チナミが一仕事終えた一方で、
キュート(+トモ)とベリーズの戦いも最終局面を迎えつつあった。
ここではマイミVSシミハム・クマイチャンと、ナカサキ・オカールVSモモコの2戦が同時に進行されており、
頭数が不利なマイミは苦戦を強いられていた。

(まただ!また忘れてしまった……)

背に襲い掛かるクマイチャンの刃をギリギリのところで避けながら、マイミは心の中で嘆いた。
1対2の戦いだということは十分理解しているはずなのに、
時にはシミハムの存在を、そして時にはクマイチャンの存在を忘却してしまっているのだ。
これはベリーズが事件を起こした日にシミハム・ミヤビの2人を相手にした時と同様の現象。
つまりはシミハムが自身、あるいは相方の存在感を完全に消滅させることで
マイミに1対1で戦っていると錯覚させているのである。

(集中しないとシミハムとは戦えない、しかし、集中しすぎるとクマイチャンを忘れる……
 相変わらず戦い難い相手だ……)

しかし、シミハムの放つ「無」はその程度では済まない。
意識をもっと強めれば、こんなことだって出来るのだ。

「あれ?……私はいったい誰と戦っていたんだ?……」

シミハムは自分自身とクマイチャンの両方の存在感を消し去ってしまった。
こうなってしまえばマイミは直前までに誰と、何人と戦っていたのかすら忘れてしまう。

「ハッ!ナカサキとオカールがモモコと戦っている!助太刀しなくては!!」

あろうことかマイミは倒すべき敵を誤認して、
存在しないことになっているシミハムとクマイチャンに背を向けて走り出してしまった。
凶悪な三節棍と長刀がすぐに襲い掛かかってくるとも知らずに……



そのマイミが向かおうとしている方では、
ナカサキがオカールを背負った状態でモモコと戦おうとしていた。
脚を壊されたオカールが戦うには確かにこの方法しか無いのだろうが
決しては軽くはない重量を抱えながら戦うため、ナカサキのパフォーマンスが低下することが予想される。

「ねぇナカサキ、その状態で戦えるの?確かオカールの体重は……」
「おい!言うなよ!!」
「安心して。私の確変で下半身を強化したら最大60kgは耐えられるから」
「お前本当に怒るからな」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(重石込みでも普段通り動けることは分かった。
 でも、この辺りは私の支配下なのよ?それを分かってる?)

モモコは周囲に見えない糸をビッシリと張り巡らせている。
この糸は単純な足止めとしても有効だし、
ちょいと引っ張るだけで、糸の括り付けられた石を飛ばすことだって出来る。
そして極め付けは優秀なボディーガードであるミヤビ(気絶)の存在だ。
オカールに突破出来なかったこの障害をどのように乗り越えるのかは見ものである。

(ん?……あれ?……ナカサキ、なんかおかしくない?)

さっきまでは余裕しゃくしゃくなモモコだったが、
相手側に起きた異変に気づいてからは余裕が少し無くなってくる。
ポーカーフェイスゆえにそれを外部に知らせてなどはいないが、
頭の中は、現状を把握するためのモノローグでいっぱいだった。

(えっと、ナカサキは下半身の確変って言ってたよね?
 実際にナカサキの太ももの筋肉はいつもより太くなっている。それは間違いない。
 じゃあ、腕まで太くなっているのはなに?……
 あの子、私に嘘をついていたってこと?
 いや……私だけじゃない、オカールにも嘘をついているんだ。)

モモコが結論を出すのが早いか、
ナカサキはあの重量のオカールを片手で持ち上げていた。
これには味方のオカールも黙っていられない。

「お、おい、お前何してんだ?……脚になってくれるんじゃなかったのかよ?」
「ごめんねオカール。モモコに勝つには多分この方法しか無いんだ。
 挟み撃ちって古典的だけどやっぱり有効だよね。」
「え?意味がわからない、だから俺はもう歩けないんだってば……」
「前後や、左右からの挟み撃ちだったら確かに無理。でもね……」
「ああそうか……そういうことか……本気?」
「本気だよっ!!上から下からの挟み撃ちを見せてあげよう!!」
「うおおおおおい!!や、やめろ!!」

そう言ってナカサキは確変後の筋力でオカールを遥か上空へと投げ飛ばした。
足を壊されたオカールでも、目標に向かって落下することなら出来る。
モモコはそれをなんとか防ぎたいところだが、
挟み撃ちと言うのだからナカサキは下方向からの攻撃を仕掛けてくるのだろう。
両方を完全に防ぐのは流石のモモコでも厳しい。

(まったく馬鹿な作戦を…でも、それで本当に倒せる気でいるの?
 どうやって私のところまで接近してくるのか、見せてもらおうじゃない。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ナカサキを寄せ付けずにオカールを対処すればミッションクリアー。
モモコはそのように考えているし、それを実現する自信だって持ち合わせていたが
今のナカサキの状態を唯一の懸念材料だとみなしていた。

(あの姿のナカサキが一番厄介なのよね……
 派生でもなんでもない、ただの"確変"がどれだけ恐ろしいか。)

モモコの言う通り、ナカサキは必殺技「確変」を使用していた。
ただし、それは泳力特化の「派生・海岸清掃」や白兵戦に優れた「派生・ガーディアン」、
脚力強化する「派生・秩父鉄道」などではない。
ただの「確変」をしているのである。
それは即ち、全身のパフォーマンスをバランスよく向上させているとうこと。
その分、体を巡る血液量はべらぼうに増えて疲弊しやすくなってしまうが
どんな状況にも対処できるという意味ではこの形態が原点にして頂点なのである。

(ナカサキは確変の力で私の罠を掻いくぐるつもりに違いない。
 だったら、その行動に合わせてカウンターを決めてあげる。
 さぁ、どう出る!?)

