「おー!凄いことになってる。」 番長やKASTらが戦う平原からいくらか離れた高台で、 少年とも見間違うような短髪少女が双眼鏡を覗き込んでいた。 その短髪少女に対して、長い黒髪の美しい、もう一人の少女が応答する。 「え? 番長とKASTの勝利で順当と思ってましたけど、番狂わせでも起きたんですか?」 「うん、まぁ結果は"ガール"の言う通りなんだけどさ。そこからが凄くて」 「?」 "ガール"とは長髪少女を呼ぶためのコードネームだ。 彼女らは本名を他人に知られてはならないと命じられているため、 互いにコードネームで呼び合っているのである。 ちなみに短髪の方は"ロッカー"と呼ばれている。 「聞いて驚くなよ。 なんと、すっごい美人が登場したんだよ。」 「聞いて損しました。」 「わーごめんごめん!冗談だから冷たくしないで」 「今度ふざけたら"ドグラ"や"タイサ"に言いつけますよ。」 「それだけはご勘弁を……」 「まったく、一応副リーダーなんだからしっかりしてくださいね。」 「はぁい……」 ガールに叱られてシュンとしたロッカーだったが、 すぐに真面目な顔に切り替えて言葉を続けていく。 「でもその美人ってのがさ、キュート戦士団のマイミ団長なんだよ。」 「え!?……思ったより早く着いたんですね。」 「あのマーチャンっていう人の修繕の速さが想像を超えてたってことだね…… それに、後方から大量の馬がやって来ている。 たぶん、残りのキュートや帝国剣士が乗ってるんだ。」 「……事態は深刻ですね。」 どこで情報を得たのかは分からないが、 ロッカーとガールは今回起きた大事件について精通していた。 そして、更に知識を得たいと考えている。 「こんな高台からじゃなくて、もっと近づいてみたいな~」 「あ……でもそれは……」 「そっか、ガールはそれをつけているんだっけ。」 ガールの足首には、囚人がつけるような鉄球が鎖で結びつけられていた。 そのため速いスピードで移動することが出来ないのである。 「本当にガールは真面目だね……そんなのつける必要ないのに。」 「自分への戒めですし、それに……」 「それに?」 「こうして自分を縛らなかったら、私はロッカーを殺してしまうかもしれない。」 「ははっ、それはお互い様でしょ。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「おいおい、戦いはもう終わっちまったのか。せっかくジャマダハルの試し切りをしたかったのによ。」 マイミに続いて、オカール、アイリ、ナカサキ、そして帝国剣士らもやってきたためマナカは酷く絶望した。 キュート戦士団が4人も揃っていて、その誰もが整備された武器を使いたくてウズウズしているのだから恐怖でしかない。 この状況では新たな鳥を数千単位で補充できたとしても焼け石に水だろう。 ゆえに、マナカは諦める他に道はなかった。 「降参します……煮るなり焼くなり好きにしてください。」 「そんなことをするつもりはない。ただ、代わりに何点か質問させて欲しい。」 「……………………」 「だんまり、か。」 ここでマナカに出来るのはただ1つ。 ベリーズが不利になるようなことは決して口外しないことだけだ。 この先どんなことをされようとも口を割らない覚悟がマナカには有るし、 そうであろうことはキュート達も感じ取っていた。 「どうする団長?こいつを拷問しても何も出てこなさそうじゃね?」 「困ったな……確かに意思は堅そうだ。」 連合軍としてはなんとしてもマーサー王とサユを救い出す手がかりが欲しかった。 そのためなら不本意ではあるがマナカとマイを傷つけることだって躊躇しない。 しかし、そうまでしても情報を得ることが出来なければ時間の無駄で終わってしまう。 ならばアリアケへと馬を飛ばすのを最優先にするのが良いのかもしれない。 一同が判断に困っていたところに、聞き覚えのある高めの声が聞こえてくる。 「マナカちゃーん、そういう時は無理せず喋っちゃっていいの。 自分の身が一番大事って教えたでしょー?」 「も、モモち先輩!!」 突然のモモコの登場にこの場にいる殆どが度肝を抜かされた。 今回の事件の主犯グループの1人が、ノコノコやって来たのだから驚かないはずもない。 マイミは嵐の勢いをますます強め、激怒した。 「モモコ!貴様何しにここに来たんだ!」 「何って決まってるでしょ。その子たちを迎えに来たの。」 嵐の中だろうとモモコは平然とした顔をしている。 同格の食卓の騎士の放つオーラなど、なんともないのかもしれない。 そんなモモコに対して、ナカサキも奇妙な怪獣を隣に添えながら声をかけていく。 「ちょっとちょっと、連れ戻すって正気? こっちは帝国剣士も番長もKASTも居るってのに、無事に帰れると思ってるの?」 「あら意外。キュートのみんなはその子たちを戦力と思ってるんだ。」 「当然でしょ!連合軍の仲間なんだから。」 「私だってカントリーのみんなは大事な戦力と思ってるの。 どんなことをしたって無事に返してもらうよ。 例えば、ベリーズの情報を売ってでも、ね。」 「!?」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ いくらモモコが強くても、キュート4名を含んだ全員でかかれば難なく倒すことは出来るだろう。 だが、ベリーズの情報を提供してくれると言うのであれば、始末することは出来なくなる。 手がかりゼロの状態な一同にとって、情報は何よりも大事なのだ。 敵を許せぬ気持ちをぐっと抑えて、全体リーダーのマイミが尋ねていく。 「ベリーズの情報を売ると言ったが……いったいどんな情報を?」 「そうね、"明日の正午にベリーズ全員が集合する場所"……とか気にならない?」 「なんだと!そ、そこに王やサユも居るのか!?」 「そこまでは教えられない。 "ベリーズの情報"じゃないからね。 どうする?不服だったらこの話は無しにするけど。」 「いや……ベリーズ全員の居場所だけでも教えてもらえれば十分だ。 それでいいよな?みんな。」 マイミの問いかけに一同は首を振る。 マーサー王とサユが気にならないと言えば嘘になるが、 ベリーズを一網打尽にした後に、2人の居場所もおのずと判明するだろうと推測したのだ。 「分かった。じゃあ教えてあげる。でもその代わり……」 「交換条件という訳だな。要求を言ってみろ。」 「情報を伝えてから10分経つまではこの場から誰一人動かないでね。 手負いのマナカちゃんとマイちゃんを馬に乗せて逃げる訳だから、安全を保証したいの。」 「こちらが約束を破ってすぐに追ってきたらどうする?」 「そしたら困っちゃうけど……まさかそんなことはしないよね?」 「あぁ……騎士としての誇りが傷付く。」 マイミの対応を甘いと感じた者も何人かいたようだが、 ナカサキ、アイリ、オカールが揃って頷いていたので何も言えなかった。 騙し討ちで得る勝利に価値は無いと考えているのかもしれない。 しかし、キュートがそう思っていたとしてもベリーズも同じとは限らない。 特に目の前にいるモモコのことがカノンは信用できなかった。 「い、いいんですか?これ、明らかに怪しいですよ!? 今から教えてもらう場所にベリーズが居るってのが本当だとしても、 私たちをおびき寄せるための罠に決まってるじゃ無いですか! だったらここでこの人たちを人質に取ったほうが……」 「だからお前たちはダメなんだよ。」 「えっ!?」 オカールの茶々入れに対して、カノンはビクッとしてしまう。 「罠とか関係無いんだよ。 そこにベリーズが雁首揃えて突っ立ってるんなら罠ごと全員ぶっ潰せば良い話だ。 探す手間が省けて明日にでも決着つけられるんならラッキーだろ。 違うか?」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 数十匹の狼に同時に噛まれたような思いをしたカノンは、ヘトヘトになってその場に座り込んでしまう。 残念なことに、カノンはオカールの勢いに対抗するだけの体力を持ち合わせていなかったのだ。 理屈も何も全部抜きで我を通すオカールには、誰一人反論など出来やしない。 「……決まった? じゃあそろそろ言うよ?良い?」 この場にいる全員の視線がモモコに集まった。 モモコもモモコで注目を浴びても緊張する素振りを全く見せず、情報を提供していく。 「アリアケ付近にゲートブリッジっていう橋が最近できたのは知ってる? 明日の正午、その橋の中心部にベリーズ全員が集まるの。」 