからアイリのような眼を持つと思ったが……驚いたな。
 あれは眼とか関係ない、生まれ持った才能なのか。」

アーリー・ザマシランの「相手の動きを見切る眼」のようなものを備えているのではなく、
マーチャンは全身の感覚をフル稼働させて新たなことを学習している。
ゆえに目が見えない状況下でも変わらず対応することが出来るのだ。

「サヤシすんひどいなー、やっと見えるようになったよ。」
「くっ!……じゃったら!」

目を封じても超学習能力は機能するということは分かったが、
そもそも目を潰されてパフォーマンスの落ちない人間なんてのは存在しない。
なのでサヤシはまたも地面を蹴って、マーチャンの目に破片を飛ばそうとした。
それが悪手であることも忘れるくらい、必死に。

「サヤシ駄目!憶えられてる!」

フクの声が聞こえるころには、マーチャンはサヤシの側へと踏み込んでいた。
そして極限まで接近しては、蹴りの軸足となる左足をギュウッと踏んづける。
マーチャンは決して重いほうではないが、全体重を一本の足にかけられて痛くない訳がない。

「あぁっ!」

激痛でサヤシが天を仰いでいる隙に、マーチャンはサヤシの腹に模擬刀をぶつけていく。
以前、ハルの武器は竹刀であるために模擬刀に持ち替えても弱体化しないという話をしたが、
このマーチャンだって、普段は木刀を愛用していた。
切れぬ剣という意味ではまったく同じだ。
普段と変わらぬ剣威でぶちまけられる斬撃は、並の精神力では耐えられないものだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「これくらい……まだまだじゃ。」

並の精神力では耐えられぬ一撃ではあったが、
フクを守るという命題を抱えたサヤシの強さは並ではなかった。
腹への激痛を押し殺しながらマーチャンを睨みつける。
それを見てマーチャンは一瞬ビックリした顔をするが
すぐに笑顔を取り戻し、サヤシへの第二撃を放たんとする。
ところが、アユミンの声によってそれは制されることになる。

「サヤシさんに構うな!フクさんのところに行って!」

アユミンはハルナンと共にエリポンを地に押さえつけながら、指示を出した。
いくら耐えられたとは言え、サヤシへの攻撃は確かに効いている。
実際、膝がプルプルと震えているのがその証拠だ。
ならばそれを無視して敵の総大将を叩くのが良いと考えたのだ。
マーチャンはサヤシを倒せないことがちょっぴり残念ではあったが、
怒った時のアユミンは怖いことをよく知っているため渋々従う。

「しょーがないな。じゃあフク濡らさん倒すね!」

進行方向を変えたマーチャンを見て、カノンは焦りを加速させる。
サヤシとエリポンが動けぬ今、フクを守るべきは自分しか居ないのだが、
ここでどう動くべきか判断に迷ってしまったのだ。
一つはマーチャンと戦う案。もう一つはエリポンを助けにいく案。
前者をとればフクを直接守ることが出来るが、マーチャンを長く足止めすることは難しいだろう。
なんせ敵はサヤシをも圧倒した存在だ。一騎打ちで勝てる見込みは限りなく薄い。
後者の案ならエリポンと協力してマーチャンに対抗できる。
しかしその間はフクを放っておく形になるし、ハルナンとアユミンだって無視できない。
どちらも案も一長一短。よりリスクの少ない方を選択するのに時間をかけてしまった。
そしてその隙がカノンにとって命取り。
すぐ背後まで迫っていた雷への対応が遅れてしまう。

「カノンさん、ハルのこと忘れてない?」
「!!!」
「もう遅いよ!喰らえ!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハル・チェ・ドゥーは数週間前からアンジュ王国に渡り、
アヤチョ王直々の特訓を受けていた。
その特訓方法は一言で言えば「殺し合い」。
アヤチョが本気の殺意を込めて斬りかかってくるので、ハルも殺す気で対抗するというものだった。
とは言っても相手はアンジュの頂点に立つアヤチョだ。まともにやって勝てるわけがない。
ゆえに特訓時にはタケやカナナンら四番長が常に待機しており、
アヤチョ王がやりすぎないよう、いざという時には静止する役割を任されていた。
ハルとアヤチョの実力差は思っていた通りに大きく開いており、
Q期との決着を一週間後に控えた日も番長らは大忙しだった。
ここではその時のことを回想する。

