チナミが若い戦士たちと対峙している頃、
キュート+トモと、ベリーズ達は激戦を繰り広げていた。
オーラこそ可視化されなくなったが、ただならぬ気迫は色褪せてはいなかった。

「団長!一気に決めるぞオラアッ!!」
「よぅし!挟み撃ちだな!!」

瞬足のオカールとマイミは瞬き一回ほどの短時間でモモコの前後に陣取って見せた。
奇妙で不可思議なワザばかり使うモモコは後に残すと面倒なので、
早々に潰してやろうとの判断なのである。
いくらモモコが達人でも、達人級2人相手では分が悪い。
だが、こう来るであろうことはベリーズ側も承知の上だった。

「ぬあ゛あ゛あ゛ああっ!!!」
「げっ!クマイチャン!」

モモコの背後、つまりはオカールが到達するであろう地点に向けて
クマイチャンは既に長刀を振り下ろしていたのである。
長い得物ゆえに重量たっぷり。遠心力も十二分にかかっている。
こんな一撃をまともに受けたらどんなヤツだって御陀仏だろう。

「喰らってられっかよ!!」

オカールは落ちてくる長刀に対して、両手に着けたジャマダハルを秒間あたり数十回も叩きつけた。
一撃での威力で負けるなら何十何百何千回も当ててやれば良い。
そしてオカールの回転力ならそれが可能になるのだ。
同様にマイミに向けてもシミハムの重い棍が降りかかっていたが、
腕の先が見えなくなるほどの高速連打で凌いでいる。
破壊力で言えばベリーズ優勢だが、キュートは圧倒的な運動量でカバーしているのである。
しかし、今のマイミとオカールは身に降る攻撃を防ぐのに集中しすぎるあまり隙が生じていた。
そのため本来のターゲットであるモモコに逆に狙われてしまう。

「ガラ空きじゃないの。それじゃ遠慮なく……うっ!」

マイミに何か仕掛けようとしたモモコだったが、瞬時に思い直して中断した。
アイリがこちらを見ていることに気づいたのだ。

「怖っ!……はいはい分かりました。黙ってまーす。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(やっぱり……次元が違う……!)

トモ・フェアリークォーツはひどく疲弊していた。
まだ戦闘開始してから何もしていないというのに、心が疲れきってしまったのだ。
口の中はカラカラだし、目はグルグルと回っている。
弓と矢を掴む手だってさっきから震えっぱなしだ。
これでは弓道家が取るべきとされている「残心」をきちんと行えそうにない。
しかも、トモの心はここから更に乱されることとなる。

「ヒッ!?」

WARNING WARNING WARNING WARNING
トモの頭には未来で起こりうる危機の警報、
すなわちWarning~未来警報~がうるさく響いていた。
化け物揃いのベリーズの中でも一目も二目も置かれているミヤビが自身目掛けて一直線に走ってきたものだから
トモのパニックは尋常ではなかった。

(うわ~~~!なんで私なんかのところに!?)

この場にいる戦士の中でトモが最弱だというのは紛れも無い事実。
だが、ミヤビはそんなトモを低く見たりはしていなかった。
ここに居るからにはそれなりの理由があるはず。
そう考えたからこそ最優先に潰すべき対象として選んだのである。
ミヤビの仕込み刀と脇差の切れ味はチェーンソー級。
回避しきれなかった時点で真っ二つにされることも十分ありえる。
トモが死をも覚悟しかけたその時、
モモコのマークについていたはずのアイリがトモを護るように棍棒でミヤビの刃を受け止めた。

「アイリ様!?」

ヒーローの登場にトモはホッとした。
確かにミヤビは実力者。だがアイリだってそれに匹敵する力の持ち主なのだ。
簡単に切り捨てられるようなことは有り得ない。

「ん……今はアイリとやり合うつもりは無いんだけど」
「いやいや、そう簡単にあの子を切らせるわけにはいかないからね。」
「モモコのヤツをフリーにしたとしても守る価値があるってこと?」
「一つ正解、一つは間違い。」
「へぇ?」
「守る価値があるというのは大正解。 そしてモモコがフリーになったというのは……残念大ハズレ。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「お、マーク外れた?そいじゃ遠慮なく……」

自身がアイリの視線から外れたことに気づいたモモコは、
己の10指に巻き付けられている"糸"をたぐり寄せようとした。
暗器使いであるモモコの現在のマイブームはこの"糸"。
一般的なイメージ通りの「か細く」「頼りない」代物などでは無いことは言うまでもない。

(まずはキュートの脚を奪う。その次は首……と行きたいところだけど、そう簡単には行かないよね。)

その糸は髪の毛よりも細いが、硬度は鉄線以上。
しかも既に辺り一帯の石やら瓦礫やらに結びつけてあるために、
少し引っ張るだけでそれは「罠」にもなり、「凶器」にもなり得るのだ。
モモコはこの場にいる味方や相手のように激しく動いて汗を流す必要などない。
ただ指先をほんの少しばかり動かすだけで十分な攻撃を行うことが出来るのである。
しかし、思惑通りにはなかなか行かなかった。

「確変"派生・秩父鉄道"!!!」

モモコが糸を引くよりも速く、ナカサキが超高速でタックルを仕掛けてきた。
その突進力はまるで汽車そのもの。
確変による身体強化を脚部に集中させたからこそ、この馬力が実現できている。

「ぐっ……!!」

モモコのヒラヒラとした服の中には重量感たっぷりの鎧が隠されているが
それでもナカサキの突撃には不意を打たれ、いくらかのダメージを受けてしまった。
体制を立て直すまではこのまま劣勢が続くのかもと思ったが、
モモコのすぐそばには心強い味方が駆けつけてくれていた。

「ナカサキ!よくもモモを……喰らえ!『ロングライトニングポール"派生・枝(ブランチ)"』!!」

その味方は巨人・クマイチャンだった。
長刀を勢いよく下方向に突き刺し、地面に亀裂を生じさせている。
クマイチャンの愛刀を幹として、枝分かれするかのように次々と地が避けていく。
もはやこの規模の災害は「地割れ」と言うのが相応しいのかもしれない。
これだけ地面が荒れてしまえばナカサキはもうSLの如く走り回ることは出来ないだろう。

「うう……流石クマイチャンね。でもこれで終わりと思わないでよねっ!」



「向こうは派手にやってるね……クマイチャンとナカサキが戦っているんだから、無理ないか。」
「ミヤビ、余所見をしている暇があるの?私はもう貴方の弱点を見抜いていると言うのに。」

アイリは自身の"眼"でミヤビを見ていた。
以前にも触れたが、アイリの眼にはヒト、そしてモノの弱点がハッキリと見えている。
更にアイリはそれだけでなく必殺技をも使用しているし、ミヤビもそれに気づいている。

「どう見えている?……"何打"で倒せると?」
「生憎パープレイとはいかないね。私の見積もりだとダブルボギーか、トリプルボギー……」
「ゴルフとかいうスポーツには詳しくないから、分かりやすく説明してもらえるかな?」
「簡単に言えば、腕や脚を2,3本犠牲にすれば勝利を掴める、ってこと。」
「へぇ……倒せる気でいるんだ。」

