「ねぇハーチン!ハルナンさんが帰ってきた!」
「そやな。でも、ハルナンさんと一緒におる二人は誰なんやろ?」

モーニング城で留守番をしていた新人剣士4名は、帝国剣士団長であるハルナンの帰還を待ちわびていた。
ここに戻ってきたということは、新人の力が必要になったということ。
待機命令が解除されて、戦場に赴くことが出来るのを喜んでいるのだ。
大きなリュックを背負った少女たちと別れたハルナンがこちらにやって来るのを見て、
ハーチン、ノナカ、マリア、アカネチンは心臓が破裂するくらいにドキドキしている。

「待たせたわね、あなた達……準備は出来てる?」
「「「「はい!」」」」
「じゃあさっそく向かいましょう。プリンスホテルへ。」
「ホテル……ですか?」

ハルナンは移動しながらこれまでの経緯を説明することにした。
ハルナンがマーサー王国を経った時点では誰もベリーズの所在を掴めていなかったが、
優秀な伝令係のおかげで次の戦場がプリンスホテルであることが判明したとのこと。

「ベリーズとはもう既にアリアケで交戦したそうよ。 
 どんな戦いだったのかは流石に分からないけど、死傷者は居なかったみたいね。」
「Wao! 伝説のベリーズ戦士団と戦って無事だったのは凄いですね。
 さすが帝国剣士の先輩たち……ノナカみたいなドジとは違うなぁ……」
「活躍したのは帝国剣士だけじゃなくて、番長やKASTもなんじゃない?
 そうそう、アンジュの番長にはリカコっていう新人もいたわね。」
「えー!?新人なのにもうベリーズと戦ったってことですか? 凄い度胸やなぁ。」
「何言ってるの。ハーチン達もこれから共に戦うのよ?」
「あはは……そうなんですけどね、まずは後方支援からさせてもらいたいなぁ……とか言ってみたりして。」

ハーチンは苦笑いで頭をかいていた。
ノナカやアカネチンも頷いていることから、同意見であることが分かる。
唯一やる気に燃えているのは、マリアだけのようだ。

「マリアは前線で戦いたいです!」
「おお、気合い入ってるのね。」
「サユ様をお助けするために、マリアのナイフを投げつけてやるんです!!!」

そう言うとマリアは愛用する投げナイフをぶん投げた。
真っ直ぐのストレートを放ったはずが、行き先は何故か後方。
どうやらスランプは継続中のようだ。
アカネチンが呆れながらツッコミを入れていく。

「マリアちゃん……そんな腕前でどうやってベリーズを倒すつもりなの。」
「ズルいアカネチンは黙ってて!」
「はぁ!?ズルいって何が!?」
「マリアの方がサユ様のことを大大大好きなのにアカネチンばっかり可愛がられてズルい!!」
「え?こんな時に何を言ってるの……」
「マリアがサユ様を救うんです!だからハルナンさん!マリアが活躍する作戦を考えてください!!!」

この時のハルナンの表情は、かなりウンザリしていた。
そしてあろうことか、この場に馬を止めてしまったのだ。
新人剣士が事態を把握するよりも早く、口を開いていく。

「ホテルに向かうのは止めましょう。」
「「「「え!?」」」」
「今のあなた達を戦場に連れて行っても足手まといになるだけ。」
「What?……じゃあ私たちはどうしたら……」
「目的地を変えます。 とても厳しいコーチに性根を鍛え直してもらいましょう。」
「「「「え~~~~!?」」」」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



目的地を変更したハルナン一行の道中はほとんど無言だった。
新人剣士4名も色々と気になることがたくさん有ったのだが、
叱られた以上、気軽に声をかけることが出来ないのである。
会話の無いまま目的地に到着するのかと思ったところで、
マリア・ハムス・アルトイネがいかにも泣きそうな声を発していく。

「ハルナンさ~ん……マリアのこと嫌いになっちゃいましたか~?……」

研修制時代にトップクラスの成績を収めていたのが信じられない程に、今のマリアは情けなかった。
二刀流の異名を持つ実力者とは言っても、精神年齢は年相応なのだろう。
ここで突き放すのは流石に可哀想だと感じたハルナンは、優しく答えることにする。

「嫌いでは無いのよ。 みんなの事は可愛い後輩だと思ってる。」
「でも~さっき怒ったじゃないですか~……うううぅ……」
「……あなた達に戦士としての自覚が不足しているから叱ったの。」
「自覚?……」

新人剣士たちの実力が折り紙付きであることはお披露目会で示した通りだ。
だが、それだけではまだ足りないとハルナンは考える。

「単純な戦闘能力なら私は新人のあなた達にも劣るでしょう。」
「そんな事は!」「ハルナンさんの方が強いですよ!」
「いいのよ気を使わなくても。 自分の実力は自分がよく知っているから。
 でもね……実践となったら私はあなた達4人が同時にかかってきたとしても負ける気はしない。
 これは驕りなんかじゃなくて、確信よ。」
「へ?……ハルナンさん。それはどういうことですか?」
「その答えは、厳しい厳しいコーチに教えてもらいましょう。」

そのコーチが誰なのか、新人剣士たちは気になってしょうがなかった。
アカネチンもその件についてついつい訪ねてしまう。

「コーチって、誰なんですか? 私たちが知ってる人なんですか?」
「多分知らないんじゃないかな……モーニング帝国出身らしいけど、私もお会い出来たのはつい最近だしね。」
「どんな人……なんですか?」
「えっと、アカネチンはアンジュ王国のアヤ王とマロ様のことを知ってたわよね?」
「はい。知ってます。」
「あの二人と同じくらい強い……って言ったらイメージ湧くかな?」
「「「「!?」」」」

アカネチンだけでなく、他のメンバーもアヤ王のことは知っていた。
過去の選挙戦にて現モーニング帝王のフク・アパトゥーマが大苦戦したというのは有名な話なのだ。

「Oh my god! そんな人に今から会いに行くんですか!?」
「会いに行くっていうか……もう後ろにいるよ?」
「「「「え?」」」」


「跪くのよ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



モーニング帝国は歴史ある国ゆえに、仇なす者や害を及ぼす者も少なくなかった。
そのような反逆者らは基本的には帝国剣士の手によって罰せられるのだが、
そこで命や尊厳まで奪い取ることまでは良しとしていない。
その者が改心して国のために働いてくれるのであれば、積極的に有効活用したいと考えているのである。
元とは言え犯罪者をおおっぴらに使うことは出来ないため、そういった人物のリストはごく限られた者しか知りえていない。
その権限を持つ一人がハルナンであり、これまで説明してきた「改心した仇なす者」こそが今回のコーチというワケだ。
もっとも、リストに載るような人物は一癖も二癖もある厄介者ばかりではあるが……

「跪くのよ。」
「!?」

背後から聞こえるただの一言で、新人剣士は恐怖で縮み上がってしまった。
そして言われるがままに地べたに跪くのだった。
新人とは言え彼女らは帝国剣士。まったくもって情けないように見えるかもしれない。
だが、依頼主なはずのハルナンが大汗をかきながら「厄介者」の圧力になんとか耐えようとしていることからも、
新人らのとった行動がさほど恥ではないことが分かるだろう。
前にもハルナンが言った通り、このコーチはアヤ王やマロと同等の実力を持っている。
それは即ち、「食卓の騎士に最も近い存在」であること。
食卓の騎士やサユ、レイニャのように可視化したオーラを出すことまでは出来ないが、
周囲を屈服させるほどの威圧感を出すことくらいは容易いのである。

「ふーん。今の新人剣士の実力はこの程度なのね。」

他者を跪かせる威圧にも驚かされたが、それ以上にコーチ自身のビジュアルに一同は驚愕した。
モーニング帝国剣士の中では高身長の部類に入るマリアと同じくらいに背が高く、
更にワガママで爆発的なボディをしているため、印象としてはかなり大柄に見える。
そして極めつけなのは胸をあからさまに強調する派手な衣装だ。
薄くて軽いハルナンとハーチンが思わず自身の胸をサッと隠してしまうほどである。
サンバのカーニバルにでも出場できそうなその服は、並の神経をしていたら到底着れないだろう。
こんな馬鹿げた見た目をしているが、この場にいる誰よりも強者だというのはすぐに理解できた。

「キッカ様、本日は宜しくお願いします。」
「"本日"で終わるかな~? キッカはどうせ暇だし、何ヶ月も付き合ってあげてもいいけどね?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



キッカは胸の谷間に手を突っ込み、そこから十数枚のチャクラムを取り出した。
手のひらサイズの小型な武器とは言え、それが胸に何枚も入るような肉体の持ち主は限られるだろう。

「ハルナンちゃん、これできる?」
「……出来ると思います?」

帝国剣士でこんな芸当が出来るのは胸を絆創膏入れにしているカノンくらいだろうが、
この件はさほど重要ではないので一旦置いておこう。
大事なのは、ここから始まるんだ!

