最高傑作の戦車が破壊されてしまったが、チナミは敗北者の顔などしていなかった。 チナミの作品は兵器だけではない。 剣や弓、銃といった人が手に持つ武器らも多く取り揃えているのだ。 「トンファーにヌンチャク?それはまるで……」 「そうだよ、これは"KYASTシフト"。マイミに体術で対抗するための布陣なんだ!」 チナミは一瞬にしてマイミの背後へと回り込んだ。 カリンが行うような針治療による筋力の活性化により、チナミの身体能力は超強化されている。 ただでさえ長い脚を持つチナミの走力は韋駄天の如きものとなり、 マイミの動体視力をもってしても捉えることは出来なかった。 無防備の背中に対して、両手で持ったトンファーとヌンチャクで攻撃を仕掛けていく。 「せいやっ!」 トンファーとヌンチャクはそれぞれKASTのアーリーとサユキが扱う武器だ。 ただし武器の質は大きく違っている。世界屈指の名工チナミがこしらえたのだから当然だろう。 そして針のドーピングで身体能力を向上させた状態で打ち込んだため、威力はオリジナルの何倍にも跳ね上がっていた。 「どうだ!クリーンヒット!これで流石のマイミも……」 「何かしたか?チナミ」 「ははっ!効いてないか!」 もちろん効いていないはずがなかった。マイミだって人間だ。良いのを貰えば激痛だって感じる。 ただ、当たる直前に背中の筋力を一時的に硬化させたためダメージを最小限に抑えられたのだ。 目では追えなかったが、ギラギラ刺す太陽のような殺気は常に感じていたためガード出来たのである。 「だったらこれはどう!?」 チナミはカリンが扱うような釵(さい)を両手で持って、マイミに乱打を喰らわせた。 一撃一撃は大した事ないが数十も喰らえばマイミの背中は穴だらけになる。 筋肉をいくら固めようとも、鋭く細い針の侵入までは防げなかったのである。 「それがどうした!さっきの大砲と比べたら痛くも痒くもないぞっ!!」 マイミはすぐに振り返り、素早いワンツーパンチを当てていった。 たった2つのパンチでチナミの釵を2本ともぶっ壊したのだ。 「まだ終わりじゃないよっ!これでも喰らいなっ!!」 そう言うとチナミは背中からボウを取り出した。これはトモが得意とする弓道だ。 こんな至近距離でマイミの心臓目掛けて矢を射出していく。 「そう来ると思ったぞ!その矢は届かないっ!!」 アーリー、サユキ、カリンと来たのだから、次にトモのボウを持ち出すことはマイミにも予測出来ていた。 心臓だけは阻止するためにすぐさま腕でガードする。 結果、二本の腕を矢で貫かれてしまったが、胸に当たるのだけはギリギリのところで止めることが出来た。 「愚かだなチナミ!KASTシフトなんて宣言したら次の手がバレバレだぞ!」 「KAST?いやいや違うよマイミ、私は"KYASTシフト"って言ったんだよ。」 「?……」 「次に私が何をするのか、マイミには分からないでしょっ!!」 チナミの右肩にはいつの間にか大袈裟な肩パッドが装着されていた。 これよりチナミはマイミに突進をしようとしているのだ。 それはかつて、まだ勇敢さを失う前のユカニャが得意としていた"ぶつかり稽古"のようだった。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 果実の国のユカニャ王はかつてはKYASTの一員として前線で立っていた。 ピーチジュースの効力により恐怖心を消し去って勇敢に戦っていたその時は、 "ぶつかり稽古"という名のタックルで幾多もの敵を葬ってきたのだ。 マイミはKASTは知っていてもその時のユカニャの戦い方は知らない。 故に肩パッドによる突進を予測できず、まともに受けてしまったのだ。 「くっ……」 「まだ終わりじゃないよ!」 タックルは有効だったが決定打と言うにはまだ弱い。 相対するマイミを死に至らせるためには完全に肉体を破壊してやる必要があるのだ。 だからこそチナミはマイミに極限まで接近したのである。 「アーリーちゃんがね、私の可愛い機械兵たちをこうやって壊してたんだよっ!」 チナミはマイミを抱きしめたかと思えば一気に圧迫をしていった。 通常時であればまるでダメージを与えられないかもしれないが、今は別だ。 チナミの筋力は針治療によって一時的に超強化されているし、 ここまでの一連の流れでマイミの背中は大きく傷ついている。 また、腕が矢で貫かれているために抵抗も満足に行うことが出来ない。 これだけの条件が揃えばアーリーばりの締め付けによって背骨を折ることも可能と考えたのだ。 「私の!勝ちだあああああああああああああ!」 チナミが力を込めるたびにマイミの骨がミシッと軋む音が聞こえる。 効いていることを確信したチナミは、早々に仕留めるために更に力を加えていった。 だが様子がおかしい。いくら絞めつけてもマイミの骨が折れる気配がしないのだ。 「そんなものか?チナミ」 「まだ……まだ足りないっていうの?……」 マイミが倒れない理由はシンプル。 "抱きしめても壊れないくらい強くなりすぎたから"だ。 先ほど戦車を破壊する際に『ビューティフルダンス、"派生・夢幻クライマックス"』を放っていたが、 身体に高負荷がかかるこの派生技を使いこなすために、マイミは更なる鍛錬をしていたのである。 チナミの抱きしめが効いていないワケではないが、折られる程でも無かったのだ。 「ならばお返しだ!たあっ!!」 マイミはブリッジでもするかのように勢いよく反り返った。 そうしてチナミの脳天を地面に叩きつけていく。 あまりの痛みにチナミはマイミを抱きしめていた腕を放してしまう。 「ああ!くそっ!」 肉弾戦では分が悪いと判断したチナミは後方へと下がった。 ここで押し切りたい思いがあったので非常に悔しいが、勝つためには仕方ない。 戦略を変えねばマイミには勝てないのだ。 「次はなんだ?帝国剣士か番長の武器でも使うと言うのか?」 「それはさっきやったでしょ……」 チナミは戦車に乗っている間も、何回も連合軍の武器を使用してはマイミに攻撃を仕掛けていた。 言わば総力戦を仕掛けたつもりでいたのだがそれでもマイミを倒すには至っていない。 ここで"帝国剣士シフト"や"番長シフト"に改めて切り替えたところで意味は無いだろう。 「ならば、食卓の騎士の武器か?」 「扱えないことも無いんだけどね……」 そう言うとチナミはクマイチャンの長刀と全く同じ代物を取り出した。 こんなに大きな剣を一瞬で出し入れするなんてまるで手品のようだ。 「ベリーズの武器も、キュートの武器も、私が作ったんだからそりゃ普通に使えるよ。 でもね、本来の持ち主ほどの強さを引き出すことなんて出来ない。 だったらマイミを倒すなんて夢のまた夢だよね。」 「そうか……だったらどうする?」 チナミは深呼吸をした後に、両手にそれぞれ小型大砲を構えていった。 どうやら次の戦い方が決まったようだ。 「やっぱり、なんだかんだで本来のスタイルが一番だと思うんだよね。 私の大砲でマイミを吹き飛ばしてあげる!」 銃火器で大暴れするチナミは「天下無双女子」と呼ばれている。 「霊長類最強女子」のマイミと決着をつけるべく、トリガーを引いていく。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ("本来のスタイル"か……確かに、それが最も恐ろしい。) 放たれた砲弾にはチナミの殺気がしっかりと乗っていた。 灼熱の太陽のような殺気は触れずとも火傷してしまいそうな程に熱い。 そんな高熱の物体が飛んでくるのだから、他のどんな武器よりも厄介この上なかった。 (避けられないスピードでは無い、だが、ここで避けたら負けも同然だ!) マイミは砲弾をブン殴って叩き落した。 もちろんただ殴っただけではない。嵐のオーラを拳に纏って思いっきりぶつけてやったのだ。 太陽を大雨で相殺することにより通常の砲弾に戻したのである。 こうすれば身を焼かれる思いをして消耗することもない。 「上手くいったな!どんな砲弾だろうと私が鎮火してみせる! ただの砲弾なら容易く迎撃できるからな!」 「普通はただの砲弾でもそう簡単に撃ち落とせないんだよ…… でも、そっちがリクエストするならいくらでも撃ってあげるよ!」 