この時のミヤビの低い声を聴いたトモは、恐怖で心臓が止まりそうになってしまった。。
シミハムの能力でオーラの類は見えなくなったが、純粋な気迫そのものはかき消せないようだ。
トモがひどくビビったのを感じ取ったミヤビは、少し表情を和らげてからアイリに質問を投げつける。

「でもいいの?犠牲が少し大きすぎるような気がするけども。」
「うん、それなんだけどね……さっき言ったトリプルボギーというのは私一人で戦った場合の話なの。」
「アイリ一人の場合?……ということは……」
「そう、選手とキャディーが協力すればパーどころかバーディも狙える……私の眼にはそう見えてる。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ゴルフに疎いミヤビも、キャディーという言葉なら聞いたことがあった。
要は選手が気持ちよくプレイするためにサポートする役回りのことだ。
アイリを選手、トモをキャディーと位置づけるとすれば、
トモ・フェアリークォーツの支援によりアイリが戦いやすくなると言いたいのだろう。

「そうか分かった、じゃあその大事なサポート役を死ぬ気で守ってみな!!」

ミヤビは脇差を抜いてトモへと斬りかかった。
勿論ミヤビもここでの攻撃がそう簡単に通るとは思っていない。
重要なキーパーソンであるトモが狙われるのだから、先ほどのように阻止してくるだろう。
実際、すぐにでもアイリは棍棒で地面の石を叩いて飛ばしてきた。
来ることが分かっているからこそ、ミヤビは即時に対応できる。

(トモ・フェアリークォーツを狙うのはあくまで"フリ"だよ、本命はカウンター狙い。
 それもとても強烈なね!『猟奇的殺人鋸"派生・美異夢(びいむ)"』!!)

今の今までトモを向いていたミヤビは
アイリの方へと急激に方向転換する勢いを利用して、脇差を強く素早く振り切った。
そうして発生した衝撃波の威力は斬撃そのものに匹敵し、
飛んできた石を弾くどころか、少しばかり離れたところにいるアイリに対して光線のように到達する。

「くっ……」

まったく目に見えない攻撃ではあったが、アイリは正確に棍棒で防いでみせた。
それでもガードした武具が破壊されてしまうほどに強い技を放ったつもりではあったので、
多少傷みこそしたものの元の形状を保っていた棍棒を見て、ミヤビはほんの少しだけ驚いた。

「ん……スッパ切れると思ってたんだけども。」
「生憎様、こっちにも優秀な整備士が付いているの。」
「なるほどマーチャンのことか、ああ見えてなかなか結構な腕を持ってるんだね…………ハッ!?」

何かに勘づいたミヤビはトモの方へと慌てて向きを変えた。
その時には既にトモは矢を射抜いた後だった。
怯え切った顔をしながらも強大な敵に向かって牙を向いていたのである。
この矢を受けたのが「背中」だったならば流石のミヤビも危うかった。
しかし、方向を変えてしまった今、攻撃が当たるのは「胸」となる。
見た目にはほとんど差が無いが、ミヤビの胸部には鋼鉄の板が埋められているため
矢が当たってもほとんどダメージは無かった。

「あっ……そんな……」
「上手く殺気を消せていた。ちょっと気づくのが遅ければ危ないところだったよ。
 でも、結局は通用しない。 キャディーだったらキャディーらしくサポートに徹したほうが身のためじゃないかな?」
「……」

渾身の一撃を防がれてしまったので、トモはまたも落ち込んでしまう。
思えば橋の上での戦いの時もトモの矢はミヤビの鋼鉄の胸に阻まれていた。
やはり伝説の戦士との差は大きすぎるため、何度トライしてもダメなものはダメなのではないだろうか。
そう思っていたところに、いつの間にか背後にまで移動したアイリの声が聞こえてきていた。

「ミヤビ……あなた、何か勘違いをしているのでは?」
「勘違い?」
「私は一度もトモがキャディーだなんて言った覚えは無いよ。」
「えっ?……」

アイリはトモの首にそっと触れては、こう言い放った。

「私と同じ景色を見せてあげる。それがキャディーとしての私の務め。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アイリに首筋を触られたその瞬間、トモの全身に電流が走った。
とは言っても高圧電流のような強力なものではない。
微弱ではあるが、ピリッとしたSHOCK!を与えてくれる。
そう。例えるならば、それは「まるで静電気」。
瞬く間に惹かれ合い、気持ちが+(プラス)へなだれていく。

(え!?ええ!?こ、これは!!)

トモの目の前には、
いや、トモの「眼」の前には信じられない光景が広がっていた。
自身の手に持つ弓の傷んでいる箇所や、
(先ほどのクマイチャンの技の影響で)地面が脆くなっている部分、
そして目の前にいるミヤビの『弱点』等々が手に取るようにわかるのだ。
この摩訶不思議なビジョンに、トモは覚えがあった。
知識として知っていたのだ。

「これが……アイリ様がいつも見ている光景……」
「ふふふ、そう。 驚かせちゃってごめんなさいね。」

対象の弱点を見抜くアイリの眼。
アイリの身体に触れている間だけ、その能力がトモにも宿ったのである。
一流のキャディーは芝のコンディションや風の状態に気を配り、
プレイヤーに対して有益な情報を提供すると言うが、
敵の弱点を見抜く眼をそっくりそのまま譲るなんて世界中のどこのキャディーがマネ出来ると言うのだろうか。

「凄い……凄すぎます……アイリ様は他人に対して眼を与えることまで出来るのですね……」
「誰にでも、ってわけじゃないのよ。」
「え?」
「よっぽどフィーリングが合わないと無理。 
 どこにもいないのよ、ただただ、あなただけ。」

トモは何年も前からアイリを自身のヒーローとして慕ってきていた。
だからこそアイリの経歴や戦い方をよく理解している。
そして先日初めて出会ってから以降は、一緒にお茶するなどして親密度も上げていた。
そこまでしたからこそ、トモはアイリと通じる資格を得ることが出来たのである。
感激のあまり涙を流しそうになったトモだったが、そこはグッと堪えた。
涙なんかで視界を遮るワケにはいかないのだ。
ミヤビの弱点を、しっかりと観察しなくてはならない。

(それにしても弱点って……本当にそこなの? 信じられない……どういうこと?
 いや、理由なんてどうでもいい。
 そこに対して矢をぶち当てる事だけを考えなきゃ!!)