「早速特訓を始めましょ。 ルールは簡単。生き延びるだけ。」
「「「「!?」」」」

そう言うなりキッカは10枚、いや、13枚のチャクラムを新人剣士に向かって投げつけた。
得物自体はよくある投てき武器だが、キッカのパワーでブン投げられれば殺人兵器へと変化する。
しかもそれが13個も同時にやってくるのだから、しっかりと見極めなくてはならない。

「刃が高速回転してやって来とるワケか……ほな、回転には回転や!!」

既にスケート靴を履いていたハーチンは、左足を軸としてグルグルと回転し始めた。
フィギュアスケートのスピンという技術を用いることによって、
右足のブレードに加わる力と速度を増加しているのである。
強烈なスピンからの蹴り上げでチャクラムなんか跳ね除けてやろうと思ったのだが……

「ハーチン駄目!避けて!」
「アカネチン何を言うて…………なっ!?これは!!」

スケート靴に衝突したチャクラムは、跳ね除けられるどころか更に勢いを増して突き進んできた。
回転力に関しては互角に思えたが、何故にハーチンは押し負けそうになっているのか?
それは、ハーチンとキッカのそもそもの体格差にあった。

「技術はなかなかだけど、ちょっと細すぎだよね。
 そんな身体で力出てる? ちゃんと朝ごはん食べてる?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



チャクラムを蹴り落とすつもりが、逆にハーチンの方が体勢を崩されてしまった。
捌ききれなかった刃はそのまま直進を続け、
ノナカ、マリア、アカネチンの方へと向かっていく。
ここで一歩前に出たのはマリアだった。
両手剣「翔」を握ってバッターボックスに立った彼女の表情は、いつもと違って真剣そのものだ。
チャクラムどころか大気そのものを吹き飛ばすほどの勢いで、マリアはスウィングする。

「えいっ!!」

細身の強打者マリアのバッティングは素晴らしかった。
直接叩くことのできたチャクラムを数十メートル先に送っただけでなく、
それ以外も風圧の力だけであさっての方向へと飛ばしてしまった。
豆腐が主食のハーチンとは違って、マリアはハムが大好物。
その分だけ力が付いていたのだろう。
この成果にはキッカも驚いたようだ。

「すごーい! アレを全部飛ばしちゃうなんて……」
「えっへん! 次はあなたを倒しちゃいまりあ。」
「でもね……私のチャクラムは飛ばされても戻ってきちゃうんだよなぁ……」
「え?」

遠方に飛ばされた以外の全てのチャクラムがUターンをし、
四方八方からマリア達を襲いにかかった。
意思があるかの如く自由自在に動く刃の秘密は、キッカの投擲技術にある。
彼女の投げるチャクラムは、勢いを殺されない限り、いつまでも対象を追い続けるのである。

「更に、5枚追加しちゃいまーす。」

キッカは谷間から5枚のチャクラムを取り出し、後付けで新人剣士たちに投げつけた。
この時期を微妙にズラしたアフターファイブがなかなかに嫌らしい効果を発揮する。
全ての刃が同時に到達するのであれば、マリアのバッティングで吹っ飛ばすことが出来るのだが、
一振りで処理できないような絶妙な時間差で来るように計算されているため、
新人剣士たちは互いに協力する以外に助かる道はなかった。
となれば司令塔の役割を担うアカネチンの腕の見せ所なのだが……

「マリアちゃんは戻ってくる刃をもう一度吹き飛ばして!
 後から来るのは私とノナカちゃんでなんとかしよう。」
「そんなのじゃダメ!アカネチンは黙ってて!」
「マリアちゃん!?……何が言いたいの?……」
「全部マリアがやるからみんなは見てて。あの人はマリアが倒すから。」
「ちょっと!今はそんなこと言ってる場合じゃ!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



自暴自棄にもとれるマリアの行動はあながち間違いでもなかった。
彼女の狙いは直接キッカを討つこと。
どんどん追加されて無尽蔵に増え続けるチャクラムを処理するよりは、
キッカを倒して出所を断つことこそが生き残る唯一の道だと考えたのである。
しかし、そこには2つの過ちがあった。
1つはマリアの実力ではアヤ王やマロに匹敵するキッカを負かすなんて到底不可能なこと。
そしてもう1つは……

「マリアの魔球で決めるよ!!!えいっ!!!」

そのキッカに攻撃を当てる手段が投げナイフであることがそもそもの間違いだったのだ。
一定の距離が離れている以上、ナイフを投げて攻撃するというのは確かに有効そうに思える。
だが、ご存知の通りマリアの投げナイフの腕前は絶賛スランプ中だ。
キッカの投擲技術をメジャーリーグとするならば、マリアのそれは草野球にも満たない。
結果、いつものように予期せぬ方角へ大外しするのがオチだった。

「あああああああああっ!!」

十中八九こうなることはマリアだって分かっていた。
それでも、気合いのこもった投球ならなんとかなるかもしれないという淡い期待を抱いていたのだ。
確かに窮地に覚醒する戦士だって居るだろう。
ただ、マリアの覚醒の時は今のこの場では無かったようだ。
バッティングを放棄してピッチングに注力した今のマリアは無防備に近い状態にある。
そんなマリアに複数のチャクラムが無慈悲に襲いかかっていく。

「いやあああああ!」
「マリアちゃん怖がらないで、battingの準備をして。」
「ノナカちゃん!?」

パニックになりかけたマリアを護るように、ノナカは紐付きの忍刀「勝抜」をビュンビュンと振り回していた。
この軽い刀ではパワフルなチャクラムを叩き落とすことまでは出来ないが、軌道を反らす程度なら可能だ。
音速に近いスピードで飛び回る刀身によって複数の刃を同時に防いでいる。

「ノナカのPowerじゃこれが限界……マリアちゃんの強打で打ち落として!」
「うん!マリアやるよ!」

崩れ落ちる寸前だったマリアを持ち直したノナカを見て、キッカは感心した。
自分勝手な戦士な多い昨今では稀有なバランサーだと感じたのだ。
1人で突っ込みがちなハーチンやマリアとはまた異なるタイプの戦士だと言える。

「あれ……ねぇねぇハルナンちゃん。」
「どうかしました?」
「アカネチンって子、どこいった?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



これまでのキッカは、チャクラムの旋回する範囲のみを注視していた。
ターゲットはそのエリア内に存在するため、それ以外の箇所をわざわざ見る必要が無かったのだ。
しかし、対象が消えたとなれば集中する範囲を拡大しなければならない。
周囲の気配を敏感に察知して、アカネチンが後方から迫ってきていることを把握する。

(いつの間に後ろに?……まぁいいや、一発殴ってビビらせちゃおっと。)

無数のチャクラムを掻い潜った努力は認めるが、それもここまで。
キッカは遠距離攻撃を得意とするが、肉弾戦だってそんじょそこらの兵では敵わなぬほどに強いのである。
アカネチンのような子供が相手ならジャブの一発で無力化出来るだろう。
そのような風に終わりまでの道筋を冷静に考えていたキッカだったが、
振り返ってアカネチンと対面するなり、急に取り乱してしまう。

「えっ!?……その眼は……!!」

アカネチンが思ったより近くに迫っていたことも、
手に握った印刀が今まさに喉元に突きつけられようとしていたことも、
キッカを動揺させるには不十分な要素だった。
では何がキッカの心を惑わせたのか、それはアカネチンの"眼"にあった。
まったく光の通っていないその無機質な眼に、全てを見透かされているような気がしてならなかったのだ。
戦士としての経験が豊富なキッカは、その眼がどういう性質を持つものなのかすぐに理解した。
つまりアカネチンはチャクラムとキッカ自身の行動パターンを100%に近い精度で把握し、
安全にここまで辿り着けるルートを見つけた上で、刃を喉に突きつけるまでに接近したというわけだ。
平然とそこまでやってのけてしまう、この異様な眼が、キッカのトラウマを呼び起こす。

