各所で行われたイベントも終わり、翌日の朝が来た。
この日はプリンスホテルでの決戦が行われる当日。
実際に戦いが始まるのは正午ではあるが、
カントリーの4名は朝早い時間からモモコにとある任務を命じられていた。

「マナカちゃん、あれじゃない?マーサー王国の船って。」
「そうねリサちゃん。じゃあさっそく接触しましょ。」

リサ、マナカ、チサキ、マイは大胆にも港に着いたばかりの船へと接近していった。
この船にはキュート戦士団にモーニング帝国剣士、アンジュの番長やKASTが乗っている。
上陸するや否や敵の使いが現れたので、連合軍はピリッとした。

「何よアンタ達!ここで戦いをおっ始めようっての!?」

アユミンはエリポンの後ろに隠れながら怒声をあげた。
強い敵対心を持ちつつも、カエル軍団が怖いのである。
そんなアユミンならびに数名の警戒心を解くために、マナカ・ビッグハッピーが優しい口調で説明を始める。

「私たち4人は皆さんを戦場にご案内するためにココに来たのです。決して今すぐに戦おうなんて思ってませんよ。」
「戦場?プリンスホテルでやるんじゃないの?」

マナカに問いを投げかけたのはハル・チェ・ドゥーだ。
プリンスホテルが決戦の地であることは、確かにそこにいるリサ・ロードリソースが教えてくれたはず。

「まぁ、ドゥーさん。イケメンなだけじゃなくて記憶力まで優れているんですね!」
「えへへ、そ、そうかな?」
「はい。当初はプリンスホテルで行うつもりでした……ですが、どうしても入りきらなかったのです。」
「入りきらなかった?……」

一同はまずベリーズの巨人、クマイチャンを連想した。
あの長身が入りきらなかったから開催場所の変更も止むなしと考えたのかもしれない。
しかし、いくらクマイチャンがデカいとは言っても人間が入れないようなホテルが有るだろうか?
ましてやプリンスホテルは高級ホテル。 高さと広さは保証されているはずだ。
ではクマイチャンではなく、いったい何が入りきらなかったのか?
その疑問が解消されぬうちにマナカは説明を続けていく。

「場所が変わったと言っても大きく移動するわけではありません。
 真の開催地は"シバ公園"……ホテルから歩いてすぐのところに有ります。
 とても広いので、のびのびとした気持ちでベリーズ様たちと戦えると思いますよ。
 それではご案内しまーす!!皆さんついてきてくださーい!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カントリーに案内されなくても、ベリーズ達のおおよその居場所に目星はついていた。
シミハムの「無」のオーラでも隠しきれない程の禍々しい威圧感がそこから発せられているため、
己の身体が震える方へ歩けば自ずと辿り着けるというワケである。
ベリーズのところへ近づけば近づくほど、マイミの怒りに連動してえ嵐が激化するのも目安になるだろう。
そうして、いくらか歩いているうちに、目的地であるシバ公園に辿り着いた。

「おはよー。早かったのね?まだ約束の時間まで結構あるのに。」

そこにはモモコがいた。 シミハムも、ミヤビも、クマイチャンも近くに立っている。
橋の上で戦った面々が揃っているので連合軍はピリッとした。

「4人……カントリーも含めて8人か……残りの2人はどうした?」

今すぐに飛びかかりたくなる気持ちを押し殺して、マイミはモモコに質問した。
ベリーズは総勢6人のグループであり、ここに居ない2人も例外なく強者。
その2人に不意でも打たれたら大打撃だ。
だからこそしっかりと情報を収集する必要が有るのである。

「あぁ、そのことなんだけどね……1人はさぼり。1人は後で来る。
 ほら、あの2人は朝弱いから。」
「本当か?嘘じゃないだろうな。」
「えぇ~?モモが嘘ついたこと、今まであった?」

「有るだろ。」とモモコの味方であるはずのミヤビがツッコミを入れた。
そしてモモコの代わりに説明を補足し始める。

「騙し討ちも有効な戦略だと考えるけど、この点については嘘はないと思って欲しい。
 なんなら今回の戦いの"ルール"の1つとして数えても良いよ。」
「ルールか。なら詳しく教えてもらおうか。 2人のうちどちらがさぼりで、どちらが遅刻なんだ?」
「遅れて合流するのはチナミだよ。 まぁ、約束の時間である正午までには到着するから"遅刻"では無いんだけどね。
 で、どうする? チナミを待ってから正午に戦闘を始めるか、それとも今から戦うか。」

ミヤビの問いかけへの答えは決まっていた。
チナミがいない分、戦力数的に有利だという理由もあるが、
それ以上に倒すべき相手を前にして待っていられないことの方が大きいのだ。

「もちろん!今すぐだ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



連合軍は、今回の戦いのフォーメーションを事前に取り決めている。
その中でも特に重要な役割を担っているトモ・フェアリークォーツの心臓は、
今にも破裂しそうなくらいにバクバクと鳴り響いていた。
そんなトモの弱っている部分を見抜いたアイリは、優しく手を取り、こう言うのだった。

「貴女なら大丈夫。 だから一緒に行きましょう。」

その一言で少し冷静さを取り戻したトモは、アイリと共にベリーズの目の前まで歩いていく。
ここまでやってきたのはアイリとトモだけではない。マイミ、ナカサキ、オカールもだ。
キュートが最も得意とする5人組の陣形で、シミハム、モモコ、ミヤビ、クマイチャンの前に立ちはだかったのである。

「へぇ、その子がマイマイの代わりってこと?」
「そうだ。5人揃った私たちが強いことは、お前たちもよく知っているはずだ。」

モモコの問いにマイミが答えた。
いくらトモが果実の国では優秀な戦士だとしても、食卓の騎士マイマイには及ばないはずなのだが
マイミも、他のキュートのメンバーもトモを信じていた。

「まぁ、モモたちは4人だし、そっちもキュート4人にオマケが1人……
 確かに丁度いいっちゃ丁度いいのかもしれないわね。」
「いや、違うぞ。」
「ん?」
「この陣形は元々5人のベリーズを撃破することを想定したものなんだ。
 オマケだと決めつけちゃってたら時代に蹴られるぞ?」

当初の連合軍の想定は、キュート+トモの5人でベリーズ5人を抑えて、
残りのメンバー全員でベリーズ1人とカントリー4人を倒すというものだった。
強大な存在であるベリーズも1人だけなら、帝国剣士と番長、そしてKASTの力を総動員すれば勝てると考えたのである。
だが実際はキュートとトモが相手する予定の戦士が「さぼり」で欠席している。
これによって余裕が生じるのは連合軍にとってとても大きいアドバンテージになるだろう。
そして、アドバンテージは更に大きくなる。

「ちょっと待ってください!私たちカントリーは今日は戦いませんよ?」

帝国剣士、番長、KASTに囲まれそうになったので、マナカは焦って弁明した。
それにチサキやマイも続いていく。

「わ、わ、私たちは今日は案内役だけ任されたんです!」
「本当は今すぐ蹴っ飛ばしたいけど……モモち先輩の命令だから大人しくしてあげる。」

嘘をついているようにも見えないので、カントリーらが戦わないのは真実なのだろう。
だがそれはそれで、これからどうすれば良いのか分からなくなってくる。
アユミンも混乱しているようだ。

「え?じゃ、じゃあキュート様に加勢しにいく? でもそれじゃ邪魔になっちゃうか……
 だったら遅刻してるベリーズが来るまで待機?」

せっかく上げた士気が待ちぼうけになることで下がるのだけは避けたかったが、
どうやらそれも杞憂に終わるようだった。
件の対戦相手がすぐにやってきたのである。

「いやーごめんなサイ! こいつら運ぶのに手間取っちゃってさー。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



遅れてきたチナミだったが、悪びれる様子がまるで無いことは謝罪が軽いことからも分かるだろう。
そして失礼に失礼を重ねるように、連合軍一同に殺気を振りまいていく。

「暑い!!いや、熱い!?」
「なんて熱さなの!?……身体が……焼けちゃいそう……」

メンバーの中では色白な方のカナナンやカリンも、あっという間に真っ黒コゲになってしまいそうなこの熱さ。
まさに太陽そのものを具現化するのがチナミのオーラなのである。
太陽光線の灼けるような熱さの前では誰も活動することなど出来やしない。
もはやチナミはただ突っ立っているだけで勝利が約束されたようなものだった。
ところが、それだけ強大な太陽が一瞬にしてフッと消え去ってしまう。