チナミは両手に小型大砲を構えている。 それはつまり左右同時に発射できるということ。 しかもそれぞれが再装填なしで3発ずつ連射することが出来る。 右2発、左3発の灼熱砲撃が一斉にマイミに襲い掛かる。 「それでも全弾撃ち落とす!」 マイミも突きの速さには自身があった。 高速のラッシュを繰り出して、迫りくる砲弾を次々と叩き落していく。 ところが、4発目までは順調だったのだが、 5発目を叩こうとしたところで右腕に激痛が走ってしまう。 (くっ……矢に貫かれた痛みがここで……) マイミが健康体なら5発くらい簡単に迎撃したことだろう。 しかし、今のマイミは戦車やKYASTシフトのチナミを相手したせいで疲弊しているのだ。 そのために突きの速度が追い付かず、灼熱の砲弾を腹で受けてしまう。 「う、うああああああああ!」 マイミの腹筋はシックスパックだったのでギリギリのところで耐えることが出来た。 常人なら即死だが、なんとか内臓破裂で済んだのだ。 だが、義足を失ったマイミの下半身では、砲弾の爆発を受けて踏んばることなどできなかった。 数十メートル吹き飛ばされて、背中から倒れこんでしまう。 「ま、負けてたまるものか……!」 「まだ心が折れてないのは流石としか言いようが無いね。 でも、こっちだって負けてられないんだ。容赦はしないよ。」 マイミが爆風に飛ばされている隙にチナミはリロードを終えていた。 今度こそ引導を渡すために6発の砲弾を一斉に仕掛けていく。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ マイミは絶体絶命だった。 義足が壊れているうえに腕もほとんど使い物にならなくなっている。 仰向けに倒れてしまっているが、これまでの消耗が大きすぎるために起き上がるのも困難だ。 こんな状況でチナミは燃え盛る殺気が込められた砲弾を6発も飛ばしている。 まともに喰らえば今度こそお終いだろう。 だが、こんな状況でどうやって防げば良いというのか? 「マイミ!これで決着だよ!もう連合軍を助けにはいけないねっ!!!」 (連合軍を……助けに?……) チナミの叫びでマイミは思い出した。 モーニング帝国剣士、番長、KASTら連合軍から戦車を引き離すために、自分はチナミを引き受けたのだ。 そして、チナミを倒した後はベリーズと戦う後輩たちを助けるために駆けつけるつもりでもあった。 (そうか……私は気づかぬうちに余力を残そうとしていたんだな……) なんて愚かだ、とマイミは己を呪った。 後輩を助ける名目で己の力量をセーブしていたなんて、全力が聞いて呆れる。 「チナミ!!!」 「……なに?」 「私は!もう!連合軍を助けないと決めたぞっ!!!!」 その瞬間、これまでに無い規模の瞬間最高風速の暴風雨が到来した。 台風の目はマイミ自身。全身全霊の嵐のオーラを全開にしたのである。 "突然の稲光 土砂降りな気分が押し寄せ もう歯止めきかない空模様" 集中豪雨のイメージは燃え盛る砲弾を一瞬にして鎮火し、それどころか、強風で吹き飛ばしてしまう。 「なに!?ヤケクソ!?ここで全部出し尽くして死ぬ気なの!?連合軍の子たちを見捨ててさっ!」 「い~やっ!それは違うぞチナミ!」 「何がよっ!」 「彼女らは強くなった。私が駆けつけなくてもきっとベリーズを倒してくれるはずさ!」 「なっ……」 「だから、私はここで本当の全力を出し切る。そしてチナミ!お前を倒してみせるんだっ!!!ここでサヨナラだ!!」 マイミはジェット気流のような暴風雨を追い風にして自らの身体を飛ばしていった。 終着点はチナミだ。台風のオーラを最大限に利用してチナミをぶん殴ろうとしている。 サヨナラ ただその言葉 かき消すほどに降り続けて 背中押してくれるようなファイナルスコール キュートな花散ったとしても 強く育ったその枝には 必ずまた綺麗な花 咲き乱れるから 咲き乱れるから 「ここまで、ここまで来たんだ……絶対に負けてやんないっ!!!」 チナミは小型大砲を組みあわせて合体大砲「大爆発(オードン)」を作りあげた。 マイミの豪雨に負けないほどの灼熱の太陽を背負って、砲弾をぶっ放す。 「マイミ!私は!」 「チナミ!私は!」 「「絶対に負けない!!!!」」 マイミのナックルダスターとチナミの砲弾が勢いよく衝突した。 当然のように大爆発が起こるが、最後の力を絞りだしたマイミの嵐は爆風をも吹き飛ばす。 そしてチナミの元へと到達し、渾身の右ストレートを繰り出すのだった。 「うおおおおおおおおおおおおおお!」 「あああああああああああああああ!」 2人の叫び声が止むと同時に、あれだけ強かった台風と太陽が一瞬で消え失せた。 両者とも力を全て使い果たした結果、殺気を放つことが出来なくなったのだ。 決着だ。勝負の結果は引き分け。 2人はお互いに重なるように倒れこんでしまう。 そして、武道館には綺麗な虹がかけられていた。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ リシャコの負傷は小さくなかった。 無抵抗なところをサヤシの必殺技「斬り注意」で何発も斬られたのだから当然だ。 だが、そのサヤシももう気を失っている。 残りはさっきから震え続けているマイマイのみ。 押しきれない相手ではない。 「ふぅ……まさかここで終わりなんて言わないよね? このサヤシって子のためにも、私たちは最後まで戦い続けるべきだと思うんだけど。」 「……」 「マイマイ?聞いてる?」 「終わりにしよう。」 「は?本気で言ってるの?サヤシの犠牲をバカにしてるの?……だったらちょっと本気で許せないんだけど。」 「ううん、私の勝利で、終わりにしよう。」 「!」 マイマイが放つ雰囲気が変わったのをリシャコは感じ取った。 そして次の瞬間、マイマイが床に斧を思いっきり叩きつける。 マイマイの斧は破壊力抜群。砕けた床が弾け飛んでリシャコの顔面へと突き進んでいく。 (まずい!このままだと私は……) 不本意ながらもリシャコのオートカウンターである「暴暴暴暴暴(あばばばば)」が発動してしまった。 このカウンターはどんな攻撃に対しても自動で行われ、0.1秒意識を失う代わりに鋭い槍撃を繰り出していく。 そう、対象が人間ではなくただの瓦礫であろうとも反撃をしてしまうのだ。 0.1秒後の世界で目覚めたリシャコは、槍に瓦礫が突き刺さっているのを確認した。 そしてその代わりにマイマイの姿が視界から消え去っていることにも気づいていく。 (今の一瞬で姿を隠したか!……だったら、後ろだ!) リシャコはノールックで後方に槍を突き付けた。 そしてそこには案の定マイマイが存在していたようで、斧で槍を防ぐ音がすぐに聞こえてきた。 「なに!?急にやる気だしたっていうの!?さっきまで怯えてたくせにっ!」 今の僅かな攻防だけでもマイマイが別人のようになったことがよく分かる。 いや、これが本来のマイマイの戦い方なのだ。 キュートの誰よりも肝が据わっていて、怖いもの知らずの働きを見せてくれている。 どちらかと言えばさっきまで冷や汗ダラダラでビクビクしていた方がおかしかったのである。 サヤシは先ほど、マイマイはリシャコが恐ろしくて怖がっているのではないかと予測していたのだが、 このタイマンの状況で平然と振る舞えているのだから、予想はハズレと言っていいだろう。 では何故マイマイは急変したのか?リシャコはそれが分からず混乱してしまう。 (さっきまでと今とで何が違うと言うの!? シミハムがいないこと?それともナカサキがいないこと?後輩がいないこと? 私がサヤシに傷つけられて大怪我を負ったこと? そう言えばさっきシミハムが砂埃を起こした時も、一瞬だけマイマイは強かったっけ…… いったい、何がマイマイを変えたの?……) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 武道館の天井上では、走るナカサキとサユキをシミハムが全力で追いかけていた。 このペースなら全然追い付ける。すぐにでも仕留められるはずだ。 だが、そんなシミハムにも心配事が一点あった。 