「近寄るなっっっっ!!!」

キッカは無意識のうちに、アカネチンの脳天を硬い握り拳でブン殴っていた。
身体能力自体は同期に遠く及ばないアカネチンがこのゲンコツに耐えられるはずもなく、
たった一撃でその場にぶっ倒れてしまう。
アカネチンが完全に寝っ転がったところで、キッカも我に帰る。
そして非常にバツの悪そうな顔をしながら、こう呟くのだった。

「うわ~……やりすぎちゃった……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アカネチンが倒れたことにショックを受けたノナカとマリアは、僅かな時間ながらも気を抜いてしまった。
そんな状態ではキッカの猛攻を受けきれないことは明らか。
場合によってはキャベツの千切りのように全身を切り刻まれることだって有りえるだろう。
それを瞬時に察知したキッカは、今まで使用していたものと比べてやや小さめなチャクラムを投げつけた。
この小型版は他のチャクラムを制御する目的で作られており、触れた円盤が即座に旋回を停止するような動きになっている。
キッカの腕前が熟練の域に達しているからこそ出来る神業と言えるだろう。
おかげでノナカとマリア、ついでに未だに倒れこんでいたハーチンは無傷で済むことができた。
もっとも、死が寸前まで迫っていたおかげで一人残らず腰を抜かしてしまっているようではあるが。

「umm……死ぬかと思った……」
「そう、私が攻撃を止めなかったら間違いなく死んでたよ。
 じゃあ全員生き残ることができなかったってことで、今日の特訓は終わりにしよっか!
 ぶっちゃけもう疲れたし、また明日よろしく!」
「「「え!?」」」

一秒でも早く他の帝国剣士たちと合流しなくてはならないというのに、
ここで更にもう一日足止めされるなんてたまったもんじゃない。
ハーチン、ノナカ、マリアの3人は反発したくもなったが、それより先にハルナンが釘を刺した。

「あなた達、これから挑むべき相手がトドメの一撃を親切に止めてくれるとでも思ってるの?」
「それは……」
「お優しいキッカ様の特訓もまともにこなせないのに、どうやってベリーズと善戦出来るというのかしら?」
「「「……」」」
「キッカ様は無理難題を課してはいないでしょ?ただ生き残るだけでいいの。
 逆に言えばそれすら出来ないようじゃ戦地に行っても足手まといになるだけ。」

容赦なく捲し立てるハルナンを前にして、新人剣士たちは何も言うことができなくなっていた。
やはり彼女らも己の不甲斐なさを十二分に感じているのだろう。
この光景を遠隔から監視している二人も、不憫に感じているようだった。

「あの子たちもよくやってる方だと思うけどな~……"ガール"もそう思わない?」
「あ、意外にちゃんと特訓を見てたんですね。てっきりキッカ様ばかり見てたと思ってました。」
「え~~?なんでそんなこと言うのさ」
「だって双眼鏡を覗くなりすぐにキッカ様のサンバ衣装を見てたじゃないですか、"ロッカー"はいつもそう。」
「そ、それは、下心とかじゃなくてね、あの衣装を着た時の戦い方について考えてただけ!」
「着ますかね?私たちがあんな派手な衣装を……」
「着るかもしれないじゃん!もしもの話!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



キッカとの特訓で結果を出せず、その上ハルナンにこってり絞られた新人剣士達は
アカネチンが意識を取り戻すのを待って、元気なくその場を離れていった。
その意気消沈っぷりが遠くから見ている"ロッカー"には気になったようだ。

「ねぇ、"ガール"、ちょっとくらいなら声かけても良いと思う?」
「駄目って言いたいけど……"タイサ"が既にやっちゃったみたいですからね……」
「はは、そういや帝国剣士に友達がいるって言ってたね。」
「だから1回だけ大目に見ます。ちなみに、誰と話すつもりなんですか?」
「マリア・ハムス・アルトイネ。ここで助言してあげないと、あの子はずっと抜け出せられない気がするんだ。」
「抜け出せないって……この特訓からですか?」
「いや、彼女を縛る呪縛から」

呪縛という言葉を聞いたガールは少し浮かない顔をした。
そして自分の胸に手を当てたかと思えば、泣きそうな声で一言呟く。

「私たちの呪縛もアドバイスを貰うだけで解ければいいんですけどね……」
「……そっちの方はさ、時間をかけて解決していこうよ。みんなで力を合わせて、ね。」

ロッカーとガールがこんな話をしている一方で、
キッカとハルナンの2人は本日宿泊するコテージの中に入っていっていた。
これから今回の特訓の講評を始めるようだ。

「キッカ様の目から見て、あの子たちの戦いっぷりはいかがだったでしょうか?」
「90点かなー」
「あれ!?意外に高評価なんですね……」
「200点満点中ね」
「あ、はい……」

正直言ってハルナンはキッカのことが苦手だった。
真面目に考えているのか、それとも適当にしか物事を判断していないのか、まったくもって掴めない。
同じ癖がある人物とは言え、まだ直情的に行動するアヤチョの方がよっぽど付き合いやすいだろう。
しかし現状キッカ以外に頼れる人物が居ないのも事実。
一刻も早く新人たちを一人前にするためにハルナンは打ち合わせを進めていく。

「90点の内訳、聞いてもいいですか?」
「んー、実力そのものは褒めても良いと思うよ。みんな一芸に秀でてていいじゃんいいじゃん。
 ハーチンちゃんの回転力、ノナカちゃんのサポート、マリアちゃんのバッティング、そしてアカネチンちゃんの眼……
 どれも一線級だよ。さすが帝国剣士に受かる子は違うね。」
「ということは、実力以外に問題があると……」
「メンタル弱いね。みんな」
「はい……」
「あと、なんとしてでも勝ってやろう、って思いが弱いかなー」
「はい……」

元々思うところのあったハルナンは、キッカの指摘を受けて痛いところを突かれたような顔をした。
お披露目会のように、相手が一般兵であれば帝国剣士らしい強さを見せる新人4人ではあるが、
ちょっと相手が強くなるとすぐに動揺し、ハーチンやノナカのように消極的になったり、
はたまたマリアやアカネチンのように無鉄砲かつ無謀に突っ込んだりしがちなのである。
中でも、ハーチンのとった行動はひどいものだとハルナンは考えていた。

「特にハーチンの戦い方は失礼に値するものでしたね……お恥ずかしい限りです。」
「ん?何が?」
「えっ、気づきませんでしたか?……彼女はまだ戦えたんですよ。だと言うのにずっと倒れたフリをしていたのです。」
「気づいていたけど」
「でしたら、何故?」

不慣れな特訓に四苦八苦しながらも、ノナカとマリアとアカネチンの3人は少なくとも頑張ろうとはしていた。
だが、ハーチンはその土俵にも上がろうとしていなかったのだ。
ただの一回チャクラムを防げなかっただけで勝負を放棄……ハルナンにはそう見えていたのである。
ところがキッカはまるで異なる感想を抱いていたようだった。

「あのハーチンって子、ハルナンちゃんに似てるかもよ?」
「はっ!?いったいどこが……体形の話ですか?」
「いやいや体形の話はしてない。
 じゃあ聞くけどさ、ハルナンちゃんが同じ特訓をするとしたら、どう切り抜ける?」

不意に問われたのでハルナンは少し驚いたが、しっかりと頭をブレインストーミングさせて考えた。
そして確実に達成できると思われる答えを口にしていく。

「偶然そこを通りかかったアヤチョがキッカ様に斬りかかります。
 その間、私にチャクラムは飛んできません。無事生き残ることができるのでミッション達成です。」
「えー?アヤチョ王は通りがからないでしょ」
「通りがかるんですよ。不思議なことに。」

確固たる自信を持つハルナンを見て、キッカはつい吹き出してしまった。
そしてやはり自分の考えが正しかったことを理解する。

「あはは、やっぱり似てるよ。ハルナンちゃんとハーチンちゃんは。」
「???」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



新人剣士たちは苦悩していた。
キッカの課した特訓をクリアーする方法が、どんなに頭を捻っても思いつかないのだ。
ハーチン、ノナカ、マリア、アカネチンら新人剣士には、
Q期団や天気組団のように明確なリーダーが定まっていない。
そのせいもあってか、彼女らは集まって知恵を交換するわけでもなく、個人行動をとっていた。
そんな彼女らの中でも特に思考するのが苦手なマリアは、
行き場のないモヤモヤを身体を動かすことで発散しているようだ。

「早く!サユ様を!助けなきゃ!」

マリアは両手剣の素振りを何百回も、何千回も繰り返す。
このパワフルなスイングをもってすれば、大抵の敵は簡単に打ちのめすことが出来るだろう。
しかし、キッカ相手には通用しなかった。
バッティング技術だけでは、相手が遠距離攻撃の使い手である場合に有効打を与えることが困難なのである。
となると、ミッションをこなすためにマリアがすべきことは……

