ベリーズの船が見えなくなってから四、五時間後。一同は宿の大部屋を借りて、そこに集まっていた。 橋の上の戦いで気を失った戦士たちも、ボチボチと目を覚まし始めている。 ミヤビに斬られたナカサキを除けば、負傷者は殆ど居ないというのは幸いであったが、 部屋の中のムードはひどく暗かった。 いくらマーサー王とサユの無事が保証されたとは言え、やはり敗北は悔しいのだ。 その中でも特に落ち込んでいるのはカナナンだった。彼女は色々と抱え込みがちな性格なのである。 「挟み討ちも、橋からの攻撃も、カナの考えた作戦はみーんな失敗しちゃいました…… ごめんなさい、本当にごめんなさい……」 頼んでもないのに土下座までするものだから、みんな困り果ててしまう。 誰もが声をかけにくいと思っている中、オカールがカナナンの肩をポンと叩きだす。 「確かに負けちゃったけどさ、あの作戦は結構面白かったぜ?アチコチ飛び回ってよぉ。 モモコの奴が焦るのは久々に見たし、それにシミハムなんかはほぼ倒したようなもんじゃん! あともう一歩だったと思うけどなー。」 「じゃあなんで負けたんですか!やっぱり作戦の詰めが甘いから……」 「なんでかって、そりゃやっぱりミヤビちゃんが強いから…… おっと、ミヤビの奴が意地を見せたからじゃないかな。」 オカールの言う通り、ミヤビが殺人オーラを出した時点で若手戦士は無力化されていた。 何故その殺気を最初から放たなかったのかは分からないが、 それに対抗出来ない限りは結局キュート頼りになってしまうのである。 では帝国剣士、番長、KASTは居るだけ無意味か? 少なくとも、連合軍のリーダーであるマイミはそう思っていない。 「殺気を出すのはな、実は結構疲れるんだ。」 「えっ?……」 「だってそのためには敵を殺す思いで臨まなくてはならないだろう? そんなのは疲れる。出来ればずっと笑っていたい。 そして、そう思っているのはベリーズも同じはずなんだ。」 「!」 つい昨日までは、ベリーズ戦士団は極悪非道な性格に変貌してしまったと思っていた。 だが橋の上の戦いを経ることで、そうでないことを知ることが出来た。 「ベリーズだって、今のキュートのようにリラックスする時間帯があるだろう。 そこを上手く利用して、若手のみんなが活躍できるような作戦を練ることが出来るのは、 カナナン、君だけなんだ。」 「!!」 「今はまだ上手くいかなくたって良い。 リターンマッチの時に初めて成功すればそれだけで良いんだ。 マイが居ない今、私たちの頭脳は君しかいない。やってくれるな?」 「はい!!」 カナナンの表情が明るくなるのと連動して、周囲の雰囲気も良くなっていく。 自分たちもリターンマッチまでに強くなれば、貢献できることを理解したのだろう。 だが、そのリターンマッチはいつ開催されるのだろうか? みんながそう思ったところで、何者かが部屋の扉を叩きだす。 「どうもー、カントリーのリサ・ロードリソースでーす。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 連合軍たちの集う大部屋のど真ん中にリサが居るというのは、なかなかに異様な光景だった。 リターンマッチについて連絡するためにここに来たというのだが、 オカールにはそれよりも先に聞きたいことが、一つだけあった。 「なぁ……どうしてそんなに全身ずぶ濡れなんだ?泳いできたのか?」 「泳いだっていうか、泳がされたんですよ。」 (モモコにか……) 「なんでも次の戦いのアイデアを船での移動中に思いついちゃったみたいで…… チサキちゃん程じゃないけど私も泳ぎには自信がある方ですから、伝言係を頼まれたんです。 『今すぐ行きなさーい』って言われた時は『嘘でしょー!?』って思いましたけどね……」 「そのチサキちゃんって子に泳がせればいいのにな。意味わからん。」 (さっきアンタが蹴ったんだよ!気絶するほどにね!) とりあえずリサがここまで来た経緯は判明した。 次に気になるのはやはりリターンマッチの日時と場所だろう。 リサ・ロードリソースはその件について、出し惜しみなく伝えていく。 「開催日はあさっての正午。場所はプリンスホテルです。」 「「「プリンスホテル!?」」」 日時が思ったより近かったことにも驚いたが、 それよりもホテルという意外すぎる施設が会場であることに一同は驚愕した。 そんな所で戦えるのか、一般人たちに迷惑はかからないのか等、様々な質問を投げかけたが、 リサは「行けば分かります。」の一点張りだ。 橋の上に続いて、またしても怪しすぎる開催地ではあるが、決まった以上は向かうしかない。 ところが、戦士の中にはそもそもその場所をイメージ出来ていない者も何人か存在していた。 「ねぇリナプー、プリンスホテルってどこにあるの?」 「アユミン知らないの?……あっ、そうか田舎の生まれ……」 「田舎じゃない!ただこの辺の地理に詳しくないだけ!」 「うーん、プリンスホテルはシバっていう公園の近くにあって、ここからそんなに遠くないんだけど 湾岸線を回るよりは湾を船で突っ切った方が楽なんだよねー。 あー、船乗りたーい。アイリ様、船用意してくださいよー。」 「えっ?船?……急に言われても困っちゃいますね……どうしようかしら……」 キュートのアイリを顎で使おうとするリナプーに、連合軍だけでなくリサ・ロードリソースまでも衝撃を受けた。 ひょっとしたらこのリナプー・コワオールドこそが一番の大物なのかもしれない。 はじめは困った顔をしていたアイリだったが、 何かを閃いたのか、途端に真面目な表情に変わっていく。 「いや、よくよく考えてみれば有りますね。心当たり。」 「え!本当ですか?」 「この辺りに常駐して警備任務にあたっているマーサー王国兵に頼めば、船の一つや二つは用意してくれるかもしれません。 もしも船に乗れるなら、次の戦いに備えてゆっくり休むことが出来ますね。」 プリンスホテルは比較的近い距離とはいえ、馬を足にして移動するとなるとやはり疲れてしまう。 目的地に時間通り到着したとしても、戦うにはスタミナ面で不利になるだろう。 だが、船を使えば「眩しすぎるalong the coast」や「海岸線、縁取るように続くこの道」を走る必要が無くなる。 つまりリナプーの案は楽をしたいように見えて、後のリターンマッチのことも考慮していた(かもしれない)案だったというワケだ。 話の流れを理解したマイミは、リーダーらしく流れをまとめていく。 「となると明日の夕方ごろまでは休養できそうだな。 