「ありゃ!?消えちゃった……あ~団長がやったのか……」

チナミのすぐそばでは既にベリーズとキュート、そしてトモの戦いが開幕していた。
互いに睨み合っているだけだというのに、天候は「超発達した大型台風9号10号」と「轟音と共に何百発も落ちる雷」、そして「すべて凍り尽くす吹雪」がゴチャ混ぜになっている。
「切れ味鋭い無数の刃」と「牙で全方位をかみ殺す狼の群れ」の喧嘩も始まったと思いきや、
「凶暴凶悪な巨大怪獣」を「天から伸びる仏の掌」が必死で押さえつけてもいる。
まさに天変地異。世界の終末。
そんな光景が目の前では繰り広げられているので、トモは今にも気絶してしまいそうだし
ベリーズの団長シミハムもどこか鬱陶しく思っていた。
これでは戦いどころでは無いと考え、シミハムは自身のオーラである「無」で全ての異常現象を消し去ってしまう。
相も変わらず簡単にやってのけるシミハムに、相手のマイミだけでなく味方のモモコまで驚きを隠せないようだ。

「ムッ……嵐を消されたか。 敵ながら流石だなシミハム。」
「結構本気で放ったんだけどなぁ……まぁ、オーラなんか無くても勝てるからいーけど。」

これだけ大規模の現象を消し去ったのだから、シミハムの無が及ぼす範囲は自ずと大きくなっている。
そしてその影響が、直接的に接していないはずのチナミにまで降りかかったと言うわけだ。
ゆえに燃えるような太陽はもう存在しない。

「やっぱりまともに戦うしか無いのか……まぁ、だからこそ製造(つく)った甲斐が有るってもんだよね。」

シミハムの無を利用する……と言ったところまでは連合軍らの作戦の通りだった。
これで食卓の騎士であるチナミとも対等に戦える。
そう思っていた。そう信じていた。
だが、現実はあまりにも非情だ。

「ねぇカナナン……ウチらの作戦って上手くいったんだよね?」
「リナプー……うん、そのはず……なんやけどな。」
「じゃあ教えてよ……アレ、どう倒せばいいの?」

チナミの通り名は「DIYの申し子」。
ひょんなことで友達になった1059号から教わったハイテクノロジーと、
大工の棟梁集団を従えることで実現したマンパワーさえあれば、
彼女に作れないものなど何も無い。

「壱奈美から九九九奈美まで総勢999体!!突撃ーーー!!」

例えば自律走行可能な機械兵を1000体近く製造することくらい、朝飯前なのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



漆黒の鎧で覆われた機械兵らは、そのどれもがチナミと同じ体型をしている。
つまりは長身のチナミと同じ身長。 そして手足の長さまで再現されているということ。
そんなものが1000体もやってきているのだから、恐怖を感じないわけが無い。
さすがに技術モチーフとなった1059号のように「意志」や「思考」、そして「感情」を持ち合わせるほどハイテクではないが、
近くの敵に向かって直進し、殴りかかることくらいは出来る。
つまりは機械兵一体一体が人間の兵と同じか、それ以上の実力を備えていると言えるだろう。
14対1と思いきや、その実は14対1001だったという訳だ。
人に非ざるものがあたかも本物の人のように襲ってくる光景を見て、連合軍のほとんどは混乱したが、
その中でもエリポン、サヤシ、カノンの3人だけは凛とした姿勢を崩さないでいた。

「相手は1000人……まるでお披露目の時のようじゃのう。」
「まぁ、今日はフクがおらんっちゃけどね。」

Q期の3人は、自分たちが帝国剣士としてデビューした時のお披露目会を思い出していた。
あの時は現フク王を加えた4名で1000の帝国兵を倒したのだ。

「あの黒い戦士がどういう理屈で動いているのかは分からないけど……兵が兵であることには変わりはないよね。」

顔面までフェイスガードで完全に覆った、フルアーマー状態のカノンはそのように分析する。
相手が機械であることに惑わされてはいけない。
やる事は変わらないのだ、と信じている。
ならばここはサヤシの独壇場だ。

「ウチが必殺技で攻め込む。 エリポンとカノンちゃんはカバーをお願い。」
「「分かった!!」」

サヤシは機械兵の密集する地帯に飛び込んでは、同時に居合刀「赤鯉」を鞘から解き放った。
機械もすぐに反応してパンチや蹴りを繰り出すものの、もう遅かった。
ただの一瞬にして細腕や細脚がスッパリと斬られてしまっていたのだ。
チナミをモデルにしたこの兵隊たちは、リーチこそ優れているものの耐久性には乏しい。
サヤシは形状から瞬時にその弱点を見抜き、刀でぶった切ったのである。
そして、サヤシの攻撃はそれでは終わらない。

(みんなの負担を減らすために……まだまだ斬って斬って斬りまくる!!)

この時のサヤシはいつものポンコツっぷりが嘘のようにキレッキレだった。
いや、これがサヤシの本来の姿なのかもしれない。
彼女の真骨頂は超スピードからなる容赦ない居合斬り。
相手が人間ではない「機械」だからこそ少しも力を緩めることなく全力で斬り捨てることが出来るのである。
もはや鬼神と化したサヤシはもう止まらない。誰にも止めることなど出来やしない。
超スピードで敵の元に走り込んでは、手足をスパスパと斬りまくる。
そして一仕事終えたと息をつく間も無く次の敵のところへとダッシュする。
この高速剣技こそサヤシ・カレサスがモーニング帝国最速の剣士であることの所以。
帝国で王を決める時の戦いでは模擬刀を用いていたため披露することが出来なかったが、
サヤシはこの真剣専用の必殺技「斬り注意」をずっと前からモノにしていたのだ。
近づくのも危険となったサヤシと共闘できるのは、気心の知れた戦友くらいしかいないだろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



未知の敵に対して切り込んだのはサヤシだけではなかった。
機械兵が「斬れない敵」ではないことを証明したように、
カノン・トイ・レマーネも「受けられない敵」では無いことを確かめる。

「さぁ来い!!」

両手を広げて立ち止まったカノンは、攻撃を当ててくださいと言っているようなもの。
黒い兵隊たちは長い手脚を強く振っては、カノンの鎧にブチ当てた。

(うっ!思ったより効く……)

長鞭のようにしなる攻撃は遠心力も相まってなかなかの威力だった。
生身の身体であれば一発もらうだけで腫れあがってしまうことだろう。
だが、今のカノンは完全武装をしている。
分厚く重い甲冑を身につけるだけでなく、顔面まで覆っているのだ。
今の彼女は言わば動く鎧。 中身が本当にカノンなのか疑うほどに全身を鋼鉄で塞いでしまっている。
昨日から風呂の時以外は鎧を脱がないという徹底ぶりで、フルアーマーでの行動を可能にしているのである。

(よし!痛いは痛いけど、芯には届いていない!!)

カノンに攻撃を仕掛けた機械兵には一瞬の隙が生まれていた。
その隙を見逃すことなく打刀「一瞬」で斬りかかるのがQ期団団長のエリポン・ノーリーダーの役目だ。
この刀は、空気との摩擦で熱を発するほどに速く振るうことの可能な名刀と言われている。
それを帝国剣士随一の怪力を誇るエリポンが握るのだから、弱いワケがない。
兵は肩から腰にかけて、派手に袈裟斬りされてしまう。

「うん。エリ達の力なら倒せる!」

チナミの自信作である壱奈美から九九九奈美は決して弱くはない。
それでも、国を背負った戦いを続けてきた連合軍の面々に勝てない相手では無いのだ。
自分たちの力を見事に発揮すれば打ち勝つことが出来る。
言うならば乗り越えられる壁なのである。
だとすれば怖いのは総勢1000体という頭数だけだ。
もっとも、それは相手が機械であることを忘れなかった場合の話ではあるが……

「よーし!サヤシさんに続いてやるぜ!こっちだって必殺技は有るんだからさ!!」

先輩たちの活躍を見て気を大きくしたのはハル・チェ・ドゥーだ。
愛用する竹刀「タケゴロシ」をしっかりと握って機械兵に喧嘩を売っていく。
狙いはかつてアヤチョ王に教わった必殺技「再殺歌劇」。
一撃目で相手の注意を引きつけたところで、予想外の二撃目を放つという恐ろしい攻撃を繰り出そうとしているのである。

