●場面4 : 武道館西南口「チームオカール vs ミヤビ」

チームダンス部にはマイマイが、
チーム河童にはハルナンと新人剣士4名が、
チーム下克上には番長3名がそれぞれ助っ人として駆けつけてくれたが、
チームオカールにだけはそのような援軍は到着していなかった。
脚部をひどく痛めたオカールと、ハル、オダ、トモの合計4名でミヤビを倒さなくてはならないことに変わりはないのだ。
だが、勝機が全く無いというわけではない。
昨日のマイミとの戦いで一皮も二皮も剥けたのか、ハルもオダもトモもなんとか喰らい付いていていた。

(大事なのは気持ちで負けないこと!ミヤビのオーラは怖いけど、ハル達なら耐えられる!!)

並の戦士ならミヤビの放つ鋭い刃物のような殺気にばっさりと斬り捨てられてしまうことだろう。
だと言うのに、オカールだけでなく他の3人も戦意を喪失させずに立っていることから、若手らが並の戦士の域を脱却したことが分かる。
全ての基本は「断身刀剣(たちみとうけん)」。 敵に負けない自分を強く思い描き続けることで凶悪なオーラにも飲まれず済むのだ。
そしてこれは攻撃にも応用できる。
オダは「冷たい殺気」と「熱のこもった思い」の両方を自身のブロードソードに乗せて、ミヤビへと斬りかかった。
天変地異のようなビジョンを起こすことは流石にできないが、
その殺気と思いは、あのミヤビに「自身が斬られる光景」を錯覚させることに成功する。

「なんだと!?……まさか既にここまで出来るようになっていたなんて……」

現実の斬撃の方はミヤビの脇差によって防がれてしまったが、それでも若手の成長を見せつけて動揺させることには成功した。
この勢いに続こうと、トモがボウから矢を発射しようとする。
狙いは昨日の戦いでも貫いたミヤビの胸だ。
その矢には殺気以外にも、経験から裏付けられた確固たる自信がしっかりと乗っかっていた。

(あの矢を受けるのはまずい……だから、こうさせてもらうよ。)

ミヤビは少し体勢を変え、トモに対して肩を向けた。
胸の真っ平らさを真横から見せつける形になるのだが、
なんとそれが影響して、正確に狙ったはずの矢がミヤビの身体を外してしまう。

「あれっ?……どうして……」
「"消失点"という言葉を知ってるかな? 君の矢は、もう私の胸には届かない。」

平行に引かれた線であっても、近くに寄れば幅が広く見えるし、遠くに行けば行くほど狭く見える。
トモが慎重に狙いをつけているところに、女性とは思えぬほどに平坦な胸を急に見せたのだから、距離感が激しく狂ったのだ。
昨日のvsアイリ&トモの時は、ミヤビは自分の硬い胸でわざと受けて全弾ガードしようと努めていたが、
胸を貫かれてからは回避に力を入れようと考えを改めたらしい。

「おいトモ!ガッカリしてる暇なんかねぇぞ! 攻めの手を一瞬たりとも緩めるな!さもないとミヤビには勝てねぇ!!」

オカールは脚部の激痛にも負けずに根性だけでミヤビの元へと辿り着いた。
そして強力な必殺技をミヤビの唇へと当てていく。

「喰らえ!!"リップスティック"!!!



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



力強く叫んだ技名とは対照的に、オカールの繰り出した右手には殺気がほとんど込められていなかった。
「リップスティック」という必殺技はとても繊細で、そして「必殺」だというのに相手の命を奪うことを目的としない。
殺すのはただ1つ。相手の冷静さだ。
右手のジャマダハルの刃の切っ先が、正確にミヤビの唇を傷つける。

「!!!」

殺気の無い一撃ゆえにミヤビは反応が遅れ、オカールの思惑通りに斬られてしまった。
唇は人体でもかなり皮の薄い箇所。 
ちょっと切っただけで刃は血管へと到達し、大袈裟に血液を噴出させる。
真っ赤な血はまるで塗りすぎた口紅のようにミヤビの唇を真っ赤に染める。
痛みはほとんど無いが、顔から流血し続けることは即ち脳に送り込む血液量が減少するということ。
伝説の戦士なので唇からの出血程度でパニックを起こしたりはしなかったが、
今後は脳に酸素が十分に行き渡らないまま戦い続けなくてはならない。
こんな状況下で冷静さをいつまでも保ち続けることは出来ないだろう。
そんなミヤビに対してオカールは追撃を打ち込んでいく。 
左手の刃でミヤビの首を攻撃しようとしているのだ。

「まだ終わりじゃ無いぜ! リップスティック、"派生・パイン"!!!」

ジャマダハルの刃をブッ刺して、カットされたパイナップルのようにグルリと円を描けばミヤビの首に穴が空く。
そうすれば更に出血させて苦しませることが出来るだろう。
だが、同じような手を何回も喰らうようなミヤビではなかった。
顎に取り付けられている刃物を素早く下ろして、オカールの攻撃を弾いていく。

「二刀流はオカールの専売特許じゃない!!この顎の刃と脇差で全て受け切ってやる!!」

オカールのパインを弾くや否や、ミヤビはその場にしゃがみだした。
そして右手に構えた脇差でオカールの右ももを一気に斬りつける。

「猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・愕運(がくうん)"!!」
「ちょっ!わっ!」

怨念混じりの凶刃がオカールの負傷した脚へと容赦なく襲いかかった。
これをまともに貰えば二本の脚はたちまち真っ二つになることだろう。
それはまずいと判断したオカールはその場でわざと転ぶことにした。
ガクーンと不恰好に転倒することになったが、脚を失うよりはずっとマシだ。
しかし、窮地はまだ続いていく。

「そんな体勢で避け続けられるかな?……猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・堕祖(だそ)"!!!」

この派生技は力強い斬撃を4連続で繰り出すというもの。
地面に向けて叩きつけられる刃を一回避けたとしても、
「堕祖(だそ)」「堕祖(だそ)」「堕祖(だそ)」「堕祖(だそ)」と更に威力を増して次々と放たれていく。
音楽記号の「だんだん強く」を意味する「CRES.(クレッシェンド)」を体現する技なのだ。
4連撃目をまともに貰ったならば、命の保証はされないだろう。

「すげぇ……なんて戦いだ……」

ハルは戦闘中であるのに、食卓の騎士同士の攻防をただ突っ立って見ていた。
恐れをなしたのではない、達人級の真剣勝負に見惚れているのである。
そしてこの戦いには学ぶべきことが多いと、強く認識する。

(学ぶ……とは言っても、教わることは出来ないんだろうな。
 ミヤビは敵だし、オカール様だって優しく教えてくれる感じでもない。
 だったら……盗むか?)

これからすべきことに気づいたハルは、オダとトモを呼び寄せた。
そして素っ頓狂にも聞こえる言葉を口に出す。

「ハル達3人で怪盗チームを結成しよう! 名前はそうだな……怪盗セクシーキャットなんてどうかな。」
「え?」
「は?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「盗むのはお宝やハートじゃない、技術(スキル)だよ。」
「あー、はい、分かりました。 食卓の騎士の技を目で盗むってことですね。」

ハルの厨二病にある程度の理解を示しているオダは、隣でキョトンとしているトモに要約することにした。
つまりはミヤビとオカールの戦いをしっかりと観察し、
自分達の成長に繋がるような技術があれば積極的に取り入れよう、という事なのだ。
彼女たちはこれまでの密度濃いツアーのおかげで戦士として戦う基礎がしっかりと身についている。
昨日、マイミと戦った時のような成長力があれば、短時間でさらなる飛躍を見せる事だって不可能では無いのだ。

(えっと、言いたいことは分かったけど「怪盗チーム」とか「セクシーキャット」とかって何?)
(そこは突っ込まないであげて!ハルさんあれで結構真剣だから!)
(はいはい……まぁ、私も"おバカねこバカ"だから、このチーム名は別に嫌じゃないしね。)

しかし大義があるとは言え今は真剣勝負の真っ最中。
そんな時に観察している暇なんか有るのか、と思うかもしれない。
確かに一刻も早くミヤビを撃破せねばならない状況であれば、全力で攻撃に集中する必要があるだろう。
だが、チームオカールの本来の役割は陽動だ。
チームダンス部が裏口から奇襲を仕掛けることを悟らせないように、
そして、勘付いたミヤビが裏口に向かうことを防ぐためにここで足止めすることが何よりも大事。
つまりは戦いが長びく分には全く問題ないのである。
とは言えハル、オダ、トモの3人がただただ突っ立っていて良い訳がない。
地面をゴロゴロ転がるオカールに堕祖(だそ)の4連撃目を振り下ろそうとするミヤビの目に向かって、
オダが反射させた太陽光を送り込む。

「くっ……またこれか……」
「いいねオダ! 後はハルに任せて!!」

目を焼かれて一時的に視力を失ったミヤビは格好の的に見える。
怪盗として技術を盗むことも大事だが、やはり決めれるところはカッコよく決めたいので、
ハルはミヤビの生身の部分、腹と背に竹刀をぶつけようとした。
二ヶ所への同時攻撃を実現する「再殺歌劇」はハルの得意とする必殺技。
これで大ダメージを与える目論見だったが……

「まだ殺気の乗せ方が下手だね……この程度なら、見なくても防げるよ。」
「えっ?……ハルの竹刀を素手で!?……」

攻撃の意思が強過ぎるあまり、ハルの殺気はダダ漏れになっていた。
これでは達人級の敵にはすぐに察知されて、
今回のように目をつぶったミヤビに簡単にキャッチされてしまう。
動揺したハルはミヤビの蹴りが迫っていることにも気づけず、軽く3,4メートルは吹っ飛ばされる。

(い、痛い……やっぱりハルの技は食卓の騎士には通用しないのか?……)