アリアケに2日滞在し、その翌日のプリンスホテルでリターンマッチ…… それがベリーズとの最終決戦、ということか。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「それじゃあ、確かに伝えたので私は帰りますね。」 「待ってくれ!!」 帰宅準備を始めるリサ・ロードリソースをマイミが引き止めた。 彼女にはどうしても確かめておきたい事が有るのだ。 「マーサー王とサユが無事だと言うのは、事実なのか?……」 「事実です。 お世話係りである私が言うんだから間違いありません。」 「そうか、君が2人の世話を……」 「ただ、なんらかの理由で私が無事に帰れないとしたら……その時は保証出来なくなっちゃいますけどね。」 「……なるほど、分かった。無事に帰すよ。」 「では、失礼します。」 元より連合軍はリサを人質にとるつもりは無かった。 そうして得られる利益よりも、ベリーズを刺激して被る不利益の方が大きいと考えていたのだ。 こうして伝言係り兼お世話係りであるリサを解放した数時間後、 今度はアイリがとある少女を連れてくる。 童顔ではあるが身長が高く、脚もモデルのように長いこの少女は、 アリアケ周辺に駐在するマーサー王国兵の責任者だと言う。 「この子こう見えて凄いらしいんですよ~、ほら、挨拶して。」 「はい!分かったであります! 私は"タイサ"と言うのであります!!」 「えっ?大佐?あなた、そんなに偉かったの?」 「大佐というか、タイサであります。」 「???」 口調はやけに丁寧だし、常に敬礼を忘れない姿勢も立派だが、 なんだか変な子が現れたなぁと言うのが一同の感想だった。 (自分たちを棚に置いて)こんな少女に責任者が務まるのかとも思っている。 ところが連合軍の中でただ1人、オダ・プロジドリだけは驚いたような顔をしていた。 「えっ?ど、ど、どうして?あなたはアヤ……」 「おっと、静かにするであります。」 タイサは鼻先に指を当てながら、オダに軽く微笑んだ。 理由は分からないが、素性をバラされたくないということを悟ったオダは素直に口を閉ざしていく。 (分かった。ここでは聞かない。でも後でちゃんと教えてね。 今は何をしているのか、そして、2人は無事なのかを……) 皆が静かになったところで、タイサはマーサー王国所有の船を連合軍に貸し出す旨を説明した。 決して大きい船ではないが、この場にいる全員が乗り込むには十分であるとのことだ。 他にも説明することは山ほどあったようだが、 タイサは急にそれを中断し、近くにいたトモ・フェアリークォーツをビシッと指差す。 「おい、お前生意気だな。」 「???……え?私に言ってる?」 「上官の説明を足組みながら聞くとは何事だ。」 「えーっと、上官って、君のこと?」 「口も悪いようだ。上官に対して敬語も使えないのか。」 「はぁ……こいつ、やっちゃっていい?」 トモがキレているのを感じた一同は焦りだした。 ここで喧嘩でも始められたら非常に厄介だからだ。 マイミとアイリも止めようとするが、それをオカールが更に制止する。 なんでも「面白いからギリギリまで見てようぜ」とのことらしい。 「大体さ、私は果実の国の出身なんだからマーサー王国のアンタを上官と思う気は無いんだけど? いや、キュート様は尊敬できるけどさ。」 「国は関係無いであります。人間としての位を言っている。」 「なんでいかにも弱そうなアンタにそんなことを言われなきゃならないの?」 「じゃあ戦ってみるでありますか?」 「望むところだよ!何して戦う!?」 白熱してきた丁度その時、2人のお腹がキュルキュルと鳴り始める。 互いに長い間ご飯を食べていなかったので、お腹が空いているのだ。 そこで、2人は戦う種目を同時に思いつく。 「ちょっと表に出ろよ……良いとこ行こうぜ……」 「ふっ、この辺の店ならタイサの方が詳しいであります。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ トモとタイサは「Zwei」という名のラーメン屋に辿り着いた。 どこかの外国の言葉で「ニ」を意味する名を持つこの店は、数多の美食家を満足させたとして知られている。 「早食い勝負……ラーメンを先に飲み干した方が勝者ってワケだな。」 「そうであります。」 「逃げ出すなら今だぜ?さっきからブルブル震えてるじゃん。」 「これは武者震い。神の味を前にして興奮してるのであります。」 「ふん、言うだけあって舌は肥えてるようだね。」 2人がテーブル席空いててもカウンター席に座るのを、一同は窓の外から覗いていた。 特に大食いを自負しているカノンやハルは、この勝負を見届けることが出来るというだけでワクワクしている。 「このお店のラーメンはただ美味しいだけじゃない。だからこそ勝負の題材として相応しいんだろうね。」 「くそー!ハルも溺れたばかりじゃ無かったらありつきたかったぜ!悔しい!」 「あ、ハル!あれを見て!!」 「え!?」 タイサとトモの隣の席に、カリンがチョコンと座った事実にカノンとハルは驚いた。 この勝負は遊びではない。 中途半端な気持ちで席に着いたとなれば大変なことが起きてしまう。 「カリンさん……じゃなかった、そこの君も食べるでありますか?」 「うん!実は私もお腹すいちゃってて~」 「やめとけカリン。悪いことは言わないから店を出た方がいいよ。」 「何よトモったら!私だってたまにはたくさん食べるのよ? 店長さーん、ラーメン大盛りをお願いしまーす!」 「「!?」」 カリンの注文にタイサ、トモ、カリン、ハルは天地がひっくり返るほどに驚いた。 これから起こる悲劇を思うと涙が出そうになってくる。 「カリン……私はこいつと決着をつけなくてはならないんだ。 だから、悪いけど助けることはできない……」 「何言ってるの?……トモとタイサさんも早く注文した方がいいんじゃない?」 「ラーメン、"小"で。」 「こっちも同じものを頼むであります。」 「えーー!?小盛りー!?」 いかにも食べそうな雰囲気の2人が"小"を注文したのでカリンは拍子抜けしてしまった。 ちょっとだけダラシないなと思っていた矢先に、 女性店主がカリンの前に「ラーメン大盛り」をドカンと置き始める。 「おまち!」 「え……?」 とてつもなく大きな器の上に、モヤシが天井近くまで盛り上がっている「ラーメン大盛り」を見て、 カリンは言葉をなくしてしまった。 ラーメンだというのに麺が全く見えないくらいにモヤシが敷き詰められている。 