「この技はカノンさんを気絶させたことも有るんだぜ! 喰らえ!!」

ハルの動きのキレは申し分無かった。
一撃目は見事に敵の胴に命中していたし、
そこから間髪入れずの後頭部への二撃目だってよく打ち込めている。
大抵の人間は一撃目に意識を集中するあまり、再殺を意味する二撃目に対応しきれずクリーンヒットを受けてしまうことだろう。
だが忘れてはならない、今の相手は機械なのだ。
前にも述べたがこの機械兵には意志が無い。
ゆえに一撃目から身を守ろうだとか、二撃目への注意が疎かになったとか、そういうのが全く無いのである。
全ての攻撃がコイツにとっては均等。
その結果として、竹刀による合計二発の打撃を受けたとしてもピンピンとしていた。

「あれ?……ひょっとして効いてない?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



慌てて逃げるハルのように、他のメンバーにも機械と相性の悪いものは存在する。
例えば番長のリナプー・コワオールド。
彼女の透明化は相手の脳に「見るな」という信号をサブリミナル的に送り込むことで実現しているので、
暗示の類の通用しない機械兵の前から姿を消すことは出来なかった。

「あ、無理だこれ。」

犬のように噛み付いてみたものの、文字通り歯が立たない。
愛犬のププとクランだってどうすれば良いのか分からず困惑しているようだった。
打つ手がなく呆然と立ち尽くすリナプーに黒い兵隊が殴りかかったが、
"サイボーグ"の異名を持つカリンがチクタク急いで駆け寄り、攻撃を肩代わりすることで事なきをえる。

「リナプー危ない!!」
「わっ!……カリン、ありがとう。」

興奮状態にある今のカリンの痛覚はかなり鈍っている。
ゆえに強烈な攻撃を生身で受けても、影響はほとんど無いのだ。
サイボーグと言うだけあって、カリンのスピードと耐久力はまさに機械並み。
機械VS機械の戦いになるのだから、そう簡単にへこたれてはいられないのだろう。

「ここは私が引き受けるから、リナプーは安全な場所に逃げて!!」
「はーい、後はよろしく~」
「えっ、本当に行っちゃうの?……」

全く悪びれる事なく帰って行ったリナプーを見て、カリンは少し寂しく思った。
「私も一緒に戦うよ!!」といった言葉を期待していたようだが、
そうだとしたら大きな人選ミスだろう。
そうして落ち込んでいるうちに、カリンの周りを複数台の機械が集まってきていた。
いくらカリンが機械同然とは言っても、こうも相手が多ければ苦戦は必至だ。
最悪、命を落とす事になるかもしれない。

「大丈夫、私ならやれる。」

カリンは両頬をパシンと叩いて、気合を入れ直した。
無痛状態なのにそんなやり方で本当に気が引き締まるのか疑問ではあるが、
これはある種の儀式のようなものなのだ。
弱気な自分を変えて、とある地方で「男勝り」を意味する「はちきん」な女子にならないければ生き残れないと考えたのである。

「もっと加速しよう。もう1人の私が見えるくらい速く動いて対抗しよう……それが私の必殺技。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



この世の戦士は「技名を叫ぶ者」と「叫ばない者」に大別される。
声に出したからと言って威力や性能が特別変化するわけでは無いのだが、
人によっては言葉にすることで己のモチベーションをコントロールすることが出来るらしい。
一種の暗示のようなものだろうか。
そして、カリン・ダンソラブ・シャーミンは必殺技名を思いっきり叫ぶ側の人間だった。

「"早送りスタート"!!!」

技名を発した途端に、カリンの身体が小刻みにブレ始めた。
ただでさえチクタク時計が進むように素早いカリンの動きが、もう一段階加速したのだ。
まるでヘアアレンジ中の女子を見ていたら急に映像が早回しになったような、
発する音や声がキュラキュラ聞こえてくるような、そんな印象を受ける。
そう、カリンは己の意思でスピードを自在に操作ることが出来るのである。
通常の人間では実現不可能な超速度で機械兵の背後に回り込んでは、
両手に持った二本の釵(さい)「美頑針」で刺して刺して刺しまくる。
剣に比べると小さな針なんて機械相手には通用しないかもしれないと思われたが
装甲に叩きつけられるスピードが速すぎるあまりにショートして、火花まで起こしていた。
この行為はもはや「攻撃」よりは「溶接作業」。
ショートを利用してその熱で切断するので、「ショートカット」と呼ぶのが適切かもしれない。
武器にかかる負担が大きいため高リスクではあるが、機械相手にはこれがよく効くのだ。
まさに「何気に初めてのショートカット全然後悔してない(ちょっぴり嘘)」といった感じだろうか。
一体のボディーをあっという間に焼き切ったかと思えば、同様に他の兵隊たちも処理してしまった。
終盤にはカリンの影武者?にも思える残像が見える程のスピードだったので、真に恐ろしい。

「"早送りストップ"!……ふぅ、疲れたぁ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



必殺技を解除したカリンは地面にぺたんと座り込んでしまった。
超高速での移動は身体に多大な負担がかかるため、
使用後はしっかりとした休息をとらなくてはならないのである。
カリンとしてはまだまだ戦いたいとは思っているが、どうしても身動きが取れない。
そんな風にして無防備状態に陥ったカリンは機械兵たちの格好の餌食だった。

「う、うごいて……!」

速度を前借りした代償として機能停止寸前になったカリンは逃げることすらままならない。
このまま無抵抗で殴られ続けるのだろうと思われた時、
自己流カンフーガールが黒い兵の顔面に飛び蹴りをかましてきた。

「ほぁちゃー!!」」

ピンチのカリンを助けに駆け付けたのは、同じKASTの一員であるサユキ・サルベだ。
常日頃のランニングによって鍛えられた、強靭な脚力からなる飛び蹴りはとても強力。
たったの一撃で機械の頭部を破壊してみせた。
そして自身の身体が地に落ちるよりも早く、ヌンチャク「シュガースポット」を振るうことで、
近くにいたもう一体の機械兵の胸部をも破壊する。

「なるほどねぇ、確かに倒せないほどの強さじゃないな」
「サユキありがとう!助けに来てくれたんだね!」
「カリン……あんたはジュースを飲んでも飲まなくても、結局ボロボロになっちゃうのね。」
「えへへ、面目ない……」
「まぁいいよ、今は身体を休めておきな。 ここは私とアーリーでなんとかするからさっ!」

左脚でしっかりと地面を踏みしめたままで、サユキは右足の連続蹴りを次々と敵にぶちこんでいく。
ジュースを飲んでフワフワしていた時と違って、地に足をつけた時のサユキの破壊力はなかなかのもの。
チナミと同サイズの兵隊が容易に吹っ飛ぶことからもそれが分かるだろう。
もっとも、サユキの真の狙いはただ吹き飛ばすだけのものではなかった。

「アーリー!私がこうしてたくさん送り込むから、全部絞っちゃって!」
「おっけー!」

サユキが機械兵を蹴った先には、アーリー・ザマシランが立っていた。
そんなところに立ったままだと鉄の塊と衝突する恐れがあるため非常に危険なのだが、
アーリーはむしろ自分から好き好んでこの場を陣取っていた。

「遠慮なしでいくよ!そりゃあ!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サユキとカリン、そしてアーリーには奮起せねばならぬ理由があった。
その要因が、同じKASTに属するトモ・フェアリークォーツの存在だ。
彼女は今現在、キュートと共にベリーズらと直接対決をしている。
つまりは非常に過酷な戦いの真っ只中にいるということ。
ならば自分たちが気張らぬ訳にはいかないのだ。

「アーリー受け取って!!」

既にサユキは10数体もの敵を蹴っ飛ばしていた。
それらは全てがアーリーの方へと向かっている。
アーリーはこの状況を全く恐れることなく、両手を広げて、全身で受け止めていく。

「たああああああ!!!」

KASTの面々は、ジュースに頼らないと決めた日から自分自身を強化する特訓を続けてきていた。
これまでの期間にこなしてきた実戦式訓練の総数はなんと220回。
それだけの場数を踏んだからこそ、アーリーは自身の得意技を必殺技に昇華することが出来た。
やることはいつもと同じ。
相手を抱きしめて拘束するだけのこと。
では何が違うのかと言うと、"圧"が違う。
これまでのように表面だけ圧迫して搾るようなFirst Squeezeではない。
全ての力をもって、一滴も残さぬほどに搾り切るのである。