アリアケと言えばコロシアムやディファ等の施設が有名だっただけに 「橋」のような屋外を指定してきたのは連合軍にとっては意外に思えた。 そして、橋の中心に居るのならばとある作戦がとれると、カナナンは考えていた。 (橋の両側からベリーズを挟み撃ちに出来る……! ウチらの力は微力やけど、キュートの方々を両サイドから攻めさせたらいけるかもしれん!) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ その後の一同は、契約通りにモモコらを無事に帰すことにした。 10分も猶予があれば駿馬サトタは遠く遥か彼方まで駆けていってしまうため 追いかけるのは初めっから無理な話だった。 「すいませんモモち先輩……私たちが不甲斐ないばかりに……」 気を失っているマイを抱きかかえながら、マナカはモモコに謝罪した。 番長とKASTを相手に結果を出すことが出来ず、 しかもベリーズの情報まで渡すこととなったので罪悪感を感じているのだ。 ところが、モモコが怒りや呆れの表情を見せることは無かった。 「んー、まぁこんなもんじゃない?」 「それは、私とマイちゃんがまだ未熟ってことですか……」 「いやいやいや、相手は8人もいたじゃないの。しかも各国の精鋭よ? まさか本気で勝てると思ってたの?そっちの方がビックリだわ。」 「え……それは……」 「もう一度思い出してみて、私がマナカちゃんとマイちゃんに出した指令は?」 「足止め……です。」 「だったらもうとっくに達成してるじゃない。 番長とKASTどころかキュートに帝国剣士まで"10分"も足止めしてるのよ?」 「それはモモち先輩の話術で……」 「はいはいこの話はもうおしまい! そんなことよりさ、どうだったの?」 「え?何がですか?」 「番長やKASTと戦ってみた感想。」 「……強かったです。私はあの人たちを舐めきってたんだな、と思いました。」 「あははは、それが分かっただけでも任務を与えた甲斐があったのかもね。」 「マイちゃんも同じこと思いましたかね?」 「さぁ……その子プライド高いからなぁ……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「ねぇガール。連合軍の方もようやく動いたみたいだよ。」 双眼鏡で遠方を見ながら、ロッカーがガールに状況を報告する。 「10分経ったんですね。行き先はやっぱりアリアケですか?」 「うん。間違いなくそっちの方面に向かっていると思う。」 「じゃあ私たちの仕事はひとまずここまで、ってことですね。」 「後はアリアケにいる4人がなんとかしてくれるはずだもんね。 でも、俺たちのやるべき事はまだ終わってないよ。」 「分かってます。今度はモーニング帝国の方に向かわなきゃ……」 「帝国剣士の新人にもキュートのマイミ団長みたいな美人がいたら嬉しいなぁ」 「……」 「うわっ、せめて何かツッコミを入れてよ。」 「気持ち悪いので話しかけないで貰えますか?」 「冷たいなぁ……半年前はよく慕ってくれたのに。」 「記憶にないです。」 「ひどい……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 広大な湾に面した港町「アリアケ」に連合軍らは到着した。 いち早くマーサー王とサユを捜索したいところではあるが もう夜も遅いため、明日に備えて宿をとらなくてはならなかった。 特に番長とKASTはカントリーとの戦いで血を流したので、しっかりとした休養が必要だ。 そういう事情もあって、決戦の場であるゲートブリッジの下見は帝国剣士のサヤシとアユミンが行うこととなった。 フットワークが軽いのはもちろんのこと もしも敵に襲われた時でも対処できるように、実力者である2人が選抜されたのだ。 「とは言ってもウチもアユミンも土地勘がないけぇ、迷いそうじゃのぉ……」 「どっちかと言えばオダの奴の方が地元から近いですよねー。」 「うーん。でもウチとオダちゃんが交代したらなんかマズい気がする。」 「んっ?何か言いました。」 「いや、なんでも……」 周囲を警戒しながら、サヤシとアユミンは橋へと向かっていく。 かなり巨大な橋なので遠くからでもよく見えるのだが、 実際に戦う場をしっかりと見ておきたいという思いもあって、近くまで接近する。 そしてあと数分で到着するといったところで、急にアユミンが足を止め出した。 すぐ横でパフォーマンスをしている、とても目立つ女性が気になったのだ。 「ねぇサヤシさん、アレなんですか?都会ではああいうのが流行ってるんですか? いや、私の地元も都会なんですけどね。」 「ウチの地元も都会じゃけど、ああ言うのは見とらん……」 「でもあの道具は見たことあります。サユ様が演説したり、フク王が就任式で使ってたような……」 「拡声器じゃな。 庶民が持つとは珍しい……」 2人の視線の先には、拡声器で声を周囲に届けている大柄な女性の姿があった。 何故そんなことをしているのかは全くの謎だが、 それなりに人だかりが出来ているのでパフォーマンスとしては成功なのだろう。 ちょっと不思議な話し方をする女性に、サヤシ達もなんだか惹かれてしまう。 「裏ウララのぉ~楽屋裏情報~~パチパチパチパチ~ 今夜お届けするのは、ゲートブリッジの裏情報についてでーす!」 「「え!?」 「その前にCM入りまーす。」 「「ええええ!?」」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ OMAKE更新「CM」 ウララ「今日のゲストは仮称カミコさんでーす。」 仮称カミコ「本編に登場してないのにCMに出してもらえて光栄です。」 ウララ「仮称カミコさんはアンジュ王国の舎弟らしいですね。なんでも今は1人で雑務をこなしてるとか。」 仮称カミコ「第三部あたりで番長になれるように頑張ってます。」 ウララ「産まれは……なんと!イトシマの辺りなんですか。結構Distanceがありますね。」 仮称カミコ「たまには里帰りをしたいですね。」 ウララ「そんな仮称カミコさんですが、今日は何の宣伝に来たんですか?」 仮称カミコ「私がご紹介するのは、"水筒と、水筒と、水筒と……やかん"です。」 ウララ「これから夏が到来しますし、水分補給が大事になりますね。」 仮称カミコ「はい。4月27日に発売なのでぜひ買ってください。」 ウララ「以上でCMは終わりです。ありがとうございましたー。」 仮称カミコ「はい、ありがとうございました。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「な、なんですか今のCMは!」 「よく分からん茶番じゃったな……」 「どうせなら5月11日に発売される方を宣伝して欲しかったですよね!」 「アユミン???何のこと???」 ワーワー言っているサヤシとアユミンを一瞥しては、DJウララは進行を再開する。 「はい。本日2人目のゲストとしてゲートブリッジの管理者の方をお呼びしています。こんばんは~」 「こんばんは。」 「管理者さんのお仕事って具体的にどんなことをするんですか?」 「私のすることは一つだけだよ。 大型の船が通る時に、機械を操作して橋を開閉させるんだ。」 「えー!?こんな大きな橋が開閉するんですか?見せてください!」 「ダメダメ。そう簡単には開けないよ。 お偉いさんの申請でもないとね。」 「なるほど。ここはマーサー王国の領土だから、食卓の騎士くらい偉くないと橋を動かさないんですね。」 「君も頑張って勉強して、いつか橋と私を動かせるくらいに偉くなるんだよ。」 「はい!」 「聞きたいことは以上かな?」 「あ、じゃあ橋の上で誰かが喧嘩でもしたらどうするんですか?」 「それは私にはどうしようも出来ないな。」 「ええ!?管理者なのに?」 「その時はマーサー王国の兵士に連絡を入れるよ。悪い奴を懲らしめてもらうんだ。」 「なるほど餅は餅屋ってことですね。教えてくれてありがとうございました。」 「いいえ。」 「裏ウララの楽屋裏情報、そろそろお別れのお時間になりました。 エンディングテーマは4月20日にリリースして絶賛発売中のあの曲です。 それでは、お相手はサクラッコ……じゃないじゃない、お相手はウララでした~ see you again!」 放送が終わるなり逃げるようにどこかへ飛んで行ってしまうウララを見て、サヤシとアユミンはキョトンとする。 「本当に不思議な感じの子でしたね。」 