それになんだか全体的にひどく油っぽい。 その匂いを嗅ぐだけでカリンは失神しそうになってくる。 「やっぱり大盛りはヤバイっすね……カノンさん行けます?あれ。」 「さすがの私でも無理かな……よほどラーメン好きじゃないと小盛りを平らげるのも難しいと思う。」 カノンがそう言った丁度その時、タイサとトモの前にもラーメンがドンと置かれる。 大盛りよりは少な目だが、それでも大の大人が食すには厳しい量だ。 少なくとも、タイサやトモのような線の細い女子が食べるようなものではない。 「さぁ、勝負が始まるな。」 「分かってるでありますな?お前が負けたら問答無用で敬語を徹底するであります。」 「そっちこそ、私が勝ったら"お前"って呼ぶのを辞めろ。 私にはトモ・フェアリークォーツっていう名前が有るんだ。」 「約束するであります。まぁ、どうせ勝者はもう分かりきってるけど……で、あります。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「始め!」 いつの間にか審判を務めることとなったアイリの合図で、トモとタイサは勝負を開始する。 「Zwei」をよく知る二人が真っ先にとった行動は、器の底に沈む麺と、山のようなモヤシの位置を入れ替えることだった。 これは「天地返し」と呼ばれる技。 麺から先に手をつけることで、時間経過によって伸びてしまうのを防いでいるのである。 技の発動後、勢いよく麺をすするトモを見てカリンは目を丸くする。 「本当に凄い!食べ方がプロ!!私が半熟玉子を食べてる間に食べ終わっちゃいそう!」 自分はトモやタイサのように速く食べられないことは自覚している。 だが、このまま残してしまうのは良くない。 そのためカリンは「チクタク動く高速移動」と「興奮状態による無痛化」を利用して、 サイボーグになることで大盛りラーメンに挑もうとした。 「よしっ!頑張るぞ…………やっぱり無理!!」 そもそもお腹の容量が少ないカリンはあっという間に音をあげてしまった。 いくら高速で動こうとも、いくらお腹の痛みを消そうとも、 食べられないものは食べられないのである。 やはり一部のプロしか太刀打ちできないのではないかと思ったが、 よく見てみるとトモも苦しい表情をしていた。 麺を半分たいらげたところで満腹感を覚えはじめたのである。 「どうしたでありますか?箸が止まってるでありますよ。」 「チッ……奥の手だ、これを使う!」 「なんでありますか!?その液体は!」 トモは小瓶に入った「赤い液体」をポケットから取り出した。 モーニング帝国での選挙戦で使った「リンゴジュース」のように見えるが、それは違う。 今のトモはもうジュースには頼らないと決めているのだ。 ではこの液体は何なのか? トモは小瓶の中身をラーメンにブチまけながら答え合わせをしていく。 「ラー油だよ!それも激辛のね!!」 「なにぃ~!?まさか、味を変えるつもりでありますか!?」 「そうさ!味を変えたら食べた物は別腹に入る!だからまだまだ食べられる!」 「な、なるほど……」 「減らすならまだしも加えているんだ。まさかルール違反とは言わないよね?」 「ラー油は調味料扱い……文句は言えないであります……」 ラー油を加えたトモは、先ほど以上のスピードで麺を口に運んでいく。 常人なら一口でギブアップするほどの辛さだが、トモにはこれが丁度いい。 「どうした?置いてくよ!」 「くっ……ならばこっちも奥の手を使うであります!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ タイサは箸を置いて、店外へと出て行ってしまった。 まだ完食していないのに席を離れたものだから一同は驚く。 普通に考えれば「試合放棄」とみなされ、トモの不戦勝となるのだが、 当のトモ・フェアリークォーツの方がそれを認めなかった。 「この状況で逃げ出すような女じゃないでしょ。 一緒に戦ってきた私が、一番よく分かっている。」 トモの言う通り、タイサの闘志は衰えていなかった。 では何故に店の外へと出たのか? それは事前に設置しておいた鉄棒で逆上がりをするためだったのだ。 「なにアレ!?いつの間にあんなモノが……」 「いやカノンさん、それよりも回転数の方がとんでもないですよ……!」 タイサは無言で黙々と逆上がりを繰り返し行っていた。 その回数も二回や三回では無い。 数十回もノンストップで回り続けているのである。 超こってりラーメンを食べた後に高速回転をしようものなら気持ち悪くなってしまうのではないかと心配したが、 ことタイサに限っては、こっちの方が調子が良いようだ。 「よしっ!お腹すいたであります!」 「カロリー消費はバッチリってワケね……」 逆上がりが行われている間も、トモは休まずに麺をすすり続けていた。 タイサのことだから、回転中の遅れを取り戻す自信が有るのだろうと推測していてのである。 そしてその予測は見事に当たっていた。 お腹を空かせたタイサが食すスピードは、さっきまで以上に加速していてのだ。 次第にトモのアドバンテージは縮まっていき、残量50グラムといったところで追いつかれてしまった。 「くっ!逃げ切れるか!?」 「いや!ここで追い抜いてやるであります!」 どちらも苦しい時間帯だ。本来ならばラーメンが嫌いになる程の苦痛だろう。 だと言うのに、トモもタイサも、笑みを浮かべていた。 その理由を「ラーメン大好き」以外に探すのは野暮かもしれない。 朝も昼も夜も夕方もずっと思うはお前のことばかり。 四六時中頭の中はしなやかな体 SO ボディライン 適度に濡れたおまえつかんでくちびるにそっと近づける そうさトモとタイサはラーメン大好き女子戦士だ。 「トモ負けないで!」「トモ勝って!」「あとちょっとだ!」 「タイサ追い越せ!」「タイサすごいぞ!」「完食は近い!」 気づけば周囲には2人へのエールが鳴り響いていた。 トモだけでなく、ここまで健闘してきたタイサへの応援も少なくない。 いや、むしろ多いと言えるだろう。 大歓声の中で、トモとタイサは最後の一口を飲み込んでいく。 「ど……同時か……」 「もう……さすがに限界であります……」 飲み込んだタイミングで、二人は食い倒れてしまった。 椅子から転げて床に寝っ転がったのだ。 その様はまるで、少年同士が喧嘩でもした後のよう。 「……タイサさん、正直言って見くびってましたよ。考え、改め直します。」 「それはこっちもであります。 でも今は、トモと戦えて心から良かったと思っているであります。