「マリアさ、投げナイフの方は練習しないの?」
「!?」

急に名前を呼ばれたのでマリアはびっくりしちゃいまりあ。
しかもその声の主にまったく見覚えが無いので困惑してしまう。

「だ、だれ?……」

対面しているのは、男かも女かも分からない人物だった。
かなりの低身長なので、自分より年下だろうとマリアは推測する。
こんな子供、マリアは今まで見たことも話したことも無い。

「あぁ、心配しないで、マリアと俺は初対面なんだから知らなくて当然だよ。
 俺のことは"ロッカー"って呼んで欲しいな。よろしく。」
「ろっかー?……どうしてマリアのことを知ってるの?……」
「どうしてだろうね?でも、そんなことはどうでもいいじゃん。」
「?」
「今はさ、マリアがナイフを投げるか投げないかが重要なんだから。」
「!?」

顔に出やすいマリアは、嫌悪感を全面的に表情に出していた。
心のデリケートな部分に土足で入り込まれたような気がして、嫌で嫌で仕方ないのである。

「はは、そんな怖い顔しなくていいじゃんか」
「あなた誰なの!?あっちいって!」
「やだよ。マリアを近くで見てたいんだもん。」
「ヒッ……変態さんなの!?」

この時マリアは、ロッカーを完全に敵として認識していた。
敵を追っ払いためなら武力も辞さない。

「変態さんは痛い目にあわせてあげる!」
「へぇ、どうやって?」
「この両手剣で叩きのめしちゃいまりあ!!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マリアの両手剣「翔」による一振りは、空気をも震えさせる。
幼少期からの英才教育を経て、弛まぬ努力が実を結んだ結果、エリポンに次ぐほどのパワーを発揮できているのだ。
この力をもってすれば、迂闊に近寄ってきた"ロッカー"とやらも一撃でKO。
マリアはそう確信していた。

「ひゃあ怖い怖い、まともに喰らってたら御陀仏だったなぁ……」
「えっ!?」

マリアの視界には誰の姿も入っていない。
相手を見えなくなるくらいに遠くまで吹っ飛ばすなんてしょっちゅうだったので、今回もそうだと思っていた。
ところが、ホームランしたはずの"ロッカー"の声が何故か近くから聞こえてくる。
それもかなり下の方からだ。

「どう?驚いた? これがスウェーっていう技術だよ。
 ちょっとばかし大袈裟にやりすぎちゃってるけどね。」
「なっ……!!」

スウェーくらいマリアも知っている。
上半身を後ろに反らすことで敵の攻撃を回避する、格闘技の技術だ。
同じ帝国剣士で言えば、身のこなしの軽いサヤシやアユミンが多用するイメージがある。
だがロッカーのそれは通常のものと比較して群を抜いていた。
なんと、リンボーダンスでもするかのような低い位置まで上体を下げていたのだ。
地面から頭部までの高さはせいぜい50cmと言ったところだろうか。
名付けるならばこの回避法は「低空姿勢やりすぎたversion」。
これではマリアの攻撃も当たらなくて当然だ。

「で、でもでも! こうすれば当たるから!」

マリアは構えを変えて、マサカリを振り下ろすように両手剣を地へと叩きつけようとした。
上から下への攻撃ならどんな低空スウェーでも意味がない。
むしろ無理な姿勢がたたって、堪えきれなくなるのがオチだ。
もっとも、ロッカーだってその弱点に気づいていないワケではなかった。
剣が降ろされるよりも先に立ち上がり、そのままの勢いでマリアに飛びかかっていく。

「へへ、ちょっと抱き着かせてもらうぜ」
「ひゃあ!やっぱり変態さんだった!!離れてよ!!」
「ちょっ、誤解しないでよ、これはクリンチっていう立派な戦法で……」

ロッカーも下心だけでマリアをハグしているのではない。
密着することで両手剣のリーチを無効化する、という理由が全体の6割ほどを占めている。
このままくっつかれたら自慢のバッティングを魅せることが出来なくなるので、
マリアはまとわりつくロッカーを必死で振りほどいた。

「もうっ!!」

ロッカーは運動神経が良くて厄介な相手ではあるが、体格差ではマリアの方に分がある。
そのおかげで、ちょっと叩くだけで突き放すことが出来た。
距離にして約2m。ちょうど両手剣の射程範囲内だ。
もうスウェーだのクリンチだのに惑わされたりしない。帝国剣士としての誇りをもって叩き潰すのみ。

「マリアが絶対勝つよ!武器も持ってないような人には絶対絶対絶対に負けられないんだから!!」

当たれば骨ごと粉砕されそうな斬撃が威圧感たっぷりでロッカーに迫ってきた。
今更スウェーで避けようにも、マサカリ打法にスイッチされて打ちのめされることだろう。
だからロッカーは回避術に頼るのをやめにした。
ここでとったのは防御姿勢の逆。 闘志たっぷりのファイティングポーズだった。

「武器を持ってない、か……俺たちの武器は常にココに有るんだけどね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ロッカーが繰り出したのは、強烈な右ストレートだった。
己の肉体のみで勝負する超接近型戦闘スタイルはキュートのマイミを彷彿とさせるが、
ナックルダスターのような武具を装着していない点に差分がある。
帝国剣士が剣を武器とするのと同様に、彼女ら"拳士"は自らの拳(こぶし)を武器としているのだ。
ロッカーは小さな拳をでっかく突き上げる。

「ハァッ!!!」

攻撃の矛先はマリアの腹か?それとも頭か?
いやいや、それではデッドボールになってしまう。
ストレートの当たる場所はミットかバットだと相場が決まっているのだ。
ロッカーの渾身の一撃はマリアの両手剣に強く衝突し、そしてぶち破って行く。

「……!!」

綺麗に真っ二つになった両手剣を見たマリアは、一瞬言葉を失ってしまった。
この両手剣はマーチャン製で、とても頑丈に出来ているはず。
それを素手でぶった切るなんて、信じられないにも程がある。

「そんな……"翔"が折れちゃったら、マリアはもう……」
「もう、戦えないってか?」
「……」

今のマリアの心は、両手剣と連動して折れてしまいそうになっている。
下手すれば自信を完全に喪失して、戦士として復帰することが困難になるかもしれない。
それだけはさせない、とロッカーは強く思っていた。

「違うだろ、マリアはまだ戦えるじゃないか。」
「!!」
「俺はマリアの刀を一本しか折ってないよ。でも、マリアは二刀流って呼ばれてるんだろ?
 見せてくれよ! バッターではなく、ピッチャーとしてのマリアを!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



今のマリアは、イップスに近い状態に陥っていた。
イップスとは精神的重圧によって当たり前に出来るはずのことが出来なくなることを言い、
マリアの場合はそれが「ナイフ投げ」という行為にあたっている。
初めにそのナイフ投げに失敗したのは新人お披露目会の時だった。
その時は単に緊張しすぎてナイフが手からすっぽ抜けた程度にすぎなかったが、
その数日後、サユを連れ去ろうとするモモコを狙った投球が大外れしたことで、事態は深刻化する。
世界中の誰よりも大事に思っているサユを、他でもない己のミスのせいで救えなかったことで、
マリアの心の奥深いところを蝕ばまれてしまったのだ。
これまでも嫌な気分を押し殺してナイフを投げてきたが、
それらが例外なく外れる度に心臓を締め付けられる思いになってしまう。
結果として、ここにきてマリアはナイフを握ることすら恐れるようになってしまったのだ。
元より両手剣だけでも一線級の実力を備えていたため、そちらに方針を傾けようという逃げ道も有るにはあったが、
それもたった今、ロッカーのこぶしによって絶たれてしまった。
手元に残されているのは、握るだけで恐ろしい投げナイフ「有」のみ。
となれば、自ずと敵を倒す手段も絞られてくる。

「バッチ来いマリア!今やらんでどーすんの!?」
「……!!」

マリア・ハムス・アルトイネは決断した。
全身が締め付けられそうになろうが、汗が滝のように流れようが、
脚がガタガタと震えようが、吐き気で胃がひっくり返りそうになろうが、
背筋が氷点下ほどに冷たくなろうが、重圧に潰されそうになろうが、
マリアはここで投げなくてはならないのだ。
二刀流という二つ名は、打っても投げても一流だからこそ付けられている。
どちらの戦闘スタイルを採っても、自分はサユを救える。絶対絶対絶対に救える。
そう信じてマリアは第1球を振りかぶった。

「やぁ!!!」

覚悟の末に放たれた豪速球は、真にストレートと言えるものだった。
時速160kmを超える「真っ直ぐ」は、ロッカーの胴体目掛けて脇目も振らずに突っ走る。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(うおっ!?は、速い!)

