「ふふっ、そういう事なのね。」

さっきまで下を向いていたアイリが、何かを理解したような表情でクスリと笑っていた。
おそらくはトモの考えていることを察したのだろう。
そんなアイリとは対照的にマイミはまだ混乱している。
ベリーズやキュートのような天変地異の如き威圧感を発するには
気が遠くなるほどの量の鍛錬をこなしたり、実践経験を豊富に積む必要がある。
少なくともオーラの原型である「断見刀剣」くらいはマスターしていないと話にならない。
では何故、トモはアイリのように雷光を飛ばすことが出来たのか?
年齢こそアイリに近いが、戦士としての経験の差は明白だったはず。
そんな彼女の成長を何が押し上げたのか?

(ベリーズとの戦い……か?)

マイミは、トモがキュート4人に加わってベリーズらと戦った時のことを思い出していた。
あの時のトモは決して足手まといになどならず、
頼れるアイリのサポートを受けて強敵ミヤビの硬い胸を突き破っていた。
その密度濃い時間が人間一人を遥かなる高みに連れていってくれたのかもしれない。

(そういうことだったのか!……若手全員が成長してくれればベリーズにもきっと対抗出来る!!)

自分の中で答えを出したマイミは、希望で胸が踊っていた。
若手戦士らの可能性を信じ、また戦ってみたいと強く思ったのだ。
この調子なら以前のようなリーダーシップを取り戻して連合軍を率いてくれたことだろう。
しかし、ここでマイミは気づいてしまった。
トモの発したように見えた光が、オーラと呼ぶにはあまりに微弱であることを。
そして、その光からはごく僅かな殺気さえも感じられなかったことを。

「……真似事か?」

マイミは真相に辿り着いた。
オーラのように見えた雷光は、実はオーラでもなんでもない。
ただの光だったのだ。
大方、光を操るのが得意なオダが、トモの射撃のタイミングに合わせて日光を反射させたのだろう。

(ガッガリだな、トモ・フェアリークォーツ。 君にはアイリのような能力は無かったワケだ。)

光はマイミの太ももを示していて、トモの矢もそれを追いかけるように同じ目的地へと向かっている。
これがアイリの電撃オーラであれば、弱点を知る眼で見破った箇所に対して攻撃を仕掛けたのだろうが、
トモにはそんな眼は存在しない。
つまり、この飛んでくる矢は弱点狙いでもなんでもない……マイミはそう考えた。

(はぁ……撃ち落とすのも面倒だ。 好きに攻撃させてやろう。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



厳しい鍛錬を積んできたマイミの肉体は、極限までに鍛え抜かれている。
ゆえに防御力も常人離れしており、
ベリーズならともかく、若手の攻撃くらいはノーガードで耐えることが出来るだろう。
自身の膝に向かいつつあるトモの放った矢だって、大したことないと思っていた。
だが、その予測は見事にハズれたようだ。

(!!?……なんだこの痛みは!)

矢で太ももを貫かれたマイミは、耐え難き激痛を感じてしまっていた。
当たり前と言えば当たり前なのだが、マイミにとってはこれが一大事。
このレベルの攻撃であれば多少の痛みを感じることはあっても、悶絶するほどではなかったはず。
では何故こんなにも苦しいのか?
何らかの技術のせいか? それとも矢に毒でも塗られていたか?
その答え合せは、射撃を行なった張本人であるトモがしてくれた。

「弱点に当たったんですから、痛いに決まってるじゃないですか。」
「弱点だと?……いや、そんなはずは……」

トモの発したオーラのように見えたものは、矮小なまがい物だった。
アイリのような弱点を見抜く眼だって備わっていない。
では何故、トモはマイミの太ももが弱点だと知ることが出来たのか?
混乱し、戸惑うマイミに対してアイリが声をかける。

「相手の弱点を把握するには、なにも特別な眼を持つ必要なんてありませんよ。」
「えっ?……」
「トモは自分の頭で考えて、そして見抜いたんです。
 団長……あなたを倒すためにはどこを狙えば良いのかを。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



今回戦いを挑んだ勇気ある戦士たちは、挑戦前に作戦会議を開いていた。
その場でトモはこのように語っている。

「マイミ様の今の弱点は太ももだと思ってる。
 普段から義足使いだから負荷が集まりがちって理由もあるけど、
 それ以前に、あの腿の痛々しい傷を見れば分かるでしょ?
 さっきナカサキ様に聞いたんだけどさ、シミハムの強い一撃をまともに貰ったらしいよ。」
「じゃあ、狙うならそこね!」

興奮して前のめりになるカリンを宥めて、トモが言葉を続けていく。

「まぁ最終的には弱点狙いで行くけどさ、無計画に突っ込んでも通用しないと思うんだよね。
 どうにかして不意を突きたい……そこでオダ・プロジドリ、貴女に頼みがあるんだけど。」
「私ですか?」
「例えば……私が弓で射った先に光を当てることは出来る?
 それも私が自分の意思で光線を出したような感じに。」
「出来るに決まってるじゃないですか。 私はモーニング帝国で二番目に鏡を扱うのが上手いんですよ?」
「そ、そっか、じゃあヨロシク。(……二番目?)」

この時に話した通りにトモはマイミを騙すことが出来た。
ここまで二転三転して驚きを与え続けたので、ただの射撃が有効打となったのである。
しかし、ご存知の通りマイミの身体は頑丈だ。
矢が腿を貫いた程度では決して倒れたりしない。

「確かに驚いたが……この程度で私を倒せると思ったか?」
「そうは思ってませんよ。 私に出来るのはマイミ様の意識をちょびっとだけ逸らすだけ。」
「意識?いったい何を言って…………まさか!!」

この瞬間までマイミはある戦士の接近に気づいていなかった。
その戦士の名はオダ・プロジドリ。
光を相手に当てることばかりが注目されがちだが、
彼女は周囲の光の屈折を理解した上で、あたかも透明化したかのように振る舞うことが出来る。
トモのオーラを具現化するために手鏡で光を反射した後は、
すぐさま攻撃に移るべく、木立を抜ける風のように、ここまでやって来ていたのである。
しかし今のオダには戦闘に必要な要素が1つ足りていない。
そう、武器を持っていなかったのだ。

(手ぶらでここまで?……また驚かされてしまったが、剣が無いなら何も怖くはないな。
 スネを蹴っ飛ばして転んでもらおう。)

マイミの考える通り、武器が無ければオダは大した攻撃を行うことが出来ない。
エリポンのような筋力があれば肉弾戦も行けたかもしれないが、
生憎にもオダにはそんなパワーは備わっていなかった。
ではオダは何をしにここまで来たのか?
無論、剣士として相手を斬るためだ。

「オダんごーーーーーーーーーーー!!」
「ふふっ、マーチャンさん、信じてましたよ。」

オダがマイミへの攻撃を開始する直前、マーチャンが一振りの剣をぶん投げた。
その剣はオダのブロードソード「レフ」を修理したもの。
完成したてホヤホヤの剣がオダの手に収まっていく。

「行きます!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



"剣なしで戦えなければただの二流剣士"とオダは言っていたが、
それでもやっぱり剣はあるに越したことはない。
マーチャンの技術力や集中力を信頼して、
この瞬間までに武器の修理を間に合わせるだろうと踏んでいたのだ。
トモの示してくれた弱点に対して更に追い打ちをかけるために、
たった今届いたばかりの剣を振り下ろそうとする。

(剣が飛んで来ただと!?……いや、必要以上に驚くこともない。
 攻撃手段が打撃から斬撃に変わったところでやることに変わりは無いんだ。)

マイミは少し身体を起こして、右脚による蹴りを繰り出そうとした。
腿から先の義足はベリーズ戦でボロボロになってはいるが、
迫り来るオダを転ばずには十分な強度だ。
実際、マイミの鋭い蹴りならそれが可能だろう。
だがここで信じられない光景が目に入ってくる。

(……えっ?)

蹴ろうとして前に出した脚は、既に腿から切断されていたのだ。
痛みはない。出血もない。視覚以外の四感は傷つけられたことすら認識していない。
それでも確かにマイミの脚はスパッと斬り落とされている。
いったいいつ斬られたのか?それも分からない。
マイミの動体視力はかなりのものなのだが、
オダの斬撃は知覚できないほど速いということか?

(いや違う!しっかりしろ!どこも斬られていないじゃないか!!)