ハルは昨日の戦いでマイミにも「再殺歌劇」が通用しなかったことを気にしていた。
他のメンバーに先駆けて必殺技を習得できたのは良かったのだが、
最近になってそのパワー不足に課題を感じ始めている。
強者の技を盗んで「再殺歌劇」を強化すること、それもハルの急務と言えるだろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルの必殺技が防がれたことに対して、オダもトモも心を乱されてしまった。
「殺気が強すぎると察知され易くなる」という現実を前に、どうすれば良いのか分からなくなったのだ。
強めるのが良いのか?弱めるのが良いのか?
こうして生じた悩みは、ただでさえコントロールの不得意な彼女らの殺気を著しく不安定にさせる。
そんな後輩らの異変を感じ取ったのかどうかは定かではないが、
オカールが寝っ転がったままの姿勢で怒鳴り声をあげる。

「細かいコト気にする必要ねぇよ!殺気なんかぶちまけっぱなしで良いんだ!!
 本当に大事なのはよぉ、気づかれても避けられない一撃をブツけることだろっ!!!」

オカールは上半身を起こしては、右手に装着されたジャマダハルで、まだ目の慣れていないミヤビに斬りかかった。

「ミヤビちゃん、今からどこを狙っているか分かるよなぁ!? リップスティック"派生・ぱんつ"!!!」
「ハァ!?」

オカールはあろうことか、ミヤビの股に向かって斬撃を繰り出していた。
これがおふざけではなく大真面目であることは先ほどのハル以上にダダ漏れになっている殺気からもよく分かる。
当然この狙いはミヤビにも120%伝わっているし、女性として、いやそもそも人としてこんな攻撃を受ける事は許されないので、
ミヤビは向かってくるオカールを必死で蹴っとばそうとした。
しかし、その瞬間に殺気の方向性が変わった事に気付く。
狙いはもう股ではない。 胸だ。
昨日トモの矢に貫かれたミヤビの胸に対して、トゲトゲしい気迫が打ち込まれていく。

「さっきの攻撃はフェイク!?」
「もう遅いよ!リップスティック"派生・ぶら"を喰らえ!!」

オカールの捻りが加えられた刃が、ミヤビの脂肪の少ない胸をガリガリと削り取る。
普段は硬い鉄板によってガードされているが、穴の空けられた部分までは守ることが出来ない。
気の遠くなる痛みにミヤビは悶絶してしまう。

「ーーーーーーッッッッ!!」

あんなに強くて隙の無いミヤビにダメージを与えるオカールを見て、ハルは改めて尊敬の念を強めた。
しかし、尊敬は出来るのだが、

(必殺技のネーミングセンスは盗みたく無いなぁ~~~)

オダも、トモも、同感だったという。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



●場面3 : 武道館南口 「チーム下克上 vs クマイチャン」

手負いの巨人、クマイチャンが鋭い目つきで番長たちを睨みつけているが、
その恐ろしさも、プレッシャーも、今は半減以下に感じられた。
何故か?それは今この場にアンジュ王国の最高戦力が勢ぞろいしているからだ。
既に前線を退いた表番長アヤチョと裏番長マロや、
番長候補として修業を積んでいる"舎弟"2名を欠いてはいるものの、
先輩番長カナナン、タケ、リナプー、メイと
後輩番長ムロタン、マホ、リカコの合計7人の力を合わせればどんな強敵にだって立ち向かうことが出来る。

「さっきまでは4人だったけどな、今は7人や……戦術の幅もぐっと広がる。」

2階から落とされたせいで脚を負傷したカナナンだったが、
不安そうな顔をまったく見せていないことからも、自身の言葉が嘘ではないことを物語っている。

「カナナン、ここは当然アレでいくよな?」
「せやなタケちゃん、フォーメーション"風林火山"を見せたれや!!」
「おう!」

カナナンの指示と同時に運動番長タケ・ガキダナーが走り出した。
"疾きこと風のごとく"
盗塁王のような脚力でクマイチャンの元に駆け寄っては、
大袈裟に身体を捻ったトルネード投法で豪速球をブン投げる。
これには流石のクマイチャンも回避することが出来ず、腹で受けてしまう。

「う゛っ……」

痛みと屈辱のせいで更にピキピキと怒ったクマイチャンは、自慢の長刀をタケへと振り下ろそうとした。
破壊力満点の斬撃をまともに喰らえば当然即死なわけだが、
そうはならないための指示をカナナンは既に出し終えていた。

「準備は出来てるな?行け!リカコ!」
「\(^o^)/はーーい\(^o^)/」

無数の細かなシャボン玉が大量発生し、クマイチャンの視界を一気に奪っていく。
"徐かなること林のごとく"
理科番長リカコ・シッツレイは、タケが攻撃を仕掛けている裏で石鹸水を黙々とかき混ぜることで、
クマイチャンの反撃をこのタイミングで妨害するためのシャボンを準備していたのだ。
隙間なく敷き詰められたシャボン玉は、入り組んだ木々の枝のように、すべてを隠してしまう。
こんな状況では刀をターゲットに向けて真っすぐ振るうことは叶わず、
何かとてつもなく固いものに阻まれる。
3m級の長刀がぶつかっても破壊されないものはそうそう存在しない。
クマイチャンはすぐに、ムロタンの透明盾に防がれたことに気づいた。

「またか!さっきからそればっかり!」
「あれ?飽きちゃいました?それじゃあ魅せ方を変えましょうか。
 防御だけじゃ芸が無いですもんね。熱い私の攻め、魅せてあげます。」

音楽番長ムロタン・クロコ・コロコの透明盾は軽そうに見えて、その実は重量感たっぷり。
"侵掠すること火のごとく"
盾を持つ手に力を入れては、押して押して押しまくる。
このヒいてしまうような押しの強さが尋常ではないことは、
盾と剣の衝突によって、お互いの肌を黒く焦がすような火花がジリジリ、ジリリと散っている事からも分かる。
シャボンのせいでまだ視力がハッキリしないクマイチャンは、
下方向から来る打撃の猛攻に手間取っていた。

「痛っ……でも、こんな攻撃で参る私じゃないからね」
「分かってますよ、だからこっちも総大将に出てもらいます。」
「えっ?」

その時、無数のシャボン玉を全て吹き飛ばす程の圧が、とある人物から発せられた。
"動かざること山のごとく"
その人はアンジュ王国の象徴。雄大にドッシリと構えている。
木彫りの像のように美しいその女性は、ただそこに立っているだけで存在感を示していた。

(あれは、噂に聞いてたアンジュのアヤチョ王?……どうしてここに?……)

もともと目のあまり良くないクマイチャンには、
その人が確かにアヤチョ王に見えていた。
いや、そう見せられていたのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



佇まいや所作を見ればアヤチョ王そのものなのだが、その実は当人ではない。
これは演技。
そして、本物以上に本物に見せてしまう演技力を備える人物なんて、彼女以外には存在しないだろう。

「アヤ知ってるよ。 勝つのはね、番長なんだよ。」

メイ・オールウェイズ・コーダー。
女優となった彼女の発した声は、味方であるはずの番長たちにも錯覚を起こさせるほどだった。
あんなに強い王がここまで来てくれたという心強さは一同のテンションをより一層高めてくれる。
そして、メイはそれだけで終演しようなどとは思っていなかった。
精神を滝行で鍛えるという面でメイとアヤチョは大きくシンクロしている。
こうして同調することで生じた強い心を持って、メイは更にキャストを増やし始めた。

「"1秒演技"……アヤはね、巨人にもなれるんだよ。」

その瞬間、クマイチャンは自身の身体がズッシリと重くなるのを感じた。
巨大な手で上から押さえつけられるような感覚。
これはまさにクマイチャンが得意とする"重力"のオーラのそれだった。
メイは1秒という短い間だけなら食卓の騎士だって演技することができる。
そしてそこに元から行なっていたアヤチョの圧もプラスされるものだから、
クマイチャンには山のように大きいアヤチョ王に押しつぶされそうになるビジョンが見えていた。

「ぐっ……」

しかしそこはやはり本家食卓の騎士。
オーラでペチャンコに潰される前に意識を強く持って、持ちこたえることが出来た。
だが、1秒のこととは言え今の攻防は相当堪えたようで、
知らず知らずのうちに肩で息をしてしまっていた。
相手の司令塔カナナンに向けられる声からも、相当の疲労が感じられる。

「ゼェ……ゼェ……確かに、君たちは強いね……
 でも、風林火山ってやつももう終わりでしょ?」
「どうしてそう思います?」
「え?だって、風に林に火に山に……全部見せてもらったし」

クマイチャンの言うことはもっともだ。
風のタケ・ガキダナー
林のリカコ・シッツレイ
火のムロタン・クロコ・コロコ
山のメイ・オールウェイズ・コーダー(アヤチョ・スティーヌ・シューティンカラー) 
それぞれの担当分が既に終わっているのである。
それを理由に僅かばかり油断しているクマイチャンを見て、カナナンはほくそ笑む。

「そうですか、そうですか、やっぱり知らなかったんですね。」
「え?」
「"風林火山"には続きがあるんです。 ほんまは、"風林火山陰雷"って言うんですよ。」
「え?」

"知りがたきこと陰のごとく"

全く知覚のできない正体不明の牙が、クマイチャンの横っ腹に深く刺さっていく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



姿もなく、音すらもなく、クマイチャンに接近して牙を剥いたのは帰宅番長リナプー・コワオールドだった。
"知りがたきこと陰のごとく"
派手で騒々しい集団・アンジュ王国の番長らの陰で、しっかりと確実に成果を出すのが彼女の仕事なのである。

「しまった……!」

クマイチャンはひどいしかめっ面をしていた。
傷つけられた腹が痛くて苦しんでいるワケではない。
リナプーの攻撃をみすみす受けた自分自身をマヌケだと恥じているのである。
シミハムのように存在そのものを"無"にするのであれば知覚できなくても仕方ないが、
目の前にいるリナプーはそこまでの域には達していない。
クマイチャンも食卓の騎士ほどの戦士ならば不意打ちに気づくべきだったのだ。
しかし、それも無理のない話だ。
今回、番長たちがとった作戦の名称は「風林火山」。
そこから「山」でお終いというイメージをカナナンに植えつけられていたため、
メイによる「山」の攻撃が完了した時点で集中力を切らさずにはいられなかったのである。
そして、この作戦は「陰」で終わりでもない。
「風林火山陰雷」を〆るのは「雷」に他ならない。

「私どうしても勝ちたいんですよ。」

小さな声がボソッと聞こえたと思いきや、間髪入れずに稲妻でも落ちたかのような爆音が轟き始める。
"動くこと雷霆のごとく"
乙女の逆襲の始まりを告げる雷鳴のように聞こえた音の正体は、マホ・タタンのスナイパーライフルの発砲音だ。
ところが、勝負時だと考えたマホは通常とは大きく異なる方法で攻撃を仕掛けていた。
そう。マホがここで動いたのだ。

(こ、こんなのアリ!?)

