【第二部:berryz-side】

我々の住む地球から時空を超え宇宙を超えたところにある、とある世界。
そこにはモーニング帝国と呼ばれる大国が存在していた。
その帝国を護る少女剣士集団であるモーニング帝国剣士らは今日も訓練に勤しみ、
正午には食堂でランチを楽しもうとしていた。

「やったーごはんだー!」

帝国剣士の中でも最も若い新人、アカネチン・クールトーンは大はしゃぎだ。
成長期だからか、今が一番ご飯が美味しい時期なのだろう。
急いで定食を取りに向かうが、それを同期のハーチン・キャストマスターに制止される。

「こらあかんやろ!先輩方が先や。」

モーニング帝国剣士には厳しい鉄の掟が定められていた。
いくつかある中でも代表的なのは「料理を選ぶのは先輩から」というものだ。
まずは最も先輩であるQ期団のエリポン、サヤシ、カノンから。
次は天気組団のハルナン、アユミン、マーチャン、ハル。
続いて同じく天気組団だが先の4人より後輩であるオダが定食を運んでいく。
そして最後に新人ハーチン、ノナカ、マリア、アカネチンが選択することを許されるのだ。
人気の焼肉定食などはすぐに無くなってしまうため、新人4人の選択肢はほぼ無いに等しかった。
ボリュームの少ない野菜だらけの定食を運びながら、アカネチンが寂しそうな顔をする。

「はぁ、もっとたくさん食べたかったなぁ。」
「ほんまにアカネチンはしょうがないな。じゃあウチの分も食べ。」
「え!?ハーチンいいの!?」
「ウチは氷さんだけあればそれで満足なんや。」
「ハーチン大好き!」

アカネチンは両手をあげて喜んだ。
ハーチンがご飯を分け与えることなんて日常茶飯事なのだが、
それでもとても嬉しく思えるくらい、食べたくて食べたくて仕方ないのである。
だが、その行為に対して先輩から注意が入る。

「ダメよハーチン。ご飯は自分で食べなさい。」
「「ハルナンさん……」」

指摘をしたのはモーニング帝国の剣士団長兼、天気組団の団長兼、新人剣士の教育係である
ハルナン・シスター・ドラムホールドだった。
新人のことを思って、剣士たるもの体調管理も重要だというありがたい話をしてくる。

「食事制限も行き過ぎると逆効果よ?訓練と任務をこなすためのエネルギーはちゃんと摂取しなさい。」
「はぁい……」
「そしてアカネチン。成長期とは言え定食を2つも食べるのは絶対にダメ。
 身体が重かったら実践で思うように動けないでしょ?」
「でも……」

アカネチンはQ期団の座るテーブルをチラッチラッと見た。
そこでは恰幅の良いカノンと、昨年より大幅にスケールアップしたサヤシが食事をとっている。

「あの二人は……」
「それ以上言うのは許しません。」
「はい、ごめんなさい……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ごちそうさまでしたー。」

アカネチンは、食事が終わると決まってハルナンの後をついていく。
彼女らは重要な任務を任されているため、日に三回、とある場所に向かわねばならないのだ。

「アカネチン、ちゃんとお弁当は持った?」
「はい!カバンの中に入れています。」
「じゃあ行くわよ。サユ様のお部屋へ。」

ハルナンとアカネチンの任務。それはこの国の先代の王であったサユの元に食事を届けることだった。
この国では昔からのしきたりで、元帝王はモーニング城の地下で隠居することが義務づけられている。
地下室に缶詰めという訳ではないが、なるべくは外に出ないほうが望ましいとされているのである。
その目的や詳しいことは末端の剣士であるアカネチンにはまったく分からないが、
研修生時代に比較的サユと仲が良かったということもあって、給仕係に任命されたのだ。
朝、昼、晩のご飯を届けるために、唯一サユにアクセス可能なハルナンについていくのが日課になっている。

「それにしてもサユ様がこんな庶民的な料理を食べるなんて意外でした。」

アカネチンが運ぶ料理は、ご飯の上に焼鳥つくねを乗せて、その上から甘いタレをかけた丼ぶり料理だった。
このいかにもB級グルメな見た目の丼ぶりを先代の王サユが好むというのは有名な話であり、
信奉者も「サユ丼」と呼んで、食堂の在庫が切れるくらいに食べまくったという。
それを運んでいると、アカネチンもヨダレが出そうになってくる。

「お腹減ったなぁ……」
「アカネチン。さっきお昼ご飯を食べたでしょ?」
「思ってません!サユ丼を食べたいなんて思ってません!」
「あなたがサユ丼って言ったらダメでしょ。立場的に……」

そんなやり取りをしながら、ハルナンは厳重に施錠された扉のカギを開けていく。
ここから階段を下ればサユの部屋はすぐそこだ。
さっさとサユ丼をお届けしようと思っていたところに、とんだ邪魔が入る。

「アカネチンばっかりズルい!ハルナンさん、マリアも連れていってください!」
「「!?」」

登場したのはアカネチンやハーチンと同期の新人剣士である、マリア・ハムス・アルトイネだ。
ハルナンとアカネチン以外の帝国剣士らは城外の監視を行っているはずだというのに、
こちらの任務を羨ましく思うあまり、本業を疎かにして尾行してきてしまったのである。

「マリア?あなたの仕事はエリポンさん達と一緒に城門を見張ることでしょ?」
「ハルナンさん!アカネチンばっかりズルいんです!」
「まったくもう……」

この時アカネチンは、マリアが仕事熱心すぎるからこんなことを言うのだと考えた。
研修生時代のマリアは相当なエリートだったため、いろんな仕事をこなしたいのだろうと推測したのである。
当時はともかく今は同格。アカネチンも言いたいことは気にせず言うようにしている。

「マリアちゃんは監視任務の方に行きなよ、ここは私がちゃっちゃと終わらすからさぁ」
「ズルい!アカネチンがそうするならマリアはドゥーさんにベッタリくっつくことにする!」
「ちょっと!?なんでそこでドゥーさんが出てくるの?意味が分からないんだけど……」
「とにかくマリアも地下室に行きたいんです!ハルナンさんお願いします!」
「ハルナンさん!こんな訳分からないこと言うマリアちゃんなんか放っといて早くいきましょうよ!」

新人二人の喧嘩にハルナンは頭を抱えてしまった。
天気組団のハルやマーチャンを超える問題児はそうそういないと思っていたが、現にこうして二名存在している。
後輩育成の難しさを改めて痛感する。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「しょうがない、今日だけマリアもついてくることを許可します。」
「本当ですか!?マリア、とってもとっても嬉しいです!」
「ハルナンさん甘いなぁ……」

このまま喧嘩が長引いても埒があかないため、ハルナンは自分が折れることにした。
本来は誰彼構わず地下に入れるのは望ましいことではないのだが、
新人を一人加えたところで大きくは影響しないと判断したのである。

「さて、早くお食事を届けないとね……あら?」
「どうかしたんですか?」
「鍵が、開いている……」
「「え!?」」

サユの部屋へと続く扉が施錠されていないのは、かなりの一大事だった。
大したことないように思えるかもしれないが、これは場合によっては国際的な問題にも発展しうる緊急事態なのである。
詳しくは知らないマリアとアカネチンも緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、途端に慌てだす。

「えっと、えっと、サユ様が外出しているとかじゃないんですか?……」
「この扉の鍵はサユ様も持ってるの。外出する時は必ず鍵をかけるはずよ。」
「鍵のかけ忘れは考えられないんですか?」
「ありえない。地下室の重要性を理解されているサユ様に限って、そんなミスはありえないわ。」
「うぅ……」

鍵の行方を議論するのも良いが、まず優先すべきはサユの安否だ。
ハルナン、マリア、アカネチンは覚悟を決めて扉を開こうとする。
ところが扉を開けようとしたその時、思いもしなかった出来事が起こった。

「わっ!!」「誰!?」

なんと扉の中から謎の人物が飛び出してきたのだ。
いや、正確には「謎の人物」と「謎の馬」。
馬に騎乗した女性が突如現れたのである。
そして更に信じがたいことに、そいつは気を失っていると思わしき黒髪女性を脇に抱えていた。
その黒髪女性のことは誰もが知っている。
マリアは思わず大声でその名を叫んでしまう。

「サユ様!!」

謎の騎馬兵が運ぶのはモーニング帝国の先代の王、サユだった。
その緊迫した様子からはとても乗馬遊びをしているようには見えない。
「人さらいだ。」と、マリアもアカネチンもすぐに感じ取ることが出来た。