マリアがプレッシャーを跳ね除けて直球を放つことが出来たのは、ロッカーにとっても喜ばしい進歩だ。
しかし、そのストレートの球速がここまでというのは流石に想定外だった。
今のロッカーの実力では到底反応出来るものではなく、腹に突き刺さるのは決定事項と言えるかもしれない。
マリアの成長を促進するという使命を果たしたとしても、ロッカー自身が死んでしまっては意味がないので、
いつもは忌み嫌っている力に渋々頼ることにした。

(聞いてるか?ファクトリー。 
 今まで騙してて悪いけど、俺の本名は"フジー・ドン"って言うんだ。
 このままだと俺たちはナイフの一突きで死んじゃうかもしれない。
 嘘じゃないよ。マリアはそれだけの力を持っている。
 だからさ、右腕を作り変えさせてやるよ……ほんの数秒だけな。)

今まさに突き刺さるといったところで、ロッカーは投げナイフを掴み取った。
豪速球をキャッチした超反応も凄いが、刃を強く握っても血の一つも流れない頑丈さが人間離れしすぎている。
本来ならばそれを見た誰もが驚愕するのだろうが、
今のマリアは投てきが上手く行ったことに歓喜しすぎて、それどころでは無いようだった。

「やった!やったぁ!マリアのナイフが真っ直ぐ飛んだ!」
「はは……それは良かったね……ウッ!!」

マリアに労いの言葉を掛けようとしたところで、ロッカーは背後から蹴りを貰う。
その蹴りは意識を強制的に吹っ飛ばすような、とても強烈なものだった。

「流石にやりすぎです。」
「ごめんね……"ガール"……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「あれ?……あなた誰?」

歓喜のあまり舞い上がっていたマリアも、"ガール"が不意に現れたことには疑問を感じたようだった。
ガールは鎖付きの鉄球を足首に巻きつけているため、否が応でも目立ってしまうのである。
気を失った"ロッカー"を早く人目のつかない場所に運びたいと考えていたガールは
適当にあしらって、この場を立ち去ろうとしていた。

「この人の仲間です。 迷惑をかけたみたいですね。ご麺ね。 それではこの辺で……」
「あ!!!マリアの投球が凄すぎて気絶しちゃったんですか!?」
「そうです。(違うけど)」
「う~~~ん、ロッカーが起きたらごめんなさいって伝えてくれませんか?」
「分かりました。伝えます。 じゃあそろそろ帰りますね……」
「あと!もう一個伝えて欲しいんです!」
「まだ有るんですか?」
「ロッカーのおかげでマリアは真っ直ぐ投げれるようになりました! 有難う御座います!……って伝えてください!
 おかげでキッカ様のミッションをクリアー出来そうなんです!」
「……」

マリアの視点からは不審な人物が襲いかかってきたようにしか見えなかったはず。
だというのに今回の成長はロッカーのおかげであることに気づいていたのが、ガールには意外に思えた。
仲間を褒められて嬉しかったのか、ガールは少し喋りすぎてしまう。
複雑な境遇に置かれているとはいえ、彼女もまだ幼い少女なのだ。

「アドバイス、あげます。」
「え?」
「ロッカーを倒した程度じゃ、まだまだキッカ様を満足させることなんて出来ないと思いますよ。」
「えー?そうなのかなぁ……」
「もっと訓練に訓練を重ねなくてはなりません。 それこそ血が滲むまでに。」
「でも、マリア達には時間が無くて……」
「だったら、手段を選ばなければ良いんですよ。」
「手段?……」
「マリアさん、貴方は貴方自身が一番伸びる方法に気づいているんじゃ無いですか?
 でも、変なプライドや恥とかが邪魔して実行に移せていないんでしょう?」
「えっ?えっ?」
「私たちなら平気で泥をかぶります。 白い粉の中にだって自ら飛び込むでしょう。
 それだけの覚悟が有るからこそ私たちは強くなれたんです。
 ……だからマリアさん、貴方も一切の手段を選ばないでください。
 本当にすべき事に向かって、ナイフのように一直線に飛んで行ってください!」
「マリアが……本当にすべき事……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ガールと別れてから数分後。
マリアはコテージの扉を勢いよく開いては、唖然とするキッカとハルナンの前まで歩いて行った。
そして深くまで頭を下げ、大きな声で嘆願する。

「キッカ様お願いします! キッカ様を倒すための投てき技術を教えてください!!」

マリアの依頼はとてもヘンテコなものだった。
自分を倒すための技術なんて、誰が教えるというのだろうか。
1000人居れば999人が断るに決まっている。
こんなのを引き受けるのは、余程の変わり者だけだ。

「フフッ……おかしい……」
「わ、笑わないでください……マリアは本気なんです!」
「あはは、ごめんごめん。馬鹿にして笑ったワケじゃないの。
 想像していたよりずっとストレートに頼んできたからおかしくって。」
「想像?……」
「マリアちゃんがそう来るのをキッカは待ってたよ。 稽古つけてあげる。」
「えーーー!本当ですか!?」

キッカがその変わり者に該当することは言うまでもないだろう。
その優れた投てき技術を教われば、マリアは確実にパワーアップするはず。
だが、無理矢理教え込んでも意味はないとキッカは考えていた。
自らが劣ることを自覚し、強き者に教えを請う姿勢こそが大事なのだ。
そして、ハルナンはマリアのそれ以外の成長についても喜んでいた。

「マリア、貴方も手段を選ばなくなったのね。」
「わ、ハルナンさん、ごめんなさい……」
「なんで謝るの?勝利のためになんでもするのはとても良いことよ。
 ただ、手段を選ばなくなったのはマリアだけじゃないようだけどね。」
「え?」

ハルナンが指差す先を見て、マリアは初めて気がついた。
この部屋にはキッカとハルナンだけでなく、マリアと同期のハーチン、ノナカ、アカネチンも居たのだ。
この3人もマリア同様に、現状を切り抜けるために手段を選ばなかったのである。

「ハーチンはキッカ様がお手洗いに行っている隙に、全員で逃げ出す案を提案してきたのよ。それもかなり具体的な、ね。」
「ハルナンさん!言わんといてくださいよ~」
「ノナカは『せめてハルナンさんだけでもベリーズを倒しに行ってください!』って泣きながら叫んでたっけ。」
「お恥ずかしい……」
「そして、アカネチンは……キッカ様を暗殺しようとしてたわね。」
「!?」

暗殺と聞いたマリアは天地がひっくり返るくらいに驚いた。
成功率は極めて低いが、確かに成功すればミッションを免れることができる。
究極に「手段を選ばなかった」と言えるだろう。

「みんな……いろいろ考えてたんだ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



いつの間にか夜になっていたが、休んでいる暇は無い。
課せられたミッションを明日こそ達成するために、
マリアはこれからキッカの猛トレーニングを受けなくてはならないのだ。
ロッカーとの戦いで少し疲労しているのも事実ではあるが、
ここで頑張らなくてはいつまで経っても成長することが出来ない。

「じゃあそろそろ始めよっか。サクッと終わらせるよ。」
「あ!キッカ様待ってください。 ちょっとだけみんなと話してもいいですか?」
「ん、いいけど。」

マリアの言う「みんな」とは同期のこと。
ハーチン、ノナカ、アカネチンにお願いするために近づいていく。

「ねぇみんな!マリアね、キッカ様を倒すにはみんなで協力しないといけないと思ってるの。」

この言葉を聞いたアカネチンは少しムッとした。
今日のキッカ戦で独断専行を決めたのはマリアの方だったからだ。
どの口でそんなことが言えるのかもと思ったが、
これも「手段を選ばなくなった」ことによる変化なのかもしれない。

「マリアちゃんねぇ……まぁ、いいけど。」
「何が?」
「いや、なんでもない。」
「そっか!でね!マリアが訓練している間に3人で作戦を考えて欲しいんだ!
 マリアは絶対絶対絶対にナイフを華麗に投げられるようになるから!
 それを踏まえた作戦を立ててね! で、後でマリアに教えてね!!」
「はいはい、私がメモに記録しておくよ。」
「ほんと!?アカネチンのメモは読みやすいからマリアは好きだよ!」
「そ、そう? えへへへ……」