「ドゥー。トドメだよ。」
「「「わー!待って待って!!」」

一撃目がいきなりトドメだというのもしょっちゅうなので、
番長らは慌ててアヤチョ王の身体にしがみつく。
少しでも止めるのが遅ければ今ごろアヤチョの七支刀はハルの腹を突き破っていたことだろう。
青ざめた顔でペタンと座り込むハルを見るに、余程の殺気を当てられたのだろうことが理解できる。

「こ、こわすぎる……」

涙目になっているハルをだらしないとは誰も思わなかった。
何故なら自分が同じ境遇だったとして、気丈に振る舞える自信が無いからだ。
雷神の構えをとったアヤチョはそれほど恐ろしいのである。

「ドゥー……もう時間がないよ。何か掴めた?」
「一つ、分かったことがあります。」
「え、なになに!?」
「殺意のある攻撃って、普通の攻撃よりずっと威圧感があるんですね。
 身体がビリビリ痺れて全然動けなくなります……
 ハルもそんな攻撃が出来たら必殺技に近づけるのかな……」

ハルの考えを聞いたアヤチョはニコッと微笑むと、七支刀を地に落とした。
そして両手を開き、無防備な態勢をとる。

「ねぇドゥー!竹刀でアヤを叩いて!絶対避けないから。」
「ええ!?」
「もちろん殺す気でだよ。分かってるよね?」

冷たく言い放つアヤチョに、ハルはゾクっとした。
もはやここで日和る訳にはいかない。殺意を放つのは今なのだ。
ハルナンを王にするために……いや、自身が剣士として強くなるために、
殺す気の一撃を打ち込まなくてはならない。

「はぁっ!!」

アヤチョの胸に、ピシャン!と言った竹刀による炸裂音がぶつけられた。
とても聴き心地の良い音であり、クリーンヒットしたことが誰にも分かる。
ところが、アヤチョの顔からは苦しさの一つも感じ取れなかった。

「どうしよう……全然痛くない。」
「えぇー!?本気で打ちましたよ!」
「うん、気合とフォームは良かったよ。でもね、そのね。」
「ハルが非力だからっすか……」
「うーん……なんか、ごめんね。」
「いえ、ハルが未熟なんです……」

結局その日は必殺技は完成しなかった。
いくら殺意が十分でも破壊力が無ければ必殺技とは呼べないのである。
そして現在、ハルはカノンの背中にピシャリと良い一撃を打ち込むことが出来たが、
アヤチョとの特訓と同じように仕留めるまではいかなかった。

(痛っ……ハルったらこんな強い攻撃を出来るようになってたんだ。
 でも、この私にはそんなの通用しないよ。
 誰よりも厚いこの身体。たかが模擬刀が通るほどヤワじゃないからね!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カノンの背中に向けたハルの一撃は、紛れもなく十分な殺意の込められたものだった。
しかし、いかんせん威力が足りなさすぎる。
やはりハルの細腕ではカノンという壁をぶち破ることは出来なかったのだ。
一ヶ月とは、技を一つ覚えるには十分な期間だったかもしれないが、
そもそもの身体能力を強化するにはあまりに短すぎていた。
よって、ハルは一振りで必ず殺すような一撃必殺は習得できなかったのである。
このままではカノンはすぐに体勢を整えて、反撃してくることだろう。
ただでさえサヤシとのガチンコで消耗しているというのに、
そこにカノンのヘビーな攻撃を受けてしまったらひとたまりもない。
それを知っていたハルは、だからこそ体勢を整える暇を与えなかった。
敵がそうするよりも速く、カノンの後頭部に激痛を与える。

「!?」

ハルがやったのは、ただ背中と後頭部を連続で叩いただけのことだった。
普通の二連撃と異なるのは、一撃と一撃の間隔を限りなく小さくしたという点。
最初の一撃をもらった時点でカノンは無意識のうちに、背中を守ることに全神経を集中させていたのだが、
そのすぐ直後に後頭部への一撃を喰らったために
覚悟も身構えも何も出来ず、攻撃の100%すべてをダメージとして受け止めてしまったのである。
しかもカノンは一ヶ月前の戦いでカリンに後頭部を強くやられている。
その古傷が完全には治りかけていなかったというのも効いていた。
いくら頑強な肉体を持つカノンであろうと、
人類皆等しく肉のつきにくい箇所に対するダイレクトアタックまでは防げなかったらしく、
合計たった二撃で意識を飛ばし倒れ込んでしまう。
そう、ハルの必殺技は一撃必殺ではなく二撃必殺だったのだ。