右手で太ももに触れることでマイミは現実に戻ることが出来た。
脚が切り落とされたというのは錯覚。
ちゃんと腿は有る。 その先の義足だってくっついている。
何故だかマイミは斬られたと勘違いさせられていたのだ。
よくよく見てみれば、そもそもオダは剣を振り切ってもいない。
だったら攻撃を受けているはずが無いだろう。
では、
それでは何故マイミは思い違いをしてしまったのか?
トモがやってみせたようにインチキのトリックでもしてみせたのか?
違う。
そんなものでは無いことをマイミは気づいていた。
だからこそマイミは急いで起き上がり、オダの胸を強く蹴っ飛ばす。

「来るなっ!!」
「うっ!……」

それなりに加減したので骨などに影響が出る事は無いだろうが、
2,3mも跳ね飛ばしてしまうのはいささか大人気なかったかもしれない。
それだけマイミは必死だったのだ。

「今のは確かに"断身刀剣"……いつの間にそんな技術を!?」

マイミが言った通り、オダは以前にチナミから受けた技術「断身刀剣(たちみとうけん)」をこの場で使用していた。
己の実力のキャパシティを超えるために、「相手を斬る」という強い思いを持って斬撃を放ち、
その思いを見事にマイミの脳へと届けたのである。
この技術を習得できたのはオダが天才だから……などと言った言葉で片付けることは出来ない。
サユに負け、チナミに負け、……それでも強者に勝ちたいと思うその執念が昇華したからこそ
実現し得たと言えるだろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「オダのやつ、あんなこと出来たのか……」

有効打に繋がらなかったとは言え、見事に「断身刀剣」を決めたオダ・プロジドリを見たハルは歯がゆく感じていた。
後輩が1つ上のステージに上がっているというのに、自分は立ち上がりさえしていない。
何故自分にはあと少しの勇気が無いんだろう、と思うと涙がこぼれてくる。
きっと隣で苦しんでいるサユキ・サルベも同じ思いに違いない。
そんな2人とは対照的に、トモは張り切って指示を出して行く。

「ほらみんな行くよ! 私達ならまだまだマイミ様を驚かせられるはず!
 次に仕掛けるのは誰かな~!?」

マイミはオダの断身刀剣に気を取られていたが、
気づけばKASTのカリンとアーリーが自身の周りをぐるぐると回り続けていた。
2人ともマイミから一定の距離を保っており、どちらが先に仕掛けてくるのか分からないようになっている。
トモの「驚かせられるはず」という発言から、カリンかアーリーのどちらか、
あるいは両方が派手な攻撃を繰り出してくるのでは無いかとギャラリーは予想したが、
ターゲットであるマイミはその"誘導"に引っかからなかった。

(落ち着け!落ち着け!落ち着くんだ私!
 目に見える光景に騙されるんじゃない。 しっかりと五感を働かせるんだ。
 ほら、耳をすませば聞こえてきたじゃないか。
 私の周りを回っているのはカリンとアーリーだけじゃない。
 ……リナプーだって、そこにいる!)

オダとの一件で学習したマイミは、カリンとアーリーの間に透明化したリナプーが居ることを突き止めた。
リナプーの化粧「道端タイプ」は相手の視覚に直接訴えるかけるので強力だが、
音や匂いまでは消し去ることはできない。
故に、耳の良い者なら居場所を特定できるのである。
マイミはリナプーに向かってストレートパンチをぶつけようとする。

(待てよ……この程度で私を驚かせられると思っているはずが無いよな?
 まだその先があるに違いない。
 そう言えばリナプーは犬を二匹飼っていた……そいつらはどこに行った?)

マイミはリナプーへの攻撃を取りやめて、全神経を鼻へと集中させた。
そして上方向から犬らしき匂いが飛びかかって来ていることに気づく。
何を隠そうマイミだって犬派であり、多くの犬を飼ってきたのだ。
匂いの嗅ぎ間違いなど起こり得ない。

(狙いは犬による攻撃だったという訳だな。
 タネがバレれば単純なものだ。楽に避けさせてもらおう。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マイミはリナプーの愛犬ププとクランの背格好だって把握している。
どちらも小型犬であり手足も短い。
その小ささはちょこっと離れるだけで攻撃が届かなくなるほどだ。
匂いの発せられる位置と、二匹の身体的特徴を考慮して、
マイミは絶対に攻撃の届かない安全圏へと後退した。
ほんの数歩の移動だが犬のリーチから逃れるには十分。
完全に安心しきっていたところで、
マイミの額から血が吹き出していく。

「な……!?」

リアルな痛みが感じられることから、
オダのやってみせたような断身刀剣によるイメージではないことはすぐに分かった。
マイミは確かに攻撃を受けたのだ。
思考が追いつかずフリーズしているところで、お次は右腕の二の腕から血が流れ出した。
傷跡を見るに、刃物というよりは鉤爪で引っ掛けられたように見える。
爪を武器として扱う若手戦士はこれまで1人もいなかったはず。
そんな武器をこの場で新たに受け取り、マイミに傷を負わすほどに上手く使いこなせる者が居るとは考えにくい。
居るとすれば、普段からツメを身体の一部のように扱っている者……いや、動物くらいだろうか。

(まさか……リナプーの犬は武器を着けているのか?
 リーチが伸びたのもそれが理由かっ!)

マイミの推測通り、ププとクランはマーチャンの製作した鉤爪を両の前脚に装着していた。
これは数時間前の戦いでチナミが作ってみせたものと同一。
マーチャンは製造法を覚えていて、すぐに形にしてみせたのである。
これまでのププとクランはリナプーのサポートを主に行っていたが、
これによって積極的に攻撃を仕掛けることが出来るようになった。
また、今まで以上に飼い主への注意を反らすことも可能になっている。

「そうだ!リナプーはどこに!?」

ププとクランに意識を配りすぎるあまり、マイミはリナプーを見失っていた。
この感覚はシミハムを相手取っている時のそれに似ている。
もっとも、リナプーは大技を決める際にも気配を消すなんてケチな真似はしない。
ここぞという時に大物ですら食ってしまうほどの存在感を発するのだ。

(後ろか!……いや、もう遅い!)

マイミの防衛本能が物凄い勢いで警鐘を鳴らしている。
後方から強烈な一撃が来ることにハッキリと気づいているのに、
この状況からとれる手立てはほとんど無かった。
リナプーはチナミにも決めたことのある必殺技の名称をポツリとつぶやき、マイミの背中に噛み付いていく。

「"Back Warner(後ろの警告者)"」

声こそ小さかったが、その様は狼狽えるマイミを見て爆笑しているかのようだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



背中の筋肉に力を入れて一時的に硬化したので大事には至らなかったが、
それでもリナプーの歯はマイミの背中の肉に突き刺さっていた。
いつもは省エネなリナプーもこの時ばかりはFULL CHARGEで働いているからこそ、牙を通すことが出来たのだろう。
マイミは右腕でリナプーを追っ払おうとするも、何故か腕が動かない。
それどころか万力で締め付けられるような激痛まで感じられる。
その理由は、アーリーが腕に抱きついているからに他ならなかった。

「"Full Squeeze"!!!」

機械兵の束ですらグシャグシャに潰してしまうアーリーの抱擁が炸裂する。
骨太で屈強なマイミの腕を折ることまでは出来なかったが、
抱きしめ続けている間は腕一本の動きを封じることが出来ているようだ。
マーチャンの手が空かなかった都合上、
アーリーはトンファーを修理してもらうことが出来ず、素手での出陣となってしまったが、
このような足止めならぬ腕止めに専念すれば相手が伝説の存在だろうとパフォーマンスを落とせているのである。
しかし、マイミにはまだ左腕が残っている。

(この左でリナプー、そしてアーリーに一発ずつパンチをお見舞いして体勢を整えさせてもらおう。
 ……と、私が思っているとでも考えているのかな?
 そっちにはカリンがまだ残っているはず。 必殺技を二連続で使ってきたのだから、カリンが続かない手はない。
 ならば、この左手はカリンを迎え撃つために使わせてもらおう!!)

ここまで驚かされ続けたマイミは警戒心を強めていた。
次に来るであろうカリンを先に迎撃しようと辺りを見回すが、
不思議なことにその姿は見当たらなかった。
むしろ、カリンが居ると思っていた場所に異なる人物が立っていたのだから
マイミはまたも驚いてしまう。

(何故ここに?……サポート役では無かったのか?……)

その戦士は、両手に燃える木刀を持ちながらマイミに立ち向かってきていた。
その火炎が放つ明るさはとても目映く、
さとのあかりをもたらす、ホタルのようだった。

「マーチャンの必殺技行くよ!!"蹂躙(じゅうりん)"!!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アリアケでの橋の上の戦いが終わった後、マーチャンは偶然にも尊敬する先輩に出会っていた。
そして、その場で間髪入れずに決闘を申し込んだのだ。
そんな礼儀知らずな提案に乗る人物などそう居るはずがないのだが、
帝国剣士を引退してもなお好戦的な性格の変わらぬ"悪ノ娘"は「ええよ!」の一言で受け入れた。
そして、そのままマーチャンをコテンパンに叩きのめしたのだった、
2人の実力は、以前にオダがサユに挑んだ時と同じくらい離れていると言っても良いので、
この展開は当然なのかもしれない。
それでもマーチャンは何回も何回も挑み続けたのだが、結局一勝もできなかった。
だがその代わり、大きな収穫を得ることが出来たらしい。

「そりゃーーーー!!」

刀身まるごと燃えてる木刀を二振り構えて、マーチャンはマイミの脚に飛びかかった。
狙いはトモの示してくれた弱点である太ももだ。
そこに必殺技である「蹂躙(じゅうりん)」をぶち込もうとしているのだろう。
しかし、マイミだってそれを黙って見過ごすわけにはいかない。
相手がカリンではなくてマーチャンだったというのは想定外だったが、
フリーになっている左手で迎撃するという対処法に変わりはないのだ。
しかし、阻止しようと左手を伸ばした瞬間に、
マイミの腕に無数の小さな穴が空き、そこから多量の血液が流れはじめる。

(何っ……これはいったい!?)