普段から小さなことでケンカしがちなマリアとアカネチンではあるが、
今現在の会話からはそのような感じは薄れていた。
共通の目的が明確になったことで、真の意味で同志になりつつあるのだろう。
そんなマリアを見て、ハーチンが小声で囁き始める。

「マリアちゃん、ちょっとナイショ話や。」
「ナイショ話?ひみつのマリアちゃんなの?」
「その言い回しはよく分からんけどまぁええわ。
 マリアちゃん、せっかくキッカ様に教わるんやから気合い入れなあかんで。」
「うん!もちろん!」
「こんな機会はそうそうない。せやからな、3時間でも4時間でも、いや、もっともっと食らいつくんや。
 技がマリアちゃんの身体に染み込むまで頑張るんやで。」
「え!?たいへん。休憩いっぱいとらなきゃ。」
「アカンアカン。 休憩時間ですらもったいないと思わな成長できへんで。
 どうしても体力的に辛いならキッカ様の動きを見学する時間でも作ったらええ。
 見るのも修行って言うしな。」
「なるほど!」

自分の成長のためにハーチンがアドバイスをくれることが、マリアには嬉しかった。
絶対に言う通りにしようとマリアは誓う。

「いいか?マリアちゃん、"明日を作るのは君"なんやで。」
「?……うん。」
「明日、キッカ様を倒す時のことを思うと、今から楽しみやなぁ。」
「そうだね!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ここをガーッとやってシューッていくの。分かる?」
「分かりました!ビューンってなってドーンですね!」
「そうそう、そういうこと。」

超のつくほど感覚的なキッカはコーチとして不向きと思われたが、
生徒マリアも常人離れした感性の持ち主だったため、奇跡的に歯車が噛み合っていた。
修行の基本的な流れはまずキッカがお手本を見せて、その後にマリアが模倣するというもの。
キッカの投げるチャクラムの枚数が1枚や2枚の時はマリアもなんとかついていけたが、
5枚、6枚、7枚となってくると習得速度も鈍りだしてきていた。
それでも初日にしては十分な成果だと考えていたので、キッカは修行の中断を提案する。

「あぁ疲れた、もう遅いし続きは明日やろっか。」
「駄目です!」
「えっ?」
「マリアはまだやれます!キッカ様の投げるところ、もっともっと見せてください!」
「う~ん、ま、ちょっとくらいなら良いけど。」

渋々ながらも、キッカは7つの刃を構えてはそれぞれ異なる軌道で同時に投げていった。
右に曲がる刃、左に曲がる刃、落ちる刃、螺旋に回る刃、止まるように見える刃、消える刃、そして真っすぐ飛ぶ刃
これだけの変化をいっぺんにかけることはもちろん容易ではない。
どれだけの力を入れればよいのか、フォームはどうなのか、握り方の複雑さはどうか
それらは決して1回や2回見ただけで習得できるものでは無いため、
マリアは何度も、何度も、何度でも繰り返してもらうようキッカに依頼した。

「あと1回だけ見せてください!」
「……同じことをもう100回は言ってない?」
「お願いします!何か掴めそうなんです!」
「はぁ、コーチなんか引き受けなきゃ良かったよ……これが最後だからね!!」

いくらキッカが食卓の騎士に次ぐ程の実力を持っているとは言っても、疲労には勝てない。
7枚を100回以上、のべ回数にして700球も投げればどうしても精度は落ちるのだ。
つまりはこの最後の投球こそが、指導者としての質をギリギリ保つことの出来るレベルだと言える。
それでも見事に決めるあたりが流石ではあるが。

「キッカ様凄いです!」
「もうやらないよ!今日はおしまい!続きは明日!」
「あ、じゃあ最後にマリアが投げるところを見てください。」
「はいはい、それ見たら帰ろうね。」

本日の成果を見せようとマリアが振りかぶったところで、途端にギャラリーが増え始める。
そこには同期のハーチン、ノナカ、アカネチン、そして帝国剣士団長ハルナンがいた。

「あ、みんな~マリアの練習を見学しにきてくれたの?」
「マリアちゃん、このメモを見て。」
「アカネチン?……えーーー!?」

一瞬で内容が頭に入るほどに読みやすいメモを見て、マリアは驚いた。
そこには作戦がまとめられており、その方針がマリアには信じられないものだったのだ。
マリアの驚きも止まぬうちに、ハーチンがキッカに話しかけていく。

「キッカ様お疲れさまです。ところで、今何時か知ってますか?」
「知らないけど……結構遅い時間だよね。」
「そうです。日付変わっちゃったんですよ。」
「うわ、そんなに練習してたのか……疲れるわけだ。」
「それでですねキッカ様、今日はもう"明日"なんですよ。」
「……!!ま、まさか!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



キッカはミッションの日時を具体的に指定してはいなかった。
情報としてあるのは「明日」ということだけ。
となれば、日付が変わった瞬間に再戦を望まれたとしてもルール上なんら問題は無いのだ。

「ちょ、ちょっと待って、ハルナンちゃん……こういうの認めちゃう?」
「キッカ様のお好きなようにすれば良いのでは?」
「ホッ、そうだよね。じゃあ……」
「ただ、キッカ様ほどのお方であれば、いつ何時に勝負を挑まれても快諾してくださると思ってましたけどね。
 ましてやその相手が新人であれば、先延ばしにするなんてことは有り得ないと……」
「ぐぐ……やるよ!やればいいんでしょ!」

今のキッカは背中から矢を受けたような思いだった。
長時間に及ぶコーチングのせいで身体はかなり疲労しているが、逃げることは許されない。

(軽~く捻ってすぐにベッドで寝る!それしか道は無い!)

キッカが目指すのは短期決戦だった。
そしてその狙いは新人剣士らも同じ。
キッカのスタミナが回復するのを待たずに、ハーチンとノナカの2人が飛びかかってくる。

(わっ、こっちの2人が来るの!?)

先の戦いでは消極的だったハーチンとノナカがリスクを冒して真っ先に飛んできたので、キッカは面食らった。
投てき使いを相手に接近戦に持ち込むのはもちろん正解の一つであるのだが、
キッカはチャクラムのみでなく、腕っぷしの方も一流だということを忘れてはならない。
これだけ近ければ2人同時にラリアットの餌食になることだろう。
だがその時、遠くからアカネチンの声が聞こえてくる。

「しゃがんで!」

アカネチンの合図と同時にハーチンとノナカは体勢を低くした。
そうすることでキッカの攻撃を回避したのだ。
これはアカネチンが自身の眼によって、キッカの次の行動を予測したのに過ぎない。
本来のキッカならば「声を聞いてから避ける」ような暇も与えず攻撃を終えてしまうのだが、
いかんせん疲労のせいで若干動きがスローになっていたのである。

(くっ……ちょっとまずいな……)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ミッションを実施するにあたって、キッカには1つの制限が課されていた。
それは新人剣士に大怪我を負わせないということ。
あくまで最終目的はハーチン、ノナカ、マリア、アカネチンの4名の強化であるために
負傷させてしまってベリーズ達の居る場へ送り出せないようでは元も子もなくなるのだ。
もっとも、その狙いがバレないようにキッカは全力で戦うように振る舞ったつもりではあったが、
アカネチンの眼の前ではそれすらも見透かされていた。
マリアと合流する前に、残りの新人3名はこのような会話をしていたのである。

「キッカ様は致命傷を与えるような攻撃は絶対にしないよ。
 私たちにギリギリ弾けるような強さでチャクラムを投げている。」
「なんでそう言い切れるん?」
「筋肉と、視線がそういう動きをしてたから。」
「……ほんま凄いな、アカネチンの眼は」

アカネチン・クールトーンの黒い"眼"は全ての情報を余すことなく取り入れる。光のように反射せず吸収するのだ。
かつてクマイチャンとモモコの戦いをこれ以上ない特等席で観戦したりしたこともあったので、
キッカの取りうるアクションくらいは100%に近い精度で理解出来るのである。
(それに対して身体がついていけるか、というのはまた別問題ではあるが。)

「でもね、大怪我なんか負わせなくても私たちを負かす方法はいくらでもあると思うんだ。
 例えば鳩尾を思いっきり殴って気を失わせるとか……」

アカネチンの考えに、ノナカもウンウンと頷いていく。
己の肉体を用いた攻撃であればチャクラムのように人体切断……といったことはないので心置きなく実行に移せる。
それにキッカの屈強な体を前に、新人剣士らが攻撃を止めることが出来るとも思えない。
4人の中では一番ガッシリしているアカネチンがキッカのパンチ一発で落ちたことからも、それは明らかだろう。
となれば肉弾戦に持ち込まれた時点でほぼ詰んでしまうと言えるのかもしれない。
ところが、ハーチンはこの件に関しては楽観視しているようだった。