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ トモとタイサの勝負が終わって一件落着と思われたが、難題はまだ残されていた。 それはカリンの注文した大盛りラーメンをどう片付けるか、という問題だ。 サラダを食べるだけでお腹いっぱいになるようなカリンがこの量を完食するのは不可能だろう。 頼りの綱はラーメン大好きトモとタイサだが、激闘の末に食い倒れているため戦力にはならない。 「残しちゃえばいいんじゃない?」 「それはダメ!」 サユキの提案に、カリンはビクビクと怯えながら返答した。 このお店は決して食べ残しを禁止していないし、店主も大体の事情を把握しているのだが、 それでもカリンは「残す」という選択肢を取ることが出来なかった。 この席に座ることによって、"ラーメンの魔物"に取り憑かれてしまったのだ。 そんなものが存在するかどうかは定かではないが、 このまま立ち去ってしまえば周囲から「ギルティ(重罪)」と罵られてしまうような気がしてならない。 故にカリンは八方塞がりとなったのである。 この状況を救うには、仲間である連合軍が食すしかない。 では誰が食べるのか? アーリーが、サユキの肩をポンと叩いた。 「ダイエットやめろって言われたじゃん、先生に。」 「何!?先生って誰!?」 「私たち女の子は今変化している、サボったり怠けたりしている訳じゃないのに…… マユは太ってるんじゃなくて変化してるんだよ。」 「だからマユって誰!?ていうかアーリーのキャラ変わってない!? そんな演技しても私は食べないからね!!」 トモやタイサですら難色を示す強敵に立ち向かおうとする若手は存在しなかった。 カリンのことは可哀想だと思うが、どうしようもないのだ。 トモとタイサが無理して立ち上がろうとしたその時、1人の朗らかな声が聞こえてくる。 「なんだ、みんな食べないのか?じゃあ私が頂いちゃうぞ~」 声の方を向いたトモとタイサはゾッとした。 2人のラーメン戦闘力は非常に優れており、 更に他人のラーメンオーラを知覚する能力も備えているのだが、 これほどまでに強力なラーメンオーラを持つ者が身近にいることに、今まで気づいていなかったのだ。 「なんでありますか!この巨大なオーラは!!」 「オーラが大きすぎて気づかなかったんだ……私たちとはモノが違う!!」 カリンの席に座ったその人は、トモやタイサ以上のスピードで麺を啜っては、あっという間に平らげてしまった。 しかもまるで苦しい顔をしていない。終始にこやかだ。 挙げ句の果てに、サイドメニューとしてウニとエビまで頼んでいる。 こんな化け物には勝てないと、2人は心から思った。 「いや~食べた食べた。ラーメンは昔から好きだったんだ。 16歳の頃なんて、行列店をずっとずっと並んでたなぁ。」 「マイミ様……」「凄いであります……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「それでは明日の16時に、港で待っているであります。」 お腹の中のラーメンを消化して動けるようになったタイサは、連合軍にしばしの別れを告げる。 そして、誰にも後をつけられないように注意しながら帰るべき場所へと帰って行ったのだ。 タイサの帰るべき場所、それは王国の用意した宿舎などではない。 それよりももっとボロくて汚い、 少女が寝泊まりするとは思えないような小屋こそが"彼女ら"のアジトなのである。 「あ~疲れた!」 タイサは座り心地の良くなさそうなペシャンコのソファーに腰掛けた。 ガラ悪く足を組むその姿勢は、さっきまでの礼儀正しさとは正反対だ。 そんなタイサに対して、同年代と思わしき少女が声をかけてくる。 「おかえり"タイサ"、仕事は順調だった?」 「あぁ、いたの"ドグラ"。 順調に決まってるでしょ。私を誰だと思ってるの。」 「ふふ、そうだったね。」 ドグラと呼ばれた少女は、タイサらの属する組織のリーダーだ。 とは言え、そこに上下関係のようなものは存在しない。 8人は8人がみな平等なのである。 「まぁ、特別なことが無かった訳でもないけど……」 「何かあったの?教えて教えて。」 「……久々に友達に会った。 それと、久々に友達が出来た……かな。」 「タイサに友達が!?その性格で?……」 「絞めるよ。」 「ごめんごめん、ジョークだってば。」 「冗談に聞こえなかった。」 あります口調は実は演技。 (相手が格上でなければ)ぶっきらぼうに言い放つ今の姿こそ、本当のタイサなのである。 なかなかに面倒な性格なので組織のみんなもタイサのご機嫌をとりがちだが、 中には攻撃的に接する者もいた。 コードネーム"マジメ"がその良い例だ。 「"タイサ"!さっきから見てたけど問題起こしすぎだからね!? よりにもよって連合軍のメンバーに喧嘩を売るなんて…… もしも何か有ったらどうするつもりだったの!?」 「"マジメ"は五月蝿いなぁ……何か有ったらアンタが止めるでしょ。そのための二人一組なんだから。」 「真面目って言わないで!」 「はぁ?コードネームなんだからしょうがないじゃない。 じゃあノムって呼んだ方がいいの?」 「あーーーー!!本名を気軽に呼んじゃいけないって規則で決まってるんだよ!!」 「どうしろって言うの……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「けんかをやめて~二人を止めて~」 タイサとマジメの間に、大柄の女性が割って入っていった。 この女性のコードネームは"ウララ"。 DJの形をとってサヤシとアユミンに橋の情報を渡した張本人なのだ。 その両手には、魚でいっぱいのバケツが握られている。 「なにその魚?……」 「さっき大人のお姉さんに貰ったの。 大量に余ってたみたいだよ。 だから今夜の晩ごはんは魚料理にしない?」 「良いね!じゃあ早速キッチンに……」 新鮮な食材を前にして、組織内のシェフであるマジメは瞳を輝かせていた。 料理得意な彼女からしてみれば、よほど腕が鳴るのだろう。 おかげで今夜のディナーは豪勢なものになると思われたのだが、 ここでタイサが水を差してしまう。 「魚嫌い。 他のにしてくれない?」 「また偏食? 成長期の時期に好き嫌いばかりしてたら大きくなんて……」 「大きくなってるじゃん。背なんかマジメよりずっと高いよ。」 「くっ……じゃあ何が食べたいって言うの?どうせまた……」 「ラーメン」 「やっぱり!」 「あ~、魚は魚でも魚介系のラーメンなら食べたいかも。