趣味と文化の国、アンジュ王国。
ここではスポーツや演劇などの興行が非常に盛んであり、人々は心身ともに豊かに暮らしていた。
この国が趣味国家として発展してきたのは、やはり番長らの活躍が大きいだろう。
国を護る戦士である7番長は、戦い以外にも興行を盛り上げる役割を担っていて
一人一人がそれぞれの分野でトッププレーヤーとしても活躍していたのだ。
例えば運動番長タケ・ガキダナーはろくに野球のルールを知らないくせにホームランを量産しまくるし、
文化番長メイ・オールウェイズ・コーダーが座長を務める舞台は連日ソールドアウトの大盛況だ。
勉強番長カナナン・サイタチープの講演会も(たまに話がとんでもない方向へ脱線するが)聞きたがる人が多いし、
帰宅番長リナプー・コワオールドがブリーダー兼トリマーとして育てた犬は本人以上に人気がある。
そして、特に活躍が目覚ましいのは先日に舎弟から番長へと昇格した3名の担当する分野だろう。
音楽番長が主催するロックフェスは元来盛り上がるのが好きなアンジュの国民たちを満足させ、
給食番長の作り上げる見たこともないような世界の料理は多くの人々の舌を肥やした。
理科番長は本来の目的である石鹸の普及自体はなかなか上手くいっていないようだが
「決して口を開かぬ美女」として、彼女をモデルにした絵画が爆売れしているらしい。
何故に理科番長が一言も喋らないのか、その理由は番長たちしか知らない。

番長らは忙しい日々を過ごしているため、チームとして集まる機会は少なかった。
この日のようにタケ・ガキダナーと、音楽番長ムロタン・クロコ・コロコが鉢合わせるのも非常に珍しいことなのだ。

「お、ムロタン!」
「タケさん。こんばんワニ。」
「わに?まぁいいや、ムロタンの担当する音楽界、結構盛り上がってるみたいじゃん!
 私も結構好きだよ!ロックっていうの?ベンベンベンベン。」

タケはノリノリでエアギターを奏で始めた。
他の国民と同様に、彼女のDNAにも音楽の記憶が刻まれているのだろう。
そんな楽しげなタケに対して、ムロタンは浮かない表情をしていた。

「ありがとうございます。でもな~やっぱり戦士なんだからもっと戦いたいんですよね~」
「え?国防とか頑張ってるでしょ。3人だけで国を守るって凄いよ。」
「そういうのじゃないんですよ。」
「???」
「例えば、"モーニング帝国剣士の権力争いに巻き込まれる"ような……そんな戦いがしたいんですよ。」
「……ムロタン、その考えは捨てな。」
「!?」
「ははは、平和が一番ってこと。 今を楽しもうよ!今度ライブに誘ってね!」
「……考えておきます。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アンジュ王国からそう離れていないところに「果実の国」がある。
ここの人々は自分たちをファミリーのように思っており、平穏無事に暮らしていた。
病を治療する医療施設が数多く建設されていることも平和を維持するのに一役買っていると言えるだろう。
そんな医療国家の中でも最先端の研究をしているのはユカニャ王その人だ。
彼女は王であり、元戦士であり、且つ理系女子としての一面も持っている。
宿敵"ファクトリー"を撲滅することを目指して、今日も実験に精が出ているようだった。

「うーん難しい……この"NEXT YOU"さえ完成すればあの子達はもっと強くなれるのに……」

ユカニャが今作ろうとしているのは、世にも恐ろしい薬だった。
まだ研究段階ではあるが、その薬をひとたび飲めば生まれ変わったかのような強さになるとされている。
まさに「次の君」になるのである。
だが体の組織を作り替えるほどの劇薬であるために、効能が切れたとして元に戻れる保証は全くない。
それどころか非常に苦しい副作用に苛まれる可能性だって十分にある。
ユカニャは現在、その副作用を取り除くために相当苦労しているが、なかなか上手くいっていないようだ。
国を護るためにファクトリー打倒を目標に掲げるユカニャ王ではあるが、
それ以前に彼女は医療に携わる者としてのプライドがあるため
危険な薬を危険なまま兵士に渡すことなんて決して出来ないのである。

「この分だと完成はまだまだずっと先かな……
 まぁ、あの子達も強くなっていっているからひとまずは安心なんだけど……」

ユカニャの指す「あの子達」、それは果実の国の戦士「KAST」のことだった。
カリン・ダンソラブ・シャーミン、アーリー・ザマシラン、サユキ・サルベ、トモ・フェアリークォーツ。
この四人の戦士はモーニング帝国での一件以降、訓練の水準を何段階にもあげていっていた。
ジュースを飲まなくてもモーニング帝国剣士やアンジュの番長らに対抗できるように、
ありのままの自分を鍛え上げたのである。
その結果として、彼女らは最高級のパフォーマンスを魅せる戦闘集団へと成長することが出来た。
仲でも一番変わったのは、以前まではサポートのみに徹しようとしていたカリンだろう。
カリンはカリン本来の強さを取り戻している。

「やるじゃん。まるでゴールデンチャイルズの頃のカリンみたい。
 あの時のような活躍を期待してるよ!」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってサユキ、
 あれはタケちゃんとかフクちゃんとか他のメンバーが凄かっただけで……」
「おいカリン!また卑屈になってるよ!」
「ひぃ!トモ!ごめんなさい~」
「あはは、性格だけは今までのリンカのままやな。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