「サユ様を放せ!」

人さらいを倒すため、サユを助けるため、マリアは両手剣を握って騎馬兵に斬りかかった。
この状況ならば帝国剣士は誰もがそうするべきかもしれない。
しかしアカネチンは瞬時に動くことが出来なかった。
人さらいのことを知っていたため、恐怖で身体が凍りついてしまったのである。

「あなたは……!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナン達が人さらいと遭遇したのと同時刻。
残りの帝国剣士らも、城門前で信じ難い光景を目にしていた。

「マイミ様!?その怪我はいったい……」

帝国を訪ねてきたのは、マーサー王国のキュート戦士団団長であるマイミだった。
それ程の大物がやって来るだけでも一大事だというのに、
そのマイミの鋼鉄で出来た義足が両方とも折れ、
更に腕が真っ赤に腫れているのだから一同は大騒ぎだ。
そんな人間が無事であるはずが無いと思った新人剣士は特にパニックに陥っている。

「い、今すぐ誰かにDoctorを呼んできてもらいます!」

ノナカ・チェル・マキコマレルは門の中にいる兵士らに助けを求めようとしたが、
それを帝国剣士団長兼、Q期団団長であるエリポン・ノーリーダーが制した。

「待って!」
「What's!?」
「騒ぎを起こすのはまずい。なるべく他の人には知らせないようにしよう。」
「でも急がないとその人が死んじゃいますよ……」
「私なら大丈夫。それよりも頼みを聞いて欲しい……そのために走ってきたんだ!」

マイミの言葉に帝国剣士らは息を飲んだ。
走ってきたとは言うが、義足の破損した今のマイミに脚はない。
つまりは、二本の腕だけでここまで来たということになる。
いくらモーニング帝国とマーサー王国が隣国とは言え、ここまで手押し車で来るなんてレスリング選手もビックリの体力だ。
霊長類最強女子とはマイミのことを言うのかもしれない。
そんなマイミがこれだけボロボロになっているのだから、一同は興味を引かれずにはいられなかった。

「頼み……とは?」
「結論から言う。キュート戦士団が倒され、マーサー王がさらわれたから助けて欲しいんだ!
 我々キュートだけでは……王を取り戻すことが出来ない!!」
「「「「!?」」」」

マイミの口から飛び出したのは、本日最も信じられない事実だった。
マーサー王がさらわれることの重要性はもちろんのこと、
化け物のような強さを誇るキュート戦士団が壊滅したということにも驚かされた。
マイミだけでなく、ナカサキ、アイリ、オカール、マイマイと言った超一流戦士が揃っているというのに
敗北を味わうなんて現実味が無いにもほどがあった。

「い、いったい誰にやられたんですか?……」

マーサー王国の守護戦士、いわゆる食卓の騎士の強さを身をもって知ったことのあるサヤシがおそるおそる訪ねた。
キュートと同格と言われているベリーズ戦士団の恐ろしさに泣かされた経験から、
それに相当する強さを誇る人物がいるなんて未だに信じられていないのだ。
だが、そこでサヤシは気づいてしまった。
キュート戦士団を壊滅に追いやる、キュート戦士団に匹敵した実力者集団の存在を理解してしまったのだ。

「え!?まさか、いや、そんな……」

その存在を思い出すだけでサヤシの身体は重くなる。
あまりの重圧に吐き気がしそうになってくる。
サヤシが勘付いたのを悟ったマイミは、本件の全貌を明らかにする。

「あぁ、我々キュートを倒すことが出来る強者なんて、彼女ら以外には存在しないだろう。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーサー王国で起きた事件の日まで時は遡る。
その日のマイミは訓練場にて3時間にも及ぶ自己鍛錬を終えた後、
ジョギングがてらパトロールに行こうとしていた。
いつもの平穏な日常ならば、42.195kmを2時間ほど走ることでマイミの1日は終わるはずだったのだが
この日に限ってはジョギングの一歩目から異変が起きていた。
訓練場を少し出たところにキュート戦士団の一人であるオカールが倒れていたのだ。
それも、血まみれで。

「オカール!?いったいどうしたんだ!」

団員の無事を確かめつつも、マイミは自然とファイティングポーズをとっていた。
まだ見ぬ敵を警戒しているのだ。
オカールはこの国で、いや、それどころか近隣諸国を含めても十二指に入るほどの実力者のはず。
特にアウェーでの戦いに強く、マーサー王国に刃向かう小国でもあればたった一人で制圧する程だった。
そんなオカールが無惨に散るなんてまったくもって考えられ無い。
それを可能にした敵とはどれだけの強者なのだろうか。

「俺のことは良いから早く王のところへ……」
「王だと!?敵は王を狙っているのか!……くそっ、ベリーズ全員が遠征に行っている時に攻めてくるなんて……
 よし!今すぐナカサキとアイリ、そしてマイマイを招集して対抗しよう!」
「ダメだ!それは無駄なんだ……」
「無駄だと?……それはどういう……」
「やられちまったんだよ、キュートはアンタ以外全員な……」
「!!?」

この時受けたマイミのSHOCK!は尋常ではなかった。
キュート戦士団は全員が超一流。
一騎当千どころか一騎当万にも値する実力の持ち主だ。
そんな彼女らが4人も敗北するなんて有り得なさすぎる。
いったい相手はどれだけの戦力なのか、マイミの頭では想像することも出来なかった。

「敵はどんな奴らなんだ?……数十万の軍隊でも押し寄せてきたのか?……」
「6人だよ……」
「は?」
「これ以上言わせないでくれ……察してくれよ!!俺だってもう言いたくないんだよ!」
「待つんだオカール!敵が6人だなんて、それはまるで……」

マイミが叫んだちょうどその時、背後からの凶撃によって右脚の義足が破壊される。
これによってマイミは全てを理解した。
鋼鉄の脚を一撃で粉砕する程の破壊力を持ちながら、
且つ微塵も殺気を悟らせ無い達人なんてこの世に一人しか存在しないのである。
そして、そいつが束ねる化け物集団が攻めてきたとするのならば
キュートの4人がやられてしまったのも納得できる。

「シミハム!何故っ!?」
「……」

そこに居たのはベリーズ戦士団の団長、シミハム。

第二部:berryz-side
ベリーズ戦士団が事件を起こす物語。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



旧知の友であるシミハムが牙を剥いたことに驚きを隠せ無いマイミだったが、
だからと言ってやるべきことは変わらなかった。

「我が国に、そして我らが王に仇なすならば排除するのみ……それを分かっているんだろうな?」
「……」

シミハムから返事は返ってこなかった。
正確には返事をしたくても出来ないのだ。
ベリーズ戦士団のシミハムとキュート戦士団のマイミは
数年前の大事件の末、それぞれ声と両脚を失ってしまっている。
ゆえに以降は不便な生活を強いられることになったのだが、
だからと言って2人の強さは変わらない。それどころか当時より数段増している。

「洗脳されているのか、何か考えがあるのか……そんなのは分からないが関係ない。
 キャプテンであるお前を捕らえて、ベリーズを一網打尽にしてやる!!」

マイミは暴風雨の如き殺気を全開にし、片脚のハンデを感じさせない程の速度でシミハムに殴りかかった。
素手でも鉄扉を捻じ曲げるパワーの持ち主であるマイミが、
本来の武器であるナックルダスターを拳に装着しているのだから威力は絶大だ。
彼女が本気を出せば岩石さえもクラッシュしてみせることだろう。
しかし、その攻撃はシミハムには届かない。
確実にヒットさせる自信が有ったというのに、鉄拳はシミハムの数㎝前で止まってしまう。

「!!……相変わらずのキレだな。」

マイミが目測を誤ったのではない。むしろ非常に正確だった。
当たらなかったのは衝突する直前にシミハムがほんの少しだけ後退したからなのだ。
それも顔色や上半身の動きをまったく変化させず、
ただ爪先だけのちょっとした移動で回避したのである。
全てを破壊するパンチを、シミハムは必要最低限の動きで避けてみせたということになる。
全ての攻撃は、シミハムの前では「無」になる。
そして、キャプテンの真骨頂はこれから披露される。

「はっ!!……しまった!」

事もあろうに、マイミはさっきまで目の前にいたはずのシミハムを見失ってしまった。
一対一の状況で敵を見逃すなんて致命的すぎる。
だがこれはマイミが間抜けだという訳ではない。
シミハムが特殊能力を発揮しただけの事なのだ。
とは言っても瞬間移動や透明化などの超能力の類を発動した訳ではない。
彼女がやったのは、パンチを当てるくらい接近したマイミの右斜め後方にピョイと跳びこんだだけのこと。
それだけで十分死角に入ることが出来たのである。
ではこれの何が特殊能力か?
それは、シミハムの放つオーラの特性ににあった。

(くっ……何も分からない!!)

