場面3 : 武道館南口 「チーム下克上 vs クマイチャン」

誉め言葉のつもりでクマイチャンが番長たちにかけた「大器晩成」。
それは番長たちにとっては禁句中の禁句だった。
以前、この世界ではTSUNKと呼ばれる書物が流行していると述べたことを覚えているだろうか。
正式名称『Theory of Super Ultra Nice Kingdom(訳:超超素敵な王国論)』には、
一見ヘンテコではあるが、なんとも言えぬパワーを持った奥深い名言が数多く記されている。
そんなTSUNKに対して最近頭角を現しているのが"TAKUI"。
正式名称『Theory of Aggressive Knightliness and Unshakable Intention(訳:攻撃的な騎士道および揺るがぬ意思の理論)』だ。
マーサー王国にはまだそれほど浸透していなかったため、クマイチャンはTAKUIを知らなかったようだが、
近年、その刺激的な論調がアンジュ王国にて高い評価を得ていたのである。
その書には自己が大器晩成型であることを否定せよと書かれており、
今すぐにチャンスを物にすることの重要さを教えてくれている。
アンジュの番長たちがクマイチャンに激怒したのは、例外なくTAKUIを読んで育ってきたからなのだ。
それは最年少のリカコ・シッツレイも同じこと。
瞳に怒りの炎を燃やしながら、クマイチャン目掛けて飛びかかっていった。

「やあああああああああ!!(`o´)」

リカコの長い手足はランナー向きであり、一歩一歩が大きいストライドが加速を生んでいた。
スピードが速ければ速いほど突進の勢いが増し、ひいては衝突時のパワーが上昇する。
この戦いにてクマイチャンが薄々感じていたように、リカコの運動神経は非常に高い水準にある。
そんな彼女が勢いよく右太ももに突っ込んだものだから、
クマイチャンはバランスを崩して後方にぶっ倒れてしまう。

「ぐぐっ……」

番長たちは今がチャンスであることを理解した。
クマイチャンの優位性は高さにある。
高所からの攻撃は勢いづいた強力なものになるし、
人体急所である頭部を狙おうにも高く跳躍しなければ届かない。
そんなクマイチャンから高さを奪うにはどうすれば良いのか?答えは、立たせないことだ。
リカコの突進で脚を痛めた今がチャンス。
クマイチャンが起き上がるより先に脚を破壊しようと、番長らの怒涛の攻撃が一斉に行われる。
タケの鉄球、リナプーの噛みつき、そしてムロタンとリカコのコンビによるWローキックが見事に決まった。
仕上げは現・戦力で最大の火力を誇るマホ・タタンによる狙撃だ。
痛めつけられたももに向けて、銃弾を4,5発お見舞いする。

「ごち。」
「うあああああああああああああ!!」

クマイチャンは自身の脚を抱えながらのたうち回った。
気合を入れなおせばまだ立てるのかもしれないが、健康体と比べたらパフォーマンスが低下は免れない。
直立するだけで右足に尋常ではない負担がかかるし、素早く移動することだって難しくなるに違いないはずだ。
流れは完全に番長に向いていることを、番長らも、そして、クマイチャンまでも認めていた。
このままのペースでいけば押し切ることが出来るだろう。
……と思っていたが、ここで事情が変わった。
パカラッ、パカラッと言った蹄鉄の音を鳴らしながら、何モノかがこちらに向かってきていたのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「……馬?」

やってきたもの、それは一頭の馬だった。
しかしただの馬と呼ぶには速すぎるし、
木々の生い茂った森の中を、一本の木にも衝突することなく突き進んでいる。
球技に精通した人間でさえも難しいようなこのフットワークを見せつけるこの馬の存在を、
アンジュの番長の一部は伝聞で知っていた。
帝国剣士たちからサユがさらわれた時の状況を共有してもらう際に、聞かされていたのだ。

「ま、まさか、あれはモモコが乗っていたという……」

カナナンがその名を言うよりも先に、馬はクマイチャンの元へと到達していた。
そして本来の主人であるクマイチャンに首を伸ばしては、己の背に乗せていく。

「サトタ!サトタだ!戻ってきてくれたんだね!!」

感動の再開のようにはしゃぐクマイチャンを見て、番長たちはワケが分からなくなる。
分かっていることは、目の前の馬は近隣諸国一の駿馬であるサトタであるということだけ。
モーニング帝国への襲来時にはモモコがこのサトタに乗ったと聞いていたが、
あたりを見回してもモモコはどこにもいないようだった。
チーム河童が敗北してモモコがクマイチャンの助太刀にやってきた……という話では無いようなので、
カナナン、リナプー、リカコの3名はほっと胸を撫でおろしたが、
ただ一人、タケ・ガキダナーだけは深刻そうな顔をしていた。

「聞いたことがある……」
「タケちゃん?どないした?」
「従姉妹の姉ちゃんが言ってたんだ……クマイチャンの本来のスタイルは騎兵だって……
 サトタに乗りながら長刀をぶん回した時の強さは計り知れない……
 なんでも、世界の危機を救った時だって、クマイチャンはサトタに乗ってたらしいんだ!」

タケの従姉妹も十分すぎる程の強者ではあるが、
サトタに乗った時のクマイチャンはまさに水を得た魚のようだったとのことだ。
メイに真っ二つに折られたとはいえ、クマイチャンの特注品の愛刀の長さはまだ残っている。
長尺の得物を持つ騎兵が馬に乗れば無双できるというのは火を見るより明らかだろう。
そして、それ以前に重要なことがある。
これまで番長らはクマイチャンの脚を削っていたが、
サトタにまたがった今、脚の負傷による弊害は一切なくなったと言っても良い。
もう己の脚を使わずとも縦横無尽に動けるわけだし、
馬の高さとクマイチャンの上半身の長さがプラスされて、これまで以上の高度を実現しているのだから。
おかげでクマイチャンはとてもご機嫌だった。

「ねぇサトタ!久々にあれをやろうよ!」

"あれ"とは、クマイチャンの必殺技のことだ。
とは言っても幾度も見せてきた「ロングライトニングポール、"派生・シューティングスター"」ではない。
この派生技は、自分一人の走行だけでは十分な加速を生むことが出来ないため、仕方なく天高くまで飛んだだけの技だ。
そう。サトタに乗った今のクマイチャンであれば、わざわざこんな派生技を使わなくても良いのである。

「行くよ!"ロングライトニングポール"!!!」

ミヤビも言っていたが、どんなに派生技があったとしても、結局は基本技に帰結する。
クマイチャン渾身の必殺技ロングライトニングポールが、新人番長マホ・タタンに襲い掛かる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



突然、信じられない事が起こった。
サトタに乗ったクマイチャンの姿がフッと消えたのだ。
リナプーのような見え難くする技術を使ったわけではないのは、番長たちもよく分かっている。
あんなに目立つ巨人が存在感を失うはずがないし、
気を抜くと押しつぶされてしまいそうな程の重圧が近いところから発せられているのを今なお強く感じている。
そして何より、パカパカというヒヅメの音がすぐそばから聞こえているのが決定的だ。

「嘘やろ……超高速でカナ達の周りを走っとるってことか?……」

馬は本来は小回りのきく走りは出来ないものだが、サトタは違う。
直線のルートを突き走るのと変わらないスピードで、番長達の周囲をグルグルと回っているのだ。
よく目を凝らせばビュンビュンと高速で動き回る物体を視認できるが、
あまりにも速く動き回っているために、正確に捕捉することはとても難しい。
サトタをスナイパーライフルで撃って動きを止めようと思ったマホ・タタンだったが、
右目でスコープを覗き込もうとしても、全くと言っていいほど敵を捉えることが出来なかった。
スコープで照準を合わせるには速すぎるし、近すぎたのである。

(うう……やっぱり片目じゃダメか……だったら)

次の行動を起こそうと考えたマホだったが、すぐに動きをピタリと止めてしまうこととなる。
クマイチャンの発する重力のような殺気がマホ・タタンに集中的に注ぎ込まれたのだ。
クマイチャンとサトタは遊びでグルグル回っているワケではない。
必殺技を使用するためのエネルギーを貯めていたのだ。
クマイチャンの必殺技「ロングライトニングポール」には速さが必要。
超高速での移動時に空気の壁が肌に触れた時のピリリとした感覚が神経を研ぎ澄ます。
その域に達することで初めて知覚出来る長い柱のようなイメージは、ターゲットであるマホ・タタンへとしっかり伸びていた。

「今だ!必殺”ロングライトニングポール”!!」

サトタは走りを変えて、マホ目掛けて真っ直ぐに駆け出した。
クマイチャンの長刀は折れてはいるが、サトタの加速が味方することで必殺技の破壊力は変わらず保たれる。
これを受けたら無事では済まないことをマホは瞬間的に理解したし、
味方である他の番長達も、技が速すぎるためフォローすることは出来なかった。
ただ一人を除いては。