作ってよ。」 「チョット!ここにある調理器具でラーメンなんて作れると思ってるの?簡単に言わないでよ。 それにラーメンならさっき食べてたでしょ?見てたんだから。」 「マジメも見てるだけじゃなくてさ、一緒に食べれば良かったのに。」 「私はラーメンを食べる姿を見たり、すする音を聞くだけで十分なの。」 「うぇ……なにそれ気持ち悪い……」 「あんな脂っこいものを健康気にせず食べる方が気持ち悪いと思うけど!?」 「マジメは本当に美味しいラーメンを知らないんだな……可哀想に。 今度オススメのお店に連れて行ってあげるよ。そしたら考えも変わるでしょ。」 「一回くらいなら行ってあげても良いけど、絶対に好きにならないから安心して。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ドグラとマジメとウララが魚料理に舌鼓を打つ一方で、 タイサは長期保存用に乾燥させた麺にお湯を注いだものを食べていた。 とても質素で栄養が無さそうに思えるが、タイサにとってはこれが一番のご馳走なのである。 「美味しい! これで明日の任務も頑張れるわ。」 タイサは健康面や性格面に様々な問題を抱えてはいるが、任務の遂行能力においては周囲から一目置かれていた。 年端もいかない少女揃いの組織の中で、最も戦士歴が長いのがタイサと「もう一人」だということを思えば、不思議でもないだろう。 そんな彼女にとって、明日の仕事はあまりにも簡単すぎていた。 「夕方に港に向かって、手配された船を連合軍に引き渡す……って言うのがタイサの仕事だったね?」 「そうだよ、ドグラ。」 「それまではアジトで待機してるの?それともラーメン屋で食事?」 「いや、オダ・プロジドリと話そうと思う。」 「え?……」 任務外の行動を取ろうとするタイサに、3人は驚いた。 しかもその内容が帝国剣士のメンバーとの接触だと言うのだから、 マジメは放っておくことが出来なかった。 「辞めた方が良いよ。タイサの身元が割れたらロクなことにならない。」 「ちょっと話すだけだってば。 それにオダは私の正体に気づいているんだから、話さない方が不自然でしょ。」 「う~ん……オダ・プロジドリはかつての仲間だったんでしょ?」 「そう。合同若手育成プログラムの元メンバー。」 「だったら、必然的にあの2人のことも話す事になるんじゃ……」 「まぁ話すよね。無事だって教えてあげなきゃ。」 「それなら尚更許可できないよ。」 「大丈夫だよ。今の仕事のことは絶対に伏せるから。 それに、たとえ勘付かれたとしてもオダはいたずらに言いふらすような子じゃない。 だから、信じて。」 「う~ん……」 困ったマジメはドグラの方を見た。 ここはリーダーに判断してもらおうと思ったのだ。 「タイサの意思が固いのなら、もう仕方ないんじゃないかな。 でも決して私たちの目的を話しちゃダメだよ。」 「もちろん!分かってるって。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ アリアケ2日目の船出の時まで、連合軍には休養する暇が出来たのだが 全員が全員じっとしていられるはずも無かった。 中には己の精神と肉体を鍛えるために特訓する者がいた。 「ねぇメイ、私も滝行に付き合ってもいい?……」 「カリン!あなたも修行に興味があるのね!」 「うん……海に落とされた時に何もできなかったから、自分を鍛えなおさなきゃと思って。」 「素敵!そんなカリンのために飛びっきりの滝を案内してあげる!」 中には秘密裏に習得していた必殺技の精度をあげようとする者もいた。 「サヤシさん凄い!……今の技、なんにも見えへんかった。 しかも凄い威力。まるで草木も残らないような……」 「ふふふ。でもアーリーちゃんも有るんじゃろ?必殺技。」 「はい!でも相当気合が入ってないと出せないんです! だからこのサイダーで洗顔してウチはやんねん!」 「だめぇぇぇ!!!もったいない!!!!」 中には新たな必殺技を開花させようと励む者もいた。 「ハル!……必殺技の出し方、教えてよ……」 「へぇ、サユキがハルに頼み事なんて珍しいじゃん。」 「そりゃ私だってみんなに貢献したいもん……そのためには背に腹は変えられない。」 「そこまで言われたら仕方ないな……あれ!?ちょっと待って!! あそこで倒れてるのはマーチャンじゃないか!?」 「全身ボロボロ……どうしたんだろう?」 「おいマーチャン返事しろよ!!誰にやられたって言うんだ!? 服がアチコチ焦げてるじゃないか……これじゃあまるで……」 「えへへ……やっぱり勝てなかった……でも、"覚えた"よ。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 中には次の戦いのために武具を整えようとする者もいた。 「アユミン、マーチャンがどこにおるのか知らん? 刀を研いで欲しいっちゃけど……」 「それが見つからないんですよね。私も太刀を見て欲しいのに…… カノンさんはマーチャンを見かけたりしてます?」 「ううん、私も見てない。 明日までに作って欲しいモノが有るんだけどね……」 「カノンちゃん、新しい武器でも使うん?」 「うーん、武器っていうか……鎧。」 「「鎧?」」 中にはベリーズとの戦いに備えて、新たな対策を練る者もいた。 「カナの考えた作戦をオカール様に聞いて欲しいんです!そして判定してください!」 「聞く人を間違えてね? そういうのは団長とか、頭の良いアイリとかに……」 「いえ!オカール様のお墨付きが貰えたら安心出来るんです!」 「ふぅん、まぁ言ってみな。」 「はい、次のベリーズとの戦いですが……"シミハムを倒さない"というのはいかがでしょうか?」 「へぇ……詳しく聞かせろよ。」 中には本来の趣旨通り、休養をとる者もいた。 「アイリ様、次はあそこのお店に入りましょう。」 「まさかトモからデートに誘われるなんて! 後輩と遊ぶ機会なんて滅多に無いからソワソワしちゃう……」 「そうですか……」 「あら?ひょっとして楽しく無い?」 「そ、そ、そんなことないです!とても楽しいですよ!」 「その割には元気が無いですね。 どうかしたんですか?」 「……実は、アイリ様に相談に乗ってもらいたくてお誘いしたんです。」 「ふんふん。」 「以前までの私は自分のことを強者だと思ってました。