打倒ベリーズのための作戦会議は3日後、マーサー王国の城にて行われる。
国際的な会議であることを考えれば開催までの期日が極端に短いが
マーサー王とサユの救出という目的を早期に果たすにはこれが適当なのかもしれない。
そして今、ハルナンは馬を走らせ、アンジュの王に謁見している。
ベリーズとモモコ一派、そして他にもいるかもしれない敵に対抗するためには
アンジュ王国の番長と果実の国のKASTの力が必要不可欠だと考えたのだろう。
外交担当として、確実に二国から協力してもらうためにハルナンはここまで来たのだ。

「かくかくしかじかという訳なの。 アヤチョ、出来る限りで良いから助けてほしい。」
「いいよ!アヤがいく!ハルナンを困らせる悪い奴をとっちめてあげるよ!」

アンジュ王国の王、アヤチョは簡単だった。
親友ハルナンのためならどんな犠牲を払っても良いという考え方をしているのがその理由だ。
それに対して裏番長マロ・テスクはハルナンに厳しい。
車椅子生活となり、戦士として以前のように戦うことは難しくなったが
口の達者さは据え置きのようだった。

「ちょっと、アヤチョには王の仕事がたくさん残ってるでしょ?
 そんな簡単に居なくならないでくれる?」
「え~……じゃあ番長たちをハルナンに貸すのはどう?」
「番長たちって、7人全員?」
「そう!あの子たちが揃ったらきっとハルナンの助けになるよね!」
「それはダメ、全員は貸せない。」
「なんで!?カノンちゃんケチだね!」
「考えてもみてよ。全員いなくなったら国防の指揮は誰がとるの?
 興行の舵取りは誰がやるの?いないでしょ?」
「カノンちゃんとか。」
「私はアヤチョに押し付けられた面倒な仕事をいーっぱいこなさないといけないんだけど?」
「う~……」
「それにね、困ると思わない?」
「何が?」
「番長7人がそこのハルナンに唆されて裏切られたりでもしたら、アンジュは終わっちゃうよ?」
「「!!」」

マロの言葉に、ハルナンはギクリとした。
もちろんそんなことをする気など微塵も無いのだが、
過去を顧みるに、ここで否定しても説得力がなさ過ぎるのだ。
そんな感じで小さくなるハルナンとは対照的に、アヤチョは激しい怒りを露わにする。

「酷いよカノンちゃん!ハルナンがそんなことする訳ないでしょ!!
 分かった!ベリーズが敵って言われて拗ねてるんだ!
 ひょっとしてそのこともハルナンの嘘とか言うんじゃないの!?」
「いや、それは信じるよ。」
「「えっ?……」」
「ベリーズ戦士団様を己のために利用することがどれだけ罪深いか、
 ハルナンはよーく知ってるだろうしね。」

ハルナンは背筋がゾクッとするのを感じた。
過去にベリーズの一人であるクマイチャンを利用して、
その結果マロに痛い目を見せられたのを思い出したのだ。
ハルナンは決意する。
ここでマロ・テスクを説得するには全てを洗いざらい説明するしか無いと悟ったのである。

「すいませんマロさん、どこかで2人で話せませんか?」
「2人で?怖~い。私なにされちゃうの?」
「アヤチョにも聞かれたくない、大事な話がしたいんです。」
「「!!」」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



個別ブースに入ってから数分後、ようやくハルナンとマロが中から出てきた。
どうやら説得は上手くいったようで、マロはアヤチョも驚く程の変貌ぶりを見せている。

「そういうことだったのね。分かったわ、番長4人を合流させてあげる。」
「有難う御座います。 本当はもっと早くお伝えするべきだったのですが……」
「いいよ、気にしないで」

あのマロがいやに素直なので、アヤチョは不思議に思った。
いったいどんな魔法を使って納得させたのだろうか。

「ねぇハルナン、2人でなに話してたの?」
「うふふ、アヤチョにはまだ秘密。」
「えー!?」
「ごめんね。でももう果実の国に急がなきゃならないの。今度一緒にお話ししましょ。」
「うん!」

こうしてハルナンは慌ただしく去っていってしまった。
ここから番長を手配するのはアヤチョとマロの仕事。
興行に忙しい番長4名をさっそく王の間に呼びつける。

「カナナン、タケちゃん、メイ、リナプー、3日後にマーサー王国に行ってハルナンを助けてあげて。」
「え?」「なんでですか?」
「マーサー王とサユが攫われたらしいの……それもベリーズ様、に。」
「「「「!?」」」」

はじめは気怠い雰囲気を見せていた番長達だったが、マロの言葉を聞いて一気にピリッとする。
事態は深刻であることを理解したのだ。

「キュート様やモーニング帝国剣士と合流して事件を解決するのがあなた達の使命。
 正直言って相当厳しい戦いになるけど……やる?」

相手がベリーズほどの存在ともなれば、恐れて逃げることは恥にはならない。
だから念のためマロは本人達の意思を確かめたのだが
どうやらその心配は無用だったようだ。

「やります!フクちゃんが困っているなら、力になってやりたいんです。」

タケの言葉に仲間達も頷いていく。
モーニング帝国での選挙戦を経験して以来、
彼女らは戦士として一段階成長したのと同時に、モーニングに対して親近感を覚えるようになったのだ。
ライバルたちとまた共に戦いたい。 そう思うのは当然のことだった。
こうして話は上手くまとまるかのように思えたが、
王の間に新人番長であるムロタンが乱入することで、少々ややこしくなる。