弱点に攻撃を当てるまでのプロセスについて、
アイリはゴルフをプレイする時の打数に例えている。
先の4打で相手のガードをこじ開けて、5打目でトドメを指す……といった具合だ。
それに対してトモは「将棋」をイメージしていた。
この将棋とは果実の国で大流行しているボードゲームであり、
複雑なCHOICEとCHANCEを迫られるため、戦略的な思考を養えるとして、戦士も嗜むことが推奨されていた。
アーリー・ザマシランは苦手にしていたようだが、トモはユカニャ王にこそ及ばないもののかなりの実力を誇っている。

(見えた……この方法なら"詰み"に持っていける。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「眼を与える?……そんなことが出来るなんて初耳なんだけど……」

トモにアイリの眼が宿ったなんて、にわかには信じ難いとミヤビは感じた。
少なくとも自軍の"眼"持ちである人魚姫(マーメイド)からは聞いたことのない情報だ。

(ま、あの子はあの調子だからそんな使い方に気づいてなくても不思議じゃないか。
 そもそも、トモが私の弱点を見抜けるようになったとしても大した問題じゃない。
 2人まとめて斬り捨てることに変わりは無いんだから。)

ミヤビは前に踏み出し、トモの首筋に接するアイリの手を切断せんとした。
そのために使う得物は自身のオーラに負けず劣らずの凶々しさを見せる脇差だ。
刃渡りこそ短いが、その鋭利さは人間1人の手首を切り落とすには十分すぎるほど。
アイリとトモの縁を強制的に断ち切ってやろうとしたが、
それをアイリが甘んじるはずもなかった。

「させない!!」

手に持つ棍棒をビリヤードのキューのように扱い、ミヤビの胸へと強打する。
「短い脇差」と「両手を伸ばしたほどの長さの棍棒」ならリーチが段違い。
ミヤビの胸にはご存知の通り鉄板が埋め込まれているため打撃の痛みを感じることはなかったが、
衝撃が強かったので後ろに押し出されてしまう。

「うっ……」

この一連の流れに、トモは感動に近い感情を覚えていた。
トモが考えた「詰み」への道筋の通りにアイリが行動してくれたことが嬉しいのだ。
それはつまり自分の考えとアイリの考えがピッタリ一致したということ。
こんなに嬉しいことはない。

(ひょっとしてだけど、アイリ様の能力か何かで私の思考がコントロールされてるとか?
 ……うん、それでもいい。
 二人の思いが通じて、勝利することが出来るんだったらなんだっていい。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



今のトモには色々なものが見えていた。
ミヤビが普段より息を荒げているのも、意外にも多くの汗をかいているのも、
全部が弱点情報としてトモの眼に入ってきている。
頭の中の考えを100%読み取ることまでは流石に不可能だが、
ある程度の心理状態を判断したり、次の行動を予測することなら出来そうだ。
ではミヤビが次に何をするのかと言うと…… 

「邪魔な棒だなぁっ!!」

ミヤビは一度アイリの手首付近にまで伸ばした脇差を手前へと引き寄せて、
己の胸を叩いた棍棒に対して上から斬りつけようとした。
しかし、刀を引くまでの僅かなタイムロスが達人同士の決闘では致命的だった。
アイリはその間に迎撃準備を整えており、上から降る刃を弾くように棒を操作した。
これがミヤビを倒すための「二打目」。
マーチャンによって修繕された棍棒なら、扱い方次第では刀にも競り負けないことは実証済みだ。

「遅い!」
(くそっ……力の込もってない斬撃じゃ、やっぱり跳ね除けられるか。)

この攻防が開始する直前のトモは、ミヤビが脇差ではなく自身の顎に埋められた鋭利な刃物で棍棒を斬るだろうと予測していた。
剣を引き寄せて斬るよりは、顎を直に振り下ろした方が圧倒的に早いと考えたからだ。
だが、そのすぐ後に「眼」でよく見ることで考えを改めた。
ミヤビの顎の刃には細かな傷が無数に入っていたのだ。
その程度の傷が弱点だとは到底言えないが、メンテが行き届いているのは脇差の方であるのは明らかだ。
ベリーズにはチナミという凄腕の技師が存在するが、
流石の彼女もミヤビの肉体に直接埋め込まれている武具に限っては、
簡単に手渡すことの可能な脇差と同等のペースでメンテすることは困難だったのかもしれない。

(つまり、顎の刃よりも脇差の方を信頼しているってことなんだ。
 アイリ様には整備がより行き届いている方の武器じゃないと通用しないと考えたのかも……
 そして、もしそうだとしたら私の考えた「詰み」への道筋の説得力が増すことになる。
 そのためにはアイリ様任せにしないで私も挑まなきゃ!!)

これまでの二打はどちらもキャディーが打ち込んでいた。
それではダメだ。本当に活躍すべきはプレイヤーで無くてはならない。
だからこそトモは弓を引いた。
手を伸ばせば届く程度の超至近距離からミヤビの弱点に当ててやろうとしているのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ミヤビの弱点を狙ってトモは矢を放った。
今のトモはとても集中しており、且つ二人の距離も近いため
絶対に当たることを確信していた。

「通用しない……というのがまだ分からないのかな?」

殺気を瞬時に察知したミヤビは、矢が放たれる直前に身体をトモの方へと向けた。
胸の鉄板による防御を謀ったのだ。
いくらトモの射撃が強かろうとも、こうして鉄板に阻まれてはミヤビの肉体にダメージを与えることが出来ない。

(やっぱり……私の矢は鉄板で防がれる。100発打っても全部が全部そうなる。)

「私を倒すなら顎と胸以外に当てるといい。そっちは生身だからね。
 でもそう易々と当てさせてあげるつもりは無いよ。
 どんな攻撃でも顎と胸と剣の三点で防いでみせる!
 そう、このアイリの攻撃のように!!!」

トモが矢を射ってミヤビがそれを胸で防いでいるうちに、アイリは棍棒をブチ込む準備をしていた。
大きめのスイングで勢いをつけて、ミヤビを叩こうとしたのだ。
しかしそれだけの攻撃なのだからコッソリやろうにも目立ちすぎていた。
そのため、これもミヤビの強固で平坦な胸板でガードされてしまう。

「アイリ、振りの速度がいつもより遅いんじゃないか?」
「そんなことは……」
「いや遅い。 何故だと思う?……それはね、棍棒を片手で持っているからだよ。
 トモに触れている手を今すぐ放して、両手で棒を持ち直した方が勝率上がるんじゃない?」

ミヤビの発言は、トモの精神に影響を与えるようなものにも思えた。
心が弱ければ、責任を感じるあまり潰れてしまうかもしれない。
しかしそれでも、トモの表情は少しも歪むことが無かった。
ここまでミヤビに当ててきた「一打目」から「四打目」までの全てが自身の想定と一致していたので
むしろ自信を持つことが出来たのである。

(トドメの五打目は私が射抜く!!
 狙いはそこ以外に有り得ない。 絶対に穿つ!!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



トモがまたも弓を構えたので、ミヤビはそれを受け止めるための体勢をとった。
さっきから幾度も繰り返している防御法によって、
矢による攻撃は無駄だと言うことを知らしめようとしたのだ。
これによってミヤビの肉体は守られる。
そのはずだった。

ドスッ

どこからか鈍い音が聞こえてきる。
その音の出所が自身の体内ということに気づくまで、そう時間はかからなかった。
そう、トモによって放たれた矢がミヤビの胸に突き刺さったのである。
胸に埋められた鉄板を突き破って、だ。

(何故……矢の威力が……急に強く?……
 いや違う……矢が強くなったんじゃない。)

勉強が苦手なミヤビではあるが、頭の回転は速い。
これまでのアイリとトモの行動から、今回のような結末を迎えた原因を導き出した。

「胸の鉄板……ここが私の弱点だったというワケか……」

顎の刃が脇差と比べてメンテが出来ていないのは前に述べた通りだ。
簡単に取り外せないため、チナミも高い頻度で整備することが出来ないのである。
そしてそれは胸の鉄板も同じ。
しかもミヤビは昨日のゲートブリッジの戦いでもトモの矢を胸で受けている。
その時に生じた僅かなヒズミが、小さな小さな弱点として今日この場まで残ってしまったのである。