闘争心のある者であれば誰もが大なり小なり殺気やらプレッシャーを放つものだ。
マイミだけでなく、食卓の騎士に属する者は長年の経験からそのようなオーラを任意に知覚することが出来ている。
それによって背後からの不意打ちから身を守ることが可能になっているのである。
ところが、シミハムからはそのようなオーラが全くと言っていいほど感じ取ることが出来ない。
矛盾した表現になるかもしれないが、シミハムは「無」を放っている。
大した人物に見えない大した人物。
それがシミハムだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



一人一人が大物の風格を見せるベリーズ戦士団の中で、唯一シミハムだけは小動物のような見た目をしていた。
身長がかなり低いというのもあるが、それ以前に威圧感のようなものが殆ど感じられないのだ。
ゆえに、ベリーズのことをよく知らない外敵は戦力を見誤る。
小柄なシミハムなら倒せると誤解して返り討ちに遭うことなんてしょっちゅうだ。
となれば、シミハムの実力を十二分に認めているマイミならば脅威を肌で感じ取っても良いものだとと考えるが、
それでもマイミは背後にいるシミハムの気配すら認識できなかった。
足音を、鼓動を、気配を、その全てをかき消してしまう程の圧倒的な無。
それがシミハムの特性なのである。
この状況ならばシミハムは背後からの不意打ちを100%確実に決めることが出来る。
しかもシミハムの獲物は、全長にして自身の身長の倍もある三節棍だ。
ただでさえ重量のあるこの武器を勢いよく振り回すのだから、
衝突時の威力は遠心力も相まって相当なものになる。
先ほど鋼鉄の義足を破壊したのと同等のパワーで、棍はマイミの背中へとぶつかっていく。

「ああ゛っ!!」

この時、シミハムは確かな手応えを感じていた。
相手の背骨を砕く感覚が三節棍を通して伝わってきたのだ。
マイミは食卓の騎士の中で最も高い生命力を誇るため、こうでもしないと動きを止めることは出来ない。
それをなんとかスムーズに実行することが出来たので、シミハムはほっと胸を撫で下ろした。
だが、ここで異変が起きる。
三節棍を引き寄せようとしても、まるで何者かに阻害されているかのように戻ってこないのだ。
何者か、という問いに対して説明は不要だろう。
答えはマイミに決まっているからだ。

「そんな攻撃で私を倒したつもりか?シミハム!」
「!!」

なんとマイミはヒットした瞬間に背中に力を入れることで、肩甲骨で棍を挟み込んでしまったのだ。
シミハムの存在を知覚できないのであれば、攻撃を受けると同時に対応すれば良いと考えた結果である。
人並みを大きく外れた反射神経と度胸がなせる技だろう。

「それではお返しだっ!」

マイミは伸びきった三節棍を掴み取り、逆に自身の方へと引き寄せた。
義足を一本失い、そのうえ確かに背骨は折れているというのに
マイミはしっかりとした重心で片足立ちをしている。
その異常なまでの「生きるという力」はシミハムの想定を何段階も上回っていたのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



三節棍をグンと引っ張っては、力強く振り回して周囲の壁に何回もぶつけていく。
本来の持ち主がすぐに棍から手を放したため、シミハムごと叩きつけることまでは出来なかったが
それでも敵の武器を奪い取り、尚且つ破壊できたのは大きな成果だった。
マイミがクラッシャーっぷりを発揮すればこれくらい容易いのである。

「さぁ、丸腰でどう私に勝つつもりだ!」

武器を失ったシミハムは誰がどう見ても絶体絶命の状況だった。
三節棍を持ってしても倒しきれないマイミに対して、素手でどうこう出来るはずがない。
普通の戦士であれば敗北を認めて降参してもおかしくないシチュエーションだ。
ところがシミハムはそうしなかった。
それどころか目を閉じて、その場で座禅を組み始めたのだ。
真剣勝負の場でこんなことをするなんてふざけているとしか思えないのだが、
この行為にはちゃんと意味があった。

(なんだと?……シミハムの姿がぼやけていく……)

シミハムの身体そのものが、目に見えて薄くなっていく。
彼女の集中が極限に達した結果として、目視することすら困難なほどに存在が希薄になったのだ。
他の食卓の騎士が天変地異のようなビジョンを視覚的に見せているのに対して、
シミハムは無そのものを具現化しているため、このような現象を可能にしているのである。
こうなればもう透明化と同じ。マイミは何をされても抵抗できないだろう。
武器のアドバンテージなんて、無いも同然だ。

(驚いた……シミハムの修行はここまで極まっていたというのか。
 同じ食卓の騎士でありながら、私はベリーズのことを何も分かっていなかったんだな。
 だが、ここでみすみすと勝利を逃すわけにはいかない!絶対にだ!
 私の全神経を注いでお前の姿を捉えてやる!!)

シミハムが集中するのと同じくらい、マイミは前方に向けて集中した。
国を、そして王を守りたいという使命感が大きくなるのに連動してマイミの雨女力も強くなっていく。
嵐を超えて、暴風雨を超えて、台風を超えて、マイミのビジョンはハリケーンの如き激しさを見せる。
部屋中のどこを見ても雨が降る中、ただ一部分だけは穴が開いたかのように「何も」なかった。
シミハムはそこにいることをマイミは確信する。

「そこだぁ!!」

何もない空白に向かってマイミは飛び掛かる。
これを逃せばチャンスはもう来ないと心から信じている。
オカールの叫び声も聞こえないほどの瞬間最大降水量の中、マイミは強烈なパンチを繰り出していく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マイミの読みは当たっていた。
嵐の中の空白には、確かにシミハムが存在していたのだ。
このまま鉄拳を振り切れば、敵に対して大きな痛手を与えることが出来たはず。
ところが、またしてもあと一歩のところでそれは叶わなかった。

「猟奇的殺人鋸――」
「!?」
「――"派生・愕運(がくうん)"」

突如現れた凶刃によって、マイミは義足をスパッと切断されてしまう。
先ほどシミハムに右義足を潰されたうえに、こうして左義足までも斬られたものだから
マイミは敵の技名通りにガクーンと転倒することとなる。
これほどの鋭さを誇る斬撃。マイミには心当たりが有りすぎた。

「ミヤビか!」

食卓の騎士としてこれまで戦ってきた仲間のことをマイミが当てられない訳がなかった。
もっとも、今こうして登場しているのは「仲間」などではなく、
殺人的な禍々しいオーラをビンビンに放ち続けている「敵」な訳だが。

「2対1が卑怯だなんて思わないよな?」
「……!」

ミヤビのプレッシャーは刃物のように鋭く尖っている。
それが無数にギラギラと飛んでくるのだから、
余程の胆力が備わぬ者でなければ、四肢を切られる苦痛を味わうことになるだろう。
だが、ここでマイミは一つの違和感を覚える。
これほどまでに暴力的な存在感を持つミヤビの不意打ちに
マイミほどの達人が何故気づくことが出来なかったのか、分からないのだ。
本来ならばすぐに勘付いて回避行動にうつっていたはず。
だがここで考えこんでも意味がない。
その原因さえもがマイミの脳裏から消え去りつつ有るのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



気づけばマイミはミヤビにばかり集中をしていた。
ついさっきまで戦っていた相手のことも、自ら破壊した棍のことも忘れていたのだ。
だがその忘却も長くは続かない。
後頭部に強烈な打撃をぶつけられることで、マイミはシミハムを思い出す。

「!!」

薄れていく意識の中、マイミはすべてを理解した。
凶器の如きオーラを持つミヤビを知覚出来なかったのはシミハムに集中しすぎていたからであり、
そのシミハムを今の今まで見失っていたのは、ミヤビに少しでも関心を向けてしまったからなのだ。
単純なタイマン勝負ならばマイミはシミハムに勝利していたのかもしれないが、
存在感を自在に希薄化できるシミハムは、個性が極めて強いベリーズのメンバーがそばにいることで
完全なる無となることが出来る。
そのせいでマイミは本来ならば喰らわないような不意打ちを何度も受けたのである。
骨が折れ、義足も壊され、その上さらに手痛い打撃を脳天にもらったため、
さすがのマイミも立ち上がれないほどに弱ってしまう。

「シミハム団長。マイミの奴はもう動けません。そろそろ行きましょう。」

地に這いつくばるマイミを見て、ミヤビは逃走の提案を持ち出した。
これが真剣勝負であれば、まだ戦う意思のある相手に背を向けるなんて許されないことだが
シミハムとミヤビの目的はそのようなものではなかった。
マイミをここで動けない程度に痛めつけることが出来れば、それで十分だったのだ。
シミハムはコクリと頷くと、外へと走っていく。