これは必殺技「早送りスタート」で高速移動化したカリンによる仕業だ。
マーチャンのサポートをするために、邪魔になるマイミの腕に針で穴をあけて一時的に無力化したのである。
一撃一撃の威力は大したことないがこうも連続でやられたら腕は痺れるどころでは済まない。
こんな状態になった左手ではマーチャンの必殺技を防げそうにない。
右手は依然変わらずアーリーにがっちりとホールドされている。
こうなってしまえば迫りくるマーチャンを止めるのは無理か?
いや、そんな事はない。

「まだ脚が残っている!!」

シミハムにやられてガタガタになってはいるが、金属製の義足はしっかりとついている。
この脚でさっきオダを退けたようにマーチャンを蹴っ飛ばしてやればいい、マイミはそう考えたのだ。
ところが、そこに落とし穴があった。
オダに対してうまくいったからと言って、その迎撃法をそっくりそのまま繰り返してはいけなかったのである。

「その蹴り、もう覚えてますよ。」
「!」

マーチャン・エコーチームは一度見た攻撃は全て覚えてしまう。
そしてそれは自分自身だけではなく、他者に対しての攻撃も同様に記憶するのだ。
マイミの蹴りを軽々と掻い潜り、マーチャンは太ももへと燃える木刀を下ろしていく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャンが覚えたのはマイミの蹴りだけじゃない。
彼女はチナミと若手戦士らの戦いをずっとずっと見続けてきた。
あの時チナミが見せつけたのは武器を修理する技術のみではなく
己のキャパシティ限界を超える技術も示していたのだ。
マーチャンがそれをやってのけることを、同期のハルは予感していた。

「マーチャンやるのか……"断身刀剣"を……!!」

まだマーチャンの木刀は敵の脚に届いていないというのに
マイミの瞳には、金属で出来た義足が強く凹まされて、赤く熱を持つイメージが映っていた。
これはマーチャンが自身の殺気を木刀に乗せて、マイミへと一早く届けたということ。
伝説の戦士に対抗しうる術である断身刀剣を、
モーニング帝国剣士はオダ・プロジドリだけでなく、マーチャンも習得していたのだ。
しかし、現段階の彼女らのそれはまだ未熟であるのも事実。
殺気を飛ばして相手の脳に直接伝えるということまでは出来ているが、
伝搬できているのはあくまでイメージのみ。痛くも痒くもない。
ゆえに次の行動を事前告知してやっているのに過ぎないのである。
だが、その後に来る必殺技を絶対に回避できないのであれば話は変わってくる。
マイミの右腕はアーリーに掴まれているし、右足は蹴りを空振ったばかりで自由が利かない。
自身が苦しむことが確定している必殺技「蹂躙(じゅうりん)」を待つのは恐怖でしかなかった。

「うおりゃああああああああああああああ!!」

マーチャンの蹂躙(じゅうりん)は何も特殊なことをするわけではない。
攻撃したい箇所に向かって燃える木刀を叩きつける。それを二刀流でひたすら繰り返す、それだけの技である。
ただ、その間は何があっても非情に徹すること……それだけがポイントだ。

「きぃえええええええええええええ!!!!」
「ぐっ……」

木刀の持つ高熱はマイミの金属製の義足へと伝わっていく。
痛みに強い伝説の戦士も耐えうる熱には限界があるのか、マイミは苦悶の表情を浮かべていた。
だが、マーチャンはそれでも攻めの手を止めたりしない。
愛する後輩マーチャンの背中に強烈な火傷を負わせたレイニャがやったのと同じように、
相手が倒れるまでは、木刀の乱打を決して中断するつもりは無いのである。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



この苦痛から逃れるために、マイミの身体は勝手に動き出した。
必殺技「Full Squeeze!」によって抱え込まれている右腕をアーリーごと動かして、
木刀の連撃だけに集中しているマーチャンにぶつけてやったのだ。
アーリーはそれなりに身長がある方だし、胸囲だってKASTの中では圧倒的TOPと言われているので
決して軽いという訳ではないのだが、
文字通り火事場の馬鹿力を発揮したマイミにとってはその重さは無いも同然だった。
勢いよく衝突したためアーリーはあまりのショックにマイミの右腕を放してしまうし、
ぶつけられたマーチャンごとそのまま吹っ飛ばされることになる。

(……!!)

思いがけない出来事にリナプーは取り乱し、マイミを噛む顎の力を少しばかり緩めてしまった。
そのほんのちょっとの弱体化が命取り。
マイミは上体を前に倒してリナプーの牙から放れたかと思えば、
頭を素早く後ろに振って、後頭部をリナプーの顔面にバチンとぶつけだした。
勿論これをただの頭突きと思ってはいけない。リナプーからしてみれば岩石が降ってきた程のインパクトのはず。
ゆえにしばらくはうずくまる事しか出来なくなってしまう。

「ひとまずは窮地を脱したか……次はトモ、お前だな。」

マイミにキッと睨まれたトモは全身がビリビリと痺れるのを感じた。
それでも、ここで怯えた顔を見せてはいけないとトモは強く思っていた。
マイミを倒すための策はまだ尽きていないのだ。
その証拠に、闘志を絶やさぬ戦士がマイミの前に立ちはだかっている。

「トモは私たちのリーダーなんです、一兵士の私が立っている限り、リーダーの首は狙わせません。」

何がリーダーだと、トモは心の中でクスッと笑った。
そういうお前の方が自分たちを導いた先導者(リーダー)じゃないかと思っているのだ。
絶望に打ちひしがれていた若手戦士達の真のリーダーであるカリンは、両手に釵を構えてマイミの行く手を阻まんとした。

「なるほど。カリン、君が私を止めると言うんだな。」
「そうです。」
「それは良いが……超スピードの反動か?立っているだけで辛そうじゃないか。
 そんな身体でどうやって私を止めようというんだ。」

マイミの言う通り、カリンは全身小刻みにプルプルと震えていた。
つい先ほどまでマーチャンをサポートするために必殺技「早送りスタート」で高速化していたため、
その反動が一気に返ってきて思うように動けなくなってしまっているのだ。
この現象はチナミと戦う時にも起こっていた。要するに、連続して超スピードの動きを実現することは不可能なのである。
そして、そのことはカリンも十分に理解している。

「私がもう一度"早送りスタート"を使うには、身体をしっかりと休めないといけません。」
「ああ、そこで休んでいればいい。休み時間は10分か?1時間か?1日でもいいぞ。」
「いえ、5秒あれば十分です……マーチャン!お願い!!」
「なんだと……?」

休息に必要な時間が5秒と短いのがまず意外だったし、
急にマーチャンを呼びつけたこともよく分からない。
それに、気絶させるつもりでアーリーをぶつけたマーチャンの意識がある理由だって明確ではない。
マイミがそうして混乱しているうちに、カリンによる反撃のシナリオは進んでいく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 




「カリン!」

名前を呼ばれたマーチャンはすぐに起き上がって、カリンの方へと走っていった。
強烈な一撃をもらったマーチャンがどうして元気でいられたのか?
それは、以前にマーチャンはその攻撃を"覚えた"ことがあったからだ。
モーニング帝国の次期帝王を決めるためにQ期と天気組が訓練場で戦った時のことを思い出してほしい。
その時にフク・アパトゥーマは必殺技「Killer N」をハルにぶつけて、
近くにいるマーチャンとアユミンを巻き込み、まるごと一掃していたが、
その時にマーチャンは「味方が横から衝突してくる」という経験をしていたのである。
一度体験したことならマーチャンは覚えることが出来るし、二度目からは対応してしまう。
マイミのパワーからなる攻撃だったので完全な無傷とはいかなかったが、
カリンの要望に応えることくらいならまだまだ十分可能なのだ。

「マーチャン、アレは持ってる?」
「もちろんだよ、ほら。」

マーチャンはポケットから毛のように細い針を20本ほど取り出した。
これはマイミに決闘を挑むずっと前にカリンがマーチャンにオーダーしていた新兵器だ。
マイミにはその用途が全く分からなかったが、
チナミの行動を余すことなく見ていたマーチャンには手に取るように分かる。
この針はカリンを刺すためにあるのだ。
マーチャンはカリンの腕、腰、脚に容赦なくぶっ刺していく。