モモコはナカサキの一挙手一投足を見逃すまいと、相手を凝視した。
1秒経過……ナカサキは動かない
2秒経過……ナカサキは動かない
3秒経過……ナカサキは

(って動かんのかーーーい!!)

モモコは心の中でツッコミを入れていた。
オカールをどれだけ高くぶん投げたのかは知らないが、すぐには落ちてくるはず。
ならば挟み撃ちをするためにはナカサキは急いでモモコに接近せねばならない。
なのに彼女は一歩も移動しようとしないのだ。

(もう!じゃあナカサキは無視!オカールをなんとかしなきゃ!)

シビレを切らしたモモコが顔を上にあげようとしたその瞬間、
さっきまで静止していたナカサキが途端に走り出した。
これにはモモコも面食らう。

(はぁ!?今動くの?……)

意識が上に向いた瞬間を突かれたものだから、モモコは慌てざるを得なかった。
急いで対応しようと一歩前に出るが、実はそれすらも過ち。
ナカサキは持ち前のキレで、すぐさま前進を取りやめたのだ。
急停止するナカサキに対して、モモコは急に止まれない。
前に出ようとした時の勢いのままスッ転んでしまう。

(しまった!……やられた!!)

ここでモモコはナカサキの強みが確変だけでなく、ダンサブルな動きも含まれていたことを思い出した。
今、ナカサキが見せたように華麗な足技で相手を転倒させる「アンクルブレイカー」は、
数年前に狂犬の如き強敵にも浴びせた高等技術なのである。
しかし、モモコだってただで転んだりはしない。
この失敗をバネにして、自身の立ち位置を優位に持って行こうとしている。

(前に転ばされた? 分かった、転ばされてあげる。
 その代わり、もっともっと転んでやるんだから!!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



モモコはでんぐり返しをするように、グルングルンと回転しだした。
その目的は今いるポジションから離れることにある。
ナカサキは先ほど、オカールを上空へと強くぶん投げていたが、
その目的地はさっきまでモモコが立っていた位置に違いないし、
実際にナカサキはそのように投げていた。
ならば大袈裟に前方へと転がりまくれば落ちゆくオカールから逃れることが出来るのだ。
そうなれば着地もままならないオカールは勝手に潰れて、
モモコvsナカサキの一騎討ちの状況に持ってくことが出来るだろう。
ところが、その策は上手くいかなかった。
それにいち早く気づいたのは、これから起こりうる悲劇を身を以て経験したことのあるチサキ・ココロコ・レッドミミーだった。

「モモち先輩だめです!も、戻って!!」
「え!?…………ぐえっ!!!!」

突然重い物体が落下してきたので、モモコは心身ともに強い衝撃を受けた。
もはや何が落ちてきたのかを疑うまでもない。
オカールだ、オカールがモモコの元に落下してきたのである。
ここでモモコはハッとした。
そう、この状況はゲートブリッジでアーリーがオカールを投げた時の再現なのだ。

(オカールが重すぎて……落下予測地点より手前で落ちたってこと!?)

あの時、オカールは船に乗り込むつもりで飛ばされたが、
それより手前の海に落ちたところを、海にいるチサキの頭を踏んづけることで生還していた。
今回も同じ。
ナカサキはモモコに当てるつもりで投げたのだが、
重さのあまり、モモコが前進したところに落下していた。
お笑いみたいな結末だが、(ナイショ)Kgの重りを予想外かつマトモに受け止めるのはかなりのダメージだ。
身体能力で他の食卓の騎士に劣るモモコは、もう立てなかった。

「くっ……まさかナカサキがここまで計算していたなんて……」
「(えっ!?)…そ、そうよ!ぜんぶ計算どーり計算どーり!」
「一杯喰わされたわ……まるで女優のような演技力ね。」

最後のくだりは置いといても、あのモモコを騙そうとする姿勢をとったナカサキはたしかに女優の資質があるのかもしれない。

それならば、不恰好に落下しておかしな形でモモコへのトドメを差し、
決して笑ってはいけない状況にもかかわらずカントリーの面々を吹き出しそうにさせてるオカールは、
世が世ならばお笑いの世界でやっていけただろう。

ファンであるトモの心を震わせ、
素晴らしい感動と共感を生んだアイリのスキルは、
歌手として生きていくのにピッタリと言ったところだろうか。

今は戦いの場に身を置いていないあの戦士も、
決して歩き続けることを諦めてはいない。
きっと視野を大きく広げて舞い戻ってくるに違いない。

そして、キュートで忘れてはならないのは団長マイミだ。
彼女の資質はナカサキ同様に女優だと言える。
だが、種類がちょっとだけ違う。
女優は女優でも、殺陣を得意とするアクション女優なのだ。
その才能の全てを、今この瞬間から惜しみなく見せつける。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「あれっ!?……なんだ、私たちは勝利していたのか?」

モモコとミヤビが倒れているのを目撃したマイミは、
倒すべき敵を全て倒したのだと判断してしまった。
もちろん、それは事実ではない。
存在感の消え去ったシミハムとクマイチャンがすぐそこまで迫ってきているのだ。

(後ろガラ空きだよ……このチャンス、絶対に逃さない。)

クマイチャンは刃渡り300センチという非現実的なオバケ長刀をブンと振り下ろし、
マイミの首をはねようとした。
好敵手と何千回も死闘を繰り広げてきた経験からか
相手を殺める行為であったとしても、クマイチャンが躊躇をすることはなかった。
恐ろしい殺し屋の目をしながら刃をマイミの首へとぶつけていき、
一瞬にして硬い骨まで到達させる。
刀を握る手の感触からそれを感じ取ったクマイチャンは、あとちょびっとだけ力を入れれば完全に切断できるはずだと考えた。
ところが、斬撃はそこで強制的に止められてしまう。

(!?……刀が動かない!)