(思えばアイリの攻撃も、トモの攻撃も私の胸にばかり当たっていた。
 私が胸で受け止めるしかないように攻撃してきたのか……)

本来なら戦闘に影響の無いような傷でも、ここまで徹底的に痛めつけられたら拡がりもする。
強固であることが自慢の鉄板を少しずつ壊していくことで
矢による射撃が通用する程の耐久力にまで落としてみせたのだ。
そうなったことは持ち主のミヤビにも気づくことが出来ない。
理解できたのは、「眼」を持つアイリとトモだけ。

「認めるよ。確かに若手は足手まといではなかった……脅威に立ち向かうためには必要……だ……」

ミヤビも底力を発揮すれば、ここからの逆転劇を見せれたかもしれない。
でも、それは今の本意では無い。
安心したような顔をしながら地に落ちていった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「勝った?……」

トモは弓を構えたままの姿勢でしばらく固まっていた。
自分の攻撃が伝説の存在に通用し、しかも撃破まで出来たことが信じられないのだ。
それでも手応えはしっかりと残っている。
矢がミヤビの胸を貫いたのは紛れも無い事実。

「あなたがやったのよ、自信を持って。」
「アイリ様……!」

頭の中ではちゃんと分かっていた。
自分がここまでやれたのはアイリの全面的なサポートが有ったからこそ。
その助けもなしにミヤビに挑んでいたら秒速で切り捨てられていたことだろう。
でも、
それでもやっぱり、嬉しいは嬉しい。
同じKASTのサユキやカリン、アーリーがどんどん力をつけていく一方で、
自分だけは活躍しきれていないと感じていた。
変な話になるが、足手まといになっていないかと悩む日もあった。
だがそれももう過去の話だ。

「やったんだ……私は勝ったんだ……」

過程はどうあれ、KASTだけでなくモーニング帝国剣士や番長らを含めてたとしても
ベリーズを倒した者はトモ・フェアリークォーツだけだ。
唯一の存在だ。
これ以上に誇れる事などそうそう無いのではないだろうか。
嬉しさを噛みしめるトモに対して、アイリは優しい声をかけていく。

「本当によくやったと思いますよ。」
「アイリ様、有り難う御座います!」
「でもね、少し体を休めた方がいいんじゃない?疲れたでしょう。」
「え?でもアイリ様が守ってくれたおかげで大怪我はしていませんし、
 残りのベリーズを倒すためにまだまだ頑張れますよ!」
「いえ、疲れているのは"心"の方。」
「!」

ミヤビと対峙するだけでトモの神経は相当削り取られていた。
ぶっちゃけて言えば立っているだけでしんどかったはずだ。
アイリはトモの心の弱点を見抜き、労いの心をかけたのである。

「あはは……アイリ様の眼にはそんなところまで見えてるんですね……」
「ミヤビを倒しただけでトモは大金星。後は寝てても誰も文句は言わないはずよ。
 ベリーズはキュートが責任を持ってなんとかするから、ゆっくりしててね。」
「あ、はい、じゃあすいません、少し寝ます……」

この瞬間までトモはアイリに触れていたため
実を言うと「アイリの心の弱点」がバッチリと見えていた。
つまりは、アイリが嘘をついていることに気づいたのだ。

(本当に迷惑をかけてごめんなさい、私はとっとと寝ます。
 だからアイリ様もすぐに身体を休めてください。
 眼を譲るのって、私には想像もつかないくらい負担がかかるみたいですね。
 なのに最後まで私に触れてくれて……感謝以外の思いが浮かびません。)

トモが眼を閉じてから数秒後、アイリは気を失うように地に倒れていった。
その時の息づかいや発汗量は、眼を持つ者ではなくても弱っていると見抜ける程だった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ミヤビとアイリ、そしてトモが倒れたことには他の食卓の騎士らもすぐに気づいていた。
そしてちょっと一瞥しただけで戦いを再開する。
生死をかけて戦ってる以上は倒し倒されることは当然起こりうるため、構ってられないのである。
それにベリーズとキュートの実力は拮抗しているため、少しも隙を見せることが出来ない。
キュートのマイミ、ナカサキ、オカールと
ベリーズのシミハム、モモコ、クマイチャン。
それぞれ3名ずつであるため、ここからは誰か一人でも欠けたら戦況が大きく動くことだろう。

「でもさ、減らすのは大変だけど……増やすことなら簡単に出来ちゃうのよね。」

オカールの連撃をヒラリヒラリと交わしながらモモコが呟いた。
そして少し離れたところで見ているカントリーの面々を見つけては、
大きな声を投げかけていく。

「おーい!みんな見てるんでしょーっ? そんなに離れてないでこっちに来なよーっ。」

急に呼ばれたリサ・ロードリソースら4名はドキリとした。
今回の作戦ではカントリーは戦いに不参加のはずだったのだが、
モモコの気が変わってしまったのだろうか。
達人達の「気」に当てられながら、マナカが苦笑いで答える。

「えーっと……ひょっとして私たちも戦わないといけないんですか?……
 いえ、マナカも本心はモモち先輩と共に戦いたいと思ってます!
 でも肝心の動物たちが負傷中で……いま元気なのはリサちゃんのカエルくらいなんですよ。」
「ちょ、ちょっと!!」

カントリー達がパニックになる中、モモコは冷たく「そういうのはいいから早く来て」と言い放った。
機械のように冷徹になったかと思えば、
お次は子供をあやす保母のように「みんなは戦わなくていいの。近くで見てるだけで良いからねー。」と安心感のある言葉をかけていく。
ここで面白くないのはオカールだ。
自分との決闘は後輩と会話しながらでも務まると思っているのが容赦ならない。
オカールは気合を込めた渾身の一撃をぶち込んでいく。

「無視すんなよっ!!」

だが、しかし
オカールの強烈な突きは通らなかった。
何やらとても硬いものに防がれてしまったのだ。
そして、その硬いものには見覚えがあった。
信じられないが、彼女は確かにそこにいる。

「ミ、ミヤビちゃん!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



オカールの攻撃はミヤビの胸で防がれていた。
トモによって貫かれた穴では無い箇所で、ジャマダハルを受け止めたのだ。
初めは精巧な人形のようなものでガードされたのかと思ったが、
近くで見れば分かるリアルすぎる質感は作り物では再現することが出来ない。
攻撃を受けたミヤビの目が依然として閉じられていることから、
オカールは一つの答えを導き出した。

「マジかよ……気絶してるミヤビちゃん、いや、ミヤビを糸かなんかで操ってやがるのか。」
「せいかーい。クイズが苦手なオカールでも流石に分かったみたいね。」
「やさしくねぇなぁ……コマイ真似しやがつて!」

オカールの推察通り、モモコは指から伸びる糸をミヤビの四肢に結びつけ、
この場まで引き寄せて盾にしたのである。
ミヤビの意識が有る時には(いろんな意味で)絶対に出来ない芸当だ。
これにはカントリーの4人もドン引きしている。