「勝った……ハルの必殺技が効いたんだ……」

この必殺技はアヤチョが教えたものではあるが、アヤチョ本人は使いこなすことが出来ていなかった。
この技を完成させる鍵は連切りの早さにあったというのがその理由だ。
アヤチョも超スピードを誇る超人ではあり、その突っ走りは誰も付いていけないほどに速いが、
基本的には一途であるために二箇所同時に攻めるということが困難だ。
それに対して、ハルは異常までに手が速かった。
複数同時に攻めることにおいては右に出るものはいない。
一撃で殺せないようならもう一度、もう一度、何回でも連続で切ってみせる。
だからこそハルはアヤチョも使えぬ必殺技「再殺歌劇」を体現することが出来たのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



守りの要であるカノン・トイ・レマーネが倒れたことは、Q期たちに大きな衝撃を与えた。
これからはカノンの指示なしにハルナンら天気組の策に対抗せねばならない。
それに、単純に頭数が減ったことで人数的に不利になったという問題もある。

「ハル!マーチャン!ここが攻め時だよ!」

アユミンは押さえつけていたエリポンをハルナンに任せて、フクの方へと歩みだした。
名を呼ばれたハルとマーチャンだってターゲット目掛けてすぐさま前進していく。
現在の彼女らにはマークは付いていない。言わばフリーの状態なのだ。
誰にも邪魔されることなくフクへと接近する。

「フク!」「フクちゃん!」

エリポンとサヤシは悲痛な声しか上げることが出来なかった。
エリポンはハルナンに羽交い締めにされているし、サヤシは早く歩けるほど回復しきっていない。
ゆえにフクを守りにいくことが出来ないのである。
それならそれでフクに逃げろとでも言えば良い気もするが、2人はそうしなかった。
アユミンはその点から察し、ある事実に気づいていく。

「ははっ、フクさんひょっとして歩けないんじゃないですか?」

Q期一同はギクリとした。
誰よりも強いはずのフクを過剰に守っていた理由がまさにそれだったのだ。
日常生活において歩く分には問題ないが、
真剣勝負の場で、しかも足場の悪い状況下で満足に動けるまでには至ってないのである。
天気組はフク・ダッシュやフク・バックステップが出来ない程度の怪我だと思っていたが、
これは思わぬ好都合だ。

「よし!フクさんにも再殺歌劇を決めてやるぜ!」
「ドゥーずるい!マーチャンがトドメさすんだからね!」
「ちょっと喧嘩しないでよ!ここは3人同時に行こう!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



天気組の3人に同時に襲われるという危機的状況にもかかわらず、
Q期のリーダー、フクは意外にも冷静な顔をしていた。
まるでこの事態を予め想定していたかのような落ち着きっぷりだ。

「さっきのハル凄かったなぁ……私にもあんな殺気、出せるかな?」

独り言を呟き終えるのと同じタイミングで、マーチャンがフクの正面にやってきた。
もともと近い位置に来ていたために、3人の中で一番に到着したのである。
もちろんマーチャンは他の2人を待つ気などさらさら無く、早速攻撃を開始する。

「フク濡らさん!アユミンやドゥーが来る前に倒すからね!」

今日のマーチャンはまだフクの動きを見てはいなかったが、
日々の訓練から得た記憶を頼りに、避けにくい攻撃を何発も繰り出すことが出来ていた。
フクも模擬刀で必至に防御するが、その防御さえもあらたにマーチャンに覚えられてしまう。
次々とUpdatedされるマーチャンの剣技を捌ききれず、身体のあちこちに剣をぶつけられていく。
このままマーチャンと対峙し続けるのは分が悪い。
ならばとっておきをここで使ってしまおうとも思ったが、そうもいかなかった。

(まだダメ……今だったら一人しか殺せない。)

"必殺技を使うには殺人者であれ。"
フクは甘々な自分を戒めるために、そう強く思っていた。
だが自身を殺人者にするのはまだ早すぎる。
今のままでは、"Killer 1 "だ。
たった一人に対する殺人者では状況を変えることなどできやしない。
フクが目指すべきは、複数に対する殺人者なのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