クマイチャンが驚くのも当然だ。
マホはなんと18丁の銃を同時に持ち、一斉に銃撃を放っていたのである。
無茶な体勢からの一斉射撃であるため、弾丸は真っすぐ飛ばないのがほとんどではあったが、
標的のクマイチャンの体躯が通常の人間よりずっとずっと大きいせいで、18発18中とは行かなくても数発はヒットさせることが出来た。
狙撃手という役割を考えると、本来であれば一発ずつ丁寧に撃たねばならないはず。
この行為は捉え方によってはズルくも見えるかもしれない。
だが、マホは番長の勝利を心から望んでいたのだ。
だからこそ、最後のこの瞬間ではじめて18連同時という意外性満点の行動をとったのである。
風林火山の次があっただけでもクマイチャンは戸惑ったというのに、
そこに更にこんな仕打ちをされたものだから、やはり相当効いたのだろう。
クマイチャンは立っていられなくなり片膝をついてしまう。

「……!!」

番長一同は今すぐにでも諸手を挙げて喜びたいと思っていた。
しかし、伝説の存在がここで倒れるはずも無い。
ただでさえ殺し屋のように恐ろしい目が、より一層鋭くなったことに気づくのにそう時間はいらなかった。

「気をつけろよ、みんな……どうやら完全に怒らせちゃったみたいだ。」

鉄球を握るタケ・ガキダナーの手は震えていた。
これから迫りくる真の恐怖を、心で理解したのだろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



●場面2 : 武道館西口 「チーム河童 vs カントリーガールズ」
改め、
「チーム河童&ハルナン vs モモコ」

次の攻め手を考えるために、ハルナンは頭の中で状況を整理することにした。
倒すべき相手はモモコただ1人。 
ハーチンら新人剣士がカントリーの4人を追っかけ回したおかげでこの状況を作り出す事が出来ている。
その新人剣士がカントリーに完勝する確信は無いが、
ハルナンの見立てでは両者の実力は近いレベルにあるため、一定の時間は稼いでくれるはずだ。
つまりはしばらくの間はモモコを一人ぼっちに出来るということになる。
それに対して味方はアイリ、エリポン、カノン、マーチャン、アーリー、そしてハルナンの6名。
数だけ見れば圧倒的優位に立っている。

(でも……そんなに楽な戦いでも無いのよね。)

ハルナンは今いる西口の戦いに突撃する前に、ある程度の時間、観察をしていた。
なので味方のコンディションはしっかりと把握できている。
まず、アイリは昨日トモ・フェアリークォーツに”眼”の力を分け与えたことによって無理が祟り、ひどく疲弊している。
もはや立つことも辛い状態にあり、アイリを強者たらしめる三大要素である「眼」「雷のオーラ」「棒術」を複数同時に使用することは到底出来やしない。
次に、全身を金属の鎧で纏ったカノン・トイ・レマーネだが、
モモコの暗器の一つである超強力電磁石を大量にぶつけられたため、重さのあまり動けなくなっている。
鎧が頑丈なため、潰されて圧死……ということは無いのだろうが、一歩も動けないままでは戦力になり得ないだろう。
残るエリポン、マーチャン、アーリーの3人はカエルやカラスらに一斉に襲われたことで負傷しているが、まだまだ全然戦える。
なのでこの3人を主軸にして戦うことになるのだろうが……

(はぁ……それにしてもなんて使いにくい3人なの。)

エリポン・ノーリーダー
マーチャン・エコーチーム
アーリー・ザマシラン
ちょっと個性的すぎるな、とハルナンは頭を抱えていた。
それぞれの戦士の実力は疑いようが無いのだが、性格がぶっ飛んでいるメンバーばかりであるために、素直に指示を聞いてくれるのか不安になってくる。
仮に言うことを聞いてくれたとしても、各々で得意分野が異なるので効果的に操ることが難しい。

(アイリ様、あなたはどうしてこの面倒な人達と共に戦おうと思ったんですか?
 そして、この場を引き受けたと言うことは、モモコ様を倒す確信を持っていたという事ですよね。
 ……どうやって?)

出来ることなら直接アイリに聞きたいところだが、今のアイリの体調では喋るのも辛そうだし、それにモモコに聞かれてしまうリスクだってある。
ならば、アイリの意図をハルナンが自力で読み取るしかないのだ。

(超がつく程の難題……でも、やるしかないか。
 だから皆さん、思う存分私に使われてくださいね。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



アーリー・ザマシランは苦悩していた。
頭ではハルナンの指示に従うべきだと分かっていても、身体の方が拒否反応を起こしているのだ。
モーニング帝国の選挙戦ではアーリーら果実の国の戦士は天気組についたのだが、その結果は散々だった。
トモとカリンは二人掛かりでカノンと引き分けるのが精一杯であり、
サユキは同格と思っていたリナプーに敗北してしまった。
トモ、サユキ、カリンの3人は強い。KASTの主軸だとアーリーは信じている。
そんな3人が無様に散ることになったのは、KASTが辛酸を舐めることになったのは、
全てはハルナンの側についたことがキッカケではないか。
そう思うとアーリーは身体を動かすことが出来なくなる。

(どうすれば……どうすればええんや……)

こうした迷いは心を弱める。
食卓の騎士と対峙するには「お前には負けない」という強い思いが必要なのだが、
今のアーリーはそれすら出来ず、モモコの放つオーラに負けそうになってしまう。
モモコのオーラは背筋が凍るような冷気そのもの。
血も涙も無いような冷ややかな視線がアーリーの手足を凍り付かせる。
それがイメージだと理解していても、アーリーは本当に冷たさを感じ、その場に縛り付けられてしまう。
このままではまずい。 アーリーどころかハルナンやアイリもそう思った時、
とある人物が大きな声を出して場の空気を変え始める。

「ハルナン!!今からエリが超カッコいい必殺技を繰り出すっちゃん。バシッと決まるように指示出しお願い!!
 そしてアーリーちゃん。今は休んでてええよ。 戦うのは、エリのカッコよさに惚れた後でも平気やけんね。」

叫び出したのは、モーニング帝国剣士団長を務めるエリポン・ノーリーダーだった。
先の選挙戦ではアーリーはエリポンと直接対決を繰り広げていたが、ハルナンと違って嫌なイメージは全く感じていなかった。
エリポンの必死さを間近で見たからこそ、当時は敵同士であっても好感を持てたのだろう。
そんなエリポンが自らすすんで後輩であるハルナンの指示に従おうとしている。
これにはアーリーも心を動かされた。

「あの……エリポンさん、やる気なのは良いんですけど。」
「なに?ハルナン。」
「私、あなたの必殺技を知らないんですが、どう指示しろと。」
「ふふ、エリの得意技は魔法に決まってるっちゃろ。」

そう言うとエリポンは刀をモモコに突きつけ、自身の必殺技名を前面に押し出した。

「”遅々不意不意(ちちぷいぷい)”、魔法にか~かれ!」
「え?」
「あー!かかっちゃった~!」
「え?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(私はスポーツに詳しくないんだけどな……)

どうしたものか、とハルナンは思った。
エリポンの魔法とは即ちスポーツのこと。そのスポーツ特有の絶技を魔法のように見せているだけなのだが、
そのバリエーションが多彩すぎるゆえに、味方のハルナンでさえも全貌を掴めていなかった。
ましてや秘密にしていた必殺技ともなればなおさら何をしてくるのか分からない。
しかし、だからと言って指揮する立場を放棄する訳にも行かなかった。

(エリポンさんはアーリーを勇気づけるためにモモコに立ち向かおうとしている。
 ということは、必殺技の"遅々不意不意(ちちぷいぷい)"とやらは十中八九攻撃型のはず。
 だったら、相手の手の内を知るための駒として利用できるかしら?……)

ハルナンはエリポンの必殺技どうこうよりも、モモコの攻撃手段が気になっていた。
モモコは7つの暗器を使うことで有名であり、その全てを駆使されれば万に1つも勝ち目はなかったかもしれない。
ところが、先ほどモモコはカントリー4人に自身の暗器を一つずつ分け与えたとハッキリ口にしていた。
それによりハーチン、ノナカ、マリア、アカネチンら新人剣士が苦戦を強いられることになるだろうが、
モモコの残りの暗器は単純計算すれば7マイナス4で3になる。
そして、そのうちの2つがさっきから使用している「磁石」と「糸」だとすれば、後は1つだけだ。
その1つさえ判明すれば戦略はぐっと立てやすくなる。
ハルナンはモモコに聞こえないくらいの音量で、近くのエリポンに問いかけた。

「エリポンさん、その必殺技って接近技ですか?」
「うん!相手目掛けて突っ込んじゃうよ~」
「思った通りです。思う存分やっちゃってください!」
「おう!」

ハルナンは予測していた。
これまでモモコが磁石と糸しか使わなかったのは、距離が離れていたからであると。
エリポンの突進で無理矢理にでも接近すれば、もう1つの暗器を見せてくれると踏んだのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ねぇハルナン、マーチャンの出番まだぁ~?」
「まだよマーチャン。今はエリポンさんが反……いや、活躍するところを見ておきなさい」

ハルナンは"エリポンさんが反撃されるのを見ておきなさい"と言いたいところだったが、
すぐに引っ込めて別の言葉を続けた。
ただでさえ自分のことをよく思っていないアーリーの前で、ネガティブな表現は使えないと判断したのだ。
だが、残る1つの暗器をマーチャンにしっかりと覚えてもらいたいというのも本音である。
モモコの攻撃方法は複雑かつ奇怪ゆえに当事者は何をされたのか分からないが、
ある程度距離をとれば知覚できるかもしれない。
エリポンが耐えられる間は、マーチャンには見ることに徹してもらいたい。