食卓の騎士は全員が全員バケモノのようだが、
その中でもマイミは群を抜いてバケモノじみていた。
首の筋肉に力を入れることでクマイチャンの刀をギュウっと挟んでしまったことからもそれが分かるだろう。

「思い出したぞ……お前が残っていたな。クマイチャン。」
「くっ……」

斬撃をもらう前までは、マイミは確かにクマイチャンの存在を認識できていなかった。
だが、そんな状態でも痛みは等しく襲ってくる。
マイミは首の痛みを感じた瞬間に、条件反射的に刃を首で掴み取ったという訳だ。
このような芸当は特別な訓練を受けた者だとしても不可能で有るため、
決して真似しようなどとは考えないでほしい。

「なるほど……この状態だとよく分かるな。」
「……何が?」
「クマイチャンが本当に殺す気で斬りかかってきたということが、だよ。
 どういうことかは分からないが、武器から伝わる殺気だけは消えないみたいだな。」
「!!!」

シミハムの「無」のオーラは存在感だけでなく、殺気までも完全に消し去るはず。
だからマイミは大雨を起こせないし、クマイチャンだって重圧で相手を押しつぶすことも出来ないのだが、
マイミは確かに殺気を感じると口にしている。
それがハッタリではないことは、刀を握るクマイチャンがよく知っていた。

(私の刀から、マイミの嵐のような殺気が伝わってくる!!
 そうか、マイミも本気で私を殺す気なんだ……)

チナミが帝国剣士に存在を教えた「断身刀剣(たちみとうけん)」は殺気を相手に伝播することで、強さのキャパシティを100%以上にする技術だ。
その殺気やそれをさらに発展させたオーラは、通常は空気を伝わるものだが、
相手を直接傷つける「武器」にはより濃厚な殺意が色濃く残っていた。
シミハムは空気中の殺気やオーラを消すことは出来ても
直接武器を伝わる殺意までに影響を及ぼすことは出来なかったという訳だ。

「だったら、こうすれば辿れる。」

マイミは手を伸ばして、クマイチャンの刀をガッシリと掴んだ。
手が切れて流血するが、そんなのは大した問題ではない。
クマイチャンを見失わないために刃を握り続けようとしている。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マイミはまるで登り棒を昇っていくかのように、
両手で刀を掴みながらクマイチャンの方へと接近していった。
刃を躊躇なく握るだけでも恐ろしいのに、しかも速い速度で迫ってくるのだから
もはや恐怖というほか無いだろう。
しかし、追われる側に立つクマイチャンの顔は依然変わらず凛々しいままだった。

「叩き落としてあげる!」

左手を刀から放したかと思えば、クマイチャンはマイミの顔面へと掌をぶつけていった。
ただの掌底でもクマイチャンのそれはダテじゃない。
人類ではまず到達し得ない高さからなる位置エネルギーの全てが破壊力に変換されたので
マイミは大砲でも喰らったかのような思いだった。
そしてクマイチャンは長い手をさらに振り切ることによって、
マイミの後頭部を硬い地面に叩きつけることにも成功する。

「どうだぁっ!!」

もっとも、クマイチャンもこの程度でマイミが気絶するとは思っていない。
ここではマイミが刀を手放してくれることだけを期待していたのだ。
これだけのインパクトなのだから普通は刀を持つどころでは無いはずなのだが、
それでもマイミは、強く握っていた。

「クマイチャン良いのか?」
「な、なにが!?」
「片手を放しても良かったのか?」
「!」

クマイチャンが気づいた時にはもう遅かった。
これまでクマイチャンは両手で刀をしっかり握ることで、マイミが刃の側から加える力にも耐えていたのだが、
一時的に掌底を放ったせいで、今は片手でしか握っていない。
それでは、抑えきれなくなったマイミの力はどこに作用するのか?
答えは刀そのものだ。
鉄扉をも捻り切るマイミの怪力に耐えきれず、クマイチャンの長刀が真っ二つに折れてしまう。

「ああっ!!」

チナミも先ほど若手戦士らの武器を壊していたが、
エリポンの打刀「一瞬」だけは破壊することが出来ていなかった。
その打刀はエリポンがかつての剣士団長から受け継いだものであり、
戦士の強さ同様に刀の質も高かったため、他の武器のように壊せなかったのである。
クマイチャンの長刀だってそれに匹敵するくらいに優良な品だし、
チナミによるメンテナンスも行き届いていたはずだった。
だというのに壊されたのだから、マイミの力は恐ろしい。
しかし、(かなりショックではあるが)クマイチャンは刀を折られたとしても、心までは折れていないようだった。

「本当に凄い力だ……でも、これで刀を放したね。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



刀を折ったということは、即ち、握るべき武器が無くなったということ。
これまでマイミは刃を伝う殺気を頼りにクマイチャンの存在を捉えてきたので、
結果的に自ら道しるべを手放す形となってしまった。
このまま敵の存在を見失い、ジリ貧になるかと思われたが……