動けぬフクとマーチャンがやり合っているところにアユミンも合流する。
本当は3人揃ってから仕掛けたいと考えていたアユミンだったが、
既にマーチャンが交戦を開始しているため、もはやハルの到着を待ってられなくなっていた。
アユミンはフクから見て右方向から攻め込み、模擬刀で切りかかってくる。

「あ、アユミンきちゃった……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!ほらマーチャンいくよ!」

アユミンの手数は(ハルほどではないが)多かった。
一撃一撃の威力は微弱ではあるものの、こうも乱打されるとフクは受けるだけで精一杯になってくる。
そんな状況でマーチャンの攻撃まで防ぐことは難しい。
ゆえにフクはアユミンが来る前よりずっと多くの攻撃を身体で受けてしまう。

「フクちゃん!今助けに……」

少しは動けるようになったサヤシが、アユミンとマーチャンに袋叩きにされているフクを守るため前進を開始した。
ダッシュもバックステップも使えないフクにすぐさま助太刀しなくては、全てが終わってしまうと考えたのだ。
ところが、フクはそんなサヤシの助けを必要としていなかった。
無理して攻撃を受け続けながらも、カッと目を見開きサヤシを制止する。
それに対してサヤシは少し驚いたが、すぐに意図を理解して動きを止めた。

(フクちゃん……アレを使うんじゃな。)

フクの狙いは自身の編み出した必殺技を繰り出すことだった。
だが今はまだ時期が早すぎる。
マーチャン一人の時の"Killer 1"よりはアユミンも加わった今の"Killer 2"の方が効果的かもしれないが、
それでもまだなのだ。
すぐにやってくる彼女までも巻き込んでこそ、フクは殺人者としての真価を発揮することが出来る。

「お待たせアユミン!マーチャン!」

時は来た、とフクは感じた。
残りの一人であるハル・チェ・ドゥーがフクから見て左側から攻撃を仕掛けようとしている。
おそらくはさっきカノンを仕留めた必殺技である「再殺歌劇」を見せてくることだろう。
だが今来たばかりなので準備は整っていないはずだ。
それに対して、フクはしっかりと準備が出来ている。
この決闘が始まるずっとずっと前から、この瞬間をイメージしてきたのだ。

(モモコ様、私、必ず殺せる殺人者になります。)

ハルもやってきたので相手は計3名になった。
ではフクの必殺技は3人殺せる、言わば"Killer 3"を実現する技だったのか?
いや違う。
フクは相手が多ければ多いほど良いと思って技に命名している。
一人や二人や三人ではなく、N人。つまりは複数名を同時に殺す技という意味を込めて、
"Killer N"、と名付けていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクは左手に握った模擬刀を、今まさに必殺技を放たんとするハルの脇腹にぶつけていく。
攻撃のみに集中しているハルに強打を当てるのはあまりにも簡単で、
線の細い彼女のアバラはただそれだけでバキバキに折れてしまうだろう。

「……ッ!!!!!」

普段ハルはアバラが二、三本折れてもヘッチャラみたいなことをよく口にするが
実際にそれを受けたら息も出来ぬほどに苦しいことが再確認できたに違いない。
これでハルは数分程度の戦線離脱は余儀なくされ、しばらくの無力化が約束された訳なのだが
フクはその程度でよしとはしなかった。

("甘さ"を捨てるのよフク・アパトゥーマ!殺す気で振り抜くの!)

アユミンとマーチャンによる攻撃を右腕ですべて受け止め、
さらに下半身にグッと力を入れてその場から仰け反らぬよう踏ん張った。
すべてはハルに当てた模擬刀を全力で最後まで振り切るため。
受け止めた右腕が壊れようとも、動かぬ脚が更に悪化しようとも構わない。
これから勝ち取る成果を考えればその程度の代償は払って当然なのだから。

「マーチャン!避け……」

位置関係からして、アユミンにはフクの狙いが見えていた。
だがここで気づいたとしてももう何もかもが遅い。
フクがハルに当てた斬撃を振り切ることにより、ハルの身体そのものが吹き飛ばれていく。
その先にいるのはフクの正面にいたマーチャンだ。
至近距離から相方の身体が飛んできた経験なんて、マーチャンはこれまでにしたことがない。
未経験には滅法弱いマーチャンは無抵抗でハルにぶつかってしまう。