少なくとも国内では一番強いと…… でも、最近は格下だと思っていたカリンやアーリーにも抜かされたような気がしてならないんです! こんな不甲斐ない私がKASTのリーダーを務めて良いんでしょうか……」 「うーん、難しい話ですね~」 「すみません、デート中にこんな話なんかして……」 「とりあえず立ち話もなんですし、お菓子でも食べながら話しましょう。 ほら、あの子たちみたいに。」 「あ!リナプーとリカコ!」 「うわ!リナプーさんイチゴ8個もとってる!(>_<)」 「イチゴは渡さん!!たとえ後輩でもだ!!」 「リナプーってあんなキャラだったっけ……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ オダ・プロジドリは船出の十数分前には約束の場所に着いていた。 かつての戦友であるタイサと話をするにはこのタイミングしか無いと考えたのだ。 「おっ!来たでありますな。」 「"アヤノ"。今はその変な喋り方をしなくて良いと思うよ。」 「……そうね、素のままで行かせてもらうわ。」 "アヤノ"というのはタイサの本名だ。 なぜ偽名を使っているのか? なぜ口調まで変えているのか? 気にならなくもないが、それはオダにとっては些細なこと。 真に聞きたいことを、今ここで突きつける。 「今まで何をしていたの?……本当に心配したんだから……」 オダは合同若手育成プログラムでチームを組んだ3人と文通をしていた。 あまり筆マメでは無いメンバーもいたが、それでも定期的に届く手紙を見ては楽しんでいたのである。 自分がモーニング帝国剣士になった時も手紙を送ったし、 それに対するお祝いの言葉も受け取っていた。 ところが、ある時期を境に3人からの返事が一気に途絶えてしまったのだ。 一ヶ月や二ヶ月ならそういうこともあるかもしれないが、 それが1年も続いたのだから心配しない訳がない。 だからこそオダはアヤノに問いかけたのである。 しかし、アヤノは快い返事をしなかった。 「ごめん、言えないんだ。」 「どうして!?」 「連絡しなかったのは悪いと思ってるよ……でも、今はそれすらも出来ないの。」 「どういうこと……?」 「でも安心して!タグもレナコもちゃんと生きてるから! 今ごろ2人でくだらない喧嘩でもしているはずだよ。 ほら、私たちがチームになったプログラムの時みたいにさ。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 数年前に開催された合同若手育成プログラムには様々なチームが参加していたが、 中でもフク、タケ、カリンを有する「ゴールデンチャイルズ」や、 リナプー、サユキ、ハルの属していた「73組」の強さは別格だったと言う。 上に挙げたメンバーの現在を思えば、当時の活躍ぶりは想像に難くないだろう。 一方で、戦士になりたてだったアヤノ、タグ、レナコ、そしてオダ達は訓練についていくだけで精一杯だった。 目立った成績を見せられなかったため、チーム名の「大佐中佐少佐先生」を覚えている者はもはや存在しないかもしれない。 「カリンさんが私に反応してなかったからさ、やっぱり忘れてるんだなーって思ったよ。」 「う、うん……」 「でも私たちは覚えている。 オダが覚えてくれて、嬉しかったよ。」 こうしてアヤノがオダに向けてくれた笑顔はとても無邪気なものだった。 名を騙っていた理由も、連合軍を騙したいとか、そう言った類のモノでは無いのは明らかだ。 敵ではないことが分かっているからこそ、オダはアヤノの違和感ある行動の意味が知りたくなってくる。 「ねぇ……マーサー王国の兵士をやっているって話は本当なの? それは……嘘じゃない?」 「何て言えば良いのかな……半分本当で、半分ウソ。」 「えっ?どういうこと?」 「ごめん、そこから先は言えないの。」 まただ。アヤノは核心に迫ろうとすると口を閉ざしてしまう。 忠誠を誓った人物に口止めをされているのか、 あるいは何処かから監視されているのかもしれない。 それでも、オダは情報収集を諦めることは出来なかった。 時間が許す限り質問を投げかけていく。 「船はマーサー王国のもの?」 「うん。正真正銘マーサー王国の所有物。整備もバッチリだよ。」 「アヤノの一言ですぐに船を用意できたみたいだけど、アヤノは偉い人?」 「……言えない。」 「アイリ様に連れてこられてたよね、元々面識はあったの?」 「それも、言えない。」 「……話変えよっか。 タグとレナコとはいつも一緒にいるの?」 「うん!今はちょっと遠いところにいるけど、基本的にはいつも一緒に行動してるよ。」 「私もみんなと一緒に過ごしたかったなぁ……どうして、誘ってくれなかったの?」 「だってオダは違うから……」 「違う?……私、みんなと何か違った?」 「あ、いや、そのね、オダはモーニング帝国剣士になったからさ! 私達みたいなポンコツとは違うな~って思って!それだけ!あははは……」 アヤノの回答は特におかしなものではないように見えた。 ところが、アヤノの性格を知っているオダは違和感を覚えているようだ。 (アヤノって自分のことをポンコツ呼ばわりするような自虐的な子だったっけ?…… やっぱり、何か隠しているような気がする。) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「あれ?オダにしては早いじゃん。」 アユミンの声が聞こえたのでオダはビクッとする。 気づけば周囲には連合軍の面々がポツポツと集まり始めていた。 それはつまり、船出の時間が来てしまったことを意味する。 アヤノに質問したいことはまだたくさん残っているというのに、ここでお別れしなくてはならないのだ。 「大佐さん……またね。」 「近い日に再開できることを願っているであります。」 名残惜しく思うオダだったが、アヤノの可愛らしい敬礼を見てクスッと吹き出してしまった。 これが永遠の別れでは無いのかもしれないと考えながら、 整備の行き届いた船へと乗り込んでいく。 (オダ……全てが解決したらまた遊ぼうね。 モーニング帝国で任務中のタグとレナコも呼んでさ。) 場所は代わり、モーニング城の城門前。 そこでは大きな荷物を背負った少女と、大人びた黒髪の女性が話をしていた。 どうやら何らかのトラブルが発生しているようだ。 「あれれ~!?てがたがどこかいっちゃった!」 「えーーーーー!?どうするのレナコ!それが無いとお城に入れないんだよー!!」 「ちょっとタグ!レナコじゃなくて"クール"ってよんで!ぷんぷん!」 「あっごめん……ってレナコだってタグって言ってるじゃん!あたしは"リュック"だよ!」 