「待ってください!なんで4人だけなんですか!」
「ムロタン!?」
「人数をどうしても増やせないって言うなら……タケさん、メイさん、その座を譲ってください。」
「は!?」「ちょっと、何言ってるの!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ムロタンが今の戦いを物足りないと感じていることはことは知っていたが
まさかこの状況でぶっ込んでくるなんて思いもしなかったのでタケは驚いた。
しかもタケとメイと言う名指しでだ。

「なんでタケちゃんとメイメイなん? ウチやリナプーでもええやろ。
 いや、良くはないんやけどな。」
「それはですね、カナナンさんとリナプーさんは尊敬できるからなんです。」

ムロタンの言葉を聞いたタケとメイは今にも卒倒しそうになる。
カナナンとリナプーを尊敬できるということは、裏を返せば自分たちを敬っていないとい薄着でこと。
クラクラする頭を押さえながら、メイが反論し始める。

「ちょっとあなた?先輩風吹かすわけじゃないけどね、一応上下関係というものが……」
「え?同じ番長なんだから同格ですよね?」
「そうなんだけどね?そうなんだけどね?えっとなんて言えばいいのかな……
 よし、具体的に聞こう。どういうところが尊敬できない?」
「えっと、例えば、メイさんの服ってオバさんみたいですよね。」
「オバさんじゃない!!これはエイティーズファッションって言うの!
 ファッションなの!分かる!?あえてよあえて!!」
「エイティーンエモーションですか?」
「違う!」

数十年前に流行した服を着る、言わばリバイバルファッションを好んでいたメイにとって
それを貶されるのはとても悔しいことだった。

「だいたいね、ファッションと言えば前からムロタンに言いたいことがあったの。
 なにその露出度の高い衣装!恥ずかしくないの?心配するわ!」

メイが指摘したのは、ムロタンのヘソ出しノースリーブ衣装だ。
戦士とは思えないほどの薄着で、防御力など度外視しているように見える。

「え?可愛くないですか?男の人にすごく好評ですよ?」
「いやらしい目で見られてるの!あーいやらしい!」
「見られても減るもんじゃないですからねー」
「最近の若い子の貞操観念ってどうなってるのかしらね!」
「え?メイさんと私って同い年じゃないですか。」
「……そうだったね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ムロタン、尊敬できない本当の理由って、服がダサいとかそういうのじゃないんでしょ?」

興奮するメイを制して、タケが口を挟みだす。
声のトーンから真剣さが伝わったのか、ムロタンも真面目な顔をする。

「はい。メイさんの服がダサいとか、タケさんの足が短いとかはこの際どうでもいいんです。」
「ん……(脚が短いって言ってたっけ?)」
「ただ、タケさんやメイさんの役割なら私にも出来るなって思ったんですよ。」
「本心っぽいね。 どうしてそう思ったの?」
「例えばですけど、カナナンさんの真似は私には無理です。
 私、っていうか同期はみんな、ちょっとお馬鹿さんなんで……」
「状況を見て指示を出すのは難しいってことか。」
「そうです!タケさんもそうですよね?」
「失礼だな!……まぁいいや、続けて。」
「リナプーさんみたいに姿を消して場をかき乱すのも苦手なんですよね。」
「自分から目立ちに行くもんね、ムロタン。」
「そうなんですよ……それに、リナプーさんには一対一で勝てる気がしません。」
「えっ?ということは……」

ここでムロタンがまた聞き捨てならないセリフを言い放つ。
要するに、タケやメイには勝てるとアピールしたいのだろう。
褒められてニヤニヤしてるカナナンやリナプーとは対照的に、
タケとメイの顔がどんどん怖くなっていく。

「タケさんとメイさんってただの戦闘員ですよね?
 だったら私と同じじゃないですか。 代わっても問題ないと思いません?」
「ムロタン、そこまで言うってことはタイマンで私に勝てる気でいるのかな?」
「いや、一対一じゃなくていいですよ。」
「……どういうこと?」
「2人がかりで来てくださいよ。それでやっとフェアです。そう思いません?」
「「!!」」

タケとメイがただの戦闘員だというのは確かに正しい。
とは言え、二人は帝国剣士ともやり合うことのできるレベルにいるのだ。
そんな二人に同時にかかってこいだなんて、無謀にもほどがある。
普通に考えればこんなのただの挑発にしか思えないのだが、
マロ・テスクはムロタンに確かな自信があるのを感じていた。

「面白いじゃない。先輩として勝負を受けてやれば?
 もちろん勝った方が遠征に行けるっていう条件でね。
 いいでしょ?アヤチョ。」
「もちろん!ハルナンを助けるなら強い子の方がいいからね。」

アヤチョとマロが承認したので、いよいよこの戦いを避けることは出来なくなってしまった。
だがその点においてはなんら問題ない。タケもメイも十分やる気なのだ。
そんな二人をさらに興奮させたいのか、ムロタンが新たな条件を提示する。

「戦う時間と場所なんですけど……私が決めていいですか?」
「いいよ、好きにしな。」
「じゃあ昼過ぎに野外の大広間でやりましょうよ!!
 それまでにギャラリーをたっくさん集めてくるから期待しててくださいね。
 大勢の兵隊さん達の前で白黒ハッキリ決めましょうよ。」
「……いいけど。」