「ほんと私バカだな~!盾はもう無くなっちゃったのにさ、いつもの癖でガードに入っちゃったよ。」
「ムロ!!」
「ま、覚悟決めるしかないか!」

マホの前に割って入ったのは同じ新人番長のムロタン・クロコ・コロコだ。
彼女の役割は防衛。どんな時でも守ることを最優先に考える。
何にも惑わされずに
どんな時代にも流されずに
己の役割を全うしようと努めるのだ。
同期を守るために両手をめいっぱい広げて、クマイチャンの必殺技をその身で受けていく。

「「ムローーーーーーーー!!!」」

マホとリカコの叫ぶと同時に、ムロタンは遥か後方まで吹っ飛ばされてしまった。
鉄壁の透明盾を失った今の彼女は、強大な敵の技を受け止めることは出来なかったのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「あれ?……刺さらなかったな……」

相手を長刀で突き刺すつもりが、ムロタンが吹っ飛ばされたのでクマイチャンは不思議に思った。
その理由はなんてことはない。
メイに長刀を折られた結果、ムロタンに衝突した部分が鋭利な刃ではなく、やや幅広な断面となったため、
「突き刺す」よりは「押し出す」かたちの攻撃になったという話だ。

「まぁ、どっちみちもう動けないようだし良しとするか!」

「マホに突き刺す」という当初の目的が「ムロタンを押し出す」という結果に置き換わってしまったが、
相手一人を始末するという意味ではどちらも同じこと。
それでクマイチャンは納得したようだった。
対して、納得など全く出来ていないのはマホ・タタンだ。
頭部から流血して動かなくなっているムロタンを見て、怒りが頂点に達する。
怒鳴りつけたりはしないが、キッとクマイチャンを睨みつけていた。

「よくも……ムロを……!!」

マホは同じ新人番長であるムロタンとリカコを大切に思っていた。
戦士になることを決意した時期が比較的遅かったマホに対して、
リカコ、そして特にムロタンは長年もの間”舎弟”として下積み生活を過ごしてきた。
そんな3人が同時に番長に昇格したものだから、反感を買ってしまうのではないかと思ったが、
ムロタンとリカコはそんな事を一切思わず、すぐに同志として受け入れてくれたのである。
つい先日、先輩であるタケとメイを倒すための作戦を3人で練るためにアレコレ言い合ったのだって良い思い出だ。
そんなかけがえのない仲間に危害を与えたクマイチャンを、マホは許せるはずがなかった。

「この調子ならすぐに全員倒せちゃいそうだね。サトタ!もう一回行くよ!!」

クマイチャンが指示すると同時に、サトタはまたしても高速で周囲を回り出す。
今度こそマホ・タタンを必殺技ロングライトニングポールで仕留めようとしているのだろう。
それだけは絶対に阻止しようと、タケとリナプーとリカコがサトタに対して何度も攻撃を繰り返したが、
移動が速すぎるために虚空を殴るだけで終わっていた。
この状況を打開するのはマホしかいない。

「片目でダメなら……両目!!」

マホはスナイパーライフル「天体望遠鏡」のスコープを右目で覗き込むのと同時に、左目もしっかりと見開いていた。
片目照準ではスコープの範囲内しか見えないのに対して、
両目照準ならサトタの残像がビュンビュン飛び交っているのを視認することが出来る。
このように左右の2つの目を使用することによって、
クマイチャンが仕掛けてくるタイミングをしっかりと把握した上で正確に狙いをつけることが出来る様になるのだ。

「喰らえ!必殺、”ロングライトニングポール”!!」
「負けない!!必殺、”eye-2(アイツ)”!!!」

クマイチャンが乗るサトタが突っ込むよりも、マホがトリガーを引く方が若干速かった。
スナイパーライフルから放たれた銃弾が、サトタの右前脚に鋭く突き刺さる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「!!!」
「サトタ!?」

脚を打たれたサトタがバランスを崩したのでクマイチャンは焦りを見せた。
このまま転倒すれば相手に大きな隙を見せてしまうことになるし、
そして何よりも、せっかく放った必殺技が不発に終わってしまう。

(いや!勢いなら十分ついている!!)

倒れながらもクマイチャンは前傾姿勢になり、腕を真っ直ぐに伸ばした。
クマイチャン程の巨体であれば単なる前傾姿勢でも大きなリーチを稼ぐことが出来る。
不完全な形ではあるが、このようにして無理矢理にでも必殺技をマホに当てようとしたのだ。
実際、マホ・タタンは防御性能に優れた戦士では無いため、
このまま攻撃を当てられたら、それだけで参ってしまうだろう。
ところが、ここにきてクマイチャンの勢いに待ったがかかる。
前方に倒れ込もうとするクマイチャンとサトタを抑えようとするものが現れたのだ。

(この感覚は!……リナプーの飼ってる犬だ!)

もう何回も邪魔されてきたので、リナプーの愛犬ププとクランが放つ殺気をクマイチャンは覚えてしまっていた。
この二匹が勇敢にもサトタの脚に噛みつき、その場に留めようとしているのである。
これでは剣がマホに届かないと判断したクマイチャンは、サトタの背中を蹴り上げてジャンプした。
もうすっちゃかめっちゃかで当初の勢いは殆ど削り取られてしまったが、
最低限、斬撃だけは当ててやろうと考えたのだ。
しかし、ここでクマイチャンはまたも邪魔をされることになる。
マホ・タタンに突き刺そうとしたはずが、
気づけばその隣にいたリナプー・コワオールドに向かって手を伸ばしている。
身体が勝手にそう動いてしまったのだ。

(なんだこれ!?)

脳と体の不一致を修正しようとした結果、肝心の突きの威力が疎かになってしまい、
リナプーの肩に当たる頃には本来の威力の8割は失われてしまった。
とは言えクマイチャンの攻撃だから痛く無いわけがないというのに、
リナプーは満足そうな顔をしていた。

(メイが残してくれた技……なんとか使えそうだよ。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



メイが見せてくれた未来の自分たちのビジョン、
リナプーはそれに近づきたいと考えていた。
そのためにリナプーが行ったのは「メイク直し」だ。
普段のリナプーは己を見た者に対して「見るな」という命令を発するメイクをしている。
それに対して今回リナプーが施したのは血化粧だった。
見よう見真似ではあるが、元の化粧を上書きするように赤い血をベッタリと塗り付けている。
さっきまでは視認しづらかった存在が、突如ビビットなメイクをするものだから、
クマイチャンから見れば気になってしょうがなくなる。
そのように興味を無理矢理引きつけた結果、クマイチャンはマホではなくリナプーを斬ってしまったのだ。

(もっと洗練させたいところだけど、今日はこれでいい……
 マホを守れたんだから、上出来、だよね。)

感情が伝わりにくいリナプーだが、
後輩のムロタンがクマイチャンに吹っ飛ばされた時に、これ以上ないレベルの苦痛を感じていた。
もうあんな思いはごめんだ、そう強く思ったからこそ初披露の血化粧を成功させたのだ。
目立たないメイクと、目立ちすぎるメイクを効果的に使えば、
リナプーは敵の攻撃の矛先を自由自在にコントロールすることが出来るようになる。
極端に言えば、クマイチャンの攻撃を全て空振りに終わらせることだって夢じゃなくなるのだ。
しかし、急ごしらえのメイクでは実戦で使うには不十分だった。
あまりにも派手すぎたので、クマイチャンを必要以上に引きつけすぎてしまったのである。

「なんかよく分からないけど、だったら君から倒してあげる!!」

クマイチャンは左手でリナプーの肩を掴んでは、一気に力を加えていった。
本物の熊のように大きくて強靭なその手は、一瞬にして肩の骨を砕いてしまう。

「っ!!!」

リナプーのピンチに焦ったタケとマホは、すぐにクマイチャン目掛けて球と弾を放ったが、
引きつけられすぎていたクマイチャンはリナプーから目を離すことはなかった。
壊れたリナプーの肩を掴んだまま、勢いよく地面へと叩きつけていく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



背中から硬い地面に衝突したリナプーは、あちこちの骨がボキバキと折られていくのを感じた。
すぐに体制を整えたいところではあるが、
クマイチャンが、鍛え抜いたパワーと重力のオーラの両方で押さえつけているために、抜け出すことが出来ない。
今のクマイチャンは真っ赤な血化粧に興奮した闘牛のよう。
このままリナプーの息の根を止めるまで重い攻撃を仕掛けてくることだろう。
正直言ってリナプーもそのよう結末を受け入れていた。
力の差が明白なので、ひっくり返すことなど不可能だと考えたのだ。
ところが、そんなリナプーが光明を見出すこととなる。

(あれ……なんだろ……クマイチャンの腕、穴がたくさん空いてる……)

リナプーの肩を掴んでいるクマイチャンの左腕は、よく見れば穴だらけだった。
この穴はシバ公園での戦いでマイミが指を突き刺してあけたもの。
マイミと同じ食卓の騎士とはいえ、回復力まで同等とはいかなかったために、
先の戦いでの痛々しい傷が残っていたのである。

(こんな腕で今まで戦っていたの!?……やっぱりバケモノ……
 いや、こんな穴だらけの腕で剣を握ってたから威力が落ちてるんだ。
 番長の一人も殺されていないのがその証拠。)

リナプーの推測通り、クマイチャンは弱体化していた。
マイミの指が突き刺さったことで筋がいくらか損傷してしまい、
長剣を両手で強く握ることが出来なくなっていたのである。
もちろんこの状態でもクマイチャンは恐ろしすぎるくらいに強いのだが、
もしも体調万全だったと過程すると、今ごろはメイもムロタンも命を失っていたに違いないため、
攻撃性能が著しく低下していると言っても差し支えないだろう。

(だったら、こうしてあげる!!)