「"Full Squeeze"!!!」

束になった機械兵は超のつくほどの高圧に耐えきれず、胴から真っ二つに切断される。
一体を破壊するだけでも大変だというのに、
アーリーは複数体を同時に搾り切ってしまったのだ。
相当気合いが入った時にしか使えないという制限付きの技ではあるが、
この必殺技「Full Swueeze」を生身の人間に使用したらいったいどうなってしまうのだろうか。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



Q期団やKAST以外にも、機械兵相手に活路を見出したものが現れ始めていた。
例えばアユミンは、地面を滑りやすくする戦法が今回も有効であることに気づいたようだ。
転倒したままジタバタして起き上がらない敵を見て、逆に目を丸くしている。

「おぉ……一度転んだら起き上がれないんだ……
 さすがにそこまでは人間様を真似できなかったってことね。
 だったらこの辺り一帯を均しちゃえば勝利確定じゃん!」

いつもの得意技を活かしているのはオダ・プロジドリも同様。
太陽光を剣に反射させて機械兵の目元に送り込むことで、
視覚情報を取り入れる感知器をダメにしていた。

「機械さんも目を焼かれたら何も見えなくなっちゃうのね。
 だったら、壊し方はヒトとおんなじ。」

活躍しているのはアユミンやオダのような中堅どころだけではない。
連合軍の中では最も若いリカコ・シッツレイだって良いところを見せている。
はじめはシャボン玉にかまわず突っ走る敵兵に恐れをなしていたが、
シャボンの駅を頭からぶっかければ故障することに気づいてからは撃破数をグングン伸ばしている。

「\(^o^)/た!\(^o^)/」
「\(^o^)/お!\(^o^)/」
「\(^o^)/し!\(^o^)/」
「\(^o^)/た!\(^o^)/」
「\(^o^)/ぞーーーーっ!\(^o^)/」

周りが順調な中、リナプーはつまらなさそうな顔をしている。
彼女の特性は「機械には通用しない透明化」と「堅い装甲を破れない噛みつき」なので、
いまいち本領を発揮しきれていないのである。
そんなリナプーに対して、足裏に着けたソロバンで移動速度を上げたカナナンが迫ってきた。

「なにやっとんねんリナプー、いくで!」
「いくってどこに?」
「決まってるやろ……人形なんかじゃなく、本体を直接叩きに行くんや。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



機械仕掛けの兵隊の対処法が割れた今、全てを倒しきるのは時間の問題だった。
やはりそこは各国を代表する戦士たち。血の通っていない攻撃など簡単に跳ねのけられるという訳だ。
このまま順調にいけば小一時間もかからずとも制圧できることだろう。

「ま、順調には行かないんだけどね。」

ドォンと言った轟音が突如鳴り響いた。
それも単発ではない。耳をつんざくような爆音が同時に4回も発せられたのだ。
その大きな音の発信源ではなんと鉄壁の防御力を誇るカノンが地に倒れてしまっていた。
フルアーマーの胴体部分に砲丸ほどの大きさの凹みが4か所見受けられている。
ひょっとしなくても、これらの箇所に強烈な打撃をもらったためにカノンは倒れたに違いない。

「カノンちゃん!?……え?……ついさっきまでピンピンしてたのに……」

突然の出来事に、同期のサヤシも戸惑いを隠せないようだった。
必殺技「斬り注意」の影響で修羅と化していたのに、集中力が切れてしまったのがその証拠だ。
それほどにカノンが一瞬のうちに倒されてしまったことがショックだったのだろう。
しかし黒い機械兵の攻撃がカノンの鎧の前では無力だったことは実証済みだったはず。
ではいったい誰がカノンを倒したというのか?
……いや、そんなことをわざわざ考える必要は無いだろう。
この場にいる脅威は機械兵だけではない。それは最初からわかっていたのだから。

「みんなここまで良くやったと思うよ。だけどさ、私を忘れてもらっちゃ困るな~」

サヤシより一回りも二回りも大きい高身長。
常人では届かぬ距離にも簡単に伸ばせてしまえそうな長い手足。
そしてその両腕に装着された2機の筒状バズーカ型兵器。
敵の存在を知覚したサヤシの手足は、たちまち痺れてしまった。

「食卓の騎士っ!……ベリーズ戦士団の、チナミっ……!!」
「はいはーい。呼んだ?」

太陽のオーラこそシミハムに消されたものの、その圧倒的なまでの威圧感は健在。
過去に食卓の騎士と直接戦ったことのあるサヤシだからこそ分かる。カノンはチナミにやられたのだ。
両腕に着けられたバズーカはおそらく高速高威力の弾を発射可能なものに違いない。
通常の砲弾程度ならカノンは受け止めることが出来るが、
DIYの申し子と呼ばれるチナミの強化バズーカには流石に耐えられなかったのだろうと推測できる。
では、そんなカノンが受けきれなかった弾を、カノンより防御力が劣るサヤシがもらったらどうなるのか?
考えたくはないが、クマイチャンにぶった切られたり、マイミに殴り倒されるのと同等のダメージを負うことになるだろう。
つまりは、死だ。
ほんのちょっとでもチナミに隙を見せたら良くても重症。
それを想像するだけで息が苦しくなってくる。足取りが重くなってくる。
だが、それでは以前の何もできなかった自分と同じではないか。
サヤシ・カレサスは変わったのだ。
どんなに苦しかろうとも、辛かろうとも、歩みを前へと進めていく!

「サヤシ!!それはちゃうで!!」
「!?」

ソロバンをローラースケートのように足に着けていたカナナンが、サヤシとチナミの間へと滑り込んだ。
よく見るとカナナンだけではない。
メイにリナプー、そして新人のリカコまでこの場へと到達している。

「え?……カナナン?……みんなも……」
「適材適所ってやつや。サヤシの剣は複数相手に向いてる。せやからな、まだたくさん残ってる機械兵を始末して欲しいんや。
 生憎、メイの演技もリナプーの透明化もアイツらには通用しなくてな……」
「じゃあ……」
「うん、チナミはカナ達アンジュの番長が仕留める……それが今の最善手やからな。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「あ、君たちがアンジュ王国の番長?話は聞いてるよ~
 クマイチャンを苦戦させたり、マイミの特訓に耐えたりしたんだってね……なかなかやるじゃん。」

チナミが話しているのは先日の選挙戦でのことだ。
確かに言っていることに間違いは無いのだが、少なからず語弊もある。
クマイチャンを困惑させはしたものの倒しきることは出来なかったし、
マイミともガチの決闘をしていたら今ごろ命は無かったはずだ。
つまりは番長の力を持ってしても食卓の騎士を倒した実績はゼロだということ。
それほどまでに困難なことを彼女らは行おうとしているのである。
そんな中で、最も若いリカコ・シッツレイの様子がおかしくなってきた。
表情はグシャグシャになっているし、過呼吸になったように息が乱れている。
伝説の存在の1人と戦わねばならない状況に押し潰されたのか、今にも泣き出してしまいそうだ。

「うっ……ぐっ……」

そんなリカコの背中をサヤシが優しく撫でる。
敵の恐ろしさを知っているサヤシだからこそ、今のリカコに暖かく接することが出来るのだろう。

「落ち着くんじゃ。大丈夫。君の先輩たちはとても強い。」

リカコとサヤシの数歩前では、カナナンとリナプーとメイの3人が凛とした顔で立ち構えていた。
3人が3人とも、先輩であるマロ・テスクから教わった化粧を施している。
ガリ勉タイプ、道端タイプ、ヤンキータイプ、これらの化粧は彼女らの持つ潜在能力を更に引き出すことが出来るのである。
そんなリナプーがリカコの方をチラリと向いて、低めの声で言い放った。
その声色にはいつものような気だるさは感じられなかった。

「リカコ、"カクゴして"」

その一言にリナプーは以下のような思いを込めていた。
『
覚悟が無いならお止しなさい。(機械では無い)生身の女子には敵わない。
経験不足なんて問題ない。勇気を見せて欲しいだけ。
完全無欠なんて関係ない。傷だらけカッコイイでしょ。
真剣なら痛いくらいでもいいわ。
正々堂々とやりましょ。怖くて当たり前でしょ。
負ける気は無いわ。でも期待してるわ。
君の声聞かせて。
』