「クマイチャンの殺気がこもってるのは、なにも刀だけじゃないだろう?」
「へ?」

敵の掌が自身の顔から離れるよりも速く、
マイミはクマイチャンの腕に対して右手と左手の計10本の指を突き刺していった。
どの指も5cmは肉に食い込んでおり、クマイチャンが絶句するには十分なほどの激痛を与えていた。

「~~~っ!!!」
「思った通りだ。 刀を握るよりも、クマイチャンの肉体に触れる方が強い殺気を感じられる。」

マイミの狙いは殺気そのものの発信源であるクマイチャン自身に触れ続けることにあった。
この要領で攻撃していけば近いうちに勝利することが出来るだろう。
しかし、それをクマイチャンが黙って見ているはずもなかった。

「だったら!そう来るんだったら!こうしてやる!!!」

クマイチャンは大きく立ち上がり、マイミの指が食い込んだ腕を天高くへと上げていった。
腕の深くまで入っているため指は簡単には抜けず、マイミの身体ごと天に持ち上げられてしまう。
この次にクマイチャンがとる行動は想像に難くないだろう。

「まさか……この高さから私を地面に叩きつけるつもりか!?」
「そうだよ!それが嫌なら指を抜けばいいんだ!」
「絶対に抜くものか……ここで抜けるはずがない。」
「じゃあ落としてやるっ!!今すぐにだっ!!」

天高いところにあった腕が、一気に地面へと振り降ろされた。
自称176cmの落下距離は数字以上に大きく感じられ、
マイミが地面にぶつかる衝撃も、それに比例して、十分に大きかった。

「ぐあぁっ!!」
「まだ放さないか…じゃあもう一発!!」

クマイチャンは先ほどの再現をするために、また腕を高い上げていく。
この地獄のフリーフォールはマイミとクマイチャンのどちらかが音をあげるまで続くのだろう。
マイミは、そう思っていた。
だが、クマイチャンはそう思っていない。

(シミハム!!もうそろそろ良いんじゃない!?)

クマイチャンは、そう離れていない位置に立つシミハムにアイコンタクトを送った。
連続フリーフォールでは異常な生命力のマイミを倒しきれないと思っていたので
ベリーズ戦士団の団長であるシミハムに協力を仰いだと言うわけだ。

シミハムはマイミとクマイチャンの戦いから少しばかり離れていたが
それは決してさぼり等ではない。
ただひたすらに力を蓄えていたのだ。
あのマイミでも、ひとたび喰らえば立てなくなるほどの強烈な攻撃を実行するために、
時間をかけて準備していたのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ただのジャブよりは大きく振りかぶって繰り出すパンチの方が高威力であるように、
強い攻撃というものはどうしても予備動作が大きくなる。
ヒットさえすればその後の展開を優位に運ぶことが可能だが、
モーションが読みやすいせいで大抵は避けられてしまうだろう。
そのため多くの戦士は小さく確実に当てていくか、あるいはフェイントを織り交ぜるのだが、
自分の存在を消し去ることで、予備動作すらも相手に感じさせないシミハムにはそんなことを気にする必要が無かった。

シミハムの必殺技「きよみず、"派生・鶴の構え"」からの、180°(ワンエイティー)×180°(ワンエイティー)
彼女はこれまでの時間、
ダンス技術のターンを連続して自ら回転し続けることと、
手に持つ三節棍を勢い付けてブンブンと回し続けることの二点に専念していた。
マイミに気づかれることなく己と武器の回転を延々と繰り返すことで、
棍の先端にかかる遠心力を膨大なものにしていったのだ。
後は、クマイチャンがマイミを天から地に叩きつけるタイミングで、
カウンターを喰らわすように、力が最大限までに蓄積された棍を下方向からぶつけてやれば、
流石の耐久力を誇るマイミであろうと壊すことが出来るだろう。

(シミハム!今からマイミを持ち上げるから、そこに合わせてねっ!!)

はたから見ればもうボロ雑巾のようになっているマイミを、クマイチャンはまたも持ちあげた。
腕に食い込む指の力が相変わらず強いので、やはりトドメを刺さねばならないと判断したのだろう。
最高到達点に達したところで恐怖のフリーフォールが再開されると思ったが、
ここでとんだ邪魔が入ってしまう。

「団長を放せっ!!!」

この戦いに割って入ったのはキュート戦士団の一人、ナカサキだ。
モモコ戦で見せた確変状態を維持したまま、
両手に持った2本の曲刀でクマイチャンの横っ腹を滅多斬りにする。

「ぐっ!ナ、ナカサキ!!」

不意打ちを喰らったクマイチャンは思わず片膝を地につけてしまった。
「私がマイミを放さないんじゃなくて、マイミが放してくれないんだぞ!」と訂正したいところだが、
クマイチャンにはそれよりも気になることが有った。

「ナカサキ……どうして私がいる事に気付けたの?」

シミハムは自分とクマイチャンの存在感を消していた。
それを認識することが出来るのは味方であるベリーズ同士と、
クマイチャンの腕に指を刺したマイミだけのはず。
部外者のナカサキには感知できないようにシミハムは調整していたのだが、
今の相方がクマイチャンだというところに誤算があった。

「えっ?だってそりゃ分かるでしょ。」
「どういうこと!?」
「団長があんな高いところまで上がったり下がったりしてるんだもん。
 クマイチャン以外の誰がそんなことを出来るっていうの?」
「……!!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