「ちょっといつまで引っ張るつもり?早くその魔法とやらを見せてほしいんだけど」

自分を無視して会話し続ける連合軍に対して、モモコがイラっとしたような口調で言い放った。
言われた相手がフクだったなら大慌てになっただろうが、
エリポンは自分のペースを崩すことなく、余裕の表情で返していく。

「ここでクイズ!エリの必殺技"遅々不意不意(ちちぷいぷい)"はどんな魔法でしょ~か?」
「人をイラつかせる魔法?」
「ブブー!不正解!」
「たぶん合ってると思うけどね……」
「エリの魔法は、"時を操る"。」
「は?……」

エリポンはゆっくりと深呼吸をしたかと思えば、じっとモモコの方を見つめだす。
これにはモモコも唾を飲んだ。
言動のほとんどがハッタリだとは思いつつも、"時を操る"ことがどういうことなのか気になってしまう。
警戒レベルを極限まで高め、どの位置どの方角から攻撃されても磁石と糸をけしかける事が出来るように準備していく。
そうしてこのまま1秒、5秒、10秒、20秒と時が流れ続けた。

「って何もしないんかいっ!」

結局一歩も動こうとしないエリポンに対して、モモコは突っ込まざるを得なかった。
だが、こうしてモモコのペースを崩すことこそがエリポンの狙い。
相手の心が乱れ切った今こそが動き出す時だと確信する。

「GET SET, GO!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「よーいドン」を意味する言葉を呟いたかと思えば、エリポンはモモコ目掛けて駆け出していった。
それはただのダッシュだと言うのに、ハルナンにはフク・アパトゥーマ帝王の”フク・ダッシュ”以上の速度と勢いに感じられる。

「速い!エリポンさんにこんな走行術が?……」

エリポンは運動神経抜群なうえにあの筋力量なので足が速いこと自体は不思議では無いのだが、
周囲の者の意識をここまで置き去りにするレベルでは無かったはずだ。
ハルナンだけでなく、マーチャンやアーリーもエリポンのスタート時の動きを捉えられておらず、
やっと知覚出来た頃には既にトップスピードに到達していたことに驚いている。
まるで本当に時を操ったかのようだ。
そんな中、ターゲットとされているモモコだけはなんだかつまらなさそうな顔をしていた。

(必殺技ってその程度?)

モモコはこの現象の理屈をおおよそ掴んでいた。
要するに、エリポンは動きに緩急をつけていたのだ。
完全なる静止から一気に最高速度まで上げることで体感速度には大きなギャップが生じる。
更には動かない時間を呆れさせるくらいに長くとることで集中力を低下させ、急に動いたエリポンに咄嗟に対応できなくさせる狙いもあった。
こうした工夫を積み重ねた結果、エリポンが神速の如きスピードを得たと誤認させたのだ。

(この子はスポーツを戦闘に取り入れていると聴いてる。
 必殺技のモチーフはさしずめ徒競走ってとこかな?
 確かにはじめはビックリしたけど、それじゃあ私は殺せないよ。)

モモコは糸を手繰り寄せ、その糸の先にある罠を起動させた。
それは見えないくらいに細い糸で構築された網。
エリポンとモモコの間に人間1人を包み込むほどの網を展開していく。

(このまま捕縛してあげる。速く走れば走るほど網にかかるまでの時間が短くなるだけだよ。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



モモコの繰り出した糸はキメ細かくあるが、さすがに透明とまではいかない。
そのため、一旦落ち着いて、冷静な目で見れば目視は出来るはずなのだ。
しかし今のエリポンは相当の勢いをつけて走っている。
そんな状況では決して目視など出来やしない。モモコはそう確信していた。
ところが、魔法使いにはそのような常識など通用しなかった。

「分かる!」

エリポンが言葉を発したその瞬間、モモコの仕掛けた網はバッサリと切り捨てられた。
モーニング帝国で最も速い剣、打刀「一瞬」が火を吹いたのである。
彼女の鍛え抜かれた筋肉からなる振りの速さであれば、確かに、自身が罠にかかるより先に斬る事が可能だ。
しかし、そのためには対象となる網が見えていないといけないはず。
この状況でエリポンはどのようにして見ることが出来たというのか?
その答えが分からないモモコはほんの少しだけ心を乱してしまった。
そして、その僅か数秒が命取りとなる。
今もなお走行中のエリポンはすぐそこまで来ているのだ。

(しまった!接近されすぎた!
 もう1回糸を出すか?……いや、同じように対処されるに違いない。
 じゃあ磁石を投げつけて刀を重くする?……それもダメ。多少重くしたくらいじゃ止まらなさそう。
 だったらこれしかないか……)

エリポンの斬撃が今まさに襲い掛かるその時、
モモコは自身の小指を打刀「一瞬」の刀身へと当てにかかった。
刀 vs 指という戦い。十中八九どころか、万に一つも指が勝つことはありえないだろうが、
あろうことか刀を握っていたエリポンの方が転倒してしまう。

「!?」
「はぁ……この場をしのいだのは良いけど、手の内を晒しちゃう形になっちゃったか……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



(最後の暗器を使った!)

エリポンの刃がモモコの小指に負けたというのに、ハルナンは歓喜していた。
モモコの暗器を全て把握出来たことにより、チームでの勝率が上昇したと喜んでいるのだ。

「マーチャン!今の見た!?」
「うん……よく分からないけど、あの小指は危ない。」
「そうよ!小指なのよ!それさえ気をつければ勝ち筋は見えてくるの。」

ハルナンや新人剣士らは、この武道館に到着する前にベリーズに関する情報を共有していた。
その中でも特に有益だったのがアカネチンによる「モモコの暗器情報」だ。
アカネチン・クールトーンはかつてモモコとクマイチャンの決闘をその眼で見ており、
当時どのような暗器を使用していたのかハルナンに伝えていた。
7つ道具のうち4点をカントリーの後輩に託したと言うならば、残りは3点。
そしてその内訳が「磁石」「糸」、そして「小指に取り付けられた透明色の武具」であることが確定した。
それぞれは強力でも、ここまで分かれば戦いようは有る。

「マーチャン!アーリーちゃん!ここからは超接近戦にシフトよ!
 小指にだけ気をつければ一方的に攻め込むことが出来るっ!!」

磁石と糸は中遠距離用。近づけばモモコが出すのは小指のみ。ハルナンはそう踏んだのだ。
だが、それをアイリは良しとしなかった。

「待って……モモコがその程度で攻略出来るとは思えない……
 まだ何か隠しているかもしれないよ?……」
「8つ目の暗器が有ると言いたいんですか?」
「……それは無いと思う。あの子は限られた暗器だけで勝利することを誇りに思っているから。」
「だったら何の問題も無いじゃ無いですか。さぁマーチャン、アーリーちゃん行きましょう!エリポンさんのカタキを討つのよ!」
「……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンの指示と同時にマーチャンは走り出した。
待機命令にフラストレーションが溜まっていたので、やっとこの時が来たと喜んでいるようだ。
しかしモモコとは距離が少しばかり離れている。

「あのねぇ、そう易々と近づかせるワケないでしょ?」

モモコはエリポンを止めようとした時のように、糸を引っ張ることにより、とある仕掛けを作動させた。
それは目には見えないほど細い糸で組まれた網だ。
マーチャンの進行方向にセットすることで足止めを試みるが、
これはモモコには珍しく悪手だった。

「それ、もう覚えたよ。」

見えない網を知覚することは出来ないが、
同じようなシチュエーションならば先ほど見て覚えている。
学習能力の非常に高いマーチャンなので、すぐに対策をとることが可能だ。

「えいっ!!」

マーチャンは既に木刀に火をつけており、その木刀を前方に強く振ることで火の粉を飛ばしていく。
その火は自身の行動を阻害する網に燃え移り、一瞬にして燃えカスへと変えてしまう。

「ありゃ……糸だと相性最悪か……だったらこれならどう?」

ほんの少しだけ焦った顔を見せたモモコは、すぐに次の行動を取り始めた。
その行為は単純。超強力電磁石をマーチャンに投げるだけだった。
磁石の投球もカノンに散々やってみせたので、覚え済みのマーチャンは楽々回避してみせることだろう。
だが、マーチャンに出来るのはそこまでだ。
間髪入れずにひたすら投げ続けられれば、回避ばかりして前へと進むことが出来ない。
磁石を弾き飛ばそうにも、燃えかけの木刀を当てれば木刀の方が砕けてしまう。
となればマーチャンがモモコの元へ近づくのは不可能になるのだ。
確かに、マーチャン1人だけならそのような展開になっただろう。

「私が守ります!」

バシン!という音とともに磁石は地へと落ちていった。
そう。アーリー・ザマシランのトンファー捌きによってはたき落とされたのだ。
彼女が戦闘のモチベーションを取り戻し、持ち前のパワーが発揮されればこの程度は容易いのである。

「わ~!アーリーちゃんすごーい!」
「いえいえ!さっきの炎も凄かったですよ~!」
「じゃあ、2人で突撃しよっか!」
「はい!!」

糸はマーチャンに燃やされてしまう。
磁石はアーリーに落とされてしまう。
ここでモモコは大袈裟に頭を抱えて、分かりやすく困り始めた。

「ど、ど、どうしよう~!?このままだと本当に接近されちゃうよ~!」

明らかに人をおちょくっているような動作にもかかわらず、マーチャンとアーリー、そして指揮官のハルナンがおかしく思うことは無かった。
作戦が順調に行っていることに酔ってしまっているのかもしれない。

「予想通り!後は小指にだけ気をつけて!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



マーチャンとアーリーを邪魔するものはもう存在しない。
ゆえに、そこから2人がモモコの元へと近づくのはあっという間だった。
敵の息遣いも感じられるほどの距離。ここはもう木刀とトンファーの間合いだ。
ここまでこれたのはハルナンの作戦が上手くハマったのもあるが、
それ以上にエリポンの行動がアーリーを勇気付けたことが大きいだろう。

(私、食卓の騎士と戦える!!)