リナプーは両手に取り付けられた鉤爪でクマイチャンの腕に攻撃を仕掛けた。
それも、それぞれの爪をクマイチャンの腕に空いた穴へと捻じ込んだのだ。
満身創痍のリナプーの力は微弱かもしれない。
だが、こんな拷問にも近い攻撃を受けた日には、クマイチャンほどの大物だろうと飛び上がるだろう。

「ぎゃあ!!」

クマイチャンの腕からは多量の血液が流れ落ちていた。
リナプーは鉤爪で腕の内部を引っ掻き、腱を傷つけたのである。
こうなればもう、クマイチャンの左手はもう物を握ることを出来なくなる。

「へぇ……巨人も身体の仕組みは人間と同じなんだ……」
「な、なんてことを……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



本日通算何回目の激昂かも分からないが、
リナプーに左手を使いものにならなくされたクマイチャンはいよいよブチ切れた。
肘から先が動かないのであれば肘そのものを使うまで。
地面に倒れたままのリナプーの腹目掛けて、強烈な肘打ちをお見舞いしようとする。

「よくもっっっ!!!」

天からの鉄槌をモロに受けた場合、内臓の破裂は必至。
リナプーの負傷の度合いはメイやムロタンの比ではなくなるだろう。
そのような惨劇をカナナン、タケ、マホら番長の誰もが想像してしまっていた。
そんな中で、リナプーを救い出せる走力を持つのはリカコ・シッツレイただ一人だった。
クマイチャンの攻撃よりも速く走りこみ、己の靴をあえて石鹸水で濡らすことで滑りやすくたうえで、
スライディングによって倒れたリナプーを蹴っ飛ばす。
リカコのスピーディな対応が成功し、クマイチャンの肘鉄はリナプーに当たらずに済むこととなった。

「リカコ!」
「リ、リナプーさんっ……大丈夫ですかぁっ!!(>皿<)」

後輩の適切な行動がリナプーの命を救ったが、危機はまだ去っていなかった。
リナプーが避けたということは、クマイチャンの肘打ちは地面に衝突したということ。
その強さは地面を破壊するまでに及び、クマイチャンを中心とした半径10mの範囲に地割れを起こしていく。

「うわっ、うわああっ!!(><)」

地面の裂け目に足を取られたりしたら、すぐさまクマイチャンの餌食になってしまう。
それを恐れたリカコは大粒の涙をボロボロと流しながら敵から離れていった。
これは明らかな逃走だ。敵前逃亡だと叱責されても文句の一つも言えないだろう。
だが、この行動は精神的な逃避ではないことは断言しておきたい。
リカコが走って向かった先は逃げ道などでは決してなく、
脚を負傷して動けずにいた先輩、カナナン・サイタチープのところだったのだから。

「リカコ……カナを助けに来てくれたんか?」
「ヒィーッ……ヒィーッ……たすっ、助けてください、カ、カ、カナナンさんっ……(>皿<)」
「……!」

リカコの全身がブルブルと震えていることにカナナンは気づいた。
彼女はカナナンを助けに来たのではない、カナナンに助けを求めているのだ。
直観的・本能的に行動するリカコは、すべき事だと感じたからリナプーを救っていた。
その行動自体は素晴らしきことなのだが、
一歩間違えれば地面を破壊するほどの肘打ちがリカコ自身に落ちてきたことを考えると、
怖くて怖くてしかたなくなってしまったのである。
一度恐怖に染まってしまうと次に何をすれば良いのか分からなくなってくる。
だからこそリカコは、カナナンに指示を仰ぎにきたのだ。

「リカコ、めっちゃ泣いとるな」
「泣いてな……や、泣いてます。怖くて、怖すぎて、ムロのカタキ討たないといけないのに、情けないです(TT)」
「いや、カナはそうは思わん。リカコが勇敢なんは皆知っとるし、それでいてなかなか冷静やわ。
 大切な同期のムロタンが倒されたのに、取り乱したりしとらんのがその証拠やな。」
「えっ?……」
「よっしゃ、そんなに怖いならもうクマイチャンと戦わんでええ。後はタケちゃんとリナプーとマホに任せとこ。」
「!?」
「リカコがこっちに来てくれて本当に良かった。二人で力を合わせて、もう一匹の方を叩こうや。」
「!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナンの視線の先にはサトタがいた。
マホに前脚を撃たれた上に、後ろ足をリナプーのププとクランに噛み付かれているが、
伝説の名馬ゆえにこの程度の障害はなんとも思っていなかった。
まとわりつく犬二匹を振り払い、クマイチャンの元へと戻ろうとする。

「それだけは阻止せなあかんな。」

今のクマイチャンはメイとリナプーの攻撃のおかげで弱体化している。
長刀が真っ二つに折れた上に、左手を満足に使うことが出来ないのだから、
番長達にとってこれ以上に無いアドバンテージだと言えるだろう。
しかし、サトタがまたクマイチャンを乗せたとなれば話は別だ。
その瞬間、クマイチャンは大きな機動力を手にすることになるし、
マホの必殺技「eye-2(アイツ)」をもう一度放ったとしても、今度は通用しないことだろう。
そのため、なんとしてもクマイチャンとサトタを合流させてはならない。

「私とカナナンさんの二人でサトタを倒すってことですか?( ・・;)」
「そうやで。クマイチャンよりは怖く無いやろ?」
「……分かりました(<_<)」

そう言うとリカコはカナナンを背負い出した。
脚を故障したカナナンのために、ここは自分が馬になろうと思ったのだ。

「ありがとなリカコ。ここからは小声で指示を出すで。
 あのお馬さんに聞かれるかもしれんしな。」

馬が人間の言葉を理解できるかどうかは定かでは無いが、
少なくとも二人が放つ殺気は感じ取ったようだった。
カナナンとリカコを睨みつけたかと思えば、一瞬にして姿を消す。
否、あまりに動きが早過ぎて見えくなったのだ。

「わわっ!!何も見えない!(>_<)」
「しゃがむんや!!」
「!?」

リカコはカナナンに言われるがままにしゃがみだした。
それと同時に、右側でグシャッという鈍い音が聞こえてくる。
おそるおそるそちらを見ると、顔面を地面にぶつけて苦しんでいるサトタの姿があった。

「へ?……(<_<)??」
「サトタのヤツな、わざわざ左に回ってからこっちに跳んできたんや。
 せやからしゃがむことでスカしてやったんやで。
 顔から地面に突っ込むのは予想外やったけどな。」
「あ……なるほど……( ・・;)」

口ではなるほどと言ったが、リカコには分からないことがあった。
何故カナナンはサトタの行動を的確に読むことが出来ていたのだろうか?
まるで全ての動きをその眼で見たかのように話すカナナンが不思議でならなかった。

「ほらボーッとしとったらあかんで!
 ただの突進は通用しないと悟ったサトタが、別の攻撃を仕掛けてくるかもしれへん!」
「は、はい!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナンとリカコが自分に敵意を示していることにサトタは気づいていた。
クマイチャンに合流するにはどうやらこの2名を倒さねばならないらしい。
1人は手負い、1人は怯えきっているので一見倒し易そうに見えるが、
不意打ちの突進をしゃがんで避けたことから、サトタは油断ならないと感じている。

「また消えた!(x_x)」

サトタが高速移動したため、またもリカコは敵の居場所を見失ってしまった。
ビュンビュンという残像はかろうじて感じ取れるが、
瞬く間に通り過ぎてしまうため、狙撃手マホの弾速でもないと攻撃を当てることはできないだろう。
そのように戸惑うリカコに対してカナナンが指示を出した。

「リカコ、自慢の水鉄砲で辺り一帯に石鹸水をバラまくんや」
「!」

なるほどとリカコは思った。
いくらサトタの移動が速くても、滑って転ばせてしまえば動きを止めることが出来る。
石鹸水で脚を滑らせた隙に攻撃を仕掛ける策をカナナンが考えたのだとリカコは推測する。
ならば善は急げだ。リカコは指示通り石鹸水を容赦なくぶちまけた。
しかし様子がおかしい。
1秒、2秒、3秒経ってもサトタは一向に転ばなかったのである。