それはリシャコを1人残したことだった。 「……」 リシャコの実力を疑っているのではない。非常に心強い仲間であると一目も二目も置いている。 シミハムはむしろ、マイマイの様子がおかしいことを懸念していたのだ。 本日はじめに出くわした時点で本調子では無いようだったし、 サヤシと本格的な共闘を始めた時には最大限に不安そうな顔をしていた。 リシャコやサヤシは「リシャコが怖い」からマイマイが怯えたのではないかと思ったが、 シミハムはそうではないと考えていた。 推測が正しければ、サヤシさえ生かし続ければリシャコは優位に振る舞えたのだが…… 「マイマイが強さを取り戻したのは……サヤシが倒れたから?……」 リシャコは目の前のマイマイに対してボソッと言い放った。 点と点が繋がったのでそう言ってみただけなのだが、 マイマイが図星をつかれたような顔をしたのでリシャコは余計に混乱する。 「う……」 「えっ?んっ?……それってつまり……」 マイマイはシミハムにもリシャコにも恐怖していなかった。 では誰に恐怖していたのか? 答えはサヤシだ。 いや、正確に言えばサヤシだけでなく、アユミンにサユキにカリンに…… 「後輩が怖かったってこと?……えっ?」 「……そう、だよ」 本人も認めている通り、マイマイは後輩たちのプレッシャーに押されて本来の力を発揮出来ずにいたのだ。 リシャコからしてみれば非常に理解し難いことではあるが、マイマイにとってはこれが大問題。 キュートだけ、あるいはベリーズとキュートだけで戦っている時は最年少らしく大胆に振る舞っていたが、 帝国剣士、番長、KASTら後輩も加わるとなると、マイマイの立場は一気に女性中間管理職と化してしまう。 未来ある若手に見られると思うと緊張で手脚が震えるし、喉もカラカラになる。頭だって全然働かない。 このツアーの序盤でマイマイが仮病で休んでいたのも、情けない姿を見せたくないからに他なかった。 「今は後輩が誰もいないよっ!だから全力を出せるってこと!」 「いや、誇らしく言われても……」 思い返してみれば砂埃が舞い上がった時に一瞬だけマイマイが強くなったのも、 視界が著しく悪くなることによって「後輩に見られなかった」からだ。 リシャコは色々と合点がいったが、相変わらずマイマイの性質が理解出来ずに苦しんでいる。 「う~ん、そういうことなの?……シミハムがこの子らをさっさと倒さなかったのもマイマイを弱らせるため?……」 「リシャコはまどろっこしいと思うかもしれないけど、シミハムはそういう考えだったんだろうね。 どう?サヤシを先に倒して私を強くしたこと、後悔してる?」 「……そんなワケないでしょ。」 リシャコは三叉槍を強く握った。 マイマイが元のマイマイに戻ろうが、負けるつもりは毛頭無いのだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ リシャコはマイマイ目掛けて勢いよく槍を突き出した。 カウンター頼りだと逆に利用されてしまう恐れがあるため、 積極的に攻めることでペースを掴んでやろうとしているのだ。 (元に戻ったところでマイマイより私が強い!押し切ってやる!) これはリシャコの驕りではない。 過去の訓練実績から見ても、リシャコはマイマイに勝ち越していたのだ。 まともにやり合えばリシャコが勝つ確率の方が圧倒的に高いのである。 「まともにやり合うことが出来れば……ね。」 「!」 腕を伸ばし切るといったところで、リシャコは腹から出血をしてしまった。 サヤシから受けた切り傷から血液が多量に噴き出たのだ。 今のリシャコはサヤシの必殺技「斬り注意」をまともに受けたおかげで、 2,3箇所ほどは深くまで傷つけられている。 痛み自体は耐えられるものの、出血によるパフォーマンスの低下はどうしても避けられない。 (私の槍が……こんなにも遅い!) もちろん、重傷な割には鋭い槍撃を繰り出している方ではあるのだが、 これが食卓の騎士同士の戦いとなると、多少の遅延が大きく影響していた。 結果としてリシャコの一撃は、マイマイの斧によって簡単に防がれてしまう。 「そんなヘナチョコじゃ私を貫くことは出来ないよ。」 「くっ……」 マイマイと対等に戦うにはリシャコは傷つきすぎていた。 サヤシによる捨て身の攻撃を受けたことで、取返しのつかない事態に陥ってしまったのだ。 ガチンコ勝負では分が悪いと判断したリシャコは数歩退き、戦い方を変えることを決意する。 「あっ!逃げるの!?」 「逃げないよ……これから私は、エレガントに戦うんだから。」 「!」 「『暴暴暴暴暴(あばばばば)、"派生・イブ"』!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ リシャコはカウンター時に一瞬だけ意識を飛ばす。 マイマイはその特性を利用して一方的に攻めてやろうと思っていたが、そうもいかなくなってしまった。 「あの状態は……」 長年の訓練によってリシャコは気を失う時間を限りなく短くすることに成功したが、 この『暴暴暴暴暴(あばばばば)、"派生・イブ"』はその逆。 かつてのように、相手を殲滅するまで暴走し続けるのである。 だが、暴走とは言っても怒り狂ったように暴れまくるのではない。 イブとなったリシャコはエレガントに舞う。 マイマイの肺のある位置をその眼で見抜き、必要最小限の動きで槍で貫こうとしてくるのだ。 機械のように効率的な動きには一切の無駄が無く、非常に美しい。 (本当に正確だから狙いは分かりやすいけど……) エレガントなリシャコの槍撃をマイマイは斧で受け止めた。 機械的な動きということは行動予測がし易いということ。 なので、槍の軌道に斧を入れてやれば簡単に防げる。 ただ、それはリシャコの突きが弱かった場合の話だ。 今のリシャコは暴走体ゆえに相手をただただ打ちのめすことしか行わない。 つまりは、サヤシに斬られた怪我を全く気にせずに攻撃を行うことが出来るのだ。 通常、負傷した人間は知らず知らずのうちに怪我をかばうものだが、"イブ"はそんなことはしない。 全身全霊でマイマイを突くのみ。 (一撃が重い!ガードしきれる!?) 槍を防がれたリシャコは、更なる突きを2発3発4発と繰り出していく。 狙いはマイマイの斧。 攻撃を防ぐ遮断物とみなし、斧が壊れるまで槍をぶつけようとしているのだ。 連撃とは言え一撃一撃が重く鋭いため、マイマイは防戦一方になってしまう。 そして5発目を貰うことには斧にヒビが入ることとなる。 (まずい!このまま受け続けたら本当に斧が壊されちゃう!) ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ マイマイが"面"で防いでいるのに対して、リシャコは"点"で攻撃を仕掛けている。 槍の方が力を一点集中できるため両者がぶつかれば斧が先に砕けてしまうだろう。 また、ベリーズとキュートが扱う特別性の武器は製作者であるチナミにしか整備を行うことが出来ない。 マイマイの斧は長らく研がれていないというのに、 リシャコの槍はメンテナンスがしっかりと行き届いている。 こうも条件が違えば斧が破壊されるのはもはや時間の問題だった。 (ここで武器を壊されるワケにはいかない……だったら!) マイマイは斧を床に投げ捨てた。 投げやりな態度に見えるかもしれないがそうではない。 勝利の可能性を失わないために、一時的に斧を捨てたにすぎないのだ。 それに武器を手放すのは決して悪いことだけではない。 重量感たっぷりの斧が無いおかげで、今のマイマイは通常より素早く動くことが出来る。 当然リシャコは肺を目掛けて槍の一閃をお見舞いするだろうが、 マイマイは持ち前の瞬発力で回避してみせた。 彼女もキュートの一員。厳しいキューティーサーキットをこなすだけの運動神経は当然持ち合わせているのだ。 武器が無いからと言って黙って貫かれるようではキュートは勤まらない。 (でもすぐに追撃が来る。のんびりしてられない!) マイマイはすぐさま、その場から移動した。 一撃でももらえばアウトな槍撃を回避し続けるためには走って逃げるのが最適だと判断したのだ。 しかしリシャコも当然追ってくる。 