テンションが上がり切ったアーリーは、「この先ビシバシ行くぜ」と心で思っていた。
涙は当分封印、言い訳当分封印、後悔は絶対封印、
さ乱れて。

「せやぁーーーー!!」

左右に持ったトンファーでの乱打。
彼女のパワーからなる重い一撃が、上方向から五月雨のように降ってくるので、
低い位置にいるモモコは、単純な攻撃方法ながらも非常に捌きにくいと感じていた。
食卓の騎士は全ての能力値において現役世代を上回っている訳ではないのは、
以前、エリポンがアイリより力強いスイングをしてみせたことからも分かるだろう。
モモコが意外と筋肉質とは言え、単純な力比べならアーリーには敵わない。

(磁石で受け止めることも出来なくはないけど、逆にこっちの腕がイカれちゃいそうだわ……
 となると今は全部避け切るしかないのよね。
 ただ、厄介なのは……)

自分を慕ってくれるフク・アパトゥーマがよくやるようにバックステップでアーリーの五月雨から逃れたモモコは、
その場ですぐにしゃがむことで、右側から迫り来る木刀を避けてみせた。
ステップ先にマーチャンが仕掛けてくることを読んでいたのだ。

「あ!かわされちゃった!……でもそれも覚えたよ。」
(めんどくさっ!!)

このまま回避し続けるのにも限界がある。
出来ればアーリーだけでも潰しておきたい。そうすれば相当楽になるだろう。
そこでモモコは小指を使うことを決意した。
モモコの小指には、アンジュのムロタンが盾に使用しているものと同じ材質の武具が取り付けられており、
透明色であるため、注視しないと存在することすら知覚できない程だった。
アーリーが気持ち良く攻撃を仕掛けてきたところで小指を突き出し、
トンファーに当ててやれば攻撃の軌道をそらすことが出来る。
そうすればアーリーはバランスを崩し、転んでしまうことだろう。
エリポンのようにダッシュで向かってきている訳ではないので大転倒とはいかないだろうが、
復帰前に磁石を二、三ぶつければ苦痛により動きを止められる。

(ネタが割れている今、小指は多用できない……ここで確実に決めよう。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「待てーっ!!」

モモコの思惑通りにアーリーは追撃を仕掛けてきた。
トンファーによる振り下ろしの軌道をモモコは完全に捉えている。
そのため、後は小指をちょんと当ててやれば作戦成功だ。
それだけでトンファーは意図せぬ方向に逸らされ、アーリーは立ってられなくなることだろう。
しかし、モモコの策は失敗に終わった。
狙いに気づいた戦士がこの場に存在したのだ。

「させないっ!!」
「!」

モモコの左肩に強烈な蹴りが入った。
その蹴り技の主は、さっきまで倒れていたはずのエリポン・ノーリーダーだ。
激しい転倒によるダメージを負っていたものの、ギリギリのところで堪えて、アーリーのピンチを救ったのである。
モモコはポーカーフェイスを通すことで、エリポンの登場にも左肩への激痛にも動揺を見せなかったが、
突然のキックをお見舞いされたため、流石に体勢を維持出来ず転んでしまった。

「アーリーちゃん気を付けて!今、小指を使われるところやった!」
「エリポンさん!……はいっ!!」

怪我人とは言え、エリポンが復活したことは連合軍にとって大きなプラスだ。
これでエリポン、マーチャン、アーリーの3人がかりでモモコを追い詰めることが出来る。

「イヒヒヒヒっ!叩き放題だよっ!!」
「くっ……」

地面を滅多叩きにするマーチャンの攻撃を転がりながら回避するモモコだったが、
その動きからは段々と余裕が感じられなくなってきた。
それもそうだ。避けたところでエリポンとアーリーの追撃が迫ってくるのだから息をつく暇も無いのである。
そして、もう1名の追加によりモモコはますます避けられなくなる。

「みんな!私も協力するよ!!」
「「ハルナン!」」

指示を出すだけで持ち場を動こうとしなかったハルナンがここにきて参戦してきた。
身を危険に晒すことになるが、それよりも攻め手が4人になることがより有利になると判断したのだ。
彼女の扱うフランベルジュは波打つ刃を持ち、少しかすっただけで血を流させる。
エリポンの打刀、マーチャンの木刀、アーリーのトンファーらとのコラボにより、モモコが苦戦することは必至だろうとハルナンは考えていた。
しかし、当のモモコはそうは思っていなかったようだ。

(うん、今だ……今こそ好機。)

四方を囲まれたモモコは、自分からマーチャンの元へと飛びかかった。
そして、ROCKにエロティックに抱き寄せられるかの如く、身体をくるりと回転させることでマーチャンの打撃を回避し、
相手の懐へと潜り込んで見せたのである。

「え?え?なに?」
「良かったー。この動きは学習してなかったのね。
 じゃあ、これも知らないよね?」
「!?」

モモコがピッタリくっついてきたかと思えば、次の瞬間、マーチャンは苦悶の表情で膝をついてしまった。
いつの間にやら腹から多量の血が流れ出ている。
誰がやったのか?モモコに決まっている。
どのような攻撃手段をとったのか?モモコのことだから暗器を使ったのだろう。
しかし、磁石と糸と小指だけでどうやってマーチャンにダメージを与えたというのか?

「は?……え?……」

ハルナンは現況の理解に苦しんでいた。
今までの材料だけでは真相に辿り着く事は難しい。
そうして狼狽えているハルナンを見て、エリポンとアーリーにまで動揺が伝播していく。
この場で冷静なのは、モモコただ1人。

「ハルナンって言ったっけ。あなた、大きな読み違いをしてるよ。」
「!?」
「その読み違いのせいで、あなた達はマーチャンという戦力を失うことになったの。」

そう言うとモモコはマーチャンのお腹を目掛けて、力強く磁石をぶん投げた。
至近距離から負傷箇所に石を投げられた経験のなかったマーチャンは、避けられずに直撃を受けて、悶絶してしまう。

「おかげで1番厄介な子を倒せたんだけどねっ!ハルナンありがとぉ~!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



この展開はまずいと考えたアイリは、足元の石を打ってモモコへと飛ばしていった。
しかし衰弱しきったアイリの攻撃が通用するはずもなく、軽々とキャッチされてしまう。

「邪魔しないでよ~ここからが良いところなんだからさぁ。」

モモコはハルナンの方を向き、言葉を続けていった。
今から答え合わせが始まるのだ

「ねぇハルナン、あなたは私が嘘をついていたと思ってるでしょ?」
「……」
「でも残念。嘘なんて一言もついていないんだ。
 "7つの暗器を持っている"、これは本当。
 "カントリーの4人に1種類ずつ暗器を渡した"、これも本当。
 全部がぜーんぶ真実なの。」

そうなると矛盾が生じてくる。
7から4を引いたら、モモコの手持ちは3個になるはず。
だが、モモコは確かに「超強力電磁石」「操り糸」「アクリル小指サック」の3点に加えて、
マーチャンにトドメをさしたもう1点の暗器を使用していた。

「数が合わないって思ったでしょ?ううん、ところがどっこい合っているの。
 ハルナンにも分かるように、カントリーの子たちに渡した暗器の内訳を教えてあげるね。
 リサちゃんにはビンタ強化金属を、
 チサキちゃんには風壁発生器を、
 マイちゃんには美脚シークレットブーツを、
 そしてマナカちゃんには……超強力電磁石を貸してあげたのよ。」
「!!」

それを聞いてハルナンはハッとした。
"超強力電磁石"が、モモコの手持ちと、後輩へのプレゼントとで重複していたのだ。
石は単一の道具ではなく複数個存在している。

「計算の得意なハルナンはすぐに私の手持ちが3個だと思ったんでしょうね。
 さんすうのお時間ならそれは大正解。拍手!パチパチ~!
 でもね、私たちの生きる世界じゃそれは不正解なんだ。
 勝手な決めつけが誤算を生み、その誤算が油断に繋がって、味方のマーチャンを危険に晒したワケ。
 指揮官として失格としか言いようが無いわね。」
「!……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルナンは気が遠くなるような感覚に陥った。
己の判断が誤った結果、自軍が不利になったことにショックを受けているのだ。
しかしいくらハルナンが名の知れた指揮官とは言え、作戦ミスはこれまで何度もあったはず。
だと言うのに、何故ここにきて言葉を失うほどに自信喪失してしまったのか。
それは、全責任をハルナンになすりつけるべく、モモコが意図的にコントロールしたところにあった。

「分かりやすい例としてマーチャンをあげたけど、他の子への指示もひどいものだったよね?
 エリポンにはとっておきの必殺技を出させといて通用しなかったし、
 アーリーもその場に立ちすくんじゃってるよ。何すれば良いのか分かってないんじゃない?」

全部が全部ハルナンのせいという訳ではないが、
モモコはその100%をハルナンの重荷にしてやろうと仕掛けたのである。
例えそれが事実と食い違っていたとしても、
「モモコが指摘して」「ハルナンが黙り込む」という構図さえ作ってしまえば、周りはそう受け取ってしまう。
こうなればハルナンの指揮官としての信頼度は地に堕ち、この後の戦略の幅は大きく制限されるはず。
モモコはそう考えていたし、本来であればそうなったことだろう。
しかし、エリポンはそれを許さなかった。

「ちょっとちょっと~誰の必殺技が通用しないですって~?」
「……なに?」

こんな状況で発言しだすエリポンに、モモコだけでなくハルナンもアーリーもアイリも注目せざるを得なかった。
空気を読まないにも程がある。

「通用しないもなにも、ご自慢の必殺技は失敗に終わったじゃない。豪快に転んでたでしょ。」
「あーそっかー、アレを失敗と思われちゃったのかー」
「何が言いたいの。」
「だって、さっきのは一打目やけん。」

少し離れたところにいたアイリは衝撃を受けた。
"一打目"という言葉を聞いて、エリポンの必殺技が、自身の必殺技「トゥー・カップ・ベクトル」と似た構造だと気づいたのだ。

(え?え?あの子の必殺技ってなんて名前だったっけ?……)

エリポンの必殺技の名前は「”遅々不意不意(ちちぷいぷい)”」。
その名前から速度に緩急をつけて相手の意表をつく技だと思い込まされていたが、
それだけではないのかもしれないと、アイリは考えを改め始める。

(必殺技を出す前に、エリポンは自身の技を「接近技」だとと言っていた。
 それと、「相手目掛けて突っ込む」とも言っていた……
 接近……"アプローチ"ってこと?……)

アイリやエリポンが好むゴルフにはいくつかの打ち方があり、
その中にアプローチと呼ばれるショットがある。
アプローチとはボールをカップに寄せる打ち方であり、まさに接近のための技と言っても良いだろう。
カップのすぐそばにまで接近(アプローチ)するだけでも十分凄いのだが、
エリポンはその程度では必殺技とは認めなかった。

(エリポンの必殺技名は"ちちぷいぷい"、
 ちちぷいぷい……ちちぷいぷい、ちっぷい、チップイン……ええぇ~?そういうこと~?)