「あ、あれ?(><)」
「あれだけフットワークの軽い馬やからな。悪路でも滑らへんくらいボディバランスが優れてても不思議やないっちゅうことか。」
「ええ~!?(゚◇゚)」

だったらこの作戦は失敗じゃないかと思ったリカコだったが、
カナナンがまるで焦りを見せていないので、少し落ち着きを取り戻した。
何か他に考えがあるのは明らかだ。

「今のサトタは走り回ることでグングン加速しとる。人間には避けきれないスピードに達してからカナ達に攻撃する腹積もりやな。」

またもカナナンはサトタの動きを把握しているかのようなことを言い出した。
側から見れば圧倒的なピンチだというのに、あたかも全てを手中に収めているような顔をしている。
それもそのはず。カナナンの頭には対処法が浮かんでいたのだ。
カナナンは己が愛用するソロバン「ゴダン」を二つ取り出し、地面にガシャンと落としていく。

「リカコ、そのソロバンに両足を乗せるんや。そしてローラースケートを履いたように勢いづけて走り回るんやで」
「!?」
「今の地面は滑りやすい。つまりソロバンの玉も回転しやすくなっとるんや。
 リカコの足の速さもそこに加われば、サトタに追いつけると思わんか?」

メチャクチャな無茶を要求する先輩だとリカコは強く思った。
百歩譲って、リカコの走り+ソロバン+滑る地面の3つを組み合わせれば馬にも匹敵する速度を生むのは理解できる。
だが、そんな走りをすれば即座にバランスを崩して、リカコの方が転倒してしまうに違いない。
それに、リカコには敵であるサトタがまるで見えていないのだ。
いったいどこに向かって走り出せば良いと言うのだろうか。
いろいろな感情が湧き上がってテンパるリカコに対して、カナナンが小声で呟いた。

「指示は全部出す。カナを信じて欲しい。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



今現在のカナナンにはサトタの動きが見えていた。
より正確な表現を用いるならば、全てがコマ送りのように見えているのだ。
以前からそのような兆候があったのだが、
この能力をより確実なものにしたきっかけは、先ほどメイが「未来の同期」の演技をしたことだった。

(メイの思い描いた未来……今、現実にしたるからな。)

前にも触れたが、カナナンは映画観賞を趣味としている。
その映画の元となる絵の1枚1枚がカシャ、カシャ、と切り替わるかのように、
森羅万象、全てが"静止"と"コマ送り"を繰り返しているように見えていた。
このような特殊能力は決して一朝一夕で身についたワケではない。
カナナンはこれまでの戦いにて、戦況を俯瞰で見るように努めてきた。
指示を出すという役割を全うするため、同士であるタケ、リナプー、メイよりも視野を広く持っていたのである。
また、自国のアヤチョ王や、ベリーズ戦士団のチナミと対峙した際には、
生存するために目を酷使し、より多くの収集しようとしたこともあった。
これらの積み重ねがカナナンの目をワンランク上の"眼"に変えてくれたのだろう。
おかげで今は、クマイチャン、サトタ、そして味方の番長たちの動きを正確無比に捉えることが出来ている。

(相当集中せなあかんけど、この眼があれば百人力や。
 でも、カナ1人じゃ最大限に活かすことは出来ひん……
 いくら眼が良くても身体がついていかなかったら無意味。ましてや脚を壊したカナなら尚更や。
 せやからな、リカコが来てくれて本当に嬉しかったんやで。)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナンはリカコの背中をトントンと叩いた。
これがサトタを追うための合図。
対象をコマ送りのように捉える"眼"の情報を伝えるには、言葉では間に合わない。
そのためにカナナンはリカコの背中を叩くことで次に動くべき方向を指示しているのだ。

(わ、分かりました!(><))

カナナンに示された先には何も居ないようにリカコには見えていた。
そこに向かって飛び込むのは恐ろしいが、信じないという選択肢は無い。
リカコは、滑る地面と転がるソロバンの合わせ技で高速移動を実現し、
何も見えぬ宙を目掛けて突進していく。

「うりゃあああああああああ!(;`皿´)」

リカコが勇気を出して突っ込んだおかげで、カナナンの計算が正解を導き出すことに成功した。
コマ送りの眼によって、サトタの行動パターンは十分に把握出来ている。
そして、次にどう動くかまでも予測していたのだ。
サトタの移動先にリカコを突進させることで両者を激しく衝突させることが狙いだったのである。
だが、サトタはおバカと呼ばれてはいたが馬鹿ではなかった。
リカコとぶつかりそうになることにいち早く気づき、咄嗟に方向転換をしようとする。

(伝説の名馬なんやから動体視力も規格外に決まっとるわな。
 せやけど、もう間に合わんで!!)

サトタが避けようとしたその時、リカコが大袈裟にすっ転びだした。
石鹸水で非常にすべりやすくした地面の上で、ソロバンを足に乗せて移動をしていたため、
不安定すぎるあまり派手にバランスを崩してしまったのである。
そして、リカコが転倒することまでも含めてカナナンの計算通りだった。
サトタの横っ腹にリカコが頭から飛び込んでくる。

(!!!!)

まさに人間砲台。
これをまともに受けたサトタはその場でぶっ倒れてしまう。
脇腹がひどく痛む。おそらくは骨が折れたのかもしれない。
それでもサトタは立ち上がった。
このまま寝てたら狙い撃ちされるという理由もあるが、名馬としての誇りが彼女をそうさせたのだ。
もう決してヘマはしない。今度こそカナナンとリカコの2人をはね飛ばしてやる。
……そう思っていたのだが、地面に這いつくばるリカコはともかく、肝心の頭脳であるカナナンがどこにも見当たらなかった。
右を向いても、左を向いても、カナナンは影も形もいやしない。

「身体がズッシリ重くなったやろ?それ、疲労のせいやないで。」
(!?)

カナナンの居場所、それはサトタの背中だった。
リカコがすっ転んだ際に上空へと放り投げられて、そのままサトタの背に着地したのである。
サトタはゾッとした。いったいカナナンは何手先まで見えていると言うのだろうか。
こうなったら思いっきり振り回してから落馬させてやろうと思ったが、カナナンのとった捨て身の行動の方が速かった。

「カナを落とすんか?ええで。その代わり、一緒に堕ちてもらうけどな!!」

カナナンはサトタの首に精一杯しがみついていた。
そんなカナナンを無理矢理にでも降り落とそうとしたものだから、逆にサトタの首の骨が折れてしまう。
急激なショックを受けたサトタは立っていられなくなり、カナナンもろとも硬い地面に頭をぶつけることとなる。

「カ、カナナンさーーーーーーん!!(*○*)」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



カナナン&リカコがサトタと戦っていたのと同時刻、
タケ、リナプー、マホの3人は手負いの獣と化したクマイチャンと対峙していた。
これまでの番長らの攻撃のおかげで、クマイチャンの右脚はひどく損傷しているし、
左手にいたっては腱が切れているためまるで使い物にならない。
それでも、クマイチャンから発せられる重力のようなオーラは健在だ。

「くっ……リナプー、マホ、行けるか?」
「私の恰好を見てよ、行けると思う?」

リナプーの身体はもうボロボロだった。
不完全ながらもクマイチャンの必殺技「ロングライトニングポール」を受けたうえに、
地面へと強く叩きつけられたために全身の骨がボロボロになっているのだ。
おかげで起立することもままならず、地べたに転がっている。
そんな状況でも冷笑を浮かべるリナプーを見て、タケはニコッと笑う。

「うん、行けそうだな。安心したよ。」
「人使い荒いなぁ……」

2人の会話にもう一人の番長、マホ・タタンが割って入ってきた。

「あの、私、試してみたいことがあります。」
「試したいこと?いいじゃん、やってみなよ!」

この状況でクマイチャンをしっかりと見つめるマホを見て、何かやってくれるとタケは確信した。
作戦会議をしている暇は無い。ここはマホを信じて送り出すべきだ。
しかしスナイパーであるマホは接近されると弱い。
右脚が壊れたとは言えクマイチャンの一歩はとても大きい。すぐに詰められてしまうことだろう。
ということは、ここがリナプー・コワオールドの働きどころなのだ。

「1撃だけなら止めてやるよ、マホ!思いっきりやりな!」
「はい!!」

番長らが会話をしている間にもクマイチャンは迫っていた。
メイに折られて長刀の長さが半分になったが、それでも剣は剣。
そんな半長刀を右手で掴み、マホが構えるよりも先に叩っ斬る。

「させないよっ!」
「学習しないなぁ……その"させないよ"を"させないよ"っての。」

リナプーの言葉通り、クマイチャンの斬撃の軌道は無理矢理に捻じ曲げられてしまった。
マホを斬るはずが、思惑に反してリナプー目掛けて半長刀を振り下ろしている。
これはリナプーのとっておきのオシャレである血化粧がクマイチャンの脳に直接作用し、攻撃を引き付けるというもの。

(またこれか!だったらもういい!リナプーの首を斬り落とす!!)