「モモち先輩……いくらなんでもそれは……」
「ね、ねぇリサちゃん。」
「チぃ?どうしたの?」
「えっと、なんでモモち先輩はミヤビ様を盾にしたのかな。」
「なんでって、そりゃミヤビ様が硬いお胸をお持ちだからでしょ……」
「でも、モモち先輩への攻撃を防ぐだけならアイリ様やトモって人を盾にしてもいいはずだよね?
 ジャマダハルが人の体を貫通するとは思えないもん。
 なのにどうして、お仲間のミヤビ様をわざわざ連れて来たんだろう……」
「あ……確かに……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「え?なになに?どうしてみんな引いちゃってるの?
 あ!そうか!私がミヤビを許可無く操ってると思ってるんだ!
 心配しないで。ちゃーんと打ち合わせ済みなんだから。」

少し離れた場所でキュートと戦っているシミハムとクマイチャンは心の中で「嘘だな」と思った。
その2人どころかカントリーやオカールも全然信用していない。
事実、モモコは一つの相談もなくミヤビを操っているのだからそう思われても仕方ないだろう。

「ま、そんなことはどーだっていいじゃない。
 大事なのはここで勝つことなんだからさ。」

今しがたモモコが引っ張った糸には、ミヤビの右手と脇差がガチガチに固く結び付けられている。
それを素早く動かせば、オカールを切り裂く斬撃にもなるのだ。
血が通っていないような無機質の攻撃にオカールは少し驚いたが、
所詮は操り人形がとる動きの延長戦でしかない。
本来のミヤビの鋭さには程遠いため、両手のジャマダハルで簡単に受け止めてみせた。
しかし、その次が続かない。

「くっ……」
「オカールどうしたの?防御ばっかりで攻めて来ないの?」
「うるせぇ!今やってやるよ!!」
「うふふ。」

オカールの戦闘に対するモチベーションは明らかに低下していた。
実はこれこそがミヤビを操ったモモコの狙いだったのである。
オカールはこの数年で見違えるほどに強くなったが、
高みに達するほどに、おなじ食卓の騎士のミヤビの戦闘センスの高さを痛感していっていた。
そしてその感情はいつしか憧れになり、
マイミ以外に敬意を示していなかったはずのオカールが、ミヤビのことをミヤビちゃんと呼ぶようにもなったのだ。
そんなミヤビと決闘する機会が有ればオカールは全身全霊で挑むだろう。
それこそ死ぬ気で殺す気で戦うに違いない。
だが今の状況はどうか。
ミヤビと顔を合わせてはいても、対峙しているとは呼べないのではないか。
憧れの存在と真剣勝負をさせてもらえないという、なんとも言えぬ歯痒い状況は
オカールの戦意をものすごい速度で奪っていっていた。

ちなみにモモコがアイリやトモを盾にしなかった理由は、
オカールならその二人を平気で切り捨ててしまうからに他ならない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(どうすりゃモモコのヤツを斬れるのかね……)

鉄壁ミヤビに阻まれることなくモモコに攻撃を当てる方法は無いものか、
オカールは普段あまり使わない頭脳をグルグル回して考えた。
目にも止まらぬフットワークでモモコの背後に回り込み、
ミヤビによる防御が間に合わぬうちに斬るのはどうか?
いや、あのモモコが死角対策を怠ってるとも思えない。
下手すれば返り討ち。甘い罠にかけられるところだろう。
では目には目を歯には歯を、の要領で自分も人質を取るのはどうか?
その辺で無用心に立っているカントリーの誰か(チサキが適任か)を捕まえて、ミヤビと人質交換……

(いや、やめよう、絶対に応じてくんないだろーし)

前に書いたが、モモコがアイリあるいはトモを壁とした場合もオカールは容赦なく斬るつもりでいた。
非情なワケではない。食卓の騎士同士の戦いにはそれだけの覚悟が必要なのだ。
例え模擬戦のような訓練だろうと実戦を想定した空気感の中で戦いに望まなくてはならない。
特にクマイチャンやナカサキはこれまでずっとずっとそのような姿勢で闘い続けていた。
オカールだってそうだし、モモコだってそうだろう。
例えオカールがカントリーの4人全員を人質にとったところでモモコは動揺せずに普段通り動くに違いない。

(あーもうめんどくせえ!結局、正面突破しかないじゃん!!)

オカールはジャマダハルを構え、怖い顔をしてキッと前を睨みつけた。
あれこれ策を講じるのをやめにしてゴリゴリのゴリ押しで現状を打破すると決めたのである。
しかし忘れてはならない。オカールには今のミヤビ相手にはモチベーションが上がらないという懸念要素が残っている。
この戦意喪失をなんとかしないと勝ち目なんか無いのだが、
オカールにはちゃんと自身を鼓舞する自己流の方法が用意されていた。

(本当に情けねぇよなぁ……倒すべき相手がすぐそこに居るのに立ち止まっちまうなんてよ……
 何が食卓の騎士だってハナシだよ、本当に。
 そんな俺は、こうでもしなきゃ分からないのかね!!)

オカールは刃を己の横っ腹に突きつけ、そのままザシュッと刺していった。
薄皮をちょっぴり切ったとかそういうレベルではない。
引き抜いたジャマダハルの刀身ほとんどが紅く染まっていたことから
相当深くまで入っていたことがよく分かる。
カントリー4名はその行為の異常さに恐れ慄いたが、
モモコだけはあいも変わらず普通の顔をしていた。

「ワオ、気つけのつもり?」
「追い込んだんだよ、俺自身をな!」
「ふーん、背水の陣ってヤツ。怖い怖い。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



オカールの腹からは血がドクドクと流れ出している。
このペースで流血し続ければものの数分で動けなくなってしまうことだろう。
こうしてオカールはやらねばならない状況を作り上げた。
もはや立ち止まっている暇は無い。

「秒殺でカタをつける!!」

モモコ目掛けてオカールは突進していった。
ウェイトがそこそこ増えたので、かつてのような高速移動は出来なくなったが
その代わり有り余るほどの貫禄と威圧感を持って走っている。
これをノーガードで受けてはひとたまりもないと感じたモモコは、ミヤビの腕と刀に括り付けられた糸を操作した。
鋭い斬撃によって、突っ込んでくるオカールを斬り捨ててやろうとしているのである。
その行為にはオカールもすぐに理解し、
両手のジャマダハルで降りかかる刃を受け止めていく。

「効かねえよっ!!」

オカールは腕に力を加えて、ミヤビの攻撃を強く跳ね返した。
いくら「ミヤビの身体」と「ミヤビの刀」からなる攻撃であろうと
そこに「ミヤビの心」が無ければその威力は何段階も落ちる。
ならば深手を負っている今のオカールでも十分対処可能だ。

「俺は今、モモコと戦ってるんだ……どいてくれよ!!」

意識無きミヤビに対して、オカールは強めの蹴りをぶつけようとした。
邪魔をしてくる障害物はなんであろうと跳ね除けようと思ったのだ。
しかし、ここで予想外のことが起きる。
それはオカールにとって予想外なだけでなく、カントリーの4名にとっても思っていないことだった。

「嘘でしょ!?」
「なんか、意外な展開だね……」

結論から言うとオカールの蹴りはミヤビに届かなかった。
気を失っているミヤビをかばい、攻撃を肩代わりする者が現れたのだ。
その者の行動の意味が、オカールには全く理解できなかった。

「は?……どういうことだ?……どうしてお前がミヤビちゃんを守ってるんだよ!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