ここでカナナンは気づいてしまった。
ムロタンがしきりに挑発することで起こりうる最悪の事態を想像したのだ。

「タケちゃん!メイ!」
「カナナン、口出しは無用だよ。」
「……はい。」

マロがクギを刺すのでカナナンは何も助言できなくなった。
こうなったらもう、2人が罠にかからないように祈るしかない。

(タケちゃん!メイ!お願い気づいて!!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



昼の休憩を少し挟んで、ムロタンの指定した時刻がやってきた。
それほど時間が有ったという訳では無いのに、広場には2000を越える数の兵士達が集まっている。
番長同士の戦いという好カードを誰もが見たがっているのだろう。

「どうですか?観客の数としては申し分無いですよね。」
「……ところでさ。」
「タケさん、どうかしました?」
「ムロタンの同期には声をかけなかったの?応援に来てないようだけど。」

新人番長が姿を見せていないことにタケは違和感を覚えていた。
ムロタンが一世一代の大勝負をするというのに見に来ない程の薄情者では無いはずだからだ。

「あー、それがですね。リカコは仕事が忙しくて来れないみたいなんですよ。」
「例のモデルのやつ?」
「はい。色んなところから引っ張りダコらしくて呼べませんでした!
 本当はリカコにも見てもらいたかったんですけどね。」
「そっか」
「はい!」
「……で?」
「ん?なんですか?」
「え、いや。なんでもない。」

タケは物言いたげな顔をしていたが、言葉にするのを取りやめた。
観客が待ちくたびれているのを感じ取ったため、早々に決闘の準備を進めねばと思ったのだ。

「それにしてもタケちゃん。」
「どした?メイ。」
「改めて思うけどムロタンって度胸あるよね。この大人数の前でも全然緊張してない。」 
「"ロックスター"だからね。慣れっこなんでしょ。でもそれを言うなら私たちだって。」
「"プロスポーツ選手"と"舞台女優"か。確かに慣れてるや。
 緊張して本領発揮できなかった、なんて言い訳出来ないね。」
「そもそも言い訳する気ないけど。勝つし。」
「あはは、そりゃそうだ。」
「……ところで、メイ。」
「?」

タケが神妙な面持ちになったのでメイは不思議に思った。
だが次の言葉でメイは困惑することとなる。

「やっぱりメイは下がっててよ。ムロタンの相手は私1人でやる。」
「は!?」

もう少しで開戦だというのに、突然1人で戦うとか言い出したので
メイは何が何だか分からなくなってしまった。

「ちょっと今更なに言ってるの!?」
「ムロタン相手に2人がかりは違うなって思って……」
「卑怯だとか言いたいの?ムロタンが後輩だから大人気ないって?
 それは違うよ!これはそういうルールなんだよ!?
 分かってるの?タケちゃん。これは遊びじゃないんだよ!」

メイが激しく興奮しながら怒鳴るので、その声はムロタンだけでなく観客にも届いてしまった。
兵士達には、タケとメイが仲間割れするというみっともない姿が見えているのだろう。

「いいから退けっての。ムロタンの相手は1人で務まるから。」
「分かった!!もう分かった!!タケちゃんがそう言うならメイはもうムロタンとは戦わない!!」
「あぁ、その辺で応援してろよ。」
「応援なんてするわけ無いでしょ!ここに居るだけで嫌な気分になってくるの!
 あー気持ち悪い!さようなら!!!せいぜい
頑張ってね!!」
「……チッ」

顔を真っ赤にしたメイが本当にどこかに行ってしまったので、ギャラリーはひどくどよめいている。
そして、タケやメイの同期であるカナナンも不安に思っていた。

「あぁ~なんてことを……このままじゃ負けてしまう……」

最悪の展開が近づいていることにカナナンは絶望しかけていた。
後輩に勝つにはタケとメイの協力が必要不可欠だと分析していたのに、
それがもう叶わなくなってしまったのでガックシきているのだ。
そんなカナナンの肩をポンポンと叩きながら、もう1人の同期であるリナプーが声をかける。

「カナナンって頭いいけどたまに馬鹿だよね。」
「えぇ!?ひどい!」
「だってさ、私たちの同期が負けるわけないじゃん。」
「だったらええけど……根拠ないやろ」
「大丈夫だよ。あの子はやる時にはやる子だから。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ふふっ、いいんですか?メイさん抜きで」

自分の有利な方向にコトが進むのが愉快すぎて、ムロタンはついつい吹き出してしまう。
ピリピリとした顔をするタケとは全くもって正反対だ。

「いいよ。もう始めよう。」

そう言うとタケは腰につけたホルダーから鉄球を一つ取り出した。
この鉄球「ブイナイン」こそが彼女の武器。
現モーニング帝国帝王であるフク・アパトゥーマをも苦戦させた実績を持って、ムロタンに挑もうとしている。
対するムロタンは、なんと手ぶらだった。
これから決闘を行うというのに装備を持ち合わせていないように見えるのである。
とは言え、ムロタンの戦い方を知っているタケはそれで油断などしない。
先手必勝。全力投球の精神で鉄球をぶん投げる。

「おりゃあっ!!」

160キロオーバーの豪速球なので当たれば骨折は必至。
特にムロタンはメイが呆れたほどの薄着なので、ちょっと当たっただけで戦闘不能に陥るかもしれない。
ところが当のムロタンは全く恐れるようなそぶりを見せなかった。
手のひらを前に突き出し、魔法の言葉を叫び出す。