その思いに応えるように、リカコは涙を手で拭いながら声を発した。

「泣いて……無いし!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



番長らの覚悟も決まって、さぁ戦おうと言ったその時
不思議なことが起こった。
最大限に警戒しているはずのメイの顔面に向かってチナミが手を伸ばしたかと思えば、
いとも簡単に顔に装着されたガラスの仮面を奪い取ってしまったのだ。

「これが君の武器か~。ちょっと見せてよ!」
「え……!?」

その略奪行為があまりにも自然過ぎたため、メイだけでなく他の番長までも反応することが出来なかった。
このような現象を起こした秘密はチナミの手脚の長さにある。
クマイチャン程では無いにせよ、チナミの体格はかなり恵まれている。
一歩の距離が常人より長いし、手を伸ばせば思ったよりも前に届く。
ゆえに、大袈裟なモーション無しで大きな行動をとることが出来るのである。
だからこそメイは自身の仮面が盗られることに対して処置することが出来なかった。

「透き通ってて綺麗なガラスで出来てるね!
 これを着けていれば演技力が上がる……んだったっけ?
 凄いなぁ。きっと私が着けたところで何にも変わらないんだろうなぁ……
 でも、ちょっと力を加えただけで割れちゃいそう……」
「か、返して!」
「あははは、心配しなくてもすぐ返すよ。ほら!」

そう言うとチナミはメイに対してポイと投げ放った。
慌ててキャッチしてガラスの仮面の状態を確認するメイだったが、
そこに損傷のようなものはまるで見当たらなかった。
どうやらチナミは本当にただ見たかっただけのようだ。

「"仮面"、"ソロバン"、"犬"、それと"石鹸"か。
 面白いよね。そんなのが本当に武器になっちゃうんだ。
 今度はその武器を使っているところを間近で見せてよ!
 一通り見終わって満足したら、1つ残らず壊してあげるからさ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



武器を壊す、と言った発言に一同はピクリとした。
おかしな武器とは言っても長年使用しているために愛着は人一倍感じている。
その愛用品を破壊されるのかもしれないのだなら穏やかではいられないだろう。
特にリナプーの愛犬ププとクランは生物だ。
壊すとは一体どういうことなのか……想像するだけで辛くなってくる。
だが、ここで尻尾を巻いて逃げ出すワケにはいかない。

「お望み通り見せてやろうやないか。アンジュ王国の武器をなぁ!」

カナナンが指をパチンと鳴らすのと同時に、リカコがバケツ一杯分の量に相当する石鹸水をチナミにぶっかけた。
チナミだけでなく、その両腕に装着された筒状の大砲までビショビショだ。

「なんだこれ!くぅ~~、目が痛い!」

この攻撃を避けられてしまったら幸先悪かったが、幸いにもチナミはまるで避けようとしていなかった。
武器性能を確認したいという好奇心からか、それとも格下相手には絶対負けないという自信からか、
そもそも攻撃を回避するつもりが無いように見えている。
番長たちのプライドが傷つかないと言えば嘘になるが、今はその慢心につけ込むしか道はない。

「石鹸水なんやからそりゃ痛いでしょう……そんな状態でリナプーの姿を追えますか?……」
「うわ……クマイチャンの言ってた通りだ……リナプーも、犬も、全然見えない……」

リナプーとププ、クランは暗示効果を利用して自らの姿を非常に見えにくくした。
これで透明化というアドバンテージを活かして優位に立ち回ることが出来る。
もっとも、食卓の騎士相手にはそれだけでは足りないだろう。

「メイ、頼むで!」
「任せて……全身全霊の演技を見せつけてあげるんだから。」

メイ・オールウェーズコーダーは勇敢にもチナミに向かって突撃していった。
ここ最近の彼女の勝ち筋と言えば、過去に見た食卓の騎士をほんの一瞬だけ真似る「1秒演技」を繰り出すことであったが、
シミハムが周囲一帯のオーラを無とする以上、その効果は薄いと考えている。
ならばメイは更なる奥の手を見せるのみ。
キャスト総勢10名、感動のスペクタル超大作。
メイの必殺技「1人ミュージカル」が幕を開ける。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「うーん……やっぱりここはちゃんとしなきゃダメなんだろなぁ……」

チナミは右腕に着けたバズーカの発射口を向かってくるメイの腹に合わせた。
火薬の爆発力によって発射される砲弾の威力は凄まじく、
フルアーマーのカノンをたった4発で倒した実績だってある。
生身の人間が直接受ければ死もあり得るが、
ヤンキータイプのメイの我慢強さはマイミのラッシュにも耐えられる程であると過去にチナミは聞いていた。

「1発くらいが丁度いいのかな? もっとずっと見ていたかったけど、しょうがないよね。」

開いていた手のひらをギュッと閉じる。これが砲弾発射のトリガーとなっている。
たったそれだけのお手軽操作で凶悪な砲弾が射出されるような仕組みになっているのだ。
これでもうメイはリタイア……と思われたが、
一向に弾は発射されない。 
何かしらのトラブルが発生していることにチナミはすぐに気づいた。

「あ!さっき水をぶっかけられた時に火薬が湿気っちゃったのかぁ!これはヤバい!」

答えはチナミの思った通りだ。
リカコが多量の石鹸水をかけたことによって銃火器をダメにしたのである。
これでチナミは武器のメンテナンスを行うか、あるいは肉弾戦に応じるしかなくなる。
どちらにせよ一時的に戦力が大きくダウンすることは確定だろう。
となればメイにもチャンスが生じてくる。
しかしメイ・オールウェーズコーダーは番長の中では長身の部類に入ると言え、
体躯に恵まれたチナミから見たら小柄な少女に過ぎない。
長い脚によって繰り出される強烈なキックでも当てれば簡単にすっ転んでしまうに違いない。
そう考えたチナミは、突進してくるメイのお腹につま先をぶち当てた。
その一撃は全くブレれこともなく、クリーンヒットする。

「あれれ……なーんか、話と違うんだけど……」

結論から言うと、メイはチナミのキックに耐えていた。
それはまぁ良い。 ヤンキータイプのメイの根性ならそう言うこともあるかもしれない。
だが、話に聞いていた限りでは
メイがマイミのパンチを我慢していた時の表情はとても苦しそうなものだったはずだ。
だというのに今の彼女はそのような顔を全くしていない。
まるで、痛みそのものを感じていないような無表情だ。
サイボーグのように無痛状態になっているのだろうか。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



メイがチナミを驚かせたのは耐久力だけではなかった。
2人の身長差から考えるとチナミが攻撃を受ける可能性があるのは脚部から胸部までの範囲内。
ゆえに頭部をガードする意識は持たなくても問題はないはず。
そう思っていた矢先にカナナンが叫び始めたのだ。

「跳べ!!」

仲間の指示が来るのと同時にメイは地面を強く蹴って跳び上がった。
そしてカンフーでもしているかのような雄叫びをあげてチナミの顔面を蹴っ飛ばしたのである。

「ほぁちゃあああ!!!」
「!?……痛ったぁ~~~い!!」

いくら食卓の騎士でも、ノーガードで顔を蹴られたら痛くてしょうがない。
白兵戦に特化したスキルを持ち合わせていないチナミならなおさらだ。
だが、この一撃でチナミはやっと理解することが出来た。
メイ・オールウェーズコーダーの必殺技「1人ミュージカル」の全貌を把握したのだ。

(えっと、このメイって子は他の戦士の能力をコピーするのを得意としていたはず。
 最初に無表情でキックに耐えてたのは、きっとマナカちゃんが言ってたアレだ。
 サイボーグのように痛みを無くしちゃうカリンをマネしたんだ。
 で、その次のアチャーってのはサユキの自己流カンフーだよね。間違いない。)

チナミの中で全てが繋がった。
「1人ミュージカル」とは複数人の演技を同時に行う技なのだ。
おそらくは小技程度しか連結できないのであろうが、それでもバリエーションの広さを考えると恐ろしい。

(う~~~ん……いったい何人分まで同時に演技出来るっていうの?
 まさか100人とか言わないよね?だったら末恐ろしすぎるんだけど……)

チナミが体勢を整えるよりも早く、メイは自分の顔につけていたガラスの仮面を取り外していた。
それでは演技力が落ちてしまうのではないかと思うかもしれないが、ご心配は要らない。
これも演技に必要な小道具なのである。