「うん、でも結構重要な話は聞けた気がする……他のみんなにも教えてあげよう。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 翌朝の作戦会議にて、カナナンはベリーズを挟み撃ちにする提案をした。 橋の上での戦いではそれが最も有効だと考えたのだ。 「ベリーズが正午に橋の中心におるんやったら、この作戦は絶対に成功します。 連合軍を東側と西側に分けて、正午になる5分前にそれぞれが中心に突撃するんです。 こうすれば敵に逃げる隙を与えず、白兵戦に持ち込むことが出来ますよ。どうですか?」 カナナンは不安そうな顔でオカールの方を見た。 これまでの経験上、激怒してひっくり返されるかもしれないことを恐れていたのだ。 ところが、オカールも今回ばかりはそのような反応を見せなかった。 「いいじゃねぇか……ベリーズを思う存分ぶっ潰せるってことだろ。」 「はい!」 「早速東と西のチーム分けをしようぜ。 ただし、先陣切ってダッシュする役割は譲らないけどな。」 「あ、東西両軍の先頭はもともとキュート様にお任せしようと思ってました。 初撃でベリーズに有効打を与えられるのは皆様しかおらへんので……」 「そうそう、そうこなくっちゃな。」 東側からはキュートのマイミとナカサキ、帝国剣士のエリポン、サヤシ、カノン、アユミン、マーチャン、ハル、オダの9名。 西側からはキュートのアイリとオカール、番長のカナナン、リナプー、メイ、リカコ、KASTのトモ、サユキ、カリン、アーリーの10名が配置された。 敵軍はカントリー全員が加わったとしても合計10名であるため数の上では有利に見えるが 伝説の存在である食卓の騎士の人数で言えば向こうに軍配があがるので油断は出来ない。 「そろそろ時間だ!行くぞみんな!!」 マイミの鬨の声と共に連合軍は走りに走っていく。 大切な存在を取り戻すための戦いであるので、誰もが気合は十分だ。 そのため、速度をほとんど落とすことなく東軍も西軍も橋の中央まですぐに到達してしまう。 ところが、そこにはベリーズ達の姿も形も無かった。 「な!?……ベリーズが居ないだと……!」 あと数秒で正午だというのに、ベリーズは約束の地に姿を現さなかった。 橋の途中には誰もいなかった事から、すれ違いということも有り得ない。 つまりは、ベリーズはこの橋の上には存在していなかったということになる。 挟み撃ちを提案したカナナンの顔は、冷や汗でビッショリだ。 「え?……カナたち、騙されたってことですか?」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 交換条件でモモコとマナカ、マイを逃したと言うのに、それが騙されたとあれば大問題だ。 このままアテも無いままマーサー王やサユを探すとなると、絶望でしか無い。 中でも一際SHOCK!を受けていたのは、ベリーズにも剣士としての誇りが残っていると信じていたマイミだった。 「どういうことだ……お前達は本当に変わってしまったのか……」 意気消沈したマイミのオーラは、もはや嵐ではなく小雨のようになっていた。 落ち込み度合いに比例して更に雨は弱まり、やがて雨そのものが降らなくなってしまう。 それに気づいたマーチャンが、不思議がって声を出す。 「あれれ?キュートさんたち、なんか弱く見えますよ。」 「こらマーチャン!おかしなこと言うなよ!」 「だってドゥー聞いてよ。いつもみたいな怖い感じの殺気が無くなってるんだよ?」 「!!」 殺気が無くなってると言われて、マイミはピンときた。 キュート全員のオーラが消えたのではなく、「消された」のだとしたら 今になってもベリーズが見当たらないことの道理が通るのだ。 「アイリ!今は何時だ!?」 「正午まであと10秒前!」 「まずいぞ……みんな!気をつけるんだ!!」 マイミがそう言うが早いか、ゲートブリッジが動き出した。 連合軍が乗っているのもお構いなしに、機械仕掛けの橋はどんどんせり上がっていく。 ほんの数秒で急斜面へと化した足場に、一同は戸惑いを隠せなかった。 「うわ!何!?」 「これはひょっとして……」 橋が開閉する理由は一つしか無い。要は、大型船がそこを通るのだ。 近くにいたことに今まで気づかなかったことが不思議なほどに大きい船が、 分断された橋の間をのうのうと通っていく。 そして正午になったその時、船は橋と橋の中心に位置していた。 「約束すっぽかしたと思った?……そんなワケ無いじゃん。ねぇ。」 「モモの言うことだからそれもあり得ると思ったんだろうね。」 「えーー!?ひどーい。」 橋の柵にしがみつきながら、一同は絶句した。 船の甲板にはモモコだけでなく、ベリーズという曲者集団を束ねるシミハム団長、そしてミヤビ副団長が乗っていたのだ。 これほどの大物が揃って接近していたことに、連合軍たちは気づいていなかったのである、 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ よくよく見てみると、船に乗っているのはシミハム、ミヤビ、モモコだけではない。 ひどく怯えた表情で小動物のように小ちゃくなっているチサキ・ココロコ・レッドミミーもそこに居たのだ。 こんな最前線に自分が立っているのが嫌で仕方ないのか、さっきから何度も逃走を図ろうとしているものの、 上司であるモモコに服をぎゅーっと掴まれているため動けないようである。 「みんな助けて……」 チサキは船の扉から少しだけ顔を出しているリサ、マナカ、マイにヘルプを求めるが、 さすがにこの状況はカントリー達にはどうしようもならないようだった。 「チサキちゃんしっかりして。そんな感じだとみんなに笑われちゃうでしょ。」 「も、モモち先輩……私に戦いなんて無理ですよ……」 「戦い?そんなのしないよ。」 「えっ?そうなんですか?」 「私たちは橋の中心を船で通るだけ。 平和的でしょ?」 「でも……キュート様とかが許さないんじゃ……」 「うふふ、そうね。 じゃあこっちに飛び乗られる前にさっさと逃げちゃおうか。 チーナーミー!!もう出発していいよーー!」 モモコの大声は船の操縦室にまで届く。 その中には大型線の運転を任されているチナミが居たのだ。 DIYの申し子チナミは、仲良くなった船大工100人を総動員してこの船を作り上げている。 ゆえに動かし方は十分に心得ているのである。 「はいよーー!しゅっぱーつ!!」 船は所詮船なので馬ほど早く移動できるワケでは無いが、 橋の上から飛び乗られることのない位置にはすぐに移ることが出来た。 このまま沖まで向かわれてしまえば連合軍には手出しできなくなってしまう。 挟み撃ちで上手くいくと思っていたカナナンは、ひどく悔しがっていた。 「あぁ~カナのせいや!挟み撃ちなんか提案したからこんなことに…… みんなに迷惑かけて、ほんまに馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿……」 このまま自虐し続けて落ち込んでいくと思われたカナナンだったが、 意外にも立ち直りは早かった。 クシャクシャの顔をすぐに真顔に戻しては、ハル・チェ・ドゥーに指示を出す。 「しゃあないな、じゃあプランBや。いけるか?」 「当然!!」 ハルは全く躊躇うことなく橋の下の海へと飛び込んでいく。 普通なら溺れてしまいそうな高さだが、ハルはそうはならない。 泳ぎならモーニング帝国一だと日頃から自慢している彼女にとって、これの程度はなんとも無いのだ。 (待っててサユ様!!いま助けに行きますからね!!) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ サヤシ、アユミンから「楽屋裏情報」を聞いていたので、カナナンらは橋が開閉することを知っていた。 そしてそこから、敵が船を利用してくるであろうことも予測していたのだ。 シミハムの作り上げる「無」がこれ程まとは思っていなかったのでさすがに驚かされたが、 それでも海上戦を想定したプランBならば対応することが出来る。 「なるほど、あのハル・チェ・ドゥーって子が泳いでここまで来るってことなのね。」 モモコはチサキの肩に肘を掛けながら、ミヤビの方を見る。 そのミヤビもチサキの頭をぽんぽんと叩きながら言葉を返した。 「確かに泳ぎはなかなか上手いようだけど、あまり強そうには見えないね。 シミハム団長、モモコ、チサキちゃん、そして私をたった一人で相手に出来ると思っているのか?」 