アイリが必殺技の全貌を理解しかけたところで、
エリポンがモモコ目掛けて打刀をビシッと突き付けた。

「エリの必殺技は絶対決まる。ハルナンの作戦は失敗じゃないってことを証明してあげるっちゃん。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



必殺技は非常に強力な攻撃手段ではあるが、当然、一朝一夕で身につくようなものではない。
エリポンの同期の中ではフク・アパトゥーマとサヤシ・カレサスの2名が幼少のころから戦闘訓練を積んできていたが、
その二人でさえ必殺技を習得できたのはつい最近の話だ。
それでは、フクやサヤシより戦士として戦ってきた日が浅いエリポンは必殺技を使えないのか?
いや、決してそんなことはない。
過去に熱中したもの、夢中になったものが有れば、それが今現在のエリポンを作り上げる基礎となっているはず。
自分を自分たらしめるアイデンティティが何物なのか気づくことが出来れば、必殺技へと昇華することが出来るのだ。

(エリにとってはそれが"ゴルフ"!!ゴルフに必死になった経験ならフクにもサヤシにもカノンちゃんにも負けない!)

エリポンはゴルフに誇りを感じているが、"ゴルフが上手い"とはいったいどういう状態を指すのだろうか。
例えば超パワーの力自慢がゴルフを始めたら試合で活躍できるだろうか?
あるいは類稀なる集中力の持ち主がクラブを握ったら優れたプレーを連発できるだろうか?
どちらのケースも、1ホールか2ホールくらいならプロを上回ることも有り得るかもしれない。
しかし18ホール回ってトータルで勝利することはまず無いと言って良いだろう。
プロは試合の流れを上手く組み立てられるという理由もあるが、
それ以上に環境のコンディションを読むことが出来るのが大きい。
芝の状態、天候、気温……これらの要素が全て一致することなんてことは殆どあり得ない。
どれか1つでも条件が異なっていれば、例え同じ打ち方をしたとしてもボールは狙い通りに飛んでくれないのである。
コンディションを正確に把握し、その状況に適したショットを打つことが非常に重要。
そして、そのコンディションの中でも最も重視すべき要素が”風”と言えるだろう。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「今ならエリの必殺技は決まる!」

エリポンは両手で握った打刀を振り下ろし、足元の石をゴルフボールみたいに飛ばそうとした。
しかしその行動はモモコに読まれている。
石の1つも当てられたくなかったモモコは、糸を引っ張ることで前方に網を素早く設置した。
細かな糸で織られた網は無色に近く、常人にはまず視認することは出来ない。
この一瞬で網によるガードに気づくことなど到底不可能だろう。
だが、それはエリポンが目だけに頼っていた場合の話だ。
エリポンには長年培ってきた”風を読む”力が備わっている。
いや、ここは”空気を読む”と言い換えるのがより正しいかもしれない。
網が起こした空気の微細な動きを感知し、モモコの防御行動を理解したのである。

(エリは空気が読める!!これくらいヘッチャラやけん!!)

エリポンは腕の筋肉に力を入れて、通常の5割増しのパワーで石を打ち込んだ。
石はエリポンの期待に応えるかのように薄い網をぶち破り、
そのままの勢いでモモコの額へと衝突していく。

「!?」

はじめから大きな力で打とうとすれば、それに連動して殺気も強まるため、怪しんだモモコに回避されていたかもしれない。
エリポンは空気を的確に読み取り、網を破るギリギリの力だけをショットに込めたことで、
モモコの裏をかいて流血させることに成功したのである。
見事なアプローチだったと言えるだろう。

「ハルナン見てた~?ハルナンの指示通り、必殺技でモモコをギャフンと言わせたけんね。」
「はい!見てました!エリポンさん流石です!!」

この時のハルナンの口から出た賛辞は、嘘偽りの無い本心だった。
作戦ミスをモモコに詰められて落ち込んでいたところにエリポンが必殺技を決めてくれたので、
ハルナンは救世主に救われたかのような思いになったのだ。
それを見て面白く思わないのはモモコだ。

「ちょっとちょっとちょっと!何を勝った気でいるの!?
 石を額にぶつけられただけなんだけど!?まだまだ全然ピンピンしてるんだけど!?」
「え?結構ヤバそうに見えるっちゃん」
「どこが!?」
「ほら、そんなに頭に血が昇ると余計に大怪我に見えるけんね。」
「!!」

頭部の皮膚は血流が良いため、ほんの少し傷ついただけで血が止めどなく流れていく。
血液はやがてモモコの右目に入り込み、視界の半分が奪われることになる。
冷静さが売りのモモコもこうなれば少なからず動揺してしまう。
ましてや、完全なる格下と思っていたエリポンにここまでコケにされたのだから、落ち着こうにも落ち着くことができない。
それを見てアイリは感心する。

(本人も気づいてないと思うけど、あの必殺技の本質は”空気を読む”ことじゃない、”空気を変える”ところにあるんだ!
 彼女の行動が味方を勇気付け、相手を取り乱させる……まるで魔法みたいに……!)

1vs1の勝負ならエリポンは脅威にはなり得ない。
だが、複数人のチーム戦であれば状況は大きく変わってくる。モモコが苦しんでいるのがその証拠だ。
この結果を見てアイリはクスッと笑い出した。
チーム河童の人選が正しかったことを確信したのだ。

(モモコを倒すには正攻法じゃダメ。
 あっと驚くような、環境をぶっ壊すような破天荒さを持ち合わせないとモモコには勝利できない。
 エリポンとマーチャン、そしてアーリーの3人は期待通りの仕事ぶりを見せてくれたんだね。
 ただ一人だけ期待ハズレに終わってしまったけど、勝機はまだ有る!)

アイリの想定はおおよそ的中していた。
しかし、一点だけが事実と異なっている。
一人だけ期待ハズレと言っているが、エリポンはそうとは全く思っていなかったのだ。

「ハルナン。」
「!」

エリポンは小声でハルナンの名を呼ぶと、モモコの死角から小石を刀で打ち飛ばした。
そして、その先にある身動きの取れない鎧にコツンと当てていったのである。

「追い討ちをかけるなら今だよ……ハルナンなら活かせるよね?」
「はい。もちろん。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



エリポンがモモコを出し抜いた今、その勢いを利用して攻めていくのがセオリーのはずなのだが、
ハルナンが次に出した指示はその逆を行っていた。

「エリポンさん!アーリーちゃん!ここは一旦退きましょう!さぁさぁ早くこちらへ!」

言うが早いかハルナンはすぐに走り去ってしまった。
突然の退却命令にアーリーは混乱したが、エリポンが迷わずそれに従ったため自分もついていくことにした。

「よし、ここまで来れば大丈夫。もう安全ですよ。」

大きな鎧が転がる地点まで辿り着いたところで、ハルナンはホッと一息をついた。
この時点で彼女らはモモコから十数メートル離れており、
マーチャンがやられたようなヒップアタックを喰らう恐れが無いという意味では確かに安全かもしれない。

「はぁ……見くびられたものね。安全圏なんてどこにも無いのにさっ!!」

モモコは電磁石をフルパワーで投げつけた。
1発や2発だとアーリーにトンファーで撃ち落とされる可能性もあるため、複数個の磁石を連続で放っている。
モモコの暗器は組み合わせにより近距離・中距離・遠距離のどのレンジにも対応するため、
この程度離れたくらいじゃ逃走したことにはならないのである。
許容量を超える弾数にアーリーは焦ったが、ハルナンとエリポンは不思議と平気な顔をしていた。
ここでモモコも真意に気付き始める。

「あっ……そういうことか。」

ハルナンらを狙う磁石の軌道は勝手に逸れて、転がる鎧へとぶつかっていった。
思い返してみれば、モモコはこの鎧に向かって何十個もの磁石を投げつけることで鎧の動きを止めていた。
となればこの場で最も強い磁力を発するのは、多数の磁石がくっついた鎧ということになる。
そのため、いくらハルナンやエリポン、アーリーを直接狙おうしても決して当たらないのである。

「向こうの攻撃は当たりませんがこちらはやりたい放題出来ますよ!さぁエリポンさん!」
「よっしゃ!」

エリポンは磁石では無い普通の石を打ち付けて、モモコへと飛ばしていった。
ノーガードでスイングに専念できるため、石のスピードは通常の何倍にも及び、
かすったモモコの耳から血を流させることに成功した。

「くっ……」
「エリポンさんナイスショットですよ~!この調子でどんどん行きましょう!」
「させるわけないでしょっ!!」

エリポンによって放たれた石の雨あられにも恐れることなく、モモコは前進していった。
そして大胆にもその場で高く跳躍する。

「磁石が鎧に引きつけられる?……いいじゃない。だったら逆に利用するまでよ!!」

空中のモモコは磁石を投げる腕に力を込めて、斜め下方向に思いっきりぶん投げた。
ターゲットはハルナン達ではなく鎧だ。
渾身のジャンプシュートの勢いはただ投げるだけよりも大きく増加し、
地球の重力と磁石自体の引力も加わることで、とてつもない破壊力を生み出すこととなった。