クマイチャンは剣を握る力を緩めなかった。マホは一旦諦めて、リナプーを倒すことで敵の駒数を減らそうとしているのだ。
少しも動けぬリナプーはこれでお陀仏。
そのはずなのだが、斬撃はリナプーに当たらなかった。
姿を見え難くした愛犬ププとクランがリナプーに噛みつき、主人を素早く引き摺ることで回避したのである。
だが、クマイチャンはそれでも狼狽えたりはしなかった。

「だったら!こうしてやるっ!!!!」

第一候補のマホも、第二候補のリナプーも斬れなかったクマイチャンは、第三候補「地面」に半長刀を強く叩きつけた。
これは『ロングライトニングポール"派生・枝(ブランチ)"』
地面に亀裂を生じさせ、枝分かれするかのように地がどんどん裂けていく。
こうして起きた衝撃を至近距離で受けたため、リナプー・ププ・クランの3者は一瞬にして意識を断たれてしまう。
結果的にクマイチャンは番長の頭数の削減に成功したことになる。
ただ、この被害はまだマシな方だった。
もしもクマイチャンが両手で剣を握っていたのであれば、破壊力が凄まじすぎるあまり、本物の地割れが起きていたところだったのだから。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



リナプーを倒すことにより、クマイチャンは右腕一本だけでも強いことが明らかになった。
得物が折れた半長刀だろうが関係ない。番長を一人残らず潰すつもりだろう。
そんな時、銃声が聞こえると共にクマイチャンの右肩が爆ぜだした。

「!?」

この場で銃を扱うのはマホ・タタンのみ。
リナプーが1手分の時間を稼いだおかげで、狙い通りに狙撃をすることが出来たのだ。
その狙いとは、クマイチャンの肩に埋め込まれた銃弾に新たな銃弾をヒットさせるというもの。
これまでの戦いでマホは計2発もの弾丸をクマイチャンの右肩にブチ込んでいたのだ。
そこに対して0ズレの銃撃を喰らわせたのだから、弾と弾同士が炸裂し、クマイチャンの肩は内部から爆破される。
その時の苦痛はクマイチャンであろうとも耐え難いものであったし、
腕と身体を繋げる神経までも大きく損傷してしまっていた。

「ぐっ……くそっ……剣が……」

刀が地面に落ちる音が無慈悲に響く。
クマイチャンにはもう愛刀を握る力さえも残っていなかった。
左腕をリナプーに、右腕をマホに破壊された結果、どちらの腕にも力を入れることが出来なくなってしまったのだ。
だが、それでもクマイチャンは戦いを止めたりしない。
発射後で無防備になったマホに対して巨体からなる体当たりを繰り出していく。

「よくもっ!お返しは高くつくよっ!!!」

この時クマイチャンが発した最大出力の殺気は非常に純度が高く、加減一切なしの殺意のみで構成されていた。
マホは巨人に押し潰されて圧死するビジョンを先行で見せつけられて、
まだ衝突してもいないのに一瞬で気を失ってしまう。
ベリーズ討伐ツアーに不参加だったマホには、殺人オーラから身を護る精神力は完全には出来上がっていなかったのだろう。
このまま本当に物理的にも押し潰されてしまうかもしれないといったところで、クマイチャンの顔面に強烈な蹴りが入った。
タケ・ガキダナーの飛び蹴りが決まったのだ。

「マホ!大丈夫か!!」

クマイチャンが後ろにのけ反ったため、衝突だけはなんとか食い止めた。
気絶こそしたが、マホ・タタンの身体に及ぶ危険を排除することが出来たのだ。
しかし、リナプーもマホも倒れた今、タケはクマイチャンを1人で相手することになるワケだが……

「タケさん!!助太刀します!!(TT)」
「リカコ!」

訂正する。タケは1人ではない。
タケとリカコの2人で力を合わせてクマイチャンにトドメを刺すことが最重要ミッションだ



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「サトタを倒したのか……凄いじゃん!」

リカコの周りでサトタとカナナンが倒れているのをタケは目撃した。
同期のメイとリナプーに続いてカナナンまでやられたのは悔しいが、
ムロタン、マホを含め全員が活躍してくれたからこそ今の状況がある。
今のクマイチャンは両腕が使えず、脚も大きく負傷している。サトタが味方につくこともない。
まさに千載一遇のチャンスと言えるだろう。

「"勝てる"……とか思ってないよね!?」

クマイチャンはタケとリカコを威嚇するかのように大きく立ち上がった。
176cmとは全く思えない程に巨大な176cm。それを見たリカコの身体はブルブルと震えだしている。
これまでは番長全員で起き上がらせないことを徹底していたが、高さの優位を取り戻されてしまった。
ここからは位置エネルギーを最大限に活かした高層からの攻撃が次々と降り注がれることだろう。

「リカコ、何も怖がることは無いよ」
「えっ?(゚_゚)?」
「"高い壁ならたったか登れちゃガッカリじゃないか"
 "手の届かないハードルだなんて存在しないさ"
 つまりさ、私たちは一番強いクマイチャンを倒すチャンスを手に入れたんだ!
 ワクワクするだろ?むしろ頭上を超えてやろうぜ!」
「はい!(><)」

この状況でも威勢のよさを見せる番長2人を前に、逆クマイチャンの方が押されていた。
これは良くない。しっかりと分からせてやる必要がある。
タケとリカコの2人を睨みつけながら、クマイチャンはこう言い放った。

「ロングライトニングポール、"派生・シューティングスター"!!」
「「!」」

後輩を黙らせるには自らが流星と化して、偉大なまでの破壊力を見せつけるべきと考えたのだ。
クマイチャンはまだかろうじて動く左足を高くあげて、ドスンと地面を踏んづけた。
そうして生じたパワーの全てを推進力へと変換し、上空へと高く高く飛翔する。
そして武道館のてっぺんと同じ高さまで辿り着いたかと思えば、頭を下に向けて一気に落下していった。
今のクマイチャンは武器を持たないが、これだけの勢いがあれば身体1つで殺傷能力は十分だ。
さぁ、タケとリカコのどちらに向かって落ちてやろうか。

(あれ?タケだけ?……リカコがいない!)

地上にタケ・ガキダナーしかいないことをおかしく思った。
ではリカコ・シッツレイはいったいどこに行ったというのか?
走って遠くまで逃げたか?それとも地面に潜ったか?
その答えはすぐに分かることになる。

「タケさん!私はっ!今!クマイチャンの頭上を超えます!!(`〇´) 」
「!?」

リカコはなんとクマイチャンの背中にしがみついていた。
カナナンがサトタに乗ったのを参考に、自分もやってみせたのである。
いつもは泣き虫のリカコだが、今は自分がクマイチャンを倒すとばかりに勇敢に努めている。
"涙は蝶に変わる"
この戦いがリカコ・シッツレイを強くし、羽ばたく蝶のように飛躍させたのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



クマイチャンはこれまでの人生で相手を見上げたことは殆どなかった。
それが今はどうか
リカコが自分の身体をよじ登り、更なる高みに立とうとしている。
そして空中という不安定な状況にも係わらず、クマイチャンの脳天にかかと落としを喰らわせる。

「ドンデンガエシだああああああ!!(*○*)」

壮大などんでん返し
圧巻のどんでん返し
運命の大逆転劇だ
リカコの蹴り自体は大したダメージを与えることは出来ない。
だが、今は自称176cmをゆうに超える上空にある。
このまま地面へと落ちればどんな巨人であろうとも参ってしまうことだろう。

(いやいや!耐えてみせる!)