こう見えてリシャコはベリーズの中では高い走力を誇るため、考えなしに逃げるだけではすぐに追い付かれてしまうだろう。 (うん。普通に走れば追い付かれる。だから工夫しなきゃ。) マイマイにはアテがあった。 それを利用することを想像するとまたも心に冷や汗をかいてしまいそうだが、今の自分はやれる。 暴走状態のリシャコに致命傷を与える"君の戦法"を今にも見せてくるはずだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ マイマイは武道館の外を目掛けて走り出した。 当然リシャコも追ってくるがそれも織り込み済み。 あるポイントに誘導することが狙いなのだ。 (この床のこと、リシャコは知らないでしょっ!) 門の前のあたりでマイマイはピョンと小さくJAUPをした。 一瞬とは言え跳躍することは余計な動作であるため、ただ走るだけに比べるとロスがある。 それに対してリシャコは一直線に全速力で走っている。 となれば距離を一気に詰められて、リシャコの槍がマイマイに届くはずだった。 ところが、ここでリシャコは派手に転倒してしまう。 ツルッツルに磨かれた床を思いっきり踏んだ結果、すっ転んだのだ。 「えっ!?なに!?」 急激なショックを受けたリシャコはイブ状態を強制的に解除されて、我に返る。 とは言え床にぶっ倒れている状態で起きたのだから混乱は必至だ。 状況を掴むのに苦労をしている。 そして、マイマイはリシャコが落ち着くのを待ってはくれない。 (うん。アユミンちゃんが均してくれた床は想像以上に滑りやすかった。 だとしたら私はリシャコにもっと追い打ちをかけられる!) 後輩を恐れているマイマイだが、後輩が嫌いなワケでは決してなかった。 もっと心に余裕が持てたのであればしっかりと共同戦線をはりたいとも思っている。 だからこそマイマイは、アユミンが残した置き土産であるツルツルの床を利用したのだ。 アユミンは必殺技「キャンディ・クラッシュ」を発動するために武道館の門の前の床を極限まで滑りやすくしていた。 今、リシャコはその床にいる。 ならばちょっと押してやればリシャコは摩擦ゼロの世界を滑り続けてくれるだろう。 「リシャコ、あなたはさっきアユミンちゃんを下に突き落としたよね! 同じ思いを味合わせてあげる!!」 「!!」 マイマイはリシャコの顔面を思いっきり蹴飛ばした。 滑る床で踏んばりのきかないリシャコはそのまま武道館の敷地外へと吹っ飛ばされてしまう。 武道館の門は2階にある。即ち、リシャコはわけもわからぬまま1階へと突き落とされたのだ。 「マイマイ!よくも!!あああああ!」 「これで終わりなら楽なんだけど……」 アユミンはリシャコに突き落とされて気を失ったが、リシャコはそうはいかないだろう。 すぐに上がってくるはず。 マイマイは与えられた僅かな猶予でそれに備えなくてはならない。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ "リシャコはすぐに上がってくる"、それが既に勘違いだった。 ドォンと言った衝撃音と共にマイマイの足場が崩壊していく。 「これはっ!」 もちろんリシャコの仕業。 武道館そのものに槍を強く突き刺すことで、マイマイの立つ床を下から破壊したのである。 サヤシの必殺技で大怪我を負わされたうえに、2階から地面に突き落とされたというのに、 これだけの力がまだ残っているのは驚きだ。 そしてリシャコは落下してきたマイマイの頭を鷲掴みにし、地面へと強く叩きつける。 「ううっ!!」 「なに痛がってるの。これくらいでやられるマイマイじゃないでしょ。 私たちは選ばれし食卓の騎士なんだからっ!!」 リシャコは己がベリーズであることを人一倍誇りに思っていた。 そして、キュートを含めた"食卓の騎士"が他の戦士より圧倒的に優れていると強く信じている。 自分たちの代わりは今後、二度と現れない。それがリシャコの考えだ。 「……やっぱり、私は今回の作戦は反対だよ。」 「リシャコ?……」 「ベリーズとキュートがいつまでも戦士として戦えば全部解決でしょ! ほら見てみなよ!帝国剣士のアユミンって子は2階から落ちるだけで気を失っちゃってる。 でも、私とマイマイはそんなヤワじゃないんだよ。今こうして話していることが証明になっているよね?」 「リシャコも知ってるでしょ!私たちには時間が……」 「うん、分かってる、私たちはもう"大人なのよ”。でもまだ全然余裕はあるでしょ。 確かにシミハム団長やモモコ、マイミのタイムリミットは近いのかもしれない。 それでも私やアイリ、オカール、そしてまだ20歳にもなってないマイマイはまだまだ先の話じゃない!」 「……」 「いや、タイムリミットが来たとしても今の若い子たちには負ける気がしない。 私に深手を負わせたサヤシみたいに、見どころがある子がいるのは認めるけど、それでも私たちには敵わない。 近隣諸国の全ての軍を解体したとしても、私たち食卓の騎士だけが活動し続ければ、この世は安泰だよ。」 とんでもないことを口走っているが、リシャコの目は真剣そのものだった。 「作戦に反対してるんだったら……リシャコはどうして、今、戦っているの?……」 「簡単だよ。ベリーズとキュートだけで十分だということを思い知らせるため。」 「!」 「マイマイ、そろそろ決着をつけようよ。 私は若い子たちを全滅させないといけないんだ。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 地に転がるマイマイ目掛けてリシャコは槍を落としていった。 このまま肺を貫かれれば深海にいるかのような苦しみを味わうことになる。 いや、この状況だから肺ではなくどこをやられたとしても致命傷だろう。 それだけは避けたいマイマイは必死で転がり、回避した。 (斧は2階だ……取りにいく余裕、ある?) 槍の切っ先があたっただけで地面が炸裂したことからも、リシャコが仕留めにかかっているのは明らかだ。 クマイチャンのように地割れを起こすとまではいかないが、地を砕いて吹き飛ばしている。 このようなことを平気で行えるのもリシャコが若手より数段高い実力を持つからだろう。 「上手く避けたね。でもそれもいつまで続くかな!」 リシャコの言う通り、武器を持たぬマイマイは圧倒的不利な状況にあった。 斧が無ければリシャコの槍を受けることは出来ない。 一撃でも喰らえば大怪我は必至なので神経をすり減らしてでも避け続けるしかないのだ。 「これで閉幕だよ!マイマイ!」 リシャコは深海の如きオーラを己の三叉槍にブチ込んだ。 マイマイからは大海原が一気に迫ってくるように見えることだろう。 気を抜けばその瞬間、深い深い海に沈められて溺れてしまう。 こんな窮地では並の戦士はビビってしまい萎縮するに違いない。 だが、今回はそうはならなかった。 後輩に見られた時のプレッシャーに比べれば、知った顔のリシャコの殺気なんて少しも息苦しくなんかない。 「閉幕?……ううん、終わりなんかじゃないよ。」 マイマイは素手で地面をブン殴った。 単純な腕力だけで言えば彼女はキュートで2番目に位置している。 そんなマイマイが殴ったのだから、リシャコが先ほど行なった以上に地面は炸裂した。 辺りの石は四方八方に吹き飛び、更に煙幕のような砂埃が巻き起こった。 (何も見えない……さてはマイマイ、この隙に武器を取りに行くつもり!?) リシャコの発想は至極当然のものだ。 誰もが不利な状況をイーブンまで持っていきたいと思うだろう。 しかしマイマイはそうはしなかった。 リシャコが2階へと続く階段に意識を向けているところに、渾身の右ストレートパンチをぶち込んだのだ。 頬をやられたリシャコはその場で転倒してしまう。 「!?」 「その眼で見えてなければカウンターも発動しないんだったね。安全に攻撃させてもらったよ。」 「マイマイ……!」 「それにリシャコ、さっきも言ったけど閉幕なんて言わないでよね。」 「……なに?」 「これからは若い子たちの時代が始まるの。閉幕じゃない。幕が開けるんだよ。 野暮は言いっこなし。水差さないで。」 