「ま、待て!私はまだやれる……!」
「マイミ。私たちはお前に構ってやるほど暇じゃないんだ。なんせ王を待たせているんだからな。」
「王だと?……王に何をするつもりだ!!」
「これからベリーズ全員でマーサー王を攫う形になる。
 長期の不在になるだろうね。国民が混乱しないように上手くやるんだぞ。マイミ、オカール。」

そう言い残してミヤビはシミハムの後を追っていく。
その間マイミは悲痛な叫びを何度もあげ続けたが、当然なんにもならなかった。
この日、ベリーズらの手によってマーサー王国から王が消えることとなる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マイミの回想は終わり、話は現在に戻る。
ハルナン、マリア、アカネチンらは何者かにサユが連れ去られる現場を目撃した訳だが、
この件もマーサー王がさらわれた事件と密接に関わっていた。
そう、どちらもベリーズによって引き起こされていたのだ。

(モモコ様……どうして!?……)

ベリーズ戦士団のモモコが馬に跨りながらサユを抱える姿を見たアカネチンは、
なんて声を発すれば良いのか分からないようだった。
以前出会ったときはこのような事をするような人物には見えなかったので、ショックが大きいのだろう。
しかし主犯が誰であろうと、サユが拐われるのを黙って見逃す訳にはいかない。
アカネチンは剣を取ってモモコに斬りかからねばならないのだ。
だが、それだけのことがアカネチンには難しかった。
モモコの事を知っているからこそ、脳が攻撃を拒否するのである。
新人剣士のアカネチンと食卓の騎士でおるモモコの実力差は月とスッポン。
いや、あるいはそれ以上かもしれない。
仮にも帝国剣士団長であるハルナンですら一歩も動こうとしないのだから、
モモコとそれ以外には絶望的なまでの差が有るのだろう。
このまま攻撃に行くのは自殺行為そのもの。
それを重々承知しているため、アカネチンは動くことが出来なかった。
それでも、マリアは動くことが出来る。

「サユ様を放せえええええええ!!」

モモコを知らないマリアは、両手剣「翔」を握ってモモコへと飛びかかることが出来た。
マリアにとって相手が誰かというのは大した問題ではない。
憧れの存在であるサユに害を及ぼす者はみな排除すべき敵なのだ。
後先なんて考えず、超重量級の斬撃をぶつけようとする。

「あなた、見かけによらずパワーがあるのね。」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「でもね、許してニャン。 モモはパワーだけのお馬鹿さんは結構得意なんだ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マリアの放つ強烈なスイングは、帝国剣士の中でも上位の破壊力を誇っていた。
これをひとたび受ければ、大の大人だろうと場外まで吹っ飛ばされてしまうだろう。
ましてや相手は小柄なモモコだ。
例え帝国剣士であろうと、ホームラン王であるマリアの打力ならば圧倒することが出来る。
もっとも、それは「ヒットすれば」の話だが。

「えっ!?……消えた……」

マリアは馬上のモモコを殴り落とすつもりで両手剣を振り切っていた。
ところが、そこにはもうモモコは居なかったのだ。
それだけではない。モモコの乗っていた「馬」ごと消滅していたのである。
ではどこに消えたのか? その答えは同期のアカネチンがすぐに教えてくれる。

「マリアちゃん後ろ!」
「!?」

アカネチンの言葉通り、馬とその上に跨るモモコはマリアの背後に突っ立っていた。
まるで瞬間移動だ。マリアは馬の移動する軌道すら認識することが出来ていない。
先ほどまで激昂していたマリアも、この奇妙な現象を前に困惑したようだった。

「え?え?いったいどうして?」

馬の走るスピードが速いというのはまだ理解できる。
競走馬ともなれば70キロもの時速で走るというのだから、速いのは当然だ。
だが、それほどまでの速度を出しながらも、且つ急に止まることの出来る馬なんて聞いたことがない。
だというのにこの馬は確かにマリアの前方から後方まで超スピードで走り抜け、
そしてその場にピタリと止まって見せたのである。
信じられないキレの良さだ。

「あ……あ……でも、倒さなきゃ……」

戸惑いで頭の中がひどくグチャグチャになってはいたが、サユを守りたいという熱意までは押しつぶされていなかった。
敵に背後を取られたのであれば、すぐに振り向いてから斬りかかれば良いだけの話。
むしろその回転力をパワーに変えて剣をぶつけてやろうとも思っていた。
ところが、その行動を同期のアカネチンに制されてしまう。

「だめ!!動いちゃだめ!!」
「えっ?……」

アカネチンの制止は少しだけ遅かった。
いつの間にかマリアの周囲に張り巡らされていた「謎の糸」は、マリアの動きに連動して肉に食い込んでいく。
紐で縛られたハムのようになったマリアの二の腕はすぐに変色し、そして血液が噴出しだす。
一本一本が鉄のように固いその糸は、腕の薄皮など簡単に裂いてしまったのである。

「いやあああああああああああ!!」

バットを振り切る前に止められたため人体切断とまではいかなかったが、
それでもマリアは意気消沈するには十分すぎるほどのショックを受けてしまった。
これではもうモモコに立ち向かうことなど出来やしない。

「いや~助かった助かった。あなた、"アカネチン"って言うんだったっけ?」
「……なんですか。何が言いたいんですか。」
「何って?私は礼が言いたいの。あなたがその子を止めてくれたおかげで、モモは人殺しにならずに済んだんだから。」
「……」
「信じてたよ。あなたが私の技を見切るくらいのことは、ね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンは全く戦う気が無いのかその場でただ俯いているだけだったし、
アカネチンも視線だけはモモコの一挙手一投足を捉えてはいるものの、何も出来なかった。
この場にいる戦力ではモモコに太刀打ちできないことは明らかだったのだ。

「あら、やる気なし? じゃあ遠慮なく……」

モモコはハルナンらに背を向けて、馬を前方へと走らせた。
目的地は城の敷地内に入る際にくぐってきた城門だ。
サユを攫って国外へと逃亡しようとしているのである。
駿馬のスピードはなかなかのもの。この分ならあっという間に門へと到達してしまうだろう。

「させない!!」

この後に及んでもまだ食い下がったのは、腕からひどい出血を見せていたマリアだった。
自身のもう一つの武器である投げナイフ「有」を取り出して、
高速で移動するモモコ目掛けて投げつける。

「えいっ!!」

マリアは打撃だけでなく、肩も優れている。
彼女の放つ投げナイフは時速160キロをオーバーするため、馬の速さをも上回っていた。
コントロールがバッチリならば強敵モモコの身体に突き刺すことが出来ただろう。
しかし、今のマリアには真っ直ぐ投げることが何よりも難しかった。
新人お披露目会の時と同様にナイフは手からすっぽ抜けて、遥か上空へと吹っ飛んでしまう。

「ああっ!」
「マリア……スランプはまだ治って無かったの……」

研修生時代のマリアは確かに投打ともに優秀な戦士だった。
ところが、モーニング剣士になった途端に投げナイフの精度が目に見えて落ちてしまったのである。
緊張やストレスによる影響など理由は色々考えられるが、
とにかく今のマリアの投球術は戦力としては到底カウント出来ないレベルに有るのだ。
自身の不甲斐なさで憧れのサユを救えないと思うと、非常に泣けてくる。

「うっ……うっ……サユ様ぁ……」
「マリア、もう一回だけ投げてもらえる?」
「ハルナンさん?……でもマリアのコントロールじゃ敵には当たりません……」
「狙うのは敵じゃなくて味方よ。それならあなたの肩は活かすことが出来る。」
「えっ?」

マリアがキョトンとしているうちに、ハルナンはアカネチンに今の状況をメモすることを指示した。
そうして完成した読みやすいメモをナイフに突き刺しては、マリアに手渡す。

「これを城門の方角に思いっきりぶん投げて。 正確さは何もいらない。
 おおよその位置に投げれば向こうの方からキャッチしてくれるはず。」
「あっ!……城門には!……」
「そう。エリポン帝国剣士団長を筆頭に計9名の帝国剣士が見張りの番についている。
 私たちには何も出来なかったけど、彼女たちならきっとやってくれるはずよ。
 そのための報せを投げることが出来るのは、マリア、あなただけ。
 あなたのピッチングの速度は馬をも超えるのだから!」
「はい!!」

マリアは残った力を全て振り絞り、指示された方角目掛けてレーザービームの如き投球を放つ。
精度こそ酷いものだがスピードは目を見張るものがあった。
モモコの乗る馬よりももっと速く、目的地へと突き進んでいく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