「それならもう手を打っとるで。」
「「え!?」」
「どんな人間でも疲れたら攻撃力もスピードも弱まるやろ。しかもそれが眠い時間だったりしたら最悪や。
 せやからウチはマリアちゃんに「しつこく食らいつけ」って言ったんやで。
 あのマリアちゃんにガンガン来られたら流石のキッカ様でもしんどくなるやろ~」

やっぱりハーチンは凄い、とアカネチンは思った。
自分たちに出来ることはせいぜい「自分たちの立ち回り」を変えることくらいだと思っていたが、
ハーチンは敵の状態すらも変えようとしていたのだ。発想が根本から違っている。
これで上手くいきそうだと思いかけたところで、もう一人の新人剣士ノナカの表情が暗くなっていく。

「いいのかな……」
「何が?」「どうしたん?」
「今回のmissionってノナカたち4人をpower upさせるためのものなんだよね?
 それをこんな裏口みたいなやり方で通り抜けちゃって、本当にいいのかな……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サユを救うためには1秒でも早くこの場を発たなくてはならない事はノナカも分かっている。
だが、正攻法を使わずに騙し騙し切り抜けたところで何の意味が有ると言うのだろうか?
実力が身につかず、結果的に打倒ベリーズの頭数として勘定されないのであれば無意味ではないのか。
そのような懸念をノナカは抱いていた。

「うん……言いたいことは分かるで。」
「じゃあ明日にまた出直した方が……」
「いいやそれはアカン。 作戦は今日決行せな意味がない。」
「それだと本当のSKILLが身につかない!」
「不意打ちしながら、且つウチらの実力もパワーアップしたら文句ないんやろ?」
「What's?……」
「見せてやろうやないか。 この夜に強くなるのはマリアちゃんだけやないってことを!」

身体能力は一朝一夕で改善されるものではない。
では短期間で変えることが可能なものは何か?……それは心構えだ。
今まで口に出してはいなかったが、新人剣士4名は戦いの姿勢に問題があることにハーチンは気づいていた。

「以前、フク王様に言われたことがあるんや……ウチの弱点は"攻め手"ってな。
 今にも泣きそうな顔で"攻め手いっぱい話そう"って頼まれた事もあんねん。
 きっとウチの戦い方がどこか消極的に見えてたんやろな……」

続いてアカネチンも、ノナカの戦い方について率直な感想を述べていく。

「ノナカちゃんも、殻を破くべきだと思ってる。」
「カラを……?」
「ノナカちゃんはバラバラな私たちを調和してくれて、本当に助かってるけど。
 そのエネルギーを攻撃に回したら凄い事になると思うんだ。
 現にキッカ様はハーチンとノナカちゃんはガンガン攻めない子だと思ってる。
 だったら逆に2人が攻撃の要になったら……成長も出来るし、意表もつくことが出来るよね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



そして現在、作戦通りにハーチンとノナカは積極性を見せつけていた。
キッカを恐れずベッタリ貼りつくことで意外性を見せるとともに、
遠距離対応武器の優位性を殺すことにも成功している。
そして、キッカはそれ以外の要因でもやり辛さを感じていた。

(しんどいなぁ……これじゃあ4人分警戒しなきゃならないじゃない……)

正直言うと、昼のミッションではキッカはマリアとアカネチンにしか注意を払っていなかった。
ハーチンは早々に倒れていたし、ノナカも味方を守るばかりで全然前に攻めて来なかったので
投げナイフによる「まさか」が有るかもしれないマリアと、
何をしてくるのか全く予想のつかないアカネチンだけマークしておけば良いと考えていたのである。
ところか、今は状況が大きく変わっていた。
すぐ近くにいるハーチンとノナカがそれぞれの武器(スケート靴、忍刀)で本気で斬りかかってきている上に、
残りのマリアとアカネチンがいつ第二陣として突撃してくるか分からない。
身体と頭がひどく疲労しているというのに、4人に対応しなくてはならないのは非常に堪える。
一刻も早く負担を減らさねばならない、そうキッカは考えた。

(しょうがない、一人寝てもらうか。)

キッカは両方の人差し指にチャクラムを複数枚通し、ギュンギュンと高速回転させた。
この回転は遠くに投げるためのものではない、
近くの人間を削り取るためのドリルなのである。

(ハーチンちゃんの肉、エグらせてもらうよ……
 まぁ、胸は脂肪がついてるから大事には至らないでしょ……)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



キッカはハーチンの胸部に狙いを定めて、ドリルと化した右腕を振り下ろした。
本調子ではないので本来の鋭さは損なわれているが、
人間の肉を掘削するだけの力は残っているので十分だ。
この一撃がまともに当たればハーチンは怯むはずなのだが……

(あれ!?外した……)

ハーチンの胸への攻撃をスカしたので、キッカは少し動揺した。
確実に当てる自信があったのに外してしまったということは、
キッカ自身が想像以上に疲れているのか、それともハーチンの回避判断が優れていたのか、のどっちかだ。
相手が女性である以上、胸の膨らみを考慮するとそうだとしか考えられない。
だがその原因を探る猶予もキッカには与えられていなかった。
紐付きの忍刀の切っ先が、自身の後頭部を狙っていることに気づいたのだ。

「くっ……これくらい!」

いくら満身創痍と言えどもキッカの圧倒的な強さは揺るがない。
不意を打った後方からの攻撃くらいは難なく対処出来るのである。
もちろん正面からの攻撃だって両手のチャクラムで完全にガードしている。
ゆえに、新人相手にキッカが致命傷を受けてリタイアする……という可能性はゼロに近いと言っていいだろう。
だが、それも相手を視認できている場合の話。
ハーチンに避けられて動揺したり、ノナカの攻撃を防いでいるうちにキッカはターゲットの一人を見失っていた。

(あーもう……アカネチンどこ行ったの……)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



キッカがアカネチンを見失ったので、ハーチンは心の中でほくそ笑んだ。
少しでも誤れば殴り飛ばされるような状況であるため表情に出すほどの余裕は無いが、
全てが目論見通りに行っているので嬉しくなってくる。

(行ったれ!勝利の鍵はアカネチンに有るんやからな!)

今まさに脇腹を刺されんと言ったところで、キッカはアカネチンの居場所を認識する。
しかし今更気づいたところでもう遅い。印刀による凶撃はもう止められないところまで来ていた。
すぐにアカネチンの腕を掴もうとしても完全に防ぎきることは不可能だろうし、
その隙にハーチンの蹴りやノナカの刀を貰ってしまうだろう。
様々な可能性を考慮した結果、キッカはアカネチンを放っとくことにした。
その結果として、印刀はキッカの横っ腹に無抵抗で突き刺さっていく。

「……で?」
「!?」

刃を体内に入れられても平気な顔をしているキッカに、アカネチンは戦慄する。
驚くべきはそれだけではない。
ハーチンのスケート靴を左手で、ノナカの忍刀を右手で……要するに素手でキャッチしてしまっていたのだ。
高速回転するチャクラムで弾くのではなく、血を流しながらもあえて自らの手で止めることによって、
ハーチン、ノナカ、アカネチンをビビらせることが目的なのである。
そして、それは想像以上に効いていた。

「ここまでの作戦はなかなか良かった。みんなで力を合わせればそこそこの強敵も倒せるかもね。
 ……でもさ、君たちが今相手にしているのは"三銃士"が一人、キッカなんだよ。
 キャリアどうこうじゃなく、人間としての性能が違うんだ。残念だけど。」

このキッカの発言にはハッタリが大きく含まれている。
どれだけ刃で刺されてもへっちゃらな風に言ってはいるが、人間である以上そんなことはない。
このままの勢いで斬られ続けたら流石のキッカだろうと失血で倒れてしまうだろう。
だが、このように言い放ったおかげで新人剣士3名の刃を持つ力は確かに弱まった。
腹部と両手に怪我を負いはしたが、今後の攻撃がヘナチョコならば負けようがないのである。

「私たちじゃ……キッカ様に勝てない……」
「そうだよアカネチンちゃん、これに懲りたら今後は"勝つ"じゃなく"生き残る"策を考えるんだね。」
「でも……私たち以外ならキッカ様に勝てる……」
「は?」

キッカがアカネチンの言葉の意図に気づくまでに、ほんの少しの時間を要した。
その「ほんの少しの時間」さえ稼げれば十分。
それだけでもうピッチングは完了するのだから。

「マリアちゃんか!!」

常に4人に意識を配ることを心掛けていたキッカは、いつの間にかマリアを見失っていた。
何故そうなったのか?それはアカネチンの仕業に他ならない。
キッカの挙動も視線もすべてを把握する眼を持つアカネチンだからこそ、
マリアへの視線を妨害する位置に陣取ることが出来たのだ。

(ここでナイフを貰うのはまずい……でも、一本くらいなら耐えられる。
 アカネチンの刃を受けたように、ここはあえて食らってあげるよ。
 ……反撃はそれからでも遅くない。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



投げるのは一本だけ、そこにキッカの勘違いがあった。
確かにマリアは相当不器用ではあるが、教わったことはキッチリやるタイプだ。
そんな彼女が受けた最新のコーチング内容はいかなるものだったか?
100回以上繰り返し見続けたお手本は、どのように投げていたのか?