「ぐぇっ!」

いくらハルが軽いとは言っても人と人が衝突して無事で済むはずがない。
しかも頭と頭もぶつかったので軽度の脳震盪まで引き起こしている。
これではマーチャンもすぐには起き上がることが出来なくなるだろう。
ここまで来ればもう十分かと思いきや、フクの振り切りは留まらなかった。
そう、アユミンを巻き込むまでこの技は止まらないのである。

「や、やめて」

アユミンの嘆願も虚しく、フクの左腕はハルとマーチャンごと模擬刀を押し込んだ。
先ほどハルがマーチャンに衝突した時のように、今度はマーチャンの身体を最右端にいるアユミンにぶつけたのだ。
人間二人分の重量が飛んできたのだからその衝撃の凄まじさは想像に難くない。
アユミンの体重でそれらを耐えきれる訳もなく、ガレキの床へと転げ落ちてしまった。
つまりアユミンは硬い地面に叩きつけられた上に二人にのしかかられ、
マーチャンはクッション性皆無の2人に挟み潰され、
ハルは最後までフクの強打を受け続けたことになる。
まさにどれもが致命傷。3人の誰もがその場にうずくまってしまう。
模擬刀ルールでなければ全員死んでもおかしくない程のダメージであったに違いない。
これこそがフクの必殺技「Killer N」の力なのだ。
見事な成果を見せたフクに対して、サヤシは歓喜の声をあげる。

「フクちゃん凄い!!3人も倒すなんて!!」

歩くことも困難なフクがピンチを大きなチャンスへと変えたのはとても素晴らしい。
立ち合い人だってこの光景に舌を巻いているのだから大したものだ。
ところが、当のフクはどこか浮かない顔をしていた。

「だめ……倒しきれなかった。」
「?」

フクは己の必殺技の弱点をよく知っていたのだ。
この技の仕組みならば2人は確実に倒すことが出来るのだろうが、1人の安否だけは不確定だ。
そしてその憂いが現実のものとなってしまった。

「ケホ、ケホ……ひどいことするなぁ……でももう覚えたよ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



フクの必殺技「Killer N」を受けても立ち上がれたのはマーチャン・エコーチームだった。
未経験の攻撃を回避する術を持たぬ彼女は当然のように直撃を喰らった訳ではあるが
斬撃を身体で受けたハルや、地に叩きつけられたアユミンと比べるとまだ軽症で済んでいたのである。
頭はクラクラするし、体中の骨がひどく痛むけれども、なんとか立つことは出来ていた。
このように押せば簡単に倒れてしまいそうな相手を前にして、フクは恐怖する。

(まずい……とっておきを覚えられちゃった)

マーチャンの異常なまでの超学習能力。それをフクは恐れていた。
一度体験した技であれば次からは完全に対応してしまうマーチャンには、もう「Killer N」は通用しないだろう。
ならばそれ以外の技を繰り出そうにも、今のフクの身体は必殺技の代償でひどく痛んでいる。
攻撃を受け続けて骨折した右腕はもう上がらないし、もともと完治していなかった脚も動きそうにない。
この状況でどうやってマーチャンを止めろと言うのか。
おそらくはいくらあがいてもフクには倒すことなど出来ないのかもしれない。
味方の力を一切借りない、という条件付きではあるが。

「喰らえっ!」

フクを窮地から救うために、サヤシ・カレサスがマーチャンの後頭部めがけて模擬刀を振り上げた。
近いところに位置していたのでいち早く援護することが出来たのだ。
フラフラなマーチャンに対する不意打ちは傍からは卑怯に見えるかもしれないが、サヤシは恥じてはいなかった。
"本当に誰かを守りたけりゃ他人の目なんて気になんない"ってやつだ。
この一撃でフクを守ることが出来るのであれば何がどうなってもいいと考えていたのである。
しかしこの攻撃は、マーチャンを倒すにはあまりにも単調すぎていた。

「当たらないよっ!」

マーチャンはしゃがみこむことで体勢を低くし、コサックダンスでもするかのようにサヤシの右足を蹴っ飛ばした。
これまでの実践や訓練の経験から、急所攻撃への対処法は特にしっかりと学習してきていたのだ。
ゆえに頭がちゃんと回っていない時であろうと行動に移すことが出来る。
攻撃のほとんどが急所に対する一撃狙いなサヤシにとって、マーチャンという相手は分が悪すぎるのである。