クマイチャンは高所からの着地はお手の物。
リカコのかかと落としで空中でのバランスが乱れたが、歯を食いしばれば堪えることが出来る。
無事に地面に降り立った後にリカコを地面に叩きつければ良いだけだ。
しかし、もう一人の番長がそうさせてくれなかった。

「リカコよくやった!下は任せろ!!」

高速で落ちてくるクマイチャン目掛けて、タケ・ガキダナーが跳躍してきた。
そして手に握る鉄球をクマイチャンの腹に思いっきり当てたのだ。
野球で言うところのタッチアウトだが、
遥か上空から落ちてきたところに鉄球を当たられたのだから、その衝撃は並大抵ではなかった。
リカコによる下方向への力と、タケによる上方向への力がクマイチャンに体内でぶつかり合い、
内臓を著しく損傷してしまう。

「う、うわああああああああああああああああああ!!」

極度の痛みで空を制する余裕が無くなったクマイチャンはそのまま地面に衝突した。
高さを活かして常に優位を保ってきた巨人戦士が、
今回ばかりは逆に高さを利用されてしまったというワケだ。
「もう、勝てない」と感じたクマイチャンはそのまま目を瞑り、意識を失っていく。

「勝った?……勝った!?タケさん!私たち、勝ったんですか!?(TT)」
「ああ!番長の勝利だ!みんなが強いからクマイチャンに勝てたんだよ!」

リカコは地面に到達する寸前に粘着性のある大きなシャボン玉を膨らまし、
落下の衝撃から自分とタケを守っていた。
つまりは番長たちの完全勝利だ。
同格のキュートを欠いてベリーズを倒すのは、近年では考えられない程の偉業。
後にアンジュ王国の番長たちはその成果を大きく称えられることになるのだが、
タケとリカコは既に次を見ていた。

「リカコ、武道館に入ろう!」
「はい!(`〇´)」

連合軍の使命はマーサー王とサユの救出だ。
門番クマイチャンを倒した今、道を阻む者は存在しない。
倒れた仲間に最低限の応急処置のみを施し、全ての戦士が憧れる武道館へと走り出す。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ミヤビにやられてしまったが、ハルはオダとトモに大切なことを教えてくれた。
それは、自分たちの必殺技がベリーズに有効であるということ。
敵は化け物ではあるが、決して届かない程ではないのだ。

「トモ、私が行くわ。サポートをお願い。」
「サポート?そんなのしないよ。」
「えっ」
「だって、サポートはオカール様にしていただけるんでしょ!」

トモは恐怖を振り切ってミヤビに飛び掛かった。
弓使いの遠距離ファイターにも係わらず、近接の殴り合いもこなせるのがトモの強みだ。
アイリから一時的に譲り受けた眼を使うまでもなく、
ハルの必殺技によってえぐられた右脇腹が弱点であるのは明白だ。
そこを目掛けてボウを思いっきり叩きつけようとする。

「狙いは良いが隙だらけだよ!必殺!"猟奇的殺人"……」
「させるかっ!」
「!!」

ミヤビがトモを斬り捨てようとしたその時、オカールが右腕に噛みついてきた。
これでは鋭い斬撃を繰り出すことは敵わないため、トモを諦めてオカールを蹴り飛ばす。
どうやら後輩をサポートするというのは本気のようだ。

「有難う御座います!」
「礼はいらねぇっつってんだろ!」
「本当にどんな状況でもサポートしてくれるんですね。ということはもっと危険なやり方もいけるな……」
「お、おい、トモ、お前なんか嫌な後輩だな」

今の一連の光景を見て、オダ・プロジドリは視界が晴れたような思いになった。
彼女が頭に思い浮かべていた必殺技はノンストレスの状況でしか繰り出すことが出来ない。
そのため、恐ろしいミヤビの前ではなかなか見せることが出来なかったのだが、
オカールが全ての攻撃から護ってくれるのであれば、話は別だ。

「オカール様、改めて、私が行きます。サポートをお願いします。」
「ったく、俺をアゴで使うんだから勝算はあるんだろうな!?」
「はい。私、天才なので。」
「……なんか嫌な後輩ばっかりだな。」

オダはこの状況でもにこやかな顔をし、スタスタとミヤビの方へと歩いて行った。
そして愛用するブロードソード「レフ」でミヤビに斬りつける。
その斬撃は太刀筋が美しく、且つ、殺気もしっかりと乗っていた。
だが、ミヤビを倒すにはあまりにもお利巧すぎる。
こんなのは必殺技とは言わない。ただの単発の斬撃だ。

(なんだ?……これくらい簡単に受け止められるが……
 いや、ここは反撃させてもらおう。オカールのサポートがいつまで続くかな!?)

ミヤビは脇差を振るって、オダの数倍も鋭い斬撃を放った。
これはオダを攻撃しているのではない。オダを護るオカールにダメージを与えるための一撃だ。
案の定、オカールは刃の軌道上に立ちふさがった。
ミヤビは少しも腕の力を緩めず、オカールの胸を切り裂いてく。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「ド……"弩級のゴーサイン"」

自分をかばったオカールが傷ついたというのに、
マイペースによく分からない言葉を発するオダを見て、ミヤビもオカールもキョトンとしてしまった。
「守られて当然。私は好きなように斬りますよ」とでも言いたげだ。
そしてオダは更に奇妙な言葉を発しながら二撃目を繰り出していく。

「レ……"レモン色とミルクティ"」

その攻撃も、初撃同様に行儀の良すぎる太刀筋だった。
時々口ずさむ言葉は意味不明だが、斬撃自体はミヤビにとっては取るに足らないもの。

(剣で弾いてやってもいいけど……ここはまた利用させてもらおう。)

ミヤビは先ほどと同様にオダの攻撃を避けてから反撃を返そうとした。
後は勝手にオカールがかばってくれるので、ミヤビはノーリスクで強敵オカールを斬れると踏んだのだ。
しかし、そう思ってたところでオダの剣が急加速を始める。
ミヤビは二撃目を避けきれずに腰を斬られてしまった。

「!?」
「ミ……"みかん"、ファ……"Fantasyが始まる"」

オダが三撃目と四撃目を連続で放ってきたので、ミヤビは脇差で受け太刀をした。
ここでミヤビはやっと気づく。オダの刃は段々と強く、そして速くなっているのだ。
それはまるでミヤビが前に放った『猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・堕祖(だそ)"』のよう。
音楽記号の「だんだん強く」を意味する「CRES.(クレッシェンド)」のように、打てば打つほど強まる技だったが、
今のオダの必殺技はそれに近い考えで成り立っているのだ。
どこかの怪盗のように、オダはミヤビの技を盗んだのである。

(まずい!このまま強化され続けると……)
「ソ……"SONGS"、ラ……"Loveイノベーション"」

五撃目と六撃目ははじめとは比較にならないくらい鋭かった。
ノリにノった彼女の斬撃は一時的にベリーズやキュートと同等のキレを見せている。
現在のオダ・プロジドリの頭の中には、戦闘中だというのに自作の曲が高速でグルグルと流れていた。
そして曲が切り替わるたびに、音階が上がるように身体のギアも1段階ずつ上げていっていたのだ。
最後の7段階目ともなれば、瞬間的に、食卓の騎士をも超える水準に到達する。

「シ……"自由な国だから"!」

オダの七撃目は脇差をも真っ二つに折り、ミヤビの腹を深く傷つけた。
これがオダ・プロジドリの必殺技「さくらのしらべ」
彼女のソロコンサートは敵をも跪かせる。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



ハルの純潔歌劇で脇腹を負傷したところに
オダの「さくらのしらべ」で腹を斬られたのだからミヤビのダメージが小さいワケがなかった。
同じベリーズとは言え、クマイチャンほどのタフネスは持ち合わせていない。
そのため少しでも気を緩めれば倒れてしまいそうだ。

(まだだ!まだここでやられる訳にはいかない!)

オダを調子付かせてはまずいと判断したミヤビは、必殺の剣で一気に仕留めることにした。
キッとオダを睨んで最大限の殺気を剣へと込めていく。

「"猟奇的殺人"……」
「させねぇーっての!!」

ミヤビとオダの間にオカールが割り込んできた。
なんとかしてでもミヤビの必殺技を止めて、オダを護ろうとしているのだろう。
だが、そう来ることはミヤビの想定内。
ミヤビは剣を振るう前に勢いよく前進し、オカールを突き飛ばす。

「なっ!?」

シバ公園の戦いで足腰を負傷したオカールは突然の衝突に踏んばることが出来ない。
簡単に転ばされてミヤビに道を譲ることになるのだ。
そしてオダと対面したところで、ミヤビは心置きなく抜刀をした。
ミヤビの必殺剣を遮るも者はいやしない。

「”猟奇的殺人鋸(キラーソー)”!!」
「っ!!」

ハル・チェ・ドゥーを倒した時と同様に、派生無しの必殺技をミヤビは繰り出した。
シンプルだが相手を倒すにはこれがベスト。
オダは胸から血を吹き出しながら地に倒れてしまう。

「さて……トモ・フェアリークォーツ、仲間のピンチだというのに手出しをしなかった理由は?」

オダを斬り捨てるなり、ミヤビは少し離れた場所にいるトモに声をかけた。
射程持ちのトモならいくらでも矢を射るチャンスはあったはず。
だというのにトモは、オダがやられるまで黙って見ていたのだ。

「ははっ、どうせ矢を飛ばしても全部弾いちゃうんでしょ?高感度で殺気を感知できるみたいだし。」
「なるほど。矢を無駄にしたくなかったのか。じゃあ、次に私が誰を狙うか分かる?」
「ハルさんもオダさんもやられたし、順番的には私ですかね~」
「正解。ハルもオダも意表をついてきたから、トモも何かしてくると思ってる。早々に潰さないとね。」
「買いかぶりすぎな気はするけどなあ~」
「この状況でも、矢を無駄にしたくないとか言っていられるかな?」