まずい。
シミハムはそう感じていた。
クマイチャンを助けるべくナカサキを叩く案もあるが、
そのためにはせっかく棍に蓄えた力を解放しなくてはならないので
マイミを倒すにはまた一から力を貯める必要がある。
手負いのクマイチャンがこれからそれだけの時間を稼げるかは微妙なところだ。
ではナカサキを無視して、今まで蓄えた力をいきなりマイミにぶつけてしまうのはどうか?
いや、それもダメだ。
マイミの生命力を考えると、クマイチャンのフリーフォールにシミハムの攻撃を合わせて、やっと倒せると言ったところだろう。
クマイチャンがナカサキにちょっかいを出されている現状では
当初の予定通りにマイミを地面に叩きつけることが難しいので、
失敗に終わる可能性が高いのだ。
いろんな可能性を考慮してモタついているうちに、マイミが次の行動を取り始めてしまった。

「隙有り!!」

マイミは敵の腕を鉄棒に見立てて懸垂をしたかと思えば、
その上昇する勢いを利用して金属製の右脚でクマイチャンの顎を蹴っ飛ばしたのだ。
何回も地に落とされたとは思えぬ鋭い蹴りにクマイチャンの意識が飛びそうになったが、
長い脚で地面をしっかりと踏み締めることで、なんとか踏みとどまる。
しかし、それも長くは続かなかった。
ナカサキによる斬撃の雨あられが襲って来たのである。

「そりゃーーーーっ!!」
「うぐっ……く、苦しい……」

クマイチャンとナカサキの実力が拮抗しているとは言え、
武器の長刀を失い、しかもマイミに腕を掴まれたままの状態では満足に戦うことは出来なかった。
ほんの短い時間でクマイチャンは踏みとどまれなくなり、
力無く地面にぶっ倒れてしまった。
ミヤビ、モモコに続いてクマイチャンまでも倒れたのだから、ベリーズ側にとっては大打撃。
普通に考えればこのまま押し切られてしまうのだろうが、
シミハムはこの状況に勝機を見出していた。
クマイチャンが倒れるということは、マイミも高い位置から落下するということ。
そこに対して力がMAXにまで溜まった棍をぶつけてやれば、
一番の強敵であるマイミを撃破することが出来る。
そうすればこの場に残るのはほぼ無傷のシミハムと、確変を長時間使いすぎて身体に負担をかけているナカサキのみ。
どちらが有利なのかは火を見るよりも明らかだろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



絶対に避けられない攻撃であり
それでいて当たれば必ず勝利できる攻撃をシミハムは解き放とうとした……のだが、
このタイミングでとある人物がやって来たので動作を瞬時に取り止めた。

「ただいまーー!あーキツかったーーー!」

戻って来たのは先ほどまで若手戦士らの相手をしていたチナミだった。
全身ボロボロ、足取りはフラフラ、いかにも疲労困憊といった様子だ。

「この仕事さぁ、ほんっとに割に合わないよ……あれ?モモコが倒れてる。 やられちゃったの?」
「あのねチナミ、状況を見なさいよ。」
「うわっ、みんな倒れまくってる。」

ミヤビ、クマイチャン、アイリ、オカール、トモの5名が意識を失っており
モモコも喋れはするものの立てないでいる。
実力が拮抗した勢力のぶつかり合いなのだから、こうなるのも無理ないだろう。

「うーん、戦う気力があるのは2人ってとこかー」
「2人って、マイミとナカサキのこと?チナミはどうなの?」
「いやいやいやいや、もう身体が限界だよ!当分は肉弾戦は無理だからね!」

チナミとモモコはベリーズの一員なのでシミハムの姿が薄ぼんやりと見えているのだが、
自軍の団長を「戦う気力がある」とはみなさなかったようだ。
それもそのはず。シミハムは「勝つための攻撃」から、「行動を制限するための攻撃」に切り替えていたのだ。
その攻撃によって、マイミの脚が瞬時に破壊される。
義足部分ではなく生身の腿に三節棍をぶつけたのである。

「なにっ!!?」

シミハムは蓄積された力の全てを、マイミの機動力を潰すことに費やした。
この程度ではマイミはダウンしないのは折り込み済み。
事情が変わったので、今は移動手段を制限することを最優先に行動しているのである。
そしてマイミの脚を破壊した勢いのまま、
ナカサキの二の腕に鋭い蹴りを喰らわせることにも成功する。
その結果としてナカサキは腕から噴水のように血を吹き出してしまった。
血の巡りが良すぎるあまり、ひとたび傷つけば即大量出血になるのが確変の弱点。
ナカサキは数秒も経たずにフラつきだす。

「ううっ……クラクラする……」
「大丈夫かナカサキ!……くそっ!またしてもシミハムにやられたのか!」

もう存在感を消す必要がないと判断したシミハムは、己の姿をマイミの前に現した。
容易に動けぬマイミとナカサキに対して、ほとんど無傷のシミハムはまだまだ元気いっぱい。
圧倒的優位なままマイミ達にトドメを刺すかと思われたが、
ここでモモコが意外な発言を口にする。

「さて、それじゃあ逃げよっか。シミハム。」

モモコの提案に、ベリーズの団長シミハムはコクリと頷く。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「なんだと?……」

マイミには、ベリーズ達が「逃亡」を選んだことが理解出来なかった。
「卑怯だぞ」だとか、「最後まで戦え」だとか言いたいのではなく、
今の戦況はどう考えてもベリーズ優勢なはずなので
それを放っぽり出して逃げる理由が全くもって分からないのだ。
そうして混乱しているところに、モモコが余計に混乱しそうなことを喋りだす。