飛んでくるナイフの存在にいち早く気づいたのはノナカだった。
持ち前の耳の良さで風切る音を感じ取ったのである。

「何か来てます!あれはマリアちゃんの……?」
「エリが台になる。キャッチ出来そう?」
「はい!」

ノナカはエリポンの肩を踏み台とし、高く跳び上がった。
非公式ながらアクロバット部を自称する彼女らにとって
このようなコンビネーションを瞬時に見せることは朝飯前なのだ。

「こ、これは……!」

ナイフに括り付けられた手紙を読んだノナカはひどく驚愕する。
他の帝国剣士らも回し読み、事の重大さを理解していく。

「サユ様がさらわれた……!?」
「しかも犯人はベリーズのモモコ様で、こっちに向かってきている!?」

アカネチンの記述したセンセーショナルな内容は、すぐに皆の頭の中に入っていった。
マイミからマーサー王国で起きた事件をさっき聞いたばかりだというのに、
更にモーニング帝国にまでベリーズが攻めてきているなんて、異常事態にも程がある。
こうなると、帝国剣士らはマイミの後からやってきた「客人たち」にも疑いの目を向けざるを得なかった。

「あんた達は何者なんじゃ……ひょっとしてベリーズ戦士団と関連が?」

サヤシが声をかけた客人は、馬にまたがる4人の少女だった。
さっきから何をするでもなく、城門の前でずっと立ち続けているのだ。
その中の一人である栗毛の長髪がサヤシの問いに答えていく。
しかしそれは回答と言うにはあまりに曖昧だった。

「さぁ?どうでしょう……分かりませんね。」
「だったらどうしてここに居るの? 城に攻めに来たんじゃないの?」
「攻めるんですかね、どうなんですかね。 ちょっとそれも分からないですね。」

カノンが質問をしても明確な返事は返ってこない。
4人はクスクスと笑いながら、高いところから帝国剣士らを見下ろすだけだ。

「ふざけないで!馬鹿にしてるの?」
「いやいや本当に分からないんですよ。 私たちだって先輩の指示待ちなんですから。」
「先輩……?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



エリポンら帝国剣士をなんとも言えぬ寒気が襲いだしたため、馬上の不審者らへの追求を一旦中止することにした。
この凍てつく冷気はモモコが発しているものに違いない。
速い速度でこちらにやって来ているのは明らかなので、その対処に力を入れることにする。
帝国剣士団長であるエリポンがメンバーに指示を出していく。

「相手は伝説と呼ばれる存在やけん、勝てると思って挑むのは止めよう。
 最も優先すべきは勝利じゃなくてサユ様の救出なはず。
 何人かがオトリになって、そのスキにサユ様を取り戻すっちゃん。
 1人や2人……いや、7人や8人の犠牲は仕方ない。」
「私がオトリになろう。それなら犠牲は少なくて済むはずだ。」
「ま、マイミ様!?」

全身ボロボロで、しかも両脚を失っているマイミが自ら危険な役割を買って出たので、一同は驚いた。
だが考えてみればその案は妥当だ。
食卓の騎士の怖さを知っているサヤシもマイミに同調していく。

「確かにウチらじゃオトリにもならんけぇ……マイミ様が適任かもしれん。」
「あぁ任せてくれ。 長い付き合いだからモモコの殺気のことはよく分かっている。
 この感じだと……あと40秒、いや、30秒ほどで門に到達するな。
 そのタイミングで私がモモコに飛びかかる。そこからは帝国剣士の力でサユを救ってやってくれ。」
「「「はい!!」」」

モモコと同格のマイミが手伝ってくれるのだから、とても心強かった。
敵も帝国剣士を複数相手どる策を準備しているのかもしれないが、
突発的に現れたマイミを勘定に入れることまでは出来ていないだろう。
自分たちならやれる。帝国剣士らとマイミはそう固く信じていた。
ただ、懸念事項があるとすれば謎の騎馬少女たちの存在だろう。
アユミンが警戒しながら声をかけていく。

「あなた達、邪魔しようとしてるんじゃないでしょうね?
 でも無駄だよ!武器も持ってない素手のあなた達に妨害されるほど帝国剣士はヤワじゃないんだから。」
「邪魔なんてしませんよ。私たちはここで見てるだけです。
 あ、でも武器ならちゃんと持ってますけどね。」
「はっ?手ぶらで何を言ってるの? 馬の手綱しか持ってないじゃん。」
「そう思うならそれでもいいですよ。」
「???」




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「3、2、1、今だ!」

モモコが門を突破するのと同じタイミングで、マイミが飛び掛かった。
外へ出ようとするモモコは前方向しか見ていないはずなので、横からの攻撃は完全な不意打ちとなるだろう。
この強打さえしっかりと当てることが出来れば戦況は大きく有利になると思われていた。
だが、その程度でモモコを出し抜こうだなんて甘かったのだ。
モモコの乗る馬は、門を出ると同時にマイミの方へと急転回する。

「やっほ~マイミ元気~?」
「なっ?……次の角を曲がっただと!?」

マイミの行動は見ての通りモモコに読まれていたのだ。
城門にマイミがいるという事実はこの場にいる者しか知らないはずなのだが、それでは何故バレたのか。
その理由はマイミの放つ嵐のような殺気にあった。
マーサー王だけでなくサユまでも連れ去られるという事実に、マイミは激怒している。
その怒りがオーラと連動して激化し、皮肉にもモモコに場所を知らせる発信源となってしまったのだ。
こうなるといくらマイミがキュートの団長であろうと非常に分が悪くなる。
両義足を失い機動力の落ちるマイミに対して、モモコはマーサー王国一の名馬という足を所持している。
この馬、名をサトタと言うのだが、蹴り技を非常に得意としていた。
その強靭な脚力から繰り出されるキックはマイミの胸の骨をメキメキと破壊する。

「……!!」
「そんな怪我でモモに挑んじゃなダメでしょ~?……ってもう喋れないか。死にそうなくらい苦しいはずだしね。」

たった一蹴りでマイミをノックアウトするモモコを見て、帝国剣士らは凍り付いてしまった。
だがモモコの脇には情報通りサユが抱えられている。
便りの綱であるマイミが居なくなったからといって逃げる訳にはいかない。
この場で、食卓の騎士モモコを止めなくてはならないのだ。

「ベリーズだかなんだか知らんっちゃけど、サユ様は返してもらう!」
「んっ?ひょっとして戦うつもり?」
「当たり前っちゃん!」
「許してにゃん、いや、ごめんなさいね。 私たちに戦うメリットなんて無いんだ。」

モモコがそう言い放つと、周囲に「馬上の4人」を呼び寄せた。
やはりこの4人はモモコの仲間。部下にあたる存在だったのである。
そして、臨戦態勢に入ろうとする帝国剣士らを嘲笑うかのような行動をとり始める。
要するに、逃亡を始めたのだ。

「じゃあねバイバイ~」
「ま、待て!!」
「ん~、私たちに追いついたら相手してあげてもいいけど、足はあるの?」

モモコ一派と帝国剣士の決定的な差。それは馬の有無だった。
いくら帝国剣士がせいいっぱい走ろうとも馬の速度には追いつけない。
しかもマリアのように飛び道具を扱う剣士もいないために、攻撃を当てることすら叶わないのである。
これではサユが攫われるのを指をくわえて見てることしか出来ない。
ところが、そうはならないための予防策を事前にうっていたのだ。
モモコならびに部下ら4名が次々と落馬していくのを見て、帝国剣士らは防衛の成功を確信する。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「きゃ!」「痛~い!」「うわ~最悪!」
「ちょっとちょっと!何なのこれ!めちゃくちゃ地面滑りやすくなってるじゃない!」
「あの~モモち先輩。」
「なに!?リサちゃん。」
「これきっとあのアユミンって人のせいですよ。さっきからずっとスライディングして地均ししてましたし。」
「そういうのは早く言ってよ!」
「だってその程度でこんなに地面がツルツルになるなんて思わないじゃないですか!」

敵が困惑しているのを見て、アユミンはにっこり笑顔で微笑んだ。
確かに帝国剣士側には馬は無いが、スベリの帝王であるアユミンの前では機動力など無意味なのだ。
依然状況が悪いことに変わりはないが、戦わずして逃げられることは防ぐことが出来た。