「そりゃそりゃそりゃ~~!!」
「あ~~~っ!!!」

その行為は傍からは仲間割れにしか見えない。
だが、これも立派な治療なのだ。針治療のおかげでカリンの身体はみるみる回復していく。
もちろん針治療はそんな即効性のある治療法では無いのだが、
カリンは現にチナミが針治療ですぐに回復したのを目撃しているため、そういうものだと思い込んでいる。
この思い込みが非常に有効に働き、少なくとももう一度だけ必殺技を発動することを許してくれたのだ。

(私には知識が無い……だから今はマーチャンに頼ってるけど、いずれは自力で治療できるようになってみせるね。
 でも、そのためには目の前のマイミ様を倒さなきゃ……)
「私の必殺技、"早送りスタート"で!!」

さっきまでガチガチに固まっていたカリンは、約束通りの5秒のインタバールで回復してみせた。
時計がチクタク進むようにカリンの動きは超速化していく。
その速さはもはやマイミの目でも追えぬ程となり、一切知覚されることなく背後へと回り込むことを可能にする。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カリンの狙いはマイミの弱点だ。
とは言っても最初にトモが見抜いた弱点である太ももでは無い。
リナプーが噛みついた背中が新たに発生した弱点だと、カリンはみなしたのである。
噛み跡に対してカリンは釵を突き刺していく。

「っ!!!」

傷口に針を押し込まれたため、マイミは当然の如く激痛を感じた。
だがこれでは痛みと共に、カリンが背後にいることまで伝える形となっている。
その情報を頼りに、マイミは反射的に両手で自身の後方をぶん殴ったのだが、
カリンは既にそこには存在せず、二つの拳は空を切るだけだった。
ではどこに行ったのかと言うと
もう一方の弱点の太ももにダメージを与えるために、大胆にもマイミの正面に瞬間移動していたのだ。

(確信した!マイミ様は早送りになった私を追えていない!)

カリンの必殺技「早送りスタート」は速すぎるため、受け手側はガードしようにも間に合わない。
つまりカリンはノーガードの相手に対して好き勝手に攻撃することが出来るのである。
今回もこうしてマイミの太ももを一発、二発、三発と蹴っ飛ばしている。
ただでさえ傷んでいたところにトモの矢とマーチャンの熱を受けて、更に蹴りを入れられるのは辛いだろう。
流石のマイミも絶叫してしまう。

「うああああっ!」
(マイミ様、ごめんなさい……でも時間ギリギリまで攻めの手を緩めるつもりはありません!!)

反撃が来るよりも速く、カリンはまたもマイミの背後に回りこんだ。
ここでまたリナプーの噛み跡を狙う線もあったが、カリンはそうしなかった。
狙いが分かりやすすぎると先読みされて反撃を受ける可能性があるので、
ピョンと跳びあがり、マイミの後頭部に蹴りを入れる選択肢を選んだのだ。
もちろんこの攻撃に対するガードも無く、見事にクリーンヒットする。

(行ける!この調子で繰り返せばマイミ様に勝てる!)

カリンは勝ちを確信した。
そして次の行動にすぐさま移るためにひとまず地面に着地しようとしたのだが、
ここでカリンの身体に異変が起きる。
地に足をつくと同時に、全身の骨が砕けるような激痛が襲ってきたのだ。

(!?……この痛みはなに!?)

カリンは興奮状態になると無痛状態になるということは以前に説明したかもしれない。
脳内でアドレナリンが分泌されることでサイボーグのように痛みを感じにくくなるのである。
しかし、そんなカリンでも痛みを感じる例外のケースが存在する。
身体を無理に酷使した反動が返ってきた時の苦しみは、いくら軽減しようにも和らがないのだ。

「どうやら時間切れのようだな……」
「えっ!?」

マイミに指摘されたカリンはひどく狼狽した。
確かにこの症状は"早送りスタート"による高速化が切れた時と同じだ。
全身が痛いし、それに身体が少しも動かなくなる。
ただし、それは超スピードを数分は維持し続けた場合の話だ。
今は時間にして30秒も高速化していないはず……なのに反動が返ってきたことにカリンは戸惑っている。
だが、考えてみればそれは当然のことなのだ。
カリンは自分の身体のことをちゃんと理解していないので、針治療で回復すれば繰り返しいくらでも速くなれると誤解しているが、
身体は酷使すればするだけ、それにあった休養をしっかりととらねばならないのである。
針治療によって一時的に身体を騙していたがそれも長くは続かなかったというわけだ。

「マーチャン!もう一度私に針を刺して!」
「ダメだよ……だって針はもう、無いんだもん。」
「そんな……!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



もはやカリンには打つ手はない。誰の目にもそのように見えた。
だが若手軍にはこれまで何度も煮え湯を飲まされてきたので、マイミはこの局面で油断することはしなかった。
目にも見えないほどの拳速でカリン、そしてマーチャンの鳩尾を強打したのだ。
いくらカリンが超スピードで動けたとしても至近距離からの速攻は避けられないし、
攻撃自体が見えなければマーチャンも対応することが出来ない。
結果的にカリンとマーチャンは簡単に気を失い、倒れてしまった。

「残るは今度こそあと一人……トモを倒せばすべてお終いだな……」

マイミは遠くで弓を構えるトモの方を向き、フラつきながらもそちらへと歩いていった。
来させまいとトモも矢を二、三発放ったが全て右腕で跳ねのけられてしまう。
予測不能な攻撃には不覚をとることも多かったマイミだが、来ると分かっている攻撃は怖くない。
このまま全弾防ぎきってトモの元へと到達するつもりなのだ。
トモも矢を打ちながら「この攻撃は無駄なんじゃないか?」と思うこともあったが、決して攻撃を止めたりはしなかった。
ここで諦めたらNEXTに繋がらないことをよく分かっているのである。
そんなトモの心拍数がひどく上がっていることに対して、アイリが心配していた。

(とても辛そう……そうだよね、本当は逃げ出したいくらい怖いんだよね。
 だってウチのマイミは化け物にも程が有るんだもん。我が団長ながら本当に呆れるよ。)

アイリも若い頃に強大すぎる存在を相手にしたことがあるので、トモが恐怖する気持ちは十分わかっていた。
そして同時にここで退いては何にもならなくなると強く感じていることも、読み取っていた。
立場上、手助けをしてやれないことに多少歯がゆく感じながらも、
トモが諦めずに矢を放ち続ける限りは大丈夫だと確信している。

(きっと気づいているよね? ウチの団長は数を数えられていないってことに。
 マイミはあと一人、トモだけ倒せば良いって思っている……そんなはずがないのにね。)

マイミは既にトモの襟首を掴んでいた。
嘘みたいな話だが、本当に矢を全部弾いてここまで来てしまったのだ。
そしてカリンやマーチャンにしてみせたように、トモの腹に強烈なパンチをお見舞いする。
ここまでノーダメージでやり過ごしてきたが、マイミの一撃はそんな事もお構いなしにトモの意識を断っていく。
地面にドサッと倒れたことから全てが終わったとマイミは考えていた。
しかし、そうはいかなかった。
アイリの予測通り、そしてトモやカリンら勇気ある戦士達が期待していた通りに、
悔しさをパワーにした者が新たに立ち上がったのだ。

「ハル!!いくよ!!!」
「おう!サユキ!!」

その戦士の名はサユキ・サルベとハル・チェ・ドゥー。
2人ともさっきまで恐怖に押し潰されそうになっていたし、現に涙で顔がグチャグチャになっているのだが、
いつも側で戦ってきた同志たちの勇敢な姿を見て、心を強く揺さぶられて、立ち上がることを決めたのだ。
そして不思議なことに、
チナミ戦で破壊されたはずの武器が、サユキとハルの手には綺麗な状態になって握られていた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



KASTのトモとカリン、そしてアーリーはサユキが立ち上がってくれることを信じていた。
伝説の存在に恐怖したとしても、最後まで俯いたままでいるヤツでは決してない。
そう確信していたからこそマーチャンにサユキの武器の修理を依頼していたのだ。
おかげでトンファーを治すことが出来ず、アーリーは素手での参戦となってしまったが、
その代わりにこうしてサユキがヌンチャクを力強く握れたのだから、安い代償だ。
そして、KASTから依頼を受けたマーチャンは、ハルの竹刀も直さねばならないとすぐに思った。
帝国剣士にはサヤシやカノンなど他にも仲間は多くいるが、
マーチャンはとにかくハルに戦って欲しかったのである。
幸いにも竹刀の修理には時間がかからなかったため、マイミに挑む前に問題なく2つの武器をピカピカに完成させることが出来た。
そしてその武器をサユキとハルに渡したのは、高速化状態にあったカリンだ。
マーチャンが必殺技「蹂躙(じゅうりん)」でマイミを叩いているうちに武器置き場へとダッシュし、
味方の活躍に心を激しく揺さぶられているサユキとハルの前に置いたのである。
長年連れ添って来た同志が強大な存在に立ち向かう中で、自分だけが何も出来ていない様が辛くない訳がない。
その苦しみから解放される手段はただ1つだけ。
カリンの残した武器を持ち、ヤケクソでもいいから全力でぶつかることだけだ。

「やってやる!やってみせるんだ!!」
「うおおおおおお!!」

しかし、いささかヤケクソ過ぎるように見えた。
いくらマイミがひどく疲労困憊しているとは言え、無策で突っ込めば返り討ちにあうのは必至。
そうすればせっかく奮起したといつのに無駄ゴマにしかならない。
そんな悲しく虚しい結末が有って良いのだろうか。
そうだ。有って良いはずがない。
それをよく知っている2人は、無鉄砲に見えてなかなかクレバーに振舞っていた。
竹刀が当たるくらいの距離までマイミに近づいたところで、
ハルが目をカッと見開く。

(喰らえっ!!必殺、"再殺歌劇"!!)