「光を……集める!!」
「ギャ!眩しい!」

メイはオダ・プロジドリがやったように、ガラスの仮面に太陽光を集めて反射させた。
その矛先はもちろんチナミの目だ。
いくら太陽のオーラを持つチナミであろうと、日光から目を守る術は持ち合わせていなかったようだ。
ここまでうまくいっている事を確信したカナナンは、次の石鹸を準備していたリカコに指示を出す。

「リカコ! 今がチャンスや。 メイと協力して思いっきりスベらしたれ!!」
「はい\(^o^)/」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



配役をアユミンに変えたメイは強烈なスライディングで地面をツルツルに均してしまった。
その一帯にリカコが石鹸水を流し込むものだから、チナミはもうまともには立っていられない。
生まれたての子鹿のようにプルプル震えながら自立するのがやっとだ。
それに対して、メイはウィンタースポーツの魔法を使用可能なエリポンになりきる事で
このスベりやすい地面でも耐えることの出来る安定感を確保していた。
メイの演技の恐ろしいのは、過去にエリポンがウィンタースポーツをやっているところを見たことがないのに演じているところにある。
「エリポンならこれくらいは出来るだろう」とイメージして、それを再現しているのだ。
女優には想像力も必要ということなのだろう。

「仕上げや!これを使え!!」

カナナンはメイに対して2つのソロバンと、1つの鉄球を投げつけた。
前者のソロバンはカナナン本人が愛用しているものであり、鉄球は同期タケから預かっている代物だ。
これによりメイは相手が強大な存在でも通用する攻撃手段を取ることができるようになる。

「まさか、タケとカナナンの演技を同時に?……」
「いいえ、ダブルキャストじゃまだ足りない……これから魅せるはトリプルキャスト!!!」

両足の裏にソロバンをセットしたメイは、更に自身の太ももにグググッと力を入れ始めた。
この挙動はモーニング帝国現帝王フクが見せた「フク・ダッシュ」。
ただでさえ高速なスケート移動に、ダッシュによる爆発的な加速力まで加えようとしているのである。
そして、そこからなる鉄球の投球は165km/hやそこらじゃ済まない域に達することとなる。
まさに爆速。強者が何重にも重なったからこそこの威力が出せたのだ。
……しかし、それでもチナミには届かなかった。

「あぶな~~~~い!ギリギリ間に合ったぁ!!」

なんとチナミは素手の右手で豪速球をキャッチしてみせたのである。
純粋な戦闘タイプではないとは言え、やはり食卓の騎士。
これくらいは出来て当然といったところだろうか。
だが、メイの表情に曇りはなかった。

「さすがねカナナン。」

メイが投球したタイミングから少し遅れて、カナナンも綺麗なフォームで鉄球をチナミに投げつけていた。
それもチナミがよろめく位置を計算して、確実に命中するように仕向けていたのである。
その結果として見事チナミに当てることができた。
ただし、その当たった箇所はチナミの左の手のひらだ。

「これも危なかった……よく反応できたなー私……」

何度も言うが、やはりチナミは食卓の騎士。
カナナンとメイ、リカコの3人の力を持ってしても両手しか塞ぐことが出来なかったというわけだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



メイとカナナンの鉄球を受け止めたチナミの両手は、現在どちらも塞がっている。
そしてボールを放す間も無く、両足までも封じられることとなる。
今まさに、透明な二頭の獣に足首を噛まれてしまったのだ。

「あ!!……」

何故か忘却していたもう1人の番長の存在を思い出すよりも速く、
背後から刃物のように鋭い殺気が発せられるのをチナミは感じた。
今すぐこの場から去らないとソイツの鋭利な牙に噛まれてしまうと、本能が警告しているのがよく伝わってくる。
だが既に退路は断たれていた。
両手も両足も自由に動かせないために
いくら頭に警戒アラームが鳴り響こうとも、
いくら長年の勘が警鐘を鳴らし続けようとも、
相手の必殺技を甘んじて受け止めることしか出来なかったのだ。

「"Back Warner(後ろの警告者)"」

誰にも聞こえないような小さい声でリナプー・コワオールドは技名を呟いた。
そしてその後は間髪入れずに、チナミの背中を容赦なく喰いちぎるのであった。
いくらリナプーが存在を希薄に出来るとは言え、熟練の戦士相手に背後をとることは難しい。
それを可能にさせてくれたのが、味方の存在だ。
カナナンが、メイが、そしてリカコが目一杯目立ってくれたからこそ、
リナプーは相対的に影を薄くすることが出来たのである。
もちろん優れたその実力は薄まることなく、だ。

「やったなリナプー!!」

見事に決めてくれたリナプーを見て、他の番長らは歓喜した。
大技は確実にヒットしている。そして、背を千切られたチナミの出血量は尋常ではない。
ここまで来れば勝利は目前だ。
よほどの大番狂わせが無い限りは勝てるだろうとカナナン達は信じていた。
せっかくだからここで断言してしまおう。この戦いに番狂わせは存在しない!
壮大などんでん返しも、
圧巻のどんでん返しも、
運命の大逆転劇も、ここからは何もかも発生しないのだ!
全ては最初の筋書き通り。

「あ~~、やっぱりミーティングで聞いた通りだ。」

スッと姿勢を伸ばし、平気な顔をするチナミを見た番長一同は固まってしまった。
確かにリナプーの必殺技は決まったはず。
ならば何故にチナミはまだ立っていられるのか?

「"帝国剣士、番長、KASTは思ったよりも強い。"……うんうんそうだよね。身をもって感じたよ。」

言葉を続けながら、チナミはリナプーの頭を鷲掴みにした。
今のリナプーには返り血がベットリついているため容易に視認可能になっているのだが、
そんなことよりもリナプーが恐怖で少しも動けていないことの方が深刻だ。

「"思ったよりも強い。でも、想像を超えるほどじゃあ無い。"……全くその通りだ。」

チナミは力を下方向に入れて、リナプーを地面に一気に叩きつけた。
地面のコンディションが著しく滑りやすくなっているため、リナプーは少しも踏ん張ることが出来ず、
無抵抗で頭から落ちてしまう。

「よしっ! 一転び目!!」

他の番長らの声量はすっかり失われていた。
さっきまで優勢だったと言うのに、急に逆転されてしまったのだから無理もないだろう。
いや、厳密に言えばこれは逆転などではない。
そもそも番長らが優勢になったタイミングなど、一度も存在していないのだから。

「よーし、あと三転びいくよー!」

もう一度宣言しよう。
この戦いに番狂わせは存在しない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「おっと、その前に……」

チナミはその場でしゃがみこみ、リナプーに駆け寄るププとクランの頭をそっと撫でた。
その瞬間から2匹の犬はひどく震えて、立っていられなくなってしまう。

「君たちは武器なんだよね?……だったら足止めなんかに使われるのはもったいないなぁ。
 ご主人様が目を覚ましたら教えてあげなよ。自分たちをもっと有効活用した方がいいってさ!」

何やら助言のようなことを言うチナミだったが、2匹は既に地に転がっていた。
お腹を敵に見せると言う「降伏」のポーズをとっているのである。
何をしようが敵わないことを動物の勘で理解し、戦意喪失したのだろう。

「あ、壊れちゃったか、じゃあもういいや。」

続いてチナミは残りの番長3人の方を見た。
今すぐにでもリナプーと同じ目に遭わせるつもりなのかもしれない。
だがチナミと番長らの間にはツルツルに磨かれた地面がある。
この位置関係を維持している限りはそう簡単には追いつかれないだろう。

「やっぱこの地面邪魔だなぁ~、よし!吹き飛ばしちゃお!!」
「「「!?」」」

チナミは両腕に装着していた小型大砲を取り外したかと思えば、
携帯用の工具を用いて神業の如きスピードで分解し始めた。
それもただ分解しているだけではない。
リカコにぶっかけられた石鹸水をふき取ったり、不具合の生じた箇所を補修したり
と言った作業をほんの10秒で完了させてしまったのである。
しかもこれから放つ必殺技のためにカスタマイズしたというオマケ付きでだ。

「大爆発(オードン)"派生・ピストンベリーズ"!!!」

小型大砲の両筒から合計11発もの炎弾が放たれた。
1発1発がサッカーボールほどの大きさを誇る火炎はたちまち地面を焼き払い、
あっという間に更地にしてしまった。
もちろんリカコの泡も完全に蒸発したため、もう滑ることはない。

「ば、化け物……」

兵器の威力もさることながら、修理とモデルチェンジを短時間で終えてしまったことが人間離れし過ぎている。
身体能力だけ見ても怪物。
武器を使えばさらに怪物。
どのようにすれば倒せるのか、もはや分からなくなってしまった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



こうなったらもうチナミの独壇場だ。
たった数歩だけ脚を前に進めただけで、番長らに手が届くところにまで来てしまった。
もはや逃げても無駄。どれだけ遠くに行っても追いつかれるに違いない。
もっとも、番長3人は元より交戦する心構えが出来ていた。
カナナンにはソロバンがある。
メイにはガラスの仮面がある。
リカコには固形石鹸がある。
リナプーも含めて番長のほとんどが過去に「変わってるね」と嘲笑われ、
「よく言われるの」そっと笑い返した経験があると言う。
心の中じゃ牙を剥いて、だ。
普通と違った所があるならいっそ磨いて武器に変えてやればいい。
試練は尽きないが動き出さねば変わらないそれが人生だ!