「7本……!!」

右に曲がる刃、左に曲がる刃、落ちる刃、螺旋に回る刃、止まるように見える刃、消える刃、そして真っすぐ飛ぶ刃
キッカが何度も何度も何度も何度も投げてくれたのを忠実に再現するため、
マリアは7本のナイフを同時に投げつけていた。
もちろん手本であるキッカのキレやスピードには遠く及ばないが、
全てが確かなパワーをもって前へと突き進んでいる。
いくらキッカでもこれらをすべて受けとめたら身体がもたないだろう。

(悪いけど付き合ってらんない、ここは逃げさせてもらうよ!)

掴んでいたスケート靴と忍刀から手を放し、腹にブッ刺さる印刀もすぐに引っこ抜いた。
ナイフ群はもうすぐそこまで迫っているが、このペースなら疲れた身体でも安全地帯に退避可能だとキッカは考えていた。
だがここで余計なことが気にかかってしまう。
ハーチン、ノナカ、アカネチンの3人は何故この場に留まっているのか……それが気になるのだ。

(いやいやいやいや君たちも逃げなよ!?ナイフのコントロールが狂ったら刺さっちゃうでしょ?)

マリアの制球力が悪いのは、投球訓練での上達を見ていない3人の方がよく知っているはず。
普通の頭を持っていれば誤射を恐れて真っ先に逃げるはず。というかそうするべきなのだ。
だと言うのに彼女らは頑なにこの場を動こうとしない。
まるで、マリアが正確に投げるのを信じているかのように……

(信じてる?……そうなの?信じているの?……そういうことなの?)

ほんの僅かな時間であるが、キッカは震えてしまった。
ハーチンが、ノナカが、そしてアカネチンが逃げないのはマリアを信じているからに他ならないことを理解したのだ。
7本の刃がすべて例外なくキッカに命中することを前提に置いているからこそ、そのような行動がとれるのである。
だとすると、キッカはもう逃げられなくなる。
キッカは新人剣士の「敵」ではなく「コーチ」であるために、諦めない生徒に対してはその役割を全うする必要があるのだ。
本当に頭が痛くなるような話ではあるが、キッカは全てのナイフを受け止めなくてはならない。

(あ~~~~~!!!もうっっっ!!分かったよ!一本残らずもらってあげる!!
 コーチとして、マリアちゃんに"失敗体験"を植えつけちゃならないってことでしょ!?
 痛いんだろうなぁ……苦しいんだろうなぁ…………まぁ、若い子の"成功体験"に比べたら些細な犠牲ってところか……
 この年代の挫折がキツいってことは、よく理解ってるから……ね。)

キッカは一歩前に出て、両手を広げて待ち構えた。歯をくいしばって、待ち構えた。
シュート、カーブ、フォーク、ジャイロ、ナックル、消える魔球、そしてストレート
その全てが一球残らずキッカのわがままボディに突き刺さる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マリアの渾身の一撃をもらったキッカは、そのまま仰向けに倒れていった。
体力、気力がともに限界に達していたのか、
それとも教え子の出した結果に満足したからなのか、
キッカは少しも動こうとはしなかった。
そんな様子を見て、アカネチンがポツリと呟く。

「私たち……勝ったの?……」

ハーチンも、ノナカも、いまいち状況を掴めてないような顔をしている。
これ以上無い好条件だったとは言え、あのキッカに自分たちが勝てたことが信じられないのだ。
勝利を確信しているのはただ一人。
さっきから万歳して喜んでいるマリア・ハムス・アルトイネだけだった。

「やったーーー!!マリアたち、ミッションを達成したんだよ!!」
「そ、そうやな、ウチら勝ったんやな!」
「Unbelievable!! 信じられない!」
「これで私たち、サユ様を助けに行けるんだ!!」

新人剣士たちは浮かれに浮かれきっていた。
ミッションとして課された「生き残る」を超えて、キッカを倒してしまったのだから
それはもう嬉しいだろう。
そんな中、ハルナンだけは深刻な顔をしていた。

「キッカ様!ご無事ですか!?」
「「「「あ……」」」」

ハルナンが大急ぎでキッカに駆け寄るのを見て、新人4名はハッとした。
今のキッカは体中のあらゆる箇所から出血をしている、言わば重体の状態なのだ。
喜ぶよりも救護を優先すべきなのは明らか。
なので4人も慌ててキッカの近くに向かったが、その重体人本人に拒否されてしまう。

「あー、いい、いい。自分でなんとかするから構わないで。」
「ヒャ!!まだ息がある!」
「勝手に殺さないでよ……正直メチャクチャしんどいけど、死にはしないよ。」

普通は死んでもおかしく無い、むしろ生きてることの方が異常な程の大怪我だが、
あの時代を生きてきたキッカにとっては「しんどい」で済むらしい。

「ですがキッカ様、せめて治療はさせてください。」
「ハルナンちゃん。あの子たちの合格を取り消してもいいの?」
「えっ!?」

合格取り消しと聞いて、ハルナンならびに新人剣士はドキリたした。
正規の条件を満たしてはいるものの、キッカにダメと言われたら従うしか無い。

「今、2つの条件を新しく決めたの。それを守れなかったらベリーズのところに行かせないよ。」
「そ、それだと話が違ってきますが……」
「いいから聞いて!」
「ハイ!」

ハルナンがキッカの言いなりになったので、新人たちはもう何も言えなくなってしまった。
果たしてどんなルールが課されるのか。
その内容をキッカが告げていく。

「1つ目。 新人4人とハルナンちゃんは今すぐ身体を休めること。 明日の朝8時までゆっくりしたらどこでも好きなところに行っていいよ。」
「休み……ですか?」
「人間が十分に休みを取らなかったらどうなるのか……ってのはハーチンちゃん達の方がよくわかってるんじゃない?」
「ひぇ~……は、はい……なんか、すいません。」
「だったら一刻も早く寝なさい。 私を治療しようとしたり、馬に乗って移動しようとしたら怒るよ。」

戦いには休養も必要。そのことをキッカは伝えたかった。
いろいろとやりたい事はあるかもしれないが、とにかく休む。
ベリーズ戦に向けて今から出来る最良の対策はそれだけなのである。

「それと2つ目……ベリーズの"眼"を持った人には一切近づかないこと。それさえ守れれば後は何も言わないよ。」
「"眼"?…」
「アカネチンちゃんだって持ってるでしょ?不思議な"眼"。」

ハーチンやノナカ、そしてマリアはうんうんと頷いた。
アカネチンの観察力は人並み外れているところがある事に気づいていたのだ。
そしてアカネチンも己の力を自覚している。
過去にサユに教わった"眼"が自分に備わっていることを理解している。

「私と同じ眼を持った人が……ベリーズにも……」
「ぶっちゃけさ、アカネチンちゃんの戦闘能力は中の下くらいでしょ」
「う……」
「ベリーズのその人の強さを同じ物差しで測るなら特上の特上。 しかもオーラだって他のベリーズに匹敵してる。」
「うわ……」
「そんなに強いのに"眼"まで持ってるの。 勝てるワケないでしょ?」
「はい……でも戦わなくならない時はどうすれぼ……」
「逃げるの。とにかく逃げる。 それだけは絶対に約束して。」

いつになく真剣に言うキッカに、一同は強く頷いた。
あれだけ強いキッカがそう言うのだから、よほど規格外の強さなのだろう。

「あの……その人、どんな人なんですか?……」
「一言で言うなら……"人魚姫(マーメイド)"、かな。」



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