自暴自棄のフリをするのはここまで。
仲間たちの戦いから、マイミが予想外の攻撃に滅法弱いことは十分確認できている。
ハルは自身の速度を一段階上げて、マイミの弱点である太ももに雷の如き一撃をピシャリとぶつけるのだった。
一瞬遅れてマイミも反応し、ハルの攻撃を覚悟して受け止めようとしたが、
そうすること自体がハルの必殺技の術中にハマっている証拠。
ハルの真の狙いは一撃目とほぼ同じタイミングで叩き込まれる二撃目にある。
その二撃目の狙いは、リナプーが作りカリンがさらに育てた第2の弱点である"背中"。
緊張を全くしておらず緩みきっている背中への再殺はさぞかし痛かろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルの必殺技を背中で受けたマイミは悶絶しそうになった。
非力な子供が振るっても鞭は痛いのと同じ理屈で、
しなる竹刀は実際のダメージ以上に痛みを与えてくれる。
しかもそれが予想外の方向から襲って来たので、あとほんの少し気が緩んでいたら意識が飛ぶところだったが、
マイミはなんとか耐えてみせた。
伝説とも呼ばれる彼女自身も実はまだ成長しており、
シミハムやリナプー、カリンらに立て続けに背後を取られた経験から、後方からの不意打ちに慣れてしまったのだ。
頭で考えるよりも早く背中に手が回るようにもなり、
一瞬にして右手でハルの竹刀を掴んでは、超パワーで握りつぶしてしまう。

「ああっ!竹刀が……」
「この程度なんてことないぞ!!次はサユキか!前からでも後ろからでもかかってこい!!」

この時サユキは心臓の音がドクンと聞こえるのを感じた。
絶体絶命の窮地において、自分がキーパーソンとなったことに緊張し、
鼓動音が大きくなってしまったのだとはじめは思っていた。
だが、そうでは無かったのだ。
サユキは耳が良い。 
果実の国では名門コーチを呼び寄せて聴覚を鍛えるトレーニングを重点的に行なっているだが、
サユキの音を聞き分ける力はKASTの誰にも負けないくらい優れていた。
モーニング帝国城での戦いで姿の見えないリナプーの位置を察知できたのだって耳が良かったからだ。
そんなサユキの耳に今はいっている音はサユキ自身の心臓音ではない。
なんとマイミの鼓動を聞き取っていたのである。
それをサユキが自覚した途端に他の音までもドッと聞こえてくる。
次々と大きくなる心臓音だけでなく、ひどく息切れしている呼吸音やガクガクと震える脚の音を、サユキは正確に捉えていた。
サユキにとってはこの世と同等くらいに大きい存在であるマイミから発される音の組み合わせは、
「地球からの三重奏」と形容しても良いくらいだ。
そんな大きい存在が何故こうも異常音を発しているのか、
その理由にサユキは気づいてしまった。

("前からでも後ろからでも"って言った時から音が大きくなっている。
 マイミ様、ハルの技が効いていないように見えて、実は恐れているの?
 そりゃそうだ。みんながあんなに頑張ったんだから身体がボロボロになっていないはずがない。
 そこにハルから前と後ろを同時に攻撃されて、限界に近いんだ。
 だったら私もハルと同じことをしたら良いのか?……)

サユキはすぐに「ダメだ」と感じた。
いくらマイミがその攻撃を恐れているとは言え
自分からその事を口に出したのだから対策を全くしてこない事は有り得ない。
もちろんある程度は有効なのだろうが、マイミを倒しきるにはハルの"再殺歌劇"の上をいく攻撃を当てねばならないだろう。
ではどうすればいいのか?
二撃同時の上をいく攻撃とはいったいどのような攻撃なのか?

(そうか……三重奏だ。)

サユキにはハルほどのスピードは無い。
だが、マーチャンに直してもらったこの武器ならばそれを実現することが出来る。
サユキはそう確信した。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



サユキが愛用するヌンチャク「シュガースポット」は木製だったが、
チナミの物作りを学習したマーチャンの修理によって、鉄製に生まれ変わっている。
重量が増したおかげで多少使いにくくなっているものの、破壊力は比べ物にならないくらいに上がっている。
これを上手く当てれば大抵の敵の意識を飛ばすことが出来るだろう。
しかしマイミはそういった「大抵の敵」には当てはまらないことは誰もが分かっている。
ならば当てるには工夫が必要だ。

(私の強みを全部出しきるんだ……これまでの努力が実を結ばないはずがない!!)

サユキは地面をタンと強く蹴り、宙に跳び上がった。
それもただ真上に跳ぶのではなく、マイミの右肩に向き合うように斜め方向にジャンプしている。
サユキの両手にはそれぞれ鉄製ヌンチャクが握られていることから、
マイミは自身のどこが狙われているのか瞬時に判断することが出来た。

(まさか、太ももと背中を同時に叩こうとしているのか!?)

その推測は7割当たっていた。
サユキはマイミの横方向から攻めることが出来るので、
右手のヌンチャクで第1の弱点の太ももを、
左手のヌンチャクで第2の弱点の背中をいっぺんに叩けるのである。
それに気づいたマイミはすぐに弱点である傷口をガードし始めた。
疲弊から、脚を使って回避できないのはとても苦しいが、
弱点を手で抑えればサユキの攻撃から確実に自身を守ることが出来る。
ここさえ乗り切れば、後は地面に着地したサユキを殴るだけで終了する……マイミはそう思っていた。
だが、サユキの真の狙いは第1の弱点や第2の弱点ではなかったのだ。
それに気づいたアイリは背筋がゾッとするのを感じる。

(見えている!?……いや、聞こえているというの?
 サユキちゃんの耳はマイミの"第3の弱点"を確かに捉えているんだ。)

前にも書いた通り、サユキの聴覚は非常に優れている。
そして更に、この緊張の場面においてその能力はもう一段階研ぎ澄まされてる。
彼女には聞こえていたのだ。
ハルの竹刀を掴んだ時も、太ももを手で抑えた時も、
マイミの右腕の骨がギシギシと軋む音を発していたことを。

「これが私の必殺技……"三重奏(トリプレット)"!!」

一本目のヌンチャクはトモが見抜き射抜いた太ももへと向けられた。
二本目のヌンチャクはカリンが拡張した背中の傷穴へと向けられた。
それらの攻撃は当然のようにマイミにガードされてしまったが、
サユキの攻撃は二連同時を超える三連同時攻撃だ。
天高くまで飛翔する超人的な跳躍力は、他でもない強靭な脚力が生んでいる。
ふくらはぎバリ筋肉は努力の証。
そのサユキの努力の賜物とも言えるキックが、アーリーが抱きつくことで作った"第3の弱点"、マイミの右肩に炸裂する。

「なんだと!?そんな……この痛みは!!!」

マイミの肉体および骨格はとても頑丈に出来ている。
しかし、そんなマイミでも万力のように強いアーリーの抱きつきの後では骨太を維持できなかったようだ。
サユキの蹴りによる駄目押しで、右腕の骨が砕け散る。

「これが私たちの力です!!いい加減に倒れてくださいっ!!」

サユキの言葉を聞いたマイミは、自分は孤独な戦いをしていたのだと初めて気付くことが出来た。
"私たち"という言葉はKASTだけでなく、勇気を持って立ち上がった全ての戦士のことを指すのだろう。
みんなで結束すればどんな強者にも勝てると数年前に学んだはずなのに、どうして自分はそれに気づけていなかったのか。
そんな大事なことを忘れていたのだから、このような結末になって当然だろう。
力尽きかけたマイミは後ろに倒れながら、そのような事を思っていた。
ところがここで状況が一転する。
意識が断ち切られる寸前、マイミの視界によく知る人物が入って来たのだ。

(オカール!?)