「モモち流の散弾よ。とくと味わいなさい。」

磁石が鎧に衝突すると同時に大きな破裂音が発生し、衝撃のあまり、鎧にへばりついてたはずの磁石が周囲に飛び散っていく。
散弾は無差別に周りを襲うが、距離が近い分、モモコよりもエリポン、ハルナン、アーリーの方が多く受けてしまった。
腕に、肩に、腹に、胸に、頭に多量の磁石をぶつけられたので、3人が3人とも苦悶の表情を浮かべることになる。
決定打にはなり得なかったが、ここでのダメージは軽くないはず。もう決着も近いだろう。
しかしそんな状況にもかかわらず、ハルナンとエリポンは自分たちよりも別の心配をしていた。

「ハァ……ハァ……エリポンさん、鎧にはまだ磁石がくっついてますね……全部吹っ飛ぶと思ったんですが、アテが外れました……」
「ううん。ハルナンは知らんと思うけど、こっちの方が都合が良いっちゃ。後はエリがなんとかする!」

そう言うとエリポンは立ち上がり、驚くことに、鎧に強烈な蹴りを入れ始めていった。
それも一発では終わらず二度三度……
硬い鎧にそんなことをするのだからエリポンの脚は折れてグニャグニャになってしまう。
そんな光景を前にして、アーリーだけでなくモモコまでもパニック状態になる。

「ちょ、ちょっと何してるの!?おかしくなっちゃったの!?」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



鎧の装甲の強度は限界に近かった。
いくら硬く作られてるとは言え、昨日チナミ、本日モモコ、のように連日ベリーズに叩かれ続けたのだから
ダメージが蓄積しないはずが無かったのだ。
そんなところに、肉体派エリポンの渾身の蹴りを何発もぶつけられたらどうなるだろうか。
初めはちょっとしたヒビ・亀裂だったとしても、そこから歪みが生じ、最終的には鉄であっても裂けてしまう。

「何を……何を企んでるの!?」

エリポンの行動を異常に思ったモモコは、これ以上好きにさせてはまずいと考えた。
鎧の破壊活動に夢中になっている今がチャンス。
相手の懐に入り込み、凶悪な尻をぶつけるのだった。

「モモアタック!!これでもうおかしなマネは出来ないでしょ!」
「……!」

モモコは暗器の機能でお尻の部分を尖らせて、マーチャンを仕留めたようにエリポンに刺していった。
鋭利な先端はしっかりと肉に食い込み、腹部から多量の血液を流させる。
強烈なヒップアタックをノーガードで受けたエリポンはもはや立てなくなってしまったが、
その顔には全くと言って良いほど悲壮感が漂っていなかった。むしろ充実している。

「後は任せたよ……」
「なんですって?……まさか……まさか!!」

モモコはすぐに鎧を目視し、やや大きめの穴が空いている事実を確認した。
そのサイズは小柄な人間ならばギリギリ通れる程度の大きさだ。
これ以上穴が広がってしまっては都合が悪いと判断したモモコは、鎧にくっついている電磁石を無理やり動かしては、穴そのものを塞いでいく。

「はは……もう遅いけんね。」
「遅い?……どういうこと?」
「有難い言葉を教えてあげるっちゃ。"女子三日会わざれば刮目して見よ"ってね……」

エリポンがそう言い残して目を閉じると同時に、モモコの背中に激痛が走る。
瞬時に反応して後ろを振り向くモモコだったが、そこには”何者”も存在していなかった。
そうしてモモコが一瞬静止する隙をついて、ソイツはモモコのスネに強烈なローキックをぶつけていく。

「くっ……誰!!誰なの!!」

言葉ではそう言いつつも、モモコはその正体に気づいていた。
だが、どうしても辻褄が合わないのだ。
まだ戦えたというのは理解できる。動けなくしただけで大怪我を負わしたわけではないからだ。
しかしいったいどうやって表に出てきたと言うのか!?
そして、今現在こうして超スピードでモモコを翻弄しているのはどういうことなのか!?
それが理解できないためモモコは彼女を彼女だと認められずにいた。

「もう誰だっていい!今この場で仕留めてやれば同じこと!!」

モモコは両手両足に括り付けられた全ての糸を引っ張り、先に結ばれた磁石を全て引き寄せようとした。
こうすれば攻撃範囲はモモコの周囲全域に及ぶため、相手のスピードが早くても確実に倒せると思ったのだ。
ところが、期待した通りの石はやって来ない。
それもそのはず。 
モモコの頼りにしていた糸までも、このほんのちょっとの時間で全て切断されていたのだから。

「えっ……」

予想外のことが立て続けに起こったのでモモコはまたしても硬直しかけた。
だが、ここで狼狽えたら完全に相手の思うツボだ。
お次も背後から襲いかかってくると判断したモモコは先回りして後ろを向き、攻撃を受け止めようとした。
……はずだったのだが、その姿があまりに予想を超えていたので、驚愕のあまり結局フリーズしてしまった。

「カノンちゃん……なの……よね?」

その正体は、やはりカノン・トイ・レマーネだった。
だが、しかし、今の彼女の姿は本当にカノンと呼んでよいのだろうか。
全身がスラッとしていて、腕も脚もあのハルナンよりも細い。
まるで別人。以前、橋の上で戦った時はこんなにスリムでは無かったはずだ。
そうして目を丸くしているモモコの顔面に向かって、カノンは思いっきりキックを喰らわせる。
全体的に線が細くなりはしたが、これまで体重を支えてきた筋力は据え置きだ。故に攻撃力は微塵も落ちていない。

「うぐっ……」

カノン・トイ・レマーネの豹変に驚いたのはモモコだけではなかった。
アイリやアーリー、そして同じ帝国剣士のハルナンまでもが今にも目玉が飛び出てしまいそうな顔をしている。
何故カノンがああなったのかは定かでは無いが、状況が好転するなら使わぬ手はない。

「カノンさん凄いです!その調子でもっともっと追い詰めちゃってください!」
「いやぁ~、それがそういうわけにも行かないんだよね。」
「えっ?」
「この必殺技、あと58秒で終わっちゃうんだって!」
「えー!?」

カノン・トイ・レマーネの必殺技は命を燃やす。
儚く散ってしまうことから、彼女はその技を「泡沫」と名付けていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



自身の身体能力を一時的に上昇させるという効果は、カリンの必殺技「早送りスタート」に非常に似ている。
異なる点は、カノンの必殺技「泡沫」は事前準備および使用後の副作用が重すぎることだ。
カノンが己の必殺技の片鱗を見たのは、数年前、フクが王座を勝ち取ってから数日後のことだった。

(もうあの時みたいに悔しい思いはしたくない……王を守れるくらい強くならなくちゃ!)

ハルナンら天気組との決戦では、フク・アパトゥーマ以外のQ期組は途中で倒れてしまっていた。
自分たちの不甲斐なさを痛感したエリポン、サヤシ、そしてカノンはそれまで以上に訓練に熱中することとなったのだ。

「ハァ……ハァ……」
「カノンちゃん大丈夫?朝から何も食べてへんやん!」
「エリポンの言う通りじゃ。いつもみたいにお腹いっぱい食べた方が……」
「これくらい平気だよ……それよりもっとトレーニングしなきゃ!!」

身体を心配するエリポンとサヤシの声を聞かずに、カノンは必死で訓練に励んでいった。
調子は最悪だったが、夜になる頃には身体が軽く感じて、事実いつもよりもスピードが出ていた。
不思議と頭も冴えてきたため、ある種の高揚感を抱きながら剣の打ち込みを続けていると、
やがて本当に燃料切れになってしまい、ぶっ倒れてしまった。
その際にエリポンとサヤシに迷惑をかけてしまったので、翌日からはしっかりと栄養を摂るようにしたのだが、
あの時感じた高揚感がどうしても忘れられずにいた。
そして数ヶ月おきに同期にこんな相談をするようになったのだ。

「明日は24時間の絶食を試してみる……倒れちゃったら、ごめんね。」

はじめはエリポンもサヤシも猛反対したが、やがてカノンに協力するようになった。
カノン・トイ・レマーネの目の奥で燃える炎が、決して自暴自棄から来るものではないと気づいたからだ。
止められないのであればカノンが無事に絶食を終えられるように全力でサポートする。それが最善策だと考えたのである。
そしてそのような断食訓練を何回か経験したところで、エリポンとサヤシはカノンの異変に気付き始める。

「ねぇ……カノンちゃん……めっちゃ痩せてない?」
「え?」
「2日前はいつものカノンちゃんだったのにどうなってるんじゃ???」

絶食48時間を超えた時点で、カノンの肉体は大量の脂肪をエネルギーへと変換し、
ハルナン以上のスリムボディーへと変えさせたのだ。
言わば何十キロもの重りを脱ぎ捨てたようなもの。
その姿のカノンのスピードはサヤシをも超えるようになっていった。
もちろん飲まず食わずの状態で激しい動きを続けられる訳が無いのですぐに倒れてしまうが、己のこの状態は切り札になり得るとカノンは確信していた。

(だから私は、アリアケの決戦の後から絶食を開始したんだ。2日後のプリンスホテルの決戦のために。)

ベリーズとの戦いの日程をおさらいすると以下のようになる。

28日 アリアケの橋の上での戦い
1日 アリアケでの休養日
2日 プリンスホテル改めシバ公園での戦い
3日 武道館での戦い

カノンは28日の時点で2日の戦いを意識し、飲み食いを控えることにした。
そして、自身の身体の変化が周囲にバレないように、全身を覆うフルアーマーを装着しようと考えたその時だった。
結果、2日の時点ではチナミのバズーカですぐに倒されれてしまったため「泡沫」を披露する機会は無かったが、
それが功をそうして、3日の武道館の戦いでは自身も踏み入れたことのない境地である断食3日目に到達することが出来たのだ。
感覚からして自身の身体はもう1分も持ちそうにない。
だが、今の自分ならば食卓の騎士と同等の強さを発揮することが出来る。
そして何より、頭が澄み渡るように冴えているのだ。
どうすればモモコに有効打を与えることが可能か、手に取るように分かる。
時間制限付きではあるが、これこそがカノンの求め続けた「王を守る強さ」では無いだろうか。