「う~ん、そこまで馬鹿じゃないと思うけど……チサキちゃんはどう思う?」 「えっ!?、わ、わたしですか?」 「こらモモコ、そんな事を急に聞いたら可哀想だろ。」 「知らないの?作戦を聞かれた時のチサキちゃんは半端ないんだから。」 「そうなの?」 モモコとミヤビに見つめられたチサキはたちまち耳まで真っ赤になってしまう。 なんとか良い答えをひねり出そうとするが、 カントリーの策は日ごろからモモコ、リサ、マナカが考えているためにチサキにはどうすることも出来なかった。 「ハルさんは速いと……思います……」 「……」 「……」 「あ、泳ぐスピードの話?チサキちゃんあのね、今はそういうのを聞いてるんじゃなくてね。」 「ごめんなさい……」 「モモ!チサキちゃんは時間の重要性を私たちに伝えたかったんだろ!あんまり虐めるなよ!」 チサキを間に挟んでやんややんや言い合ってるのを横目に、シミハムがスッと前に飛び出した。 そして三節棍を振り回して、ミヤビ目掛けて飛んできた鉄球を打ち飛ばしていく。 「団長!?……」 「その鉄球は……あぁ、マイミね。」 この時、モモコとミヤビはやっと気づいた。 開いて斜めになりつつある足場でも、連合軍らは戦う準備が整っていたのだ。 カナナンから手渡された「タケの鉄球」をマイミが剛速球で投げつけたことからもそれは明らかだろう。 「メイほどでは無いにしても、私も演技には自信があったのだが……さすがシミハム。見破られたか。」 「……」 モモコとミヤビも、シミハム同様に臨戦態勢を取り始めた。 マイミだけでなく、アイリやトモなど遠距離から攻撃を仕掛けることが出来る戦士らが構えているので備えなくてはならないのだ。 それ以外のメンバーだって暇をもて余したままで居るワケがないので、そちらにも警戒を払う必要がある。 「大体わかった。一人で泳ぐハルを連合軍全員で橋からサポートするつもりなのね。」 「マイミの鉄球やアイリの打球を防ぐのはなかなか骨が折れそうだな……モモコ、ここはどうする?」 「そうねぇ、じゃあ私とシミハム、ミヤビの3人で橋からの攻撃をなんとか防ぎ切りましょ。 そのうち攻撃の届かないところまで船が到達するだろうし。」 「え?ハル・チェ・ドゥーは無視するってこと?」 「それなら大丈夫、この子がいるから。」 モモコはチサキの背中を蹴っ飛ばし、甲板から海へと突き落とす。 あまりに酷い仕打ちを顔色一つ変えず行ったモモコに対して、ミヤビは目を丸くして驚いた。 「はぁ!?馬鹿なのか!?なんでそんなことを……」 「知らないの?海に落とされた時のチサキちゃんは半端ないんだから。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ハルは船を目掛けて全速力で泳いでいた。 ベリーズの本拠地に乗り込むのは確かに怖いが、今はキュートや他の仲間たちが支援してくれている。 だからこそハルは勇気を持って、サユとマーサー王の救出に向かうことが出来ているのだ。 もしも仮に二人が船に乗っていなかったとしても貢献可能なことはたくさんある。 例えば船を中から壊したり、燃料をこっそり抜き取ったりなど、様々だ。 泳ぎの得意な自分にしか出来ない仕事なので、ハルは誇りに思いながら前進していく。 (ん?……なんだあれ。) 一人の少女が海に落ちたのをハルは目撃した。 大型船から落ちたので、その少女がカントリーの誰かだということはすぐに分かったが 他に優先すべき使命があるために関わろうという気にはなれなかった。 (誰かに落とされたのかな?……でもごめんな。今はちょっと余裕がないんだ。 自分のお仲間にでも助けてもらってよ。) 余計な情報を振り切るように、ハルは手足をぐるりぐるりと回して一心不乱に泳いでいく。 ところが、今まさに船へと到達するといったところで不可解な現象が起き始めた。 なんと身体が逆に船から遠ざかっていったのだ。 (なんだ!?ハルの身体が勝手に……) 前に進もうと必死にもがけばもがくほどハルは船から離れていく。 恐怖ゆえの逃避行動などではない。物理的に何者かに運ばれているのだ。 慌てて周囲を見回すことで、前進を阻害する小さな生物の正体に気づくことが出来た。 (魚!?……それも、いっぱいいる!) 数百匹の小魚が群れになって、ハルを必死に船から引き離していた。 いくら泳ぎの得意なハルであろうと、真の泳ぎのプロが相手では分が悪い。 振り払おうとしてもスルリとかわされて、どうしようも出来なかった。 そして無駄な足掻きを繰り返しているうちに、呼吸の方が限界を迎え始める。 (やば……空気を吸わなきゃ……) 酸素を補給するためにハルは一旦、海上に上がろうとした。 その分だけタイムロスにはなるが、窒息してしまっては元も子もないので仕方のない行動だろう。 しかし、無数の魚群はそれすらも許してくれなかった。 ハルの上方向にビッシリと集まり、行く手を阻む壁となったのだ。 (おい!なんだよそれ!ふざけんなよ!) さっき以上に手足をバタバタさせてもがくハルだったが、ほとんど効果はなかった。 それどころか何匹かの魚がお腹に体当たりをしてくるので余計に苦しくなってくる。 溺れかける中で、ハルは先ほど海中に落とされた少女と一瞬だけ目があった。 その少女、チサキはただただハルの方をじっと見つめていたのだ。 「モモコ、チサキちゃんの能力はひょっとして……」 「ミヤビも気づいた? そう、チサキちゃんは魚類を操るの。 水中での戦いなら私も敵わないかもね~。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「マイミ様、鉄球はあと2つ残っています。」 カナナンは同士タケ・ガキダナーから借りた鉄球をマイミに託した。 自分よりもマイミが投げた方が圧倒的に強いとの判断だ。 「ありがとう。次はシミハムに防がれないようなしなくてはな……」 「そのためには、皆さんに隙を作ってもらわないといけませんね。」 カナナンが視線を送った先には、今にも矢を射ろうとしているトモの姿があった。 橋が開いたおかげで足場はかなりの急斜面になっているのだが、 両方の脚で柵を挟み込むことでガッチリと体勢を固めている。 (シミハム様には攻撃が当たる気がしないし、モモコ様は何をするのか全く予想できない。 でもね……その中でもミヤビ様は隙だらけだよ!! そのガラ空きの胸に遠慮なくブチ込ませてもらう!) 偉大な存在を前にしながらも、トモは落ち着いて矢を放つことが出来た。 これはシミハムの「無」がキュートだけでなくベリーズのオーラまで消し去ってくれたおかげだろう。 いつもは命中精度の悪い射撃ではあるが、今回ばかりは狙い通り真っ直ぐに突き進んでくれた。 (よし!当たれ!) 矢はあっという間にミヤビの元へとすっ飛び、すぐにでも胸を突き破らんと言ったところまで到達している。 いくら食卓の騎士だろうが心臓をやられては無事にはいられないはずだ。 ここで敵の一角であるミヤビを落とすことが出来れば連合軍は相当有利になるだろう。 ……だと言うのにもかかわらず、ミヤビはまるで慌てたりはしなかった。 「へぇ、なかなか良い腕をしている……でもその程度じゃ貫けないよ。」 「!?」 ミヤビは身に降る攻撃を最後まで避けなかった。 そしてさらに驚くべきは、ミヤビの胸にぶつかった矢のほうがポッキリと折れてしまったのだ。 文字通り鋼鉄の強度を誇る胸板に、トモは驚きを隠せない。 「あれ!?え?……確かに……」 ありえない出来事が起きたので、トモは軽いパニックを起こす。 そんなトモに対して、側にいたアイリが声をかける。 「ミヤビのアゴと胸は硬いから狙っても無駄よ~。 余程の威力を持った一撃か、あるいは生身の部分への攻撃じゃないと ミヤビには傷一つ負わせることが出来ませんからね~。」 「そんな……噂には聞いてたけどここまで真っ平らだとは……」 「背中を向けた時がチャンスですよ~。」 「えっと、胸と背中の区別がつきません……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ミヤビは肉体を強化するために顎と胸に鉄板を埋め込んでいた。 この手術さえしなければより女性的な身体になっていた、と言うのは本人談だ。 そんなミヤビに並の手段でダメージを与えられないのは明白だろう。 「お手本を見せてあげますからね……エリポンちゃん、準備は?」 「は、はい!大丈夫です!」 