その人はキュートの仲間オカールだった。
いつの間にかすぐ側にまでやって来ていたのである。
自分にも頼れる味方がいた事を思い出したマイミは心から安堵する。

「来てくれたのか……すまないが私はもう駄目のようだ……
 オカールの手で、若い戦士達を倒してくれないか?……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「甘ったれてんじゃねぇ!!」
「!!?」

倒れくるマイミの後頭部を思いっきり蹴っ飛ばしながら、オカールはそう叫んだ。
蹴られた勢いのままに直立してしまったマイミは、これ以上ないくらいに混乱している。
いったい何がどうしたと言うのだろうか。

「オカール?……」
「団長さぁ……ホントなんにも分かってないよな。」
「な、なんだと?」
「この勝負はヤツらがアンタに売った喧嘩だ。 バトンタッチなんてもんは存在しねぇんだよ。
 キュート戦士団長マイミが最後まで立っていたら勝ち。ぶっ倒れたら負け。ルールはそんだけだ。
 例え俺たちキュートが助太刀したとしてもな、アンタが寝てたら無意味だろうが。」
「しかし、私はもう心も体も限界で……正直言って戦えそうにない……」
「あーーーもう!まだそんな事言ってんのかよ!!
 いいからさっさと周りを見ろ! 腑抜けてんのは団長ただ1人なんだよ!!」
「!!!」

顔を上げたマイミは、周囲の状況を見て驚愕した。
今現在立ち向かって来ている若手はハルとサユキだけだと思っていたが、
それは大きな勘違いだったのだ。

「おいオダァ!大丈夫か?意識あるのか!?」
「んっ……アユミンさんも立ち上がったんですね。」
「……当然だろ、あんなもん見せられたら、ね。」
「私、安心しました。 ここで奮起しなかったらアユミンさんは二流剣士以下になっちゃいますもんね。」
「なんだとオダァ!!」

「メイ、リカコ、やる気はみなぎってるか?」
「うん!」「はい!\(^o^)/」
「KASTのみんな、知らんうちにカッコよくなっとるなぁ……でも、ウチら番長も負けへんで。
 相手は依然変わらず強敵、カクゴして挑むんや!!」
「「おーーー!!」」

エリポンが、サヤシが、カノンが、アユミンが、
カナナンが、メイが、リカコが立ち上がり、闘志の炎を燃え上がらせている。
先ほどまで戦っていた者たちを「勇気ある戦士」と区分する必要はもはや無いだろう。
全員が全員、例外なく勇気ある者に変貌したからだ。
それを見たマイミは胸を強く打たれる。
そして、これから自分が何をするべきなのか明確に理解したようだ。

「オカール、下がっててくれ。」
「お、なにすんだ?」
「将来有望な戦士たちと拳を交えるに決まっているだろう!それも全力でなっ!!」

マイミが力むと同時に、暴風雨のようなオーラが半径100mに吹き荒れた。
ちょっとばかし乱暴ではあるがこれでこそ本来のマイミだ。
そして若手戦士らも今さら嵐に怯んだりはしない。
天変地異のようなオーラにも決して恐れる事なく、立ち向かおうとしているのだ。
展開が上手く運んで満足気なオカールのもとに、ナカサキとアイリがニヤニヤしながら寄ってくる。

「オカールやるじゃないの。」
「発破をかける天才ね。」
「へへ、よせよ。」

対ベリーズに向けて、マイミと若手の両方を焚きつけることが出来たのでこの3人はとても満足していた。
だが、マイミの次の言葉を聞いてちょっとだけ後悔をし始める。

「本気の本気で行くぞ! 私の必殺!"ビューティフルダンス"で皆殺しだ!!」
「「「えっ」」」

どうやらやる気を引き出し過ぎてしまったようだ。
この後、鬼神の如く暴れまくったマイミを止めるのには苦労したらしい。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「んっ……」

マイミとの戦いで意識を失っていたカリンが目を覚ました。
起きてからしばらくの間は寝ぼけていたが、
自分が寝ていた場所がいちごのベッドでは無いことに気づくのに、そう時間はかからなかった。

(お外だ……時間は夜?……それに、みんなもいる。)

辺りには帝国剣士がいた、番長がいた、そしてキュート戦士団もいた。
みんながみんな、起きたカリンを朗らかな表情で見ている。
カリンが事態を理解しかけたところで仲間であるアーリー、トモ、サユキが声をかけてきた。

「あ!起きたぁ!」
「よく寝てたね。起きたのはカリンが一番最後だよ。」
「必殺技で無理をしすぎたから疲れちゃったのかな。」

どこかで聞いたことのある言葉をかけられたが、カリンの心境は以前と大きく異なっている。
この世界はスバラしいよね、この世界は捨てたもんじゃない。
そう強く感じてた。

「私たち、ベリーズを倒しにいけるんだね……!」

周りにいるみんながニッコリと微笑んでいることからも、カリンの推測が正しいことが分かるだろう。
もうこの場にはベリーズとの戦いを恐れる者など存在しない。
奮起した若手戦士らはもちろんのこと、マイミだってやる気を完全に取り戻している。

「本当に見苦しい姿を見せてしまった……心から反省しているよ。カリン、君が頑張りをみせてくれたこらこそ我々は大きな過ちを犯さずに済んだんだ。」
「そんなそんな……」
「ところでカリン、既に他のみんなには聞いていたのだが……」
「はい?」
「私は改めて連合軍のリーダーを務めたいと思っている。 こんな私だが、着いてきてくれるかな?」
「はい!もちろんです!」

カリンだけでなく、全員が全員同じ思いだった。
自分たちの前を突っ走るのはマイミしかいない。そう思っているのである。
あんな事が起きたのだから、もう二度と立ち止まったりはしないと信じている。

「それじゃあ団長。いや、リーダー。 そろそろ目的地を発表した方がいいんじゃない?」
「そうだな、ナカサキ。」

ベリーズとの再戦場所はこれまで若手たちには知らされていなかった。
だがもはや隠しておく必要はないだろう。
その場所の重みに圧倒されることはあっても、怖じ気付くような彼女たちでは無いのだから。

「ベリーズとは明日の夜、武道館で戦う。そこに居る王とサユを我らの手で取り戻すんだ。」
「「「武道館!?」」」

武道館という名を聞いて驚かぬ者はいなかった。
前にも触れたが、この施設は戦士たちの憧れの舞台。
ここで戦えることこそが最上級の名誉なのである。
果実の国のKASTたちは特に強い思い入れを持っており、喜びもひとしおだった。

「武道館で……戦えるんですね……」

トモ・フェアリークォーツが涙を流したのを見て、一同は驚いた。
マイミ戦では冷静に見えたトモが今こうして顔をグシャグシャにしているのを見ると、
改めて特別な場所だということを再認識させられる。
そして、心震えているのはKASTだけじゃない。 帝国剣士も、番長も、キュートだってそうだ。
GRADATION豊かな"たどり着いた女戦士"たちは、MISSION FINALにFULL CHARGEで挑んでくれるに違いない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



恐怖に打ち勝つ心と、戦うためのモチベーションは揃えることが出来た。
しかしやる気だけでは怪物たちに勝つことは出来ない。
作戦が必要なのだ。
そのために彼女らは自軍と敵軍の戦力分析から始めることにした。
武器修理に忙しいマーチャン以外が一箇所に固まり、地べたに座っていく。
ここで進行を務めるのはナカサキだ。
作戦会議をマイミやオカールに任せたらえらいことになるし、アイリの発言はメンバーの耳にうまく入らない可能性があるので、
人見知りだろうがなんだろうがナカサキが頑張らないといけないのだ。

「えっと、それじゃあ私たちがどれだけ戦えるのか整理しようか。
 まずはキュートね。マイミ団長は無傷、私ナカサキは出血が酷かったけど明日の夜まで休めば5割の力は取り戻せそう。」

マイミは無傷、という発言に若手戦士らは引っかかった。
どう考えても大怪我だし、そもそも腕を骨折していただろうと言いたかったが
ふとマイミの方を見てみると何故か傷が殆ど癒えているように見える。
本人もアハハと笑っているし、一同は深く突っ込まないことにした。

「アイリとオカールは?」
「怪我の方はそうでもないけど心身への負担が大きくて……私も出せて5割程度かな。
 でも"眼"の方は大丈夫。
 ここにいる全員の弱点がちゃんと見えてますよ~」
「ナカサキもアイリも情けねぇな、俺は100%全力で動けるぜ!!」
「嘘でしょう? その脚、ちょっと叩いただけで砕けちゃいそうだけど」
「チッ、アイリの前じゃカッコつけらんねぇか……
 そうだよ。 モモコのヤツにやられて腰の骨が折れちまってる。
 まぁ明日の夜までには走れるように持ってくから心配すんなよ。」