(くっ、どうしたらええんじゃ……)

それでもサヤシは歯を食いしばって立ち向かおうとした。
攻撃が通用するまでストイックに攻撃し続けようという思いなのだ。
ところが、そんなサヤシの気が急に変わり始める。
そこまで無理する必要は無いと、考えを改めていく。
その理由は、マーチャンのすぐ背後まで迫っていた頼れる存在にあった。

「スマーーーッシュ!!」
「!?」

マーチャンの後頭部を強く叩いたその人物は、さっきまでハルナンに押さえつけられていたエリポンだ。
突然の不意打ちをもらったマーチャンは、鼻血を吹き出しながらひどく困惑する。
急所攻撃には完全に対応する自分の身体が、エリポンの攻撃には反応しないのである。

「え!?え!?なんでエリポンさん!?ハルナンはどうしたの!?」

基本的にニヤニヤと笑いながら戦っているマーチャンが、今は普段見ないほどに狼狽している。
というのも、マーチャンは日ごろからエリポンを怖いと思っていたのだ。
フクの攻撃も、サヤシの攻撃も、カノンも攻撃も、同期やオダの攻撃だってすべて学習できるのに
目の前に現れたエリポンの攻撃だけは何故か覚えることが出来ない。
言わばマーチャン・エコーチーム唯一の天敵なのである。

「マーチャン!これ以上好きにはさせんよ!」
「うわ~~~エリポンさんホント嫌だ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「マーチャンはエリポンの行動だけは覚えることは出来ない」と書いたが
実際はちゃんと学習可能であるし、一度見た技であれば問題なく対応することが出来る。
ヤグラから水鳥のように飛んだ時にエリポンの跳躍を軽々とかわしたことからもそれが分かるだろう。
それでは何故マーチャンはエリポンの攻撃を回避できなかったのか。
その理由は、エリポンの使う魔法の多彩さにあった。

「ほら!まだ終わらんけんね!」

エリポンはマーチャンの頭を鷲掴みにしては、グルリと腕を一回転させてぶん投げる。
これはソフトボールのウインドミルと言われる投球法に近い動きだ。
ソフトボールと言うスポーツ一つとっても、複数のピッチング法が存在する。
そしてこの球技には投げるだけではなく、効果的に打ったり走ったりする手段も確立されている。
一つのスポーツでそれだけの動作があるのだから、
あらゆる競技を極めたエリポンは何千何万種類もの技を扱えることになるのだろう。
相手が普通の戦士であれば、いくら多数の技を持とうとも、似た動きを一まとめにして対策されてしまうのかもしれないが、
マーチャンには少しでも動作の違った技はまったく異なる動きに見えてしまっていた。
ゆえにエリポンの攻撃は毎回毎回が未経験。
これこそがマーチャンがエリポンを天敵だとみなす理由だったのである。

「ハルナンどこ!はやくエリポンさんを止めてよぉ!」

頭の中でグワングワンと鳴り響く音に悩まされながら、マーチャンはハルナンの名を呼びあげる。
アユミンとハルが倒れた今、ハルナンしか頼る人物はいないと考えているのだ。
しかしそのハルナンから返事は返ってこない。
マーチャンには見えていないかもしれないが、ハルナンはすぐ側に倒れていたのだ。
全身にひどい打撲を負いながら、血だらけで。

「あの負傷は……ひょっとしてエリポンが!?」

気づかぬうちに敵将が倒れていたので、サヤシは両手を挙げて歓喜した。
思えばエリポンはあのアーリーでさえも力負するほどの戦士だ。
貧弱なハルナンに抑えられるわけがなかったのである。

「勝ちじゃ!マーチャンさえ倒せばウチらの勝利じゃ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャン撃破という最終目標のためにエリポンに加勢しようとするサヤシだったが、
当のエリポンにそれを制されてしまった。

「サヤシとフクは休んでて。ここはエリだけでやる。」
「どうして!?今は全力でマーチャンを倒すべきじゃろが……」
「マーチャンを倒しても終わらんから言ってる。」
「あ……!」