「バリアー!!」

この世界は魔法やファンタジーの世界ではないのでバリアーなんて出ないはずなのだが
なんと、ムロタンを狙う豪速球は手のひらに当たる直前まで「見えない壁」に跳ね返されてしまう。
このムロタンお得意の防衛術に、観客たちは湧き上がる。

「おお!あれがムロタン様の魔法か!」
「タケ様の鉄球まで防ぐとは、なんと凄まじい防御力!」

ムロタンはロックスターであると共に、エンタメ興行を取り仕切るエンターテイナーでもある。
彼女にとってはパントマイムと呼ばれるパフォーマンスを戦闘に取り入れるくらい朝飯前なのだ。
しかし、パントマイムと言えば自らの身体を用いることで無いものを有るように見せる技術。
本当に自身の身体を使っているのであれば今頃ムロタンの腕はグシャグシャになっているはずだ。
ところがそのムロタンは平気な顔をしているし、腕だってなんともないように見える。
この秘密はアヤチョ王と番長たちしか知らない。

「流石だなムロタン。この程度じゃ効かないってか。」
「もっと速い球を投げてもいいんですよ?私のバリアーで全部跳ね返してあげますから。」
「でも護るだけじゃ勝てないでしょ?攻めてきなよ、そっちもさ。」

ムロタンはこのパントマイムによって番長屈指の防御力を手に入れていたが
その反面、攻撃の手段には乏しかった。
特にタケほどの身体能力を誇る戦士を倒し切るのは骨が折れるだろう。
だが、今のムロタンはそれを克服している。

「分かりました。じゃあ攻撃しますね。」
「どうやって?パンチか?キックか?」
「狙撃です!ファイヤー!!」

ムロタンがタケをビシッと指差したのと同じタイミングで、タケの肩から血が噴き出していく。
まるで弾丸で撃ち抜かれた時のような損傷を負っているのだ。
しかしムロタンは相変わらずの手ぶら。銃なんて持っているようには見えない。
ではこの弾丸はどこから来たというのだろうか?

「これは……なるほどね。」
「あ、タケさんも分かっちゃいました?」

この仕掛けのタネは番長ならばすぐに分かるとムロタンも自覚していた。
だが分かったところでもう遅い。
絶対防御からの一斉射撃はもう開始されたのだから。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



歴代の番長の中で、銃を武器にする者は2人しか存在しなかった。
そのうちの1人は現在一線を退いているマロ・テスクことカノンだ。
小型銃「ベビーカノン」による銃撃によって相手の行動の幅を狭めるのが得意な戦士だった。
しかし、タケの肩にブチ込まれたのは「ベビーカノン」の弾丸ではない。
小型銃にしては弾が大きすぎるのである。
となればおのずと答えが見えてくる。
タケを撃ったのは、もう1人のガンナーだ。
いや、どちらかと言えばスナイパーと呼ぶのが相応しい。

「タケさん。ごち」

タケとムロタンの戦う広場から500m程離れたところに時計台が建っている。
そこの最上階付近では、大きなスナイパーライフルを構えた少女が陣取っていた。
その少女の名はマホ・タタン。 アンジュ王国の給食番長だ。
そんな彼女には料理以外にも天体観測という趣味があった。
スナイパーライフルのスコープを覗き込みながら、
まんまるい月を見る時のような集中力でタケを狙っていく。

「……もう一発。」

マホがトリガーを引くことで、タケの左脇腹に激痛が走る。
あまりの苦しさにひっくり返りそうになるが、それだけはしてはならない。
少しでも動きを止めれば集中砲火を受けることになるからだ。

「あはは、タケさん!私の魔法が効いてるみたいですね!なんちゃって。」
「くそっ!ムロタンじゃなくてマホの仕業だろ!これ!」
「当たりです~。でも、だったらどうだって言うんですか?」
「……別に、何も言わないよ。」
「あー良かった。タケさん本当にカッコいいですね。
 それじゃあ思う存分やらせてもらいますよ。」

この戦い、タケとムロタンの一騎打ちかと思いきや
その実はタケ対ムロタン&マホの1対2の勝負だったのだ。
一見して卑怯に思えるが、そんなことはない。
その理由をカナナンがリナプーに解説し始める。

「ムロタンはな、自分一人だけで戦うとは一言も言ってなかったんや。」 
「そーだったっけ?忘れちゃった。」
「リナプーに一対一で勝つ自信が無いって言ってたことは?」
「覚えてる!」
「そう、ムロタンが言ったのはたったそれだけ。
  後は周りが勝手に勘違いしたんやな。 タケちゃんやメイには勝てると思っとるって。」
「ふーん。そういうこと。」
「で、ここからはウチの推測になるんやけど、多分ムロタンはウチらのことも尊敬してないと思う。」
「え!?どういうこと!?」
「対戦相手をタケちゃんとメイに絞るために口からデマカセ言うとったんやで。」
「?」
「ほら、ウチは賢いからムロタンとマホの策に気づいてまうやろ?」
「なんか感じ悪いね。」
「こら。あんまり後輩を悪く言ったらあかんで。」
「そうじゃなくて。」
「でな、リナプーは透明になるからマホの狙撃が当たらないはずやろ?」
「あーそうかも。」
「つまり、アホで且つ地味でもないタケちゃんとメイを対戦相手にするのがムロタンとマホの狙いだったんや!!」
「うわー、なんかイラっとくる。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アンジュの番長は、先輩4人と後輩3人でそれぞれ分かれて戦うことが多かった。
このようになった原因は上下関係によるのではない。
同期間での役割が非常にハッキリしているため自然と分かれていったのである。
例えば先輩番長の役割は以下のようになる。
司令塔のカナナンが仲間に指示を出し、
身体能力の高いタケと、演技によってどんな状況も対応できるメイが前線に出て、
透明化を得意とするリナプーが場を掻き乱す……といった具合だ。
対する後輩番長には司令塔らしき人物は存在しないが、
ムロタンの防御で味方を護り、リカコが相手の視界を奪ったところで
マホが狙撃するといった必勝パターンを確立させていた。
今回、新人はリカコの一枚落とし程度で済んでいるのに対して、先輩であるタケはたった1人で臨まなくてはならない。
誰がどう見ても不利な状況にあるのである。