Curtain Rises. これから新たな舞台が始まることをマイマイは確信している。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ マイマイの発言にリシャコは激怒した。 だが怒りに任せて大暴れするなんてことはしない。 「意見が割れちゃったか……だったら叩きのめすまで!!」 ここで口論をしてもしょうがないことをリシャコとマイマイは理解していた。 我を通すには力が必要。 己が正しいことを証明するためには勝てば良いだけの話だ。 (一瞬で決めてみせる!) リシャコは起き上がると同時にマイマイへと突っ込んでいった。 その手には当然のように槍が握られている。素早くマイマイを刺そうとしているのだ。 かなりの速攻だ。これでは地面を殴って砂埃を巻き起こす暇はない。 (だったら避ければいい!) マイマイは迫りくる槍をギリギリまで引きつけてから、右方向に転がった。 斧が無いため槍を受け止められないが、その分だけ身軽に動くことが出来る。 一旦回避をしてその後からリシャコに反撃をしようと思っていたのだが…… 「逃がさないよ。」 「!」 リシャコはマイマイが転んだ方向に槍を向けていた。 まるで相手がこう動くことを全て分かっていたのかのような攻撃だ。 流石のマイマイもこれ以上は避けきることが出来ず、リシャコの槍撃を胸で受けてしまう。 「ま、まさか……その眼で見抜いて?……」 「そうだよ。」 リシャコの眼は、相手を溺れさせるための一点を知覚する眼だ。 つまりは肺を傷つけるポイントが手に取るように分かるのである。 マイマイが右に転んで避けようとしたことも、リシャコの眼はしっかりと捉えていた。 故にリシャコは槍の軌道を曲げて、新たな回避先に突き刺すことが出来るたのだ。 (く、苦しい!!) マイマイの肺に少量の血液が入り込む。 これによりマイマイは深海に沈められたかのような苦しみを味わうこととなる。 これまでリシャコはマイマイとサヤシに何度も痛めつけられてきたが、 溺れさせさえすればイーブンだ。 それどころか状況は大きくリシャコに傾く。 「苦しいでしょ?血を吐かないとずっと苦しいままだよ……その前に仕留めるけどね。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 深海の底にいるような思いのマイマイは、今にも意識が薄れてしまいそうだった。 だがここで幕引きにするワケにはいかない。 そう考えたマイマイはリシャコが槍を引くより先に、槍の柄を両手でガッチリと掴んだ。 「何を!?」 「私は武器を持ってないんだからさ……素手で戦い合おうよ……」 マイマイは槍を無理矢理奪い取って地面へと突き刺した。その様はまるで地からポールが生えているかのようだ。 愛用する三叉槍を手放すなんて、リシャコもサヤシに斬られて相当疲弊しているに違いない。 「よくも私の槍を……!」 怒ったリシャコは溺れて苦しむマイマイを殴り飛ばそうとした。 それに対してマイマイは元々槍だったポールに飛びつくことで回避する。 そしてポールにしがみついたまま脚をピンと伸ばし、リシャコの顔面に蹴りを入れる。 「!」 宙に浮いたような姿勢で蹴りだしてきたので、リシャコは驚き、モロに受けてしまった。 弱ったマイマイからの攻撃なので威力はそれほどでもなかったが、体勢を崩してその場で尻もちをついてしまう。 「奇妙な動き……でもそんな攻撃、全然効かないよ。引きずり落としてあげる!」 手を伸ばして相手の身体を掴もうとするリシャコだったが、ここからがマイマイのポールダンスの見せどころ。 脳に酸素が殆どいっていない状態であるにもかかわらず、更にポールの上へと上昇していく。 リシャコに決定打を与えるためには重力の力を借りる必要があることに気づいているのだ。 木に成ったリンゴが落ちるかのように、マイマイもリシャコの元へと落ちていく。 「DEATH刻印……"派生・アダム"……!」 今のマイマイには武器は握られていない。 だが、戦士としては裸同然の彼女も手刀を繰り出すことは出来る。 落下により得た勢いでマイマイはリシャコの額に手刀を思いっきり叩きつける。 「!!!」 その瞬間、リシャコの額からは多量の血液が吹き出した。 それだけじゃない、サヤシの斬り注意を受けた傷口からも大袈裟に出血している。 マイマイの必殺技だけがこうしたのではない。今までの蓄積により、リシャコはもう限界を迎えていたのだ。 「決まったね……思った通り、カウンターも……発動しない……」 リシャコの超反応カウンター「暴暴暴暴暴(あばばばば)」は槍を持っている時にしか使えない。 その武器が地面に突き刺さるポールと化した今、マイマイが攻めようとも発動できないのである。 「カウンター?……そんなのは要らないっ!……」 リシャコは右腕を思いっきり突きあげて、マイマイの胸に叩きつけた。 オートのカウンターこそ発動しないが、自分の意思での反撃は好きに行うことが出来る。 肺に穴をあけた箇所をブン殴ることで、ただでさえ苦しむマイマイの意識を完全に断ち切ることに成功する。 「!!!……」 「勝った……いや……こんなの、勝ちとは言えない……か」 マイマイが寝転ぶとほぼ同時にリシャコは吐血した。 意識を保つために必要な血液が圧倒的に足りていない。 "人魚姫(マーメイド)"リシャコは、皮肉にも深海の底でブラックアウトするかの如く意識を飛ばしてしまう。 リシャコとマイマイはこうして両者とも倒れてしまった。勝敗の結果はドロー。引き分けだ。 これでは2人の意見は割れたまま。 どちらが正しいかは、未来を担う後輩たちがその身をもって証明してくれるだろう。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 「これが……武道館……」 トモ・フェアリークォーツは武道館の厳かな雰囲気に気圧されていた。 1万を超える席が高くまでびっしりと設置されている。 今はもちろん無人だが、満席の状態でセンターステージに立てたなら、いったいどんな気分になるのだろうか。 想像するだけで気分が高揚するし、震えてもくる。 「いや、そんな事を考えている暇はない。速くマーサー王とサユ様を見つけないと…… ミヤビ以外のベリーズが襲ってくる可能性だってあるんだ……」 トモは辺りを見渡した。 武道館の内部はかなりの広さだが、無観客なので向こうの方まで視認することが出来る。 そして、自分以外の誰かが入り込んでいることに気づいた。 「あれは……!」 南口付近に番長のタケとリカコ、 そして西口付近に帝国剣士のハルナンと、その後輩らしき2人が立っている。 同じタイミングで彼女らも互いの存在に気づいたらしく、一同は武道館の中心へと駆けて行った。 「あれ?(><)タケさんタケさん、KASTのトモさんは分かるけど、他の人は誰ですか???」 「帝国剣士のハルナンとノナカ、マリアだよ。ほら、私やムロタン、マホみたいな援軍って言えば分かりやすいかな。」 「なるほど~!(^〇^)」 合流した連合軍の生き残り達は互いの近況を報告し合った。 モモコ、ミヤビ、クマイチャンを撃破したこと、 そしてチナミはマイミが抑えているから武道館までには入ってこないであろうことを共有する。 「なるほどね。じゃあマリア、私たちがこれから戦う可能性のあるベリーズは誰なのか言ってみて。」 「ハルナンさん分かりました!残りはシミハムとリシャコです!」 「その通りよ。お次はノナカに聞こうかしら。今、私たちが心配すべきことは何?」 「um...サユ様とマーサー王様の安否ですか?」 「それは確かにそう。でも、他にもあるでしょ?」 「はい……East exit、東口の人と合流できていないことだと思います。」 「そうね。」 ナカサキ、マイマイ、サヤシ、アユミン、サユキ、カリン、その誰もがこの場にはいなかった。 元々は西口、西南口、南口の面々が時間を稼いでいる隙に、東口メンバーが王を救うと言う作戦だったが、 未だに誰も武道館に入っていないというのはおかしな話である。 苦戦していればまだ良い方。 残るベリーズのシミハムとリシャコに全滅させられていたら自体は最悪だ。 