「メイ!リカコ!ここからは気合い入れて……」
「あ、ちょっと借りるよ。」

掛け声を出そうとしたカナナンの出鼻をくじくように、チナミはメイとリカコの武器を取り上げた。
戦士の命よりも大事な武器を、いとも簡単に奪い取ってしまったのである。
特にメイは前にもガラスの仮面を取られた経験があるため別段警戒していたのだが、
そんな厳重体制も御構い無しに、チナミは友人から鉛筆でも借りるかのように掴み取っている。
また今回もすぐに返してくれれば嬉しいのだが、
残念なことにそうはいかなかった。

「可哀想とは思うけどさ、壊させてもらうよ。」

右手に持ったガラスの仮面と、左手に持った固形石鹸を、
チナミは勢いよく硬い地面に叩きつけた。
通常の人間のそれを遥かに超えたスペックの彼女がそんなことをするものだから
ガラスの仮面も固形石鹸も粉々になってしまった。
比喩表現とかではなく、衝撃力が強すぎるあまり本当に粉になったのである。
その光景を目の当たりにしたメイとリカコはショックを隠せないようだ。

「あ、ああ……」

しかしいくら武器が破壊されたとは言ってもまったく戦えないという訳では無いだろう。
ガラスの仮面をつけると演技力が上がるというのはつまるところ思い込みであるため、物理的な戦闘能力は変わらないはずだし、
リカコに至ってはカバンの中にまだたくさんの固形石鹸を詰め込んでいる。
要するに何も心配することは無いのである。
しかし、彼女らは簡単に割り切ることは出来なかった。
自らの信念とも言える武器をたった一瞬で砕かれた映像が目に焼き付いて離れない。
もうドン底に堕ちたような気分だ。
故にメイとリカコの耳にはカナナンの警告が入らず、
チナミに強くスネを蹴られて転倒してしまった。
起き上がる気力は、もはや無い。

「よーし、二転び目と三転び目!」
「メイ!!リカコ!!!……嘘やろ……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「嘘だろ……」

カナナンと同じような発言を、同じように青ざめながらする者が付近に立っていた。
それは天気組の雷の剣士、ハル・チェ・ドゥーだ。
同じく天気組の曇り剣士、マーチャン・エコーチームと共にこの場までやって来ていたのである。
加勢するつもりだったのだが、番長が秒殺されていく様を見て完全に震え上がってしまった。
それでも、苦しむ仲間を見ては黙っていられない。

「か、カナナン!今から助けに……」
「……いや、要らん。むしろ手を出さないで欲しい。」
「へ!?」

救助の要請を出すどころか、ハッキリと拒否の意を示したカナナンにハルは驚いた。
今のカナナンは誰がどう見ても絶体絶命。
要救助者に決まっている。

「おいカナナン!まさか番長が負けたことに責任を感じてそんなこと言ってるんじゃないだろうな!
 変な気を使うなよ!ハル達は仲間なんだからさ!!
 それともなんだ?ハルとマーチャンが加勢しても意味が無いとか言うんじゃ……」
「違う!!」

"違う"とカナナンは言ったが、実際問題ほとんど違ってはいなかった。
カナナンが責任を感じてチナミの攻撃を引き付けたいと思っているのも事実だし、
ハルとマーチャンの戦力を持ってしてもチナミに対抗できないことだって事実だ。
ただ、カナナンには一点だけ主張したいことがあった。

「手は出さないでいい……その代わりな、一部始終をマーチャンに見て欲しいんや。
 全部覚えるまでカナが必死で耐え抜く!……せやからな、その眼で死ぬ気で見て欲しい。」
「!!」

なんとなくだが、ハルにはカナナンの考えが理解できた。
しかしそれを実現するには大きすぎる問題がある。

「カナナン!お前っ……1人で戦えるのかよ!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



まだ番長が表も裏も含めて6人だった頃。
カナナン、タケ、リナプー、メイの同期4名は死を覚悟するほどに過酷な訓練を受けたことがあった。

「アヤチョにはあなた達がピンクの仏像を壊したって嘘ついておいたから、後は頑張って。」
「「「「え?」」」」

怒り狂う鬼神アヤチョ王を倒す。
それがマロ・テスクの課したミッションだった。
とは言ってもそんな状態のアヤチョとまともに戦えるはずがなく、
たったの一撃でタケがやられ、
二撃目でメイもやられ、
そしてこっそり逃げようとしたリナプーも蹴り飛ばされてしまった。
となればあと数秒で訓練そのものが終わるだろうと思われたが、
なんとカナナンはそこから十数分もアヤチョの猛攻を耐えきったのだ。
とは言ってもモーニングのカノンのように鉄壁の防御力を持ち合わせている訳ではない。
全ての攻撃をギリギリで見切って、死に物狂いで回避したのである。
カナナンの暗算力をもってすれば、初動さえ見ればどこに攻撃が到達するのかを算出することが出来る。
そこで、そろばんローラースケートによる機動力を活かすことでなんとか逃げたというわけだ。
十数分も経てば一撃を受けて倒れた味方は回復するし、
ムラっ気の強いアヤチョ王のチカラも弱まる周期に突入する。
そのタイミングを見極めて一斉攻撃を仕掛けることで番長4名は見事アヤチョに勝利したのだった。

(あの時の感覚を思い出せば……カナは無敵になれる!)

ソロバンを取り上げようとするチナミの長い手を、カナナンは思惑通りに交わした。
その後も近距離では蹴りを、遠距離では砲弾を食らいそうになったが
全て例外無く回避することが出来ている。

「なるほどねー……生半可な攻撃は当たらないってことか……じゃあどうしよっかな。」

カナナンの特性は確かに厄介ではあるが、チナミにはいくらでもやりようがあった。
例えば超高速で放たれる銃弾なら避けられないし、
そもそも周囲の地面ごと爆破してしまえば避ける意味もない。
それでも、チナミはそのような手をとることはしなかった。
その方が彼女にとっては都合が良いのである。

「マーチャン、だっけ?……せっかくだからもっと近くで見ていきなよ。
 もっと楽しいモノをたくさん見せてあげるからさ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「やっ、やぁぁぁ!!」

せっかくチナミが誘ってくれたと言うのに、マーチャンはつれなかった。
ひどく怯えた顔をしながら反対側の方を見ようとしている。
これからその眼で見なくてはならない対象がどれだけ恐ろしい存在なのか、肌で感じ取ったのだろう。
そんなマーチャンの顔をハルがしっかりと掴み、無理矢理にでもチナミの方を向けさせる。

「やだやだやだやだ!ドゥー!やめて!」
「ワガママ言うなよマーチャン……ちゃんと見ないと、カナナンの頑張りが無駄になるだろ!
 ハルもここで一緒に見てやるからさ、マーチャンも頑張ってくれよぉ!!」
「ドゥー……」

ここでマーチャンはハルが大粒の涙をボロボロ流していることに初めて気がついた。
彼女だってマーチャン同様に怖くて仕方がないのだ。
リナプー、メイ、そしてリカコのようにいつ自分だって化け物に叩き潰されるのか分かったものではない。
可能であれば今すぐにこの場から立ち去りたいという思いを必死に抑え込んでいるのである。
それを感じたマーチャンは、少しだけ頑張ることを決意した。