「あああああああっ!!!」 「今のアヤパンに言いつけちゃうもんね~」 「すみません……」 「謝ってももう遅いからね。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ホテルを目指して直進するベリーズ船は、進行速度を通常より落としていた。 連絡係りのリサ・ロードリソースが追い着くために、速度調整をする必要があったのだ。 いつ何処からやって来るのか分からないリサをいち早く見つける目的で、 カントリーのマナカ、チサキ、マイは甲板から周囲を見渡している。 「わっ!なんだろう?あの船……」 こちらに向かって一直線にやって来る船が見えたので、チサキは驚いた。 ベリーズ船のような大型船にも臆することなくUpComing(接近)するその船は、とても異様に思える。 ひょっとしたら海賊が乗っていて、戦闘を仕掛けてくるかもしれない。 あるいは命知らずが船ごと衝突してくるかもしれない。 どちらにしても最悪な未来。 ゆえにチサキは迎撃の体制をとらざるをえなかった。 「お魚さんたち!力を貸して!!」 魚を自在に操るのがチサキの能力だというのは、橋の上の戦いで見せた通りだ。 だが、その真骨頂は今のような海のど真ん中にいる時に発揮される。 この海域に生息する魚類は小魚などではなく、 カジキマグロのような2mを超える大物ばかりなのである。 それも、大量に。 「いけー!!あの船を落としちゃえ!!」 数十ものマグロの大群に突撃されたらどんな大型船だろうとひとたまりもないはず。 あちこちを破壊されて、そのまま沈没するのがオチだろう。 ところが、奇妙な船の乗組員はまるで恐れるような素振りを見せなかった。 それどころか、興奮しているように見える。 「ありゃ~交戦する気は無かったんだけどなぁ。 でも、相手が魚とあっちゃ……たぎっちゃうよね……」 その乗組員は釣り竿を取り出し、マグロ軍団の方に向かって針を投げつけた。 この行為は誰がどう見ても「釣り」にしか思えない。 そして、その認識には少しの狂いも無かった。 彼女は全てのマグロを釣るつもりなのだ。 「おりゃおりゃおりゃおりゃーーーー!!!」 チサキ、マナカ、マイは信じられないと言った顔でその光景を見ていた。 マグロは一本釣りするだけでも非常に難度が高いというのに、 その釣りバカは超高速で全ての魚を連続して釣り上げてしまったのである。 船に乗り切らないと判断したマグロをキャッチアンドリリースする余裕まである程だ。 一仕事終えた後の釣りバカ、その名もオカマリはとても満足そうな顔をしていた。 「はぁ~気持ち良かった~。 次はサメとか呼んでほしいな~。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ カントリーの3人に緊張が走った。 仮にもチサキはハルやカリンを溺れさせた実績のある戦士だ。 それがこうも容易く無力化されたので、脅威に感じているのだろう。 では今すぐ船内にいるベリーズ達を呼びに行くべきだろうか? 選択肢としてはそれも良いが、少なくともマナカとマイはそう思っていないようだった。 「ここは私たちだけでなんとかしなきゃならないんだ……名誉挽回のチャンスだからね……」 「うん!そうしよう!」 番長・KAST戦での疲労が完全に癒えた訳ではないが、やらねばならない。 彼女らにとってベリーズの期待に応えられなかったことの方がずっと辛いのだ。 「空から行くよ!その釣り針の届かないところから攻撃してあげる!!」 マナカは全身に白ハト集団「Peaceful」を纏って空へと飛び上がった。 不可侵の空中はまさに彼女の独壇場。 リカコのような天敵がいない限りは圧倒的な強さを見せつけることが可能だ。 「うわっ……空からって、そんなのアリ?……」 「オカマリ、ここは任せて……すぐに散らしてあげるから。」 「おっ、ウオズミちゃん気合い入ってる~」 「私の"宝物"、魅せてあげなきゃね。」 これからマナカが仕掛けようとしたところで、敵船から耐え難いレベルの爆音が発生した。 どこから鳴っているのかはすぐに分かる。 ウオズミとかいう女性が構えているギターがこの音を発しているのだ。 ギターと言えばアンジュ王国のエンタメを取り仕切るムロタンも好んで弾くと聞くが、 ウオズミの演奏技術はムロタンのそれとはモノが違っていた。 ウオズミのギターが産みだす音圧は周囲の空気、水、そして人の心を震撼させる。 この場を支配する爆音を当てられたため、鳥たちは恐れて逃げてしまった。 こうなったらマナカは天まで登ることが出来ない。 「な……なんなのいったい……そのギターが武器だっていうの?……」 「いや~、いつもは味方を鼓舞するために弾いてるんだけどね。 ま、動物相手ならこういう使い方も有るってことで。」 ギター使いウオズミは、自分だけでなくカントリー全員の天敵であることをマナカは理解した。 あんなに大きな音を出されたら鳥だけでなく、カエルや魚だって逃亡するだろう。 動物が居なければ並程度の実力しか持たないカントリーにとって、彼女はこれ以上無い強敵だ。 ……いや、対抗可能な戦士が1人だけ残されている。 「マイがやる!!」 動物ではなく自分自身を操る哺乳類使いであるマイならば、音にも恐れず戦うことが出来る。 ウサギの跳躍力で敵船に乗り込んで、殴り飛ばしてしまえば勝利なのである。 釣り人もギタリストもガチンコ勝負の白兵戦は苦手に見えるので、マイの有利に思えた。 ところが、その希望もすぐに潰えてしまう。 「その2人に手ぇ出さないでもらえますかね…… さもないと、漆黒の闇から出でし紅蓮の焔によってその身を焼き尽くされちゃいますよ……」 「!?」 黒いローブを纏った大柄の女性が登場したかと思えば、マイの身体が突然発火する。 いや、発火したのはマイだけではない。 距離的に離れているはずのマナカとチサキまで燃え始めたのだ。 「うわあああ!!あ、熱い!!なんで燃えてるの!?」 「落ち着いてマイちゃん!確かに熱いけど本当に燃えてる訳じゃないよ!! これは……信じられないけど……その人が発しているオーラだよ……」 「え?……それって……」 マナカの助言を聞いたマイは余計に混乱してしまった。 確かにこの炎は実体がない。 その正体はリアルに熱を感じるほど強大な威圧感だ。 だが、これほどのオーラはベリーズやキュート級の英雄でなければ扱えないはず。 ということは、この中二病の女性はそれらに匹敵する実力を持つということになる。 