「だったらさ、皆で助けにいこうぜ!」 「同感。これだけのメンバーが揃えば絶対に負けないよ。」 タケ・ガキダナーとトモ・フェアリークォーツが勇敢さを見せつける。 どちらも強敵であるベリーズを倒した実績から、自信が満ち溢れているのだ。 頼れるアイリとオカールはもう戦線離脱してしまったが、自分たちだけでもやれると強く信じている。 「そうですね。そうしましょう。サユ様とマーサー王も心配だけど、戦力は分散させずに集中した方が良いですしね。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 一同が東口に向かおうとしたその時、武道館の天井から音が聞こえてきた。 かなり高い位置ではあるが確かに感じる。しかもその物音はどんどん移動しているのだ。 「なにこの音?……この大きさ、ネズミなんかじゃ無いよね……」 トモも、他のメンバーも気づいていた。何者かが武道館の上を駆けていることを。 そしてその予想は大当たりだ。 今現在、武道館の天井ではナカサキがサユキを背負ってダッシュをしていた。 そしてそれをシミハムも追いかけている。 「ナカサキ様!攻撃が来ます!」 「!」 シミハムは三節棍の存在を"無"にしてナカサキに叩きつけた。 目には見えないその攻撃を知覚できるのはサユキの耳だけ。 聞こえた時点でサユキは伝達したが、当のナカサキには避けられるだけの体力は残っていなかった。 走力を得るために無理な確変をしすぎたおかげで酷く疲弊していたのである。 シミハムの棍をまともに受けたナカサキは血反吐を吐いて転倒してしまう。 背負われていたサユキも落とされて、武道館の緑青色の天井に身体を強く叩きつけられる。 「うっ!」「ああっ!」 サユキの耳で突き止めたマーサー王とサユの居場所に武道館の上から辿り着くという作戦だったが、 頼みの綱であるナカサキがこうなってしまえば、もうどうすることも出来やしない。 シミハムの攻撃もサユキなら避けることが出来るが、 体力にも限界があるのでいつまで避け続けられるかは分からない。 もはや絶体絶命だ。 「サユキちゃん……私がシミハムを止めるから、ここは逃げて……」 「ナカサキ様……」 とは言えボロボロの状態であり、その上シミハムの攻撃が見えないナカサキでは何秒持つかも分からない。 この調子ではシミハムはすぐにナカサキを倒し、お次はサユキを仕留めにくるだろう。 非常に困り果てたその時、サユキ・サルベの耳が新たな音を捉えはじめる。 (えっ?……武道館の中に人が?……しかも、この声は……) この状況を打破する希望は武道館の中にあった。 サユキとナカサキは天井をブチ破ってでも彼女らと合流しなくてはならない。 だが、現在の2人の破壊力ではいくら頑張ってもそれは叶わない。 シミハムに邪魔されてブン殴られるのがオチだろう。 (だったら!) サユキは下方向に向かって大声で叫んだ。 頼れる仲間に声が届くことを願って、喉が千切れんばかりの声量でこの言葉を叫ぶ。 「こ こ だ よ ト モ !」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ (上から声が!?) 微かではあるがトモの耳には確かに聞こえた。 天井から聞こえてくるのは盟友サユキの叫び声だ。 となればやることは1つしかない。 矢を天高くまで飛ばして天井をブチ破るのみ。 「そこにいるんだねっ!サユキっ!!」 トモはミヤビを倒した時のように数本の矢を上空目掛けて飛ばしていった。 ただし今回の矢は放物線を描かない。一直線に天井へと突き刺さる。 「トモ!?」「いったい何を……」 周りのメンバーはトモが何をしているのか分からなかった。 天井を破壊したいという意図は理解できるが、ボウの矢程度では壊せるはずがないのだ。 正気を疑う者も出始めるが、1人だけはトモを完全に信じ切っていた。 それは上にいるサユキ・サルベだ。 覚醒した耳で矢の音を聞き取り、天井に突き刺さったタイミングで鉄製のヌンチャクを叩きつけた。 上方向と下方向の両方から衝撃を与えた結果、天井に穴を開けることに成功する。 「やった!」 その穴は想定より大きく、サユキだけでなくナカサキとシミハムまでも落下することとなった。 これで下の仲間たちと合流できる。 それは良かったのだが、これだけの高さから落ちればまず無事では済まない。 空中戦が得意なサユキではあるが骨の一本や二本は犠牲にしないと着地できないだろう。 「被害を最小限に抑えるには……」 「サユキちゃん、そんなことは考えなくていいよ」 「ナカサキ様!?」 次の瞬間、ナカサキはサユキを抱きかかえた。 そして自分の背中を下に向けて床へと落下したのである。 確変により背を硬化したため命は失わずに済んだが、損傷が大きすぎるためもう動けない。 「ナカサキ様!どうして!」 「良かった……サユキちゃんは無事だったんだね。」 「私は助かっても、ナカサキ様が……」 「ううん、どっちみち私はもう限界だったよ。それより、ほら、前を見て」 サユキの視線の先にはシミハムが立っていた。 落下する直前に床を三節棍で叩くことで、落下時の衝撃を和らげたのだろう。 とは言え武道館の天井から落ちたことには変わりない。骨にヒビでも入ったのかフラついている。 「サユキ……これはいったいどういう……」 トモの声を聞いて、サユキはいつまでも泣き言を言ってはならないと理解した。 その場で立ち上がり、状況を把握していない仲間たちに情報を与えていく。 「カリンとアユミン……そしてナカサキ様は戦線離脱したわ。 マイマイ様とサヤシがリシャコと交戦中だけど、ギリギリの戦いだと思う。こちらへの援軍は期待できない。 私たちのやるべき事はただ一つ。ここにいる皆で目の前のシミハムを倒す。それだけだよ。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ これが最終局面。そう思うと一同に緊張が走った。 相対するはベリーズの総大将シミハム。 対してこちらはキュートを欠いた新世代の戦士のみ。 ハルナン、ノナカ、マリア、タケ、リカコ、トモ、サユキの7名で倒さなくてはならない。 ベリーズを1人倒すことの苦労を知っているだけに、ハルナンとタケ、リカコ、トモの4名は特に覚悟を決めている。 そんな中、マリアは違った感想を抱いていた。 (えっ、みんなどうして怖がってるんだろう。目の前のシミハムって人、モモコに比べると全然……) モモコは周囲を凍てつかせる冷気のような殺気を発していたが、シミハムはそうではない。 他のベリーズと違って天変地異のようなオーラを出していないのだ。 それどころか武器すらも持っていない。これでは「自由に攻撃してください」と言わんばかりだ。 (だったらマリアがいってやる!) マリアは剣を握ってシミハムへと斬りかかった。 敵は小柄。攻撃がまともに当たれば大きく損傷させることが出来るだろう。 だがその時、マリアに対して番長のリカコが横から飛び蹴りを繰り出してきた。 「何やってるの!危ないっ!!(`〇´;)」 「えっ!?」 蹴りを喰らったマリアは数メートル吹っ飛ばされる。 いったい何事かと憤激したマリアだったが、 今まで自分がいた位置の床が轟音と共に破裂したのを見て驚愕する。 「え?……え?……」 耳の良いサユキ以外はその現象の正体に気づくことは出来なかった。 だが、シミハムが何らかの攻撃をしたことは理解出来る。 「ひょっとして、蹴られてなかったらマリアは今頃……」 泣きそうになるマリアの頭をリカコがポンポンと叩く。 自分も今すぐにでも泣きそうな顔をしているが、同世代の仲間を勇気づけようとしているのだ。 「蹴ってごめんね。でも相手はベリーズなの。迂闊に攻めちゃだめだよ。(;;)」 「うん、うん、ごめんちゃいマリア……」 "シミハムは無のオーラを操る" その情報を忘れて突っ込んだマリアを怒鳴りつけようとしたハルナンだったが、反省が見えたので取り止めた。 代わりにサユキから新情報を聞き出そうとする。 「あの攻撃は?……」 「シミハムが消せるのは人間だけじゃない。自分の武器の存在だって消せるんだ。 