アイリとエリポンは坂の上で、しっかりと立ちながら武器を構えていた。 普通の人間ならばすぐにでも転げてしまいそうな急斜面ではあるが、ゴルフで鍛えた彼女らには平気なのだ。 これくらいで安定感を失うようでは良いショットなど打てるはずもない。 「じゃあ帝国剣士のみんな~手筈通りにお願い~」 遠距離攻撃の手段を持たぬサヤシ、カノン、アユミン、オダはそれぞれが小さな球を3つずつ持たされていた。 その球がまさに、アイリとエリポンが得意するゴルフのボールだ。 アイリの出した合図とともに、手に持ったボールを二人に投げつけていく。 つまり、計12個の球が飛んでくる形になるのである。 「私が11球打つ。エリポンちゃんは1球をしっかり!」 「はぁ~~い!!」 いつもふにゃふにゃとした顔をしているアイリがカッと眼を見開き、愛用する棍棒を振り上げる。 彼女の眼にはヒト、そしてモノの弱点がハッキリ見えるという特性があった。 ゆえにミヤビのどこを狙って打ち付ければ良いのか手に取るように分かるのだ。 (人体急所から顎と心臓を除いた全てのポイント……一つ残さず打ち抜くよ!) 本心から来る強い殺気はシミハムの無でさえも消し去ることが出来ない。 神話上の雷神であるトールが操るようなイカズチがアイリから放たれ、 ボールよりも速いスピードでミヤビの急所にブチまけられる。 「ぐっ……アイリも本気なんだな……そっちがその気なら!!」 脇差を鞘から抜き、すべてのボールを打ち落とそうとミヤビは構える。 武器の刀身こそ短いが、だからこそ俊敏な動きで複数箇所への同時攻撃にも対応することが出来るのだ。 彼女の実力であれば問題なくこなせるような容易い仕事であったが、ここでアクシデントが起きる。 突如、ミヤビの目に光が差し込まれたのだ。 「ま、眩しい!?」 この光の正体はオダのブロードソード「レフ」によって反射された太陽光だ。 常に大嵐を巻き起こすマイミとの相性は最悪だったが、今はその懸念要素をシミハムが消してくれている。 そのためミヤビの視力を一時的に奪うことが出来たのである。 そんなミヤビにアイリのボールが容赦なく襲い掛かる。 「まったくもう、世話が焼けるなぁ」 このままミヤビにHITして終わりかと思いきや、その前にモモコが立ちはだかった。 そして足で床をバンと叩くことで、謎の強風を巻き起こしたのだ。 こうして起きた風の壁は思いのほか厚く、すべてのボールが空しくも落とされてしまった。 「う……モモコが助けてくれたのか……」 「どう?頼れるでしょ?」 「(借りを作るのは癪だが仕方ない……)あ、ありがとう」 「どういたしましてっ」 モモコとミヤビが会話を交わしているうちに、もう一球のボールが飛んできた。 それはエリポンがアイリより少し遅れて、鞘入りの打刀でスッ飛ばした一撃だ。 これもアイリの攻撃同様に防いでやろうとモモコは強く足を踏む。 「頼れるお姉さんがまた守ってあげるからね~…………ぐえっ!」 風圧を発生させてガードしようと思ったが、なんとエリポンの打球はその壁すらも突き抜けてしまった。 流石に球の勢いはかなり殺されたようだが、モモコのお腹に当たること自体は成功する。 「モモコ!?攻撃をもらうなんて珍しい……」「痛ぁい……手抜きしたつもりは無いんだけどなぁ」 「という事は、あのエリポンって子のパワーはアイリよりも優れているって事か……」 「それは確かだろうね。なんか腕の筋肉とか凄いし。 でも大丈夫。いくら強いと言ってもマイミやクマイチャン程じゃ無いんだから。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「まぁ~、あなた凄いじゃない!」 「エリのボールが……当たった……」 アイリに褒められたエリポンはなんとも言えぬ嬉しさを噛み締めていた。 決定打では無いとはいえ、あの食卓の騎士に攻撃が届いたことに感激しているのだ。 「そこのあなたも、さっきの光はナイスアシストですよ~」 「ありがとうございます!」 いつもは冷めた風なオダ・プロジドリもアイリに評価されるのは嬉しいようだ。 まだ気を抜けない状況だと言うのにニヤけが止まらない。 そんなオダを見て、アユミンは面白くなさそうにつぶやく。 「エリポンさんにボールを投げたのは私なのに……」 「あら、そうだったの?ごめんなさい。じゃあアユミンちゃんも敢闘賞ね。」 「えへへへっ、どうも。」 「でもみんな油断しちゃダメよ。 モモコの"空気の壁"がある限りは我々の攻撃は通用しないんですからね。 せめて気を間際らせるような手段でもあれば……」 ミヤビを狙おうにもモモコがそれを防いでしまう。 ならばまずモモコを排除する手段を考えねばならないだろう。 そしてなんと、それをやってみせる策がKASTには用意されていた。 「はいはーい!それなら私たちに任せてください!」 「サユキちゃん?どうすると言うの?」 「名付けて"人間大砲"……ウチのアーリーの馬鹿力でカリンを船まで飛ばしちゃうんですよ。」 「まぁ!そんなことが出来るの?」 「出来るよね?アーリー?」 「うん!リンカなら軽いから余裕やで。」 アーリーはトモのように両足でしっかりと柵を掴んでいた。 ゆえに両腕はフリーの状態。 これならばカリンをぐるんぐるんに回して向こうまで吹っ飛ばすことが出来ると思ったのだ。 カリンの実力でベリーズに対抗できるとは思えないが、 ちょっとだけモモコの気を逸らすことくらいなら出来るはず。 「というワケでカリン!ちょっくら行ってきてよ!」 「……いやいやいやいや」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 人間大砲役に任命されたカリンは、思いっきり首を横に振って拒否の意を示した。 決してベリーズだらけの船に乗るのが怖いわけではない。 ハル・チェ・ドゥーが今まさにそうしようとしているのに、 ここでカリンがビビってしまったらKASTの名折れだ。 ではアーリーの投げる力が足りず、船に到達する前に海に落下することを恐れているのか? それも違う。カリンはアーリーの力を信じている。 遠心力を最大限に利用したジャイアントスイングならば必ず目的地に届くと確信しているのだ。 「じゃあいったいなんだって言うのよ。」 「……酔っちゃう。」 「なんだって?」 「アーリーに強く振り回されたら気持ち悪くなっちゃうよ…… ひょっとしたら朝ごはんを戻しちゃうかもしれない……」 「はぁ……」 十分強い戦士だというのに変なところで気にするカリンに、サユキは少し呆れてしまう。 「あのねカリン、あなたはマナカって人と一緒に空を飛んでたでしょ。」 「う、うん、ちょっとだけね。」 「あれで平気だったんだからどうせ今回も平気でしょ」 「そうかなぁ……全然違うと思うけど……」 「はい!早くしないと船が行っちゃうよ!決断する!」 「あ、そうだ!サユキが飛ばしてもらうのはどう?」 「私は重いから飛べないの。」 「え?ダイエット成功したってあんなに自慢してたのに。」 「アーリー!やっちゃって!!」 サユキの指示によって、アーリーはカリンの足首を徐ろに掴み出した。 そして例によってぐるんぐるんに回しては、ベリーズのいる船までぶん投げたのだった。 緊急事態ゆえにカリンの意思は二の次だ。 「いやああああああああああああ!!」 どこかの猫のキャラクターのように体重はリンゴ3つ分……とまではいかないが、カリンは軽い。 そのため、あっという間に船のある位置まで達してしまった。 後は甲板に着地して、モモコを惑わすような行動を取るだけだったのだが…… 「乗せてあげないよ!!」 一部始終を見ていたミヤビが飛び上がり、 タイミング良くカカト落としをぶつけることでカリンを海に落としてしまった。 まさに100点の迎撃だったが、ここでモモコがcha cha……ではなく茶々を入れ出す。 「うわぁ~……あんなか弱い子にそんな仕打ちするなんて引いちゃうなぁ……」 「立ち向かってきた相手に全力で応えて何が悪い!? それにか弱い子を蹴落とす事ならモモコだってチサキちゃんにやってたじゃないか!」 「語弊がある。」 「難しい言葉を使うな!」 「チサキちゃんはか弱くないって言いたいの。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「うわっ……カリンが落ちた……」 サユキとアーリーは「しまった」という表情をしながら互いの顔を見合わせた。 