余裕ぶってはいるが、トモは心の中で大汗をかいていた。
アイリから譲り受けた眼までもが自身の内心を弱点として見抜いている程だ。
状況的に、ハルとオダが必殺技でミヤビを痛めつけたのだから、トモもそこに続くべきなのは明らか。
一応、トモの頭の中には必殺技として考えている技法が有るには有るのだが、
ミヤビには通用しない絶対的な理由が存在するため、使っても良いのか迷っているのである。

(いやいや!ここで何もしなかったら殺されちゃう!ダメモトでもやらなきゃ!!)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



トモは3本の矢を取り出して構えた。
頭に思い描いている必殺技を実現するには、これだけの数の矢が必要なのだ。
ミヤビがこちらに迫ってくるよりも先に、3本のうちの2本の矢を放つ。
狙いはミヤビの身体ではない。直接狙っても避けられるのがオチなのは分かっている。
だからこそトモは矢を上空に飛ばしたのだ。

「空……か」

もちろんヤケクソでぶっ飛ばしたのではない。
ちゃんと軌道を計算し、放物線を描くように落下してミヤビに当たるように射っている。
しかしそんなことをしたら矢が到達するまでの時間が長引くため、余計に回避しやすくなるのではないか?
もちろんトモだってそれは分かっている。
避けさせないために、トモは3本目の矢を用意していたのだ。

「これが私の必殺技!」

3本目の矢を射る時、トモは弦を非常に強く引いていた。
こうして放たれた矢は放物線ではなく綺麗な直線をトップスピードで描いていく。
今回も狙いはミヤビではない。
先に放った2本の矢のうち、片方に衝突させることが目的だったのだ。
鉄で出来た矢尻と矢尻が速いスピードでぶつかったため、一瞬だが火花を巻き起こす。
そしてミヤビもその火花を直視している。
矢が自分目掛けて飛んできたのだから、どうしても目で追ってしまっていたのだ。
オダの操る太陽光と比べたら微弱ではあるが、発火と共に起きた眩い光がミヤビの目に入り込む。

「うっ、眩しい……」

オダもトモも、ハルが発足した"怪盗セクシーキャット"の一員だ。
先ほどオダがミヤビの派生技『猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・堕祖(だそ)"』を盗んだのに対して、
トモはなんと味方のオダの得意技を盗んだのである。
現在の時刻は18:00過ぎではあるが、今のミヤビは正午の天高い太陽を直視したような思いだろう。
そう、トモは矢と矢の衝突によって"正午"、つまりは"noon"を疑似的に作りあげたのである。
こうしてミヤビの目を潰したところに、もう1本の矢は依然変わらず迫ってきている。
常人であれば目が見えない状況で正確に回避することは困難だろう。

「その名も"noon(ぬん)"。どうですか?」
「駄目だね。こんなものは必殺技とは呼べない。」
「!」

ミヤビは目を瞑ったまま、落ちてくる矢を素手でキャッチする。
トモは驚いたような顔をしたが、内心はこうなることを理解していた。
どんな殺気も感知するミヤビには通用しないことは、はじめから分かっていたのである。
目が見えなかろうが、本命の矢にはドス黒い殺気が込められている。
その殺気の動きが手に取るように分かるため、ミヤビは簡単に掴むことが出来たというワケだ。
そもそも先ほどもまぶたを切って、あえて己の視界を奪うような行動を取ったりもしていたので、
今更、疑似太陽で目を潰されようが痛くもかゆくもないのである。

「必殺技はね、"必ず殺す"から必殺技なんだよ。
 ハルやオダの必殺技は実際、私を傷つけたし、強烈な殺意もヒシヒシと感じられたけど、
 この矢にはそれはが無いね。」
「……」

絶体絶命のトモを、遠くからリュック、クール、ガールの3名が覗いていた。
そしてリュックはガールに向かって厳しい言葉を言い放つ。

「ねぇ、さっきなんて言ったっけ?
 ハル、オダ、トモの誰かがミヤビ様にトドメをさしたらどうのこうのって言ってなかった!?」
「……言いました。」
「ハルとオダには驚いたけど、トモはもう駄目でしょ。万策尽きたって感じ。」
「まだ分からないじゃないですか」
「なんでそんなにトモをひいきしてるの?あ、そっか、レイちゃんって果実の国の出身だったけ。郷土愛ってやつか」
「そんなのじゃありません!」

ガール自身もどうしてここまで連合軍を応援しているのか、自分でも分からなくなっていた。
言語化は出来ないが、ただただ手を握って、トモの勝利を祈っている。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



トモが意気消沈していくのは火を見るよりも明らかだ。
これ以上の上がり目も期待出来そうにない。
そう判断したミヤビは、容赦なく斬り捨てることにした。

「おととい、私の胸を射抜いた時の方が何倍も恐ろしかったよ?
 あの時の強さは、やっぱりアイリのサポートによるものが大きかったのかな」

ミヤビがトモに斬りかかろうとしたところで、オカールが横から突進してきた。
オカールの場合は殺気と行動がほぼ同時にやってくるので事前察知が難しいが、
ミヤビはオカールのジャマダハルを剣で受け止めることに成功した。

「おいおい!それだと俺のサポートがイマイチみたいじゃねーかよ!」
「そうだよ。」
「!」
「そんな足腰じゃ、トモの命も護れないよね。」

ミヤビはオカールに対して足払いを喰らわせた。
軽く払っただけだというのに、足腰の弱っているオカールには必要以上に効き、
簡単にすっ転ばされてしまう。
そして更に追い打ちをかけるかのように刃で太ももをスパッと裂いていく。

「ぐっ……!」
「トモの次に思う存分相手してあげるから、今は大人しくしてよ。」

オカールを蹴り飛ばすや否や、ミヤビはトモへの攻撃を再開しようとした。
おそらくはハルとオダを倒した時のように必殺技の一閃でトモを斬るつもりなのだろう。

(このままだとやられちゃう!どうすればいい!?)

頭の中で必死に考えたが名案は浮かばなかった。
近接戦では勝ち目はない。クリンチも二度は通用しない。矢を放てば避けられる。必殺技と思っていた技は認めてもらえない。
こんな状況を打破する起死回生の一手はそう簡単には出てこないのである。

「ジタバタしなくていい、もう終わりにしよう。」

決着をつけるためにミヤビが一歩踏み出した時、不思議なことが起こった。
なんとミヤビとトモの間に光が迸ったのだ。
一瞬で見えにくかったが、光の線が現れたように見えていた。

「なんだ!?この黄色い線は!」
「えっ?」

警戒したミヤビは数歩だけ後ろに下がった。
ピカッとした光はまるで電気のよう。オカールはそんな技を使わないのだからトモの仕業に違いない。
そして電気と言えばアイリが放つオーラが連想される。

「まさか、弱点を見抜く眼と一緒に雷のオーラまで譲り受けた?……」
「え?え?」

真剣な顔のミヤビに対して、トモはキョトンとしていた。

(いや、今の黄色い線はオーラなんかじゃなくて……)



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



オカールは"黄色い線"がアイリが放つようなオーラでは無いことには気づいていた。
ミヤビの勘違いは、前にマイミが連合軍の若手らと戦った時にした誤解と全く一緒。
あの時のマイミはオダが太陽光を反射して起こした光を、トモの仕業だと思い込んでいた。
今回も全く同じことが起きているのだ。

(光の出所は……アレか)

必殺技になれなかった技「noon(ぬん)」を放つ時に、トモは3本の矢を上空に放っていた。
本命の1本はミヤビに簡単にキャッチされてしまっていたが、
発光用の2本は衝突の影響でより高くに飛ばされていたのだ。
そしてそのうちの1本がオダのブロードソード「レフ」に落ち、剣を少しだけズラしたのである。
その時、剣に反射された太陽光が地面に注ぎこまれて、微かな雷光が発されたように見えたのだ。
全ては偶然の産物。
だが、その偶然のおかげでミヤビの心は揺さぶられている。

「私は微弱なオーラくらい簡単に掻き消せるはず……
 なのにどうして、今の電気はハッキリと目に見えたんだ?……」

段々と自体を把握してきたトモはこれを利用しない手は無いと考えた。

「ふぅ……やっとアイリ様からいただいたオーラを具現化できたか。」
「やっと?……」
「そう、私の"雷のオーラ"はまだ受け継いだばかりだから微弱も微弱。
 例えるなら生まれたてのBaby Loveみたいなもの。
 本来ならベリーズを前にして本領発揮なんて出来るワケが無い。」
「だったらどうして!」
「え?そんなの決まってるじゃないですか。
 ミヤビ……アンタのオーラが見る影もないくらい弱体化してるんだよ。」
「!!」

トモの発するプレッシャーに気圧されたのか、ミヤビはまたも一歩退いてしまった。

(私が圧迫されてる?……ベリーズで最も鋭く殺人的なオーラを放つ、この私が!?)