オカールの蹴りを代わりに受けたのはモモコだった。
"モモコが仲間のミヤビを守った"と書けば別段おかしなことはないように思えるが、
前提として、彼女は気を失っているミヤビを盾のように扱ってきている。
だと言うのにそんなミヤビを今更かばいだしたので、
支離滅裂な行動をとっているようにしか見えないのだ。
そして、カントリーの面々も普段のモモコからは考えられない動きに戸惑いを見せている。

「モモち先輩……実は優しい人だったの?……いや、でも……」

チサキは過去のモモコが行って来た非人道的な仕打ちを思い出していた。
お菓子はカレンダー上で4のつく日にしか食べてはならないとか、
規則を破ったものにはセロリを強制的に食べさせるとか、
想像するだけで鳥肌が立つほどにおぞましい鬼畜の如き所業モモコは行って来たのだ。
今回もただの優しさなどではなく、何か裏があるに決まっている。

「でも、理由はどうあれミヤビ様をモモち先輩が守ったのは事実なんだよね……」
「マナカちゃん……」

カントリーらが混乱しているようだが、今この場で最も取り乱しているのは他でもないオカールだ。
相手の真意が見えぬまま、フリーズしてしまっている。
モモコはモモコで攻撃が全く聞いていないようなポーカーフェイスを維持しながら、
静止するオカールの隙を見ては、背後へとトコトコ歩いていった。

「ねぇオカール、ここまでの接近を許してよかったの?」
「……はっ!!」

モモコの持ち味は暗器による、あらゆる距離からの攻撃だが
だからと言って接近戦が苦手というわけではない。
モーニング帝国の訓練場でクマイチャンに大打撃を与えた時のように、
モモコには超至近距離でも実現可能な攻撃手段が備わっているのだ。
オカールが今更そのことに気付こうがもう遅い。
モモコは既に、オカールと背中合わせになるような立ち位置に陣取っている。

「モモアタック!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



モモコは他の食卓の騎士のような超パワーや超スピードを備えてはいない。
それでも長年戦士をやっているだけあって、
若手と比べたら十分化け物と呼べるくらいの身体能力は持ち合わせている。
そんな彼女の筋肉の中でも特に発達しているのが尻の筋肉だ。
そして更に、モモコの服の中には内部からの衝撃に反応して鋭い刃を外部に突き出す装置が仕込まれている。
これらが合わさった結果としてモモコのヒップアタック、通称モモアタックは激痛を伴う攻撃手段となっているのだ。
もしも仮に近隣諸国の戦士を集めた大運動会でも開催されるのであれば、
尻相撲の優勝者はモモコで確定と言って良いかもしれない。

「くあっっ……!!」

ノーガードでモモアタックを受けたオカールはその場に倒れこんでしまった。
流石に気を失うとまではいかなかったが、
鋭く重い衝撃をモロに受け止めた結果として、足腰の骨に異常をきたしてしまったのだ。
これではそう簡単には起き上がれない。
オカールの腹からは血が流れ続けているので一刻も早くケリをつけたいところだが、
こんな身体では「立ち上がれ乙女達」とはいかないのである。
涼しい顔でオカールをここまで痛めつけるモモコを見て、リサ・ロードリソースは頭の中であれこれ考えていた。

(やっぱりモモち先輩は強い。 ミヤビ様を庇ったのも、全てはモモアタックをオカール様に当てるため?……
 いや、やっぱりまだ理解できない。
 モモアタックを当てるだけなら他にも手段はあったはず。
 なのにどうして、わざわざ敵の蹴りを受けるなんていうリスクの大きい方法を選択したの?……
 これじゃあまるで、「私は身体を張ってでもミヤビを守りますよ」ってあからさまにアピールをしているみたい。
 でも、そんなことを誰にアピールする必要があるの?
 ベリーズのお仲間に?
 オカール様に?


 それとも……私たちに?)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「クソッタレが……ここで終わってたまるかよ……」

機動力を奪われたとしてもオカールは止まらない。
クマイチャンの起こした地割れによって足場がガタガタになっていると言うのに、
這ってでもモモコの元へと向かおうとしている。
こんなコンディションでモモコに勝てるのかどうかは疑問だが、
動くことすら諦めたら、その瞬間に勝率は0パーセントとなってしまう。
だからこそオカールは執念と根性を見せて、前進し続けたのである。
いざ、進め!Steady go!の精神を忘れなかったからか、
ここで強力な援軍が駆けつけてくれた。

「加勢、するよ。」
「なんだ……ナカサキかよ」

隣にナカサキが並んだことに気付いた時点で、オカールはわざとらしく溜息をついた。
「自分一人でもモモコに勝てたのに」と言いたげだが、
内心はとても心強く感じている。

「しゃあねぇな、一緒に戦いたいなら共闘してやってもいいけどよ。」
「ふふっ、お願い。」
「でもさ、あっちは放っておいていいのか?シミハムとクマイチャンに二人がかりりで来られたら……」
「団長は絶対に負けない、でしょ?」
「ハッ、違いないや。」

会話をしているうちに、ナカサキはオカールをおんぶしていた。
壊れたオカールの脚の代わりになろうとしているのである。

「うっ重……でも気にしないでね、下半身を確変させたらこのくらいなんともなくなるから!」
「あ、今ムカッときた」

絶体絶命のピンチだったが、前進を諦めなかった結果としてオカールは勝利の可能性を潰さずに済んだ。
今回のケースではそれで良かったのかもしれないが、
同時刻の異なる場所にいる集団は、いくら「前へ前へ」と思い続けていてもどうにもならなかったようだ。

「さーて、これで全部折り終わったかな?」

そこに立っているのはベリーズのチナミただ一人だけ
帝国剣士、番長、KASTら若手戦士らは一人残らず地に寝かされている。
チナミの刀狩りによって、なにもかもを折られてしまったのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



チナミは物理的なものと精神的なものの、計2つを破壊していた。
そのうちの1つ目は「武器」だ。
武器職人の彼女にとっては、相手の得物を折ることなど赤子の手をひねるように容易く行うことが出来る。
そうしてサヤシの居合刀を、アユミンの太刀を、ハルの竹刀を、オダのブロードソードを、
サユキのヌンチャクを、カリンの釵を、アーリーのトンファーを真っ二つにしてみせたのである。
しかもそれらの自慢の武器を壊してみせたのが、つい先ほどにほんの短納期で作った「鉤爪」なのだから衝撃は大きい。
唯一、エリポンの打刀だけはその重厚さゆえか刀身を切断できていなかったが、
長い腕と暴力的なまでの身体能力差で強引に奪い取っては、刀をその辺に投げ捨てていた。
自分より力強かった戦士が簡単にあしらわれたため、アーリーが感じるショックは計り知れなかっただろう。

「そんな……エリポンさんまで……」

武器が壊されたりしたら大抵の戦士は、戦闘能力が半減する。
特に、剣術を扱うモーニング帝国剣士にとっては戦う術そのものを奪われてしまったに等しいだろう。
だが、KASTは違った。
彼女ら果実の国の戦闘集団は(今この場に居ないトモも含めて)戦うのに武器を必須としない。