エリポンの言葉の意味をサヤシはすぐに理解した。
無駄かもしれないが、敵側に気づかれないように小声で確認を取る。

「ハルナンは死んだふりをしちょる……ってこと?」

勝利のためならなんでもやるハルナンのことだから、死んだふりくらいは十分やりかねない。
一ヶ月前にフクと直接対決した時もその通りだったので、確証が無い限りは戦闘不能と決めつけるべきではないのだろう。
それによく見てみればエリポンの身体は思っていた以上のダメージを負っている。
おそらくハルナンの押さえつけから逃れる際にいくらか抵抗されたのだろうが
その負傷のどれもが出血や打撲を伴った痛々しいものとなっていた。
あと少しで気絶するくらい弱っていた者がこれだけの強い斬撃を放つことが出来るだろうか?
ハルナンの生存確率をあげるには十分すぎる材料だ。

「そういうこと。だから油断せんと、備えないかんよ。」

死んだふりに関しては、エリポンには苦い思い出があった。
アーリー戦で油断したばっかりに、勝てる勝負を落としたことを今でも悔いていたのだ。
だからもう決して相手の生き死にを決めつけたりはしない。
ましてや勝敗が仲間の進退に直結するのであれば尚更だ。

「マーチャン!そろそろ倒れてもらうけんね!」
「う~~……ヤだよ。マーチャン負けたくないもん。」

マーチャンは近くで横たわっていたハルの剣を拾い上げては、利き腕ではない方の右手で掴んんでいく。
元々所持していた模擬刀と合わせて、現在の得物の数は計2本。
即ち、二刀流だ。

「エリポンさんの攻撃は避けられないから、もう避けない。
 マーはずっとずっと攻撃だけするから。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



以前からモーニング帝国ではすべての兵に模擬刀が支給されていたのだが、
その模擬刀を今の形状に改良して、より使いやすくしたのがマーチャンだった。
従来の模擬刀は個人の用途によって刀身の長さや重量が異なる"半オーダーメイド型"だったため、
一般兵や研修生が憧れの帝国剣士と同じスタイルの戦闘法をとるのには適していた。
しかしその反面、他の帝国剣士に心変わりした際には剣を一から作り直さなくてはならないため難儀したという。
(この現象を彼ら彼女らは推し変と呼んでいる。)
そこでマーチャンはどんなスタイルにも対応可能な扱いやすい剣を開発し、
汎用的な模擬刀として兵士たちに配布することを決めたのだ。
これによって兵士らは好きな時に好きなだけ戦闘スタイルの色を変更できるようになった。
これが現代の最新型の模擬刀なのである。
そんなマーチャンが作った模擬刀なのだから、性能を最大限に引き出すことが出来る。
二刀流がいかに効果的に相手を痛めつけることが出来るというのも、"覚え"済みだ。

「やぁーーー!!」

マーチャンは両腕をグルグルと回し、エリポンに斬りかかる。
子供が泣いた時に見せるグルグルパンチのような技ではあるが、これがなかなかに避けにくい。
だがそこは帝国剣士一の怪力を誇るエリポンだ。
二本の腕でマーチャンの両方の剣を白刃取り、完全に動きを止めてしまう。

(痛っったぁ……掌の骨がグチャグチャになっとる……でもここで気張らんと!)

激痛ではあるが耐えられない程ではない。
これでマーチャンを無効化出来たのだと思えば活力も湧いてくるものだ。
しかしそう思ってたところで、マーチャンは予想外の行動を取り出した。

「それあげます」
「えっ?」

なんとマーチャンは剣士の命とも言える剣を簡単に捨てては、
白刃取りをした時点で満足したエリポンの腹に目掛けて突進したのだ。
言うならばこれは無刀流。
武器に精通しているマーチャンは武器を失った時の戦い方も覚えていたのである。

「うぐっ……」

鳩尾にマーチャンの肩を打ち込まれたので、エリポンはひどく苦しんだ。
これまでの疲労やハルナンにやられた怪我も相まって、意識が飛びそうになってくる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャンは攻めの手を緩めなかった。
地団駄を踏むようにエリポンの足を何度も何度も連続的に踏みつけることによって
掌の骨だけでなく、足の甲の骨までも砕いていく。

「~~~~~!!」

あまりにも非情な仕打ちを受けた結果、エリポンは声にならない声をあげることしか出来なかった
これではもうエリポンの手足は使い物にはならないため、今後はそれらを封じながら戦うこととなる。
しかし、手足を使わないスポーツなんて存在するのだろうか?
手が使えなければどんな器具も持つことが出来なくなる。
足が使えなければ走ることも跳ぶことも出来なくなる。
結論から言えば、こんな状況を覆すような魔法をエリポンは備えていない。
ひょっとしたらこの広い世界には手足を使わないスポーツも存在するのかもしれないが、
流石のエリポンもそこまではカバー仕切れていなかったのである。
だが、これで手も足も出ないと決めつけられるのはエリポンも心外に思っていた。
手も足も出ないならば、他のところを出せばいいのだ。

(頭突きならどうだ!)