「言っておくけどこっちには貸しがあるんだからね。 認めないなんて言わせないよ。」
「か、貸し?」
「はぁ、忘れたの? おとといアリアケで戦った時にリターンマッチを受け入れてあげたじゃない。
 だから今日もこうしてプリンスホテルそばのシバ公園で戦ってるんでしょ。」
「あぁ……そうだったな……」
「そう、そして次はこっちがリターンマッチを申し込む番。
 時刻は明日3月3日の18時、場所は"武道館"。 そこで待ってる。」
「!?」

武道館という施設の名にマイミは覚えがあった。
いや、若手戦士を含めてもその名を知らぬ者は居ないと言ってよいだろう。
この施設はかなり古くに作られた円形の大型闘技場であり、
当時はこの舞台で闘えるということが最上級の名誉だったらしい。
今はもう闘技場としては使われていないが、現在でも多くの現役戦士達がこの大舞台に憧れを抱いているのである。
(特に果実の国のKASTが顕著だ。)

「本気で言っているのか!? あの武道館だぞ!」
「本気も本気よ。だってそこが今の私たちの本拠地なんだから。」
「本拠……地……」
「そう。だからね、明日にはマーサー王とサユが武道館の一室に軟禁されるの。
 これは嘘なんかじゃない。ホント。」

連合軍の最大の目的はマーサー王とマイミの救出だ。
その2人が武道館に居るとなれば、嫌でもノコノコとやってくるはず。
モモコは相手がそう考えると思って情報を漏らしたのだが、
どうやら逆効果のようだった。

「軟禁なんかさせない……今すぐお前達を倒して阻止してみせる!!
 いくぞナカサキ!2人でシミハムを倒すんだ!!」

脚の壊れたマイミは二本の腕で体を持ち上げて、手押し車の要領でシミハムの元へと向かっていった。
いくら不利な状況とは言え、敬愛する王が危険に晒されるとなれば動かずにはいられないのだ。
シミハムは仕方ないと言った顔で棍を構えるが、
存在感を消そうとするよりも早くモモコが叫びだす。

「あなたたち、今よ!」
「「「「はい!」」」」

モモコの呼びかけにカントリーのリサ、マナカ、チサキ、マイが応えたかと思えば、
無数のカエルとカラスがマイミへと跳び(飛び)かかった。
リサ・ロードリソースの操る両生類と、マナカ・ビッグハッピーの操る鳥類が
主人の命令に従い、マイミの行動を妨害し始めたのである。

「邪魔をするなぁっ!!!」

以前にやって見せたように大嵐のオーラで動物らを吹き飛ばそうとしたが、
シミハムの無のせいで、それは発動しなかった。
前に行きたくても進めずにもどかしい思いをマイミがしているうちに
チサキ・ココロコ・レッドミミーとマイ・セロリサラサ・オゼキングは倒れたベリーズを次々と馬に乗せていく。
カントリー達はこの時のために予め人数分の馬を用意していたのだ。

「ねぇマイちゃん、クマイチャン様はどうやって運ぼっか……」
「大きすぎて馬に乗せられないね……あっ!」

二人が困っていると、普段モモコが乗り倒している駿馬サトタの方からクマイチャンのところに駆け寄ってきた。
そして騎手の巨体もなんのそのと言った感じで自分の背に乗せていく。

「す、すごい……なんでか分からないけどモモち先輩が乗るよりシックリくる気がする。」
「チサキちゃん何か言った!? ほら、準備出来たなら早く逃げるよ!」
「は、は~い!」

馬に乗った、あるいは乗せられたベリーズとカントリー達は、
負傷したマイミでは追いつけないスピードで遠い先へと逃げて行ってしまった。
例え腕がちぎれる勢いで走ったとしても何にもならないだろう。

「また……救うことが出来なかった……」

身体よりも先に心が限界を迎えたマイミは、
深い絶望に耐えきれずその場に倒れこんでしまった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「んっ……」

チナミとの戦いで意識を失っていたカリンが目を覚ました。
起きてからしばらくの間は寝ぼけていたが、
自分が寝ていた場所がいちごのベッドでは無いことに気づくのに、そう時間はかからなかった。

(お外だ……時間は夕方?……それに、みんなもいる。)

辺りには帝国剣士がいた、番長がいた、そしてキュート戦士団もいた。
みんながみんな、うなだれているように見える。 幸せそうには全く見えない。
カリンが最悪の事態を理解しかけたところで仲間であるアーリー、トモ、サユキが声をかけてきた。

「あ!起きたぁ!」
「よく寝てたね。起きたのはカリンが一番最後だよ。」
「必殺技で無理をしすぎたから疲れちゃったのかな。」

"起きたのはカリンが一番最後"。
つまりはここにいる全員が寝てたか、気を失っていたということ。
カリンは信じたくない現実に確信を持ってしまった。

「私たち……負けちゃったんだ……」

カリンの言葉を聞いた仲間たちは黙ってしまった。
なんとか無理して明るく振舞おうとしたが、
敗北という事実が少しでも頭をよぎるだけで現実に戻されてしまう。
以前、チナミが2つのものを折ったと言ったのを覚えているだろうか。
1つは文字通り、若手戦士たちの武器を折っている。
そしてもう1つは「心」だ。
圧倒的なまでの力をみせつけられて、しかも対抗しうるための武器まで破壊されたので
もういくら頑張っても敵わないと、痛感させられている。