アイリの弱点を見抜く眼の前では、どんなハッタリも無意味だということが示された。
なので若手たちは自分たちの体調を正直に伝えようと決めたが、
ここでおかしなことに気づく。
次のアユミンの言葉と同じことをみなが思っていたのだ。

「あれ?……ひょっとして、私たちってそんなに怪我してなくない?……
 ベリーズと本気でやり合ったのに、変なの……」

帝国剣士のエリポン、サヤシ、カノン、アユミン、ハル、マーチャン、オダ
番長のカナナン、リナプー、メイ、リカコ
KASTのトモ、サユキ、カリン、アーリー
以上15名は打撲こそしていたが、骨や内蔵に影響を与える大怪我はほとんどしていなかった。
伝説の存在であるチナミ(と、場合によってはミヤビとマイミ)と真剣勝負をしたと言うのに、これはおかしい。

「ふふ、上手くやったんだね。」
「えっ?ナカサキ様、上手くってなんですか?」
「あ、いや、違うのアユミンちゃん。 みんなが致命傷を貰わないように上手く回避したって言いたかったの!」
「なるほど!」

思い返せば若手が倒れた要因の大半は、極度に疲労を感じていたり、あるいは心を折られた事にあった。
そのため幸いにも身体への直接的な影響が少なく、明日までにしっかりと体を休めれば100%に近いパフォーマンスを発揮できるのだ。
なんと幸運な事だろうか。
本当に運が良かったと、マイミと大半の若手たちはそう思っていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



自分たちの戦力は整理できた。次は敵であるベリーズ達だ。
そして、モモコの部下であるカントリーだって忘れてはならない。
両生類を操るリサ・ロードリソース、
鳥類を操るマナカ・ビッグハッピー、
魚類を操るチサキ・ココロコ・レッドミミー、
そして哺乳類(自分)を操るマイ・セロリサラサ・オゼキング。
彼女らは(1人を除けば)身体能力こそ大したことないが、動物を操る技能はとても厄介だ。
直接的に戦ったことのあるカナナンが4人の負傷の度合いについて話していく。

「マナカとマイの2名は番長とKASTで撃退したことがあります。
 本当ならその時点で再起不能にするべきやったけど、モモコが来たせいで叶いませんでした……
 その日から数えて3日近く休めていることもあって、明日の戦いでは本調子で挑んでくるかもしれません。
 残るリサとチサキについてはほぼ無傷ですね。 コンディションはバッチリやと思います。」

一同はため息をついた。
ベリーズと戦っている最中にあの動物の群れが襲ってくると考えると、とても面倒だ。
そいつらが横槍を入れてこなくてもベリーズは強敵だと言うのに。

「ナカサキ様、ベリーズの様子はどんな感じでしたか?」
「そうねえ……正直なところ、満身創痍に見えたかな。」
「えっ!?」

いくらベリーズが強いとは言っても、キュートと激戦を繰り広げたのだから、無事でいれられるはずがなかったのだ。
途中退散したシミハムは比較的健康だとしても、
クマイチャンの腕はマイミに多数の穴を開けられているし、
ミヤビの胸はトモの知恵と勇気の矢が見事に貫通していた。
モモコはとても重い物体(オカール)に衝突して骨に異常をきたしていて、
チナミは若手戦士との戦いの果てに「もう肉弾戦は無理!」と発言している。
それでも彼女らが強いことには変わりないのだが、シミハム以外は5割の力を発揮することも難しいかもしれない。
となると、一同は案外楽勝かもしれないと思いはじめてきた。
だがそんなことはあり得ないのだ。
キュートが何か言おうとする前に、リナプーがお気楽ムードを諌めだす。

「馬鹿かな、みんなは」
「えっ?リナプーどうしたん?……」
「ベリーズはさ、6人いるんでしょ。」
「!!」

リナプーの言う通り、ベリーズ戦士団は6名で構成されている。
無を司るシミハム、冷気を纏うモモコ、太陽のように明るいチナミ、
刃の如く鋭いミヤビ、重圧で押し潰すクマイチャン
そして、もう1人。
ベリーズきっての天才と呼ばれた"人魚姫(マーメイド)"が存在するのだ。
何人たりとも彼女の前では溺れてしまう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



倒すべき強敵は6人いる。
それをしかと認識するだけで一同はピリッとした。
これからの戦いに、楽勝など絶対にあり得ないのだ。
恐れることは無いが同時に甘くみてもならない。 気を抜けばすぐに脱落すると考えて良いだろう。
ではその強敵に勝つ確率をどのようにして上げるのか?
"攻め方"は非常に重要になってくる。

「ちょっといいですか?ナカサキ様。」
「なに?カリンちゃん。」
「武道館はとても大きくて広いんですよね?」
「え?……そ、そうだと思うけど……それがどうかしたの?」
「私、昔に調べたことが有るんですけど、
 武道館には北、北東、東、南東、南、南西、西、北西の全部で8つの入口があるらしいんです。
 ということはベリーズの全員とは戦わなくて良いと思いませんか?」
「???」

ナカサキだけでなく、マイミとオカールの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
キュートの中ではただ1人、アイリだけが理解したようで、
カリンの提案に補足をし始める。

「ナカサキ。 もしも自分たちが武道館の中にいて、マーサー王を外敵から守るとしたらどう守る?」
「えっ、そりゃさっきカリンちゃんが言ってた8カ所の入り口に兵を配置するでしょ。
 それと、突破された時のために王の周りには警備を置く。とびきり強い兵をね。」
「じゃあ、明日ベリーズはどうすると思う?」
「え?……そりゃさっき私が言ったみたいに……あっ!」

ここでナカサキは気づいた。
武道館の全ての入り口をカバーするには、ベリーズとカントリーでは人数的に余裕が無いのである。
6カ所にベリーズを1人ずつ配置したとしても、残る二ヶ所は実力の落ちるカントリーだけで抑えなくてはならない。
現実的にはマーサー王とサユを監視する者も中に残るはずなので、最低3ヶ所の入口が"穴"になるはずだ。

「ひょっとしたら警備の甘い入り口から侵入したことが、他の入り口にいるベリーズにバレるかもしれません。
 でも武道館は偉大で、大きくて、広いんです!!
 追っ手が間に合う前にマーサー王とサユ様を外に連れ出してしまうのはどうでしょうか!?」
「なるほど!カリンちゃんの作戦いいね!」

確かにこの攻め方なら敵の強大な戦力をほとんどスルー出来る。
上手くいくかもしれない。
そう思っていたところに、カリンと同じくらいに武道館のことを調べていたサユキが意見を出した。

「カリン、あなたなら知ってるよね?」
「え?サユキ……なんのこと?」
「近年よく使われる扉は一階席に入るための正面西口と、その近くの階段を昇って二階席に入るための西南口と南口だけ…ってことをだよ。」
「あっ……」
「確かに他の5つの入り口も有るには有るけどさ、長いこと封鎖されてるよね。
 開くかどうかも分からない扉を数に数えるのはあまり良くないんじゃない?」
「うう……確かに……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「いや、カリンの案はいけるんじゃないか?」

そう言って注目を集めたのはマイミだった。
アーリーとサユキに折られたはずの腕をシュッと前に出しては、言葉を続ける。

「入口が封鎖されていたとしても、例えそれが頑丈だとしても、壁は壁だ。
 私がナカサキのどちらかなら破れる。」

団長の発言は馬鹿げたものではなかった。
マイミの怪力があらゆるものを破壊するほどだというのは衆知の事実だし、
ナカサキだって確変で腕を集中的に強化すれば壁くらい壊せる。
ベリーズも封鎖されている箇所に防衛の人員を割くとも思えないので、
壁の破壊をスムーズに行えば、ノーガードの道を突き進むことが出来るだろう。
ナカサキは苦笑いをしながら大きな溜め息をつき、観念したようにサユキとカリンに声をかける。

「はぁ……そう言われたらやるしか無いか……
 じゃあ2人とも、その場合はどこの壁を壊せばいいの?」
「西口が正面入り口なので、正反対の東口が良いと思います!ね、サユキ?」
「そうね。 あ、でもカリン、東口は二階にあるけどどうやって上がる?」
「外壁をかけあがるとか?……でもそれだとよっぽど身軽じゃ無いと……」

困った顔をしているサユキとカリンの肩をナカサキがポンと叩く。

「じゃあ決まりね。」
「「え?」」
「あなた達、かなり身軽でしょ? 道連れよ……私と一緒に来て!」
「「!!」」

サユキの跳躍力とカリンの敏捷性は先ほどのマイミとの戦いでしっかりと示されていた。
それをナカサキは高く評価したのだ。
だからこそ裏口突破という重要任務にスカウトしたのである。
これでチームは3人。 だがこの人数ではまだ心許ない。