「も~!責任とってリサちゃんがなんとか食い止なさい。私たちは速度を落として逃げるから。」
「えっ?私一人でやるんですか?」
「そう。これはPM命令。」
「モモち先輩が一人でやる方が早くないですか?」
「それはそうだけど、じゃあサユは誰が運ぶっていうの?」
「はいはい!私が運びますよ!モモち先輩よりずっと丁重に扱いますって。」
「リサちゃんはなんかダメ。さっさと帝国剣士の子たちと戦いなさい。」
「本気ですか~?……」
「リサちゃん。これはムチャブリなんかじゃないの。 あなたの戦法ならそれが出来るから言ってるの。」
「分かりましたよ。じゃあ帝国剣士全員倒したらサユ様を運ばせてくださいね。」
「出来高次第かな。」

リサと呼ばれた栗毛の少女だけで対抗できるかのような口ぶりだったので、帝国剣士からしてみたら全く面白くなかった。
中でもサヤシ、カノン、ハルの3名が特にカチンときたようだ。

「本気で言うちょるんか? リサって子は食卓の騎士の脅威には程遠いようじゃけぇのぉ……」
「私たちは国を代表する帝国剣士だよ。 サユ様に限らず帝国に仇なす者は無事には返さないから。」
「だいたいこっちは9人もいるんだぞ! 1人で何が出来るっていうんだ!!」

リサは、ハルの喋りを聞いてクスッと吹き出してしまった。
相手が自分のことを何も分かっていないことが面白かったのだ。
もう!あなたってなんにもわかってない!ってやつだ。

「ふふっ……9人ですよね。そんなの見れば分かりますよ。」
「なんだよ!なにがおかしいんだよ!」
「ごめんなさい、こっちの戦力は"1万"なんです。」
「えっ?……」

1万といった突拍子も無い数を聞いてキョトンとしている帝国剣士を横目に、リサは指で作った笛を吹き始めた。
リサは形としての武器なんてものは身に着けていない。
あるのは武器と言っても差し支えのないほどの強力な「味方たち」だけ。
その「味方たち」はいつでも、どんなところでも近くに潜んでいる。
リサの呼びかけさえあればすぐにでも駆けつけてくれる。

「ね、ねぇサヤシ……あっちから来てるのってもしかして……」
「嘘じゃろ……こんな戦い方をされたら……」

"勝てない"、ほとんどの帝国剣士はそう思ってしまった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



リサの武器はあらゆるところから跳んでくる。
それは自ら動く生命体であり、本日のような雨模様の日には非常に活発になっていた。

「元気で可愛いでしょ?私のカエルたち。」

リサ・ロードリソースは両生類を武器とする戦士。つまりはカエルを操るのだ。
総数1万のカエル軍団が集まる姿はとても異様だが、リサはそれらを愛おしいと思っている。
食べたいくらいに可愛いことから「カエルまんじゅう」と名付けているほどだ。
しかし、いくらリサがカエルを可愛いと思っていても、大半の女子はそうとは思えていない。
むしろ恐怖の対象だ。
ゆえに少し触れさせてやるだけで簡単に戦意を喪失させることが出来る。

「ちょっと触ってみませんか?まずは2000匹。」

リサの指笛による合図と同時に、カエルらはサヤシ、カノン、ハルへと飛びかかる。
足に、腕に、そして顔にと、露出している部分をあっという間に埋めて尽くしてしまうのだ。
呼吸出来ないほどの密着と言うわけではないが、
カエルの腹や指先の感触を直に味わうのはなんとも気色悪い。
よって3人は悲鳴をあげて腰を抜かしてしまう。

「ひぃぃぃぃ!!」
「いやぁぁぁぁ!」
「そんなに怖いですか? すっごく可愛いじゃないですか。
 この可愛さを分からないのはもはや罪ですよ。罪。
 罪人には罰を与えないといけませんね~」

気づけばリサは全身に小さなカエルを数百匹単位で纏わせていた。
彼女に言わせればこの感触さえも愛おしい。
リサ・ロードリソースはこの状況下で平常心でいられる数少ない人間なのである。

「まずい……サヤシさんカノンさんハルさんが一気にやられちゃった……」
「オ、オダさんが行ったらいいんじゃないですか? 蛇とかカエルとか平気そうじゃないですか」
「さすがに全身で浴びるのは無理……ハーチンは?」
「私だって無理ですよぉ!」

立派な戦士とは言え、それ以前に年頃の少女である帝国剣士たちにとってリサの戦法は恐ろしいものだった。
カエルは戦闘力こそ剣や銃に劣るが、与えることのできる精神的ダメージはそれらの比ではない。
こうして帝国剣士らが二の足を踏んでいる隙に、モモコ一派らはツルツル面をゆっくりと進んでいく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「リサちゃん本当に一人で大丈夫かな?……」

リサ・ロードリソースを心配する発言をしたのは、同じくモモコ一派の一人であるチサキ・ココロコ・レッドミミーだ。
いくら1万のカエル軍を従えたとは言え、相手が帝国剣士では無事には済まないと思ったのである。
モモコや、仲間たちもチサキの不安げな表情に気づいたようだった。

「あら?じゃあチサキちゃんが助けに行く?」
「えっ?えっ?いや、私は……」
「ダメですよモモち先輩。 チーたんは陸上ではポンコツなんですから。」
「うわ出た!ブラックマナカん!」
「ブラック?ホワイトですよ、私は。」
「自分でいうか?……まぁそれはさておき、リサちゃんは一人でも平気だからチサキちゃんは安心して。
 あの子はカエルをただの精神攻撃のための道具とは思っていないからね。」

一派らがこんなやり取りをしているうちに、城門から悲鳴が聞こえてきた。
その声の主は、急いで駆けつけてきたマリアとアカネチンだ。
カエルで溢れかえっている惨状を見て衝撃を受けたのである。

「あわわわわ……これはいったい……」
「どうなってるの!?これ!」

援軍が来たとは言え、そのマリアとアカネチンも15歳そこいらの女の子。
万のカエルを見てすぐ対応できるほどの度胸は無かった。
だが、この2人の登場は全くの無意味という訳では無かったようだ。

「年下にカッコ悪いところは見せられないよな……」

カエルにまみれながらも、ハル・チェ・ドゥーが立ち上がっていく。
自分を尊敬してくれているマリアとアカネチンが応援に来たのだから、
このままビビって何もしないわけにはいかないと思ったのだ。
全身鳥肌が立つほど恐怖しているが、ハルは涙目でリサに飛びかかっていく。

「ちくしょう!お前さえ倒せば……喰らえ!」
「……ウシガエルさん。やっちゃって。」

リサが指示を出すと同時に、手のひらよりも大きいウシガエルが登場し、
ハルのお腹にキックを入れる。
このカエルはただのカエルではなく、戦闘用の訓練を受けた戦士であるため
ハルは鉄球を受けたような苦しみと共に崩れ落ちてしまう。

「くはっ……な、なんだ?……」
「私のボディーガードのウシガエルさん。そんじょそこらの人間じゃ太刀打ちできないと思いますよ。」

恐怖を与えるだけでなく、純粋な戦闘力も高いという事実を前に帝国剣士はショックを隠せなかった。
もちろん相手はカエルなので剣士が剣をとれば勝てぬ訳が無いのだが、
精神攻撃を受けて本領発揮できぬ今、ウシガエルがよほどの強敵に見えるのである。
この状況で全力を出せる剣士はごく一部しかいなかった。

「ドゥー大丈夫?お腹痛いの?」
「マーチャン!マーチャンは普通に動けるのか?……」
「うん。カエルさんは地元にたくさんいたから。」
「頼むマーチャン!あいつを倒してくれ……そしてサユ様を助けてほしい……」
「うん。マーもミチョシゲさんを絶対助けたい。 でも、マーチャンが戦わなくても大丈夫みたいだよ。」
「えっ?……あ!?」

リサの前にはすでに二人の剣士が立ち向かっていた。
エリポン・ノーリーダー
ハルナン・シスター・ドラムホールド
この2名の帝国剣士団長にはカエルによる精神攻撃は通用しない。

「そろそろ調子乗りすぎやない?」
「私たちの力、見せてあげましょう。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



全身にカエルがひっついているというのに、エリポンもハルナンも全く動揺しなかった。
カエルの可愛さを共有出来るかもしれない人物が現れたのはリサ・ロードリソースにとって喜ばしいことなのだが
友達になる余裕など今はない。

「たまにいるんですよね、対応できちゃう人……でもこれならどうですか?」

リサがカエル達に出した指令は、エリポンとハルナンに4000匹ずつ纏わりつかせるというもの。
一匹一匹はとても小さく軽い生物ではあるが、こうもくっつかれたら重くて仕方がない。
単体あたりの重さが20グラム程度だとしても合計すれば80キロもの重石になるのだから、動きは大きく制限されるだろう。
そしてリサはそれに加えてさらなる精神攻撃をも与えることにした。