「あ、そうだ!キュート様はどうなったの!?マイミ様!マイミ様はどこですか!」

こんな時は、強大な存在であるキュートに頼りたいとカリンは考えた。
そうすれば次に進む指針を示してくれるだろうと思ったのである。
しかし、それも叶わない。

「…………」
「マイミ……様?」

一人で座り、虚空を見つめているだけのマイミを見て、カリンは衝撃を受けた。
いつも連合軍の先を行くマイミの姿はどこにも見当たらない。
敗北のSHOCK!で廃人のように呆けているその様からは
リーダーシップを少しも感じ取ることができなかった。
キュートの他のメンバーであるナカサキ、アイリ、オカールも黙って下を見ている。
団員である彼女達から団長に喝を入れてもらうことは期待できないだろう。
キュートがこの有様なのだから、若手戦士が何くそと奮い立てるわけもない。
完全に士気が落ちてしまっているのだ。

「マイミ様!ベリーズはどっちに行ったんですか!?追いかけなくて、いいんですか!?」
「カリンか。 ベリーズは……」
「知ってるなら、教えてください!!」
「いや、もういいんだ……どうせ、勝てないと。」
「えっ!?」

マイミの口からこんなにも弱気な発言が飛び出すなんて、
カリンだけではなく他の若手らも想像だにしていなかった。
こんな状況でどうやってベリーズに勝てると言うのだろうか。
いや、そもそもどうやってベリーズと戦えば良いのか?
マイミが、キュートがこのままでは、何も始まらない。

(タケちゃん……フクちゃん……こんな時、私はどうすればいいの?
 2人に側にいて欲しいよ……カリンだけじゃなんにも出来ないよ……
 みんなを動かす方法を、私に教えてよ!!!)

これからカリンかすべきことはただ1つだけ。
連合軍の士気は完全に下がっているように見えるが、
中には闘志の炎を消していない者だって何人かは存在する。
その者たちを見つけ出して、マイミに挑むしかないのだ。
自分たちが力を合わせれば食卓の騎士マイミをも凌駕することを、ここで示すしか無いのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(あれ?……この音は……)

正体不明の金属音が鳴っていることにカリンは気づいた。
大多数が何もせずじっとしている中で、その人は次に向かって動き出していたのだ。

「マーチャン!なにやってるの?」
「武器作ってるの。」

マーチャン・エコーチームは諦めていなかった。
ここら一帯にはチナミの作った機械兵の残骸があちこちに転がっていて、
それらの部品を利用して新たな武器を作ろうとしているようである。
どこから拾ったのかは知らないが工具も一式揃えられているようで、
製作に必要な環境は整っているみたいだ。
周りが闘志を失っているにもかかわらず、黙々と作業を進めるマーチャンを見てカリンは感動する。
そして、マーチャン以外にも熱を失っていない戦士はまだいるのではないかとも思い始めてきた。
だったら、カリンは動くしかない。

「ねぇマーチャン。」
「なに?」
「すごーく細い針とかって作れるかな? 刺しても痛くないくらいに細いやつ。」
「たぶん。」
「今作ってる武器の後でいいから、細い針を20本作って欲しいな。頼める?」
「う~~~~ん、いいよ。」
「さすがマーチャン!」

これでカリンは戦う力を取り戻すことが出来る。
次にすべきは仲間探しだ。
みんなが落ちている中、1人だけ喜びを隠しきれていない人物がいることにカリンは気づいている。
モチベーションの低下もなく、武器も破壊されていない人なら、
強力な味方になってくれるはずだとカリンは考える。

「トモ!一緒に戦って!」
「カリン?……突然なに言ってんだ?……」
「私にはお見通しだよ。 トモ、全然落ち込んでないでしょ!」
「ちょっ!……バカ、なにを言って……」

確かにトモは他の若手戦士と違って、対ベリーズ戦で屈辱的な思いをしていなかった。
それどころかミヤビにトドメを刺すことが出来たので有頂天にもなっている。
周りが暗くなっているのでウキウキを表に出さないようにしていたが、
カリンにはバレバレだったようだ。

「トモ、自信に満ち溢れているよ。 誇らしいなら胸を張りなよ!」
「だから大声で言うなって……」
「違う!大声で言わなきゃダメなんだよ!
 みんな聞いて!私たちはこれからマイミ様に決闘を挑むんだ!
 力を貸してくれる人がいるなら、一緒に来て!!」
「はぁ!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マイミに決闘を挑むというカリンの発言に一同は騒然とした。
さっきまで下を向いていたナカサキ、アイリ、オカールまで顔を上げる程だ。
しかし、肝心のマイミには響かなかったらしく、
カリンの言葉をただ繰り返すだけだった。

「そうか……私と決闘か……」

相手にされないことは覚悟していたので、カリンは次々と準備を進めていく。
まだ困惑中のトモの手を無理やり引っ張っては、
アンジュの帰宅番長リナプーの前へと歩いていったのだ。

「うわ……」

厄介者がやってきたのでリナプーは露骨に嫌な表情をしたが、
それにも構わずカリンは勧誘していく。

「リナプーも戦えるよね!」
「いやいや、どこをどう見たらそう思えるの……」

たいへん失礼な話だが、トモにもリナプーからはやる気を感じ取ることが出来なかった。
いつものように元気なく地べたに座っているようにしか見えないのだ。

「そう、リナプーはいつもと同じなの!」
「え?」
「普通の人が元気なかったら心配するけど、リナプーはいつも元気ないよね!
 ということはそんなに落ち込んでないんじゃない?」
「うわうわうわ、めんどくさ……」
「それに、リナプーの武器は"壊れていない"。」
「!」

カリンは急にしゃがみだし、リナプーの武器兼愛犬であるププとクランの頭を撫で始めた。
他の戦士の武器が物理的に破壊されているのに対し、この犬二匹は怪我の1つも負っていない。

「この子たちはまだやれるよね?……まぁ、飼い主のリナプー次第だけど。」
「はぁ……しょうがないな、やるよ。やれるに決まってるでしょ」
「やったー! これで仲間が4人になったね!」