Oh my wish! 進め
Go for it! 挑め
Oh my wish! 自分を磨け
わかるだろう 進むべき道や
キラキラと輝くために
すべきこと

そのように思いながら、カノンはモモコの腹に蹴りをぶつけていく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



モモコの身体も限界に近づいていた。
平気な顔をしているように見えるが、昨日のキュート戦での負傷も引きずっているため、
ここでカノンの攻撃を受け続けるのはとてもまずい。
こうなったら徹底抗戦するしかない。モモコはそう考えた。

「ツグナガ拳法……"派生・貫の構え"」

全ての力を小指に集中させて、カノンが蹴りを繰り出したタイミングで相手の太ももへとぶっ刺した。
アクリルで包まれたモモコの小指は非常に硬く鋭くなっており、
屈強な脚の筋肉さえもドリルのように貫いてしまう。

「!!!」
「ふぅ~ん。痛覚は残ってるんだ。痛いでしょ~。何秒我慢出来るかなぁ~?いーち、にーい、さーあん。」

ただでさえ辛い状況なのに指を刺されたものだから、カノンは苦しみ悶えてしまった。
だが逆に言えば接近した今がチャンス。
両手の拳をギュッと握り、モモコの胸にパンチのラッシュを叩き込んだ。

「おりゃああああ!!」
「ちょっ、やめてよ!放すから!」

モモコが小指を抜いたおかげでカノンはまたも自由に動けるようになった。
脚から血が吹き出ているが、そんなのを気にしている暇はない。
鎧のそばに落ちている出刃包丁「血抜」を拾い、モモコに斬りかかっていく。

「そんな物騒なモノ持ち出さないでよっ!!」

モモコは電磁石を3個、4個投げて出刃包丁の刃にくっつけていく。
それだけでかなりの重量になるため、本来であれば包丁を持っていられなくなるはずだった。
しかし、今の覚醒したカノンはこの程度の重さをものともしない。
むしろ重量感の増して破壊力の増した得物を振り下ろし、モモコの頭に叩きつけていく。

「あっ……」
「磁石が邪魔して刺さらなかったか……でも威力は十分でしょ!」

脳天で喰らったモモコの視界はもはやグチャグチャだった。
吐きそうなくらいに苦しいが、クリンチをするようにカノンに抱きついては、
先ほどとは逆側の太ももに小指を刺していく。

「また痛みの我慢大会してみる?……いぃーち。にぃーい。」
「くっ……やめてよ!!」

カノンはくっついてくるモモコを思いっきり蹴飛ばした。
その時の手応えは十分すぎるほどに有り、骨の何本かを折ったような感触が今でも足に残っている。
あと少し、あと少しでモモコに勝利できるんだ!
カノンは心からそう信じていた。


「アーリーちゃん、こっち来て。緊急作戦会議よ。」
「え?……どうして?……もう勝ちそうなのに……」
「いいから黙って従って!時間が無いの!!」
「意味わからないです!まだ58秒経ってませんよ!」
「もう時間が無いっていってるの!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



さぁ、あと一息だ。
そう意気込んで足を踏み込もうとしたその時、カノンは身体がズシンと重くなるのを感じた。
異変は重さだけではない。 悲鳴を上げてしまいそうな程に頭が痛むし、手足には殆ど力が入らない。視界もボヤボヤと霞んでいく。
カノンにはこの症状に心当たりがあった。

(エネルギー切れ?……)

もう何もする気が起きず、油断すれば意識まで断たれてしまいそうなこの感覚はエネルギー切れに違いない。
しかし、宣言してからは58秒の猶予があったはず。 まだ58秒に達していないのに何故動けなくなってしまったのか?
立ってられないカノンに対して、モモコがその解説をし始めた。

「2つの誤認があなたをそうさせたの。」
(誤認……)
「1つは時間感覚の誤認。 カノンちゃん、どうせ、まだ30秒くらいしか経っていないとでも思ってたんでしょ?」
「え……」
「あー返事はしなくていい。そこのハルナンに答えてもらいましょ。 ねぇハルナン、カノンちゃんが58秒って言ってから倒れるまで何秒かかった?」

指名されたハルナンはドキリとした。
ここで答える義務は無いが、同士のカノンに真相を伝えないのは心苦しいため回答してしまった。」

「……50秒。」
「!?」
「その通り~。じゃあなんでカノンちゃんが20秒も誤認しちゃったか分かるかな~?シンキングタイムスタート!いぃ~~ち!にぃ~~い!」

モモコがわざとらしく長めにカウントしたのを聞いて、カノンはハッとした。
そういえば先ほどもモモコはゆっくりと数を数えていた。
そのカウントに引きずられて、カノンは無意識のうちに実際の時間よりも遅く数えてしまっていたのである。

「気づいたようね。それが1つ目の誤認。」
「で、でも!」
「んん?アーリーちゃんどうしたのかしら。」
「それでも50秒だったらまだ58秒に達してない!カノンさんが倒れた理由にならない!」
「そ。2つ目は自己評価の誤認。アーリーちゃんの言うとおりよ。」
(自己評価!?)

カノンには全く見当がつかなかった。
自分のことは自分がよく分かっているはず。
いったいモモコは何を言っているのだろうか。

「カノンちゃん。返事はなくて良いからよく思い返してみて。
 あなたはその必殺技を実践で使ったことがある?
 また、必殺技の最中に負傷して血を流したことはある?
 お仲間のハルナンですら痩せてるカノンちゃんを知らなかったところを見ると、訓練でしか試したことが無かったんじゃない?」
「!!!」

全てがモモコの言う通りだった。
必殺技「泡沫」は敵のいないトレーニング中にしか発動させたことはない。
そのため、その状態で怪我をしたことなんて一度もなかったのだ。

「無傷で58秒動けるのならば、血をダラダラ流し続けてる今はもっと短い秒数しか動けないに決まってるじゃない。
 まぁ、それでも50秒も頑張れたのは立派だと思うけどね。」
「……」
「でも、もう動けない。 理由は2つの誤認。ね、良い教訓になったでしょう。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「うわああああああ!!」

カノンは絶叫し、モモコ目掛けて飛びかかった。
相手が絶対に動けないと確信していたモモコは反応することが出来ず、パンチを貰ってしまう。

(えっ!?……58秒っていうのはブラフだったってこと?……)

真っ先にカノンが嘘をついたことを疑ったモモコだったが、すぐにその考えを取りやめた。
相手の顔を見ればよく分かる。カノンは今、無理をして動かぬ身体を叩き起こしているのだ。
モモコの説明が長かったおかげで、限界を超えるための体力をちょっぴりだけ取り戻したのだろう。
それを理解したモモコは、ひどく哀しい顔をする。

(あのまま諦めてくれればどれだけ良かったか……
 酷だけど……カノンちゃんは手を抜いていい相手ではない。やるしかない。)

ベリーズ達は本日行ったミーティングにて、相手の命を奪う覚悟で戦うことを決意していた。
クマイチャンだって、ミヤビだって、相手が誰であろうと殺す気で刃を振るっている。
そんな中でモモコだけが甘い考えを持つわけにはいかなかった。

「ツグナガ拳法”派生”……」

モモコのツクナガ拳法には3つの派生技がある。
「派生・貫の構え」によって、ピンキー(小指)のドリルでカノンの肉体に穴をあけるのが良いだろうか。
いや、今の限界を超えたカノンはそれでは止まらないだろう。
「派生・謝の構え」によって、相手の攻撃の軌道をそらして技を台無しにしたうえで、「許してにゃん」と謝るのが良いだろうか。
いや、真摯に向かってくるカノンに対してそれは礼に欠ける。 
やはり、ここは礼を正すべきだ。
カノンが剣士として己の全てを突きつけて来ようとするのであれば、モモコだって剣士として立ち向かわなくてはならない。

「……”閃の構え”」

一閃、モモコは小指でカノンの胸を切り裂いた。
指の振りが速すぎるあまり、その”斬撃”は火花をもたらし、
まるでモモコの小指からビームが発せられたかのように見えていた。

「あ……あああ……」

脚だけでなく胸からも大量出血しているカノンには、限界を超える力は残されていなかった。
彼女の脳は急激に酸素を欲している。だが、血液を流し続けている今、酸素を送り込むことは叶わない。
これ以上の活動を許さぬカノンの身体は、意識を強制的に断つ選択をする。

「カノンさん!カノンさぁん!!」

大声を出して駆けつけようとするアーリーだったが、ハルナンにしがみつかれ、制されてしまう。

「アーリーちゃん落ち着いて!」
「だって!早く治療しないと本当に死んじゃう!」
「分かってる!分かってるから私たちは今すぐにでも勝利しないといけないの!
 もうエリポンさんもカノンさんもマーチャンも戦えない!
 アイリ様と、アーリーちゃんと、私の3人でやらないといけないの……」
「うっ……うっ……」
「私を信用できない気持ちは理解できる。でも、今は私の話を聞いて。」

2人が言い合っているところで、モモコとアイリは突然の来客に気づいた。
それは、カントリーのメンバーであるチサキ・ココロコ・レッドミミーだった。
疲労困憊で今すぐにでも倒れてしまいそうだが、モモコの命令通りにこの場にやってきたのである。

「……勝ったんだね。」
「はい……でもごめんなさい……私、もう、眠くて戦えません……」
「ううん。いいの。みんなも連れてきてくれて、本当に有難う。」

モモコはチサキが連れてきた大勢のカエルの側をチラリと見た。
そのカエルらは気を失っているリサ、マナカ、マイの3名をこの場に連れてきている。

「モモち先輩」
「……なに?」
「私も、みんなも、モモち先輩のことを信じてます。 この後何があったとしても、攻めたりなんかしません。」
「……」
「だから……勝ってください。」

全ての力を使い果たしたのか、チサキは最後の言葉と同時に倒れてしまった。
せっかくリサ、マナカ、チサキ、マイがこの場に戻ってきたというのに、これでは全く戦力にならない。
だが、モモコは決してそんな事は思っていなかった。

「ありがとう……残る相手はアイリとハルナンとアーリーちゃんの3人だよ……みんなで協力して倒そう。」

モモコは予備の糸を取り出し、思いを込めて、投げつけていった。



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