エリポンがとった行動は、ただ頭を振り下ろすだけの行為だった。
折れた足では自重を支えることも跳躍することもままならないため、サッカーのヘディングとは大きく異なるが
フクやエリポンの強力な攻撃を受け続けてもうヘロヘロになっているマーチャンにとっては
とても効果的な攻撃手段に見えた。
ただ一撃だけでも良いので、エリポンの頭とマーチャンの頭を衝突させることが出来ればそれで十分なのだ。
エリポンの狙いは相打ち。
自らを犠牲にしてでもここでマーチャンを仕留めることが出来れば、戦況はかなり有利になる。
死んだふりをせざるを得ないほど切羽詰まっているハルナンを、フクとサヤシの二人がかりで倒せば良いのだから
ここでマーチャンを倒すことがどれだけ重要なのかはよく分かるだろう。
ところが、そんなエリポンの思いはあと一歩のところで届かなかった。

「それ、知ってるよ」

マーチャンはただ半歩だけ後退した。
それだけでエリポンの頭突きの軌道から外れることを、これまでの経験で知っていたのである。
エリポンがマーチャンに対してアドバンテージを持てていたのは「魔法」を使っていたからだ。
その「魔法」が封じられたのであれば、もはやマーチャンの敵では無いのである。
エリポンの頭突きは虚しくも回避されることとなる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



頭突きが外れたと自覚したとき、エリポンはひどく絶望した。
もう彼女には体勢を整えるだけの余裕も残されていないので
後はマーチャンにやられるだけだと思ったのだ。
ところが、勝機は完全には途絶えていなかった。
自身の頭が地に落ちる直前、エリポンは股の間から後方を見ることが出来たのだが、
そこから希望とも呼べる存在が迫ってくることを確認したのだ。

「エリポン!そのまま持ちこたえて!」
「サヤシ!?」

すぐそこまで接近してきていたのは、Q期の味方サヤシ・カレサスだった。
ハルナン戦に備えて休めと念押ししたというのに、友だちを助けるため駆けつけてきたのである。
色々と思うことはあるが、エリポンはここでは素直に喜んだ。
そして、サヤシの出した指示に全力で応えようとする。

(そのまま持ちこたえる?……この体勢のままでいろってこと?)

頭突きを避けられて頭が地まで下りたその姿は、奇しくも馬跳びの馬の形に似ていた。
サヤシの声が無ければこのまま倒れこむところだったが、
エリポンは必死に馬の形をキープする。
この体勢こそがマーチャンに勝利する鍵なのである。

「エリポンごめん!ウチ跳ぶけぇ!」
「いっ!?」

サヤシは駆けつけた勢いのままエリポンの背中を強く叩き、その反動で跳躍した。
先ほど天気組が見せたヤグラと比べるとあまりにも低いが、
"馬跳びからの斬撃"という珍しい攻撃を敵に見せる目的は十分に果たしていた。
こんな攻撃、マーチャンにとってはもちろん初体験。
少しの回避行動もとることが出来ず、サヤシの模擬刀を脳天で受けてしまう。

「ぎゃあ!!」

フクの必殺技をはじめとして何度も強打を受け続けていたマーチャンには
今回の攻撃まで受けきることの出来る体力は残っていなかった。
アユミンやハルと同じように、床へと倒れていく。
そして気を失ったのはマーチャンだけではなく、エリポンも同様だった。
サヤシに背中を叩かれたのが決定打になったのか、頭から床にぶっ倒れてしまう。

「あぁ……エリポンがやられてしまった……」

サヤシはエリポンに軽く頭を下げると、ハルナンの方へと目線を移す。
現状は天気組全員が床に伏せる形となっているが
これで終わりだとは少しも考えていなかったのだ。

「ハルナン起きとるんじゃろ?……決着つけよう。」



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