「せめてメイがおったらな……今のタケちゃんは弾丸から身を護りつつムロタンの護りまで崩さなあかん。」
「あはは、このままだとタケ負けるね。ばくわら」
「リナプー!笑い事やないやろ!」
「……だからさっきも言ったじゃん。カナナンはたまに馬鹿なところあるって。」
「!?」
「この勝負は同期の勝ちだよ。 タケだってそれを分かってるみたいだし。」

リナプーはそう言うが、当のタケは未だにこの状況を打破できずにいた。
身体で貰った銃弾の数は太ももをやられたことで3発に達しているし、
マホを倒しに行こうにもムロタンに回り込まれて妨害されてしまう。
ならばムロタンをぶっ倒せば良いと考えたが、スナイパーに狙われたままでは本気の投球を見せることも不可能だ。
そして、仮に超豪速球を投げたとしてもムロタンの「見えない壁」を破れるかどうかは分からない。
まさに絶体絶命なのである。
タケが苦しい顔をするのを見たムロタンは有頂天になる。

「そろそろキツいんじゃないですか?顔が死んでますよ!」
「まだ負けてない……」
「いえ、もう終わりです。 その撃たれた脚じゃもう避けられないでしょ?
 だからこれが最後なんですよ!マホ!やっちゃって!!」

ムロタンはタケを指差し、大声でマホに指示を出した。
動けぬ的のど真ん中に弾丸を当てればそれで終了だと考えたのだ。
ところが、何か様子がおかしい。
ムロタンが発射のお願いをしたというのに、いつまで経っても銃声は鳴り響かない。

「え?……マホ?……なんで撃たないの?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ムロタンは凄いと思うよ。実際。」
「え?え?」

マホの動向が不明なところに、更にタケが自分を褒め始めたので
ムロタンは完全に混乱してしまった。
そんなムロタンを見ながら、タケは言葉を続けていく。

「これだけのギャラリーを集めたのも凄いし、そんな大勢の前で先輩を倒そうとする度胸も凄い。
 しかもちゃんと策が練られてるから無謀な挑戦なんかじゃない。」
「何が言いたいんですか!」
「いや、なかなか魅せてくれるなって思ったんだよ。」

タケの言葉は全て本心によるものだ。
遠征への切符を奪い取る計画を企てただけじゃなく、
それすらも観客総立ちのショーに変えてしまっている。
なんて優秀なエンターテイナーなのだろうか。

「でも、もっと魅せてくれる奴のことを知ってるんだよなぁ。」
「!?」
「流石だよね、迫真の演技ってのはああいうのを言うんだ。」
「え?え?……うそ、まさか……」
「儲け物だとは思わない?トップ女優の仕事っぷりを間近で観れたんだからさ。」
「!!!」

同時刻、マホのいる時計台。
そこではマホ・タタンが突然の来訪者にひどく怯えていた。
決して来るはずのない人物が目の前に立っているのだから無理もない。
その来訪者はたった1人の観客の前で口上をあげていく。

「世の中は劇場、人生のミザンセーヌ。
 せわしないプロット、今日も演るのだ。
 きっといつしかは大団円。
 愛と義理と人情、心惜しまずに尽くすの。
 誰に見られようと
 なんと言われようと
 ここでは、私が、主役だ!!」

彼女は部屋中に響き渡るほどの声量で見得を切った。
大根役者がこんなことを言ったらお笑いだが、そうはならない。
メイ・オールウェーズ・コーダーには2000人を騙した実績があるのだから。

「め、メイさんなんでここに……」
「今宵の客は貴女かな?」
「へっ?まだお昼ですけど……」
「それでは貴女のためにスッペシャルな演目をご披露いたしましょう。
 これは数ヶ月前にあった本当のお話ーー」

マホはスナイパー。狙撃の威力と精度は高いが、近接戦闘だけは非常に苦手としている。
普通にメイとやり合えばマホはあっという間に負けてしまうだろう。
だが幸いにも、メイは現在、自分の世界に入っている。
今ならスナイパーライフルで撃ち抜くチャンスだとマホは考えたのだ。

「えい!」
「ーーその時、巨人が現れたのです!!」
「!?」

あとちょっとで引き金を引けるといったところで、マホの身体は静止してしまった。
急に全身が重くなったのだ。
まるで天空から伸びてきた巨人の手に押さえつけられたかのように、
たった「1秒」だけ動きを止められたのである。
これはメイが死に物狂いの稽古の果てに習得した「1秒演技」によるもの。
超短期ではあるが、己の実力を遥かに超える人物をも演じることが出来るようになったのだ。
たかが「1秒」、されど「1秒」
これだけ止められれば応用はいくらでも効く。