「だったら!ウチがやったるわ!!!!」

恐怖からなる涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、アーリーは勇気を振り絞ってチナミに飛びかかった。
そして今出せる全力のパワーで抱きしめるのだった。
アーリーが力でエリポンに遅れをとっていたのはもう昔の話。
220を越える実戦経験で鍛えられたアーリーの膂力は、過去の何倍にも強化されていたのだ。

「"Full Squeeeeeeeeeze"!!!!」

固い柱だろうと、鉄の機械兵だろうと、なんでも圧してしまうアーリーの必殺技が決まった。
そして、KASTの猛攻はこれで止まりはしない。
アーリーがチナミを抑えているうちに、
サユキは大空を飛翔し、カリンは大地をしっかりと踏みつけながら倒すべき敵に接近していたのだ。
サユキは強烈な蹴りを首にぶち当てて、
カリンは得意の高速行動でチナミの細い足を数十発もの突きで壊そうとした。

「二人とも今や!!」
「「たぁーーーー!!!」」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「痛ーーーーーーーーっ!!」

KAS(カリン・アーリー・サユキ)の猛攻を浴びたチナミは、たまらずに苦痛の叫びをあげていた。
これだけ苦しんでるのだから、この息もつかせぬ波状攻撃は有効だったのだろう。
これにはKASだけでなく帝国剣士らも手応えを感じている。
しかしそんな中で、ハル・チェ・ドゥーは険しい顔を続けていた。

「これじゃダメだ……さっきと一緒だ……」

ハルはアンジュの番長たちがチナミと戦う様をその目で見ていた。
さっきだって番長らの攻撃は効いたように見えたし、
チナミだって苦しみ悶えていた。
それでも、勝てなかったのだ。
今回もチナミは右手にとっておきを隠し持っている。
この一瞬のうちに、新たな武器を精製していたのである。

「あぁ危なかった、団長が三節棍を使ってなかったらどうなることだったか」

チナミの持つ武器は、二つのヌンチャクをドッキングさせたような「四節棍」だった。
多節棍の整備に手馴れていたチナミは、
アーリーにギューっと締め付けられた状態でもこの武器を作り上げてしまったのだ。
依然変わらずアーリーにホールドされたまま、手首のスナップを効かせるだけで連結ヌンチャクをヒョイと操っていく。
狙いは蹴りを決めた後に地面に着地せんとする、サユキの顔面だ。
四つも棍があるのだから、ちょっとやそっと離れていようが届くのである。

「そりゃ!」
「!!!」

最も破壊力のある棍の先端をぶつけられたサユキは、たまらずノビてしまった。
まさかこの状況からチナミからの反撃が来るとは考えにくかったし、
覚悟できていたとしても空中での防御はどうしても不十分になる。
ゆえにほぼノーガードで連結ヌンチャクによる手痛い打撃を受けることになったのだ。

「だ、大丈夫!?」

これに動揺したのはアーリーだ。
仲間がやられてもチナミを抱きしめ続ける任務遂行意識は立派だが、
そこに若干の緩みが生じてしまった。
そのちょっとの隙間なら、細身のチナミは抜けられる。

「やった!これで自由の身だーー!!」
「あっ!!」

焦ったアーリーがもう一度チナミを捕捉しようとしたが、
その時点で、敵は既に攻撃の構えをとっていた。
連結を解放し、元の二つのヌンチャクに戻して両方の手で持ったうえで、
まるでトンファーを扱うかのようにグルグルと回転させ始めたのである。
おさらいになるが、このヌンチャクはさっきまでカギ爪だったものをチナミの超絶技術力で加工したものだ。
ゆえに鉄製。
鉄の硬度に回転力が加わり、さらに長身かつ腕の長いチナミが高くから振り下ろしたのだから、
アーリーの両肩にかかる衝撃は弱いはずがなかった。

「うぐっ……」

肉をエグられたかのような痛みに耐え切れず、アーリーの脳は意識を遮断してしまう。
となればKASで残されたのはカリンのみ。
頼れる味方が次々と倒れゆくのは辛いが、ここは一人でやるしかない。
必殺技の超スピードで圧倒することだけをカリンは考えている。

「"早送りスタート"!……ああっっ!!」

必殺技を使おうとした瞬間、カリンの全身に激痛が走った。
戦闘時のカリンはアドレナリンの効果で痛みを感じにくいはずなのだが、
この痛みはそのガードすらもブチ破って襲って来る。
カリンの「早送りスタート」は肉体の限界を超えて行動の速度を一時的に加速させる必殺技。
しかし無理のある技ゆえに発動にはある程度のインターバルを必要とするのだ。
機械兵を倒す際に一度使ってしまったため、
いざここで「早送りスタート」を行おうとしても、身体が言うことを聞かないのである。
痛みに苦しむカリンを見て、チナミが共感する。

「分かる~!私もいますっごく身体が痛いんだ! そこのアーリーって子にハグされてから腕の筋肉がブチブチ言ってて……
 こんな時はさ、治療するに限るよね!」

そう言ってチナミはどこからともなく細かな針を数十個取り出した。
そして次の瞬間、信じられないような行動をとったのだ。

「仲良しの、頭がすっごく良いお医者さんに教わったんだけどさ、この針治療ってのが効くんだよ。」
「!!?」

チナミはなんと自身の両腕に細かな針を次々と刺していったのだ。
これは明らかな自傷行為。頭のネジがどこかに飛んでしまったのかと思ったが、
チナミはいたって真面目。

「うーん効く~~!! 元気百倍!これでまだまだ戦えるね。」
「えっ!?ど、どういうこと?……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



医学の力が凄いからか、それともチナミが単純だからか、
チナミは筋繊維の損傷した腕をブンブンと振り回せるくらいには回復していた。
どうやら針で刺すという行為には確かに治療効果が有るらしい。
千切れた繊維が元どおりに復元されると言ったようなことは勿論無いが、
疲労や気怠さを取り除く分には効果的なのかもしれない。

(そう言えば……!)

針を顔面に刺すことで美容効果が見られることについてはカリンも知識として知っていた。
幼少時代に訓練に明け暮れていた時や、KASTの汚れ役担当だった時はそのような行為を試すことはなかったが、
ジュースを捨ててからのカリンは、「これからは女子力も鍛えなきゃ!」と考えを改めたため、
専門書を片手に自らの顔に針を刺したことも何度かあったと言う。
愛用している武器の名の由来もきっとここから来ているのだろう。

(私も針を身体に刺せば、元気いっぱいに動けるのかな?……
 必殺技を使ったせいで傷んだこの身体を、また動かすことが出来ると言うの?……)

絶体絶命のピンチを打開するために、カリンはすぐにでも針治療を試みたいと思ったが、
今のカリンには知識も道具もなかった。
彼女が知るのは美容に関することだけ。訓練なしのぶっつけ本番で医療行為など出来るわけがない。
それに、針として代用し得る"釵"も先ほどチナミに折られてしまっている。
ゆえにカリンに出来ることは何も無かった。
なすすべも無く、元気百倍になったチナミの蹴りを腹で受け止めていく。

「それーーっ!!」
「うっ……」

いくらカリンが痛みを感じにくい体質でも、強烈な攻撃をまともに受ければ沈む。
折るつもりで叩きまくった脚で蹴り飛ばされてしまったのだから、
両者間の実力差は想像を大きく超えていたようだった。

「ふぅ、流石にこれでもう終わりかな?」

サユキ、アーリー、カリンを連続で倒したチナミはここらで一息つきたかった。
しかし、後輩の若き戦士は僅かな休息さえも与えてくれない。
少しでも休もうものなら、日光を送り込んで目を焼くつもりなのだ。

「うげっ!眩しい!!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



チナミの目に光を送り込んだのはオダ・プロジドリだ。
ブロードソードは折られてしまったが、その折られた刀身を持つことで、
鏡のように太陽光を反射させていた。
刃を直接握る形になるので手からの出血は回避できないが
KASの3名が果敢に挑んだ様を見て、オダ自身も何かしなくてはならないと強く思ったのである。
そして、そのように思ったのはオダだけでは無かった。
二人で示し合わせたかのように、アユミンが既に動き出していた。

(リカコちゃん、君の武器をちょっと利用させてもらうよ!!)