「他には動ける子いる? まぁ、無理にとは言わないけど……」
「ウチにやらせてください!」
「わ、私も!」

ここで手を上げたのは帝国剣士のサヤシとアユミンだ。
どちらもダンスの技術を戦闘に取り入れており、身のこなしは国内でもトップクラス。
マイミ戦で立ち上がることの出来なかった彼女らはとても口惜しく感じていて、
今後はどんな危険任務も率先して行う覚悟が出来ている。
そんな2人の決意を断る理由はどこにも無かった。

「よし!じゃあこの5人で壁を壊して、王とサユを救いましょ!」

ナカサキ、サヤシ、アユミン、サユキ、カリンが属する"チームダンス部"がここに結成した。
最重要任務に挑む彼女らを活かすべく、これから残り3組のチームも誕生していく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



"チームダンス部"が裏口の壁をぶち破ったとしても、そこに敵がうじゃうじゃ居たら奇襲の効果が薄まってしまう。
そうならないためには他のメンバーがベリーズの注意を十分に引かねばならない。
具体的には正規の入り口である「西口(正面入り口)」、「南西口」、「南口」の三点に他の3チームが同時に乗り込むことにより、防衛で手いっぱいにさせる必要があるのだ。
これらの表口には1人ないしは2人のベリーズが待ち構えることが予想される。
ならば対抗するためにはそれぞれのチームにキュートを振り分けるのが良いだろう。

「よし、じゃあアンジュの番長たち! 私と一緒に組もうじゃないか!」
「「!?」」

マイミは大きく腕をひろげてカナナン、リナプー、メイ、リカコの4人を抱きかかえた。
実はマイミはこの番長たちのことをとても気に入っていたのである。
以前モーニング帝国城で相対した時に、メイは地獄の腹筋チェックに根性で耐えていたし、
カナナンは野球勝負で見事にマイミの裏をかいていた。
極めつきなのはリナプーだ。先ほどの直接対決でマイミに傷を負わせたのは高評価だったようだ。
グイグイ来るマイミにはじめはアンジュの番長たちも戸惑っていたが、よくよく考えて見たら悪い話でもない。
マイミという信頼できる存在が味方につくのは文句なしに有難いし、
チームワークの面で考えると番長が1チームに固まるというのも非常にやり易かった。
リナプー以外の番長はこれまでにあまり良いところを見せられていないので、
最終決戦で結果を出してイメージを変えたいという思いを込めて、
マイミ、カナナン、リナプー、メイ、リカコは"チーム下克上"と名乗ることにした。
それを見たアイリもチームを作り始めようと、KASTのトモに声をかけた。

「それではトモ、私たちも組みましょうか。ミヤビを倒した時みたいに、ね。」
「お言葉ですがアイリ様……私はアイリ様と同じチームになる訳にはいきません。」
「えっ!?」

突然の拒否にアイリは眼が飛び出るほど驚いたが、その理由を聞いてすぐに納得する。

「ベリーズに対抗するには敵の弱点を正確に知る必要があると思うんです。
 そして、私たちの中でそれを見抜く力が有るのは耳の良いサユキと視野の広いカナナン……そして、アイリ様と私だけ。
 この4人はそれぞれが別のチームに分かれて役割を全うした方が良いと思いませんか?」
「ふふ、そうね、その通りね。」

アイリは寂しい想いもあったが、ベリーズに勝つために冷静に頭を働かせているトモを見て嬉しく思っていた。
そしてすぐに気持ちを切り替えて、他のメンバーを次々と指差していく。

「エリポンちゃん! カノンちゃん! マーチャンちゃん! アーリーちゃん。 良かったら私と組みませんか?」

トモにフラれたかと思えば、(カノンを除けば)いかにも扱いにくそうな戦士たちを勧誘していったので一同は驚いた。
もちろん誘われた張本人たちも驚愕しているが、ここで断るわけもない。
それにしても何故このメンバーを選んだのだろうか? 共通点は何なのだろうか?
真意も分からぬまま、アイリ、エリポン、カノン、マーチャン、アーリーのチーム名は"チーム河童"と名付けられていた。

「さて……ってことはお前らは余り物ってワケだな?」

ハルとオダ、そしてトモをオカールがニヤニヤしながら見ていた。
アイリの誘いを断ったトモならともかく、ハルとオダの2人は軽く落ち込んでいるようだ。

「すんません……オカール様と組むのは、ハル達みたいな余り物になっちゃいます。」
「あ?気にすることはねぇよ。 俺の人生も似たようなもんだ。お似合いっちゃお似合いだな。」
「はは……」
「ただな、俺とチームを組むからには2つのルールを絶対に破らないことだけは約束しろよ。」
「「「?」」」

オカールがギロッと睨んだので3人はビクッとした。
そしてその緊迫感のままオカールが話を続ける。

「お前ら、さっきウチの団長に死ぬ気で立ち向かってたよなぁ?……あれは良かった。なかなか見どころあったぞ。 
 だからな、ベリーズにも同じくらい、いやそれ以上の気合いでぶつかれ!それがルールだ!
 ちょっとでも気を抜いたらぶっ飛ばすからな!!」
「「「はい!」」」
「それともう一個、武道館に入るときは俺が一番乗りだ。絶対に、絶対に邪魔すんなよ?」
「は?……」
「"ライブハウス武道館へようこそ!"、このセリフを一度言ってみたかったんだ!! もしも俺より先に武道館でそんなこと言う奴がいたら容赦無く潰す!!」

オカール、ハル、オダ、トモのチーム名は"チームオカール"
彼女らはリーダーの決めたルールを絶対に死守しなくてはならない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



結成後は同じチーム同士で集まり、細かなところを詰めていった。
連合軍もここまで共にしてきたのだから、誰がどれだけの力量なのかは十分に把握できている。
そのため、実践時を想定した作戦は比較的スムーズに決まったようだ。

「気づけばもう夜じゃないか。 よし、作戦の決まったチームから身体を休めていこう!」

連合軍リーダーマイミの指示に、メンバー達は素直に従っていった。
もちろん自分たちの実力不足を憂い、もっとトレーニングしたいという気持ちも無くは無いが、
ギリギリまで身体を酷使するよりは、
しっかりと休養をとった方が明日の決戦でより良いパフォーマンスを発揮できると理解しているのだろう。
今いる場所から武道館まではそう離れていないため、明日の昼過ぎにでも出発すれば指定時刻までには十分間に合う。
夜しっかり寝て、午前中にイメトレなどを行えばバッチリだ。
しかしただ1人、十分な休養をとれない……いや、とろうとしないメンバーが存在した。
それは武器修理にかかりっきりのマーチャン・エコーチームだった。

「マーチャン、休まなくて本当に大丈夫か?」
「明日の朝早く起きて、そこで作業再開すればよくない?」

1人黙々と工具を扱うマーチャンを心配して、同期のハルとアユミンが近くまで来ていた。
マーチャンは作戦会議にもろくに参加せず作業をぶっ続けで行なっていたので、相当に疲労が溜まっているはずなのだ。
それでもマーチャンは手を止めたりしなかった。

「頭の中がね、なんかグチャグチャしてるの。 すごーく変な感じ。
 マーチャンが今すぐ武器を作らなかったら、きっと忘れちゃう。明日は覚えてないと思う。
 だからマーチャンが今やらないといけないの!ドゥーとアヌミンはあっちで休んでて!」

マーチャンの脳はチナミの創作活動を見て強い刺激を受けていた。
一回見ただけで何でも覚えられる才能の持ち主が、
今すぐカタチにしないと忘れてしまうと言うのだから、余程の高等技術なのだろう。
そうやって没頭するマーチャンの背後に、カリンが登場した。
そしてマーチャンの両肩に手を置いていく。

「マーチャンは凄いね。立派な武器をどんどん作っちゃう。
 みんなのためだから、今のマーチャンを止めちゃいけないんだよね?それはカリン、よく分かった。
 でもせめてマッサージくらいはさせてもらえないかな?
 作業の邪魔にならなければで良いんだけど……」

そう言うとカリンはマーチャンの肩をギュッギュッと揉みはじめた。
例の針治療ほどの回復効果は無いが、緊張して硬くなっていた筋肉がほぐれてとても気持ちが良い。

「んー……別にマッサージさせてあげてもいいよ。」
「わぁ、気に入ってくれたんだ!」

一連の光景を見ていたアユミンとハルは互いに顔を見合わせて、
慌ててマーチャンの脚と腕のマッサージを開始した。
どれだけ効果が有るのかは分からないが、少しでも疲労を回復できるのであればやった方が良いとの判断だ。

(ところでアユミン、マーチャンは何時まで武器の修理をするつもりなんだ?)
(さぁ?……まさか朝までとか言わないよね?)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 
  
11に進む topに戻る
inserted by FC2 system