どんな武器かは私にも思い出せないんだけど、硬くて伸びる武器が、姿も見せずに襲い掛かってくると理解して。」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 武器の存在を消せるなんてにわかには信じられないが、 これまでもミヤビやクマイチャンを消したと聞いていたので、なんとか理解はできていた。 ではそんな魔法使いのような敵をどう倒せば良いのか。 ここでタケとトモが同時にハルナンの方に視線を向けていった。 「二人とも?……」 「何ボーッとしてるんだよ。指示ちょうだいよ指示。」「私たちの総大将はアンタでしょ?」 「!」 タケとトモの二人が自分を信頼するのを見て、ハルナンは驚いた。 過去にモーニング帝国での選挙戦を行った際には、 タケの属する番長は早々に裏切ってフク・アパトゥーマについていたし、 トモの属するKASTはハルナンの側に残った結果、耐え難い屈辱を味わっていた。 そんな過去があったのだから、両者がハルナンに指示を仰ぐ日が来るなんて思いもしていなかった。 「分かりました。今度は間違えません。シミハムを倒すための道筋を照らしてみせます!」 随分勝手なことを言うものだな、とシミハムは思った。 サユキの報告のおかげで手の内が晒されてしまったのは確かに痛い。 だが、だからなんだと言うのだ。 自分の攻撃を知覚出来るのはサユキのみ。それは揺るがぬ事実である。 意識の外から攻撃を仕掛けて1人1人倒していけばそれでお終い。 そう考えたシミハムは三節棍による攻撃を"総大将"ハルナンに仕掛けていく。 「マリア!シミハムにナイフを投げて!!」 「は、はい!」 シミハムが攻撃のモーションをとりだしたところでハルナンはマリアに指示を出した。 その指示はキッカ仕込みのナイフ投げ。 つまりは異なる球種で飛んでいくナイフを9本同時に投げろという指示だ。 シミハムの棍はこれくらいのナイフは簡単に弾き飛ばすことは出来るが、 ハルナンはそんなことも全部分かった上で指示していた。 (ナイフがこっちに弾かれたということは、シミハムの攻撃は私狙いねっ!) ハルナンは右側に倒れこむことで棍を避けた。 これはただの回避ではない。 サユキのような異常聴覚を持たずとも、視覚情報を駆使すればシミハムの攻撃を避けられることを証明してみせたのだ。 「みんな!何でも良いから宙に舞わして!攻撃の方向を突き止めるためにっ!!」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ まさかの方法で対処したハルナンにシミハムは驚かされた。 とは言え、自分の攻撃手段が完全に破られたとは思っていない。 マリアが投げたナイフで棍の方向を見破るのは良い案だが、同じ方法を取り続けることは難しいだろう。 連合軍の飛び道具と言えばマリアのナイフの他に、タケの鉄球やトモの矢が思いつくが、 数には限りがあるため、いつまでも飛ばし続けるワケにはいかない。 必ず隙が生じるのでそれを待てば良いだけなのだ。 そう思ってたところで、タケが後輩リカコに指示を出し始める。 「なるほどね……そういうことならリカコの出番だな!武道館中をシャボン玉で埋めちまいな!」 「はい!(<_<)」 リカコはすぅーっと息を吸い込んだかと思えば、右手に持ったストローに向けて一気に空気を吐き出した。 そして溢れんばかりの細かなシャボン玉を創り出していったのだ。 「!」 見渡す限りがシャボン玉。 もしもこの状況でシミハムが三節棍を用いた攻撃をしようものならば、 シャボン玉の割れっぷりで攻撃の方向を気づかれてしまうだろう。 しかも自分一人しか知覚できないサユキと違って、リカコのシャボンは連合軍全員にシミハムの攻撃を教えてくれる。 「……」 この状況で最も厄介な相手はリカコであるとシミハムは認識した。 ならば先手必勝。シャボン玉が埋まりきる前にリカコをぶっ叩けば良い。 そう思い、一直線に棍の先をリカコに飛ばしたのだが、 それを妨害するために両手剣を握ったマリアが突っ込んできた。 「その投球はコースが丸見えだよ!ホームランっ!!」 マリアは野球ボールを打つかのように、三節棍をかっ飛ばしてみせた。 自分を護ってくれたマリアに対してリカコが感謝の言葉を伝える。 「あああ、ありがとう!(;o;)」 「えへへ、さっきのお返しだよ。」 そして、マリアの行動のおかげでハルナンは次の策を思いつくことが出来た。 シミハムはマリアに武器を飛ばされたので、しばらくは防御が困難になるはず。 「みんな!一斉射撃を喰らわせましょう!」 ハルナンの号令と共にタケとトモはそれぞれの武器をシミハムに飛ばしていった。 鉄球による剛速球と、無数の矢。どちらも避けるのは一苦労だ。 普段ならこれくらいの攻撃は弾き飛ばせるのだが、マリアに飛ばされた棍の先を引き寄せている時間はない。 しかし忘れてはならない。 シミハムはチームダンス部の誰にも負けないほど身のこなしが優れているのだ。 タケとトモの攻撃くらい無傷でかわしてみせる。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムの身軽さはベリーズ随一。 持ち前のフットワークでタケの鉄球もトモの矢も回避した。 これくらいは朝飯前だと言わんばかりだ。 ところが、シミハムの気が若干緩んだところに新たな武器が飛んでくる。 それは新人剣士ノナカ・チェルシー・マキコマレルによる忍刀だった。 「yah!」 ノナカの忍方にはヒモが括りつけられている。 そのヒモを掴み、刀身を飛ばすことによって、飛ぶ刃を実現しているのだ。 新人剣士のデータは乏しかったため、シミハムは一瞬だけ面食らってしまう。 だがそこはベリーズの団長。ギリギリながらも咄嗟にしゃがむことで回避する。 多少焦ったがこれで飛び道具による一斉射撃は終わりだ。 ホッと一息つきたい気分だが、相手はそうはさせてくれなかった。 「相当キツそうな体勢ですねっ!」 なんと連合軍の総大将ハルナンが正面から斬りかかってきたのだ。 彼女がリスクを承知で真っ向勝負で挑んでくるのは想定外。 安全圏ではなく超至近距離からフランベルジュを振り下ろしたのが意外で、シミハムは一瞬フリーズしてしまった。 そして同時に気づいた。タケ、トモ、ノナカの攻撃は、このハルナンの一撃のためのものだったのだ。 連続の遠距離攻撃で余裕を奪い、確実に斬撃を当てるつもりで仲間に一斉射撃を指示したのだろうとシミハムは予測する。 ならば期待に応えてやる必要はない。 シミハムはしゃがんだ状態から跳びあがることでハルナンの振り下ろしを回避した。 武道館の天井から落下した時のダメージが残存しているため足腰がかなりキツいが、相手の作戦にハマるよりマシだ。 そう思っていたのだが…… 「あ~あ、空中に逃げたらもう避けられないのに」 ハルナンがボソッと呟いた次の瞬間、シミハムは背と両方の太ももに激痛が走るのを感じた。 この攻撃はハルナンによるものではない。 サユキ・サルベが背後から飛び掛かってきていたのだ。 「喰らえ!私の必殺"三重奏(トリプレット)"!」 飛び蹴りで背中を蹴り飛ばすと同時に、両手に持った鉄製ヌンチャクでシミハムの太ももに叩きつける。 この三連同時攻撃は、昨日マイミにも喰らわせたことのある技だ。 完全に意表をつかれた攻撃に、シミハムは数メートル吹っ飛ばされてしまう。 「!」 喰らったものはしょうがない。対応に追われて余裕がほとんど無かったのでサユキの必殺技は受けるしかなかった。 だがここで不思議なのは、「一斉射撃」という指示なのにサユキが近接攻撃を仕掛けてきたことだ。 サユキが命令と異なる動きをしたにもかかわらず、チームワークを崩さずに見事に連携したことが不可解でならない。 そしてそれは連合軍の他のメンバーも同じ疑問を抱いていたようだった。 タケらの頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんでいるのに気づいたようで、ハルナンは仕方なく種明かしをする。 「簡単な話ですよ。私は小声で指示を出しているだけです。」 