「ーーそこで勇敢な王は仕掛けました。"フク・ダッシュ"!!」

マホが動きを取り戻すよりも早く、メイは爆発的な加速力で体当たりをぶつけていく。
防御姿勢を全くとれていない相手に喰らわす突進は非常に強烈。
マホは耐えきれずに気を失ってしまった。

「か~てぃんこ~るるるんるるるん
 それでは最後にみんなで一緒に三三七拍子。
 さ~あ、皆様お手を拝借。
 『本日は、本当にありがとう!』」

これにてアクトレスによる劇は終幕。
次に輝くのはアスリートか、アーティストか。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「今までのが全部演技……!?
 じゃあ、私たちの考えが分かってたってことですか!?
 隠してたつもりなのに、どうして!」

同期みんなで意見を出し合って作り上げた作戦が崩壊しかけたので、
ムロタンの焦りは相当のものだった。
負傷自体は相手の方が上だというのに、敗北者のような顔をしている。

「ムロタンの行動が不自然だったからかな。すぐに何か有ると気づいたよ。」
「不自然???私、何か変でした!?」
「番長の凄さは舎弟から昇格したムロタンが一番よく知ってるはずだろ。
 マホやリカコよりも長い間努力し続けたムロタンが、
 先輩の番長を2人同時に倒せるなんて口が裂けても言えないんじゃない?」
「あ……」
「それでもムロタンは言い切った。じゃあ何か策がある。
 しかもこんな開けた場所で決闘するなんて言い出したもんだからさ
 ここらで一番高い時計台を怪しいと思うのは当然じゃない?」
「……タケさん、意外と頭良かったんですね。」
「良くなんかないよ、ただ、モーニングの方に姑息な手ばっかり使う奴がいてさ。
 そいつに会ってからは、ちょっとは頭使うようになったかな~」

かつてのタケは親友のフクを満足に守ることが出来たとは言えなかった。
戦術には無頓着だったタケも、その悔しさから考えを改めるようにしたのである。

「じゃあ……どうしてですか。」
「何が?」
「メイさんを信じることが出来たのはどうしてなんですか!
 本当に怒って帰っちゃったのかもしれないじゃないですか!
 いくらタケさんが策を暴いても、メイさんが気づかなかったら意味ないのに!」
「どうしてって……そりゃ分かるでしょ。」
「!」
「同期なんだぜ?言葉になんかしなくたって、大体分かると思うけどな~。
 ムロタンはどう?マホやリカコの言いたいこと。」
「……分かります。」
「ま、あそこのカナナンだけは分かって無かったみたいだけどね。後でみんなで〆る!!」

ムロタンは、今回の作戦に無理があることにようやく気づいた。
失敗の要因は、先輩番長はカナナン抜きでは正常な判断が出来ないと思ってたこと。
そして、先輩らの絆は新人番長の絆ほど固くないとタカをくくったことが挙げられる。
要するに、舐めすぎていたのだ。
そんな姿勢で臨んだ戦いが上手くいくはずもない。

「私が馬鹿だったって分かりました……でも……」
「でも?」
「私!いや、私たちはまだ負けていません!!」

ムロタンは「見えない壁」をギュウッと掴み、自分とタケとの間に配置する。
彼女の瞳の炎はまだ消えていなかったのだ。

「私の防御は絶対なんです!!かすり傷一つ負わずに勝ってやるんですから!!」
「いいねぇ……そうこなくっちゃ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ムロタンの「見えない壁」の正体は、アクリルと呼ばれる最新の素材で出来た透明色の盾だ。
ただでさえ耐久力の優れた素材だというのに
それを10cmという普通の盾でも考えられないような厚さで作り上げているのだから、硬くないはずがなかった。
もちろんその分だけ重量が増して使いにくくなる訳だが
番長になるため頑張り続けたムロタンからしてみれば、この程度は軽いものだった。
ムロタンは未だ打ち破られたことのないこの透明盾、その名も「クリアファイル」に絶大な信頼を置いている。
そして、そのことは他の番長たちも重々承知していた。

「私の鉄球とムロタンの盾、どっちが強いか勝負だ!」
「望むところです!!」

ここまで来れば策も何もない。力と力のぶつかり合いだ。
タケは本気で投げるし、ムロタンはそれを全力で受け止める。
そんなやり取りが2、3分ほど繰り返された。
時たまタケが変化球を投げて打点をズラそうともするが、それさえも全て防がれてしまった。
盾が透明ということは、相手の攻撃が当たる寸前まで軌道を確認できるということ。
その特性から、ムロタンは不意打ちさえも確実にガードすることが出来るのだ。

「ハァ……ハァ……本当に硬いな」

一見して2人の勝負は拮抗しているように見えるが、実はタケの方がいくらか不利だった。
先ほどマホに撃たれた傷から出血し続けているため、もう長くはないのである。

「タケさん!そろそろキツいんじゃないですか?」
「……かもね、もう諦めようかな。」
「え!?本当ですか?」
「勘違いするなよムロタン。諦めるってのは勝負のことじゃないよ。
 9回ウラ満塁になったとしても勝利だけは信じてやるんだ。」
「じゃあなんだって言うんですか?盾を壊さないと私は倒せませんよ?」
「どうかな、まぁその目でしっかりと見てなよ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



タケの武器は鉄球のみ。
ゆえに、相も変わらぬ豪速球を放ることしか出来ない。
ただ、ここでタケは少しの変化を加えることにした。
狙いをムロタンの顔面に定めてぶん投げたのだ。