「フッ……これが"ミヤ・ザ・ワールド"」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ "熱"に関連した殺気を出す者ならばベリーズにも存在している。 DIYの申し子であるチナミが放つのは「太陽」のオーラ。 明るさの度を超えた太陽光線は周囲の全てを真っ黒コゲにする……というのはマナカ達も知っていた。 ところが、このマリンとやらが起こした熱はそれとは種類が違うようだった。 (熱すぎる……まるで身体の中を燃やされてるみたい……) 外から熱するチナミとは違って、この炎は内部を容赦なく燃やし尽くそうとしている。 つまりはレアやミディアムではなくウェルダン。 カントリー達は鉄板の上で焼かれる肉になったような思いを強いられていた。 このまま圧倒されたまま終わってしまうかと思ったところで、 マリンの頭をポンと叩く者が現れる。 「あ、痛……」 「こらマリン!オーラの横取りしない!」 「はい……すいません……」 派手な髪色と化粧をしたその木刀使いは、これまで登場してきた釣り人、ギタリスト、中二病と比べるとかなり小柄だ。 だが、只者ではないことは肌で感じることが出来た。 そもそも火炎のオーラを発したのがマリンだという認識が誤りだったのである。 値する人は、レイニャだけ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ レイニャ本人が登場したことで、マナカ、チサキ、マイの3名は完全にビビりあがってしまった。 カントリーの3人だって食卓の騎士モモコに鍛えられた戦士ではあるが、 このレイニャを前にすれば誰もがイクジナシになるのだ。 追い返さねばならない立場だというのに、恐怖で少しも動けない。 「そこ通してもらっていい?用があるっちゃけど。」 レイニャは手にもった木刀で船内へと続く扉を示した。 その中にはベリーズやマーサー王、そしてサユが体を休めているため絶対に通す事など出来ないのだが 敵の側を向くだけで全身が灼熱に焼かれる思いなので、どうすることも出来ない。 そのように困窮していた時、逆に扉の方から誰かが出てきた。 船外の異変に気付いたミヤビとモモコが駆けつけてくれたのだ。 これには泣きそうになっていたチサキも一安心。 「た、助けてください!私たちじゃその人を止められないんです!」 謎の人物レイニャの威圧感が食卓の騎士と同等であることは疑いようがない。 それはチサキだけでなく、他のカントリーのメンバーだって認めている。 だが、こちらにはその食卓の騎士が2人もついているのだ。 相手側には釣り人・オカマリ、ギタリスト・ウオズミ、中二病・マリンも居るには居るが 正直言って3人合わせたところでベリーズ単体の1/10の実力にも満たない。 ゆえに難なく敵船を追っ払うことが出来るはずだった。 ……のだが、ミヤビとモモコは信じられないような行動を取り始めていく。 「なんだレイニャか、久しぶりだね。」 「お~ミヤビとモモコやん!てことはやっぱり、その中におるんやね。」 「せっかくだからちょっと顔見せてく?」 「行く行く~」 その行為とは素通し。 なんとミヤビとモモコは少しも交戦することなくレイニャを船内に入れてしまったのだ。 カントリーの3人が呆けていたところで、敵船(だと思っていた船)から知った顔が登場する。 その人物とは同じくカントリーの一員であるリサ・ロードリソースだった。 とてもバツの悪そうな顔をしている。 「リサちゃん!」「なんでその船に乗ってるの!?」 「えっとね、なんて言えばいいのかな……その人たちはね、敵じゃないんだよ。」 リサはレイニャ達が自分をこのベリーズ船まで連れて行ってくれたこと、 オカマリ、ウオズミ、マリンの3人は見た目と違って全然怖い人では無いこと、 そして、レイニャと食卓の騎士は昔なじみであることを説明した。 「ちょっと待ってリサちゃん!ベリーズ様と知り合いで、しかもあれほどのオーラってことは……」 「マナカちゃんの想像通りだよ。レイニャ様は元モーニング帝国剣士。それもプラチナ剣士と呼ばれた時代のお方なの。 つまりは……サユ様にとってはこれ以上無いほどの友(とも)ってこと。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ モモコの案内で、レイニャはとある場所に招き入れられた。 ここはベリーズ船の中でも一位二位を争うほどに重要な空間。 カントリーの若手たちが外敵の侵入をなんとしてでも阻止したかった部屋なのだ。 「レイニャ?……」 「お、サユ。」 ここはサユの部屋。 捕虜を閉じ込めておくには少しばかり、いや、かなり豪華な造りになっている。 レイニャに気づいたサユは上体を起こして、いかにもわざとらしい声色でこう言うのだった。 「助けてレイニャ~! 私ね、囚われの姫君になっちゃったの~」 「はいはい。」 「ちょっと、その反応はなんなの?」 「だってそのノリに付き合うのは疲れようやん。」 何年かぶりの再会だと言うのに、二人の間に感動のようなものは無かった。 まるで昨日も顔を合わせたかのような対応だ。 それに、レイニャは同期のサユを全く心配していないように見える。 「ちょっとは可哀想と思わないの? 普通は私をここから救い出そうとするもんじゃない?」 「ハハッ、その必要は無いっちゃろ。」 「ん……まぁね。 」 「それくらい分かるよ。馬鹿にせんといて。」 結局レイニャはサユと少し会話しただけで外に出て行ってしまった。 本人曰く、ちょっと顔を見れただけで十分らしい。 満足そうな顔で自分の船に戻ろうとするレイニャを、ミヤビが引き止める。 「なぁ、ちょっと聞いていいかな?」 「なん?」 「そっちの船に乗ってる3人は……レイニャの後輩ってこと?」 「そう! 右も左も知らないヒヨッコやけん、ビシバシ鍛えとーよ。 ま、それでもモモコの後輩よりは一歩先に進んでるようっちゃけどね~」 「そうか……昔のレイニャを知っているだけに未だに信じられないな……」 「もう、さっきから何なん?」 「いや、私にも後進を育てることが出来るのかなって思ってね……レイニャや、モモコがやっているみたいに。」 「いいんじゃない?一度きりの人生なんやし好きにやってみたら?」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
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