まさかこうも簡単にあしらわれるなんて思ってもいなかったのだ。 そしてそんなカリンを、あのオカールも心配していた。 「大丈夫か?アレ……カリンって泳げるの?」 「えっと、人並みくらいなら泳げると思います……たぶん。」 「まぁそうだよな。泳げないのはウチの大将くらいのもんか。」 「え?マイミ様って泳げないんですか?意外……」 「沈んじゃうんだよ。筋肉と鉄の塊だから。」 「あー……」 走りと自転車が得意なマイミも、泳ぎまでパーフェクトとは行かなかった。 それが出来たら単身で船まで乗り込んでいただろうに実にもったいない。 「ねぇキー、人間大砲の作戦はどうするの?……」 「うーん、いくらアーリーが船まで投げても、ああなっちゃったら意味がないよね。」 「じゃあ辞めようか。」 「いや、その必要はないだろ。」 「「オカール様!?」」 「要はミヤビちゃん……じゃなかった、ミヤビに迎撃されなきゃいいんだろ? じゃあさ、俺を船まで飛ばしてくれよ。逆に怪我させてやるぜ。」 「オカール様が砲弾になるってことですか!?」 「せっかくだから、人間大砲と同時に"人間魚雷"もぶっ放しちまうか。」 「「人間魚雷?」」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「なんだ?……」 一部の箇所で「泡」が大きく広がっていることにミヤビは気づいた。 細かな泡の集合体はまるで真っ白いあの雲のように見える。 橋の全体を覆うほどには大きくないが、向こう側が見えにくくなっているため 何が行われているのか判別がつかない。 「あれは確か……」 「モモコ、知っているのか?」 「うん。だってうちのマナカちゃんを苦しめた張本人なんだもん。」 察しの通り、この泡を発生させたのは新人番長のリカコ・シッツレイだ。 彼女の扱う固形石鹸は菌以外の何者も殺せぬほどに弱いが、 味方をサポートする能力においてはなかなかのものを持っている。 例えば、泡の向こうにいる銃撃手の姿を隠すことくらいは簡単に出来るのである。 「弾丸!」 泡壁から2発の銃弾が飛んできた。狙いはミヤビとモモコだ。 いくら二人が強者とはいえ、撃ってくる場所もタイミングも分からぬ攻撃までは避けられない。 これは喰らうのも止むなしと思ったところだったが、 三節棍を振り回して弾丸を弾いたシミハムのおかげで、なんとか助けられる。 「団長!流石です!」 「助かった……あぁ、一安心。」 「いやモモコ、安心なんかさせて貰えないみたいだぞ……」 「げっ!」 ミヤビとモモコを狙う銃弾は2発程度では終わらなかった。 今まさにバン、バン、バンと連続で襲いかかって来ている。 発砲の勢いで泡の壁がかき消されるのではないかと期待したが、 リカコが発生させるスピードの方が上回っているため依然姿を確認出来ない。 故にベリーズも、このガンナー達が本業でないことには気づいていないだろう。 「マーチャンさん\(^o^)/すごい~\(^o^)/」 「もう!全然見えないから撃ちにくい!!……もう覚えたからいいケド。」 一人目の銃撃手は帝国剣士のマーチャンだった。 銃自体はその辺で調達した安物ではあるが、 なんでもすぐ覚える天賦の才で、見事に扱えているのである。 「マホです……ごち。」 「メイメイさんんんんんんんマホの真似似てる(^o^)(^o^)(^o^)」 そしてもう一人。 ただの拳銃をライフルのように構えているのはメイ・オールウェーズ・コーダーだ。 番長きってのスナイパー、マホのモノマネをすることでその腕前までも再現しているのである。 格上・食卓の騎士の演技は1秒が限界だが、後輩のマネならいくらでも続けられるため まだまだミヤビとモモコを追い詰めることが出来るのだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ マーチャンとメイによる射撃はとても有効だった。 アイリとエリポンも継続してボールを打ち続けているため、ベリーズも自由に動くことが出来なくなっている。 更に鉄球を握ったマイミが投球のタイミングを虎視眈々と狙い続けているので、 そちらにも注意を払わねばならない。 船が橋から十分遠ざかるまで防衛し続けるのはなかなかに骨の折れる作業だった。 そんな攻防を続けている中で、サユキが海面で起きた異常に気付き出す。 「あ!誰か浮かんできた……カリンかな?」 船に近いところで何者かが海中から浮上してきている。 先ほどミヤビに蹴り落とされたカリンが上がってきたのかと推測したが、 カリンにしてはやや身長が高すぎていた。 「え!?……ハル……なの?」 浮かんできた者の正体はハル・チェ・ドゥーだった。 白目をむいているし、明らかに気を失っている。 泳ぎが得意だと息巻いていたというのに、今の姿は溺れているようにしか見えない。 何故ハルがこんな目にあったのか、そして何故カリンは上がってこないのか、 その理由は、海中の支配者であるチサキが動いたからに他ならない。 (あの人は確かマナカちゃんを刺したカリンって人……許せない!) チサキは両手で海水を包み込み、水鉄砲のような形でカリンの脚へと噴出させた。 チサキは極度の緊張しいなため、並の人間より汗をかきやすくなっている。 そうして発せられた粘着性の強い汗が海水と混ざり、 動きの自由を奪う粘液へと変化するのだ。 (え!?両脚がくっついて、動かない!?) 所詮は汗なので痛みのようなものはまるで無い。 それに粘着性だってトリモチほど強力ではないため、振り解けば簡単に取り外すことが出来る。 だが、魚群の前でそんなワンアクションに気を取られるのは命取りだ。 チサキの指示を受けた魚たちはカリンのお腹へと次々と突撃していく。 (~~~~~~!!!!) こんなことをされたら口の中に含んでいた空気を吐き出さざるを得ない。 外に出て空気を補給しようにも魚が壁を作って邪魔をする。 いくら戦士として強かろうと、海の中で魚に敵うはずがないのだ。 結果としてカリンもハルと同様に溺れてしまう。 (ふぅ……緊張したけど、2人目も倒したぞっ!) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ちょっぴり調子に乗りやすいチサキは、水中戦ならば自分は無敵だと思ってしまった。 確かに魚を操る能力は便利だし、チサキ自身も泳ぎが大得意。 相手が帝国剣士だろうと、番長だろうと、難なく勝利を収めることが出来るだろう。 ところが、数秒後にはそんな自信も吹っ飛ぶことになる。 (え!?あれはなんだろう……) チサキが目にしたのは、魚雷の如き速度で海中を突っ切る「人間」の姿だった。 船へと向かっているので本来ならば止めなくてはならないのだが、 その泳力はチサキどころか本物の魚さえも越えているため、どうにも出来ない。 おそらくは魚群で壁を作っても1匹残らず弾き飛ばされてしまうだろう。 (怖いなぁ……近づきたくないから放っておこう。 そろそろ苦しくなってきたし、息継ぎしなきゃ。) 人間である以上、酸素の補給は必要。 それはチサキも例外ではなかった。 また大量の空気を肺へと送り込むため、海面から顔を出そうとするチサキだったが…… 「ぎゃ!」 その矢先に何者かに顔を踏んづけられたため、残念なことにチサキは気絶してしまった。 こんな海のど真ん中で誰が踏んだのかと言うと、人間大砲としてアーリーに飛ばされたオカールだった。 オカールの全体重がチサキの顔面にのしかかったのだ。 「おーーーい!!飛ばしてくれたのはいいけど全然船に届いて無いじゃねぇか!! たまたま都合の良い足場が有ったから助かったけどよぉ!!」 「ごめんなさーい!だってオカール様は重……」 「わーーー!言うな言うな!分かったからそれ以上言わなくて良い!! こっからは自力で船に飛び移ってやるよ!」 オカールはチサキの顔を蹴り上げてJUMPし、船の甲板に飛び移ろうとした。 ベリーズとしては勿論そんなことを許せるわけが無い。 先ほどカリンを落としたように、ミヤビが迎撃へと向かう。 「オカール、ここは通さないよ。」 「ミヤビちゃん!望むところだ!!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 強い殺気を持てばシミハムの「無」をも打ち破ることが出来る。 ……というのは先ほどアイリが実践してみせた通りだ。 そして今、同様のことをオカールが見せつけようとしている。 