「とりゃっ!!」
「だから無駄ですって!」

どこに投げられた球だろうとムロタンには関係ない。
ギリギリまで鉄球の行き先を見極めて、そこに透明盾を当ててやるだけだ。
結果として今回も球は跳ね返されてしまった。
たがタケはまだ勝負を諦めていない。
跳んできたボールをキャッチするや否や、インターバルなしですぐさま投球モーションに入ったのである。
狙いは同じくムロタンの顔面。

「それはさっきやったでしょ!?効きません!」

寸分の狂いもなく同じ箇所を狙ってきたので、ムロタンは盾を動かす必要すら無かった。
ただ構えているだけでいいので非常に楽にガードすることが出来る。
ところが、ここでムロタンの身体に異変が起きる。
まったく動く必要がないと言うのに、脚が勝手に後ずさりし始めたのだ。

「え!?……わわっ!!」

多少バランスを崩したが、すぐに体勢を立て直すことでなんとか鉄球を防ぐことが出来た。
そんな風にホッとしているムロタンに対して、タケはまたもすぐに球をぶん投げる。
狙いは変わらない。ムロタンの顔面だ。

(またぁ!?)

馬鹿の一つ覚えみたいに同じところばかり狙ってくるタケの攻撃は、
盾使いからしてみればこれ以上なく簡単に捌けるはずだった。
ところが気づけば腕が震えている。膝も笑っている。
軌道を見続けねばならない目も頻繁に瞬きをしている。
喉が渇く。胸が苦しくなる。血が冷たくなる。
何より、逃げ出したい思いでいっぱいになる。
ここでようやくムロタンは自覚した。

(私、怖がってる!?)

前にムロタンの盾が透明であることのメリットについて書いたが
それに対するデメリットもちゃんと存在していた。
デメリット。それは敵の攻撃がよく見えすぎてしまうところにある。
顔面に鉄球が当たることは絶対に無いと頭で理解していたとしても、
それによって生じる恐怖心は毎回毎回蓄積されていってしまうのだ。
そうして一度根付いた恐怖は思考までもネガティヴに変えてしまう。
もしも盾を離してしまったらどうしよう。
もしも転んでしまったらどうしよう。
もしも鉄球が本当に顔面に当たってしまったら……明日から私はどうすればいいのだろう。
気づけばムロタンは大粒の涙を流し、膝から崩れ落ちてしまっていた。
かすり傷を一つ負うよりも先に、気持ちの方が折れたのである。

「ううっ……悔しい……立てない……」

ムロタンが敗北を認めたのを理解したタケは、安心した顔をしながら鉄球をホルダーに戻していく。
そして、一言呟いた後にぐたっと倒れこむのだった。

「後輩に勝てたー……これでちょっとはフクちゃんに並べたかな?……」



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次にタケが目を覚ましたのはベッドの上だった。
隣でムロタンやマホも横になっていることから、
決闘での負傷者が病室へと運び込まれたのだと理解する。

「あ!タケさん起きた!」
「タケさんおはようございます。」
「お、おはよう。ムロタン、マホ。」

勝負に敗れたはずの後輩たちがニコニコ笑顔だったので
タケは本当に自分たちが勝ったのか不安になってしまった。
だがその心配は無用だ。確かに勝利を収めている。
枕元に置かれた手紙がその証拠だ。

『しあさってには出発なんだから早く治しなさいよ! メイより。』

メイの書置きを読んで、改めてタケは今回の趣旨を思い出す。
この決闘はベリーズを倒しにいく者を決める戦いだったのだ。
となるとタケには一つの不安があった。

「うーん……ねぇ、ムロタン、マホ。」
「はい?」「なんですか?」
「私の代わりに2人のどっちかがマーサー王国に行ってくれない?」
「「!?」」

やっとの思いで権利を死守したタケが辞退したものだから、後輩2人はビックリ仰天だ。
その言葉の真意をまず知りたくなってくる。

「どうしてですか!?タケさん、やっぱり怖くなったんですか?」
「そんなんじゃないよ! ただ、今の私じゃ戦力にならないと思ってね。」
「「?」」
「ほら、何発も銃に撃たれたから本調子じゃないんだ……」
「「あ……」」
「万全でも勝てるかどうか分からない相手に、こんな身体じゃ挑めないよ。
 番長に、帝国剣士に、KASTのみんなに迷惑はかけたくない。
 でも2人なら二、三日寝たら回復するはず。 だったら力になれると思うんだ。」
「「……」」

タケの言うことはもっともだし、新人にとってはこれ以上無いチャンスでもあった。
この機を逃したら次に大舞台に立てるのはいつになるか分からないだろう。
それでも、2人は首を縦には振らなかった。

「行けないよね、マホ。」「うん。」
「どうして!?2人は十分強いじゃないか。絶対活躍できるって!」
「ダメですよ。私たちは負けたんですから。」
「ムロタンの言う通りです。 修行をやり直します。」

ルールはルール。敗北した以上は身を引く潔さは立派だった。
でも、それではタケが困るのである。

「ちょっとちょっと!今回はアンジュから4人が出撃することになってるんだよ!?
 これだとカナナン、メイ、リナプーの3人で行かなきゃならないじゃないか!」
「もう1人、いますよ。」
「!」

マホの言葉を聞いて、タケはハッとした。
タケも認める新人番長には、あともう1人残されていたのだ。

「私とマホは負けたからマーサー王国にはいきません。約束ですからね。でも……」
「そうか!リカコは負けていない!」



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