チナミの周囲には、リカコと戦う時に飛び散ったシャボン液が撒かれていた。
それを踏めば転倒する恐れがあるため、KASの3人は意識的に避けていたが、
「スベり」を味方につけるアユミならわざわざ回避する必要はない。
むしろ逆に勢いを付けて、フクダッシュをも超える高速スライディングを実現させているくらいだ。
スライディングキックが狙う先はカリンが散々痛めつけたチナミの細足。
オダに目を潰されたチナミがこの攻撃を避けられるはずもなく、
スネにまともに喰らって大転倒してしまう。

「イっ……!!!」
「やったぁ!決まったぁ!」

大打撃を与えることに成功したアユミンは無意識のうちにガッツポーズをしていた。
それだけの手応えを感じていたのだ。
しかし相手は食卓の騎士。決して油断してはならない。
だからこそアユミンとオダはすぐに次の攻撃の体勢をとっているし、
エリポン、サヤシ、ハルだってそこに続こうとしている。
アンジュの番長らとKASの3人の戦いが無駄では無かったことを証明するためにも
ここでビシッと気を引き締めないといけないのだ。

「もっと色々やりたかったけど、流石に潮時かぁ……そろそろ、ケリをつけようか」
「!」

チナミの呟きに、一同は嫌でもピリリとした。いや、むしろ焦燥感でジリリキテいる。
チナミの右手には例によっていつの間にか作られた武器が握られており、
その武器でこの戦いを終わらせようとしていることが分かる。

「剣……?」
「そうだよ。君たち5人をこの一本の剣で相手するから。」

剣術のプロを前にしてよく言ったものだが、
チナミには対等以上に相手できる確信があった。
剣技の面で言えば帝国剣士らに分があるのは確かだが、
エリポンは、サヤシは、アユミンは、ハルは、そしてオダはこの「技術」を知らないのだ。

「見せてあげる……だから、よーく見ててね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「身」を「断」つ「刀剣」。
その技術はそのように表現することが出来る。
現にチナミが剣を持ち、斬るべき対象を一瞥しただけで
帝国剣士たちは自身が一刀両断されるイメージを思い浮かべてしまった。

(こ、これはまるで……!)

サヤシはベリーズ戦士団のミヤビが発したオーラを連想した。
ミヤビのオーラは周囲のものを全て輪切りに切断し、普段見れない裏側まで見られたような気にさせてしまう、
超が付くほどの殺人的なオーラだった。
規模こそ違うが、チナミが構えることで感じた映像はそれにとても似ている。
それもそのはず。
ベリーズやキュート、そしてサユらが見せている可視化可能なオーラは
元を辿ればこの「技術」から来ているのだ。

「言っておくけど、これは私の必殺技なんかじゃないよ。
 訓練次第で誰でも使える。ベリーズのみんなも、キュートだって使えるんだ。
 でも……鍛錬を怠るとすぐに使えなくなっちゃう。」

人間の脳は無意識のうちに身体能力を抑制している。
人体への負担を抑えるため普段は10%程度しか使わないようになっているのだ。
そこを、キャパシティいっぱいの100%まで使えるようになれば便利だと思ったことはないだろうか?
歴戦の戦士たちもそれは思った。
でも、それでは留まらなかった。
キャパシティいっぱいに埋まったとして、そこから更に強くなるにはどうすれば良いのか?
100%では満足できず、110%、120%を目指したのである。
その解として、身体能力に加えて殺気を強化することに至った。
相手を斬るイメージを極限にまで高めれば、その強すぎる思いは他者へと伝播する。
そうすれば相手を萎縮させたり、行動を制限することが出来るので
相対的に己のキャパシティを越えた力を持つことが可能になるのである。

しかしチナミが言ったように、この技術は鍛錬を怠ることで使えなくなってしまう。
常に上昇志向を持たないと維持することは困難なのだ。
もっとも、遥かなる高みに届きつつあるベリーズやキュートは無条件で使えるし、
サユが現役復帰した時も容易に実現可能だろう。

「それじゃあ斬るね。イメージ出来たと思うけど、一撃で終わるから。」

チナミがスパッと剣を一振りするだけで、帝国剣士らは倒れてしまった。
殺人的オーラの基礎技術でも、これだけの圧を持っているのだ。
これぞ強者が強者であり続けるための技術、
「断身刀剣(たちみとうけん)」の真の威力なのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



帝国剣士のエリポン、サヤシ、カノン、アユミン、ハル、オダ
番長のカナナン、リナプー、メイ、リカコ
KASTのサユキ、カリン、アーリー
機械兵との戦いに疲労していたとは言え、たった1人に計13人の戦士が倒されてしまった。
要所要所で「勝てるかもしれない」と感じることも有ったが
結局はこれだけの実力差があったということだ。

「ほんとに疲れた。ほんとに。 早くみんなのところに戻ろっと」

一仕事終えたチナミはベリーズとキュートが交戦している辺りに移動しようとしたが、
ここで、忘れてはならない人物の声が聞こえてくる

「マーチャンね……全部覚えたよ……」

マーチャン・エコーチームはこれまでの戦いをすべて見ていた。
途中、頭が割れそうなくらいの頭痛に襲われることも何度かあったが、
それでもずっとずっと見続けていたのだ。
涙と鼻血が止まらず流れ続けているし、目も霞む。吐き気だってひどいもんだ。
脚にいたっては立っているのが不思議なくらいにガクガクと震えているが、
マーチャンはこの重労働を最後までやり遂げたのだ。

「全部って、どこからどこまでのことを言ってるの?」
「全部。」
「はは、そっか」

噂に聞いていた以上に興味深い子だなと感じたチナミは、
ニッコリとした顔をしながらマーチャンに近づいていった。
まだまだ面白いことが出来そうだと考えたのだろう。
しかし、それはすぐに叶わなくなる。
脳と体の限界を迎えたマーチャンは、糸の切れた操り人形のように倒れてしまったのだ。

「あ……やっぱもう無理か」

当然か、とチナミは考えた。
むしろ極限状態で最後まで意識を保ち続けたことの方を誉めてあげるべきだろう。

「これで本当の本当におしまいかな。
 じゃあみんな、また明日ね。」

チナミはベリーズらの待っている方へと歩いて行った。
その際の足取りは、先ほどのマーチャン以上にガクガクと震えているようだった。



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