凶暴性が具現化されたような狼の群れが出現し、ミヤビの全身にドンドン噛み付いていく。 生身の体はもちろん、鉄で出来た顎や胸板さえも砕かんばかりの勢いだ。 普通の人間であればSHOCK!に耐え切れずにぶっ倒れてしまうところだろう。 しかし、ミヤビは怯まない。 オーラは所詮オーラ。本当に怖いのはオカールの両手に装着されたジャマダハルだということを理解しているのだ。 短い脇差を構えては、空中からの両突きを見事に防ぎきる。 「甘い!そんな攻撃で乗り越えられると思うな!」 (チッ、殺気も出してないのにこの強さかよ……じゃあ次はこうだ!) ジャマダハルを脇差に当てた衝撃を利用して、オカールはまた高いところへ跳び上がる。 この時のオカールは「サクッと世界羽ばたく、そんなPowerはいかが?」とでも言いたげな顔をしていたため、 何かしでかすであろうことを感じたミヤビは最大限に警戒した。 「さすがミヤビちゃん、隙を見せないねぇ…… でもこの攻撃は隙とかそういうの関係ないから!!」 オカールは自身が落下するのと同時に、下方向へと無数のラッシュパンチを繰り出した。 その手数は尋常じゃなく、もはや人の目で捉えることが不可能なくらい多い。 しかも一撃一撃がジャマダハルによる鋭い斬撃であるので、 小さな脇差では到底防ぎきることが出来ないだろう。 言うならば考えなしのスピードとパワーのゴリ押し。 このやり方がオカールには一番合っているのだ。 ところが、こんな状況だと言うのにミヤビは冷静だった。 「まともにやり有ったら怪我しちゃうな……一対一の勝負ならね。」 「!!」 ミヤビに攻撃が届くよりも早く、オカールの身体が宙に浮いたまま停止してしまう。 本来ならそんなことは有り得ないのだが、この現象の理由にオカールはいち早く気づいた。 身動きを奪う「糸」の存在をはなから知っていたのだ。 「あーうっとおしい!モモコだろコレ!」 「せいかーい。分かっちゃった?」 「ミヤビちゃんはこんな卑怯なマネしないもんね!」 「まぁ!卑怯とは失礼ね。」 気づけばオカールはミヤビとモモコの2人に囲まれていた。 橋からの攻撃をシミハムが(汗だくになりながらも)一手に引き受けたことで、この状況を作り出したのだ。 いくらオカールが強いとは言っても、食卓の騎士2人が相手では分が悪い。 このまま糸を操られて海に落とされてしまうのがオチだろう。 だが、この状況でもオカールは絶望などしていない。 そもそも1対2の戦いとは思っていなかったのだ。 「来るぜ、魚雷がよ!」 「「!」」 オカール達のいる反対側からバシャンと言った大きな音が聞こえてた。 そしてその音を出した主は、まるでトビウオが跳ぶかのように船へと乗り込もうとしてきている。 顔に負けず劣らずの魚っぷりに誰もが驚かされたことだろう。 「『確変"派生・海岸清掃"』からの~~『確変"派生・ガーディアン"』!!」 「「ナカサキ!!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 船に突撃した時のナカサキは強い殺気を放っていたため、 他の食卓の騎士の例に漏れずオーラが具現化されていた。 ナカサキのオーラと言えばいかにも弱そうな奇妙な怪物であったが、今は違う。 なんと、その怪物の容姿がウロコやエラの生えた半魚人風のグロテスクな生物に変化していたのだ。 それだけでも帝国剣士や番長、KASTらに衝撃を与えたというのに、怪獣は更にもう一段階変化する。 ナカサキが『確変"派生・ガーディアン"』と叫んだのに連動して、全身を鎧で覆った騎士のような姿になっていった。 このようにオーラの形をコロコロと変える食卓の騎士は初めて見るので、一同は戸惑いを隠せないようだ。 「ナカサキが本当に凄いのは生身の肉体の方ですけどね~」 アイリがそう言ったことで視線はナカサキの身体に集まる。 するとどうだろうか、普段は頼りないと思っていたその筋肉が全身パンパンに膨れ上がっているではないか。 刃さえも跳ね返してしまいそうな程にカチカチになったその筋肉はまさに鎧そのもの。 このように己の筋力を自在に操作することがナカサキの必殺技である「確変」なのである。 瞬間的なパワーであればキュート随一、だというのはマイミも認めている。 「水泳時には泳ぐための筋力を、白兵戦では戦い抜くための筋力を強化出来るのがナカサキの強みだ。 私にはあの芸当はとてもじゃないが出来ないな。日々の訓練の賜物だろう。」 ナカサキのオーラの意味に気づき始める者も、チラホラ現れ始めた。 要するに、あの怪獣達は主人であるナカサキの状態をリアルタイムに表現しているのだ。 攻撃、防御、移動、踊りなどの様々な用途に合わせて筋肉量を操作するのに対応して、 怪獣も姿形を自由自在に変えていく。 今のナカサキはイメージ通り、ガーディアンとして戦うために、船の甲板に足を踏み入れた。 「まずいよミヤビ!ナカサキにまで加勢されたら大ピンチになっちゃう~!」 「白々しいぞモモコ……ガーディアンならベリーズにもいる事は分かってるだろうに。」 ミヤビがそう言うのと同じタイミングで、船の入り口からとある人物が出てきた。 そいつが何者かなんてことは一目瞭然。説明要らずですぐに分かる。 それは何故か?理由は簡単だ。 こんなに巨大な女性は有史の中でも彼女くらいしか存在しないからである。 「クマイチャン!!」 「ナカサキ……ここは通さない!!!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ いつもの日常ならばブランチでも食べたくなるような昼下がりに、 クマイチャンのような巨人が出現したので若手らは凍りついてしまう。 威圧感で言えば他のベリーズも変わらないのだが、 自称176cmという規格外のサイズが更にビビらせているのかもしれない。 特に過去に直接対峙したことのあるサヤシや番長たちにとっては、心臓を鷲掴みにされる思いだ。 そんな化け物が相手なのだから比較的小柄なナカサキはすぐに吹っ飛ばされてしまうと思われたが、 全てを薙ぎ払わんとするクマイチャンの長刀を二本の曲刀で見事に受け止めていた。 「よく止めたね……私が出てくるって予想してた?」 「何千回剣を交えたと思ってるの?クマイチャンの攻撃を見切ることなんて簡単なんだからね。」 「ふふっ、そうこなくっちゃ。」 話し口調だけみれば同年代の会話のように見えるが、その表情はどちらも冷徹そのものだった。 クマイチャンに至っては殺し屋のような目をしている。 お互いに強い殺意を持ちながら、鍔迫り合いを続けていく。 「あの分だと決着が着くのは当分先ね。オカール。」 「なにが言いたいんだよ、モモコ。」 「残念だけどナカサキにはオカールに加勢する暇は無いってこと。 そろそろ海に落としちゃおうと思うんだけど、覚悟はできてる?」 「……しょうがないな、落とすなら落とせよ。」 「あら、やけに素直なのね。」 「時間は十分に稼げたからな。」 「!?」 本来時間を稼ぎたいのはベリーズの方だったはず。 船が橋から十分に離れればそれだけでミッションは完了となるからだ。 では何故オカールがこのような発言をしたのか……その理由はすぐに分かる。 「団長!!大丈夫ですか!?」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ オカールの発言とほぼ同じタイミングで、バキッと言う破壊音が聞こえてきた。 その先ではベリーズの団長、シミハムが腹を抑えて苦しそうにうずくまっている。 近くに鉄球が転がっていたので、モモコは誰の仕業なのか瞬時に理解することが出来た。 「マイミか……」 モモコやミヤビ、そしてクマイチャンがキュートに応対している間、 シミハムは橋からの遠距離攻撃を全て三節棍で弾き飛ばしていた。 超人的な反射神経と巧みな戦闘技術がそれを可能としていたのだが、 1人で戦う時間があまりにも長かったため、ひどく消耗してしまったのである。 相手が格下だけならば疲れた身体でもなんとか踏ん張れただろう。 しかし、橋にはマイミがいる。アイリだっている。 いくらシミハムと言えどもそれらの強者の攻撃をただ受け続けるだけというのは辛かったようだ。 そして結果的に、マイミのブン投げた鉄球に棍を折られ、腹に強烈なダメージを負ってしまったという訳である。 この成果には帝国剣士、番長、KASTらも歓喜する。 「凄い!やっぱりマイミ様とアイリ様は凄いっちゃ!」 「それもそうやけど、これはカナたち若手勢の力も通用しとる証拠やで!」 