「カエルちゃん達、その人の口の中に入っちゃいなさい。」

身体が重くて動けぬハルナンを指さしながら、リサはなんとも恐ろしい支持を出していった。
リサの言うことならなんでも聞くカエル達は迷わずハルナンに口の中へと侵入していく。
いくらカエルが平気な女子だろうと、いや、例え男性であろうと口内に入られたらパニックを起こさずにはいられないだろう。
リサはこの手段を用いることで今まで何人もの相手を失神させてきたのだ。
今回も同様の手を使って簡単に仕留めるつもりだった。
ところがハルナンの眼を見た瞬間、リサは逆に恐怖してしまう。

(えっ!?……どうしてそんな目が出来るの……)

口の中はもう喋れないくらいにカエルで溢れ返っているというのに、ハルナンの目は死んでいなかった。
それどころか非常に鋭い視線でリサを睨み続けている。
これほどの仕打ちを受けてまだ意識を保っていられるだけでも規格外だと言うのに、
闘争心まで失っていないという事実を、リサは受け入れることが出来なかった。
リサは知らなかったかもしれないが、この世には好んでセミの抜け殻を全身で浴びたり口の中に入れたりする女性が存在する。
ぶっちゃけて言うと、その人物はハルナンの友人だ。
ハルナンはその女性と友であり続けるためには自分もそれくらい出来て当然と考え、そして実践したのである。
そんなハルナンに対してカエル程度で精神的ダメージを与えようなど甘かったのだ。
むしろ逆に精神攻撃をし返すために、瞳でメッセージを送っている。

(口の中がカエルでいっぱいなんだけど、これ食べちゃってもいいの?)
(!?)
(ねぇ、いいの?)

リサの背筋は一瞬で凍り付く。
音としての声などまったく聞こえないはずなのに、確かにハルナンがそう思っていることが伝わったのである。
ハルナンならやりかねない。恐怖心に苛まれたリサは不本意ながらカエルに新たな支持を出す。

「カエルちゃん達!今すぐその人から離れて!!た、食べられちゃう!!」

支持を出すや否やカエルが解散していったため、ハルナンの身体はすぐに軽くなる。
本来の戦闘力を取り戻されたのはリサにとって残念だったが、精神攻撃が全くと言っていいほど通用しないので仕方ない。
それに、リサにはまだ他にも戦い方が残されていた。

「ウシガエルさん!その人を蹴り倒して!!」
「あの~ちょっといいですか?」
「ヒッ……な、なに?」
「"ウシガエルさん"って、ひょっとしてあそこにいるカエルのことですかね?」
「はっ!?……ええええっ!?」

ハルナンが指さした先では、ウシガエルがカエルの集合体にボコボコにされる光景が繰り広げられていた。
このカエルの集合体とはエリポンのことだ。4000匹のカエルがくっついたままウシガエルを殴り倒しているのである。
先ほど合計重量を80キロと書いたが、この程度で動きを制限されるほどエリポンの筋力はヤワではなかったのだ。

「さすがエリポンさん!相変わらずの馬鹿力で素敵ですわ~」
(は、話と違う!帝国剣士団長がこんな化け物揃いだなんて聞いてない!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ウシガエルを仕留めたエリポンは、ヘッドバンキングの要領で上半身を激しく揺らしカエルを振り落とす。
そして鞘から打刀「一瞬」を抜いてはリサへと突きつけるのだった。

「勝てんよ。キミ。」

もう一人の帝国剣士団長であるハルナンだってフランベルジュ「ウェーブヘアー」を構えている。
二人はもはやカエルなど相手にしてはいない。
リサに照準を合わせているのは誰が見ても明らかだ。
それを理解したリサは、止むを得ず戦法を変えることにした。

「分かりました。諦めます。」
「お、降参?」
「違いますよ!帝国剣士を全員倒すのを諦めるってだけです。
 ここからは足止めに専念しますから。」

そう言うとリサは指笛を使って数十匹のカエルを自身の元へと集めだした。
そして鎧を装着するかのように赤、青、黄のド派手な色をしたカエルを纏っていったのだ。
これがリサ・ロードリソースの防御形態。
自ら動くことは出来ないが、鉄壁をも超える防御力を発揮することが出来る。

「なん?そんなので足止めできると思っとーと?
 こんなのカエルごと斬ればいいだけやん。」

エリポンの言う通り、リサの装甲はとても頼りないものだった。
カエルが鋼の硬度を誇るのであれば話は別だが、生物である以上それはありえない。
構わずぶった斬ればそれで終わりなのである。
しかし、ハルナンはこの形態に異質さを感じざるをえなかった。

「待ってくださいエリポンさん!斬るのは……まずいです。」
「えっ?それはどういう……」
「カエルのドギツい色……あれは警戒色ですよ。攻撃するなと訴えているんです。」
「警戒色!……ってことは」
「はい、あのカエルは間違いなく猛毒を持っています。 
 もしも体液が飛び散ったりでもしたら……その時はどうなっても知りませんよ。」

ハルナンの推察通り、リサの纏うカエルは猛毒カエルだった。
前にも述べたがカエルごと斬ればリサを倒すこと自体はとても容易い。
もっとも、それがキッカケで飛散した毒を浴びた場合は生命を保障出来ないだろう。
ゆえにエリポンとハルナンは攻撃を躊躇するしかなかった。

「じ、自分も死ぬかもしれんのに毒カエルを盾にする!?普通!」
「毒に対する免疫が有るのか……あるいは死を覚悟しての行動、ってことですかね……」
「うぅ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



リサも出来ればこの手は使いたくなかった。
毒によって相手に与えるダメージは非常に強大ではあるが、
それは同時にカエルが死ぬことを意味している。
カエル好きなリサにとってはとても心苦しい戦法なのである。
とは言え、この状況では甘いことを言ってられない。
戦士としての誇りを持っているため、任務遂行に命をかけているのだ。
だがそれは帝国剣士だって同じ。
自分たちの使命を考え、最も優先すべきことは何なのかを判断している。

「ハルナン、この子に攻撃すると危険なのはよく分かった。じゃあこのまま放っておこう。」
「!……なるほど、律儀に相手する必要はないですもんね。」
「エリ達のやるべきことはサユ様を助けることやけん。ここで立ち止まっとる暇はない。」

さっきまではリサがカエルで邪魔してきたので早急に黙らせる必要があったが 
防御形態をとるリサはその場に留まるのみ。
ならばエリポンが言うように放っておけばいいのだ。
最優先事項であるサユ救出のため、エリポンは一歩踏み出そうとした。

「待ってエリポンさん!歩いちゃダメ!」
「!?」

エリポンがあとちょっとで地面を踏むといったところで、ハルナンのストップが入った。
なんと足元にはリサが纏っているようなドギツい色のカエルがビッシリと敷き詰められていたのである。
ちょっとでも歩みを進めればカエルを踏まずにはいられない。
その時は毒が飛び散って、脚をダメにしていたことだろう。

「うおっ!危なかった……」
「それにしてもこの状況は不味すぎますよ……」

警戒色を示すカエルが足の踏み場も無いくらいに集まって密集している。
この状況でカエルを踏みつけずにモモコのところに到達するなんて不可能に近いだろう。
このカエル絨毯をなんとかしたいのであればリサを倒すほかに方法は無いのだろうが
そのリサに攻撃することも先述の理由で非常に難しくなっている。
要するに、帝国剣士はほぼ詰みかけていたのだ。

「言ったでしょう?足止めに専念するって。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ねぇ、マーチャンが全部燃やしちゃっていい?」

突然の声にリサはビクリとした。
カエル平気組に属するマーチャン・エコーチームの言葉が、リサにはひどく恐ろしいものに思えたのだ。
真っ赤な炎の灯った木刀を両手に握っていることからも、その本気度が伺える。

「マーチャンならね、触らなくても焼けるんだよ……」

小悪魔のような顔をしながら、マーチャンは木刀をブンと振り回す。
そうすることによって木刀を焼いていた火の粉が飛び散り、
遠距離にいるカエルを容赦なく燃やしに行く。
すんでのところでリサが退避命令を出したために焼きガエルと化すのは免れたが、
その代償としてカエルの存在しない地帯を作り上げることとなってしまった。

「やったー!こうすればミチョシゲさんのところまで歩けるよ!」
「うぅ……」

ついさっきまで二択を迫る側だったリサ・ロードリソースは、
一転して二択を迫られる側に追いやられてしまった。
炎を避けなければカエルは焼かれてしまう。
炎を避ければ敵に道を与えてしまう。
リサにとってはどちらも等しく苦しい選択肢だったのだ。
ところが、苦渋を舐めたような顔をしているリサに対して
ここにきて朗報が舞い降りてくる。