カリンがピョンピョン飛んで喜んでいるところに、
もう1人の戦士が声をかけてきた。
今まではカリンが誘う形だったが、今回はその人の方から志願してきたのだ。

「私もその仲間に入れてもらえませんか?」
「オダちゃん!」

志願兵の名はオダ・プロジドリ。
強力な助っ人の登場に驚きつつもカリンは喜ぶ。

「もちろんだよ!でもどうして?」
「もう負けたくないんです。 相手が伝説の存在だろうと、私は勝たないといけないんです!!」

オダはこれまでサユやチナミと戦い、どちらも敗北していた。
プラチナ剣士やベリーズ戦士団が相手なので負けて当然だとみなは思っているが、
それではオダ・プロジドリのプライドが許さないのである。
その気迫にたじろぎながらも、トモ・フェアリークォーツが疑問点を投げかける。

「えっと……戦うのは止めないけどさ、いったいどうやって挑むつもりなの? 
 だって、剣は折られちゃってるのに……」
「剣が無いからと言って戦わないのは、剣士として二流では?」
「お、おう……」
「それに私は信じてるんですよ。」
「信じてる?何を?」
「いざ挑むその時になれば、私の手に剣が握られていることを……です。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



着々と仲間を増やしつつあるカリンを見て、ハルとサユキは戸惑っていた。
戦士としてここで立ち上がるべきだということは十分に理解しているが、
マイミと同等の存在であるチナミに植え付けられた恐怖のせいで動けずにいる。 
食卓の騎士を相手にするという思考自体を拒否してしまっているのだ。

「どうしてアイツらは戦えるんだ?……言っちゃ悪いけど、どこかおかしくなってるんじゃ……」

確かに、カリンやマーチャンは恐怖心を感じる機能がマヒしているのかもしれない。
リナプーやオダだって同様だ。 
彼女らは普段から何を考えているのかよく分からないので、
常識離れした思考回路の持ち主だと思えば、今の選択も納得いく。
だが、トモ・フェアリークォーツは比較的正常な判断を下せる人間だったはず。
だと言うのにカリン達の側についている。
その事実がサユキを困惑させていた。

「ハル……私は自分が情けないよ……」
「サユキ?」
「カリンはともかく、トモまで前に進んでるって言うのに……私は立てもしないんだ……」
「情けなくなんかないだろ! 周りを見ろよ! 座ってるやつの方がずっと多いくらいだ!
 だからさ、泣きそうな顔をやめてくれよ……こっちだって泣けてきちゃうじゃないか……」
「 ハル……」

激しく揺らいでいたサユキの精神は、ハルの慰めのおかげで安定に向かいつつあった。
しかし、その安定も長くは続かない。
むしろ急転直下。失意のどん底に突き落とされていく。

「一緒に……戦わせて……」

ここにきて、KASTのアーリー・ザマシランが目に涙を浮かべながらカリンに訴えたのだ。
全身がプルプルと小刻みに震えていることから、彼女はひどく恐怖していることが分かる。
それでも、味方の力になりたい一心で身体に鞭打って立ち上がったのである。
あからさまに恐れている者の参戦にハルは驚愕したし、
サユキは今いるこの空間に耐えきれず、地に顔を伏せてしまった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「アーリー!嬉しい!」

同門の仲間が勇気を振り絞ってくれたことがカリンには何よりも心強かった。
アーリーが参加表明をしたので、同士の数はこれで6人になる。
残念ながらそこから手を挙げる者は現れなかったが、
勝ちたいという意志を持ったこのメンバーならやれる。カリンはそう信じていた。

「よしっ!早速みんなで飛びかかろう!」
「ちょっと待ってよ、カリン。」
「え?……トモ、どうしたの?」
「いくらなんでもね、作戦も組まずに挑んで勝てるはずがないでしょうが。」
「あっ……そっか、そうだよね。」
「今のマイミ様はやる気がない。それが幸いかどうかは置いといて、少なくとも攻め込むタイミングはこっちが決められるはずだよ。」
「うん、うん。」
「それに……多少は時間を稼いだ方が好都合だしね。」

そう言いながらトモは工具を持ちながらせっせと働くマーチャンの方をチラリと見た。
マーチャンの同僚オダ・プロジドリもコクリと頷いている。
そうして彼女ら勇気ある戦士たちは攻め方について小一時間ほど議論し、
納得いく結論が出たところでマイミの方を向きだした。

「マイミ様!準備が出来ました!今から挑戦させて貰いますね!」
「あぁ……好きにしてくれ……」

マイミの返事は相変わらず虚ろなものだった。
これから攻撃を受けるというのに、まるで危機感を感じていないように見える。
ベリーズとの戦いで義足が潰れて立つことが出来ないとはいえ、
少しも構えようとしないのは流石にプライドが傷つく。
そんなマイミに向かって、トモが矢尻を突きつける。

「すぐに慌てさせてあげますよ……アイリ様から受け取ったこの力で!!」
「!?」

トモが矢を放った瞬間、閃光がマイミの脚を目掛けて光速で迸った。
この現象は、いや、このイメージはアイリの得意とする「雷」のオーラに類似している。
本家に比べたら微かな光ではあるが、可視化可能なオーラを若手が発現出来るということが既に規格外。
今まで無気力だったマイミも、流石に驚愕することとなった。

(アイリの能力を継承したのか!?……いや、そんな馬鹿な!
 あるいは……トモは、物凄い勢いで成長している!?)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
  
10に進む topに戻る
inserted by FC2 system