「遠い存在と思ってたけど……ベリーズの足首を掴めるところまで来てたのかもね……」 ただの一撃のおかげで、連合軍の士気は上がりに上がっている。 逆にテンションが落ちているのはベリーズとカントリー達だ。 モモコはしまったという顔をしながら頭を抱えている。 「やっちゃったなぁ……ミヤビ、次どうする?」 「……」 「ミヤビ?」 「遊び過ぎたんだ……」 「ミヤビ?どうした?」 「これ以上調子に乗らせる訳には行かない!!本気だ!本気で相手してやる!!」 ミヤビがそう言った瞬間、この空間にいるすべての者は無数の刃によって全身を切り裂かれてしまった。 もちろん本物の刃でないことは言うまでもない。 これはミヤビの凶暴凶悪な殺気が形となった諸刃の剣なのだ。 弱者だろうと強者だろうと、相手だろうと味方だろうと関係なく、鋭い刃物で八つ裂きにしていく。 あまりにリアル過ぎる苦痛に、帝国剣士、番長、KAST、そしてカントリーの面々は戦意を喪失してしまった。 これだけでも十分脅威なのだが、ミヤビはまだ動きを止めなかった。 オーラは所詮オーラ。 相手を真に屈服させることが出来るのは自分の腕だけである事を理解しているのである。 「オカール、遊びは終わりだ。」 ミヤビはオカールに絡みついた糸を、脇差でスパスパと切断していく。 自身を宙に浮かせていた糸が切れたということは、オカールの行き先はただ一つ。 容赦なく海へと落ちていくのだった。 「うわああああああああ!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ オカールを落とした勢いそのままに、ミヤビはナカサキの背後にまで回り込んだ。 本来ならば一騎討ちの真剣勝負に水を差すなんて気が引けるのだが、 緊急時ゆえにそうせざるを得なかった。 「先に謝る!クマイチャンごめん!」 「「!?」」 ナカサキは両手の曲刀でクマイチャンの剣を受け止めるのがやっとだったので、 背後からくる脇差を防御するために手を回すことは出来なかった。 だが、ナカサキにはこんな状況でも使える防御法が残されている。 (背中の筋肉を強化する!) 背筋を一瞬にして逞しく膨らますことによって、 脇差程度の刃ならはね除けられる身体に変化する。 これもナカサキの必殺技である「確変」の応用だ。 全体の筋肉量のバランスから、腕の力がやや落ちるのが難点ではあるが、 いつどんな時でも自由にガードを固められるのは非常に効果的だ。 おかげでちょっとやそっとのダメージなら無視することができる。 もっとも、ミヤビの攻撃が「ちょっとやそっと」に当てはまるかと言うと、そうでは無いのだが。 「はっ!!」 ミヤビは通用しなかった脇差をそこらに投げ捨て、 その代わりに自らの顎でナカサキの背中に斬りかかった。 ミヤビの顎に仕込まれた鉄製の刃は通常の刀の何倍も鋭いため、 硬くなった背中もバターのように切断し、大量の血を流すことに成功する。 端から見れば非常に馬鹿らしい光景かもしれないが、これが何よりも効くのだ。 「あ……あぁ……」 「いくら防御力を強化しても私の刃は防げないよ。 まぁ、"海岸清掃"や"JUMP"、"Steady go!"で場を掻き回されたら流石に面倒だったけども、 クマイチャンとの決闘中だったからそんな余裕は無いよね。」 「ミヤビ!ナカサキとは私が戦ってたのに!」 「だからさっき謝ったじゃないか。」 「もう!」 ここまでの一連の流れを見て、マイミはひどく絶望していた。 せっかく善戦しかけていたというのに、 ミヤビが少し本気を出しただけで連合軍が壊滅状態になったことがSHOCK!だったのだ。 大半の若手は殺人オーラにやられ、オカールは落とされ、ナカサキも今まさに船から追い出されようとしている。 残る戦力はマイミとアイリのみ。一体どうやって戦えと言うのか? 「くそっ……せめて私が泳げれば……!!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ マイミにはもう、投げつけるための鉄球は残されていなかった。 つまりは連合軍には攻撃の手立てが無いということになるのだが 諦めきれないマイミは自分たちの足場に拳を叩きつけて、橋の破片を生成していった。 これらを投げることによってギリギリまで攻撃しようと考えているのだろう。 だが、そんな戦法が通用しないのは火を見るよりも明らかだ。 これまでは若手戦士らのサポートが有ったからこそ、やっと一球だけぶつけられたというのに、 それらの支援抜きでどうやってモモコやミヤビ、クマイチャンを倒しきることが出来ると言うのだろうか。 せめてアイリの協力があれば可能性が見えてくるかもしれないが、キッパリと拒否されてしまう。 「今回は諦めましょう。 ベリーズを倒しきるには戦力が不足しています。」 「何故だ!まだ勝負はついていないだろう!」 「海に落ちた仲間を救出するのが先決だって言ってるんですよ。 ナカサキはきっと平気でしょうけども、ハルとカリン、そして糸まみれのオカールが無事である保証はありません。 勝てるかどうかも分からない勝負に固執して、次回以降の勝率を落とすのは馬鹿げてます 。」 「くっ……でも、その次回があるかどうかは……」 「ありますよ。」 「えっ?」 「ベリーズにリターンマッチを申し込みましょう。 お願いすれば、きっと聞いてくれます。」 「え?え?え?」 マイミは困惑するしかなかった。 言葉の意味自体は理解できるのだが、アイリがこんな提案を自信満々に言い放つ理由が分からないのだ。 ベリーズは敵なはず。そんな敵がこちらの有利な案を聞き入れてくれるのだろうか? マイミの頭の整理がつくより先に、アイリがモモコにお願いをし始める。 「モモコー。今日は私たちの負けです。 でもやっぱり諦めきれないので、いつか再戦しませんかー?」 「しょうがないなー。いーよー。」 「????????」 マイミの頭上にはクエスチョンマークが大挙して押し寄せていた。 何故アイリはこんな提案を出来たのか? 何故モモコはそれを簡単に承認しているのか? 全くもって分からない。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ベリーズにはアイリの声に耳を傾けるメリットは無いように思えた。 全てを無視してこのまま船を進めたとしても、何もおかしくは無いはずだ。 だと言うのに、モモコはリターンマッチの依頼を受け入れている。 ミヤビやクマイチャンも頷いていることから、モモコが独断で決めたというワケでも無いらしい。 こんなうまい話があるのだろうか? 甘い罠に気をつけるべきでは無いのか? いつもは同僚に簡単に騙されるマイミも、今回ばかりは疑いにかかった。 「ひょっとして、私たちを油断させている間に王やサユに危害を加えるつもりじゃないか……?」 「それはないよ!」 「!?」 突然クマイチャンが大声を出して否定したので、マイミは驚いた。 そしてその驚きが止まぬうちにミヤビが言葉を続けていく。 「今すぐ2人をどうこうするってことは無いよ。約束していい。 だって、そんなことをしたら私たちの目的が果たせなくなるからね…… 少なくとも、リターンマッチが終わるまでは丁重におもてなすつもりだよ。」 「!!!……ではそのリターンマッチは、いつ行われるんだ!!!」 今のマイミは非常に興奮していた。 考えがまとまらぬうちに次々と新情報が降ってくるので、相当混乱しているのだろう。 そんなマイミとは対照的に冷静なモモコが、海面に浮かぶチサキを糸で作った網で救助しながら返答する。 「こっちも準備があるからすぐにいつとは言えないけど…… 場所と日時が決まったら必ずこの子たちを寄越すから、今度は虐めないであげてね。」 この子たち、とはモモコの部下であるカントリーの面々のことだ。 連絡役として有効活用するつもりなのだろう。 しかし再戦が決定したとは言え、いつどこでやるかも未定。 その上、伝達はベリーズの配下によって行なわれるというのは怪しいどころの話ではないが、 マーサー王の命が助かるかもしれないという希望の言葉を、マイミは信じたいと思ってしまった。 「本当に……無事でいてくれるのか……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 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