「リサちゃーん!もう足止めなんかしなくていいよー!」

その大声はリサらのPM(プレイングマネージャー)・モモコによるものだった。
モモコ一派らはアユミンの均したツルツル地面を丁度越えたところだったのである。
それを見たリサの表情はみるみるうちに明るくなり、
この状況を打破するための指示をカエル達に出していく。

「みんな、逃げるよ!」

指令とともにほとんどのカエルが方々へ散っていったが、数十匹だけはそうしなかった。
逃げた警戒色カエルと入れ替わりに、大型のカエルがリサの脚部に纏わり付いたのである。

「これが私の跳躍形態。帝国剣士の皆さん、それではばいちゅん!」

リサの合図とともに、脚部のカエルらは主人であるリサごと大ジャンプする。
その訓練された跳躍力は並のカエルの水準を遥かに超えており、
ひとっとびでツルツル地面の先まで到達してしまった。
これでモモコ一派らは全員が滑りやすい難所を乗り越えたことになる。

「そんな……」

嘘みたいな結末に帝国剣士は呆気にとられることしか出来なかった。
そう、彼女らは負けたのだ。
サユを奪われることが敗北でなければ、何が敗北だと言えるのだろうか。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「リサちゃんおかえり~」
「はぁ~乗り切った~」

リサは「アジト」へと戻る馬の上でグッタリとしていた。
これまで何度もヒヤリとさせられたので精神的にかなり疲労しているのである。
そんな大役を成し遂げたリサを仲間たちは賞賛しており、
一派の仲では最年少であるマイ・セロリサラサ・オゼキングもその例外ではなかった。

「リサちゃん本当に凄かったよね!おかげでみんな無事に逃げることが出来たよ。
 まぁ、マイとリサちゃんは跳べるし、マナカちゃんも飛べるから
 ツルツルの地面なんてなんとも思ってなかったんだけどね。
 モモち先輩に合わせてあげたんですよ。みんな。」

彼女らはみなモモコの弟子にあたるワケだが、盲目的に従うという関係性ではなかった。
特にこのマイは、教育とは言え法外なルールを課すモモコを敵視さえしている。
そのためリサを持ち上げつつモモコを非難したのだ。
もっとも、モモコだって10歳年下の後輩に負けてはいない。

「あら~そんなこと言っちゃっていいのかな~?」
「なんですか?またお菓子禁止したら怒りますよ。」
「ううん、さっきのマイちゃんの発言を聞いてチサキちゃんはどう思うかなーって。」
「?」

モモコが指し示したチサキ・ココロコ・レッドミミーの様子が何やらおかしい。
いつものように耳を真っ赤にしながらも、頬をぷくっと膨らませているようだった。
口数が少ないのもいつものことだが、怒っているようにもみえる。

「え?ごめん……怒ってる?」
「もう!あなたって、なんにもわかってない!」

みんなと違って、陸や空はチサキのフィールドではない。
そのような環境では自身の力を発揮できない(要するにポンコツ)であることを気にしていたのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



帝国剣士には今回の件を王に報告する義務があった。
足取りはとても重いが、サユが連れ去られた事実を伝えない訳にもいかない。
重体のマイミを医療室へと連れていくハーチンとノナカ以外は、王の間へと足を踏み入れる。

「……そう、そんなことがあったの。」

エリポンとハルナンから事の顛末を聞いたフク・アパトゥーマ王は静かにそう答えた。
さすが王の風格とでも言うべきか、少しも狼狽える素振りを見せてはいない。
そして誰を責めるでもなく、次のように言葉を続けていく。

「それで、次はどうすれば良いと思う?」

フクはこの国のリーダーではあるが、アレをしれろコレをしろと命令をするようなタイプではない。
教えを請われた時はそれに答えるが、基本的には相手に委ねる方針を採っているのだ。
Q期、天気組の責任者であるエリポンとハルナンがそれぞれ自身の考えを述べていく。

「エリたちは不甲斐ない結果を出した以上、もっと強くなる必要があると思う。
 日の訓練量を倍にしつつ、且つ防衛も疎かにせんためには……
 遊ぶ時間、そして寝る時間を大幅に削るしかないけんね。」
「私はサユ様が攫われた事実、そして帝国剣士が敗北した事実は隠すべきだと思います。
 国民に不安を与えないためにも、一部の者だけ知るのが良いかと……
 聞けばマーサー王国もベリーズの件は隠すようですし、それに倣いましょう。」

エリポンとハルナンの発言は納得できるものだったので、Q期や天気組らは何も言わなかった。
そもそも、対リサ・ロードリソース戦で何も出来なかった自分達には発言する資格はないと考えていたのだ。
ところがそうは思っていない人物が一人だけ存在していた。
新メンバーであるマリアが空気も読まずに大声をあげていく。

「違います!私たちが次にするのはそんなことじゃありません!」

帝国剣士団長の意思を新人が「そんなこと」と切り捨てるのは前代未聞だが、
その言葉には確かなパワーが有るとフク、エリポン、ハルナンは感じていた。

「マリア、じゃあ何をすれば良いと思うの?」
「今すぐサユ様を助けに行くんです!」
「モモコ様……いや、モモ、コはどこに居るのか知ってるの?」
「知りません!でも探すんです!」
「さっきハルナンが言ったように今回の件は大勢に伝えることが出来ないの。
 少ない人数でどうやって探すというの?」
「マリアがやります!マリアが世界中を歩き回って探します!」
「モモコ様、じゃなくて、モ、モ…コをマリアが倒せるとでも……」
「倒します!!この命に代えてでも、倒すんです!」

マリアの言うことには説得力が無かった。
だが、サユを救いたいという思いは本物だ。
いつしか周りの帝国剣士らもそれに同調していく。

「私も探します!」「私も!」「私だって!」

ここでフク王はやっと微笑んだ。
帝国剣士が有るべき姿へと近づいたことを喜んでいるのだ。

「分かった。みんなに任せるよ……サユ様を絶対に助け出してね。」



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(マリアちゃん凄い……先輩たちを動かしちゃった。
 私に同じことが出来たかな?……)

アカネチンはマリアに感心しつつも、歯をギリッと食いしばっていた。
サユを心配する気持ちなら負けていないのに、
実際に行動に移せなかったことを悔しく思っているのだ。
アカネチンの心の嵐が乱れるのと同じタイミングで、嵐のような人物が発言しだす。

「さすが帝国剣士は頼もしいな。それでこそ訪ねてきた甲斐が有るってものだ。」

嵐のような人物、それはマイミだ。
本来ベッドで寝ているはずなのだが、ハーチンとノナカの制止を振り切って王の間までやって来たのである。
数刻前まで満身創痍だったというのに今はもう殆どの傷が癒えているように見える。
まったくもって不思議な身体だ。

「マイミ様!」
「"様"は止めてくれ。貴女は王で、私は一介の戦士なのだからな。」
「あっ、はい……」
「その一介の戦士の頼みになるが、どうか聞いてほしい。
 私たちキュート戦士団はなんとしてでもマーサー王を取り戻さねばならない。
 しかしいかんせんベリーズに対抗するには戦力が不足しているのだ。
 そこで、モーニング帝国剣士にも力を貸してほしいと思っている。
 帝国剣士とキュートの連合軍ならベリーズを打ち破れるはずなんだ!」

相手が王とは言え、マイミほどの重鎮が頭を下げるのは珍しい。
それだけ自国の王を救いたい思いが強いのだろう。
となればサユを救出したいモーニング帝国と利害は一致する。
承諾しないはずがない。
例えフク王がベリーズのことを心から尊敬していたとしても、だ。

「はい。共に戦いましょう。 帝国剣士のみんなは見ての通りやる気で溢れてますよ。」
「とても有難い! では早速だが、帝国剣士の何人かには作戦会議のためマーサー王国に来てほしい。
 共闘するキュート戦士団とも顔合わせをしてほしいしな!」

願いが叶ったマイミのテンションは最高潮だ。
このまま何も問題が無ければ連合軍はすぐに結成されることだろう。
ところが、ここで異議を唱える者が現れる。

「キュート戦士団とモーニング帝国剣士の連合軍?……私は反対です。」
「ハルナン!?」

ここで反対意見を出すハルナンの考えが帝国剣士のほとんどには理解できなかった。
マイミも思考回路がショートしたような顔をしている。
そんな中、いち早く意図に気づいたアユミンが言葉を返していく。

「足りない、って言いたいのかな?」
「そう。相手がベリーズだけとは限らない以上、戦力の増強は必要よ。
 幸いにも、信頼できる国なら2国ほど心当たりがあるの。」



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