「そうそう、私にしか聞こえないくらい小さな声でね。」 サユキの異常聴覚はボソボソ声も正確にキャッチする。 そのため、ハルナンはシミハムに知られることなく、安全にサユキと意思疎通をはかることが出来るのだ。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムは深く深呼吸をした。 そして次にやるべき事を冷静に考える。 厄介なサユキかリカコを倒すべきか?それとも総対象ハルナンを仕留めるべきか? いや、違う。 そういうスケールの小さい考えをしているから連合軍に目に物を食わされたのだ。 せっかく武道館に立っているのだから、スケール大きく行こうじゃないか。 「ハルナンさん!シミハムがescape...逃げます!」 急に走り出したのだから確かに逃げ出したように見えるかもしれない。 だが答えはNOだ。 これは大きく飛翔するための助走。 シミハムは走力を跳躍力へと変換し、高く跳びあがる。 「何を!?」 シミハムが二階席に着地した意図を一同は掴めなかった。 二階とは言えかなり高い位置にあり、シミハムからは連合軍の動きをよく見渡すことが出来る。 そして、これだけ離れているのだから三節棍を好きなだけ振り回すことが可能になった。 グイングインと強く振り回すことによって突風が巻き起こり、 リカコのシャボン玉を一つ残らず吹き飛ばしてしまう。 「ああっ!(*〇*)」 連合軍らはこれではシミハムの攻撃を感知できないと慌てたが、 気づけば、いつの間にか、シミハムの持つ三節棍がハッキリとその目に見えていた。 シミハムは二階席に跳びあがったタイミングで己の武器を消すのを止めたのだろう。 そう、もはや棍の存在を消す必要も無くなったのだ。 嫌な予感を感じたタケがハルナンに問いかける。 「ねぇ、さっきからブン回し続けてるんだけど、アレ何が狙いなの?……」 「おそらくは遠心力を利用して力を貯めこんでるんでしょうね…… でも、リーチはせいぜい2,3メートルのはずです。距離さえとり続ければ安全ですよね。」 ここで怖いのはシミハムが己自身を消して、一方的に接近してくることだ。 シミハムの存在を忘れたら、もちろんガードを行うことも出来なくなる。 蓄積したパワーをノーガードで受けたらひとたまりもないだろう。 「なるほどね……じゃあみんな、絶対にシミハムから目を離さないようにしよう。 そうすれば奴は自分の存在を消せなくなる。」 「サユキ!」 サユキは耳が覚醒する前もシミハムを見失わずにいた。 シミハムが己を消せるのは、誰にも見られていなかったり、触られていなかったりする時のみ。 常時見張り続ければ忘れずにいられるのだ。 「サユキ名案じゃん!よし!それでいこう!」 「トモ!」 「で……誰から目を離さないんだっけ?……」 「え?……えっと……誰だっけ?……」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムが行ったことは1つだけ。 その場でしゃがみこみ、観客席の後ろ側に隠れたのだ。 これにより連合軍らの視線を切ることが出来る。 それは即ち、己の存在を消す条件が満たされたということ。 絶対に見逃さないと意気込んだサユキでさえも記憶から無くしてしまう。 「えっと……そうだ!王たちを助けないといけないんだった!みんなついてきて!」 すっかりシミハムのことを忘れた一同は、マーサー王とサユの救助を優先することにした。 サユキの耳は2人の位置を正確に捉えている。 観客席の方から妙な雑音が聞こえはするが、そんな事よりも王たちを助けなくてはならない。 みんなを先導して2人の居場所へと駆けていく。 「武道館は広いのに、本当にどこにいるか分かるの?サユキ」 「まぁ任せてよ。今ならどんな音でも聞こえる自信があるんだから。」 そう。今の彼女なら万物の音を聞くことが出来る。 二階席を沿って段々と接近してくる音も当然聞こえていて、 その音はもはや無視できないくらいに大きくなっていた。 (なんなの?何かをブンブン回しているようなこの音は……) 耐えられなくなったサユキはついに音の方向に視線をやった。 だが、もう何もかもが遅かった。 シミハムは既に、攻撃を仕掛けるために二階席から飛び掛かってきていたのだ。 「あっ!?シミハム!」 敵を視認して全てを思い出したサユキだったが、 リラックスしきった状態から臨戦態勢に移るための時間的余裕は無かった。 サユキがヌンチャクを構えるよりもシミハムが棍を振り下ろす方がずっと速い。 遠心力によるパワーが十分に蓄積された棍による打撃を、サユキはノーガードで受けてしまう。 「うわああああああああああああ!」 凶撃を叩きつけられたサユキは血を吐いて倒れてしまった。 リシャコとの戦いで溺れさせられたのもあって、体力が限界を迎えていたのだ。 攻撃に気づいた連合軍が一斉に驚くが、もう取返しはつかない。 シミハムの行動を唯一知覚可能なサユキが戦線離脱したのだから、ここからは非常に厳しい戦いになるだろう。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ シミハムは武道館全体を利用したヒット&アウェイ戦法を取ろうとしていた。 二階には溢れるほど数の客席が設置してある。 身体の小さいシミハムはそこに紛れ込めばいくらでも相手の視線を切れるというワケだ。 目の上のタンコブであるサユキを撃破したことだし、 シミハムはまたも客席に紛れ込もうと二階席にジャンプする。 「STOP! 逃がしませんよ!」 ここで行動を起こしたのは新人剣士のノナカだった。 紐付きの忍刀を勢いよく投げて、シミハムの三節棍に巻き付けたのである。 このままシミハムを見失えばまた存在を忘れてしまう。 ならば逃がさなければ良い。シミハムと唯一繋がるこの紐をノナカは決して放さない。 「……」 シミハムにとって、対処すること自体は簡単だった。 紐は身体には括りつけられていないので、棍を手放せばすぐに自由になれる。 しかしそれでは攻撃力が大幅にダウンしてしまい、連合軍を有利にしてしまう。 そんなのはダメだ。 それよりも、武器を失わず、さらに相手に損失まで与える良い手段がある。 「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?」 シミハムはいつもやっているように三節棍をぐるぐると高速で回していった。 ノナカと棍は紐で繋がっているため、ノナカは強い力で引っ張られてしまう。 そう、シミハムはノナカごと棍を回転させたのである。 「ノナカ!今すぐ紐を放して!」 このまま壁か床に叩きつけられるのがオチだと気づいたハルナンはすぐにノナカに指示をだしたが、 ノナカは紐から手を離さなかった。 シミハムを逃がすくらいなら自分が犠牲になった方がずっとマシだと思っているのだ。 「ノナカ……!」 「おいおいハルナン、聞き分けの悪い後輩をもったな!……だったらこっちを止めてやるっ!」 タケはシミハムに殴りかかった。 同じベリーズとは言えクマイチャンほどの耐久力は無いはず。そうじゃなきゃ困る。 思いっきりブン殴れば行動停止させられると考えての行動だ。 しかし相手がそう来ることもシミハムはよく分かっている。 棍を巧みに操り、突進するタケにノナカの身体を叩きつけた。 「うわっ!」 「opps!!」 衝突時の衝撃で紐が千切れてしまったのか、タケとノナカは数十メートル先まで仲良く吹っ飛ばされてしまう。 かなりの勢いでぶつかったものだから、二人を心配したリカコとマリアが同時に叫んだ。 「タケさん!(;〇;)」「ノナカちゃん!」 「おいおいリカコ、あんまり大声出すなよ……大丈夫大丈夫、これくらいじゃくたばらねーよ。 ただ、この子はもう限界かもな……」 親戚譲りの生命力か、タケ・ガキダナーは頭から血を流しながらも立ち上がった。 だが、タケの言う通りノナカはショックが強すぎるあまり完全に気を失っていた。 先のリサ・ロードリソースとの戦いにて受けたダメージがここで効いてきたのだろう。
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