信じたくはないが、思い当たるフシはあった。
ミヤビはこれまでハルとオダの必殺技によって痛手を負っている。
そのような実績ひとつひとつが若手への恐怖に繋がっているのではないかと考えたのだ。
そして、ここでトモがダメ押しの一手を仕掛ける。
ミヤビに気づかれぬように足元の小石を蹴飛ばして、その先にあるオダの剣をまたズラしたのだ。
つまり、トモは意図的に偽物の雷光を起こしたのである。

「また!」

得体の知れぬ光にまたもミヤビは驚いてしまう。
地面に描かれた"黄色い線"に触れたくないあまり、無意識に2歩3歩退いていく。

「ふふふ、どうぞどうぞ、何歩でも下がっていいんですよ。その方が安全ですからね~。
 "黄色い線の内側で並んでお待ちください"……死にたくなければね。」

この時、ミヤビの心が弱点と化したのをトモの眼は見落とさなかった。
そして次の瞬間、ミヤビは全身を無数のケダモノに噛みちぎられるような思いをする。
これはオカールの殺気によるものだ。
これまではミヤビの刃物のオーラと、オカールのケダモノのオーラの力が拮抗していたのだが、
トモの話術によってミヤビの心が弱まった結果、押し負けてしまったのである。

(ははっ!トモのヤツたいしたタマだな!あのミヤビちゃんにハッタリをぶっこむなんてよ!!)

オカールは嬉々としてミヤビに飛び掛かった。

「サポートはもうヤメだ!トドメは俺が刺すぜ!!」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



オカールは真正面からミヤビを数回切り裂いた。
弱っている今がチャンスとばかりに猛攻を仕掛けているのだ。
血飛沫を多量に撒き散らしたところで、ミヤビはやっと自分が呆けていたことに気づく。
トモ相手にいったい何を恐れているというのか。オカールに好き放題させて何故黙っているのか。
正気に戻ったミヤビは剣を持つ手に力を込めて、反撃を仕掛けていく。

「猟奇的殺人鋸(キラーソー)、"派生・堕祖(だそ)"!!!」

オカールは守りを一切考えずに斬りかかっていたので、ミヤビの斬撃をまともに受けてしまった。
そしてこの派生技はたった1撃では終わらない。
オダがこの技を真似たように、
「CRES.(クレッシェンド)」、つまりはだんだん強くなる斬撃を計4発も打ち込んだのである。

「いや!CRES.に終わりはないんだ!!」

ミヤビは4発では満足しなかった。5発、6発、7発と追撃を加えていく。
互いにノーガードでの斬り合いとなったが、一撃ごとに威力を増していくミヤビの方がより高火力。
オカールは耐えきれずにその場に倒れこんでしまう。

「ちくしょう……ここまでかよ……」

ミヤビと真剣勝負でここまでバチバチやれたのはとても嬉しかったが、
勝てなかったのが残念で仕方ないようで、オカールは哀しい顔をしてしまう。
ただ、勘違いしないでほしい。オカールは自分の敗北は認めているものの、
"チームオカール"としては負けたとは思っていない。

「おい……トモ……悔しいけど、見せ場はくれてやるぜ……」

オカールは後輩のトモ・フェアリークォーツに思いを託して目を閉じた。
あのオカールがそんな言動を取ることにミヤビは驚いたが、
すぐに次の相手であるトモを睨みつける。

「さっきは恥ずかしいところを見せたね……でも、トモも気づいているはず。
 今の斬り合いのおかげで私の殺気は全盛期のレベルに戻っている。
 もう二度と弱みなんて見せないよ。」

何回も斬られて血だらけだと言うのに、威圧感はむしろこれまで以上に感じられた。
また、オカールがいなくなったことでミヤビのオーラを打ち消すものが無くなってしまった。
つまりトモはミヤビが発する鋭い刃物のオーラを全身で浴びているのだ。
首を、胸を、腹を、腕を、脚を、あらゆるところを切断されるかのような錯覚を感じている。
イメージだというのにリアルな痛みまでしてくるのだから、今にも気が狂いそうだ。正気を失いそうになる。

(いや!オカール様にあそこまで言わせて、簡単にやられてたまるものか!)

トモの強い思いが刃のイメージを全て吹き飛ばした。
一時的ではあるが、トモ・フェアリークォーツの圧がミヤビを上回ったのだ。

(驚いた。さっきのような黄色い線は出ていないようだけど、なかなか雰囲気あるじゃないか……)

相手にとって不足なしと考えたミヤビは剣を構えた。
負傷が大きいため長引かせたくない。すぐにケリをつけようとしている。

「若手離れした威圧感だけど、それだけじゃ私には勝てないことくらい理解しているよね?」
「もちろん。だから私は"必殺技"でアンタを仕留める。」
「必殺技?あの"noon(ぬん)"とかいう不発に終わった技で?」
「半分正解。」
「?」
「今から私が出すのは本当の意味での必殺技。だから、"必ず殺す"。」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



1回目に"noon(ぬん)"を放った時のようにトモは上空に矢を放った。
疑似的な正午の太陽を作りあげて目を眩ませたところで射抜くという技だが、
この技は既にミヤビに破られている。
本命の矢はどうしても殺気が込められるために、鋭敏なミヤビにはバレてしまうのだ。
だからトモは、同時に25本もの矢を飛ばすことにした。

「数を増やしてどうにかなるとでも?……何本あろうと本命は1つなのに。」

ミヤビの言葉を無視してトモは26本目の矢を後から発射した。
たくさん飛ばした矢のうちの1つとぶつからせ、その衝撃で発光させるのは以前と同じだ。
ミヤビの目を潰すことにも成功する。

「トモも分かっているんでしょ?視力に頼らなくても殺気を感知すれば……」

本命を見抜いて回避すればそれで終わりのはずだった。
ところがミヤビにはその本命の矢を知覚することが出来なかったのだ。

(何故!?どんな達人であろうと攻撃には殺意が込められるはず!隠し通すことなんて出来ない!
 だというのにトモが放った矢からは少しの殺気も感じられない……)

通常ではありえない事が起きたためにミヤビは狼狽えてしまった。
トモがシミハムに並ぶ実力者か、あるいはミヤビの殺気感知能力が衰えたか、どちらであろうと一大事だ。
だが、正解は大したことではなかった。

「まさか……私を殺す気が無い?……」
「あ、そうですよ。今のはただの遊びです。」

ミヤビは愕然とした。"必ず殺す"とタンカを切ったのはブラフだったのだ。
この状況でそんな行動をとるなんて、どんな胆力だと言うのか。
殺す気が全くないのであれば殺気が無くて当然。
視力を一時的に失い、殺気のみで判断しようとしていたミヤビは逆に動くことができなかった。
そして、正解に辿り着くのが遅かったために降り注ぐ矢からも逃れられない。
1本、2本、3本4本5本……複数の矢が雨のように落ちてきてミヤビの肉体を傷つけていく。

「!!?」
「いやぁ~、殺す気は無かったけどたまたま当たっちゃったなら仕方ないですね~」
「たまたま……だと?」
「運ですよ運。完全な運任せ。これが私の必殺技"noonと運(ぬんとうん)"なんですから。」

殺気でバレてしまうという弱点を、トモは一切の殺気を排除するという策でカバーした。
運が悪ければ一本も当たらないという自体に陥ってしまうが、運も実力のうち。風はトモに吹いていたのだ。
かなりの数の矢を無防備に受けたため今のミヤビは相当に弱っている。
矢だけでなく、ハルやオダの必殺技や、オカールの猛攻があったからこそミヤビをここまでフラつかせることが出来たのである。
そんなミヤビの胸を目掛けて、トモが至近距離で弓を構える。
狙いは先日あけた胸の鉄板の穴だ。

「今の私の殺気は……どんな感じですかね?」
「……これ以上無いくらいに強くて恐ろしい殺気だ……でも、私はもう……」

ドスッ!といった音と共にミヤビは血を吹いて倒れた。
ガッツポーズを取りたくなるところが、トモにはそんな余裕は無い。
本来の目的を果たすために武道館へと足を踏み入れていく。

「オカール様、先に武道館に立ちたかったようだけどすいません。もう、行きます!」

トモが1人で駆けていくのを遠くから見ていたリュック、クールは驚いた顔をしていた。
ガールの言った通り、オカール以外の若手がミヤビにトドメをさしたことが今でも信じられないのだ。

「ほんとうにたおしちゃった……」
「リュック、クール、さっき言った通り……」
「レイちゃん、もう言わないで」
「リュック……」
「分かったよ、もう諦めたりはしないよ。可能性はめちゃくちゃ低いだろうけど、私たちが人間に戻れるように祈るくらいはしてあげる!」
「わたしもがんばる!」
「リュック!クール!」

  
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