「分かったよドゥー……マー、覚える。」
「そうだその意気だ!マーチャンに覚えられないものなんて無いんだからさ!!」

話がまとまったのを見届けてから、チナミはいくつかの工具を取り出した。
そして先ほど見せたような高速の手捌きで自身の小型大砲に手を入れていく。

「よーし、今造るとしたらやっぱりこれだよね……大爆発(オードン)"派生・metamorphose"……なーんちゃって。」

「は?……」
「え?……」

作業完了後に作り上がったものを見たカナナンとハルは、こんな状況だというのに、思わず呆けてしまった。
だって仕方がないじゃないか。
さっきまで小型大砲だったものが「鉄仮面」に変わっていたのだから。

「なっ……それはいったい……どういう……」

小型大砲にチナミが高速で手を加えているところまではギリギリ目視できていた。
だが、完了の瞬間がよく分からない。
いつの間にか鉄仮面に置き換わっていたのである。
もう技術力どうこうではなく、印象としては手品に近かった。
そんな風に呆然とする2人を気にすることなく、チナミは自前の鉄仮面をスチャッと装着する。

「いいでしょ~。これを装着すると私でも演技力が上がりそうな気がしない?
 それにさ、余った部品で"犬用の鉤爪"と"石鹸銃"なんてのも作って見たんだけどさ……マーチャン見てた?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ふあっ……」

気づけばマーチャンは右の鼻から血を流していた。
あまりにも不可解なチナミの動きに対して、脳が処理しきれなかったのだ。
心では「覚えたい」と願っていたとしても、肝心の頭にかかる負担が大きすぎる。
このまま見続ければマーチャンの脳はパンクしてしまうかもしれない。

「マーチャン!!だ、大丈夫なのか!?」
「だい……じょう……ぶ……」

ただ見ているだけでその眼は虚ろになっている。
誰がどう見ても大丈夫なワケがない。
そんなマーチャンに対してハルがしてやれるのは、自身の袖で鼻血を拭ってやることくらいだった。

「ごめんなマーチャン……無理して欲しくないけど、今は無理をしてくれ……」
「だいじょうぶだってば……」

ハルとマーチャンが話しているうちに、チナミはカナナンに対して飛びかかっていた。
顔には鉄仮面、右手には肉を裂くカギ爪、左手には石鹸水が射出される水鉄砲を構えているため
その姿はとても奇抜だった。赤い人ではないが~異形~と言っても良い程だ。
銃撃戦から肉弾戦に切り替えたチナミにカナナンは少し戸惑ったが、
それでもやること自体は変わらない。

(心を乱されたら負けや!敵がどんな武器や姿形で来ようとも、絶対に逃げ切る!)

時間を稼ぐためカナナンはお馴染みのソロバンローラースケートで後方に下がろうとする。
しかし、そのように逃走することはチナミにバレていた。
新武器の銃による石鹸水は、すでに地面にブチまけられている。

(やっぱりアレはリカコと同じ戦法を取るための武器!……す、スベる!!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナンは物凄い勢いですっ転んだ。
先ほど一転び、二転び、三転びさせられたリナプー、メイ、リカコの比では無い。
石鹸水で滑りの良くなった地面のせいで、カナナンはお腹を軸にグルグルと超高速でスピンしてしまっている。
それだけ派手に「四転び」させられてしまったのである。
食卓の騎士相手にここまでよく耐えたものだが、
こうも勢いよく転倒すれば気を失うのは必至だろう。
カナナンを含め、アンジュの番長は全滅……ということになる。

「さて、じゃあ次はキミかな。」

カナナンに興味をなくしたチナミは、次の相手としてハル・チェ・ドゥーを指名した。
鋭い爪の先を向けていることからも、その意思は十分に伝わる。

「う……やるしか……ないのか……」

いつもはビビりがちなハルも、ここは覚悟を決めるしかなかった。
本音を言えばマーチャンに代わりに戦ってもらいたいところだが、彼女は今、大事な仕事の真っ最中だ。
覚えるのに十分な時間を稼ぐために、震える足を前に出さねばならない。

「そんなに怖がらなくてもいいよ。潰す時は一瞬だから。」
「……!!!」

この時のハルは、目を剥いて驚いていた。
その表情の変化を恐怖からくるものだとチナミは予測していたが、
実のところはそうではなかった。
ハルは、信じがたい動きをする物体に驚愕していたのである。
その物体は、超高速でスピンしながらチナミの脚に衝突する。

「うわっ!!な、なんなの!?」

後方からいきなりフクラハギをぶっ叩かれたため、チナミはバランスを崩してしまった。
屈強とは言えない細脚の持ち主であるチナミは、
ソイツのインパクトに耐えきれず顔面から地面に突っ込んでいく。
そう、転ばされたのである。

「痛ーーーっ!!なにーーー!?」

鼻を打ったチナミは涙を少し流しながら後ろを振り返った。
新たな相手が不意打ちを食らわせて来たのかと予想をしたが、
その見通しは見事に外れていた。
勢いが弱まるにつれて、その回転物の正体も明らかになる。

「えっ……カナナン?……」

コマのようにグルグル回ってチナミを転ばせたのは、ついさっき戦闘不能になったばかりのカナナンだった。
白目を剥いているため、意識を失っていることは明らかだ。
それではそんな彼女が何故こんな強烈な攻撃を繰り出すことが出来たのか?
その要因はチナミの創り出した石鹸水がリカコのものと相違ないところにあった。

「そっか……再現しすぎちゃったのか。」

チナミの銃から発せられる液体が、リカコが愛用する石鹸水と同等のものであることにカナナンはすぐ気づいていた。
ならばどのようにスベれば、どのように転倒するのかは容易に計算できる。
自身の身体を武器にして、チナミにスピン攻撃をぶつける最適なすっ転び方だって難なく算出できたのである。

「すげぇ……カナナンのヤツ、一矢報いやがった……」

依然、最悪な状況であることは事実だし、
ハルが大ピンチだということは、1ミクロンも変わりゃしない。
事実、今もハル・チェ・ドゥーは震えている。
だが、その震えている箇所は身体や脚などではない。
震えているのは、心だ、
ハルの心は熱く、熱く滾っていた。
敵が強大な存在だろうと、対抗し得ることが出来ると知ったのだ。



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「それにしても凄い計算力だなー……」

チナミは起き上がるまでのほんの僅かな時間で石鹸銃を弄くり回し、ソロバンへと作り変えてしまった。
それもカナナンが使用するものよりも桁が多く、且つ軽量に出来ている。

「まぁ、私も円周率の計算なら誰にも負けないんだけどさ、
 これを使ったらもっとgenius!になれそうじゃない?そう思うでしょ?」

マジックのように武器を改造する手捌きにはハルも今さら驚かない。
自身の眼でそれを目撃したマーチャンが苦しんでいるのが気掛かりではあるが
介抱してやる余裕も無いのだ。

「……もうおしゃべりは辞めにしませんか」
「ん?」
「決着をつけてやるって言ってるんだよっ!!!」
「……そっか。」

ハルが自身を無理矢理にでも鼓舞しようとしていることが、チナミにはすぐ分かった。
そんな相手をいなすことはとても容易い。
だがそれでは面白く無いし、本来すべきことからも反する。
どうしたものかと考えたところで、とある少女の声が聞こえてきた。

「ハル!私たちも加勢するよ!」
「アユミン!?……あれ、みんなも!?」

気づけばハルの周囲には仲間達が集っていた。
モーニング帝国剣士のエリポン、サヤシ、アユミン、オダだけでなく
KASTのサユキ、カリン、アーリーまでいる。
さっきまで機械兵と戦っていたはずの彼女らが何故ここにいるのか。
その答えは1つしか無かった。

「……全滅させられちゃったか。」

そう、総勢1000体の兵隊は若き戦士らの手によって1つ残らず破壊されてしまったのである。
となれば残るはあと1人。
チナミ本人を叩くのみだ。

「そっかそっか……番長たちもそうだけど、みんな思っていた以上に結構やるんだね。
 う~ん、う~ん、どうすればいいのかな~!」

うんうんと唸っていてはいるが、その表情は全く困っているようには見えない。
その後ニカッとした笑顔で結論をすぐに出したのも、はなから悩んでなどいなかった証拠だろう。

「よし!刀狩りだ!」



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